ペルソナ4 落ち武者の神   作:三尺

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皇子の真意(2012/5/6)

 策と言葉でアイギスを追い詰めて象徴化の棺桶に放り込んだ『有里』は、メンテナンス装置から出てきた。扉を内側から開けたその瞬間、火山弾が飛んできた。

 

「オルフェウス」

 

 しかし『有里』には通じない。最強のペルソナを召喚し、炎を竪琴で弾き飛ばす。本物のペルソナが失われても偽物はそのままだ。最強の偽物である『有里』は、残った本物たちにとって今も恐るべき脅威である。

 

「ワンワン!」

 

 出会い頭に炎を放ったコロマルは大きな声で吠える。番犬が不審者を追い払おうとするように、赤い目に怒りを漲らせ、喉を嗄らさんばかりに吠える。

 

「汚い奴め、か? 何を甘いことを」

 

「勝手なことばかり言って! 許しませんよ!」

 

「ふん」

 

 天田は槍を構え、コロマルと並んで『有里』と対峙する。もちろん稲羽支部の面々も身構える。五対一だが『有里』は余裕を崩さない。金の瞳を笑う形に歪めて、制服の上着に右手を入れた。そして拳銃を取り出した。召喚器ではなく、大型のリボルバー拳銃だ。

 

「え!?」

 

 この『有里』は高校時代の姿でいる。当時の本物の有里は主に片手剣を使っており、この偽物も同じだった。だから天田もコロマルも無警戒だったが、偽物は現在の本物が使う武器も実は持っていた。二年前に死んで今は『生まれ変わった』男の形見の銃だ。それを躊躇なく撃ち放った。

 

「うあっ!」

 

「一条!」

 

 言うまでもないことだが、銃の間合いは剣や槍より遥かに遠い。後列の敵を狙うことも可能だ。『有里』が不意打ちで狙ったのは一条だ。銃弾を腹に受けて崩れ落ちる親友を長瀬が支えようとするが、その腕の中で棺桶に入ってしまった。最強のペルソナ使いが相手では、一条のレベルでは一発で脱落してしまう。

 

「これでもう、お前たちに僕を倒す術はないな」

 

「くっ……まだですよ!」

 

 

 幾月が死んだ場所である月光館学園の天文台、正しくは『最初に』死んだ場所であるそこを模した、十字架が林立するバルコニーには本物の有里と、ゆかり、風花、美鶴の四人がまだいた。十字架の一つに現れたテレビを見ており、そこにはP-1クライマックス二回戦第四試合の続きが映し出されている。

 

「天田君! あっ……!」

 

 ゆかりが叫ぶのとほぼ同時に、画面の中の天田は剣で斬られた。『有里』はアイギスを葬った後、剛毅のペルソナの合体攻撃を警戒して真っ先に一条を倒した。その後はもう時間の問題だった。天田とコロマルだけでは『有里』には敵わない。回復魔法も使って粘るものの、それが限度だ。

 

 コロマル、長瀬、尚紀は既に象徴化して棺桶は床に沈んでいる。最後の天田も脱落したところで、映像は消えた。かくしてアイギスチームは全滅した。二回戦は本物たちが三戦続けて勝ちを拾えたが、ここで遂に敗れた。

 

 そしてすぐに三回戦が開始されることになった。

 

「ぎゃははは! 作戦、大・成・功! ざまあねえな、てめえら!」

 

 霧の漂う夜のバルコニーに太陽が現れた。月を見る為の天文台に、望遠鏡で覗きでもすれば目を焼いてしまう光が現れた。豊作祭りで興奮する若衆の騒々しさそのものだ。十字架の陰に隠れていたのか、それとも階段を上ってきたのか、とにかく有里たち四人の前に姿を見せた。

 

「皆月!」

 

 敵の少年の名前を呼んだのは美鶴だ。シャドウワーカーの常任組がエントランスに到着した時に大暴れしていたのはミナヅキで、皆月とは初めて顔を合わせるが、今出ているのは太陽の方だと見れば分かる。言動に特徴があり過ぎるから。

