ペルソナ4 落ち武者の神   作:三尺

177 / 180
八百万の神言(2012/5/6)

 ワイルドの力を持つ者の中でも、各々できることに差はある。戦力的な意味でも差はあるが、可能な技や術という意味でも色々ある。例えばペルソナが武器や道具を宿す『受胎』と呼ばれる現象は、有里は戦いを始めてかなり早い時期からできていた。悠は当初できなかったが、3月になってできるようになった。そうして手に入れたのが、今夜はとにかく酷使した長剣である。

 

 そして有里とアイギスは、二つのペルソナを同時に召喚する秘技ができる。それは例えばあらゆる攻撃を弾く究極の盾、世界の終わりを意味する究極の切り札、あらゆる敵を殺すか眠らせる理不尽の権化な技など、恐るべき効果のあるものばかりである。これこそ複数のペルソナを持つワイルドならではの、むしろこれができてこそワイルドである意味があるとさえ言える。

 

 そんなワイルドの特権とも言うべき秘技を、塔の頂上に至った悠は遂にできるようになった。後輩はとうとう先輩に追いついた。いや、超えた。

 

 

 カグヤが変容したイザナミの巨大な手の上で、悠は長剣を手にして立っていた。全身傷だらけであることは皆月と戦った後のままで変わりないが、姿勢は綺麗なものだった。背筋は伸び、肩から力は抜け、膝は僅かに緩められている。皆月たちがよくやっていた無形の位だ。そして顔の十字架の隙間にある目は静かなものである。恐ろし気な女神の手の中で、もし握られたら虫のように潰されてしまうその場所で、心の内と外の両方で平静を保っている。

 

 イザナミの何が恐ろしいかと言えば、赤黒い巨大な花は全般的に恐ろし気だが、中でも花芯である死の女王としての姿がその最たるものだ。白い拘束衣は着ておらず、皮膚を失って肉と骨が浮いた体を露わにしている。死体のような見た目だが、強大極まる力を持っていることは誰でも分かる。人間にも、カグツチにも。しかし悠は恐れていない。捧げ持たれた自分よりもやや下の位置にいる女神には、恐れどころかむしろ強い親しみを感じている。

 

 そしてメサイアが変容したイザナギは、悠の頭上にいた。空中で片膝を曲げ、何かにもたれかかるように佇んでおり、白い外套は風に軽くたなびくように揺れている。手に持っているのは円と直線を合わせた白い矛だ。武器のように構えることはせず、ただ無造作に下げている。

 

「滅びよ!」

 

 カグツチは牙の生えた口を開き、悠に向けて火を吐いた。これは火ではあるが火炎の魔法の範疇には収まらない。耐性があっても貫いてしまう、まさに世界を滅ぼす神の火だ。しかし赤い霧を蒸発させて光の彩りにしてしまうそれも、白い霧は掻き消せない。

 

 カグツチは遊びではない本気の一撃を放ったが、外れた。悠自身や呼び出された二つの存在が防いだのではない。強大な重力によって空間が屈曲すると光さえ曲げられてしまうように、世界を焼き殺す炎は悠たちにはかすりもせず、唸りを上げながら世界の果てを目指して飛んでいってしまった。

 

「ぬぬっ……」

 

 カグツチは異形の顔を顰め、牙を噛み締めた。人でも悪魔でも滅ぼせる火が通じないことに、衝撃を受けていた。人に全知や無謬はあり得ないが、神も真の意味で全知全能であるとは限らない。なぜなら全知とは概念であり、神も実体を持って現世に降臨してしまっては、概念そのものではいられなくなる。カグツチは目の前で何が起きているのか、何が神の力を惑わせているのか、理解できずにいた。

 

 対する悠は反撃しない。二体のペルソナを同時に召喚する秘技は成功したが、悠はまだ『二人』を動かしていない。神の夫婦に何をさせるのか、まだ示していない。悠の頭にイメージはあるが、未だ漠然としたものだ。ではどうすれば、はっきりしたものになるか。頭の中にある真実を包む霧は、どうすれば晴らせるか。

 

「……」

 

