ペルソナ4 落ち武者の神   作:三尺

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シュークリーム(2011/6/5)

 夏の暑さが少しずつ忍び寄ってくる、6月の上旬。4月から数えて四度目の霧が、夜の闇から湧き出てきた。光を散らす白い闇は自らの源であるような黒い闇よりも、人間から深く認識を奪う。目を眩ませ、耳を塞ぐ。時には理性や自我をも奪う。しかも奪われた当人にそうと気付かせないままに。

 

「出てきたな……」

 

「予報通りっすね」

 

 5日に日付が変わって間もない頃、ジュネス八十稲羽店の駐車場に二人の男が佇んでいた。シャドウワーカー稲羽支部の支部長と副支部長である、堂島と足立だ。

 

 店の営業時間はとうに過ぎているが、屋上や駐車場に備え付けられた電灯は、依然として光を地面に投げかけている。闇の深い八十稲羽にあって、ここは最も明るい場所と言ってよい。だがその文明の光も間もなく役に立たなくなる。つい先ほどまで降っていた雨は上がり、代わって霧が出始めている。その動きは速い。もうあと数分もすれば、地上を席巻するはずだった。

 

 霧そのものは一般向けのニュースでも予報されており、稲羽市民にとってはもはや珍しくもない、一種の年中行事だ。しかし一般人は知らないある脅威を、霧はその中に隠している。真実を知っている数少ない者たち、堂島と足立は深夜の副業に取り掛かろうとしていた。二人とも本業である刑事としての職務中と同じスーツ姿だ。堂島も普段は羽織らない上着を、しっかり着ている。

 

 そこへ一台の車が通りからやってきた。黒塗りのボックスタイプのバンだ。町そのものが眠る深夜の時間に静かなエンジンの駆動音を響かせながら、二人の刑事の前で停車した。そして運転席の窓が開いた。

 

「夜遅くにご苦労様です。乗ってください」

 

 運転しているのは有里だった。ステアリングに手をかけたまま、顔だけを外に向けている。青いフレームの眼鏡越しに、平静そのものの視線を二人に送ってくる。

 

「ご苦労様です」

 

 堂島と足立は型通りの挨拶をしてから、車に乗り込んだ。堂島は助手席に、足立は二列ある後部座席の前の方に座った。車は八人乗りで、車内の空間はかなり広い。しかしペルソナ使いの三人以外に乗っている者はいない。

 

「有里さん、この霧の中を運転するのですか?」

 

「ご心配なく」

 

 シートベルトを締めながら、堂島がもっともな疑問を呈してきた。対する有里はセンターコンソール下の物入れから、二つの小物を取り出した。それを一つずつ、堂島と足立に差し出した。

 

「眼鏡?」

 

 眼鏡入れだった。開けてみると、堂島の眼鏡はフルリムのスクウェア型で、メタル製のフレームは濃い灰色だった。足立のそれはウェリントン型で、やはりメタル製のフレームは薄い銀色だ。

 

「かけてください」

 

「何と……」

 

「うわ、凄い! 霧がまるでないみたいっすね!」

 

 促されて眼鏡をかけると、二人とも驚きの声を上げた。霧は既に地上の半ばを覆っているのだが、眼鏡を通すとそれがなくなるのだ。もちろん夜なので日の光はないが、街灯と車のヘッドライトが照らす普通の夜と同じ視界は確保できる。

 

「一体、どういう仕組みなのです?」

 

「お二人の召喚器にも使われている、色々な技術の賜物です。詳しい原理は僕にも分かりませんが」

 

 有里の眼鏡はマーガレットに貰ったものだが、堂島と足立の眼鏡は、それを桐条グループに複製させたものだ。だがそもそもどういう仕組みで霧を見通していて、どうやって複製したのかは、専門家でない有里は詳細を知らない。ただ『黄昏の羽根』と呼ばれるものをレンズに仕込むことで、再現が可能になったと聞いているだけだ。桐条グループは影時間にも稼働する機械の製造などを、十年以上に渡って続けているのだが、その技術がこれにも活用されたわけだ。

 

 ちなみに眼鏡の複製に当たって、有里はオリジナルの入手経路を美鶴に聞かれ、『ベルベットルームの人に貰った』とだけ答えた。かつての戦いの頃は、有里はあの部屋の存在を伏せていたが今は明かしている。もっともあの部屋は契約者以外は扉さえ見えないので、明かしたところであまり意味はないのだが。

 

 ともあれ、これで堂島と足立も霧を見通せるようになった。ならば次の問題は、目で見える範囲以外についてだ。

 

「この車にはシャドウを探知する装置が搭載されています」

 

 そう言って、有里はカーナビを操作し始めた。すると地図を表示した画面が緑色に発光し、飛行機や船のレーダーよろしくバーが回転する映像が映し出された。

 

「この辺りにはいないようですね。では移動しましょう」

 

 有里はカーナビの画面から指を離し、右足でアクセルを踏み込んだ。

 