 

「やっぱあの女を狙って正解だったぜ。ワイルドのペルソナこそ最高のシャドウだからなあ! しかもあいつを潰せば、てめえも無力になる! これぞ一石二鳥!」

 

「……」

 

 有里は無言で自分の胸に右手を当てた。そこに力の実感はなかった。空気を掴むのと同じで、何も握れない。三年前の4月に最初のオルフェウスを得て以来常にあった数々の力を、全てのペルソナを失ってしまっている。皆月の言う通りで、ペルソナを共有する夫婦は片方が力を奪われれば、もう片方も奪われたことになる。影時間の適性までは失っていないが、残ったのはそれだけだ。

 

「3日のグランプリで、貴方は皆さんに同士討ちをさせてペルソナをシャドウに戻そうとしたけど、失敗した。だから偽物を使ってペルソナの欠片を集めることにした。シャドウはその辺りにいるのをたくさん集めた」

 

 皆月の策の解説が始まった。最初は風花が話し、美鶴が引き取る。

 

「見えない壁を使って戦わざるを得ない状況さえ作ればいいので、奴らは偽物であることを隠そうともしなかった。その状況を打開できるのは、優れた解析と戦闘が両方できる小西君。だからお前は彼を捕えた。しかし思いがけず久慈川君が戦う力を得て、見えない壁を使う策は破れた。故に集団戦にシフトさせた……。我々はそう思っていた」

 

 それもまた有効な策ではあった。実際、数人同士の集団戦になった二回戦でペルソナの欠片は相当な量が集められた。塔の頂上の様子を見ていない有里たちには分からないことだが、二回戦第三試合が終わった時点でもう十分だったのだ。そして器にする為の小粒なシャドウも、量は十分集まっていた。

 

「でも、そうじゃなかったってことなのね……」

 

 ゆかりは皆月を憎々し気に睨む。かつて幾月に騙され、踊らされていた過去を思い出したように睨む。

 

「全てはフェイクで、お前の狙いはやはりペルソナをシャドウに戻すこと……。ただ標的をアイギス一人に絞っていたわけか!」

 

 皆月は最高のものを求めていた。次善の策でも苦肉の策でもない。最高のシャドウを集め、更には『父』の仇を取る方法を求めていた。それを両方とも実現できる策を実行し、成功した。全ては皆月の手の上だった。

 

「くくく……バーカ。今さら分かっても遅えんだよ!」

 

 まさに手遅れだ。策が成った今、敵の狙いが分かったところで後の祭りである。

 

「もしかすると、事の始めにラビリスを強奪したのもアイギスの動揺を誘う為……?」

 

 今思いついた風花の推測を聞くと、皆月は創面の笑みを深くした。これはもちろん肯定の意味だ。全ては計画通り。もちろん多少の予定外もあるにはあったが、全体の目的には影響がなかった。

 

「何て酷いことを……!」

 

 アイギスと親友の関係でいるゆかりは、憤りをより強く覚える。その様が、また皆月の機嫌を良くする。無力な敵を力で圧倒するのも気分がいいが、愚かな敵に頭で勝つのも同じくらい爽快だった。

 

「悔しいか? あ? てめえら、昔は父さんの手の上で踊ってたよなあ? ちょろい……ちょろすぎんだよ、てめえら!」

 

 力を持たない『父』は、力のあるペルソナ使いたちを操る為に頭を使った。影時間とタルタロスを消す為と言って騙し、大型シャドウを倒させて一つにまとめさせた。ただ誤算がいくつかあった為、結局のところ『父』は失敗した。しかし皆月は失敗していない。

 

「父さん……見ているか! 僕は今、貴方を超える!」

 

 皆月は両腕を広げて背中を仰け反らせ、バルコニーから見える月に向けて感情を爆発させた。喜色満面で、喜びと楽しさが全身から溢れかえっている。スポーツの大会で優勝を決めたような勝利者の雄叫びである。しかし皆月は変わり身が早い。

 

「さあて……父さんの仇。てめえをぶっ殺す時が来たぜ、有里」

 