 悠は虚心になって考える。本質的に無力な人間は考えなければ生きていけないように、考える葦になる。偉大な先輩を超えてもなお、諸岡の教えを受けた悠は謙虚である。足立のように。だから考える。考えているうちに足立から連想したか、ある閃きを得られた。

 

(……演じることだな)

 

 演じることの意味は深い。現実を嘘で塗り固めるという意味ではなく、ありもしない『理想の自分』を実在のもののように見せるのでもない。現実はやはり現実だ。テレビや舞台で役者が誰かの役を演じても、文字通りの意味で役者が役柄の人間になることはない。

 

 しかしそれでも人は演じる為に舞台に立つ。役者は衣装を着て仮面をかぶる。ペルソナ使いは神の名を持つペルソナを召喚して、神話に登場する神や英雄を演じる。

 

(なら俺は……)

 

 悠がすべきことは、神話の再現を演じることだ。振りではなく、誠心誠意演じる。舞台の上に自分の真実を置く。

 

 イザナミの手の上に立つ悠は、長剣の柄を両手で持った。切先は下に向けるが、イザナミを傷つけないよう注意した。足場である女神の手は枯れたものだが、悠はそれを柔肌も同然と思って刃物を当てないようにした。そして呪文の詠唱を始めた。

 

 於是天神諸命、以詔伊邪那岐命伊邪那美命二柱神、修理固成是多陀用幣流之国、賜天沼矛而言依賜也──

 

「こうして諸々の天の神が、イザナギとイザナミの二柱の神に命じた。この漂える国をつくり固めよと、天沼矛(あめのぬぼこ)を賜った」

 

 魔術で用いられる呪文は、原義を辿れば神への賛歌や経典からの引用である。そしてこれは日本神話における天地創造の場面だ。悠はマリーに貰った本で読んだことがある。

 

 悠が『演技』を始めると、悠の頭上で休んでいるように動かなかったイザナギも動き始めた。白い祭器を両手で持ち、顔の前で立てる。姿勢は真っ直ぐ伸びて、宙に浮かんでいるにも関わらず大地に根を下ろしているように揺るぎない、矛盾した印象を与える立ち姿だった。

 

 汝身者如何成──

 

「君の体はどのようになっている」

 

 イザナギが喋った。ペルソナが喋る例はこれまでいくつかあったが、『我は汝』を始めとするペルソナ自身と使用者の関係を表す言葉を発するケースが多く、会話文のようなセリフを言うのは珍しい。

 

 吾身者成成不成合処一処在──

 

「私の体は出来上がっていますが、足りないところが一つあります」

 

 イザナギの問いに応じて、イザナミも喋った。

 

 我身者成成而成余処一処在、故以此吾身成余処刺塞汝身不成合処、而以為生成国土生奈何──

 

「俺の体は出来上がっているが、余っているところが一つある。だから俺のこの余っているところで、君の足りないところを塞いで国を生もうと思うが、どうか」

 

 然善爾──

 

「いいでしょう」

 

 然者、吾與汝行廻逢是天之御柱、而為美斗能麻具波比──

 

「それでは、俺と君でこの天の御柱を回って巡り会い、寝所(みと)の交わりをしよう」

 

 夫婦の『役』を演じる本当の夫婦の会話劇は進む。ただしイザナギは祭器を掲げ、イザナミは悠を捧げ持つ姿勢のままで動こうとはしない。実際に天の御柱を女が右から、男が左から回ったのは遥か昔のことであり、それそのものを再度ここで行うことはしない。演じるとは事象の全ての再現を意味しない。

 

 省略は事実の一部または大部分を取りこぼすが、代わりに物語を生む。事実の羅列だけでは人は物事を認識できない。真実を伝えるには物語が必要なのだ。それは良い悪いの問題ではなく、人の認知の在り様から定められた真理である。

 

 阿那邇夜志(あなにやし)愛袁登古袁(えをとこを)──

 

「まあ、何と素敵な殿方ですこと」

 

 阿那邇夜志(あなにやし)愛袁登賣袁(えをとめを)──

 

「ああ、何と可愛い娘だろうか」

 

 ここで悠の視線と同じ高さにいるカグツチが、うめき声を発した。

 

「ぐぐぐ……! な、何だこれは……!」

 