 稲羽市は小さな田舎町だ。しかしたった三人でやみくもに歩き回るには、やはり広い。シャドウを探し当てる手段なしに、当てもなくさまようだけで見つけられる可能性は低い。そこで眼鏡に続く、二つ目の桐条グループの研究成果の出番というわけだ。車で移動しながら市内をパトロールし、シャドウを見つけたら殲滅する。それが稲羽支部のシャドウ対策の基本方針である。

 

(霧を見通す眼鏡に、シャドウを探すレーダーか……。やはり桐条グループは場慣れしているな)

 

 堂島は緊張感を浮かべた顔の裏側で、口には出さずにそんなことを考えた。三人を乗せた車は法定速度を守りながら、白い闇を密やかに走る。

 

 余談だが、シャドウワーカー本部は当初リムジンでパトロールをする予定で、車や装置の準備を進めていた。しかし途中でそれを知った有里が慌ててやめさせ、今運転しているバンに変更させたのだった。やめさせた理由は言うまでもない。

 

 

「意外といないもんすね」

 

 パトロールを開始して一時間ほど経過した頃、後部座席の足立はぽつりと呟いた。すると当初の緊張が解け始めてきた堂島も、それまで閉ざしていた口を開いた。

 

「有里さん、この探知機は地図に出ている範囲しか拾っていないのですか?」

 

「ええ、そこが難点なんです」

 

 当初は堂島も感心した装置だが、実はその性能は今一つなのである。探査が及ぶ範囲は、稲羽市の全域には遠く及ばない。人の多い市街地だけでも、車を走らせ続けなければならない。だからパトロールをしたところで、シャドウを見落とす可能性もある。しかも発見しても詳細な居場所までは探知できない。

 

(風花がいれば効率良くいけるんだが……)

 

 有里が考えているのは、シャドウワーカーの前身の時代、シャドウの探知や解析に特化した能力で前線要員をサポートする役割を担っていたペルソナ使いだ。迷宮を探索していた当時は、欠かせない人材だった。

 

 霧の稲羽は異界と言うべき領域に変じているが、決して迷宮ではない。構造は晴れている時と変わらない、日本のどこにでもある普通の町だ。その代わり探索すべき範囲が、天へと伸びる塔が舞台だった過去の戦いと比べて格段に広い。よってパトロールを万全にするには、サポート役がいた方が良かったはずだった。

 

 それにも関わらず、現場に連れて来なかった理由はいくつかある。一つ目の理由は、かのペルソナ使いはシャドウワーカーの正式メンバーでないからだ。もちろん能力の特性上、組織の結成に際しては正式加入を求められたが、本人がそれを望まず隊長の美鶴も強くは求めなかったので、身分は非常任扱いに留まっている。そして二つ目の理由は──

 

(アイギスに疑われたら堪らんからな……)

 

 サポート役は女なのだ。そして有里とは高校時代にちょっとした関係にあった。昨年の3月に関係は清算したが、過去は消えるものではない。過去のある女と二人で遠隔地に出張などしたら、妻に何と思われるか分からない。もちろん有里にそんな気はないし、相手もないだろう。しかし既にマーガレットの件がある有里は、これ以上疑われる種を増やしたくなかった。

 

(次の霧の日までに、情報系の訓練を受けてみるかな。昔は美鶴が後付けしていたし、できないことじゃないはず……)

 

 早い話が、マーガレットと契約して以来、有里は自分の女関係に過敏になっていた。そんな極めて個人的な理由でもって、有里は必要な人材を現地に連れて来なかったのだ。そして今になって苦労しているわけだ。

 

(仕事が楽なのは、いいんだけど……)

 

 朧な緑の光を放つレーダーを漫然と眺めながら、後部座席の足立は考える。シャドウワーカーに参加したのは堂島に付き合ってのことで、自ら望んだものではない。はっきり言えば、面倒事に巻き込まれたとの思いがある。だから実務が楽なのはいい。しかし霧の町を車で走り回るだけというのは、退屈を感じてしまう。面倒は嫌いだが、やることが全くないのもやはり苦痛である。

 

(いっそのこと……坊やたちの秘密をバラしてみようか?)

 

 贅沢な悩みを感じ始めた足立は、そんなことを思い付いた。悠たち自称特別捜査隊は、ジュネスの家電売り場からテレビの世界に出入りしていることは、足立も分かっている。ならばジュネスを張り込んで、テレビに入ろうとする現場を偶然を装って押さえることはできる。元より高校生の口を割らせるくらい容易い仕事であるし、『現行犯』ならなおさらだ。悠の保護者である堂島も巻き込んでやれば、特捜隊の『遊び場』をシャドウワーカーは奪える。では奪えばどうなるか?

 

(堂島さんや有里君が向こうの世界を知ったって、女子アナや女子高生の件で僕に辿り着けるとは思えないよなあ……。生田目を犯人に仕立てればいいだけだし?)

