ペルソナ4 落ち武者の神   作:三尺

58 / 180
実を結ぶ(2011/8/13)

 8月13日の未明、シャドウワーカー稲羽支部は黒塗りのバンに乗って、霧の中を疾走していた。運転しているのは本部から来た有里だ。助手席にいるのは支部長の堂島で、二列ある後部座席の前列にいるのは副支部長の足立と情報担当の尚紀。ここまでは先月と同じだが、今日はこの四人に加えて二人の新人が後列に座っていた。八十神高校二年生の一条と長瀬だ。

 

 猛スピードで後ろへ流れ去る夜の景色を眺めながら、一条は眉間に指を当てて眼鏡の位置を直す。ハーフリムのスクウェア型で、フレームの色は濃い緑だ。つい先ほどジュネスの駐車場に集合した際、堂島から手渡された。言うなれば特殊部隊員の証である。

 

(バスケやって、バイク乗って……次はペルソナか)

 

 期末試験の結果が発表された先月25日、一条はジュネスのフードコートで悠に自分の家庭事情を少し話した。その時はバスケ部をやめる気かと心配されたが、一条にそのつもりはない。もしペルソナに目覚めなかったら、シャドウワーカーに参加しなかったら、やめることも考えたかもしれないが。実家の人間、特に祖母に野蛮だからと反対されて、反抗期でやっていたことに気付いてしまったから。だが今は違う。

 

 何しろバスケ以上に野蛮なことが、これから始まるのだ。しかも部活と違ってやっていること自体も実家に言えるはずのない、秘密の『任務』である。それはまさしく究極の反抗期だ。この面白さに比べれば、バスケのようなささやかな反抗などやめてもやめなくても大差のない、どうでもいい話でしかない。

 

 取り分け面白いのは、ペルソナは一条自身の力であるということだ。祖母や両親と関係ない、ただの『康』の力でもって、実家が知らないところで実家を含めた町全体を守る。これ以上痛快なことがこの世にあろうか?

 

(選ばれた……って言うのかな? ちょっとハズいけど)

 

 人呼んで『怪物と戦う選ばれし者』。なるほど恥ずかしい。人が言うのを聞くだけでも恥ずかしいし、自分の口からはとても言えない。だが事実として、一条は超能力に目覚めた。恥ずかしく感じつつも、興奮してしまうのも仕方がない。と言うより、当然だ。

 

 世にも稀なる力を手に入れ、しかもそれを振るう舞台まで用意されていて、おまけに同じ力を持つ仲間までいる。これでどうして健全なる青少年がワクワクせずにいられようか。良家の教育を受けてきたとはいえ決して大人しくはない一条が、超能力を迷惑に思うだろうか。悠や陽介がテレビの中の霧に楽しみを見出したように、一条が現実の霧に楽しみを見出したところで何の不思議があるだろうか。

 

 緩みそうな頬を懸命に抑えていると、助手席の堂島が振り返ってきた。

 

「小西、状況は?」

 

「正面玄関前のロータリーにシャドウが集まっています。泥の奴が四匹。アルカナは隠者、耐性は特にありません。外に出ている人はいません」

 

「よし、間もなく現場に到着する! 皆、油断するな!」

 

 一条は自分の胸に左手を当てた。制服の上着の下に仕込んである、召喚器と武器の感触を手で感じる。すると氷を操るペルソナが心の中で身動ぎを始めた。逸る気持ちを抑えるように、逸ることそれ自体を楽しむように、一条は左手の中に凝る力に実感を抱いていた。

 

「はい! やってやりますよ!」

 

「……」

 

 気合を入れる一条の隣で、長瀬は比較的静かにしていた。しかし勇み立つ親友に呆れるようなことはしない。ただ眉間に指を当てて眼鏡の位置を直す。黒のオーバルレンズがはめ込まれたサングラスである。メタル製のフレームの色はくすんだ赤だ。

 

(ま、こういうのも悪くねえか)

 

