ペルソナ4 落ち武者の神   作:三尺

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第1章 遊ぶ愚者
放浪の旅(2011/4/11)


「占いは信用されますかな?」

 

(な、何なんだ。これは……)

 

 少年は混乱していた。気付いたら見知らぬ場所にいて、目の前に奇怪な老人が座っていたのだ。何が奇怪かと言えば、鼻だ。何センチあるのか物差しで測ってみたい、でもそんなことは口が裂けても言い出せない。人間の範疇から大きく外れた異様に長い鼻を備えた、お伽話の悪魔か何かのような老人が正面にいる。そして向かって右隣に、これまた人間の範疇から外れた女がいる。

 

 深い青色の外套を隙なく着込み、背筋を真っ直ぐ伸ばして座っている。膝の上には百科事典のような分厚い本を置いていて、白く長い指を揃えた両手をそこに添えている。それだけならば、所作や身だしなみに気を遣う、いわゆる上流階級の女性か大企業の社長秘書か何かと思いはしても、別に怪異ではない。

 

 怪異なのは、その面貌だ。カチューシャで留めた、緩くウェーブした色の薄い金髪の下にあるものだ。美術史において、理想の追求こそが至上とみなされた時代の美。現実にはあり得ない、洗練され尽くした美。大理石から彫り出した女神を思わせる、怪異の域に達したその顔だ。しかしただ一点、理想から離れたものがあった。白皙の中心にある両の瞳の、その色だ。金色に光るそれが、知らず美貌に惹かれてしまいそうな少年の理性を、かろうじて繋ぎ止めていた。そうでなければ女の足元に身を投げ出していたかもしれない。

 

 だから少年は立ち上がりもせず、逃げ出しもせず椅子に座っているものの、ただそれだけだった。怪異な老人と女が自分を見つめているという、何の脈絡もない奇怪極まる状況に、少年は大いに混乱していた。

 

 そんな中、老人が動いた。骨ばった手をテーブルの上にかざすと、光の中からカードの束を取り出した。その光を目にして、少年の混乱は少しだけ収まった。と言うより、収めねばならぬと思った。もしもこの老人が悪魔なら、そして隣の女が魔女ならば、無視するのはとてつもなく危険に思えたのだ。少年は現代人らしく信心など特にないのだが、この時ばかりは例外だった。

 

「ええ……少しは」

 

 少年は混乱を無理に鎮めて、隙間のできた頭の一部を急いで働かせ、老人の言葉を思い返した。老人の名はイゴールで、場所をベルベットルームと呼んでいた。本来は契約をした者が云々。そして占いを信じるかどうかと、先ほど聞かれたのだった。そこまで理解が及んだところで、咄嗟に出てきた返答は肯定だった。ただし全面的にではなく、控え目な。

 

「結構……大いに結構です」

 

 返された答えに満足したのか、イゴールは頷いた。少年の言葉を噛み締めて、少年自身も意識していない意味まで探り出そうとするように、深く頷いた。

 

「太古の昔から、人は占いに多くのものを託してきました。少しだけ信じる……貴方のその姿勢は大変結構なものです。人知の及ばぬものの実在やその力を感じながらも、それに頼らず、かつ敬意を忘れない。それは神への信仰……その最も正しい道にも通じるものです」

 

「信仰?」

 

「おっと……口が滑りましたな。少し前にここを訪れた方が、占いをお信じになりませんでな……。何もさせてくださらないまま、出ていってしまわれたのです。だからでしょうか、貴方のお答えが少しばかり嬉しく思えたのかもしれません」

 

「え?」

 

 客につれなくされた占い師が、次に来た客がまともに取り合ってくれて嬉しくなった。やる気も出てきた。身も蓋もない言い方をすれば、老人の言葉はそういう意味に受け取れる。恐ろしげな姿からは想像しづらいが、実はこの老人は善良で、しかも分かりやすい人物なのでは。少年はそんな楽観を急に感じた。

 

「ふふ、お忘れになってくださいませ」

 

 イゴールは笑った。長い鼻の上に配置された血走った目を、ほんの少し細めて、と言うより縮めて笑った。それは決して気味の良いものではないはずだ。しかし相手に対する安心感が湧いてきていた少年は、イゴールの笑顔に恐怖を覚えることはなかった。むしろ落ち着きを取り戻した。何が何だか分からないが、悪魔のような風貌の、だが変に優しげな老人の、占いとやらに付き合うのも悪くない。魔女のような美女もいることだし。そんなことを少年は思った。

 

