諸岡の遺体が上がった翌日、7月11日の月曜日。放課後の時間に特別捜査隊はジュネスのフードコートに集合した。昨日テレビの外に出てきたクマと、新加入したりせもいる。全部で七人だ。人数が多いので、いつもの白のラウンドテーブルではなく屋根付きの大きなガーデンテーブルに座っていた。
もしこれが普通の高校生の集まりであれば、二年二組の新しい担任についてや、来週から始まる期末試験についての愚痴が飛び交うところだ。しかし彼らはそんな世間話はしない。いや、普段は彼らも他愛もない話をよくするが、今日はそういう雰囲気はない。理由は昨晩のニュースである。
「見た奴もいるだろうけど、鳴上がテレビに出た」
特捜会議の進行役を務めているのは陽介だ。リーダーは悠だが、こうした話し合いの場では陽介が主導することが多い。悠と違って陽介は普段から多弁で、それでいてものの考え方は意外と論理的である。ジュネスのアルバイトにおいては、現場の仲間たちのまとめ役として社員との間に立たされる機会もある為、リーダーの補佐という役割には慣れていた。本人にそれを指摘してやれば、きっと渋い顔をするだろうが。
特捜隊はリーダーが悠であること以外は、メンバー間に上下関係は特にない。学校の年次で言えば一年生と二年生がいるが、厳格な体育会系クラブのような明確な序列はないのだ。その点、プロ集団であるシャドウワーカーとは組織の構成と運用に大きな違いがある。しかし特捜隊で『サブリーダー』という立場に誰かを据える必要があったならば、務まるのは陽介しかいない。
「顔は出なかったけど、小西先輩や完二の例もあるしな」
4月の遺体発見者のインタビューと5月の暴走族の特番では、番組の特性上、早紀と完二の顔は映らなかった。それでもマヨナカテレビにはしっかり映った以上、顔が出たかどうかは関係ないと判断できた。ならば悠も同様であるはずだった。
「次の雨の夜にマヨナカテレビに映るだろう。そうすると鳴上が犯人に狙われる」
天気予報によれば、次の雨は明日12日だ。真夜中まで降るかどうかはまだ分からないが、降れば映る。そして早ければ翌日にも、犯人が悠を落とそうと近づいてくる。だがそれこそが狙いである。
「来たところを、逆に捕まえる」
作戦の要点は悠が自分で口にした。これまでの被害者は事前に警告するのが難しく、警告しても相手に実感を持たせるのはより難しかった。周囲を四六時中張り込んでいるわけにもいかなかった。だからこれまでは犯行を許してしまっていたが、今回は違う。犯人を誘導して罠にかけ、現行犯で捕まえる。事件を一挙に解決する絶好の機会になるはずだった。
ただしこの作戦は、特捜隊の全員が諸手を挙げて賛成しているわけではない。
「先輩……。でも、どうしてあんな……」
悠はテーブルの一番端の席に座っている。そこから最も遠い位置の、対角線上の席から憂いの声が挙がった。りせだ。対する悠はごく簡単に答えた。
「ああ言えば、マスコミは取り上げたくなると思ったからさ」
報道で数字を稼ぐには話題性が重要だ。だから過激で衝撃的な発言ほど、マスコミは反応しやすい。逆に言うと、普通の高校生が世間に話題を提供するには、過激な手段に訴えるのが最も手っ取り早いのだ。
『犯人を殺してやる』
インパクトは十分である。そして思惑通り、ニュースで取り上げられた。
「……」
りせはまだ何か言いたげな表情を見せている。だが何も言わないまま口を噤んだ。見回してみれば、千枝は片目を閉じた難しそうな顔をしており、雪子は目を伏せている。女性陣はそれぞれに言いにくそうな感情を抱えている。その一方で、男性陣の反応は大分違っていた。
「先輩……! その男気、惚れ直しやしたぜ! 俺が先輩の用心棒やるっす! 犯人、一緒にとっ捕まえやしょう!」
元より好戦的な完二の鼻息は荒い。いっそ気持ちいいほどの会心の笑顔を浮かべて、逞しい右腕に力瘤を作る。まるで今から殴り込みに行くくらいの勢いだ。だが熱くなる後輩に、陽介が待ったをかけた。