 一条は家庭に由来する悩みを抱えていることを、付き合いの古い長瀬は知っている。その一方で、家庭とは関係ないものの長瀬にも悩みはある。健全なる青少年なら誰でもあるように。そして悩みがあることそれ自体が、長瀬を後押しする。

 

 自分に超能力があると聞いた時は、もちろん驚いた。試験の成績は芳しくないが、だからと言ってマンガみたいな力が実在するなどと聞かされて、そのまま信じるほど寝ぼけてはいない。だがこれも現実だ。現実だから力の実感がある。

 

 ペルソナは久しぶりに得た実感だった。昨年頃からサッカーに身が入らなくなり、何事も投げ遣りになってしまっていたのだ。長瀬自身も自分の近況は良くないと自覚していた。自覚しつつも何もしてこなかった。そんな軽い無気力症状態の日常にあって、降って湧いたように非日常へ招待されたのだ。行き場を失くして冷めていた心も熱くなるというもの。小学生以来の腐れ縁と一緒に化物退治というのも、悪くないと感じていた。

 

 一条に倣うように、長瀬も自分の胸に右手を当てた。ゆったりした作りのジャージ越しに、左の脇に仕込んだ召喚器の重さを感じる。炎を操るペルソナが発する熱を、手で握る。そして左の肩にかけた細長い袋のストラップを左手で握る。

 

「押忍! 俺もやるっすよ!」

 

「停車します! 全員降りてください!」

 

 現場指揮官兼アドバイザー兼運転手の有里の宣言で、今日の作戦が始まった。場所は稲羽市立病院だ。

 

「よっしゃあ!」

 

 一条と長瀬は揃って車から飛び降りた。強固な意志、不屈の精神を象徴する剛毅のアルカナを持つ二人は、近頃は自分を見失っていた。だが目の前に現れた新たなステージに立って、本来の意志の力を取り戻した。遊びであれ仕事であれ、何かを見つけた人間は蘇る。そこへ──

 

「お前ら、浮足立ってんなよ! 遊びじゃねえっつったろうが!」

 

 初舞台を踏んだ高校生たちに、鬼刑事が雷を落とした。

 

「はい!」

 

「分かってますって!」

 

 しかし効果は今一つだった。普段は高校生など震え上がらせられる、得意の雷は手応えが乏しい。

 

「ったく、しょうがねえな……」

 

 勇み立つ新人たちの姿に、堂島はぼやいた。先月は尚紀に戒めを与えたように、堂島は今日も集合した際に一条と長瀬に同じことを言ったのだ。これは遊びではないと。その場では二人とも殊勝に頷いていたが、いざ本番となった今はかなり浮かれている。稲羽支部の責任者の目にはそれが見える。もっともある程度はやむを得ない。何と言っても、二人は若いのだから──

 

 堂島は『取り敢えず』そう考える。

 

 もし堂島がペルソナ使いでなかったら、つまりシャドウ対策を現場で実践する者でなかったら、浮かれる若者に落とすのは雷だけでは済まさなかっただろう。先月甥にやったように、拳の一つも振るったかもしれない。もしくは遊び気分を咎める以前に、そもそも高校生を特殊部隊に加入させるなど言語道断とシャドウワーカー本部に強い態度で臨んだかもしれない。しかし人は立場が変われば考え方や行動も変わる。

 

 シャドウ対策は年齢や職業を理由として、人を選んではいられない──

 

 本部の、もっと言えば有里のこの主張にも一理はあるのだ。道義的な問題を抱える組織に対して、外野は非難するだけでも良いが、中に入れば違う思いも生じる。人は自ら手を動かしてしまうと、動かさずにいた時の思想や認識は不変ではいられなくなる。原理や原則だけでは人は生きていけない。当事者であればなおさらだ。

 

(あいつらから目を離すわけにはいかんな……)

 