 

 思いきってやるかと、本気で検討を始めた頃、足立の思考を遮るものがあった。シャドウの探知装置と連動したカーナビの画面に、白い光点が浮かび上がったのだ。それと同時に車内に警報が響き渡った。

 

「シャドウ反応です!」

 

「場所は……商店街の北側か! ここからなら、幹線道路へ出た方が早いです!」

 

 堂島はカーナビの地図を覗きこむや、地元民らしく現場へ向かうルートを機械より早く割り出した。そして運転席の有里はアクセルを深く踏み込んだ。

 

「飛ばしますよ!」

 

 霧は既に天地を覆い尽くしており、人間の目は通さない。普通なら車の運転などとてもできない。だが時間や空間にも作用し、機械に精神を与えることさえ可能な『死の欠片』を仕込んだレンズは、霧の霊験をも貫いてしまう。神秘な闇を制圧せんとする男たちは、文明の力に乗って疾走した。

 

 

 

 

 稲羽市中央通り商店街、その北側の端近く。時には暴走族も出る幹線道路のすぐ近くに、小さな酒屋の店舗と店主の自宅を兼ねた建物がある。この日の午前1時を少し過ぎた頃、そこに住む一人の少年が自室から出て台所へ向かった。遅い時間だが、今までずっと起きていたのではない。寝ている最中にふと目が覚めて、喉の渇きを覚えたのだ。少年はここ二ヶ月ほどの間、そういう夜が増えていた。

 

「……」

 

 冷蔵庫を開けるパタッと鳴る音が、静かな家の中に虚しく響いた。それに続いて、何年使っているか覚えてもいない古い機械から、駆動音が鳴らされてくる。昼間は気にならないその低い音が、夜の静寂を浮き彫りにしている。

 

 家の中に少年以外に起きた人の気配はない。両親は寝ており、兄弟や姉妹はいない。家族は三人だ。以前はもう一人いたのだが、今はいない。店舗を除いた住居スペースは決して広くない家なのだが、今は奇妙に広く感じてしまう。

 

(あ……)

 

 戸棚から麦茶を出そうと伸ばした少年の手は、途中で止まった。冷蔵庫の隅に置かれていたあるものに、不意に気付いたのだ。

 

(シュークリーム……)

 

 少年の好物だ。女みたいだと思われそうなので人にはなかなか言えないが、好きな食べ物である。家の近くに評判の良い店があって、時々買って帰る習慣が少年にはあった。しかし冷蔵庫に入れておくと、いつの間にか勝手に食べられてしまい、少年の口には入らないことがままある。そんな珍しいものが、なぜかまだ残っていた。

 

「……」

 

 ビニールの袋に入れられたそれを取り出して、裏返してみた。封をするシールに印字されている日付は、もう随分前だ。賞味期限は切れている。食べる時期は逸している。手遅れになってから、失ってからそれと気付いた、その瞬間──

 

「姉ちゃん……?」

 

 少年の耳に何かの『声』が届けられた。思わず振り返ったが、台所に人の気配はない。ないのだが、何かが聞こえた。聞こえたような気がした。何を言われたのかは分からない。まるで霧に隠されたように曖昧な声だった。ただ声色には聞き覚えがあった。あるはずだった。

 

『……』

 

 再び声が届けられた。何を言われたのかは、今度もはっきりとは聞き取れなかった。しかし声には確かな覚えがあった。もう二ヶ月近く聞いていない、久しぶりに耳に届けられた声だ。ウザくて我がままで、生まれた時から傍にいた、この世で最も親しい人の声。聞き間違えるなどあり得ない。

 

「姉ちゃん……帰ってきたの?」

 

 もしかして、シュークリームを食べにきたのだろうか。誰も知らないどこか遠い所へ行ったはずの姉が、忘れ物を取りに家に帰ってきたのだろうか──

 

 少年は忘れ物を届けに台所を出た。賞味期限が切れていることは、頭から抜け落ちていた。その他の一切も抜け落ちていた。年齢の割に小柄な体をふらふらと揺らしながら、少年は玄関へ向けて歩いた。まるで夢遊病患者のように。4月の終わりに、亡き妻に呼ばれた刑事のように。

 

 

 寝巻代わりのジャージに身を包んだ少年は、店の冷蔵ケースを横目に通り抜け、表通りに面した出入り口から外に出た。右手にはシュークリームをそっと乗せており、他には何も持っていない。靴も履かずに、季節外れに肌寒い白い闇へと踏み出した。

 

 するとそこに『真実』がいた。

 

「え……?」

 

 久しぶりの姉ではない、『何か』がそこにいた。深夜のバラエティや特撮番組を見たことがない少年には、それが何かは分からない。白い闇の中で蠢く黒い泥など、高校に入ったばかりの少年の短い人生の中では一度も目にしたことがない。まして生き物のように動いて、立ち上がる泥など。自分の身長を遥かに超える高さから、上下逆の白い仮面が見下ろしてくるなど。

 

 何の脈絡も感じられない悪い夢のような眼前の光景に、少年はシュークリームを落としてしまった。落としたのだ。だからもう、これは与えられない。忘れ物を取りにきた来訪者に差し出せるものは、一つだけしかなくなった。