「いや、完二は駄目だろ。用心棒は俺がやる」
「何で駄目なんすか! 花村先輩より俺の方が強いっすよ!」
完二の顔から笑みが消え、向かいの席に座る陽介に噛みついた。実際の話、現実における腕っ節ならば、完二は陽介に大きく勝る。と言うより、ケンカで完二に勝る者は特捜隊にいない。まず体格からして違うし、場数や心構えも違う。テレビの中なら話は別だが、外でやれば線の細い陽介くらい片手で捻り倒してしまうだろう。だが陽介が駄目だと言っているのは、そこではない。
「そういう問題じゃねえよ! 顔の割れてるお前が鳴上に張り付いてたら、向こうも警戒して出てこねえだろうっつってんだ!」
この指摘は一理ある。完二は当の犯人によって落とされたので、当然顔は知られている。その完二が悠の近くにいれば、犯人が二の足を踏む可能性は否定できない。
「犯人が知らない奴じゃないと駄目だ。だから俺がやる」
もっともこの伝で言うならば千枝もできるはずだが、陽介に譲る気はない。なぜなら──
「危険だぞ」
「分かってるよ。けど俺だって犯人を捕まえてえんだ」
事件に対する思い入れが違うからだ。全般的に言って、特捜隊は事件に臨む動機が弱い。正義感で戦うほど殊勝な者はいないし、絶対に譲れないほどの個人的な動機も持たない者が大半だ。自ら被害に遭った者たちも、犯人への復讐心は特別強くはない。少々恥ずかしい思いをしたくらいで、心や体に一生ものの傷を負ったわけではないから。命の危険があったことは確かだが、それは理屈に過ぎない。死を肌で感じるほど、テレビの中の戦いは過酷なものではなかった。
その点、早紀を失った陽介には明確な動機があるのだ。普段は軽薄な言動に隠れているが、事件への気持ちは非常に強い。凶悪なる殺人犯と現実で対峙する危険も、陽介を止める要因にはならない。しかし──
「よーし、クマもセンセイのヨージンボーやるクマ!」
動機で言うならば、譲れない者がもう一人いた。着ぐるみを脱いでフォーマルな服を着た少年、クマだ。
「お前もかよ!」
陽介が突っ込むと、クマは真剣な表情を見せた。美少年の顔がそうなると、ある種の雰囲気が生まれる。
「だって、クマはセンセイに約束してもらったクマ。クマだって、センセイの為に戦うクマ」
クマはりせの影と戦った時もこう言っていた。クマは事件そのものはともかく、悠に対する思い入れなら陽介に勝るほど強い。なぜならクマは『契約』の相手であるから。もちろんクマは悠との『約束』をイゴールが言う意味でもって、即ち存在そのものを縛る絶対の契りとして捉えているのではない。だが意識はしなくても、心の深層部分では感じるものがある。悠の為ならどんな危険も顧みず、命を懸けられる。
「なら頼む」
もちろん悠も意識はしていない。しかし『契約』は無意識の領域で当事者を縛る。片方だけでなく、両方とも。だからクマの申し入れを断る理由を、悠は自分の内に見出さなかった。
「しゃあねえか……そこまで言うんならクマ公、きっちり先輩守れよ。下手打ったら、タダじゃおかねえからな!」
かくして男性陣は全員が作戦に乗り気になった。つまり特捜会議の流れは決まった。こうなっては女性陣は思うところがあっても、ますます言い出せなくなる。
「ね、ねえ! せめて犯人の目星くらいつかないかな?」
言えるとしてもこの程度である。
「目星か……正直、犯人像は訳分かんねえな」
千枝の発言に陽介が応じ、会議の議題は次へと移った。
「犯人の動機……ほんと、何なのかな。どうして私たちや諸岡先生が狙われたんだろう?」
「恨みってんなら、俺やモロキン恨んでる奴なら腐るほどいやがるだろうが……」
「恨み……? あれ、何か変な感じ……」
雪子が疑問を呈し、完二が応じる。その一方で、りせは更なる疑問を感じたが、小声であった為に議論から置き去りにされた。