 堂島の思いは単純ではない。警察官として、秘密組織の支部長として、娘と甥を守る父親として。ないがしろにできない様々なものによって、板挟みの立場に置かれてしまっている。しがらみの多い大人は、時には物事を割り切る冷徹さが要求される。先月に尚紀の加入を認めてから、堂島は高校生を使うことを割り切った。そんな堂島ができることと言えば、若い新入りたちに気を配るくらいだ。

 

 そんなことを思いながら、堂島も車から降りて霧の中に身を置いた。

 

「エビス、出てこい!」

 

 実戦の舞台に立った一条は制服の上着に左手を差し込み、ホルスターに収めた召喚器を素早く引き抜く。そして自分のこめかみを迷わず撃ち抜き、ガラスが割れる音を響かせる。すると細身のペルソナが頭上に顕現した。服は着流しで、腰帯に魚籠らしき小さな籠をくくりつけている。手には釣竿、ではなく鞭を持っているが、間合いが遠い敵に叩き付けるには不向きな短さだ。乗馬用の鞭のようなもので、肘から手首まで程度の長さしかない。これの使い方は──

 

「やれ!」

 

 エビスは一条の頭上から動かずに、短い鞭をその場で泥のシャドウに向けてかざした。すると泥に霜が降りた。アルカナに応じた形を取っていないシャドウは、まさに泥濘と言うべき姿で、踏めば足が沈んでしまいそうな軟らかさだ。それに白い粒が無数にまとわりついて、周囲の霧ごと凝固した。凍りついたのだ。

 

 ペルソナによる氷結の魔法である。一条が得意とする力で、シャドウワーカーの隊長と同じ力でもある。無論、新人と隊長では威力は比べるべくもないが、一条の先制攻撃は効いた。シャドウは氷漬けにされ、動きを封じられている。

 

「いいぞ一条!」

 

 親友が作った好機を逃さず、長瀬もジャージに右手を差し込んで召喚器を抜いて自分のこめかみを撃つ。一条と同じくらい素早く、スムーズな動きである。

 

「コトシロヌシ!」

 

 顕現したペルソナは、エビスとは対照的な姿だった。服は同じ着流しだが、体格は全く違う。見るからに肉体的な力に溢れた、逞しい青年の姿である。ただし堂島のタヂカラオほど極端な筋肉の重装備をまとってはいない。人間でも日頃から鍛練を積んでいれば、これくらいにはなるだろうという程度で、均整の取れた格闘家を連想させる体だ。

 

「ぶっ潰せ!」

 

 ペルソナはひと抱えほどの大きさがある、黒光りする籠を右手にぶら下げている。使用者の掛け声に応じてペルソナはシャドウに吶喊する。そして鉄製と思しき籠を両手で抱え、凍りついた標的に向けて叩き付けた。身動きできない状態で渾身の一撃を受けたシャドウは、為す術もなく消滅した。ひと仕事を終えたペルソナも消えた。

 

「まだだぜ!」

 

 長瀬は更に召喚器を撃つ。コトシロヌシが再び顕現し、籠を構えた。今度は叩きつけるのではなく、籠の口を敵に向けてかざす。すると籠の中から炎が湧いて出た。ただしそれは焼き尽くす猛火とまでは言えない。器の大きさの割に、随分と小さな炎の弾丸が発射された。

 

「よし、もう一丁!」

 

 二匹目のシャドウは炎を浴びているものの、消滅はしない。しかし敵が反撃を始める前に、一条が再び動いた。右手を上着に差し込んで、小さく束ねられた紐を取り出した。その一端を召喚器のグリップと合わせて左手で持ち、一振りして解く。紐の長さは四メートルほどもあり、先端には小さな分銅がついている。紐の中ほどを右手で持って分銅を振り回す。

 

 これが一条が選んだ武器である鎖分銅、中国風に言うと流星錘だ。どこぞのカンフー映画好きの少女なら、泣いて喜びそうな代物である。これは偶然か、それとも狙って選択したのか──

 

「やっ!」

 