「では……貴方の未来を、少しばかり覗いてみると致しましょう」

 

 イゴールはテーブルの上で手を巡らせると、カードの束は踊り始めた。カードの裏面には古典的な舞踏会で用いられそうな仮面が描かれているが、まさにカードの舞踏が始まった。イゴールは手を触れないまま、二十枚ほどのカードの束は綺麗に整列した。己の居場所を、あらかじめ知っているかのように自ら並んだ一枚を、イゴールは指し示した。するとやはり手を触れられないままに、それは自ら裏返って絵柄を見せてきた。

 

「ほう……近い未来を示すのは、塔の正位置。どうやら大きな災難を被られるようだ」

 

 少年は知らなかったが、並んだカードはタロットの大アルカナだった。一枚目の意味を簡単に説明すると、イゴールは続けてもう一枚を指した。

 

「そしてその先の未来を示しますのは、月の正位置。迷いと謎を示すカード……。実に興味深い」

 

「つまり……どういう意味なんです?」

 

 聞きながら、占いの結果はあまり良いものではないようだと、少年は察した。当然だろう。災難だの謎だのを、良い意味にとらえるのは難しい。

 

「貴方は、これから向かう地にて災いを被り、大きな謎を解くことを課せられる……と、察せられ、見なされ、推し量れますな」

 

「はい……?」

 

 ここでもし断定的に言われていれば、少年は未来に憂鬱を感じたかもしれない。しかしわざとらしく曖昧さを演出された為、拍子抜けしてしまった。

 

「ふふ……実を申しますと、運命はもう間もなく最初の一歩を踏み外そうとしているのです。日々変わりゆく運命の中にあっては、災いは祝福に転じ、謎は自明の理へと転じてしまうやもしれません。それ故、奥歯にものの挟まった物言いをしてしまいました」

 

 推測を表す言葉を連続させた、その次に仕掛けられてきたものは、少年にはまるで理解できない話だった。つい先ほど、占いに付き合うのも悪くないなどと考えたのが、急に愚かしく思えてきた。

 

「今の時点で申し上げられることは、二つしかございません。近く、貴方は何らかの形で『契約』を果たされ、再びここにおいでになること……。そして今年、運命は節目にあり、貴方の選択によっては貴方の未来は閉ざされてしまうやもしれない……。この二点ですな」

 

「節目? あ……」

 

 イゴールの言葉を繰り返した途端、少年は気付いた。自分は今日、何をするのかを。ある場所へ向かおうとしていて、そこで待っている人に会うのだ。更には、自分は昨日何をしていたか、明日は何をする予定なのか。それら全てを不意に思い出した。思い出すと共に理解した。これは夢であると。

 

 夢であるならば、何を恐れる必要があろうか。眼前にいるのが悪魔だろうが魔女だろうが、構うことはない。そう悟った少年は不安や不快感が抜けて、口調が軽くなった。

 

「別に。大したことじゃないですよ」

 

 そう。節目などと言うほど大層なものではない。なぜならこれまでの人生に節も枝もありはしなかったから。昨日と同じ日が今日も流れ、明日も流れる。ただし同じ流れの中にありながら、何かの気紛れでテレビのチャンネルを変えるように、ある日どこか別の土地に行く。つまり転校だ。もちろん今より幼い頃は、転校とは節目と呼ばれるべき一大事であったはずだ。しかし何度も繰り返せば、やがてはそれ自体が日常の一風景となる。味の濃い料理ほど最初は強烈な印象を残すが、飽きるのも早いように。

 

 テレビのチャンネルを変えようが、テレビが点いていること自体は変わらない。流されている番組に興味がない限り、何が映ろうと関係ない。転校というものを、少年はそのように考えていた。だから前の学校で最後に登校した日に、教壇に立ってクラスメイトたちに別れの挨拶をした時も、悲しむ気分はあまりなかった。

 

「ふふ……主」

 

 少年が恐れを遠ざけた途端、それまで黙っていた魔女が初めて口をきいた。するとイゴールは左へ目をやった。

 

「おっと、紹介が遅れましたな。こちらはマーガレット。私と同じく、こちらの住人でございます」

 

「お客様の旅のお供を務めて参ります。マーガレットと申します」

 

「どうも……」

 

 優雅に会釈をしてくる、金髪の魔女か美女。短い言葉を交わした途端、少年は動揺を覚えた。夢とはいえ、異常に美しい女と目が合ってしまっては平常心を保つのは難しい。しかもその女の瞳が金色と来れば。目の色からも形からも内心に何が隠されているのかを全く伺わせない、魂を入れられる前の人形のような目を向けられては、心は否応なしに掻き乱される。

