ペルソナ4 落ち武者の神   作:三尺

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古い繋がり(2011/7/28、8/3)

 八十神高校の一学期が終わったその日、八十稲羽に住む二人の少年がポートアイランドに招かれた。辺鄙な田舎から爛れた都会へ、日常から非日常へ。平凡な表の世界からスリリングな裏の世界へのご招待も、もう三度目である。

 

「ちょっとカッコいい……っすかね?」

 

「何か、ゴツイっすね」

 

 シャドウワーカーの候補生としてやって来た秀麗な少年と精悍な少年は、訓練を始めて二日目にペルソナの召喚に成功した。性格や容貌が対照的な二人は、ペルソナもそうだった。一条のペルソナは細身の優雅な青年で、対する長瀬のペルソナは力感溢れる青年の姿だった。

 

 

 明けて7月28日の午後のこと。田舎から少年たちを拉致、もとい都会へ招待した責任者、シャドウワーカー副隊長の有里は会議室でタブレット端末を閲覧した。隊長の美鶴と一緒に、新入りのペルソナの調査報告を確認する為である。いわば新人歓迎会を終えた後の、幹部による定番行事のようなものだ。

 

「一条君は私と、長瀬君は伊織と似たタイプだな」

 

「しかし美鶴さんと比べて、一条君は攻撃に偏重していますね。回復はできないか……」

 

 有里は残念さを声に出した。報告書によると、一条のペルソナ『エビス』は氷結を主とした魔法が得意なタイプで、耐性は氷結に強く火炎に弱い。美鶴とよく似ている。ただ美鶴は得意と言うほどではないものの味方の回復もできるのだが、一条は無理と判定されていた。有里としては、ここで稲羽支部の回復役を務められる人材が欲しいところだったのだ。だが当ては外れた。その代わり、一条は敵の精神や神経に作用する類の攻撃を、美鶴より多彩に使えると見込まれている。

 

「ないものねだりはできまい」

 

「ええ……その通りですね」

 

 そして長瀬のペルソナ『コトシロヌシ』は物理的な打撃を主としたタイプだ。ただし堂島のように完全にそれに特化したものではない。得意とまでは言えないものの、火炎の魔法も使える。耐性は火炎に強く氷結に弱い。特技と耐性の点においては、使用者自身のように好対照を為している二人である。しかし対照的でない点もあった。

 

「アルカナは二人とも剛毅……同じアルカナのペルソナ使いが同時に現れるとは珍しいな」

 

 過去の戦いを経験した者たち、現在はシャドウワーカー本部に属するペルソナ使いたちは、全員アルカナが異なっていた。有里とアイギスは同じ愚者だが、これは例外中の例外と言うべきケースで、当初のアイギスは戦車だった。異なるアルカナにばかり目覚めるのは偶然か、それとも何か仕組まれているものがあるのか──

 

「前はたまたまだったのでは?」

 

「そう言ってしまえば、それまでだがな……」

 

 偶然ではないとしても、そこに何かの意味を見出すのは難しい。タロットカードは様々に解釈可能であるように、ペルソナ使いが各々を象徴するアルカナとどう関連するのか、それも様々に解釈しうる。それは言い方を変えると、一義的な解釈はそもそも不可能ということになる。まさに占いの結果のようなもので、気にしすぎるのは無意味であるばかりか無粋ですらある。

 

「一応、気に留めておいてくれ。特に長瀬君は目覚めた経緯も、これまでの支部メンバーと異なっている。君とアイギスのようにペルソナを共有しているわけではないが、特別な何かが二人の間にはあるのかもしれない。ペルソナの神同士も繋がりがあるようだしな……」

 

「分かりました」

 

 二人の新人についてのシャドウワーカーのトップ二人の会話は、これで終わった。先月上旬の新加入に際してはかなり激しく議論した二人だが、今日はそれがない。高校生を世界の裏側に招き入れるという、普通に考えればとんでもない話を、能力と若干の懸念事項を確認するだけで簡単に終わってしまった。この話の早さには、稲羽支部には高校生の尚紀が既に加入しているという事実が大きく影響している。