 一条の右手が閃くや、紐で繋がれた分銅はシャドウに向けて目にも止まらぬ速度で飛翔する。紐や鎖を介した武器は、上手に使えば人間の視力を超える速度で振り回せる。それだけに熟練を要するが、一条は基本的な技は身に付けている。先月の終わりにペルソナ召喚に成功した後、ポートアイランドで数日かけて流星錘の練習をして、それだけで実戦で使えるレベルまで来た。

 

 ペルソナは使用者自身の身体能力に影響を与える。例えば堂島は膂力と耐久力が向上し、足立は全般的だが精密動作性が取り分け向上する。ただしその影響が及ぶ範囲は、基本的にはフィジカルなものに限られる。武道や格闘技のテクニックまで身に付くわけではない。だがエビスが一条にもたらした恩恵は、手先の微妙な力加減を正確に行う能力、要は器用さだった。つまりペルソナの力と武器の特性は一致していたのだ。

 

 ただしその分、殺傷力に繋がる恩恵は少ない。泥のシャドウは小さな炎と分銅を受けても、まだ消滅しない。それどころか立ち上がり、人間たちを見下ろすような姿になった。

 

「んじゃ、俺も武器使うか」

 

 長瀬は肩に担いだ袋から、長さが六十センチほどの棒をいくつか取り出した。いや、いくつかと言うには少し違う。三本の棒が紐で繋がれている。長瀬が選んだ武器、三節棍である。またもカンフーめいた代物だが──

 

「よっと!」

 

 紐は一番端の棒からも伸びていて、長瀬はそれを引っ張った。すると三本の棒は全て繋がり、一本の棍になった。三節棍は映画などでは人気の武器だが、実際に使うのは極めて難しい。一条ならそこそこ使えるかもしれないが、コトシロヌシから器用さの恩恵は受けられなかった長瀬には扱いきれない。そこで関節部分を継ぎ合わせて、一本の棍として使うことにしたのだ。

 

 それなら初めから普通の六尺棒を使えば良さそうなものだが、一条への付き合いと言うか対抗意識と言うか、とにかくそういうもので長瀬も中国風の武器を選んだ。三節棍は分解すれば携帯しやすくなり、隠匿性が上がるメリットがあることも選択の理由になっていた。

 

「どりゃあ!」

 

 長瀬は棍を振りかざし、立ち上がった泥のシャドウに向けて横薙ぎに叩き付けた。運動といえばサッカーしか知らない長瀬は武道を習っていない。だから振り方は素人の域を出ていないが、込められた力と速さは十分だった。

 

「なかなかやるね」

 

 戦列の後ろから見ていた有里が感心するほどに。

 

 一条は魔力に、長瀬は膂力に優れている。一見すると能力が対照的な二人だが、敏捷性においては共通している。速度に特化したペルソナ使いには及ばないものの、二人ともかなり素早い。実戦において速度は重要な要素の一つだ。打撃や魔法はいくら優れていても、耐性を持つシャドウが相手だと役に立たない。しかし素早い動きで翻弄したり敵の攻撃を回避したりするのは、どんな相手だろうと有効である。

 

 そしてこの二人は単に素早いだけではない。一人が先制して、もう一人がとどめを刺す。一手で終わらなければ二の手、三の手を交互に連携して繰り出している。それは言うほど容易いことではない。瞬時の判断力と反射神経が要求されるが、一条と長瀬にはそれが備わっている。

 

 しかし敵シャドウはまだいる。新人たちの連続攻撃を免れた二体の泥は、地面から浮き上がって球形を成した。アルカナに応じた形を取る前触れである。

 

「何だありゃ? 魔法使い……いや、幽霊か?」

 

 長瀬が呟いた通り、今日のシャドウはファンタジー系のゲームや小説に出てきそうな『いかにも』な姿だった。黒いフードで顔を隠して黒いローブを身にまとい、やはり黒い裾から覗く足は枯れ枝のように細い。筋肉の一片もなさそうなその足は地面に触れていない。空中に浮いている。魔法使いと言うべきか、それとも幽霊か。どちらにしても古典的だ。