「うちの高校から続けて二人か……。こりゃ警察とか、うちの人間に目ぇ光らせてんだろうが……」
「いや、二人って言うけど実際はもっとだろ?」
「だったら……犯人はうちの学校の関係者?」
高校関係者の被害者が続いたことを完二が指摘し、陽介が補強する。その点から推測できる犯人像を、雪子が口にした。千枝が話し始めてから、この見解に至るまであっという間である。特捜隊は人数が多いので視点も多い。だから話し合ってみれば何か掴めそうな気にもなる。しかし今日の議論では、最も重要な点が抜け落ちていた。
『普通のテレビで取り上げられ、マヨナカテレビに映った人が狙われる』。これを誰も口にしないのだ。昨日までは犯人に迫る為の、最大の手掛かりであったにも関わらず。その理由は、諸岡はどちらのテレビにも映っていなかったからだ。もしマヨナカテレビが事件と無関係であるならば、悠がテレビに出た意味がなくなってしまいかねない。リーダーの立つ瀬をなくしてしまう指摘は、誰もしなかった。
「うーん……」
唯一指摘できるとしたら、特捜隊の新人、つまりリーダーと最も縁の薄いりせだ。しかしりせは一人で考え込んでいる。絡み合った情報を整理している途中である。
「うちの学校に何か関係あるってのが、有力ってことね。なら、あたしたちで手分けして……」
りせが黙っているうちに、千枝が腫れ物に触るような議論をまとめようとした。しかし──
「その必要はありません」
特捜隊の部外者が、つまり七人の誰に対しても遠慮のない人物が、フードコートにやって来た。青い帽子をかぶった小柄な少年だ。
「貴方……白鐘君?」
「お、おめえ……」
「白鐘直斗と言います。警察からの要請で、例の連続殺人について調べています」
特捜隊はこの少年を知っている。完二の事件に際して、少しだが話を聞いたから。ただし名前を聞くのは、りせ以外は初めてである。りせが知っているのは、テレビから救出された後でこの少年は豆腐屋に何度か顔を出していて、そこで名乗ったからだ。そして完二の反応がおかしいのは、また別の話──
「諸岡さんについての調査は、もう必要ありません」
「必要ない……? なぜだ?」
悠が視線を鋭くした。悠はテーブルの端の席に座っており、突然現れた少年、直斗から最も近い位置にいる。立ち上がれば胸倉くらい掴める間合いから、硬い声で少年を問い詰める。だが少年の側は動揺もしない。
「簡単なことです。犯人は自首しましたから」
「は……?」
一瞬、意味が分からなかった。声を漏らした悠だけでなく、七人全員の思考が一瞬停止してしまった。
自首──
諸岡の遺体が上がった10日から翌日にかけて、特捜隊の面々は眠れぬ夜を過ごしていた。悠は当然であるし、陽介たちも新たな犠牲者に関して思うところが色々あったから。しかし眠れなかったのは特捜隊だけではない。警察も同様だった。最初の二件の捜査が一向に進んでいない中での三件目の発生は、警察の威信がいよいよ危機的になる重大事だ。今度こそ何が何でも犯人を挙げろと、深夜まで続いた県警主導の会議にて、捜査員全員に発破がかけられていた。
そして日付が11日に変わった直後の時間、会議を終えた足立は一人で稲羽署の玄関ロビーにいた。
(マヨナカテレビに諸岡は映ってなかったから、生田目が落としたわけじゃないだろうねえ……。外のシャドウの仕業だったら影人間になるはずだから、そっちも考えにくいな。これはやっぱり普通の殺しかな? 坊やはえらいテンパってたけど……)
そんなことをぼんやりと考えながら、足立は職場を出ようとしていた。昨晩から始めた副業が終わった途端、休む間もなく本業が始まり、休憩もろくに取れなかった。おかげでいい加減、疲れているのだ。警察の面子など元より知ったことではないので、とにかく一度家に帰って寝たかった。そうして自動ドアの前まで来ると、外に一人の少年がいるのに気付いた。
(ん?)
