ペルソナ4 落ち武者の神   作:三尺

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忘れた過去(2011/6/3、6/4)

「な、なんなの……」

 

 小学校一年生くらいの男児が、海にかかる橋に両手と両膝をつきながら、訳も分からず怯えていた。男児の背後では、乗用車が横転して炎を噴き上げていた。この子供はつい先ほど、やっとの思いで車から這い出てきたのだ。運転していた父と助手席に座っていた母は炎の中から出てこない。何も知らない、何も持たない小さな子供一人だけが、見たこともない景色の中で戦慄していた。

 

 眼前にあるものは三つだ。子供の短すぎる人生の中では、どれ一つとして見覚えがなかった。何であるのかまるで分からない、謎そのものの存在だ。分かるのは、ただ色だけだ。無窮に広がる緑、圧倒的に巨大な黒、そして小さな白──

 

「オオオオ!」

 

 黒が吠えた。這いつくばる子供はおろか、大人から見てもとてつもない巨体だ。裾が擦り切れた漆黒の長衣を身にまとい、長大な鎖を首に巻き付け、頭は骸骨を連想させる仮面で覆われている。明らかに人ではない。体の下半分は青白く光り、そこからある神秘の力が溢れ出ている。

 

 恐怖の化身。死神。生殺与奪の権能をその手に握る者。暴君、家父長、父性──

 

「彼我の戦力差は、想定を完全に超えているであります。対象の殲滅は不可能と判断。作戦目的を対象の封印に変更」

 

 白が何か喋った。こちらは黒と違って普通の人間と同じくらいの大きさだ。黒と並べて置くとその小ささが際立つ。純白の装甲を身にまとって、指先から細い煙を発しながら、怯える子供と黒い死神の間を遮っている。死神が吠える度に繰り返し放たれる何かから、子供を庇っている。

 

「損傷拡大。これ以上の被弾は、任務遂行に重大な支障をきたすであります」

 

 白の声には抑揚がないが、声色は女のそれだった。

 

「作戦の即時決行が必要と判断。封印の器として、一名の適性者を確認」

 

 振り返った白は、顔も女のそれだった。見たこともないほどに白い、空から降る雪のように透き通る白。だが傷つき汚れている。そして顔の中心にある瞳は青かった。人間ではあり得ない、異常の域にまで達した純粋すぎる青。苛烈な暴力にさらされて、傷ついて、なお一点の曇りもない澄みきった青色。その純粋さそのものが、子供の深層にあるイメージを焼き付けた。

 

 守護者。保護者。小さな力で巨大な暴力から無力な子供を守る者。所有される者、虐げられた者、母性──

 

「オペレーション開始」

 

 緑が沸騰した。世界を停止させ月を巨大化させる異界は、子供の目の中で弾けた。

 

「作戦、成功……。以降、器を……監視……最優先事項に、設定……」

 

 異常は日常に、理不尽は道理に、そして暴力は愛に変容した。闇は光を飲み込み、子供は変わった。

 

 

「古い話を……」

 

 影時間の闇が消えると、子供は青年に姿を変えた。濃い緑色のジャケットのポケットに両手を入れ、ため息と共に視線を落とした。黒い革靴が黄色い砂を踏んでいる様が、伏せられた視界に入る。

 

 足元にあるのは砂だ。海にかかる橋の上に、青年は両手と両膝をついたりはしていない。その時からもう十年以上が過ぎている。突如として現れた異界にただ怯えていた無力な子供は、時を経て大人になった。結婚もして、もうじき自分の子供を持とうとしている。

 

「ここは私が用意した、貴方の中の世界ですから。ここで見るものは全て、貴方の過去の記憶……即ち真実です」

 

 青い服を着た一人の美女が、疲労を滲ませた青年の眼前にいる。しかし青年は美女と目を合わせず、俯いたまま右手をポケットから出して自分の頭に当てた。髪をかき上げるような仕種だが、オールバックに整えられた髪は、それ以上は上がらない。整髪料で固められた髪に触れる硬質感のある音が、風のない砂の景色に虚しく溶けていく。

 

(皆は時の狭間で、ペルソナに覚醒するきっかけになった出来事を見たらしいが……)

 