 

 それは少年自身──

 

(ああ、そうか……)

 

 少年は理解した。理解したような気がした。こうして姉はいなくなったのだと。そして今、自分の番が来たのだと。霧に隠された朧な『真実』が、夢のように虚ろなリアリティを携えて自分を迎えに来たのだと。世にも稀な不運が稀とは言えない不幸を姉にもたらしたように、自分のところにも来たのだと少年は悟った。

 

 悟りながら、襲ってきた『真実』に抵抗する気は起きなかった。逃げる気も起きなかった。どうでも良かったのだ。では具体的に何がどうでもいいのか? 地面に落としたシュークリームか、倒産寸前の実家の店か、失おうとしている自分自身か。それともこれは夢であるからか。

 

 ──

 

 その答えを、この時の少年は得なかった。聞き慣れない鈍く大きな音が、唐突に霧を切り裂いたから。それと同時に立ち上がった泥は吹き飛んだから。

 

「馬鹿! いきなり撃つ奴があるか!」

 

「す、済みません!」

 

「言い争っている場合ではありません。まだいますよ!」

 

 そしてやはり唐突に、三人の男が幹線道路の方から駆けてきた。霧に滲んで、インクを零したように散乱する光を背負いながら。

 

 

 桐条グループの特別車両から降りた足立はシャドウを目視で確認するや、間髪入れずに銃を撃ち放った。日本の警察官が装備するものと同じ、五連発式のリボルバー拳銃だ。だがこれは稲羽署の備品ではない。シャドウワーカーの支給品だ。先月初めに特殊部隊に加入した時に、シャドウ対策の現場で使う装備品、要は武器の選定を行って、選んだのが拳銃だったのだ。

 

 いきなりの先制攻撃は相棒に叱られたが、悪い選択ではなかったと思う。何しろ相手は人間ではないのだ。警告なしの発砲が許されない、警察の犯人確保とは訳が違う。

 

「遠慮はいりません。撃ってください!」

 

「イエッサー!」

 

 ──

 

 現場指揮官である有里の許可の下、足立はまた一つの銃声を響かせた。映画やドラマのような派手な音ではなく、鈍く短い本物の音だ。十メートルは離れた位置にいた泥の塊は、手の届かない距離からの攻撃に為す術もなく崩れ落ちた。

 

 4月末に続いて、寂れた商店街にシャドウは再び現れた。ただ前回は見えないところから、いきなり湧き出てくるようだった。しかし今日は違う。眼鏡を通して見れば、霧は存在しないも同然なのだ。町の普通の街灯の光や、シャドウワーカーの特別車両に備え付けられたテレビ撮影用の照明のような機械の光も、眼鏡越しなら滲まない。夜とはいえ、狙いをつけるのに苦労はしない。

 

 そうして三人のペルソナ使いは、全員が建物を背にして商店街の通りの側を向く形で、三角形のフォーメーションを組んだ。足立が前に出て、堂島がその右手側半歩後ろに控えている。そして有里は逆側だ。今まさにシャドウに襲われようとしていた少年を保護するように、その傍らに立った。

 

「お上手ですね」

 

「ちょっと自信あるんですよ」

 

 声をかけてきた有里に、足立は振り向かないまま答えた。得物に拳銃を選んだ理由の一つは、元より射撃に自信があるからだ。そしてこれは誰にも言っていないが、銃器に対する憧憬は昔からあった。だが実地で使ったことは一度もない。刑事は制服警官と違って銃を携帯する機会自体がめったにないし、撃てば撃ったで途方もない面倒が待ち構えている。そんな不遇にあった中で、突然『好きに使っていいですよ』などと言われれば、遠慮はしない。思う存分撃たせてもらうだけだ。

 

 ──

 

 足立は更に三発目、四発目の銃弾を放つ。アスファルトを蠢き回る泥の塊は、立ち上がれば見上げるような巨体に化ける。しかし素早く正確な足立の射撃は、それも許さない。眼鏡の視界に入れば最後、一発で粉砕される。

 

 ペルソナは使用者の体の外に出て、自ら敵を叩き伏せるだけではない。使用者自身の身体能力にも影響を与えるのだ。具体的にどの能力が強化されるかはペルソナの特性によって様々だが、足立の場合は精密動作性が取り分け向上していた。つまり撃てば当たる。外す気がまるでしない。シリンダーを振り出して排莢し予備の弾薬を装填する作業も、流れるような手付きで三秒とかからず完了できる。

 

(何と言うか……)

 

『怪物と戦う選ばれし者』というのは、小学生からせいぜい高校生くらいまでの子供が憧れるものだ。大人の目から見れば恥ずかしい限りである。現に足立はマヨナカテレビの録画放送を見て、自分もやりたいなどとは思わなかった。しかし何事もやってみなければ、真の価値は分からない。

 

 そして実際にやってみると、意外と馬鹿にしたものではなかった。何しろ面白いくらいよく当たるのだ。ゲームセンターであればハイスコアを楽々取れる。射撃競技の大会なら国体にも出られそうだ。

 

(はは、悪くないかも?)