 

 堤も蟻の一穴という言葉があるように、前例が一つできるとその後はなし崩しになってしまう。世の中の法則である。桐条グループも警察も、その法則から逃れられない。

 

 そうして話が一つ終わったところで、次の話が始まった。

 

「ところで、ストレガの素性については進展がありましたか?」

 

「いや、まだだ。その代わりと言っては何だが……エルゴ研の遺産調査の過程で、意外なものが出てきた」

 

 桐条グループの旧エルゴノミクス研究所は、シャドウやペルソナに関係する様々な実験と開発を、十数年前から行ってきた。その成果の一部は警察庁に提示しているが、大半は未だ桐条の手元で眠っている。その中でも特に扱いに気を付けるべき物品についてが、今日の二つ目の話題だった。

 

 美鶴はタブレット端末に『対シャドウ特別制圧兵装についての報告』と題された文書を表示させ、有里に見せた。過去の桐条グループが製造していた兵器のことだ。その目的は二つ。一つ目は、研究対象のシャドウの暴走事故に対するいわば『保険』である。二つ目は、当時はまだ理論段階にあったペルソナ、即ち人間が自分のシャドウを意識的に制御する能力に関連した研究だ。つまり『機械にペルソナを持たせること』である。

 

 なお過去の桐条グループは、人間をペルソナに覚醒させる方法についても研究を重ねてきた。しかしいわゆるポートアイランド・インパクト以前は、安定下での覚醒に成功した例はなかった。ペルソナを備えた機械の開発が推進されたのは、人間よりも機械の方が御しやすく倫理的な問題も少ないという思惑がそこにあったことは、想像に難くない。

 

 そうして対シャドウ戦を想定した兵器は最終的に七式まで開発された。そのラストナンバーで、実地に初めて投入された機体が『七式アイギス』だ。それらのシリーズ化された兵器のうち、ある一つについての調査報告資料を美鶴は示した。冒頭にはこう記されている。

 

<型式:五式>

<コードネーム:ラビリス>

 

 資料によれば開発されたのは今から十二年前、場所は鹿児島県の屋久島にある桐条の研究施設だ。しかし実用化はされないまま封印された。そして十一年前、ポートアイランド・インパクトによって失われたと目されていたが、機体を収めたコンテナが最近発見されたと記されている。

 

 しかし開発の詳しい経緯や、いかなる問題があって実用化されずに封印されたのかなどは記されていない。分かっていることと言えば、人型で恐らくは女性型であること。火器の搭載が見送られた代わりに、何か特異な装備を与えられているらしいこと。それくらいの簡単すぎる説明で資料は終わっていた。外見の写真さえない。

 

「言うなれば……アイギスの姉だな」

 

 姉が機械。機械の妹──

 

「言うなれば、ですね。しかし今のアイギスを機械と同列には論じられないでしょう」

 

 有里は眉を顰め、硬い声を出した。対する美鶴は目を伏せた。

 

「ああ……もちろんその通りだ」

 

 機械か人間か。単純な二択でしか選べないなら、アイギスは間違いなく人間だ。何しろ体にネジ一本も残っていないのだから。しかも妊婦である。『生きた機械』なら撞着語法としても許される範囲内だが、『子を産む機械』はさすがに限度を超えている。従って、今のアイギスを機械と見なすのは誰にもできない。礼儀的な意味ではなく、事実として。ではその『姉』はどうなのか。

 

「ラビリスに心はあるのですか?」

 

 人間であるのか、違うのか。それを判断する基準はいくつも存在し得るが、一つはここにある。精神や情緒の有無だ。

 

「詳細は分からん。冷静に聞いてもらいたいんだが……アイギスさえ、当初は情緒を理解していなかっただろう。ラビリスはそのアイギスより二世代も前の機体だ。心と呼べるほどのものがあるとは、いささか考えにくいな」

 