 青年、有里は再び息を吐き出した。稲羽市周辺では昨日の夜から雨が続いていて、今日と明日も降り続くと見られている。そして明後日5日の未明から霧が出ると、一般向けの天気予報でも告げられていた。それで4月末に続いての、二度目の出張として稲羽に来たのだ。そして宿泊先である天城屋旅館の駐車場に作られた、銀の扉を通ってこの場所に来たのである。以前に妻から話にだけ聞いた、時の狭間と呼ばれる異空間に酷似した、扉がいくつもある砂漠に。

 

「あの日、貴方はご夫人により死神を自らの内に封じられました。後に貴方がワイルドに目覚め、宇宙へ至る道を歩むことになった、その最初の契機でございますね」

 

 そして有里は美女、マーガレットに言われて砂漠にある扉の一つに手をかけたのだ。そして扉の向こうから立ち現われたのは、かつて仲間たちが見たものと同様にペルソナに目覚める契機だったというわけだ。

 

「それで……何の為にこんなものを見せた?」

 

 原点を見直せとかの、お説教めいたものだろうか。もしそうだとしたらベルベットルームの住人らしからぬ行いだ。あの部屋の住人は客人の手助けはするが、行動は客人の自由にさせる。だから反省を促したりはしない。有里は顔を上げ、面倒さを隠そうともしない、迷惑極まりないと言わんばかりの視線をマーガレットに送った。

 

 だがもちろんマーガレットは視線くらいで怯みはしない。

 

「貴方はご夫人や死神を恨んでおられないことは、存じております」

 

 マーガレットの口振りは、知り合ったばかりの相手に対して、まさに『知ったようなことを』言うようなものだった。しかし言っていることは正しい。有里は自分の運命を狂わせた二人を恨んではいない。いないつもりでいる。

 

「そんな貴方にお聞きしたい。あの二人を今でも恨んではいないのですか?」

 

 だからこの質問は酷い。ふざけるなと怒鳴って、背を向けて立ち去ってもいい。懐に仕込んだ拳銃を抜き放ち、金の瞳の間に向けて発砲してもいいところだ。

 

「……」

 

 だが有里はどちらもしなかった。ただ無言でマーガレットを見つめる。迷惑しているとの意思が抜けた、無表情な視線でもって。対するマーガレットにも表情はない。

 

 あの二人を恨んではいないと、有里はかつて他人に語ったことがある。相手はマーガレットの妹であるエリザベスで、時期は二年前の11月だ。だが当時は今見た情景を忘れていた。正確に言うと、覚えているのに忘れていた。辛い記憶から目を背けて心の奥底に封じていたのだ。その結果、一人の『愚者』が生まれた。他では決してあり得ない異常な経験は、幼児期の人格形成に破滅的な影響を及ぼし、他人に対する真実を持たない人でなしを生み出したのだ。

 

 だが今はあの出来事を思い出している。両親を死なせ、自分の運命と人間性を極端に歪ませた過去を思い出したことで、その元凶となった相手に対する気持ちに変化はないのかと、マーガレットは聞いているわけだ。

 

「……」

 

 有里は悩む。はっきり言って答えたくない質問だ。あの出来事を再び忘れようとは思っていないが、好んで見つめたいものでもない。真実を何もかも明らかにすることが、正しいとは限らないのだ。しかしマーガレットを無視はできない。そして語るとなったら、一晩くらい時間をかけても語り尽くせなさそうな話だ。

 

「百の言葉より、一つの言葉の方が雄弁なものです。一つの行動に近いほどに……」

 

 何と答えるか悩んでいた有里に、マーガレットはフォローを入れてきた。いや、フォローと言うより制約だろうか。長い間記憶に蓋をしてきた苦痛を、その元凶に対する思いを、たった一言で表せとマーガレットは要求している。寸鉄人を刺すように。

 

「恨みや憎しみは永続しない」

 

 悩んだ末に、有里は一言で答えた。するとマーガレットは金の瞳を満足そうに細め、柔らかい微笑みを浮かべた。そこには親近感めいたものが伺えた。

 

「……ありがとう。貴方の心の一端に触れられた気がするわ」

 

 親しみを見せる表情に合わせるように、マーガレットは口調も敬語でなくなった。

 

「そうか」

 