 

 いや、もう率直に言おう。面白い。楽しい──

 

 ゲームにハマるというのは、こういう心境を指すのだろう。シャドウを狩るのは面白い。悠たちがあんなに楽しそうなのも無理はない。十発目の銃弾で十体目の泥を撃ち抜いた頃には、足立はもう自分自身に認めてしまっていた。笑いを噛み殺すのに一苦労だ。

 

「堂島さん、右から新手が来ています!」

 

 足立が二度目の再装填を行い始めた時、有里は商店街の南側に顔を向けながら指示を出した。ペルソナ使いとして足立は確かな力を示した。次は堂島の番である。新手の二体の泥の塊が、立ち上がったところだった。

 

「承知!」

 

 堂島はスーツの懐に右手を入れ、仕込んである拳銃を素早く取り出した。普段は上着を羽織らず、手に持つか肩にかけていることの多い堂島が、今日はしっかり着込んでいる理由はこれだ。装着しているホルスターを隠す為である。ただし銃はリボルバーではなく自動式拳銃だ。正確には、その形をしたものだ。

 

 そして堂島は銃を敵に向けはしない。向ける先は自分自身だ。脇を開いて肘を張り、大きな構えで銃口をこめかみに当てる。そして息を一つ吸い込んで、引き金にかける人差し指に力を入れた。二の腕に硬い力こぶができるくらい、思いきり力んだ。

 

「タヂカラオ!」

 

 拳銃、ではなくて召喚器を握り潰さんばかりの力を込めて、堂島は引き金を引いた。ガラスが割れる音が白い闇を引き裂き、解放のカタルシスと共にペルソナが顕現した。過剰なほどの筋肉を備えた警官のペルソナだ。堂島の頭上から地上に降り立つや、泥のシャドウに向けて右腕を振りかざした。ただし拳は握られていない。

 

「やれ!」

 

 使用者の号令の下、タヂカラオはシャドウに拳、ではなく張り手を食らわせた。大砲の砲身のような極太の剛腕が繰り出した、渾身の一撃で泥は吹き飛んだ。まず一つ倒した。それと同時に、警官と力士を合わせたようなペルソナは姿を消した。

 

 だがシャドウはもう一体残っている。体を引きずりながら近づいてくるそれを、堂島は油断なく見据える。そして腰のベルトに吊り下げてあった、棒状のものを左手で取った。同時に召喚器をホルスターに戻す。

 

「ふう……」

 

 堂島は自由になった右手を長さが二十センチほどの棒に添え、両手で軽く握った。そして息を一つ吐き出し、肩から力を抜いた。ペルソナを召喚した時は思いきり力んだ堂島だが、今度は脱力した。余計な力を抜くことは、格闘技や武道の基本であるから。心身のスイッチを切り替える一呼吸を終えると、堂島は棒の手元にあるスイッチを押した。すると棒は六十センチほどに伸びた。これが堂島が選んだ武器、伸縮式の警棒だ。

 

「ぬん!」

 

 射撃が得意な足立に対して、堂島は逮捕術が得意だ。ただし今日の相手は人間ではなく、目的も捕縛ではない。殲滅だ。泥の中心にある仮面、即ちシャドウの急所に向けて一直線に警棒を突き出した。踏み込みの勢いと腰の回転を先端に伝える、お手本のような突きだ。

 

 ──

 

 必殺の気合を込めた警棒の一撃は、見事にシャドウの仮面を捉え、叩き割った。すると泥は黒い煙となって、あっという間に消滅した。足立の拳銃に対して、一見すると堂島の武器はささやかなものだ。しかし対シャドウ戦においては、現実における武器の優劣はあまり意味がない。意味があるのはペルソナに起因する力であり、それさえあれば何でもよいのである。

 

「終わりましたか?」

 

「いえ、反応はまだ残っています」

 

 堂島の確認に対して、有里は懐からスマートフォンを取り出して答えた。道路の路肩に停車した車に搭載している、シャドウの探知装置と連動させているのだ。画面に表示されたレーダーには、シャドウ反応を示す光点が未だ残っている。だが精度に難のある機械では、シャドウの正確な位置までは分からない。ついでに言うと、シャドウの詳しい特性なども分からない。

 

 足立は銃を、堂島は警棒を構えながら、後ろ歩きで有里の傍に近づいた。そうして三人の男が揃って、周囲を油断なく警戒していると──

 

「刑事さん……?」

 

 警戒感の全くない声が届けられてきた。有里が保護していた少年だ。堂島と足立は、思わず振り返って声の主を見た。この場に駆けつけてから、初めて顔を見た。

 

 突然やって来た三人の男のうち二人を、少年は知っていたのだ。姉がいなくなった直後、彼らは家に来て、少年やその両親に話を聞いていたから。実家が客商売をやっている関係で、少年は人の顔や名前を覚えるのが得意だった。

 

「お前は……」

 

「小西……尚紀君?」

 