知らない顔だった。髪型は乱れていて、寝不足なのか黒目勝ちの目は充血している。色白の顔には泣きぼくろが一つある。服装は青のジーンズに、黄色の長袖のシャツという飾り気のないものだ。どちらも長い間着替えていないのか、かなり汚れている。そんな不審な少年が警察署の門前にいる。しかし入ってはこない。入ろうとしているのだが踏ん切りがつかずに、躊躇っているように見えた。
足立が一歩近づいて自動ドアが開くと、少年と目が合った。ガラス扉に遮られない状態で向き合うと、少年は深く項垂れた。体の脇に下ろした両の拳を固く握り、肩がわなわなと震える。元より不審だったのが、更にその度合いを増した。
「どしたの君。何か用?」
「……ったんだ」
「え? 何?」
「俺がやったんだ! モロキンも、女子アナと女子高生も!」
(こいつ……!?)
二十四時間連続して働いて疲れきった足立の頭に、一筋の閃光が走った。これは刑事の勘というものであろうか。しかし足立は自分自身を刑事とは定めていない。ならばこれは一種のシンパシーなのかもしれない。人殺しは人殺しの臭いを本能的に嗅ぎ分けられるとでも言おうか。だが実態が何であるにせよ、とにかく足立は直感した。
この少年は自分と同じ殺人者であると。よくある子供の悪戯ではなく、本当に──
足立は帰宅を諦めて少年を署に通した。保護室へ続く廊下を歩きながら、この事態にどう応じるか考える。
(どうするか……テレビに落としてやろうか?)
足立は考える。もしここで少年をテレビに落としたら、果たしてどうなるか。受験戦争を勝ち抜いて、公務員の上級試験にも合格した、普段は牙を隠しているが本来は明晰な頭脳を全速力で回転させて。最善なのは、本人の望み通りに罪を着せてやることだ。テレビに落とすことで、そうなるだろうか。
(こいつ自身に気付かれずに落とすのは……そんなに難しくない。問題はその後だ。落としたら何が起きる?)
もし少年をテレビに落とせば、次の雨の夜にマヨナカテレビのライブが映る。放送の内容は恐らく犯行の自白だろう。そして悠たち特捜隊が動き、霧の鏡に映った少年の像と戦いになる。そして少年を連続殺人事件の犯人として警察に突き出す。もっとも陽介は早紀の復讐の為、或いは悠は諸岡の復讐の為、少年を殺そうとするかもしれない。だが仇持ちの二人以外は殺しを止めるだろうから、可能性としては低い。そうするとどうなるか。
(山野と早紀さんの件は……こいつの仕業にはできないな。署や県警の連中はまだしも、堂島さんや有里君には通用しない。信じさせるには、こいつをペルソナ使いに仕立てるしかない……)
まず諸岡の殺しについては、事実として少年が犯人である可能性が高いし証拠も見つかるだろう。だが最初の二件の殺しについては、普通の警察の視点でも疑問の余地が残る。そして堂島と有里はまず信じないだろう。死因が分からない殺し方など常人には不可能だ。シャドウ以外でそれができるのは、ペルソナ使いだけだ。
ここまで考えたところで、足立と少年は保護室に辿り着いた。手をドアノブにかけながら、更なる速度で考えを巡らせる。
(テレビに自分から逃げ込んだってことにすれば、こいつはペルソナ使いってことにできるけど……)
特捜隊はそれでいい。だが堂島は少年が超能力者かどうか確かめようとするはずだ。素人の特捜隊はともかく、プロの堂島は状況だけで断定はしないはずだ。最低限、確認くらいは必ずする。そして確認する方法はある。例えばポートアイランドで足立と堂島がペルソナの訓練に使った、影時間の再現装置だ。あれを使えばペルソナ使いかどうかは一発で判定できる。その結果、少年は最初の二件については白とされる。
(それをさせないようにするには、こいつの口を封じるしかないよな。でも……)
口封じの方法はある。例えば足立も一緒にテレビに入り、マヨナカテレビのライブに映る前に少年を殺すとか。だが足立がテレビの世界から戻るには、悠たちに戻してもらう必要がある。そうそうスムーズに事が運ぶかどうか、問題が色々とありそうだった。
よしんば上手く戻れたとしても、問題はまだある。足立のペルソナは能力の特性上、殺した相手の死因を不明にできない。検死すれば刺殺か感電死、もしくは突風か何かによる圧死と結果が出る。無論、素手や銃でやっても同様だ。足立が自ら少年を殺せば、シャドウの仕業にはできない。つまり足がつく危険が残ってしまう。足がついても立場を失わずにいるには──
(抵抗したってことにするか? それともペルソナは公表できないから、抹殺したってことにするか?)