 空の穴から零れる炎が揺れ、その中心にいる巨人は苦し気に呻いた。動けなくなったのだ。生まれる前の子供は動けなくて当然である。しかし子供自身はそれを理解できていない。元よりどういうわけか悠に攻撃が通じなかったのに、身を隠すことも逃げることもできなくなり、大きく動揺する。

 

 女人先言不良、雖然久美度邇興而生子水蛭子、此子者入葦船而流去──

 

「女が先に言うのは良くない。それでも事を始めてヒルコを生んだ。この子は葦の船に乗せて、流して捨てた……」

 

 ここで悠は剣の柄を握る手に強い力を込めた。捨てられた子を哀れに思う。しかし葦の船は沈まず、天の川を巡り巡って月まで流れ着いて、そこで子供は別の名を名乗って生き延びた。悠はそう信じる。自分の足元にいるイザナミと頭上にいるイザナギも、何か思うところがあるようで少しばかり身じろぎした。

 

 ともあれ、悠が現実で神話に倣う行動を実際に行ったのはここまでである。以降は本当に演じるだけだ。

 

 爾天神之命、以布斗麻邇爾ト相、而詔之因女先言而不良、亦還降改言──

 

「天の神が太占(ふとまに)により占ったところによれば、女が先に言ったことが原因で、良くないことになった。もう一度帰って言う順番を改めよとのことであった」

 

「ぐぬう……!」

 

 悠の詠唱は続く。ただの朗読ではない。物語が進むごとに、主演の夫婦が放つ神威は力を増してゆき、聞かされる子供の苦悶は大きくなる。

 

 如此言竟、而御合生子淡道之穂之狭別嶋──

 

「こうして言われた通りに終えて、そうしたところ子の淡路島が生まれた……」

 

 国生みの物語。大地の誕生。四方の海、即ち常世の大海に浮かぶ小さな島々を生み出すこと。それは現実の世界を生み出すこと。人や動植物はもちろんのこと、神さえもそこで生きていく居場所を生み出すことだ。悠はそれを語った。そして続きを語る。

 

 既生国竟、更生神、故生神名大事忍男神、次生石土毘古神──

 

「こうして国を生み終わり、更に神を生んだ。神の名はオオゴトオシの神、次にイワツチビコの神……」

 

 神生みの物語。神の誕生。力の神、土の神に始まり、海の神、風の神、木の神、山の神、野の神と続く。霧の神であるアメノサギリとクニノサギリの名も語られる。これらの神々は、個々の神格であると同時に自然界の事象そのものでもある。悠はそれを言葉にする。言葉は神になる。

 

 次生神名鳥之石楠船神、亦名謂天鳥船、次生大宜都比売神──

 

「次に生んだ神の名はトリノイワクスフネの神、またの名をアメノトリフネと言う。次にオオゲツヒメを生んだ」

 

 それは無数の真実だった。森羅万象、天地万物、あらゆる存在を遍く照らす真実の光。幾万どころではない、八百万(やおよろず)の神々。即ち世界そのものをことごとく語り尽くす、神の言葉である。悠はそれを語っている。祭祀が祭文を読み上げるように。そして神の御業が語られるごとに、イザナギの祭器とイザナミの花は輝きを増していく。

 

 次生火之夜芸速男神、亦名謂火之炫毘古神、亦名謂火之迦具土神──

 

「次にヒノヤギハヤオの神、またの名をヒノカガビコの神、またの名をヒノカグツチの神を生んだ」

 

「ぐ……ぬはっ!」

 

 日本神話に神は数多くいる。原初の夫婦神であるニュクスとエレボス、もといイザナギとイザナミは、数えるのも一苦労な数の島々と神々を生んだ。その長子がカグヤ、もといヒルコである。神典が伝えるところによればヒルコは子の数に含まれないが、悠は含めて考える。そして末子がカグツチだ。やはり神典によればイザナギはカグツチの後も子供を生んでいる描写があるが、イザナミとの間に生まれた子供はカグツチが最後である。なぜなら──

 

 因生此子、美蕃登見炙而病臥──

 

「この子を生んだことにより、みほとを焼かれ病に伏した……」

 

 火の神を生んだことにより、女神は火傷を負ってしまったからだ。有里の母校で魔術師に問われた悠が答えた通りに。それが物語である。

 