 そして刑事たちも少年を覚えていた。この小柄な少年は、4月に死んだ小西早紀の弟だ。

 

「……変な夢」

 

 刑事たちと目が合った少年、小西尚紀は寝ぼけたように呟いた。

 

 少年はこの事態を夢だと感じていた。しかも極めつけに奇妙な夢だ。姉を連れていった怪物が自分を迎えに来たと思いきや、武装した刑事が突然アクションを始めた。眼前の二人の刑事とは面識があるし、銃や警棒ならテレビや映画で見たことがある。だがこれらの要素が怪物の夢に出てくる脈絡が、まるで見えなかった。もちろん脈絡も論理性も、夢にはありはしない。だから奇妙な出来事がどれだけ連続して発生しても、尚紀の反応は薄かった。

 

「しっかりしろ! これは夢じゃない。現実なんだ!」

 

 堂島は尚紀の小さな肩を掴んで強く揺さぶった。今のような状態に陥る人間を、堂島は職業的に知っている。強盗などの強行犯罪に巻き込まれた一般人は、眼前で起きている出来事を受け入れられず、夢か何かだと思い込むことがある。要は現実逃避だが、事件は待ってくれない。犯人に立ち向かう力を持たない者こそ、気を強く持ってもらわなければならない。そうでなければ被害が拡大するだけだ。

 

「現実……?」

 

 少年は虚ろに呟いた。堂島の力強い手に押され、引かれるがまま小さな体を左右に揺らして。

 

「……」

 

 そして足立は振り向いたまま固まっていた。4月の終わりに、初めて現実でシャドウを目の当たりにした時のように。構えを解いて、右手の銃をぶらりと下げて、呆然としていた。足立は先ほどの銃撃戦で、シャドウワーカーの仕事に面白味を見出したばかりである。面倒事が嫌いな性格であるのだが、こういう『遊び』も意外と悪くないと思ったのだ。珍しく前向きな心境になった途端、これである。

 

「どうして……」

 

 どうしてこの少年が出てくるのだ。死んだ女子高生の身内が、小西早紀の弟が、足立透の前に現れるのだ。しかも退屈な人生に面白いものを見つけた、このタイミングで──

 

 そんな誰に聞いても答えなど得られない、そもそも答えが存在しそうもない抽象的すぎる問いを足立は口にしそうになった。表情や言動を自在に操れる、人でなしの道化師らしくもなく。思わず、意図せず問いを発しそうになった。

 

「あっ……」

 

 しかしその問いは、問いそのものである当の少年によって遮られた。少年の足元でパシュッと空気が弾ける音がして、同時に少年は声を漏らした。堂島に揺さぶられて、よろめいて、その弾みでシュークリームを踏み潰してしまったのだ。

 

 ビニールの袋は破れ、クリームは皮から飛び出て少年の素足を汚した。もう食べられない。姉には食べさせられない。いや、これはとうに腐っているのだから、元より食べさせられるわけがないのだ。そしてそれ以前に、食べに帰ってくる者はいない──

 

 長い期間に渡って冷蔵庫に忘れ去られて、すっかり冷たくなったクリームの感触が、少年に一つの真実を悟らせた。悟った瞬間、少年の目に光が戻った。眼鏡をしていない肉眼を、姉と似ているとよく言われたその目を霧に向けた。

 

「あの辺り……」

 

 尚紀は中空を漂う霧を、正しくは霧の先にあるものを指差した。左右を固める堂島と有里は、揃ってそちらに視線を送る。方角は北側だ。霧を見通す眼鏡の視界には、空き家となっている潰れた自転車屋しか映っていない。しかし尚紀の『目』には、違うものが見えていた。

 

「あの辺り……何かいます!」

 

「分かるのかい?」

 

「はい、何となく……」

 

 有里の質問に尚紀は頷いた。突然我に返った少年の目には、奇妙な落ち着きが見られた。

 

「足立! ボサッとするな!」

 

「は、はい!」

 

 足立が相棒に一喝されるのと、空き家から泥が沁みだしてきたのは、ほぼ同時だった。銃を構え直した足立が振り返ると、泥は立ち上がり、仮面を中心として無数の泡を浮かべた。4月に警官のシャドウが現れたように、今日のシャドウもまた何かの形を取ろうとしていた。

 

 ──

 

 周囲を無数の棘で覆った巨大な円盤に逆さまに括りつけられている、拘束衣を着た人間の姿が現れた。何かの刑罰か拷問を連想させる。いずれにせよ残酷な、おぞましい姿のシャドウである。

 

「うっわ……」

 

 足立は警察官としての仕事柄、死体などは写真でも実物でも、本庁にいた頃からいくつも見ている。だからグロテスクな物体には慣れているが、それを見て喜ぶ趣味はない。さっさと殲滅すべく銃の照準をシャドウの仮面に合わせ、迷わず引き金を引いた。しかし──

 

「何……効かない!?」

 

 狙いを外したのではない。確かに当たったはずだ。しかし堪えた様子がない。拷問のシャドウは撃たれる前と変わらず、そこにいる。なぜか──

 