 上体の位置を元に戻して『父』の仇に向き直ると、喜びの種類を変えてきた。唇の端を片方だけ持ち上げ、青い瞳に嗜虐的な光を湛える。腰に差した二本の刀を、鞘を払う音をわざと立てて抜いた。本当は抜いたことさえ悟らせず、手の中に瞬間移動したように抜刀することも可能なのだが、見せつけるように敢えてゆっくりと刃物を霧に浸した。

 

 勝利の後には略奪と虐殺があるのが定番だ。皆月は敗者から何もかも奪うつもりでいる。人殺しはできないと足立が評したのと違って。

 

「本当はゆっくり時間かけて、切り刻んでやりてえんだがよ。それやっちまうと棺桶に逃げられるからな。痛くねえように、一発でその首ちょん切ってやるぜ。ありがたく思いな」

 

 ここからP-1クライマックス三回戦の開始である。第一試合は有里チーム対皆月だ。四対一だが、不利なのは四人の方である。いや、不利と言うより勝負は見えていると言った方がいい。戦争なら勝つことではなく、できるだけ被害を少なくして負けることを考えるべき局面である。

 

 有里はそれを考え、実行に移した。

 

「岳羽、借りるぞ!」

 

 自分の後ろにいた同輩、『ある時』には恋人だった相手から武器を借りた。腰に差した矢筒から矢を一本抜き取り、逆手に握った。有里は片手剣と拳銃以外にも、やろうと思えば弓矢でも使えるつもりでいるが、今は自分の弓を持っていない。この矢で何をするかと言うと──

 

「ぬん!」

 

 勢いをつけて自分の腹に突き立てた。これが短剣だったら切腹である。有里はシャドウやペルソナ使いとの戦いで負傷したことは何度もあるが、こうした自傷行為は初めてだ。経験のない痛みに顔をしかめ、思わず身を屈めて頭が下がる。

 

「有里君!?」

 

「あ? ……てめえ、何してやがる!」

 

 矢を勝手に持っていかれたゆかりもそうだが、皆月は有里が何をしているのか最初は理解できなかった。一瞬の後に気付いたが、その時にはもう遅かった。急いで駆け出し、右の刀を有里の脳天に向けて振り下ろすが、それは棺桶の蓋に止められた。

 

 刃物でガラスを叩いたような音が発せられた。皆月の刀は人やシャドウはもちろん鉄塊でも斬れるが、象徴化の棺桶はさすがに斬れなかった。

 

「ああー! クソ! クソ! クソがああああ!」

 

 続けて数回、いや数十回もドラムを叩くように激しいリズムで衝突音が発せられた。皆月は左右の刀を猛烈に振り回して上から横から斜めから、棺桶を何度も斬りつける。しかし斬れない。文字通り象徴に過ぎず本当にそこにあるのではない死の形は、有里を守る盾になった。死神のシャドウでも八つ裂きにできる斬撃の雨をものともせず、棺桶は床に沈み始めた。誰もそれを止めることはできない。

 

「……山岸、許せ!」

 

 皆月が電光石火の立木打ちをしている間に、美鶴が動いた。ただし皆月を攻撃はしない。

 

「あっ……!」

 

 隊長が突剣の柄で打ち据えると、戦闘力のないサポート役も象徴化した。美鶴は有里の『切腹』の意図を理解し、その策に乗った。仲間を逃がす為というより、再起するには情報系ペルソナ使いが必要と思ってここから離脱させた。

 

「ちっ……くしょう! 思った以上に最低なクソ野郎だな! 女を捨てて自分だけ逃げるとはよ!」

 

 有里の棺桶が完全に消え、風花の棺桶も沈み始めたところで、皆月は右の刀を床に叩きつけた。しかし刀は折れも曲がりもしない。逆に床の方を斬ってしまった。豆腐に包丁を刺したように、刀の切先はかなり深く潜り込んでいる。肩を震わせ、息が荒くなる。しかし──

 

