ペルソナ4 落ち武者の神   作:三尺

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狂気の仮面(2012/5/6)

 カグツチを祀る塔は、ニュクスを祀る塔を模して作られている。もちろん内部の構造はまるで違うが、随所で戯画的なまでに似せている。全体的な外形を始め、時計扉が特徴的なエントランスもそうだ。そして巌戸台分寮のラウンジを模した『墓場』の更に地下に、時の狭間を模した空間もある。

 

 ただしこの塔の時の狭間は『三年前』に存在したオリジナルと異なり、砂漠の空間から先へ続く扉がない。しかし扉がないことは、時の狭間の機能そのものが存在しないことを意味しない。使うことは可能である。ただし容易ではない。『三年前』に有里を失ったアイギスは、取り戻す為に多大な苦労を強いられたように。

 

 ともあれ、もし時の狭間を使うことができるのであれば、そこに辿り着いた者は何を望むだろうか。その為にどんな代償を支払うだろうか。悠ならどうするか。皆月ならどうするか──

 

 

 クスミノオオカミに決定的な言挙げを行った途端、悠は『自分』の腹から吐き出された。悠のシャドウが変じた愚者の怪物は、腹に穴が空いているのだ。たとえ食われても、何かきっかけがあれば出てくることはできる。人は無気力症に陥っても何かのきっかけで回復し得るように、虚無感から抜け出すことはできる。

 

「う……ここは?」

 

 虚無の影から抜け出た悠は、自分がどこにいるのか分からなかった。広い円形の空間で、外側は壁で囲われている。赤子のシャドウが現れたあの場所に戻ってきたのかと思ったが、ゲーム的過ぎたあれと違ってここは写実的で、闘技場の雰囲気はより強い。外側の壁には観客席が置かれ、かがり火を焚く柱が何本か立っている。まさに古代のコロシアムといった風情だ。ただそれと外れた要素として、時計の文字盤のような装飾が床に施されている。

 

「……」

 

 ここは赤い霧の中に聳える異形の塔のどこかだろうか。しかしあの塔の開けた空間は、思い出のある場所を模すことが多かったのに、ここは珍しく見覚えがない。そうするとシャドウワーカー本部がエントランスと呼んでいた時計の神殿のように、オリジナルのタルタロスにあった場所か。そんなことを悠は思った。

 

「ここはコロッセオ・プルガトリオよ」

 

 後ろから声をかけられて振り返ると、『小姑』がいた。闘技場を取り囲む観客席に座っていて、ペルソナ全書を膝に置いている。

 

「プルガトリオ……?」

 

 ラテン語で意味は『煉獄』であるが、悠には分からない言葉だ。諸岡からキリスト教についての授業は受けているが、そこまで詳しくは教わらなかったから。

 

「ええ。かつてのタルタロスの裏……時の狭間と呼ばれる空間の一部。それと同じ場所ね」

 

 言いながら、マーガレットは頭上を見上げた。ゲームの闘技場の天井は何もないただの黒色だったが、ここには空があった。不吉な赤色の空の中で、黒い雲が激しく吹き流れていた。その先にはクマたちが囚われた墓場があるのだが、容易く越えることはできない境界によって別たれている。

 

 棺桶も何も落ちてこないことを確認して、マーガレットは視線を闘技場に立つ悠に戻した。

 

「タルタロスがまだ来ないものを呼ぶ場所とするならば……時の狭間はその反対。過ぎ去ったものを取り戻す場所。貴方の先輩のご夫人はね、ここの機能を使って死んだ人を生き返らせたのよ」

 

「え……!?」

 

 有里は過去に一度死んでおり、アイギスはそれをなかったことにした。この事実を皆月は知っているが、悠は聞いていない。だがマーガレットの物言いには衝撃を受けた。

 

 過ぎ去ったものを、即ち死んだ人を取り戻す。それは非常に強い誘惑的な言葉だ。疲れ果ててやつれた悠の顔に、俄かな血色を戻すほどに。

 