「刑事さん! そいつは殴ったり撃ったりは効きません!」

 

 足立の疑問に尚紀が答えた。百戦錬磨の有里よりも早く。

 

 ペルソナ使いとシャドウの戦いは、人間同士のケンカや格闘技の試合とは全く異なる。その最たるものは、攻撃と防御のいずれにおいても物理法則を無視した形で結果が現れる点だ。剣で斬ろうが拳で殴ろうが、糠に釘を打つように手応えさえない場合がある。甚だしい場合は、攻撃されたのに傷が癒えたり、攻撃をそのまま相手に跳ね返したりもする。それが『耐性』と呼ばれるものであり、大半のシャドウとペルソナは何らかの耐性を持っている。そしてそれとは逆に、特定の攻撃が物理法則を無視した形で有効な場合もある。つまり弱点だ。

 

 彼我の強みと弱みを把握した上で、最適な戦術を組み立てること。これが対シャドウ戦の基本である。よって情報の重要性は非常に高い。町の不良のケンカや、警察による暴力団の取り締まりなどとは訳が違う。戦争における情報戦に匹敵するレベルで重要なのである。そしてそれを得るには──

 

「君、あれの弱点は分かるかい?」

 

「はい……雷です!」

 

 サポート系、または情報系と総称される種類のペルソナ能力、中でも解析の能力を持つ者が必要だ。特に未知のシャドウと戦う場合、情報担当要員の有無は戦況を大きく左右する。正確な情報と適切な戦術は、時に実力の差をも覆すのだ。無論、限度はあるが。

 

「足立さん、電撃を!」

 

「はいはい!」

 

 指示を受けた足立は右手に銃を持ったまま、左手をスーツの右脇に差し込んだ。そして素早くもう一丁の銃を取り出した。ただし利き手ではない左手の銃は、シャドウではなく自分自身に向ける。これが足立の戦闘スタイル、実銃と召喚器の二丁拳銃だ。

 

 足立は左手の召喚器をこめかみに当てた。小西尚紀の姿を見て以来、雨が降ったようにざわめき続ける自分の中の何かを、肌に感じる銃口の冷たさで静める。

 

「……」

 

 瞬間的に冷えた頭の中で、滾り立つ力を形象化する。まずイメージするのは雲だ。黒く分厚く、天に蓋をする雷雲だ。そこから下される、有無を言わさぬ破壊の力を思い描く。一筋ではない。無数の落雷が汚れた地上を破壊する様を、ありありと思い浮かべる。ただし自分には落ちない。後ろにいる三人にも落ちない。言葉も知らない愚かな怪物たちだけが、神の怒りの如き災厄を浴びる。愚か者は逃げ惑うが、光の速さで下される鉄槌は一匹たりとも逃がさない──

 

 瞬きを一つする程度の僅かな時間で、足立はそこまで脳裏に描き出した。そのイメージが消えないうちに、引き金を絞った。堂島とは対照的に射撃の基本に沿って力を入れず、静かに指を動かした。

 

「マガツ」

 

 やはり静かな呼び声に応じて、赤と黒の魔人が顕現した。そして吠えた。

 

 

「お見事です。シャドウ反応は消滅しました」

 

 マガツイザナギの赤い電撃を浴びて、拷問のシャドウは滅ぼされた。有里はそれを見届け、更にスマホの画面を確認しながら、作戦の成功を宣言した。満足げに。

 

 戦争においては前線に物量をいくら投入しても、それだけでは十分な戦果は挙げられない。直接的な戦力に正確な情報が加わることで、戦闘の効率は格段に上がる。それは軍事においては常識であるが、今日の作戦は対シャドウ戦においても同様であることの証明と言える。最大戦力である有里は指示を出すだけで、一切の戦闘行為をしないまま敵を殲滅したのだ。しかも被害は皆無。これ以上はない、最高の戦果と言ってよい。現場指揮官として満足のいく結果である。

 

 この結果をもたらしたのは、精度の低い機械と──

 

「姉ちゃん……」

 

 精度の高い能力者だ。その少年は、眼鏡をしている有里たちには見えない霧に顔を向けながら、右手で目をこすっていた。そして何度も瞬きをした。白い帳に隠された何かを探して、必死に目を凝らすように。もしくは既に見えている現実を、嘘だと否定するように。

 

「そっか……姉ちゃん、マジでいなくなったんだ……」

 

 しかしいくら探しても、初めからそこにいないものは見えない。嘘だといくら言い張っても、現実は変わらない。それを悟った少年は、腐ったシュークリームで汚れた地面に向けて膝から崩れ落ちた。

 

「おい! しっかりしろ!」

 

 倒れる少年を堂島が受け止めた。しかし返事はない。気を失ったようで、身動ぎもせずに堂島の腕にしなだれかかっている。足立はそんな少年を見つめながら、実銃と召喚器を左右のホルスターに収めた。そしてスーツの上着で隠した。こうしていれば、足立は射撃の達人でも前途有望なペルソナ使いでもないように見える。