「くっ……ははは! はははは! てめえら、ご苦労なこったな! あんなクソに惚れてたとは、ペルソナ使いの女ってなあ節穴ばっかだな!? 節穴をフウシする、てな! ははは!」

 

 皆月は本当に変わり身が早いと言うか、感情の振り幅が大きい。逃げた有里と逃がした自分に激しい苛立ちを覚えて床に八つ当たりしたと思いきや、あっさり怒りを引っ込めて、取り残された女たちを嘲笑い始めた。

 

「イシス!」

 

 そして笑いながらも隙は作らない。ゆかりの放った突風を左の刀で切り払い、床から右の刀を抜く。

 

「あーもう、しょうがねえ。雑魚どもで我慢してやるぜ。てめえらも一応父さんの仇だしな?」

 

 皆月は両腕を体の前で交差させた。顔の傷と同じ十字架を、腕と刀で大きく作る。実戦に向いているとは思えない構えだが、発する殺気は並のものではない。

 

「あんた、一体何者なのよ! 幾月に子供なんていないはずよ!」

 

 ゆかりのこの指摘は間違っていない。幾月に家族はおらず、妻も子供もいない。だから皆月が幾月の息子のはずがない。だが事実の指摘は少年の意志を挫くことはできない。かえって逆効果だ。

 

「分かってんだよ、んなことはよ! てめえらが知ってて、僕が知らないことがあるとでも思ってんのか!?」

 

 皆月は拒絶を表す構えから攻撃に転じた。左の刀が柳か大蛇のようにしなりながら伸びてきて、ゆかりを襲う。ゆかりはかろうじて弓で防ぐが、手が痺れた。

 

「父さんはホントの父さんじゃねえ! それどころかクソ野郎さ! あいつは僕の体を散々いじくって、用がなくなったら捨てやがった! でもな、それでも父さんなんだよ! 僕にはあいつしかいないんだ!」

 

「そうか。やはりお前は……」

 

 美鶴は途中で言葉を切った。天城屋旅館で風花の報告を聞いた時からそうだろうと思っていたが、やはり皆月は過去の桐条グループの実験体だ。『人形遣い計画』と題されたその実験を推進したのは幾月だ。実験の詳細は黄昏の羽根が使用されたこと以外は未解明だが、今の皆月の言葉からどのような扱いをされたのかは想像がつく。

 

 その結果、皆月は幾月に愛と憎悪、他にも様々な感情が混ざり合って言語化できない思いを向けている。それはどんな感情も、『父』以外に向ける先を持たなかったから──

 

(幾月……)

 

 過去の自分に重なる気がした。ペルソナに目覚めた子供の頃、美鶴は孤独だった。頼れる者は幾月しかいなかった。中学生の時に真田と荒垣に出会うまで、ずっとそうだった。だから騙されたわけだが、幾月が死んだ時の美鶴は仲間がいたから立ち直ることができた。しかし皆月にそんな人間はいなかった。そして今もいないのであろうことは、容易に察せられる。

 

 責任の重さを感じ、同情の念が湧き上がる。しかし美鶴はそれを抑えた。過去がどうあれ、皆月は明らかにやりすぎだ。例えば──

 

「皆月翔! お前の目的は幾月の復讐と、奴の望みだった世界の破滅……それは分かった。だがそれなら狙いは我々だけのはずだ。なぜこの町の者たちを巻き込んだ!? あんなキャッチフレーズまでつけて!」

 

「ああ、あのキャッチ面白かったろ? あれ僕が考えたんだぜ! あいつらのマヨナカテレビ、チョー面白かったからさ! ルサンチマンとかガチムチ皇帝とか、マジぴったりだろ?」

 

 話はいきなりずれた。美鶴の質問が一言余計だったと言うべきか、皆月が言葉尻を捕えたと言うべきか。

 

「そんなことを聞いているんじゃない!」

 

「何だ、お前らもキャッチほしかった? いいぜえ! そうだなあ……孤高の処刑女王とか、どぎついピンクスナイパーとかどうよ?」

 

「駄目だ、話にならん……」

 