 

「そいつは光に弱いですが……それより! 火炎と氷結を使います!」

 

 戦列の最後尾にいる尚紀が前線の二人に警告した。大半のシャドウは何らかの弱点を抱えており、根源を同じくするペルソナも同様である。その点、一条は火炎に弱く、長瀬は氷結に弱い。この新手のシャドウを相手にするには、下手にやるとただでは済まない。

 

 ──

 

 尚紀が叫んだ直後、二体の魔法使いのシャドウは力を示した。ペルソナと根源を同じくする力でもって、枯れ枝の掌から猛火と吹雪を放ってきた。狙いは新人二人だ。だが当たる直前に二人は互いの位置を入れ替えた。

 

「つめてーの……」

 

「あっちーな、この野郎!」

 

 一条が氷結を受け、長瀬が火炎を受けた。攻撃をまともに食らいながら、二人とも余裕がある。受けた魔法が逆だったら余裕などなくなるところだったのだが、二人は各々自分に備わった耐性で互いを庇い合うという、高度な連携をアドリブでやってのけた。結果的にシャドウの魔法は、温度調整を間違えたシャワーを浴びた程度の被害しか与えていない。二人ともデビュー戦でありながら、言葉を交わさなくても意思の疎通ができる域に達している。その様子を見て、有里は思う。

 

(美鶴は気に留めておけと言っていたが……この二人、確かに何かあるな)

 

 同じアルカナに同時に目覚めるという、過去の戦いではなかったケースのペルソナ使いたち。幼い頃からの親友である以上の、不思議な繋がりを感じさせる二人である。チームスポーツでは個々の能力以上に連携がものを言うように、この二人は揃うと足し算以上の力を発揮するようだ。

 

(これは案外、いい拾い物だったかも?)

 

 そうやって考え事をする有里が黙っていると、堂島が叫んだ。

 

「一条と長瀬は一旦下がれ! 足立!」

 

「うっす! よーし、僕も負けてらんないね!」

 

 新人に代わって株の古い方が前に出た。この場を指揮する権限は有里が持っているが、堂島の指示で戦列の交代が行われた。

 

「……」

 

 だが有里はそれについて何も言わない。黙って見ているうちに、足立は左右の手をスーツに同時に差し込み、右手で実銃を、左手で召喚器を同時に抜いた。器用なことをするものである。

 

 ──

 

 一条と長瀬は素早いが、足立も二人と同じかそれ以上に素早い。右手の銃の狙いを瞬時に定めて、魔法使いのシャドウを一発で撃ち殺した。そして間を置かずに左手の召喚器がガラスを割る。

 

「マガツ!」

 

 顕現したマガツイザナギは、これまた風の速さで動いた。空を駆けるようにもう一体のシャドウに肉薄し、突撃の勢いそのままに矛を突き立てた。細すぎる体躯のシャドウは紙細工さながらに背中まで貫かれ、悲鳴を上げる間もなく消滅した。

 

「足立さん、速い……しかも強い」

 

 一条が感嘆の声を上げた。事実、足立は強い。素早いだけでなく膂力もある。かくして最初のシャドウの群れは、全て滅ぼされた。しかし霧はまだ晴れていない。

 

「新手が出ました!」

 

 かつて特別課外活動部が戦いの舞台としていたタルタロスでは、シャドウは無尽蔵に現れた。しかし雲霞の如き大群が一度に押し寄せてくるようなことは、めったになかった。普通は数匹、多くても十匹程度のグループで襲ってくるのがいつものパターンで、霧の稲羽もその点は同じである。病院の玄関前の広場にたむろしていた群れを倒すと、今度は通りの側からやって来た。

 

 尚紀の警告で全員が振り返ると、三体の泥は各々浮遊してアルカナの形を取り始めた。

 

「あれは……打撃が効かないタイプです!」

 