 だが有里は親しみなど感じない。ベルベットルームの住人は、各々が何らかの役割を持っていて、それを超える行動は基本的にしない。しかし時にはその枠を乗り越えて、自らの好奇心に従うこともある。エリザベスもそういうところがあって、意図の不明な依頼を何度か有里にしていた。言うなれば、これはその再現だ。ただし依頼であれば断れるし、実際に断った依頼もあった。だが『契約』はそうはいかない。

 

「ではまた……次の機会を楽しみにしているわ」

 

「やっぱり、次があるのか……」

 

 有里はこの日、三度目のため息を吐いた。

 

 こうして有里はマーガレットとの間に結ばれた契約を遂行した。しかしこれで終わりにはならない。契約の内容は、稲羽に来るたびにマーガレットと会うことだ。よって契約が完了するのは、稲羽に来る必要がなくなる時。それがいつになるかは分からない。

 

 先の見えない不倫を強制させられているようで、今後に不安を感じてしまう。

 

(ちょっかい出すなら、足立さんにしてくれよ)

 

 一仕事を終えた有里は、マーガレットに背を向けて砂漠から立ち去りながら、ここにはいないペルソナ使いに思いを馳せた。今はワイルドではないが、将来はそうなるだろうと予想している新たな『愚者』に。稲羽に出現したシャドウに対処する責任を負い、イゴールがリムジンのベルベットルームを用意した大人の男に。

 

 本当はそうではないのだが──

 

 

 

 

『僕の可愛い子猫ちゃん……』

 

『ああ、何て逞しい筋肉なんだ……』

 

『怖がることはないんだよ……。さ、力を抜いて……』

 

「うっわ……」

 

 有里がマーガレットを押し付けたいと思っている、その当の男。愚者ではなく道化師のペルソナ使いである足立は、4日に日付が変わった頃、自宅でマヨナカテレビを見ていた。録画としては三度目となる今夜の放送は、いきなりかっ飛ばしてきた。ダンディな声と優男風なナレーションから始まったのだ。もしこれが一般のお茶の間で流れようものなら、即座に電源を切られるかチャンネルを変えられる。そしてテレビ局に抗議が殺到するところだ。

 

『ちょ、ちょっと待て! い、行きたくねえぞ、俺!』

 

 だが番組に責任のない視聴者と違って、出演者はそうはいかない。

 

『本当にここに完二君がいるの?』

 

『クマの鼻センサー、ナメたらあかんぜよ』

 

 今夜の放送から高校生ヒーロー戦隊、もとい自称特別捜査隊には赤のハーフフレームの眼鏡をした少女、天城雪子が参加している。新入りの確認に謎の着ぐるみは自信たっぷりに答えた。つまり出演者の降板はできないというわけだ。テレビの中にあるサウナの脱衣所のような場所に集まった少年少女は、渋々ながら奥へと向かっていく。

 

 悠を先頭とした四人と一匹は、霧か湯煙が立ち込めるダンジョンの探索を始める。その様子が、電源を入れていない足立のテレビに映っている。

 

 

『さあ、ついに潜入しちゃった、ボク完二。あ・や・し・い、熱帯天国からお送りしていまぁす』

 

「酷い……」

 

 ベッドに腰掛けながらテレビを見ていた足立は、膝に肘を置いて項垂れた。深夜の特撮ヒーロー番組は前回放送のあまりの低視聴率に対する反省からか、企画をより先鋭化したようだった。しかしその方向性は明らかに間違っている。ふんどし姿の男子高校生に裏声で喋らせて、一体どうしようと言うのだろうか。

 

(誰得だよ、全く……。生田目の奴、もうちょっと人を選べって)

 

 4月に雪子救出の録画放送を見た足立は、もうテレビに落とされる被害者は出ないだろうと予測していた。しかしそれは外れた。

 

(巽完二か……。ケンカが得意なくせに、生田目ごときにやられちゃったのね。ま、不意打ちで薬でも嗅がされたのかな?)