 ため息が出そうになった。いくら話し合おうと思ってもできない人間というものは、この世にいる。言いたいことしか言わなかったり、ひたすら相手を責めるばかりだったり。それほど珍しいものでもない。

 

「ピンクスナイパー……? あんたまさか、私の番組見てるの!?」

 

「ゆかり、援護を頼む!」

 

 処刑女王が前に出て突剣を構えた。ピンクスナイパーと二人で戦うなら、前衛と後衛の布陣はこうするしかないが、剣越しに皆月と視線が合うと背中に冷たいものが流れるのを感じずにはいられない。二対一でも戦力差は歴然だ。過去の桐条の犠牲者と剣を交えるのは気が進まないというのもあるが、精神面以前に実力に差があり過ぎる。修羅場をくぐり続けてきた美鶴の目で見ても、勝ち筋は見つからない。しかしやらないわけにはいかない。

 

 喉を狙った突きを左の刀で受けられた。素早く引いて切り払い。また左の刀で受けられ、押し下げられる。膂力は皆月の方がずっと強い。右の刀が振りかぶられた瞬間、後ろから援護の矢が飛んでくる。皆月が矢を弾くと同時に、美鶴は女王のペルソナを召喚する。そしてまた同時に、後ろでもペルソナが召喚される。

 

「アルテミシア!」

 

「イシス!」

 

 ペルソナ呼称を呼ぶ声が二つ重なり、氷と風が皆月を襲う。皆月は両手をだらりと下げ、膝を軽く曲げ、背中を緩める。近い間合いで行使された魔法が着弾するまでの、ほんの僅かな間に完全に脱力した無形の位に入る。エントランスでミナヅキもこの構えと言うか姿勢を取っていたが、無表情な月の存在と違って、太陽の少年の顔には笑みが貼りついたままだ。

 

「はん!」

 

 嘲笑と気合を兼ねた掛け声を発するや、二重の魔法は掻き消えた。皆月にとって、このレベルの攻撃は刀を振って切り裂く必要すらない。蝋燭の火を吹き消すように、気合の一閃で吹き飛ばせる。

 

「……」

 

 美鶴は内心で歯噛みする。皆月は有里を無力化する策を弄したが、別に無策でも、万全の有里を相手にしても勝てたのではないか。そんな気までしてくる。

 

 ゆかりが牽制の矢を放つ。狙いは皆月の顔面、肩、喉と上半身を中心に三発連続で放つ。矢は物なので気合では搔き消されず、皆月は顔を横に傾けてよけたり刀で弾いたりする。

 

 三本目の矢が左の刀で弾かれた瞬間、美鶴は突剣の間合いに入った。突いて引いて突き、払って引いてまた突く。昔からシャドウを相手にしばしば仕掛けた乱れ撃ちだ。相手が並のシャドウなら刹那の間に八つ裂きにできるが、皆月にはもちろんできない。創面の少年は余裕ぶって笑みを浮かべ、右の刀を揺らすように動かして美鶴の突剣に対応する。突きには突きを、払いには払いを。点と線の攻めを、全く同じ点と線で防いだ。凄腕を通り越して、曲芸のような技だ。

 

「はっ!」

 

 美鶴は通常、乱れ撃ちの締めにヒールで突き刺す蹴りを食らわせるが、今はしなかった。もしやれば、蹴り足を斬られただろう。代わりに膝を折って身を屈め、剣で相手の足を払いに行った。皆月は左の刀を自分の左足に沿わせるようにして防ぐ。その瞬間、剣に重なるようにして鞭が出現した。

 

「惑わせ!」

 

 美鶴は足払いの斬撃に合わせてペルソナを召喚して、混乱を与える精神攻撃を仕掛けた。これは陽介も使えるが、成功率は美鶴の方が高い。通常、状態異常は至近距離で使うべき術ではないが、美鶴は賭けに出た。もしこれが決まれば、勝機を見出せるかもしれない。

 

「けっ!」

 