 そして物語の登場人物であるカグツチは、自分の名前が呼ばれたところで身じろぎくらいはできるようになった。しかしやはり動けないでいる。上から見下ろしてくるイザナギの祭器の輝きが眩しいように、異形の手で顔を覆っている。まるで理不尽な父親が手を上げて、小さな子供が自分の顔を庇うように。

 

「馬鹿な……なぜだ! 我が、神たる我が人の子如きに……!」

 

 そんな幼い『末っ子』に向けて、悠は声をかけた。ここからは過去の出来事という意味での物語ではない。今から作る物語だ。

 

「カグツチ……見ろ、俺を」

 

 悠は自分を見ろと言っている。高所に厳然と立ち、子供を見下ろす恐ろしいビジョンではなく、視線の位置が同じ自分を見ろと。するとカグツチは手を顔の前からどけた。神であるカグツチが、人間である悠の命令を聞いた。そして瞠目した。

 

「父上……!」

 

 悪鬼悪霊を千でも万でも操り、弄ぶ手は震え始めた。天地を飲み込んで嚙み砕く歯も震えて、カチカチと打ち鳴らされている。体を包む炎は子供の心を表して、小さな灯火が風に吹かれたように激しく揺れる。

 

「あ……あり得ぬ! あり得ぬ! 貴様が得たのは飽くまで似姿! まして虚無に落ちた貴様がなぜ……!」

 

 宇宙の主宰者たらんとする者の否定を否定するように、審判から進んだ世界のアルカナを持つ神が動いた。そして再び口をきく。その声色は、愛する妻に呼びかけていた今までのものとはまるで違って、炎の巨人を凍りつかせるものだった。

 

 之愛我那邇妹命乎、謂易子之一木乎──

 

「この愛しい俺の妻を、たった一人の子と引き換えにできようか……」

 

 イザナギは祭器を上に持ち上げて構えた。混沌の海を攪拌して大地を生む霊験あらたかな神器を、人を斬る為のありふれた武器に見立てる。いや、この神器は神が一声告げれば本当に武器に変わる。剣豪が竹刀を気迫で真剣に見せるように、神は祭礼で使用される刃のない矛を、人どころか神をも殺せる神剣へと変容させることができる。

 

「ひっ……」

 

 カグツチは怯えている。当然だ。カグツチを十握剣、真の名を天之尾羽張(あめのおはばり)の剣で斬り殺したのは、その父であるイザナギだ。即ちここにいるのは原初の犯罪の当事者。子殺しの罪の被害者と加害者だ。しかし──

 

「……」

 

 悠は黙って首を横に振った。舞台の演出家が役者に台本の変更を指示するように。

 

「……」

 

 するとイザナギは使用者の指示に従い、祭器を下ろした。太古の嬰児殺しを再現することをやめた。再現すれば事態を解決することができるのに、そうしなかった。3月に絶妻之誓(ことど)の真言でイザナミを制圧することもできたのに、敢えてやらなかったように。悠は勝ち方にこだわる。

 

「カグツチ……」

 

 そしてペルソナに代わって悠自身が語る。神話の語り部でもある演出家は、役者として自ら舞台に上がりもする。

 

「許してくれ。怒りに任せて、お前を斬ってしまった俺を」

 

 悠は天之尾羽張の剣の切先を下に向けたままだ。子供を斬る為に振りかぶりはしない。初めて得たペルソナの『本体』である神々の父になりきり、かつ神話と異なる言葉を子供に与える。

 

「……!」

 

 カグツチは答えない。と言うより、言葉を失っている。恐怖の化身であり生殺与奪の権能をその手に握る者、即ち古代の家父長が、首に縄をかけられた奴隷に過ぎない末子に許しを請うなど、あり得ない。家族の在り様に対する認識は、遥かな遠い日に殺された時から何も変わっていないのだ。ペルソナが本物の神に変容すること以上にあり得ない奇跡を目の当たりにして、絶句している。

 

「カグツチ」

 

 次いでイザナミが語りかけた。枯れた花の手で『夫』を捧げ持ったまま、花芯の死体が口をきく。その声色は祭器を振りかぶった夫ほど恐ろしくはないが、優しくもない。天を覆っているものの嵐を呼ばない凪いだ雲のように、平坦なものだ。