 

 足立は昨日以前から完二を知ってはいた。先月13日に、真夜中ではない普通の時間帯のテレビ番組で暴走族の特集があったのだ。少年たちの顔にモザイクはかかっていたが、知り合いなら誰かは分かる程度のものだった。その翌日、番組に出ていたのは昨年に暴走族を潰した腕自慢の少年だと稲羽署でも噂になっていて、足立はその時に完二の素性を初めて知った。そして14日と15日の深夜に『予告』が映し出され、17日にバラエティ番組、つまり『ライブ』が放送された。足立が自分の予測が外れたことを知ったのは、その時だ。

 

 足立が特捜隊のリーダーを務める悠と最後に会ったのは、先月13日にジュネスで謎の声を聞いた時だ。だから18日以降に特捜隊が何をしていたのか、詳しくは知らない。だがとにかく無事に救助はできたようで、今夜の『録画』の放送とあいなったわけだ。それは良いのだが、この演出はないと思う。

 

『まだ素敵な出会いはありません。このアツい霧のせいなんでしょうか? 汗から立ち上る湯気みたいで、ん~、ムネがビンビン、しちゃいますねえ』

 

「はあ……」

 

 心底思う。そちらの趣味がない人には無論のこと、たとえあっても限度を超えている。

 

(つか、そもそもマヨナカテレビの予告は誰が映るんだ?)

 

 足立にとってはどうでもいいことであるが、少し考えてみた。あまりに酷すぎる映像と、役者の裏返った声を目と耳に入れない為に。頭の向ける先を、マヨナカテレビの背景へと移した。

 

(山野真由美、小西早紀、天城雪子、そして巽完二。この四人の共通点は……)

 

 順番に考えると、マヨナカテレビに最初に映ったのは山野で、次は早紀だった。この二人の繋がりと言えば、やはり遺体の第一発見者であったという事実だ。そして雪子は生前の山野が最後に過ごし、犯行現場でもあった宿の一人娘だ。ここまでだと、最初の事件の関係者がマヨナカテレビに映るという線が浮かび上がる。ただしその線は巽完二に至って急に薄くなる。警察による山野の死の直前の行動の調査によれば、完二の実家である染物屋に注文を出していることが分かっている。しかしそれだけでは関係として浅すぎる。完二は山野の事件に関しては、ほぼ無関係と言ってよい。

 

(いや、それ以前に……三件目で山野の関係者って線は切れてるんじゃ?)

 

 足立は一つ思い付いた。天城屋旅館に宿泊していた山野の相手をしていたのは、主に雪子の母親である女将であって、雪子本人ではない。山野の警護として天城屋に行っていた足立は、それを知っている。雪子は事件後のマスコミのインタビューに答えるなどしていたが、あれは女将が倒れてしまっていた為の代役で、本来は女将が答えるべきところだったのだ。そうであれば女将がテレビに──

 

(テレビ……? そうか! 四人の共通点は、テレビで取り上げられているってことだ!)

 

 普段は爪を隠しているが本来は鋭敏な足立の頭脳に、一筋の閃光が走った。雪子はそのインタビューで、完二は暴走族の特番で、早紀は第一発見者としてのインタビューで、そして山野は事件前、生田目との不倫騒動をテレビで報道されていた。これがこの四人の共通点であり、マヨナカテレビで予告される条件だ。しかし──

 

『あっちーな!』

 

 テレビから流れてきた一際大きな陽介の声で、足立の思考は中断された。見ればサウナのダンジョンで、有象無象のシャドウを蹴散らしたところのようだ。陽介は制服の襟を掴んで、ばさばさと風を中に送っている。

 

『ちょっと失礼……』

 

 悠も最初は襟を掴んで扇いでいたが、やがて上着のボタンを外し始めた。上から下まで全部。汗が染み込んだ、白いシャツが露わになった。

 

『お前もボタン外せば?』

 

『いや……いいわ。ここで薄着になる勇気はねえ』

 

 そうして四人と一匹は再びサウナを駆けた。4月の雪子の救出の際もそうだったが、この先はしばらくダンジョン探索が続くだけだろう。そう思った足立はテレビから視線を外し、マヨナカテレビの考察に戻った。

 

(けど何で、テレビに出たらマヨナカテレビに映る? あれ、一体誰が映してるんだ? ……ってか、分かるわけないか)

 

 しかし考察はすぐに終わった。元より超常現象なのだから、そこに合理性を期待するのは無理な話かもしれない。現象同士の因果関係を認識するのは、誰でもある程度は可能だ。しかし『ある程度』を超えて、現象の深層まで見通すのは著しく困難だ。

 

 普通の犯罪捜査であれば、凶器や犯人を特定し、犯行の動機を追及するのは必須だ。しかしそうした明白な事実の更なる背景ともなると、必ずしも明らかにせねばならないわけではない。犯罪で言うならば、犯行の直接的な動機を得る前段階、いわば『一つ前の』動機や契機、そしてそのもっと前の要因まで調べることは稀だ。