言い訳はできないこともないだろう。本職の刑事が本気になれば、犯人をでっちあげることさえ不可能ではない。ないのだが──
(いや、駄目だ。テレビの中でやれば、マヨナカテレビの録画に僕が映る。生田目や坊やたちは録画を見れてないっぽいけど、万が一見たら……)
「おい、どうした足立」
落とさないことに気持ちが傾いた、ちょうどその時。廊下の向こうに堂島が現れた。悩んでいる間に、やる機会を逸してしまったわけだ。
警察の保護室は補導された未成年や酔っ払いなどを放り込み、落ち着かせる為に使われる。11日の午前1時頃、ベッドとテレビもある稲羽署の保護室には、少年一人と大人二人が身を置いていた。
「どいつもこいつも気に食わないんだよ……だからやったんだ! この俺が! 殺してやったんだ! アナウンサーも、小西とかいう女も!」
自首してきた少年、久保美津雄は吠えていた。部屋の中央に置かれた大きなパイプ机を、何度も両手で叩きながら。猛り狂う少年と机を挟んだ向かいの席に座って、聴取しているのは堂島だ。部屋の隅に置かれた小さな机で、調書を取っているのは足立である。
足立もだが、堂島も不眠不休の勤務が二日目に突入しているので、疲労は相当に溜まっている。だが腕組みをすることでそれを抑え、眼前の少年をじっと見つめている。口を挟まずに、ただ吠えるのに任せている。
「たった二人じゃ誰も俺を見ようとしない。だから三人目をやってやった! 俺が殺してやったんだ! どうだ、何とか言えよ!」
少年の怒鳴り声がようやく収まったところで、堂島は腕組みをしたまま、首を軽く回した。そしておもむろに口を開いた。
「お前、何で自首してきた」
「はあ!? 俺の話、聞いてなかったのか!?」
少年は再び声を張り上げた。喉を酷使しすぎたせいで、最初に比べてかなり掠れている。対する堂島は、いくら怒鳴られても小揺るぎもしない。大地に根を下ろした巨木や巨岩は、人間がいくら押しても引いても微動もしないように。まして事実の裏付けのない虚勢を叩き付けたところで、何の効果もない。
「お前、後悔してるんじゃないのか? 罪を償いたいんじゃないのか?」
かえって虚勢の裏にある本心を見抜かれてしまう。
「な、何言ってんだ! そんなわけ……」
「後悔してないなら、自首なんかするはずがないだろう」
犯罪捜査のプロである堂島は、色々な種類の犯罪者を見てきた。経験に裏付けられた目で見てみれば、この少年、久保には何も特別なところが伺えなかった。世の中にはいくら話を聞いても理解できない、人間心理の複雑怪奇さそのもののような犯罪者もいる。久保はそれとは正反対だ。たった一度の聴取で、犯行動機その他の事情がすぐに読み取れてしまう。極めて分かりやすいタイプだ。
「ち、違う……俺は……」
久保は視線をテーブルに落とし、肩を震わせた。そうさせているのは眼前の刑事に対する怒りではない。自分自身に対する羞恥や後悔の念だ。堂島の目にはそれが見えるし、本人にも自覚があるだろう。
「俺がやったんだ!」
一瞬の後、久保は再び吠えた。しかし堂島はもう取り合わなかった。席を立ち、背もたれにかけていた上着を手に取った。
「今日は泊まっていけ。少し頭を冷やせ。足立、行くぞ」
「はい」
相棒に促されて、足立はペンを置いて調書を手に取り、席から立った。足立もこれ以上話を聞く必要は感じなかった。
「お前はまだ若い。やり直すことはできる」
堂島は最後にそう言って、相棒と連れ立って廊下に出た。鍵を締めると、扉の向こうから少年のすすり泣きが微かに聞こえてきた。
「珍しいな、お前がここにいるとは」
少年の聴取を終えた後、刑事の二人は廊下で一旦別れた。しかし数分後、再び出会った。場所は署内の喫煙所である。
「たまには吸いますよ」