「だから彼の本当の望みも、ここなら果たせるかもしれない……」

 

『彼』とは誰のことか。悠が望みを叶える為に、争わねばならない相手のことか。そして本当の望みとは何か──

 

「やめろ!」

 

 鋭い声を聞いて振り返ると、争わねばならない相手がいた。死神のコミュニティの担い手である、ミナヅキがそこにいた。皆月ではない。まだ一言しか喋っていないが、悠には分かる。青い目には激しい怒りが宿っているが、皆月のものではない。

 

 いつからそこにいたのか分からないが、ミナヅキは闘技場の床に立っていた。恐るべき武器である二本の刀は床に投げ出されていて、右手で胸を押さえていた。ミリタリー風のシャツは血で汚れており、汚れは今も増えている。胸に当てた指の隙間から、血と小さな青い光が漏れている。そして腹からも血が流れており、よく見れば穴が空いていた。銃創だ。

 

「その傷……有里さんに撃たれたのか? それとも足立さんか?」

 

 悠は死の絆の担い手に向けて一歩足を進めた。その途端、爪先に何かが当たった。見てみれば、自分の長剣だった。ゲームの闘技場で捨てたつもりが、ここにあった。

 

「近づくな!」

 

 視線を足元から前に戻せば、床に転がっていた二本の刀はミナヅキの両手に移動していた。左の刀は防御の型を取って顔の前で構えられ、右の刀は切先を悠に向けている。相変わらずの一瞬の早業だ。

 

「お前……その力は……」

 

 ミナヅキは傷から手を離した為に、血は更に流れ出てきた。特に胸の方は危険に見えた。青い光が瞬く傷は心臓のある位置だ。普通の人間なら即死か、長くても数分で死ぬだろう。そんな有様で、ミナヅキはなおも戦いの意志を捨てていない。血を吐いて病人同然になりながら、妄執のように前へ進もうとした悠のように。その力はどこから生まれたものか?

 

「……孤独であるからこそ、生まれたものか」

 

 孤独。生田目が一度死んで蘇ったシーンがマヨナカテレビに映った11月の雨の夜、ミナヅキに裏切られた皆月は孤独の純度を増した。そして強くなった。全てを失った少年は、有里には敵わない程度から頂点に手が届く位置まで格を上げた。

 

 だが実は孤独になったのは皆月だけではない。ミナヅキもそうだ。

 

「そうとも……」

 

 心臓を撃ち抜かれても、存在の基盤たる黄昏の羽根を砕かれても、なお生き続ける力。死と再生を象徴する月、即ち月神の不死性。それが全てを失ったミナヅキが得た力だ。

 

「お前の望みは何だ」

 

「決まっている……。この子の望みを叶えることだ」

 

「……」

 

 悠は腑に落ちなかった。悠はマーガレットの言う『本当の望み』が何かと聞いたのだが、ミナヅキの答えは思っていたのと違った。皆月の望みがミナヅキの望み。それは理解できるが、ミナヅキが当初から言っていることだ。『本当の望み』と言うのならそれとは違う、隠された望みのはずだ。悠に話すつもりがないのか、それとも──

 

「この子には俺しかいないんだ。世界にたった二人だけ……。ならばその望みを叶えてやらねばならない。君なら分かるだろう」

 

「ああ……分かるさ」

 

 これは分かる。子供の望みを叶える者。たとえ間違った望みであっても、子供の為に叶える。それはきっと、母親の愛。例えば子供が犯罪者になれば、父親ならば自首させるだろう。だが母親ならば子供を庇うように。3月に同じようなことを言っていた『女』がいたから、悠はミナヅキの気持ちが分かる。

 

(ん? マーガレットは彼って言ったが……そうか。本当の望みってのは、皆月の方か)

 

 ミナヅキは体を皆月と共有しているし、自分を俺と呼ぶから男のように思ってしまいそうになるが、その心はきっと女だ。それに気付くと、色々なことが腑に落ちた。昨年の8月に聞いた喪服姿の死神の言葉とか。

 