「まあ……そうでしょうね」

 

「そこで……だ。ラビリスの存在をアイギスに伝えるべきか。そして調査を早急に進めるべきか、君の意見を聞きたい」

 

「……」

 

「調査の結果によっては、稲羽支部への投入も不可能ではないかもしれん」

 

 有里は考えた。かつての戦いの頃は、アイギスの『姉』たちについてほとんど全く話題に上らなかった。猫の手も借りたかった当時でさえそうだったのだから、六式以前は全て廃棄されたか、爆発事故で焼失したものと考えていた。だが今になって、忘れ去られた繋がりが発見された。発見されたこと自体は仕方がない。しかし時期がいかにも良くない。

 

「伝える必要はありません。そもそも今の時点では、伝えるほどの話は何もありませんよ」

 

 実際の話、アイギスに伝えようと思っても伝えられる事柄は乏しい。現に二人が見ている報告書は、紙一枚に収まる程度の分量しかない。『姉』について名前だけ伝えたところで、肝心なところが何も分からないのでは、かえって肩透かしを食らわせることになる。有里はそう判断した。

 

「詳細な調査が終わってから、また改めて考えましょう」

 

 もちろん『姉』の存在を、アイギスにずっと黙っておくわけにはいかない。だがどんなに早くても、伝えるのは出産を終えた後にしたかった。妊婦に余計なストレスは禁物だ。ちなみに予定日は今年の12月である。

 

「そうか……」

 

「調査の日程を早める必要もありません。スケジュール通りやってくだされば結構です」

 

「分かった」

 

 エルゴ研の遺産は量が膨大な上に、実態が不明なものばかりである為、調査には相応の時間を要している。現在予定しているスケジュールでは、ラビリスの調査の開始は来年の春になると見込まれている。誰かさん風に言うと、『月が十度巡った頃』である。

 

「話は以上ですか?」

 

「うむ。気を悪くさせたのなら済まない」

 

「構いませんよ。それより来週は、やはりうちには来れないのですか?」

 

「ああ、行きたいのはやまやまだが、どうにも都合がつかなくてな。ゆかりたちによろしく言っておいてくれ」

 

 その後、二人は一通りの訓練を終えた一条と長瀬を会議室に迎え、シャドウワーカーについての詳しい説明を行った。そして特殊部隊への加入を正式に求めて、同意を得た。二人とも特に迷う素振りはなく、あっさりと決まってしまった。

 

 ただ二人がシャドウ対策の現場で使う装備品、要は武器の選定に関して少々手間取った。組織と任務についての説明を終えた後、有里は二人をビルの地下にある秘密の武器庫に連れていったのだが、銃器や刃物がずらりと並ぶ中で、一条が手に取った武器はかなり変わった代物だった。

 

「これがいいです」

 

「お前、そんなの使えんのか?」

 

 ペルソナ使いが振るう武器に特別な制限はない。銃や剣のみならず、バットや包丁、鉄パイプなどでもよい。極端な例では、ゴルフクラブやバス停のポール部分でも構わないのだ。元の道具が何であれ、ペルソナに由来する力によってシャドウ相手には有効になる。ただしそれを上手に扱えるかどうかは、また違う話である。ペルソナによって膂力や速度が向上することと、武器を操り、効果的に体を動かす技術は別だから。

 

「何でもいいけど……せめて自分の頭に当てないようにしないと駄目だよ」

 

 おかげで一条はすぐには地元に帰らず、数日間を費やして武器の練習をすることになった。

 

「もう一丁!」

 

「しょうがねえな……」

 

 不審なくらいに熱心に練習する親友に、長瀬も付き合った。やはりかなり変わった武器を使って。

 

 

 

 

「うーっす!」

 

 当初の予定を超えて居続けた新入り二人を故郷に送り返した翌週、8月3日の夕方。有里は自宅に四人の客を迎えた。呼び鈴に応えて有里がドアを開けると、懐かしい顔ぶれがそこにいた。家主と同い年の若い男が一人と、若い女が二人。そして中学生の少年が一人だ。