 

 例えばある窃盗犯は、金に困っていたのが犯行動機で、金に困っていたのは失業したからで、失業したのはジュネスの進出で勤務先が倒産したからで、ジュネスが進出したのは日本の流通業界において云々。このように物事の因果関係は無限に遡れる。そして遡った分だけ犯罪捜査の範疇から外れてしまう。

 

 そこでマヨナカテレビ、シャドウ、ペルソナだ。マヨナカテレビは普通のテレビに出た人が映る。そこまでは分かっても、なぜそうなるのかは分からない。誰か裏で仕組んでいる者がいるのかどうかも、いるとすればそれは何者なのかも分からない。そしてペルソナやシャドウが存在することは分かっても、なぜ存在するのかは分からない。ペルソナ使いはテレビに入れるが、なぜ可能なのかは分からない。そもそもテレビの世界とは一体何であるのか。何の為に存在するのか。それらも全く分からない。

 

 人間は目の前で現に起きている現象は認識できる。しかし現象そのものの実体や、現象を生起させる能動的かつ主体的な存在まで掴むのは困難だ。犯罪捜査は遡りすぎると社会学や倫理学の領域に踏み込んでしまうように、現象は考えすぎると哲学の領域に踏み込んでしまう。学生時代はその種の学問を勉強したことがなく、社会人になってからは警察官として生きてきた足立は、そこまで踏み込む必要性を感じなかった。踏み込んで何かが得られるとも思えなかった。

 

 だから足立は答えの出ない問題に頭を悩ませるよりも、実際的な問題へと思考を切り替えた。連続失踪事件の犯人についてだ。

 

(巽完二をテレビに入れたのは、生田目だろうが……あいつ、前のライブや録画を見ていないのか?)

 

 4月16日と27日の24時に放送された、雪子のバラエティと悠たちの戦いだ。あれを見ればテレビに入れられた者は尋常でない事態に陥ることは、一見して分かる。知らない人間であれば特撮ヒーロー番組かと思うかもしれないが、生田目がそんな大外れな見解をするはずがない。そうすると、生田目は雨の夜のテレビを見ていないのだろうか──

 

(いや……雨が降ったら、次の予告が映らないか確認しなきゃならないはずだ。と言うことは……)

 

『てめえなんかが、俺なもんかよ!』

 

 そこまで考えた足立の耳に、どこかで聞いたようなセリフが届けられた。マヨナカテレビを改めて見ると、上着を羽織るように着た完二がふんどし姿で金の瞳を爛々と輝かせる鏡像に啖呵を切っていた。足立がテレビから目を離したのは時間にして数分程度のはずだが、特捜隊は既にサウナの迷宮を突破していたようだった。

 

(おや、これってダイジェスト版だったのかな?)

 

 例えばスポーツの試合の録画放送であれば、試合の開始と終了の他は得点シーンなど盛り上がるところだけ放送するのは、よくあることだ。それと同じようにダンジョン攻略の途中経過は省略されたのかもしれない。似たような景色がひたすら続く単調な探索や、個性も人格もないただのシャドウとの戦闘を延々と見せられても、視聴者は面白くないだろうと制作側が配慮したのだろうか。それとも──

 

(もしかして……マヨナカテレビって、人によって見え方が変わったりするのかな?)

 

 ふとした思い付きだが、正解かもしれないと足立は感じた。先ほども考えた通り、人をテレビの中に匿っているつもりの生田目は、夜中に雨が降れば次の『被害者』が映らないか確認するはずだ。具体的に言うと4月16日に雪子を『匿った』後で、その日や27日深夜から始まったマヨナカテレビを見なければならない。

 

(それをしてないとは思えないから……生田目はライブや録画を見てないんじゃなくて、見れない?)