 

「では最後に、お名前をお聞かせ願えますかな?」

 

 少年の動揺を察したように、イゴールが再び声をかけてきた。最後に、との枕詞を添えて。

 

「ああ、俺は……」

 

 ようやくこの奇妙な夢も終わりになる。長い時は一週間にも渡る暗黒の定期試験の日々の最終日に、最後の試験の最後の問題に答えを書き込んで、机にペンを置くように。しかし苦役から解放される為には、真に最後の鍵を答案に書くことを、決して忘れてはならないのだ。ただし真理とは時に当たり前のことでしかないように、真の鍵とは問われれば誰でもいつでも答えられる、この世で最も容易な問題でしかない。即ち自分の名前だ。

 

 少年はそれを口にしようとした。しかし言葉が出てこなかった。

 

(あれ……?)

 

 名前。自分の姓名。これまで何度も聞かれ、何度も答えてきた。自分にとって最も馴染み深い、何よりも慣れ親しんだ言葉。それなのに何も出てこない。昨年の初め頃まで、社会問題として世間を賑わせた無気力症の患者のように。

 

「主、私も一つ占いをしてよろしいでしょうか?」

 

 自分自身に困惑する少年に、意外なところから助け舟が出てきた。マーガレットだ。美女は金の視線を少年から一旦外してイゴールへ、それからテーブルの上に並んだままのカードの群れへと送った。

 

「ほう……これは面白い。やってみなさい」

 

 マーガレットに向けてイゴールは笑った。それは先ほど少年に優しげなものと感じさせた微笑みとは、少しばかり違っていた。顔の動きとしては同じようなものなのだが、いかにも悪巧みをしていますと言わんばかりの、猛烈な含みのある笑みだった。一言で言えば悪魔の微笑みだ。少年は夢を見始めた当初のような、混乱と戦慄に再び襲われた。

 

「同じカードを操っているはずが、まみえる結果はその都度変わる。それこそ人生のように……」

 

 悪魔が笑う中、魔女は膝に乗せた本から右手を離した。そして『人生』という言葉を口にした。様々な意味で人間離れしていながら、己は人生を語る資格があるのだと言うように。或いは単に、世間に普通にいる占い師が、仕事を始める前に決まって言う呪文のように。

 

 イゴールが並べたカードは全部で二十二枚。既に絵柄を見せている二枚を除けば、残りは二十枚。そのうちの一枚に、マーガレットは白い指を向けた。向けただけで触れてはいない。しかしやはりと言うか、指し示されたカードは自ら裏返った。

 

「これは?」

 

 選ばれたカードの絵柄は、スキップを踏んでいるようにも見える一人の男だった。それが頭を下に、足を上にする形で出てきた。

 

「愚者の逆位置。当てのない放浪者を意味します」

 

 言いながら、マーガレットはカードの群れから再び少年へと視線を向けてきた。その金の瞳には、何か別の色が浮かんでいるように少年には見えた。それが何の色であるのかは分からなかったが、とにかく初めて口を開いた時のような、魂のない人形とは感じなかった。

 

「放浪者? あ……」

 

 イゴールが言った『節目』という言葉。それを繰り返した途端に、少年は自分が今日何をするのかを思い出した。それと同じように、マーガレットの言葉を繰り返した途端、閃くものがあった。

 

「ではもう一度お尋ねしましょう。貴方のお名前は?」

 

 少年の気付きを察したように、イゴールはこの日三度目の微笑みを見せてきた。悪魔は顔の裏側にでも隠れたか、仏を連想させる微笑がそこにあった。

 

「鳴上です。鳴上悠」

 

 

 横合いから浴びせられた突然の光によって、悠の目は開かれた。思わずそちらへ顔を向ければ、緑なす里山が後ろへと流れ去っていった。首を巡らせてその反対側へ視線を送れば、また別の里山と鉄橋のかかった川があった。ちょうど電車がトンネルを抜けた時、うたた寝から目を覚ましたのだ。

 

(夢……?)

 

 何やら奇妙な夢を見ていたような気がしていた。しかし夜にベッドで見る夢は、目が覚めれば忘れてしまう。電車で見る夢も似たようなものだ。だから夢の内容は思い出せなかった。

 

(放浪者……だったかな?)