(ひさ乃さんの言った通りだったのか)

 

 二年と少し前に、天から舞い降りようとした神がいた。もしその神に心があったならば、きっと心優しい女神であっただろう。たとえ大量の死を振りまき、世界を滅ぼす者であっても。死や破滅は必ずしも悪ではない。タロットの死神のカードやミナヅキ自身がそれを証明している。

 

 悠が得心している間にも、ミナヅキの体から血は失われていく。心臓に穴が空いてもミナヅキは死なないが、皆月は死ぬ。それはつまり、異常なほどの強靭な体の持ち主が二人から一人になるということだ。だがそれはミナヅキの望むところではない。

 

「翔……君を死なせはしない!」

 

 ミナヅキは青い目を一度大きく見開き、そして閉じた。刀の切先と共に悠に向けた右手を戻して、胸に当てた。その上に左手も重ねる。胸の前で腕と刀で十字架を組む。すると強烈な光が胸から発せられた。色は青だ。ミナヅキのアルカナである月の、その自然な光の何倍も強い閃光だった。

 

(翔……そう言えば、こいつらはどっちも皆月(ミナヅキ)(ショウ)か)

 

 ミナヅキは自分を皆月と同じ名で呼ぶ。それはなぜか。世間にもいるいわゆる二重人格でも、各々が違う名前を名乗ることはあるのに、それですらないミナヅキはなぜ同じ名前を名乗るのか。互いに呼び合う時さえ紛らわしいだろうに。

 

(ミナヅキは自分のことを、世界に死をもたらすものの欠片とか言ってたな)

 

 悠は青い光の眩しさに目を細めながら、エントランスで聞いた時は何のことか分からなかった、名乗りの意味を考えてみた。

 

(死をもたらすもの……死神?)

 

 死神と言えば死神のコミュニティである。しかし絆の欠片であるなどと言っても、意味が通らない。『死をもたらすもの』とは何か、アルカナになぞらえられる不条理から離れて考えてみた。

 

(……神?)

 

 神と言えばイザナミである。神話に語られるイザナミはその呪いから、世界における死の起源であると解釈できる。ではミナヅキはイザナミと関わりのある存在、即ち女神の一片なのか。

 

(いや……違う気がする)

 

 イザナミが呪う前から死は世界にあった。イザナミ自身が死んでいることがその証拠であると、悠は有里の母校で聞いたことがある。そしてイザナミと関わりがあるのは、マリーとクスミノオオカミだ。ミナヅキが彼女たちと同じであるとは思えない。

 

(と言うか、マリーとクスミノオオカミは『たち』じゃない……ん?)

 

 ミナヅキのことを考えていたつもりが、ついマリーのことを考えてしまった。だが思わぬ脱線から、悠は閃きを得た。マリーとクスミノオオカミのように、一つの存在が複数の名前を持つことはある。ならばそれとは逆に、複数の存在が同じ名前を持つこともありそうだ。それはどういうことかと言うと──

 

(ミナヅキは……名前がない?)

 

 ミナヅキは皆月と同じ名前を名乗っているのでなく、そもそも自分の名前を持たないのではないか。透明なベールは内にあるものを外に見せてしまうように、ミナヅキは内に守るものの名前で呼ばれてしまう。もちろん人格は皆月と別であるものの、外へ向ける記号としての名前を持たない。

 

 それを表す言葉がないもの。誰にも呼ばれない、即ち認識されないもの。生まれた時から孤独なのは、ミナヅキの方──

 

 そこまで考えたところで時間切れになった。闘技場の全体を照らした強い光はやがて収まり、二刀流の剣士は構えを解いた。両腕を体の脇にだらりと下げて、一見するとただ弛緩しているような無形の位だ。閉ざされていた目が開かれると、悠の視線と出会った。

 

「……」

 

 顔に刻まれた十字の傷は閃光の跡のように青白く光っており、目の色も同じだ。先ほどまでとは微妙に違うその色を見て、悠は悟った。不死の『女』は自分の命を『息子』に与えたのだと。昨年12月にクマが自分の命を菜々子に与えたように。いや、今は分離したあの二人よりも強く結びついている。