 

「久しぶりだな、順平……って、その格好で来たのか?」

 

「おう、チビどもの試合してきたトコでな!」

 

 さも当然とばかりに胸を張る若い男、伊織順平は高校時代からいつも野球のキャップをかぶる習慣があった。だが今日は帽子だけではなかった。服は上下とも野球のユニフォームだ。言うなれば、現在の戦闘スタイルで現れた。

 

「着替えてこい、つったのに……」

 

「いいじゃんか、知らねえ仲じゃねえし。つーか、ゆかりッチこそモデルっぽいカッコしてくりゃ良かったのに」

 

「ぽいって何よ。読者モデルなんてこんなもんよ」

 

 玄関先で昔ながらの口調で話す若い女、岳羽ゆかりの服装は普通である。薄いピンクを基調としたノースリーブに、クロップドパンツという装いだ。現在は芸能活動を休業して故郷に帰っている、とある女子高生アイドルを何となく連想させる。ただ年相応に、大人の雰囲気も醸し出している。

 

「お邪魔しまーす」

 

「お久しぶりです。有里さん、アイギスさん」

 

 言い合う二人をよけるようにして、残る二人の客が先に敷居を跨いだ。重箱を両手で抱えた小柄な若い女と、リュックを背負った中学生の少年だ。

 

「風花さん、天田さん、お久しぶりです。ゆかりさんと順平さんも、どうぞ上がってください」

 

「うお! リアルに妊婦さんだ……」

 

 夫に続いて妻がゆっくり歩いて玄関まで迎えに来ると、客の間から驚きの声が上がった。空色のマタニティドレスは内側から押されて膨らんでおり、妊婦は両手で抱えるようにしている。

 

 傾いた夕日が二十畳ほどあるリビングの床に、レースのカーテン越しの薄い赤色を広げている。その中に客たちが足を踏み入れると、十人ほどが席に着くことのできる長いテーブルの下から、白い柴犬が駆けてきた。

 

「ワン!」

 

「お、来たなコロマル! 元気にしてた?」

 

 有里家の飼い犬、コロマルが鳴き声で出迎えた。応じる中学生の少年、天田乾は床に膝をついて白い毛並みを撫でた。昨年の1月まではよく見られた光景だが、この二人が会うのは久しぶりである。

 

「美鶴先輩、仕事忙しいからやっぱり来れないってさ……」

 

「真田さんは武者修行……だっけ?」

 

 今日の客は四人である。ここに来るべき本来の人数と比べて、三人少ない。そのうちの一人はシャドウワーカーの隊長である桐条美鶴だ。もう一人、名を真田明彦は日本にいない。『プロとして力を使うからには、納得いくレベルまで強さを極めてから臨みたい』との言葉を残して、単身で海外へと修行の旅に出てしまったのだ。

 

「荒垣先輩は、お店開けないわけにはいかないって」

 

 最後の一人、荒垣真次郎はポートアイランド駅近くの小料理屋で板前をしている。店は年中無休というわけではないが、そう簡単には閉められないとのことで、今日は来ていない。

 

「でもお料理預かってきたから、みんなで食べてって」

 

 山岸風花は重箱をテーブルに置いた。中身は荒垣が作ったものである。

 

「それじゃ始めようか。特別課外活動部の同窓会」

 

 家の主人である有里が、夏の会合の開始を宣言した。昨年の1月まで毎晩訪れていた影時間で戦っていたペルソナ使いたちは、当時は自らを『特別課外活動部』と呼んでいた。現在はシャドウワーカーへと呼び名を変え、組織の構成も大きく変わったが、昔の繋がりは今も大切にされている。

 

 

 荒垣の重箱がテーブルの中心に置かれ、有里夫婦が作った料理がその周りを囲っている。席についた皆は、めいめいそれらを箸でつつく。皆の足元では、コロマルが特製のドッグフードに鼻面を突っ込んでいる。そうして会合が始まって一時間ほど経過した頃、天田が家主に話しかけた。右手にはジュースを入れたグラスを持っている。