 しかし思惑通りにはいかなかった。刀を巻くようにして襲ってくる鎖に対して、皆月は左足を一瞬持ち上げ、そして素早く床に下ろす。ペルソナの魔力を帯びた鎖を踏んで止めた。そしてすかさず右足を振り上げた。

 

「ぐっ……!」

 

 美鶴は足払いの為に屈んだ体勢のまま、皆月に踏みつけられた。巨岩のような重さが背中にのしかかり、息をするのも苦しい。膂力が違いすぎて、跳ねのけることはできない。ここで刀を突き立てられれば、美鶴は象徴化するか死ぬ。勝負ありだ。と思いきや──

 

「いい気なもんだよなあ……てめえはよ!」

 

 皆月は突然話を始めた。まるでアルテミシアの精神攻撃が効いて、口が軽くなったかのように。

 

「な、何!?」

 

「てめえの親父は何で生きてやがんだ? あ!? 死んだはずじゃねえのかよ! 僕とかストレガとか、他にも色々あんだろ!? ジジイの代から大犯罪やりまくった責任取ってよ! 父さんを巻き添えにして死んだんじゃねえのかよ!」

 

「……貴様!」

 

 美鶴の父、桐条武治は死んだ『はず』──

 

 これを知っているのは旧特別課外活動部の面々の他には、当の武治自身くらいである。しかし皆月は知っている。ゆかりたちが有里と恋人関係だったことを知っているように、当事者以外からは完全に隠されたはずの『秘中の秘』を知っている。

 

 武治は2009年の11月4日に死んだ。月光館学園の天文台で、幾月と相撃ちになって死んだのだ。ただしそれは現在に繋がる過去には存在せず、現在に繋がらない失われた過去にだけ存在する事実だ。

 

「父さんは二度も死んだんだ……なのにてめえの親父は今でものうのうと生きてやがる! 挙句の果てには、ここの田舎モン集めて新組織と来やがった! いい加減にしろよ、てめえら!」

 

 皆月の口はよく回る。猛烈な怒りで生じる灼熱で頭が焼かれているような凄まじい形相で、足下に踏みしめた『父』の仇を憎悪を込めて睨みつけるが、舌は噛まない。

 

「ここの連中を巻き込んだ!? ああ、巻き込んださ! でもそいつは僕のせいじゃねえ! 元をただせば、全部てめえらのせいなんだよ!」

 

「……」

 

 美鶴は唇を噛んだ。反論は思いつくが、口にしようとするのを意識して抑えた。他ならぬ、桐条の犠牲者の一人である皆月に向けて言うことはできなかった。

 

「死ね。責任って奴を取りやがれ」

 

 太陽の少年の口調から、言葉が爆発するような勢いは急に消えた。代わって月の存在並みの酷薄さが現れ、右の刀を大きく、ゆっくりと振りかぶった。特別捜査隊を巻き込んだ理由については答えないまま、特殊部隊の責任者に向けて刀を振り下ろそうとする。その青い瞳にある殺気の純度は、象徴化させるだけで済むとは思えないものだ。しかし──

 

「美鶴先輩! ごめん!」

 

 皆月が珍しく隙だらけの大振りの技をしようとしている間に、ゆかりが動いた。狙いは皆月ではなく、高校時代の先輩の背中だ。矢の勢いに容赦はないが、急所は外す。

 

「ぐっ……!」

 

 突然のフレンドリーファイアだが、美鶴はゆかりの意図が分かるので恨み言は言わない。先ほど風花を打ち据えたのと同じだ。皆月に踏みつけられた姿勢のまま、隊長は棺桶に入った。

 

「……ちっ!」

 

 皆月は舌打ちを一つして、棺桶から足を離した。そして一人残される形になったゆかりと、互いに無言で視線を合わせる。

 

「……」

 

 ミナヅキは十人以上のペルソナ使いを一人で圧倒する凄まじさだった。皆月はミナヅキと違ってペルソナを使えない。だが二刀流の技の切れはミナヅキを凌ぐほどで、膂力や速度は並のペルソナ使いなど及びもつかない。そして精神の強靭さは異常の域に達している。本来、子供じみた激情や癇癪は弱点にしかならない。しかし何事も限度を超えると常識が通用しなくなる。狂気の仮面で覆われた心は、何があろうとまるで怯まない。