堂島は一日で煙草を一箱は消費するが、足立が吸う本数はずっと少ない。全く吸わない日も多いくらいで、ここを使うのは初めてだ。
表と裏の両方の仕事において相棒である二人は、並んで煙草を吸った。ただし顔を突き合わせはしない。二人の視線は狭い喫煙所の出入口に固定されている。話の途中で他人が入ってこないか、注意しているのだ。そうして紫煙に隠された密談が始まった。
「あいつ、どう思う」
「諸岡を殺したのは、あいつでしょうね」
動機的、心証的には黒。物証やアリバイはこれから調べないといけないが、まず間違いない。
「山野と小西早紀は?」
「死因が分からない殺し方とか、あいつができるって言うんなら、あいつでしょうけど……」
足立としては、久保が罪をかぶってくれると言うなら、それはそれで結構だ。だがそうはならない。稲羽署の他の刑事たちはともかく、堂島はごまかせない。だから足立としては不本意であるが、こうとしか言えない。
「できるわけないな」
昨日発見された諸岡の遺体は、既に検死を終えている。それによれば死因は脳挫傷。後頭部に残っていた外傷の大きさや深さなどから、推定される凶器は金属バット。つまり鈍器による撲殺だ。死因が未だ不明な最初の二件とは明らかに異なっている。ならば堂島が納得するはずがない。
「第一、あいつは三人も殺せやしない。一人殺しただけで、怖くなって自首してくる……あれはそういう奴だ」
「そっすね」
この点は足立も同意見だった。一口に人殺しと言っても、その種類は様々だ。何人殺しても何とも思わない者もいれば、一人殺しただけで良心の呵責に耐えられなくなる者もいる。一度取調べしただけだが、久保は後者だと足立にも判断できた。口では大きなことを言うが、痛いところを一つ突かれれば、すぐに当初の勢いが消える。自首した理由を堂島に追及された時の、久保の反応はまさにそれだった。もし久保が山野を殺していたら、早紀を殺す前に自首してくるはずだった。
「この件、本部には?」
足立が言っている本部とは、県警の本部ではない。シャドウワーカーのだ。
「さっき有里さんに電話してきた。軽く話しただけだが……有里さんも同じ意見だ」
「まあ、そうですよね」
つまり最初の二件の殺しに関しては、堂島と有里の認識は昨日までと何も変わらない。霧の日に町をうろつくシャドウによる獣害事件だ。久保は何も関わっていない。
(失敗したかな……)
足立は煙草を咥えながら、また少し考えてみた。マヨナカテレビの録画に自分が映る可能性があるから、久保と一緒に自分もテレビの世界に入って、そこで口封じをするのはやめておいた。だが例えば、今日は久保を落とすだけにして、悠たちが動き出したところで偶然を装ってテレビの中に特捜隊と一緒に入ったならどうか。そして確保のどさくさで久保を殺してしまえば。もしくは悠や陽介を煽って、殺すように仕向ければ──
「小西は自分が下手打ったのかって、気に病んでたそうだ……」
巡り始めた足立の思考は、相棒の呟きによって叩き切られた。一瞬の抵抗もなく流れは遮られ、跡形もなく霧消した。
「じゃあ彼のせいじゃないって証明されたわけですね。良かった……って言ったら変ですけど」
「……有里さんもそう言ってたぜ」
堂島は煙草を深く吸い、長い息を吐き出した。足立も相棒に倣うように大きく吸い、ゆっくりと吐く。小さな喫煙所が濃い煙と重い沈黙で満たされていく。
(あいつを落とさなくて正解だったんだ)
尚紀の名を出されて足立は思い直した。今日の自分は正しかったのだと。
(そもそも山野と早紀さんの件で、僕に辿り着くのは不可能なんだから。下手に動かない方が得策だ)