 

「有里さんって、今は稲羽で仕事してるんですよね?」

 

「ああ、月に一度くらいだがな」

 

「新しいペルソナ使いが何人も現れてるんですよね……」

 

 この場にいる、犬を含めた七人は全員がシャドウワーカーに籍を置いている。有里以外は非常任の身分だが、情報は共有されている。霧と共にシャドウが現れることや、『声』をかけられて外に誘い出された者の中からペルソナ使いになる者がいるなどの、事案の概要は皆が聞いている。

 

「ポッと出の奴らばっかで大丈夫なのか? 俺の力が必要じゃねえ?」

 

 有里の右隣に座る順平が話しかけてきた。にやにやと擬音を発しそうな、わざとらしく胡散臭い顔を添えて。対する有里も訝しげな顔を作った。やはりわざとらしく。

 

「男ばかりの職場だが、いいのか?」

 

 実直すぎるベテラン刑事と、お調子者の若い刑事。斜に構えた生意気な少年。そして先月末から新加入した、チャラチャラした少年と朴念仁の少年。それがシャドウワーカー稲羽支部である。そんな彼らと共に、一寸先も見えない白い闇の中を走り回るのだ。傍から見れば魅力的な職場環境ではない。もちろん人は誰しも、深く付き合えば奥の深いところが見えてくる。しかし華があるとはとても言えない。何しろ揃いも揃って男ばかりなのだ。綺麗どころを狙って集めたような、旧特別課外活動部とは大違いである。

 

「そっか、人手は足りてるか」

 

 話の流れにそぐわない言い方でもって、順平は自分の売り込みをあっさりとやめて、グラスに注いだビールを口に含んだ。ビールである。順平は元々家庭の事情から酒嫌いだったのだが、それは昨年に克服している。もっともトラウマ以前に年齢的な問題から順平は飲んではいけないのだが、それは意図的に無視している。

 

「もし危なくなったら、お前たちの手も借りるさ」

 

 言いながら、有里は自分のグラスを傾けた。飲んでいるのはやはりビールである。先月に堂島宅に招かれた時は飲まなかったが、自宅であれば遠慮なく飲む。自分の年齢に関しては、順平と一緒になって無視している。

 

「ねえ、私たちの生活に気を遣ってるつもり?」

 

 今度はゆかりだ。その視線には、少しだけ咎めるような色があった。昨年の1月に戦いを終えて以降、有里以外は一度も実戦を経験していない。だから戦力に多少の衰えはあるはずだが、それでも稲羽支部の面々よりずっと強い。支部で最も強い足立さえ、ゆかりと一対一で戦えばきっと勝てないだろう。今の時点では。

 

 なぜ力のある自分たちを使わず、素人同然の者たちを使うのだ──

 

 ゆかりのそんな思いを見て取った有里は、グラスをテーブルに置いた。

 

「それもあるが、この辺り以外のシャドウの問題には、現地の人間で対処したいのが本当のところだ」

 

 有里は4月に稲羽を訪れて以来、かつての仲間たちを一人も現地に連れていっていない。そこには有里なりの、シャドウワーカーの運営方針に関する考えがある。

 

「今のところ、稲羽以外でシャドウの出現は確認されていないが、いつどこで出るか分からない。元特別課外活動部はたった十人しかいないんだ。簡単には人手を割けない」

 

 シャドウワーカーの本部は研究者や事務職員、更には護衛役なども含めれば、人員の数はかなりのものだ。しかしシャドウと実際に戦う力のある者、つまりペルソナ使いは前身である特別課外活動部から引き継いだ者たちしかいない。もし今後に次々と日本の各地で、更には世界の他の国々でシャドウ事案が発生したとして、その都度本部からペルソナ使いを派遣していたら、やがては深刻な人手不足に陥るはずだ。

 