 

 一対一では九分九厘勝ち目はない。実戦から遠ざかっているゆかりでも、それくらいは分かる。何とか粘って、象徴化するところまで持ち込むのが精一杯だ。ならばいっそ、有里がしたように自分の腹に矢を刺した方が早いのだが──

 

「そういやてめえの親父も、父さんとちっと関係あったよなあ? 父さんの上司だったんだろ?」

 

「こっちの情報は全部調べ上げてあるってわけね」

 

「遺言のビデオ、僕も見たことあっけど、ありゃ傑作だったよなあ? 『全て、僕の責任だ』ってな! ははは! 全く、その通り!」

 

 ゆかりの父である岳羽詠一朗の全ては己の責任であるとの発言は、幾月が改竄して仕込んだものである。皆月もそれくらい知っているが、知った上で言っている。

 

「!……ざっけんじゃないわよ!」

 

 逆鱗に触れられたゆかりは、圧倒的な強者に挑む。渾身の力を込めて竜巻を巻き起こし、続けて矢を乱射する。しかし通じない。空気の暴力は左の刀で切り裂かれ、同時に四本放たれた矢は右の刀で切り落とされる。間合いを詰められ、振るわれた横薙ぎの斬撃を弓で防ぐが、バルコニーの際まで吹き飛ばされた。

 

「ホント弱えな、てめえら。ペルソナってな、一年や二年でこんなに錆びつくのか?」

 

 皆月は刀を下げ、倒れたゆかりに無造作に歩み寄る。

 

「てめえらにも楽しんでもらおうと思って、こんな大掛かりな舞台用意したってのによ。拍子抜けだぜ」

 

「何も楽しくなんかないわよ! 影時間やタルタロスまで作って……あ!」

 

 ゆかりは弓を杖代わりにして立ち上がりながら、ある重要なことに気付いた。特別課外活動部の時代の主な舞台は影時間とタルタロスで、今夜それと似た形で再現されている。しかし過去には戦場がもう一つあった。攻略に要した時間は比較的短かったが、戦い全体において極めて重要な意味を持つ、もう一つの異界があったはずだ。

 

「もしかして……ここって時の狭間もあるの?」

 

「!」

 

 皆月は表情を変えた。目を見開き、息を飲む。言葉では答えないが、驚愕の顔は肯定の意味を表していることは見れば分かる。

 

「あるのね。何でか知らないけど、私たちが時間を戻したこともあんたは知ってる。最初は美鶴先輩のお父さんは亡くなって、二度目は生き残ったことも知ってる。ってことは、つまり……」

 

 体感時間で今から三年前、ゆかりは今を捨てて過去に戻ることを主張した。反対する仲間と争ってまで。結果的には、ゆかりではなくアイギスの決断によって過去に戻ったので、時間を戻したのはゆかりではない。それでも閃くものがあった。

 

 どんな代償を払ってでも、世界の法則に逆らってでも取り戻したいもの。今はともかく当時はあったゆかりには、狂気の仮面の下にある皆月の真意が見えた。見えた気がした。

 

「あんたの目的、分かったわ。時の狭間を使って、幾月が生きてた頃まで時間を戻す気なのね!」

 

 そうだとすれば、色々なことに説明がつく──

 

「うるせえ……」

 

 皆月は表情を再び変えた。驚愕から無表情に一度変わり、そしてまた怒りが現れた。

 

「うるせえうるせえうるせえ! 何で僕がそんなことしなきゃいけねえんだ!」

 

 爆発する感情そのままに天文台の床を蹴り、刀を振りかぶる。しかし動作が大きすぎる。

 

「うわっ!」

 

 一撃目を弓で防いだ。次も、その次も防ぐ。今までと怒りの種類が違うせいか、技が単調になっている。込められた力は強いが。

 

「死ね……死ね死ね死ね!」

 