 

 思い返してみれば、4月16日未明に生田目が稲羽署に電話してきた際も、直前に陽介の鏡像と悠の戦いが映し出されていた。もしあれを見ていれば雪子のライブや録画を見るまでもなく、テレビの中は危険だと分かるはずだ。ここまで状況が揃えば、足立が見ているものを生田目は見られないとの推理が成り立つ。もちろん証拠はないので、実は生田目はもう事件に関わっておらず、全くの第三者がテレビに人を入れているというのも可能性としてはゼロではない。しかしそれはやはり考えにくい。

 

(するとこいつらは……予告とライブは見ているはずだ。じゃあ録画は……)

 

『学ランをはだけるなんて……素敵! 萌えポイントを分かってるわねえ!』

 

『う、うわああ!』

 

 生田目は予告しか見られない。では悠たち特捜隊はどうなのだろうか。そう思ってテレビを注視すると、上半身が異様に膨れ上がった怪物に変じた完二のシャドウに、悠が襲われているシーンが映し出された。どうも服装が琴線に触れたらしく、溢れかえる筋肉を悠の上にのしかからせた。犬や猫に頬ずりをするように。

 

『鳴上君! おいで、コノハナサクヤ!』

 

『や、やめなさーい! この変態!』

 

 すると悠を助けようと、雪子と千枝が駆け寄った。各々ペルソナを召喚して筋肉の怪物に炎の弾丸を浴びせ、長柄で斬り付ける。すると筋肉は顔を顰めた。

 

『なーに、あんたたち……』

 

 しかし顰め面は一瞬しか持たなかった。

 

『……ぷぷっ』

 

 筋肉の塊は少女たちを眺めるや、なぜか顎を引いて笑い出した。風船をいくつも詰め込んだように、肥大しきった胸の前で両手を交差させながら。

 

『な、何笑っとんじゃあ!』

 

『……仕留める!』

 

 筋肉の挑発に少女たちはあっさり乗せられた。密かに気にしていることを指摘されたように、二人揃って猛り狂った。千枝は安全靴で筋肉ダルマを蹴りつけ、雪子はなぜか扇子を振り回して引っぱたく。助けにいった悠のことなど忘れたように、顔を真っ赤にしている。その様は芸人が体を張るコントのようだ。

 

(見れてないんだろうな……)

 

 特捜隊は録画を見られないと足立は直感した。その根拠は──

 

(こんな恥ずかしいお芝居、そりゃあ見返したいとは思わないよな)

 

 中学や高校の学芸会みたいなものだ。見にきた親などは大喜びでビデオ撮影することもあるだろうが、本人は後から見返したいとは思わないだろう。もし見返したら赤面ものだ。だから特捜隊は自分たちの勇姿が映るマヨナカテレビの録画を見られない。と言うより、見たいと思わない。

 

 人間の行動を外から客観的に見ると、そうそう格好の良いものではない。特に見られていることを意識しないでいる場合は。やっているその時は楽しくても、後になってから振り返ると身悶えする。若者にはよくあることだ。

 

「……」

 

 足立は座ったまま腕組みをして、目を閉じた。早く終われと思いながら。すると──

 

『てめえは俺で、俺はてめえだよ! クソッタレ!』

 

 思った通りになった。やはりどこかで聞いたようなセリフで目を開けると、完二が鏡に映った己の姿を受け入れている、と言うか鏡像が実像に吸収されるシーンに唐突に変わっていた。マヨナカテレビを思い通りに見ることが可能な足立は、自分の推測が正しいことを確信できた。マヨナカテレビは見る人によって見え方が変わる。そもそも見られない人もいる。

 

「黒歴史って奴ね。そりゃあ、自分じゃ見れないはずだよね。ははは……」

 

 今夜の放送が終わって、ただの箱に戻ったテレビの前で、足立は声に出して笑った。生田目と特捜隊は録画を見られず、足立だけが見られるこの状況に。見たくないものを見ないでおく、人間の普遍的な心理をそのまま表しているような、視聴率の分布におかしくなったのだ。

 

 そしてそれを知っている足立は、世界の真実に特捜隊よりもずっと近いところにいると言ってよい。しかしそんな足立にも間違いはあるのだ。

 

(これって僕しか見てないんだな。視聴率、コンマ何パーセント何だか……)

 

 それは自分しか見ていないと考えていることだ。真実は違う。生田目太郎キャスティング、鳴上悠主演、演出と美術は時の人、脚本はアドリブのみ、監督は誰がやっているのか分からない、マヨナカテレビ制作の『超・青春!』ドラマの視聴者は、決して足立一人ではない。他に見ている者は、少なくとも『二人』いる。

 

 

 

 

『殺す……ぶっ殺す!』

 

『散りなさい!』

 