 もちろんシャドウ事案は、年に何件も発生する類のものではないと見なされている。しかし真に必要でない限りは、本部のペルソナ使いを使わずに解決したい。シャドウワーカーの副隊長、つまりは幹部として組織運営に参与する立場にある有里は、そう考えている。

 

 だから有里は何も新婚生活を守る為『だけ』に、堂島たちを巻き込んでいるのではない。多分。

 

「現地で新しいペルソナ使いが現れなければ仕方ないが、現れたのなら彼らに対処してほしいのさ。と言うか、対処できるようになってほしい」

 

 ちなみに隊長である美鶴の考えは有里とは少し違って、新たなペルソナ使いを加入させることに消極的である。しかし強く反対もしておらず、直近では一条と長瀬の加入はすぐに認めた。そこに『慣れ』というものがないと言えば、きっと嘘になる。しかし道理がないわけでもない。先々を考えれば、人手が増えるのは望ましいからだ。もちろん限度はあるが、現時点では組織の肥大化を気にするような数ではない。結果的に稲羽のシャドウ事案への対応は、有里の意見がほぼそのまま通る形になっている。

 

「自分たちの町は、自分たちで守れってこと?」

 

「そういうことだ」

 

 打算のない綺麗な言葉でまとめたゆかりに、有里は我が意を得たりとばかりに笑みを返した。再びグラスを手に取って、中身を喉に流し込む。しかし話はまだ終わらなかった。

 

「だったら僕、向こうの中学に転校してみようかな……」

 

 天田だ。眉根を軽く寄せながら、小さく呟いた。自分たちの町は自分たちで守れと言うのなら、いっそ稲羽を自分の町にしてしまえばいい。

 

「お前ならいいぞ」

 

「え?」

 

「稲羽支部には回復ができる人がいないからな。天田が来てくれるなら助かる」

 

 ペルソナ能力には味方の傷を治療する力もある。長丁場の戦いにおいては欠かせない力だが、稲羽支部にはそれができる者がいない。その一方で、天田は回復魔法を得意としている。

 

「何なら向こうのリーダーをやってみるか?」

 

 天田は特別課外活動部の頃は、やはり回復が得意なゆかりと共に防御の要としての役割を担う機会が多く、実戦の指揮を担当したことはない。だがリーダーとしての適性はあると有里は睨んでいる。根拠は主に天田の性格だ。容赦がないところとか、ぶれないところとか。ものは試しと、リーダーをやらせてみるのも悪くない。もし上手くいけば──

 

「有里さん……僕に責任を押し付けようとしてません?」

 

 上手くいけば、稲羽支部の現場指揮官兼アドバイザーの役割を天田に交代してもらえる。そして自分はマーガレットに会わずに済む。しかしそんな打算は、あっさりと打ち破られた。

 

「はは……冗談だよ」

 

 冗談である。一瞬真剣に検討してみたが、大人の刑事もいる稲羽支部の指揮を中学生にやらせるのは、やはり無理がある。そしてそれ以上に──

 

「稲羽のシャドウは弱いからな。新入りを鍛えるのに、ちょうどいいくらいの環境なんだ。お前たちが来たらバランスが崩れる」

 

 稲羽支部は実戦経験が少ない為、戦力的には本部に遠く及ばない。しかし稲羽のシャドウは、そんな彼らに見合った強さなのだ。組織を将来支える人材を育成する場として、都合が良いくらいなのである。だから有里は既に十分な経験を積んでいる人員を、稲羽に呼ぶつもりはなかった。今のところは。

 

 話がまとまったところで、有里の左隣の席から声が上がった。

 

「あ……」

 

「ん? どしたのアイギス?」

 

「今、蹴りました」

 

 胎動だ。妊娠六ヶ月の腹の中では、生命の神秘が身動ぎしているところである。

 

「おお……マジでリアルだな」

 

 

 妊婦を気遣って、女性陣はテーブル席からソファーが置かれた一角へ移った。皆が各々飲み物を手に持ち、残っている料理の一部をローテーブルに移し替える。そしてソファーの中央にアイギスを座らせ、左右にゆかりと風花が腰を下ろした。