 現れたのは老人の顔のシャドウだ。老人の姿ではない。顔だけが宙に浮いているのだ。顔の下にあるべき体の代わりに、眼球らしき球体が浮遊している。顔についた目の穴からは血の涙を流している。外見からすると、打撃が通じなさそうな要素は見えない。しかし尚紀が言うからには、そうなのである。シャドウの特性は見た目で判断できるものもいるが、できないものも多い。

 

「そう、だったら……」

 

 解析結果を聞いた足立は、再び召喚器をこめかみに当てた。魔法を撃つべく力の形象化を始める。ただし落雷や竜巻のような自然現象から着想を得るものではない。イメージするのは光だ。純粋な光を思い描いて、引き金を絞る。

 

「ぶっ飛べ!」

 

 血に塗れたペルソナは両腕を広げ、激しく吠えた。耳をつんざく叫び声に応えて、紫色の光球が中空に出現した。光の球は瞬時に膨れ上がり、霧ごと吹き飛ばさんばかりの勢いで炸裂した。

 

 それは名もなく形もない混沌から生まれた、原初の光。或いは逆に、名も形もあるものを混沌へ還す、滅びの光。誰であろうと滅ぼせる、どんな怪物も防げない万能の力だ。

 

「すっげえ……格が違えってか」

 

「確かに……」

 

 長瀬はサングラスの小さなレンズからはみ出さんばかりに、目を大きく見開いた。足立の戦いぶりを以前から見ている尚紀も、新手の三体をまとめて吹き飛ばした破壊力に、ただ感嘆した。そして有里も感慨を抱く。

 

(足立さん、もう万能魔法を覚えたのか)

 

 足立は元々電撃と疾風を操れる。新加入の一条は氷結、長瀬は火炎を使える。大半のシャドウがいずれかを弱点とする、四つの属性は既に揃っている。そして今、いかなる敵も問答無用で薙ぎ払う万能魔法を、稲羽支部は手に入れたわけである。攻撃の種類においては、もはや支部に隙はないと言ってよい。しかしまだ万全ではない。

 

(こうなると、次はやっぱり回復役が欲しいところだな。足立さんがワイルドに目覚めてくれれば、一番手っ取り早いが……)

 

 稲羽支部がチームとして完成するには、決して欠かせないピースがまだ一つ足りない。どうにかしてそれを得られないか、有里は戦いの最中にも考えを巡らせる。

 

「くっ……! ぶはっ!」

 

 しかし考えは中断させられた。足立は腰を曲げて両膝に手を置き、肺の空気を苦しげに吐き出した。まるで陸上の短距離トラックを全力でダッシュしたような風情である。

 

(無理したか)

 

 稲羽支部に足りないものはまだあった。実戦経験の量だ。足立は潜在能力が高く、成長も速い。本部のペルソナ使いの水準に達するのも、そう遠い日のことではないだろう。しかし戦いの勘や場慣れという点では、まだまだである。

 

 万能魔法は威力こそ大きいものの、その分消耗が激しい。有里くらいになれば連発もできるが、足立はまだ無理だ。しかも敵の強さからすると、今の光には明らかに過大な力が込められていた。あの局面では雷を落とすか竜巻を仕掛けるべきだった。大技を無駄撃ちした足立は、息切れを起こしてしまった。数分も休めば立ち直るだろうが。

 

「足立! 調子乗りすぎだ、馬鹿野郎が……」

 

 相棒の様に堂島がぼやく。足立は戦力では相棒よりずっと勝っているが、それでも堂島から見れば危なっかしい限りである。

 

「俺が出る。お前たちは後からついて来い」

 

 堂島は警棒を構え、強い口調で新入りに言い渡す。

 

「何度も言うようだが、こいつは遊びじゃねえ。バスケやサッカーとは違うってこと、忘れんな!」

 

「はい!」

 

「うっす!」

 

 5月の初めに堂島と足立の二人で結成した稲羽支部は、当初と比べて人員が倍以上に増えた。その分だけ戦術の幅が広がり、戦列の交代も可能になった。新たなペルソナ使いのチームは、入れ替わり立ち替わり戦っていく。