 

「有里さん……もしかして、彼も?」

 

 足立は言葉を途中で止めた。だが何を聞いているのかは明白だ。この少年、小西尚紀はペルソナ能力に目覚めたのかと、足立は聞いている。

 

「そのようですね。それも僕らと違って、探知や解析に特化したタイプのようです」

 

 そして有里の答えは、質問よりも具体的だった。

 

「お二人は彼をご存じなので?」

 

「ええ……4月に亡くなった小西早紀の弟です」

 

 

 一方その頃、商店街の南の端、ガソリンスタンド前には体を共有している『二人』がいた。自然の日月に倣うように、二人のうち片方しか表に出ることのできない例の二人である。その頭上には一体の怪人が佇んでいた。

 

 怪人はフォーマルな赤いベストの上に、黒のストライプが入った外套らしきものを羽織っており、一見すると優雅な姿をしている。だが顔を覆う金色の仮面は冷酷な印象があり、鋭い切れ長の目は赤い光を放ち、黒い髪は天を突いて逆立っている。と言うより、頭部には髪ではなく、元は球形だったと思しき硬質な物体の、上半分を崩したようなものが付けられている。そして薙刀らしき長柄の武器を右手に持っている。

 

 ミナヅキのペルソナだ。同時に表に出られない二人のうち、今出ているのはペルソナを持つ月の存在である。

 

『やっぱ行くぞ! あいつらをぶっ殺す!』

 

 そして太陽の少年である皆月は、先ほどから何度も大声で叫んでいた。現実に出ていれば、隣の人間の鼓膜くらい破れそうな勢いで。

 

「駄目だ」

 

 そしてその都度、ミナヅキは声に出して拒絶していた。何度言われても答えは変わらない。そして無視もしない。

 

『あんでだよ! あんな奴ら、軽く皆殺しにしてやるっての!』

 

 皆月が求めているのは戦いだ。ただし今夜は、霧に惑うシャドウを相手に戦いたいのではない。狙いは霧を見通すペルソナ使いたちだ。優れたハッキング技術を持つ皆月は、桐条グループの対シャドウ組織が今晩活動することをあらかじめ知っていた。しかし寸前で止められていた。

 

 有象無象のシャドウが百匹いても皆月は止められない。しかしミナヅキは止められる。ミナヅキは皆月の意思に反して、強引に表に出ることもできるのだ。皆月はできない。

 

「あの二人の刑事は容易いだろう。だが有里というあの男は無理だ」

 

 ミナヅキは眼鏡をかけていないが、霧を見通すことはできる。それは情報系の能力を持っているからだ。それを専門とする者たちには及ばないが、シャドウの居場所を察知するくらいは可能だ。そしてある程度なら敵の戦力を解析することもできる。

 

「君も、俺も……有里には敵わない。下手に手を出せば、こちらが捕まる。そうなれば、また桐条の実験動物に逆戻りだ」

 

 その能力で彼我の戦力を比較した結果は、皆月には認めがたいものだった。

 

『ざっけんな! やらせてみろよ! ゼッテー勝つ!』

 

「無理なんだ……」

 

 実戦で勝敗を決める要素は色々ある。その中でも正確な情報とそれを元にした戦術は、かなり重要だ。実力の差を覆すことさえ不可能ではない。だがそれにも限度はある。ミナヅキの分析では、当代最強のペルソナ使いである有里湊と自分たちの間にある差は、少々の戦術で埋まるほど小さくない。まして意地や思い込みでは、どうにもならない。

 

「今後は霧の日に出歩くのも、よした方がいい。あの小西という少年は情報系の力を持っている」

 

 太陽と月を象徴とする二人は、人間の範疇から半歩程度外れているものの、シャドウではない。だから桐条グループの探知装置には引っかからない。しかし情報系ペルソナ使いの探査にかかる可能性は高い。敵とは見なされなくても、保護対象と見なされて接近される可能性も大いにあるのだ。

 

 大胆な皆月とは対照的に、ミナヅキは慎重である。ミナヅキはテレビにも入れるが、入らないように。それはひとえに──

 

「分かってくれ。君を危険にさらすことはできないんだ」

 

 ミナヅキは皆月を案じている。心から。しかし人の思いは常に伝わるとは限らない。たとえ体を共有し、二十四時間を共にしていても。

 

『あー……ったくよ! そうだろうよ! 僕が死んだら、お前も死んじまうんだからよ!』

 

「翔、それは違う……」

 

『るせえよ!』

 

 皆月の言葉が荒いのはいつものことだが、ミナヅキに諭されると基本的には従ってきた。テレビに入りたがるのを諌められれば、渋々ながらも従ったように。だが今日の反応はこれまでとは違っていた。




 ミナヅキに情報系の能力があるかどうか。原作で明言はされていませんが、本作ではあるとの設定にしています。ゆかりたちシャドウワーカーの非常任組(原作ではエキストラナンバーズ)が到着したことを、ミナヅキは察知するなどしていましたので。
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