そうなのである。今の状況では、足立が殺人事件の犯人であることを証明するのは、ほぼ不可能だ。警察の捜査線に上がっていないのは言うまでもないし、世界の真実を警察よりも知っているシャドウワーカーにも疑われていない。足立の最も近くにいる堂島さえ、何も気付いていない。ならばこの状況は、動かさずにおいた方が良いに決まっている。
もしも足立がシャドウワーカーに参加していなかったら、もしくは尚紀が参加していなかったら、話は別だったかもしれない。退屈な日常に嫌気が差していたところへ、悠たちは一つの娯楽を提供してくれていたから。ただし特に面白いとは思っていなかった。ならば面白くしてやろうと思って、娯楽番組に企画を投稿するような気持ちで、あっさりと久保を落としたかもしれない。特に考えもせず。たとえ考えたとしても番組に責任を持たないただの『視聴者』として、危険を顧みなかったかもしれない。
だが今の足立は以前とは変わっていた。虚無には刑死の楔が打ち込まれている。
(よく考えて行動しないとな。自然かどうか、言い訳がつくかどうか……)
現状を壊してしまいかねない行動は控え、刑事として、また特殊部隊員として飽くまで自然な振る舞いを心掛けるようになった。要は慎重な姿勢を身に付けたのだった。言い方を変えると、したたかになったのだ。
そうして足立は内心の考えから現実に戻った。口から外した煙草は、元の半分ほどの長さになっている。
「上はどう判断するでしょうね」
「……」
今度はシャドウワーカーの上ではなく、警察の上の方との意味だ。だが堂島は答えず、唇を噛み締めた苦い顔を見せてきた。右手の指に挟まれた煙草のフィルターは力を入れられて歪み、紫煙は揺れた。
「これで幕引きですかね?」
堂島は久保が全ての事件の犯人であるとは思っていない。稲羽署や県警本部の他の刑事の中にも、疑う人間はいるだろう。だがそうした疑義が警察の組織としての判断で考慮されるかは、正直に言って微妙なところだ。最初の事件が発生してから三ヶ月もの間、ろくに捜査が進展しない状況に、警察は世間からかなりの批判を被っていた。だからちょうどよく出てきた久保を、本人の望み通りに全ての事件の犯人に仕立て上げ、幕を引くのはあり得る。
警察とは何も正義を信奉する者たちの集まりではない。単純に仕事としてそれを選んだ人間もいるし、一般人にはない様々な特権に憧れて警察官になった者もいる。そんなものであるから、警察が組織防衛の為に真実に蓋をするのは、あり得ない話ではない。そしてそうした警察の好ましからざる一面を、元々は本庁のキャリア組である足立は知っているし、長年現場から上を見てきた堂島も分かっている。理解した上で、二人は警察官を仕事にしている。なぜなら二人は理想ばかりを追うような子供ではないから。
「真相を公表できないってのがもどかしい……。このままじゃ、久保は自分の罪じゃないことまでかぶっちまう」
だが堂島は子供ではないにしても、不正を知っていて見過ごすほど腐ってはいないし、冤罪を仕方ないと割りきるほど冷淡でもない。
「言いたいことは分かりますけど、僕らにできることは限られてますよ」
「できることって、何だ」
「そっすね……例えば本部に頼んでうちの署や本庁とか、あと検察とかに圧力かけてもらって、最初の二件は問わないようにしてもらうくらいでしょうか? どうせそっちは物証もないでしょうし、あの人たちならできると思いますけど」
堂島と足立はシャドウワーカーの背後関係について、ある程度は知っている。世界的な大企業である桐条グループと、いわゆる公安警察が共同で立ち上げた組織だ。つまり世の中の表と裏の両方に対して、かなりの権力を行使できる。本部から彼らの背後にいる者たちに働きかければ、行政や司法に影響を与えることは可能なはずだ。もっともその権力にも当然ながら限度はある。世の中を思いのままに操るような、大それたことはできない。だが元より被疑者本人の証言しかない曖昧な殺人容疑を握り潰すくらいは、十分に可能だろう。