 

 

 稲羽市立病院の戦闘は正面玄関前のロータリー広場で始まり、しばらくその場から動かなかった。迷宮を探索していた特別課外活動部と違って、稲羽支部の目的は出現したシャドウを殲滅することだ。だからシャドウが自分たちを狙って襲ってくるのであれば、むしろ都合が良い。その場から動く必要がない為、適切なフォーメーションを組んで、待ち構えて叩きのめすのみで済む。いわば受け身の姿勢でいるわけだが、戦術の一つとしては有効である。走り回る必要もないので、体力的には余裕が出てくる。

 

 しかし戦場の局面は時々刻々と変わっていく。そして変わる要因は、シャドウだけとは限らない。

 

「誰かが外に出ようとしています!」

 

「何!?」

 

 この日何度目かの尚紀の警告に、堂島が強く反応した。霧の夜に外に出る人間とは、シャドウに誘われた者たちだ。4月は堂島、6月は尚紀、7月は一条がシャドウに誘われた。そしてやはりと言うか、今日も誰かが誘われたのだ。

 

(また新人が発掘されたか)

 

 有里は病院の建物に視線を送った。正面玄関として使われているガラス製の大きな自動ドアの向こうに、確かに一人の人間がいる。病院のロビーは電気がほとんど消されているので、外から顔は見えない。

 

「おい、来るな! こっちは危険だ!」

 

 堂島が自動ドアの前まで駆け、大声と身振りで制止する。だがシャドウに呼ばれた被害者の耳には届いていないようだ。ふらふらと体を揺らしながら、覚束ない足取りで扉の前まで辿り着き、ガラスに手を当てるが──

 

「む、そうか……」

 

 今は真夜中だ。自動ドアはとうにロックされている。建物の中にいる人影は、ガラスを両手で押したり引いたりして開けようとするが、機械仕掛けの扉はびくともしない。やがて人影は俯いて、諦めたようにロビーから去った。しかし──

 

「これは……建物の脇に通用口があるみたいです! 今の人、そこから出ようとしています!」

 

 尚紀が再び警告した。ここは民家ではなく病院だ。出入口は正面以外にいくつもある。

 

「皆、そっちへ回るぞ!」

 

「……」

 

 稲羽支部の長である堂島が再び皆に指示を出した。有里は本部の副隊長として堂島より頭一つ上の地位にいるのだが、堂島が指示することに何も言わない。実戦で指揮担当者は不可欠だし、稲羽支部の現場リーダーには堂島が最も相応しい。支部長としての立場、決断力や統率力などの本人の適性、ついでに年齢を考えれば当然の人選である。足立は実力こそ際立っているものの、指揮官の柄ではない。

 

 シャドウワーカーの隊規では、支部の作戦に本部の人員が参加する場合、本部の人員が指揮を取るのが原則だ。しかし現場判断により支部の人員が指揮するのも可としている。有里は今日の作戦に際して、堂島に指揮権を譲ると明言はしていない。しかし堂島に経験を積ませる目的で、余程のことがない限りは口出ししないことにした。

 

 戦場は建物の側面にある駐車場の一角に移った。建物の反対側の隅には喫煙所と自動販売機がある。シャドウはそこから湧き出てきた。そして建物の側には、職員向けの通用口と思しき一枚の扉がある。

 

「もう扉の前まで来ています!」

 

「一条、そいつを止めるんだ! 外に出させるな!」

 

「はい!」

 

「……」

 

 一条が扉に向けて走る姿を見ながら、有里は沈黙を続ける。誘われた被害者を敢えて外に出させる手もあるのだ。そうした方が、ペルソナに目覚める可能性が上がるかもしれないから。しかしここで『放っておけ』と言うのも都合が悪い。稲羽支部に人手は欲しいが、堂島に不信感を抱かれすぎては本末転倒だ。それにシャドウに呼ばれた時点で、既に適性を得ている可能性もある。