 

 ここにいるのは皆月翔である。ただし今までとは違う。

 

「あいつは……どうなった?」

 

 皆月の口調は落ち着いたものだった。一聴しただけではミナヅキなのかと思ってしまいかねないが、やはり違う。悠はお前は誰だと尋ねることはせず、あいつとは誰のことだと尋ねることもなく応じた。

 

「……お前の中にいるんだろう」

 

 人が心の中にいるとは、死んでいるということだ。だが悠が言っているのはそういう意味ではない。悠の中に霧が、即ちクスミノオオカミがいるように、皆月の中にはミナヅキがいる。他人の人格を宿しているという意味ではない。皆月とミナヅキは同一の存在に等しくなった。同じ名前であることが、今こそ完全に正しいことになった。

 

 それを確かめるように、皆月は目を閉じて自分の胸に手を当てた。刀は持ったままである。ちなみに胸と腹に空いていた穴は塞がっている。クマと一時融合した菜々子が健康を取り戻したように。

 

「黄昏の羽根が……全身に散らばったか」

 

 皆月が目を開くと、そこに強い力が込められた。力んで見開いているのではなく、意志の強さから発する力感を目から発している。そしてガラスが割れた。

 

 ──

 

 一人の怪人が皆月の頭上に現れた。月を模した兜のような頭部を持つミナヅキのペルソナ、ツキヨミだ。数多いるイザナギの子の中で、最も貴い一柱である。

 

「……なるほど、この感覚か。父さんはとんだ間抜けだったな。あんな実験、失敗して当然だな」

 

 父さん──

 

(!……そうか、幾月か)

 

 皆月が父と呼ぶ男、幾月修司。高校時代の有里たちの元締めだったらしいその男については、三年前の11月に死んだことくらいしか悠は知らない。しかし今の言葉で悠は勘付いた。マーガレットの言う皆月の『本当の望み』が何か。ただし顔の傷が青く光る今の皆月の望みは、きっと違う。皆月は生まれ変わったのだ。父の復讐も蘇生ももう望んでいない。

 

 しかし『父』の恨みから離れても、『母』の恨みに関してはそうでもない。皆月の視線が自分の内側から外側に移動すると、純粋な力の込められた目に感情の色が混じる。ミナヅキのペルソナを受け継いで精神的に大分落ち着いたはずだが、それはそれである。

 

「ここでツラ合わせんのがてめえとはよ!」

 

 校門前で初めて会った時から、皆月は悠に強い怒りと憎しみを抱いていた。その時は何が何だか分からなかったが、今なら憎悪の理由が分かる気がした。足立が理解したことは、悠にも理解できる。

 

「……俺とミナヅキの絆の話か」

 

 殺戮の夢で、ミナヅキの格好をした悠のシャドウは絆の証明を斬りまくっていた。あれは夢ではなく3月に実際にあったことだ。斬ったのは特別捜査隊の仲間たちと、足立を除くシャドウワーカー稲羽支部の人たち、そして菜々子との絆だ。ついでに言うと、昨年知り合った戦いと直接関係ない町の人々との絆も斬った。悠による殺戮を免れたのは、エリザベスが言う通り四つだけ。そのうちの一つが死神だ。あの日までに極めずに残っていた唯一の絆でもある。

 

「あん時、何であいつとの絆も壊さなかった!」

 

 ミナヅキは悠の所業を知っていた。だから皆月も当然知っている。天から見下ろす月に隠せるものなどない。

 

「そうさ……お前の言う通りだ。俺は絆を……信仰(コミュニティ)を自分で壊した。誰も俺を見ていなかったし、俺も皆を見ていなかったから。耐えられなくなったんだ。だがあいつとの絆は……壊さなかった」

 

 あの時点では死神の絆はまだ『我』の完了宣告を受けていなかったし、証明するものも受け取っていなかった。だから壊さなかったのではなく、壊せなかった。そう言い訳することはできる。だが皆月に真実は隠せない。隠してはならない。