 

「お腹、おっきくなったよね……双子なんだっけ?」

 

「ええ、男の子が二人です」

 

「何か感動しちゃうな。アイギスが赤ちゃん産むなんて」

 

 風花は目を優しく細めている。今でこそアイギスは完全に人間だが、そうでなかった頃の姿もここの皆は知っている。そしてその為に、アイギスが苦しんでいたことも。それが今となっては、これ以上はあり得ない『人間の証明』を、柔らかい体の中に宿している。

 

「ホントね……髪まで伸びちゃうし。てか、ちょっと長すぎない?」

 

 ゆかりは言いながら、アイギスの金髪に指を差し入れた。以前は何ヶ月放置しても肩にも届かなかったそれは、今はポニーテールにまとめられ、四本のヘアピンで留められている。下ろせば背中を通り越して腰まで届きそうだ。

 

「そうですね。でも伸びるのが嬉しくて、つい……」

 

「だからって限度あんでしょうが……。お手入れ、ちゃんとしないと駄目よ? 特に今の季節は紫外線強いし、放っとくとすぐ傷んじゃうんだから」

 

 いわゆる女子トークをする三人を脇目に、男三人はテーブルに残っている。

 

「しっかしまあ……アイちゃんがママっつーのもアレだが、湊がパパになるっつーのも不思議なもんだぜ。ついこないだまで同じ部屋に住んでて、一緒に馬鹿やってたってのによ」

 

 順平はビールのグラスを傾けながら、感慨深げに呟いた。有里と順平は戦いを終えた高校三年生の時は、月光館学園の普通の男子寮でルームメイトになった。そして二人揃って遊び回る機会が多かったのだ。酒や煙草も一緒に覚えた。そんな悪友が、卒業したと思ったらすぐに人の親になるというのは、何とも言えない不思議な感慨を抱かせる。まして一度はその死を見届けた親友が──

 

 などと感傷的になるのを、親友は許しておかない。

 

「お前だって、なろうと思えばすぐ父親になれるぞ」

 

「ぶっ!」

 

 順平はむせた。実はそうなのである。こう見えて、順平には恋人がいるのだ。

 

「チドリといつ結婚するんだ?」

 

「も、もうじきさ!」

 

「順平さんは結婚より先に、定職につきましょうよ。昔の報酬だって、遊んでるとすぐ食い潰しちゃいますよ?」

 

 大仰に笑う順平に天田のツッコミが入った。そこに容赦はない。しかも正しい。特別課外活動部の面々はかつての戦いを終えた後、桐条グループから多額の報酬を受け取っている。だから経済的には余裕があるのだが、結婚となるとさすがに別問題である。金があっても、フリーターでは色々とよろしくない。

 

「ぐぐ……お前、昔よりツッコミ厳しくなったな……」

 

 男性陣と女性陣で一旦別れた同窓会は、各々異なった盛り上がりを見せている。そんな中で、女性陣の話題は少し変わった。

 

「そう言えば、名前は決めてるの?」

 

 ゆかりが尋ねると、アイギスは首を横に振った。

 

「いえ、名前は湊さんにつけていただく予定でして……」

 

 女三人はソファーからテーブルの側を振り返った。すると家主の青年は軽く目を伏せた。

 

「まだ決めていない」

 

 そう。有里は年内に生まれてくる息子たちの名前を、まだ決めていない。正確に言うと一人の名前は決めているが、もう一人はまだだ。より正確に言うと名前を決めてはいるものの、字を決めていない。

 

「ビールがなくなったな」

 

 父親になる予定の男は、席から立って冷蔵庫に向かった。子供の名前についての話を流すように、酒を追加した。

 

 その後は至って普通の同窓会のようになった。稲羽や子供の話題はそれ以上続かず、各々の大学、中学、アルバイトにおける近況などを話し合い、笑い合う。戦いの日々は既に乗り越えられて、今はただ平和と幸福を享受しているだけのように。

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