「お前って奴は……悪知恵が働くな」
「手厳しいっすねえ?」
堂島の皮肉に足立は笑った。この日初めての、爽やかなくらいの笑顔だった。しかしそれは一瞬で引っ込め、再び刑事にして特殊部隊員としての仮面を付け直す。その表情の変化には何も不自然なところがない。
「僕らはただ、僕らの仕事をしっかりやるしかないんじゃないすか? これ以上犠牲者を出さないように」
何をしっかりやるかは言うまでもない。霧の日のシャドウ対策だ。尚紀にシャドウを探してもらい、足立と堂島が殲滅する。それが稲羽支部の任務である。
「そうだな……やるしかねえんだ」
堂島は言いながら、無精髭の浮かんだ顔を床に向けた。指に挟んだ煙草は持ち主に倣って頭を垂れ、灰が足元に落ちる。様子がおかしい。あからさまに疲れている。昨日の未明からろくに休んでいないのだから当然だが、それにしても極端だ。
「何かありましたか?」
「一条って高校生がいただろ。さっき有里さんに電話した時に、そいつの様子も聞いたんだが……目覚めたらしい」
「それ……寝てたのが起きたって意味じゃないっすよね」
言いながら、足立は再び喫煙所の出入口に視線を送る。他人に聞かれるわけにはいかない話だから。しかし煙を遮る為にある扉は動いていない。近くに二人以外の人の気配はない。
「ああ……しかもよく分からんが、見舞いに来た友人にも素養があるらしい」
「はい? ああ、何かそんな話、前に聞いたことがあるような……」
足立は一瞬、呆けたような声を出した。しかしすぐに気を取り直した。思い当たる節があったのだ。尚紀が先月5日に覚醒した際、今のように煙草を吸いながら有里から聞いた話だ。シャドウの被害に遭った人やペルソナ使いが身近にいると、覚醒が促されるとか何とか。
「えっと……つまり、二人増員ってことすか?」
大いにあり得る話である。有里は未成年だろうが高校生だろうが、容赦なく人を巻き込む。新たなペルソナ使いを見つければ、絶対にそのままにはしておかない。堂島がいくら反対しようと言葉巧みに宥めたり透かしたり、もしくは本人の言質を取って、とにかくポートアイランドに拉致する。そして稲羽支部に入れる。誰も止めることはできない。何しろシャドウワーカーの隊規では、人事権は本部が独占している。つまり人員の採用と配備は有里の思うがままだ。堂島や足立の意見など、規則上は関係ないのである。
「勘弁してほしいぜ……」
堂島はため息と共に、煙草を灰皿に押し付けて火を消した。
「友達だからだとか、そんなんでペルソナ使いが増えられたら堪らん。小西だけでも大変なのに、これ以上余計な心配事を増やしたくない……」
堂島は疲れている。シャドウやペルソナ使いという言葉は、どこに耳目があるか分からない場所では可能な限り口にするべきでない。それくらい分かっているはずであるにも関わらず、思わずと言った態で機密事項を喋ってしまった。
「ああ、そうかもしれませんね……。霧が出る度に人が増えたりしたら、いくらなんでもねえ……」
しかし足立はそんな相棒に注意はしなかった。堂島に更なる重荷を背負わせるのは、本意ではなかったから。相棒を気遣うのも、そろそろ板についてきた頃合いである。
夜が明けてから、警察は久保の証言を元に裏付け捜査を開始した。その結果、凶器のバットや現場の指紋など多数の物的証拠が発見された為、夕方には容疑者の自首と逮捕が発表された。ただし未成年である為、素性は伏せられた。
なお、発見された証拠は諸岡の死に関するものばかりで、4月の二件については『視野に入れて捜査を継続する』と警察は発表した。控え目に。報道機関や世間は意識しないかもしれないくらい、ささやかに。