 

「俺は……期待していたんだ。ミナヅキならって。失敗したけどな」

 

 3月のあの日、生田目とひさ乃と河川敷で話した後、悠は堂島宅に帰るつもりだった。絆を極めた人々を信じられなくなっていたから。だが偶然か必然か、ミナヅキに会った。まだ全てを見せていないミナヅキが、全てを失った自分に運命を変える何かを与えてくれるのではないか。そう期待したのだ。卑怯にも。

 

 だから家に帰らず、ミナヅキを探して学校とフードコートに行った。しかし見つからなかった。フードコートにいたのは足立の手紙を携えた有里だった。

 

「俺は失敗したんだ……全てに。だから俺は、もう一度やり直す」

 

 やり直す。悠の言葉に、皆月はこれまでより強く反応した。右手に持った刀を向ける。

 

「ふざけんなよ! 今度は僕と絆ごっこをしようってのか!?」

 

 死神のコミュニティの担い手はミナヅキであり、皆月ではない。しかし皆月はミナヅキのペルソナを受け継いだ今、コミュニティも受け継いでいるかもしれない。もしそうなら『絆ごっこ』はできるはずだが──

 

「はっ……馬鹿言うなよ」

 

 悠は笑った。誰にでも優しい絆の主たる『愚者』らしくなく、嘲笑うように笑った。愚者の裏である道化師のように、足立のように笑う。

 

 壊した絆をもう一度やり直す。それはとても甘く魅力的で、心惹かれる誘惑だ。そしてやり直すことは、きっとできる。あの道理に合わないくらいにお人好しな仲間たちは、悠がやり直したいと言えば、きっと喜んでやり直してくれる。少なくともクマはそうするだろうし、りせもきっとする。たとえ特別な力に干渉されない普通の人間関係であっても、後退や破綻からやり直すことはできるのだ。まして魔術的な何かで組み上げられた不条理な絆は、何度壊しても再生できるに違いない。

 

 だが悠はそんなものは望まない。足立風の笑いを引っ込めて、足元に落ちていた長剣を拾った。

 

「皆月……お前は俺だ。お前も俺も、何もない。過ぎた力を人から貰って、持て余して……くれた人はいなくなった」

 

 やり直すのは絆ごっこではない。自分の人生だ。過ぎた力に振り回された、錯誤にまみれた人生をやり直す。霧に蝕まれた残り少ない命を懸けて。敗れて疲れ果てた体に鞭打って、悠は重い長剣を構えた。

 

 剣の名は十握剣。神を殺し、神を生み出した神剣。それと同じ名を持ちながら、命を奪うことにしか使えない殺しの道具だ。それを眼前の男に向けた。

 

「だからな……お前と友達になんかなるかよ! 鏡を見るようなもんだ! やってられるか!」

 

 遂に悠は本音を言った。自分と同じように顔と心に深い傷を負った男に向けて。忌まわしいほど自分と似ていて、それだけに憎い、孤高の男に。

 

「はっ! 上等だ!」

 

 皆月も構えを取った。左右の刀で円を形作る、天地陰陽活殺の構えだ。天国へ至る為の試練の世界の名を冠した、古代風の闘技場が二人の殺気で満たされる。観客席に座るマーガレットは足を組み、金色に光る目を興味深そうに細めた。

 

「ふふふ……絆と孤独ではなくて、種類の異なる孤独同士の戦いね。でももしかしたら……実は絆同士の戦いなのかもしれないわね」

 

 そしてエリザベスの評価に一言を加えた。P-1クライマックスの場外戦第二試合、悠対皆月のこの勝負だけでなく、今夜の戦い全体に本質的な評価を加えた。

 

「メサイア!」

 

 悠が一声呼んで召喚した救世主が右手を掲げると、紫色の光が闘技場を照らした。光球の中で雷電が走り、力が及ぶ範囲内にいる者を等しく滅ぼそうとする。悠は初撃に秘術を持ってきた。小手調べとして剣で打ち合うこともなく、切り札の一つである万能魔法をいきなり炸裂させた。最初の一手に最大の攻撃を用いるのは戦術としてはよくあるし、有効であることも多いのだが──