 

 思い出せたのは、随分と苦労した末に自分の名前を名乗ったこと。そして放浪者との言葉を聞いたことだけだった。

 

 

 電車は便利な乗り物だ。切符を買って乗り込んでしまいさえすれば、後は勝手に目的地に辿り着く。眠っていても問題ない。時は人の意志に関わらず未来を運んでくるように、電車は乗客が夢を見ている間にも、終点へ向けて進み続ける。もっとも目的地を寝過ごしてしまったりすると大変な目にも遭うのだが、終わりが目的の乗客にはそれさえ問題ない。そのようにして、悠は特に何も考えることなく終点の駅まで辿り着いた。

 

 終点の名は、八十稲羽だ。これからの一年間を過ごす土地の名だ。

 

(何もないな)

 

 ボストンバッグを肩に担いだ悠が、改札口を出て最初に思ったことはこれだった。『何もないがある』という矛盾した言い回しが、滑稽なほどにしっくりくる。もちろん券売機はあり、自販機もあり、電話ボックスだってある。しかし『これがある』として、誰もが目に留めるような何かは何もない。来る前に想像していた通りの、典型的な田舎の駅だ。これでは町中探しても、コンビニ一軒さえないかもしれない。不便な一年間になりそうだと、悠は今後の生活に不安を覚えた。

 

 転勤族の両親を持つ悠にとって引っ越しは初めてではない。しかしこれまで住んだ土地は都会か、せめて駅前に背の高いビルくらいはある中規模程度の都市で、空の広い田舎は初めてだ。

 

「おーい、こっちだ」

 

 そして悠にとって初めての経験がもう一つある。これから同居するのは、海外へ転勤してしまった仕事人間の両親ではなく、赤子の頃に会ったことがあるだけらしい叔父と、会うのは初めての従妹だ。

 

「おう、写真で見るより男前だな」

 

 声をかけてきた男の前まで、悠は歩いていった。厚い胸板と広い肩幅、日焼けした彫りの深い顔。精悍という言葉を人間にするとこうなるであろうと思われる、四十代前半らしき男。悠の母方の叔父にあたる堂島遼太郎だ。その陰には、この春小学校に入学したばかりと聞いている幼い少女が隠れていた。

 

「悠です。よろしく」

 

「おう。こっちは娘の菜々子だ」

 

 堂島は手を回して、娘を前に立たせた。しかし娘は顔を上げない。

 

「……にちは」

 

 言葉の頭が聞き取れない、蚊が泣くような声で挨拶すると、娘はすぐに父親の陰に隠れてしまった。

 

「はは、こいつ、照れてんのか?」

 

 堂島はそう言って笑うものの、照れている『だけ』とは限らない。菜々子にすれば、血の繋がりはあるとはいえ初めて会う従兄だ。それも十歳も年上の。照れの他に、怯えや困惑を感じても不思議はない。そして笑っている堂島も、普段疎遠な姉から突然甥を一年間も預かってくれなどと頼まれて、果たして快く引き受けた『だけ』なのかどうか。そうした叔父と従妹の心の内は、悠にはまだ見えていなかった。見えたのはたった一つ。

 

「いてっ、はは」

 

 無言のまま、いきなり父親の尻をはたいてみせた娘の怒りだった。照れか怯えか困惑か、いずれにせよ壁となる感情を初対面の悠には抱く内気そうな少女も、父親が相手だと別らしい。愛らしい目鼻立ちや、か細い声とは対照的に、大胆なところも持っている。

 

「さあて、じゃあ行くか」

 

 叔父と従妹の後について、悠は車へと向かった。重いバッグを担いでいるので、その歩みは自然と遅くなる。そうしてゆっくり歩きながら視線を少しだけ持ち上げると、場違いなものが目に入った。

 

(あれは……ジュネスか?)

 

 広い空の先、駅からは車で数分程度と思われる距離に、ひなびた町には不似合いな赤い看板が、ぼんやりと浮かんでいるのが見えたのだ。以前に住んでいた町にもあった、全国展開するデパートだ。買い物などで不便をしそうだと思っていただけに、これは助かると悠は今後の為に安心できる材料を一つ見つけた。そのようにして遠くを見ていた為に、すれ違った少女がいたことに気付かなかった。

 

「ねえ」

 

 気付かなかった為に、向こうから声をかけられた。男の方から声をかけなければならないのに、それができなかった──

 

「落ちたよ」

 

 振り返った悠は、一瞬の驚きに包まれた。年の頃は悠より一つか二つくらい下に見える、一人の少女がそこにいた。まず目を惹いたのはその服装だ。白のノースリーブのシャツに、赤いチェックのアームカバー。そしてやはり赤のチェックのスカートに、白黒の縞模様のニーソックスと、黒のロングブーツという出で立ちだ。中でも一際目立つのは、小さな金色の錠前らしきチャームをつけた赤のチョーカーだ。緩めた黒のネクタイと相まって、何かの意味を持っているような気がする。