 

「母上……」

 

 カグツチは生きた父から死んだ母へと視線を移した。そこに怯えはまだある。父に対するものとは種類が違うが、恐怖を感じずにはいられない。そんな哀れな子供と母の間を、『父』が執り成した。

 

「イザナミ……お前を殺してしまったこの子を、どうか許してやってほしい」

 

 ここにいるのは子殺しの罪の当事者だけではない。原初の犯罪のもう一組。親殺しの罪の被害者と加害者だ。

 

 被害者が加害者に怯えるのは、恐怖の記憶があるからと、また同じことをされるのではと恐れるからだ。一方で加害者が被害者に怯えることもある。理由は二つ。復讐を恐れる為と、己の罪に向き合わされる為だ。父の子殺しと違って息子の母殺しは意図して行ったものではないが、罪は罪である。しかも世界で最も重い罪だ。

 

「母上……我は、我は……」

 

 神話のイザナミはカグツチを殺していない。しかし殺そうと思えば殺せただろう。そしてもちろん、今から殺すこともできる。永劫から進んだ世界のアルカナを持つ女神は、己の体に宿る八つの雷で宇宙の炎を滅ぼすこともできるはずだ。自分の復讐の為に。しかし──

 

「この母……イザナミノミコトの名において、お前の罪を許しましょう」

 

 母は子に罰を与えはしなかった。ミナヅキが皆月をひたすら守ろうとしたように、ニュクスが人を苦しめることを望まなかったように、イザナミは子を罪そのものから庇うように許す。

 

「お前に従う霊たち……個の為にのみ生きんとし、死を望む(まが)()たちを許しましょう」

 

 花芯の女神は両手を広げた。破滅を望んで月に吠える者がいるのは、人の業である。生まれ持ったものは罪にならない。悪鬼悪霊として生まれた者も、業によって落ちた者も許す。

 

「この地で流れたあらゆる血、この地で起きたあらゆる災い……。この地を守る神の名において、全ての罪を許しましょう」

 

 世界の守護者は天を仰いだ。イザナミは足立の殺しも、皆月の破壊も許す。もちろんカグツチも。今ここで生きている者、かつてここで生きた者、その全てを許す。罪人を裁くことが神の権能なら、許すこともまたそうである。神がいるからこそ、全てが許される。

 

 神剣を持つ悠は瞑目した。昨年に課されたいくつもの問いのうち、期限は黄泉路へ旅立つ時までとされた問いに対する解答を得られた気がした。

 

(何が一日に千人殺すだ……)

 

 一日に千人を絞め殺すという呪いの言葉がある。しかし死は決して神が世界に与えた呪いではない。呪うまでもなく人は死に、世界はいつか終わる。薄明のように死を望む人間がいることなど、何の意味もない。それは敢えて言うまでもない自明の理だ。千が死ぬ呪言とはまさに呪い、即ち虚言であり、目くらましであり、言いがかりに過ぎない。万が生まれる真言も同じだ。祝福するまでもなく人は生まれる。それは自然の摂理である。

 

「お、おおお……!」

 

 天地が鳴動した。赤い天が震え、異形の塔が揺れた。己こそ真理であり総意であり、宇宙と等価の存在であると宣言した子供は、自分が何者なのかを知った。神と親殺し、二つの仮面の下にあった自分の本性を知った。仮面が外れた素顔から、世界と自分が生まれた時から抑えられ続けていた涙が流れ出た。

 

「母上……済みませぬ!」

 

 天が零す涙は雨になり、燃え盛る炎を鎮火した。火の神は自らの内から生まれた水によって調伏された。異形の手から爪が、体から鎧が剥がれ落ちた。身を守るものを取り払われた巨体は、とても小さなものになった。時が巻き戻って子供が産道を帰るように、カグツチは天の穴から異界へと帰っていった。

 

 そして悠も泣いた。十字の聖痕の隙間にある閉じた目から、涙が零れ落ちた。




 オリジナル技を出しました。伊邪那岐大神+伊邪那美大神でミックスレイド『八百万の神言(しんごん)』です。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。