 

「ツキヨミ!」

 

 皆月を相手にこれをやるのは、あまり良くない。やはり一声呼んで召喚した不死の月神が長柄を構えると同時に、皆月も両手の刀を胸の前で交差させた。ペルソナと使用者がタイミングを合わせて得物を振りきると、衝撃波が発生した。色は赤く、形は半月で、闇の風に乗って翼は煉獄を翔ける。

 

 万能魔法はどんな相手にも通用し、同じ力でなければ相殺することはできない。しかし何事にも例外がある。皆月が放つ闇の力で滅びの光は掻き消された。ペルソナを持たない皆月は耐性の不思議が適用されなかったが、ツキヨミを受け継いでもその特性は残っている。理不尽にも。

 

「このクソが! テキトーやってんじゃねえぞ!」

 

 皆月自身が駆けてきた。その猛烈に足は速く、一瞬で距離を詰める。間合いに入る最後の一歩はより速く、上段から切り下ろす右の刀は閃光と化す。

 

「マガツ!」

 

 悠は禍津神を召喚して対抗する。長柄を横にして皆月の刀を受け止めると、すかさず悠自身が長剣を薙ぎ払う。皆月はそれを左の刀で受け止める──

 

「甘え!」

 

 と思いきや、右の刀をペルソナの長柄にもう一度叩きつけて、マガツイザナギを押し込んだ。連続の斬撃が決まると同時に皆月自身も膝を曲げ、悠の薙ぎ払いをかわした。こうなると大振りをした悠の崩れた体勢が残るだけだ。皆月は悠のペルソナと悠自身を両方とも崩して見せた。そしてツキヨミを召喚する。

 

「死ねっ!」

 

 長柄の黒い刃が悠を襲う。マガツイザナギを再び召喚するのは間に合わない。このままでは袈裟懸けに斬られて死ぬ。ならば──

 

「ふん!」

 

 悠は刃物に向けて踏み込んだ。皆月が足立のマガツイザナギに向けて踏み込んだように、悠も敢えて前に出て刃の狙いを外して柄を体で受けた。ペルソナの打撃が肩に当たるが、悠はそれに構わない。衝撃も痛みも無視して、もう一度剣を振り回す。

 

「くっ!」

 

 強引極まるやり方だ。だが剣に込められた力は、皆月に匹敵するほど強い。皆月は悠の斬撃を左の刀で防御して直撃は免れたが、手に痺れが残った。

 

「てめえ……痛くねえのか?」

 

 皆月はつい先ほどの、だが随分前のようにも思える頂上での足立との勝負を思い出した。不覚を取った直接的な原因は、強化されたマガツイザナギの斬撃を踏み込んで受けて、斬られるのは免れたが打撃でやられたせいだった。今の攻防はそれと同じような形になったが、悠はツキヨミの打撃を受けながら反撃してきた。

 

「そんなもの、どうでもいい!」

 

 叫んだ途端、悠の顔の傷がまた光った。今の皆月の青白い十字傷とは対照的な、赤黒い光を発した。

 

「そうかい! つまりてめえは死にてえんだな!」

 

 

 塔の頂上で皆月は足立に撃たれた。しかし棺桶には入らなかった。その理由は、今夜の象徴化のルールはペルソナ使いに課されるもので、ペルソナを持たない皆月には適用されないからと考えられる。しかしそもそもの話、象徴化はペルソナを持たない人間に起きる現象である。本来のあり方からすると、むしろ以前の皆月こそ象徴化しないとおかしいのに、墓場送りにならなかった。それはなぜか?