 

 パンクと言うかゴスロリと言うか、昨日まで悠が住んでいた都会でもなかなか見ないくらい進んだ、しかも大胆なファッションだった。ましてこんな田舎の駅では、一年待っても現れないだろう。

 

 しかし現れた。来たばかりの悠の前に。

 

「これ、君のでしょ」

 

 そこまで言われて、悠はようやく我に返った。少女は地面から拾い上げた小さな紙片を手に持って、悠に向けて差し出している。

 

「あ、ああ……」

 

 悠は少女に近づいた。近づいてみて、また驚いた。ショートカットの髪は黒かったが、細く鋭く整えられた眉の下にある瞳は緑色だった。日本語を淀みなく話すが、実は西洋の血が入っているのか、鮮やかな緑の光を放っている。鼻梁は細く、小さな唇はほのかに赤く、肌は白い。その白さが取り分け目を惹いた。悠はもう忘れているが、夢で見たマーガレットの大理石の白とは違う。本物の西洋人や、アンティークの人形ほど白くはない。しかし世間の日本人よりは白い。美しいものでありながら、見る者に親しみも湧かせる。そんな白だった。

 

「ありがとう」

 

 悠は手を伸ばして、少女から紙片を受け取った。中身を確認する前に、まず言葉を交わした。

 

「別にいい。拾っただけだから」

 

 それだけ言って少女は踵を返して去っていった。少女の服装と容貌に驚かされ、感じ入った悠とは対照的に、相手への興味などなさそうに。『どうでもいい』とは口にしなかったが、そう言わんばかりの愛想のなさが態度に表れていた。

 

「……」

 

 拾われたものを見てみれば、それは念の為に用意しておいた堂島家の連絡先を記したメモだった。携帯電話のアドレス帳には登録済みで、堂島本人にも会った今となっては必要のないものだ。だから捨て置いたままでも特に問題はなかったのだ。そんな役目を終えたものが、少女と悠を出会わせた。

 

「おーい、どうした?」

 

 堂島の声で悠は我に返った。そしてメモをポケットに押し込んで、去りゆく少女に背を向けて堂島の車へと再び歩み始めた。その途中、視線をもう一度だけ持ち上げ、ジュネスの看板と広い空を目に入れた。

 

(可愛い子だな……)

 

 八十稲羽は何もない町だ。そしてこれからの一年間、特に何もないまま、何もしないままに過ぎ去るのだろう。だがあんな少女がいるのなら、案外悪くないかも──

 

 悠はそんな風に思った。心の上澄みの部分で。日常を離れた旅人は、旅先で印象的な人を見つけると、常では感じないような浮ついた気分になることもある。旅の恥はかき捨てという言葉が示すように、普段より大胆になることがあるのだ。

 

 この日から始まる悠の新たな生活は、客観的には旅ではない。そして悠の主観的にも旅ではなかった。延々と続く日常の中にだけいる人間にとって、旅などそもそもあり得ないのだから。帰る場所がある人間か、はっきりした目的のある人間ならば、人生の最中に自分が旅をしているとの意識も持つだろう。しかし当てのない放浪者には、そんな意識はない。

 

 それでも悠は少しばかり浮ついた。それは駅前の少女がそれほど魅力的に映ったからか、夢の老人が言っていた『節目』が早速訪れたからか。はたまた悠自身が、実は放浪者などではないからか。

 

「乗ったな。シートベルト、締めろよ」

 

 この問題に対する解答を、この時の悠は得なかった。深く考えることもなく、叔父が運転する車の後部座席に乗った。

 

 

 その後、車は一度ガソリンスタンドに立ち寄って、悠はそこのやたらと気さくな店員に構われた。バイトしないかと誘われて、ついでに握手までしてしまった。以前にいた土地では服屋などで店員に少々構われることがあっても、握手などまず求められなかったのに。早速のカルチャーショックに戸惑ってしまい、断る選択肢は浮かんで来なかった。




 以前のサイトで投稿していた時は、主人公にオリジナルの名前をつけていました。当時からP4Uで採用されていたアニメ版の名前『鳴上悠』にするべきか悩みましたが、P3編を既にオリジナルの主人公名で書き終えていたので、それに合わせていました。しかし再掲に当たりP3主人公の名前を『有里湊』に変更したため、本作におけるP4主人公の名前もP4Uのそれに変更しました。
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