「このヘッ……タクソめ!」

 

 八十稲羽の外れに住む皆月もまた、自宅で三度目のマヨナカテレビ観戦をしていた。足立は早送りにしたシーンも、しっかり見ている。しかし楽しんではいない。筋肉の塊に蹴りをくれる千枝と、扇子を振り回す雪子の姿に苛立っていた。戦い方が下手なのだ。雪子は言うに及ばず拳法をかじっている千枝も、皆月の目から見れば素人同然だ。

 

 普通のテレビ番組や映画でもそうだが、役者の演技や演出に不満を感じている視聴者の中には、画面に向けて声を荒げるなど実際に怒り出す者もいる。足立は特撮ヒーロー番組に呆れはしても、怒りはしなかった。しかし皆月は怒りを覚えていた。

 

『あー……ったく、しょうがねえな』

 

 するとまるで視聴者の不満に配慮したかのように、映像の角度が変わった。怪物と少女たちの格闘は画面の遠くへと下がっていく。それに代わって、倒れて気を失った悠を筋肉の足元から陽介が引きずり出して、助け起こす様子が映し出された。

 

『相棒、気持ちは分かるけど、しっかりしろよ』

 

『センセイ、ドクドクマなのね。ほれ、これあげるクマ!』

 

 陽介は悠の頬を叩き、クマは缶に入った謎の液体を悠に振りかけた。毒消しか気付け薬の類のようである。

 

『う……うわあっ! ……って、お前たちか』

 

『悪い夢を見てたクマね……』

 

『ああ……助かったよ。イッポンダタラ!』

 

 仲間二人の助けで起き上がった悠は、新たなペルソナを呼び出した。人間大の一本足の体に拘束衣を連想させる服を着た、一つ目の妖怪だ。手に持った金槌を振り回し、召喚した悠自身に光を纏わせた。敏捷性を上げる補助の魔法だ。

 

『花村、お前もスピード上げていけ。捕まったら終わりだぞ』

 

『……だな。マジで終わるぜ。ジライヤ!』

 

 悠の勧めに従って、陽介も自分に同じ魔法をかけた。そして数メートル先で筋肉と戯れている女二人を、顎で示した。

 

『あいつらはどうする? 何か、ブチ切れモードだけど』

 

『……そっとしておこう。大丈夫だろ』

 

 そうして前後の見境なく暴れている女二人に、男二人も加わっていった。二人は風の速さでサウナを走り、筋肉の塊に突撃していく。魔力で速度を上げた男子高校生たちは、力こそ強いが動きの鈍いシャドウには捕まらない。ヒットアンドアウェイを繰り返して、少しずつ敵の体力を削っていく。いくのだが──

 

「こんの……ド素人どもが! 僕にやらせりゃあんな変態、十秒で解体してやるのによ!」

 

 テレビの前の皆月は、とうとう怒りを爆発させた。腰掛けていたベッドから立ち上がり、枕元に置いてあった二本の刀の内の一本を手に取った。

 

 左手で鞘を掴み、右手で束を握り、右足を半歩踏み出すと同時に腰を捻った。刃渡りが八十センチほどもある刀は、抜くだけでも素人には意外と難しいものだ。だが皆月は完全に身についた流麗な体さばきでもって、電光の速度で鞘を払った。

 

「ガチムチカイタイショー、チケットカイタイっしょ! 何つって!」

 

 そしてテレビに向けて刀を振り下ろした。『スパッ』という音はしなかった。

 

 市販のテレビのフレームは金属製で、決して軟らかいものではない。しかし皆月の刃はスムーズに動いた。まるで空気でも切るように、皆月の右手にほとんど何の抵抗も感じさせないほどの滑らかさで、刀は床まで到達した。

 

「何であんな奴らが入れて僕は入れねえんだ! おかしいだろ!」

 

 皆月は完全にふてくされてしまい、刀を放り捨てた。そしてベッドに仰向けに倒れ込んで、天井を見ながら歯ぎしりした。元より激しやすい性格であるのに加えて、『視聴者』でしかいられない自分自身の状況に不満があった。大いにあった。

 

 大型テレビとテレビ台代わりのローテーブルが思い出したように左右に分かれて崩れたのは、それから数秒後のことだった。




 有里がやっているのは、P3Pで言うところのヴィジョンクエストです。
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