 四回目の斬撃でゆかりは防御した弓ごと押し込まれ、バランスを崩して後退した。そこはもう床がなかった。

 

「あっ……!」

 

 ゆかりは天文台の際まで既に吹き飛ばされていたことが幸いした。もし中央辺りにいたら皆月に十回は刀を振るわれて、さすがに斬られていただろう。しかし端にいた分、殺される前にバルコニーから落ちることができた。

 

「くっ……ええい!」

 

 普通の人間ならこんな高所から落ちれば気を失うが、そこは非常任とはいえ実戦経験の豊富なペルソナ使いである。ゆかりは落下しながら矢筒から矢を一本取り出し、有里がやったように自分の腹に刺した。そして空中で象徴化した。その様を、皆月もバルコニーから見た。

 

「クソ……メンドクセえ! 棺桶のルールなんか作んなきゃ良かったぜ!」

 

 一人で悪態をつき、刀を床に振り下ろす。そしてまた床を斬ってしまう。斬れ過ぎて抵抗を手に感じないのが、かえって苛立ちを募らせる。

 

「いっそ、墓場に乗り込んでやっか……」

 

 最大の強敵である有里は既に無力化した。それに次ぐ強敵の悠と陽介は今も塔にいる。墓場送りにされた者たちくらいなら、皆月は一人で皆殺しにできる自信があった。思い切ってやるかと、本気で考え始めた時──

 

『翔』

 

 心の中から呼びかけてくる声があった。ミナヅキだ。

 

「あ、何だよ」

 

『スペシャルゲストが待っている』

 

 有里に次ぐ強敵はもう一人いた。

 

「あー……そうだったな。ったく、忙しいったらありゃしねえ。人気者は辛いな!」

 

 アイギスのペルソナを奪って、それで終わりではない。皆月はまだやることがある。負け犬を殺すよりも、ずっと重要なことだ。変わり身が早い皆月は簡単に気持ちを切り替え、笑顔まで浮かべながら踵を返した。

 

『翔』

 

「何だよ!」

 

 そしてまた苛立つ。

 

『墓場に行っても意味はない。時の狭間は封じられている』

 

「いいんだよ……」

 

 これはミナヅキの言う通りである。真田たちが確認した通り、寮のラウンジの地下にあった空間には何もなかった。たとえ本来の機能があるとしても使うことはできない。いや、使う方法は全くないわけではないが、容易なことではない。

 

 そしてそもそも時の狭間の用途は、皆月の目的と異なる。異なるはずである。きっと。

 

「あのクソ女は大外れだ。僕は父さんの望みを叶えるだけだ」

 

『そうか……』

 

 皆月の『真意』はどこにあるのか。口で言うことと心で思うことに違いがあるのか、ないのか。それはミナヅキにも分からない。皆月本人さえ分かっているかどうか──

 

 

 一方その頃、P-1クライマックスの脱落者が集まる寮のラウンジでは、有里が棺桶から出された。

 

「生田目さん……貴方に助けられるとは、分からないものですね」

 

「こんなことになるとは、私も思いませんでしたよ」

 

 そう言う生田目は額に浮かんだ汗を手で拭った。傷の手当てができる者はラウンジには既に何人もいるが、象徴化を解除できるのは元議員秘書しかいない為、かかる負担が大きい。特に二回戦では大勢が立て続けに脱落した為、なおさらだった。最初の堂島から数えて、有里は十五人目である。

 

「おい湊! お前の子供たち……ありゃ一体どういうことなんだ!?」

 

 そこへ順平が近づいてきた。アイギスチームの戦いはムーンライトブリッジでの出来事を含めてラウンジのテレビでも放映されていた為、状況は皆が分かっている。いや、分かっているとは言えない。何が起きたか見てはいたが、その意味は誰にも分かっていない。

 

「アイギスは……?」

 

 有里は親友の問いに答えず、ラウンジを見回した。自分より先に象徴化したはずの妻を探すが、姿は見えなかった。同じチームだった天田やコロマルは既にいるが、アイギスはいなかった。その意味もまた、まだ誰にも分かっていない。

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