 

「うおおお!」

 

 悠は吠える。左の額から鼻梁を通り、右の頬まで達する傷は赤い光を発し続けている。

 

「ド素人がよ!」

 

 悠は昨年から数多のシャドウを滅ぼし、人間のペルソナ使いを相手にした戦いもかなりの数をこなしている。俗に人を一人斬ったら初段の腕と言うように、悠は決して剣の素人ではない。しかし達人の皆月から見れば、悠は技術的にはまだまだ未熟である。

 

 皆月は悠の薙ぎ払いを一歩下がってかわし、下から左の刀で斬りつける。すると悠は踏み込みながら剣を振りかぶる。皆月の左の刀の鍔元が胴体に食い込むが、悠はまるで構わない。間合いが近すぎることも気にしない。剣で石を割るように、3月に実際にやったように、全身の力を込めて長剣を振り下ろす。皆月の右の刀でそれを防ぎ、鍔迫り合いになる。だが一瞬の後に、皆月はもう一歩下がる。

 

「ったく、火事場の馬鹿力ってか!?」

 

 勝負が進むにつれて、どういうわけか悠の膂力は徐々に上がってきており、皆月を凌ぐ域に達しつつある。皆月は今の攻防で鍔迫り合いから悠の剣を外側にいなして押さえつけ、返す刀で首を落としてやるつもりだった。しかし悠の石割の太刀に込められたあまりの力に押されて、それができなかった。

 

「何なんだ、てめえ。気味が悪いぜ……」

 

 皆月は膂力だけでなく、気迫でも少しずつ押されてきている。皆月の攻撃はまだ悠に致命傷を負わせていないが、多少の傷ならもういくつもつけている。今も左の刀が浅くはあったが入った。しかし悠は痛がる素振りすら見せない。顔色からして病気並にコンディションが悪いはずなのに、それを感じさせないのも不気味である。

 

「マガツ! 撃て!」

 

 そしてペルソナの勢いも時と共に増している。血に塗れた禍津神が長柄を天に掲げて吠えると、赤い電撃が雨あられと降ってきた。

 

「ツキヨミ!」

 

 月神は左手を無言で翳すと、闇の波動が溢れ出て電撃を防ぐ。その瞬間、悠自身が突撃してきた。二つの魔法の余波が『煉獄』に残っているうちに、自分の身が傷つくのも厭わずに、待ちきれないと言わんばかりに突っ込んでくる。

 

「はっ!」

 

 悠の突進しながらの片手突きを、皆月は左右の刀を交差して受け止める。紫電を帯びた一閃は、皆月が両手を使わなければ防げないほどの威力だった。そして次の瞬間、更なる電撃が迸った。

 

「メサイア!」

 

 至近距離で救世主が雷の秘術を放った。皆月の視界も『煉獄』そのものも、自然の落雷に襲われたように激しい光で満たされる。防御の型を取っている皆月は直撃こそ防ぐものの、十字の刀を超えて伝わるものがあった。

 

「うぐっ……!」

 

 以前の皆月は打たれ弱いというある種全般的な弱点があったが、ミナヅキはそうでなかった。そして今の皆月は、耐性の面ではミナヅキつまりはツキヨミと同じになっているので、攻撃を受けたら常に怯んでしまうようなことはない。

 

「……」

 

 しかしギラギラと光る悠の目には怯まないまでも、押されていた。

 

 今の悠は疲れも痛みも気にならない。意識して痛みを抑圧しているのではなく、どうでもよくなっているのだ。それは死を進んで求め、破滅の淵に自ら飛び込む人間の愚かしさであり、恐ろしさである。狂気の仮面は燃え尽きる直前の炎のように、強烈な光を放っていた。

 

 なお、狂気とはペルソナ使いやシャドウにおいては、一種の『状態異常』と考えることもできる。そして象徴化もまた状態異常であるならば。既に『狂気』の異常にかかっている者は、他の異常にかかることはないとすれば、それはもう強みである。

 

 以前の皆月もまた狂気の仮面を持っていた。しかし今の皆月にはない。ミナヅキの形見たる月神の仮面と引き換えに失ってしまっている。太陽の少年と月の母の長所を選りすぐった今の皆月が、唯一失った強みだ。

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