 

(声だけ聞いたケースは……昔だと、タルタロスに迷い込んだ失踪者がそれに当たるな。一回目の森山なんかはエントランス止まりだった。あいつはペルソナ使いにはならなかったが、詳しく調べていれば実は……ってのも、ないとは言えないな)

 

 人がペルソナに目覚める確かな要因は、未だ不明確だ。シャドウに『声』をかけられることは契機にはなるはずだが、それだけで十分なのか不十分なのか。今年と二年前の実例を考えると、どこまで必要でどこから必要でなくなるのか、明確な線引きは難しい。今年と二年前ではそもそも状況に違いがあるし、今年の中だけでも人によって違う可能性もある。稲羽支部でも召喚に成功するまで訓練に要した時間は、各々異なっている。その原因は、家庭問題の深刻さや本人の性格などにあるかもしれないが、とにかく個人差はある。従って声だけ聞いて目覚めるかは、今の時点では断定できない。

 

(取り敢えず今日のところは仕方ないな。夜が明けたら念の為に調査は必要だと言うこともできるし、やりようはあるだろう)

 

 そんなことを考えている間に一条は扉の前まで辿り着き、堂島以下の面々は建物を背にして陣形を組んだ。一条はドアノブを両手で抑え、扉が開くのを防ぐ。

 

「出ちゃ駄目だ! そこにいて!」

 

 ドアの機構がガチャガチャと音を発する合間に、一条は声もかける。すると返事があった。

 

「……」

 

「え?」

 

 しかし聞き取れなかった。

 

 この時、堂島は一つのミスをした。呼ばれた人を外に出させないようにするなら、一条一人にやらせるべきではなかった。長瀬にも協力させるべきだったのだ。湧き出るシャドウを狩る為の人手なら、今日は有里という巨大戦力がいるのだから、有里にも指示して存分に戦わせ、新人二人は被害者を押さえるのに回せばよかったのだ。それをしなかった為に──

 

「うわっ!」

 

 聞き取れない返事に気を取られた隙に、ドアノブに強い力が込められた。エビスから膂力の恩恵はあまり受けていない一条の力では、止めきれなかった。通用口のドアは開けられ、一条は勢いをつけられた扉板に弾かれて転んでしまった。霧は病院の建物に流入し、被害者の視界を黒から白へと染めていく──

 

「一条! え……小沢!?」

 

 親友を助けるべく振り返った長瀬が叫んだ。霧に触れた被害者からは、ペルソナ使いたちの顔は見えていないだろうが、眼鏡をしている者たちには見える。駐車場の電灯と病院廊下の僅かな灯りだけでも、近づけば相手の顔くらい判別できる。まして先月まで学校の教室で毎日見ていた顔ならば、一見してそれと分かる。

 

「何だ、また知り合いか!?」

 

「俺と同じクラスの小沢です!」

 

 現れたのは背の高い少女だった。八十神高校の二年三組に在籍し、長瀬とはクラスメイトの小沢結実である。

 

「ったく、どうなってやがる……!」

 

 堂島は歯噛みした。またしても八十神高校の生徒だ。尚紀に始まり、次いで一条と長瀬が覚醒し、そこへもう一人追加である。同じ高校の生徒ばかり、これで四人目。影人間になった綾音とあいも含めれば六人、死んだ早紀も含めれば七人もの生徒がシャドウやペルソナに関わったことになる。異様なまでの多さである。

 

 これはただの偶然か、それとも違うのか。甥も通っているあの高校は呪われているのか──

 

 堂島はこの場にいない甥を案じる気持ちから、そんなことを考えてしまった。それがこの日、二つ目のミスだった。

 

「堂島さん、危ない!」

 

 尚紀が叫んだが、間に合わなかった。

 

「うぐっ……!」

 

 呪い云々に気を取られている間に、堂島は不意打ちを受けてしまった。見てみれば、老人のシャドウが建物の壁際で杖をかかげていた。老人と言っても、先ほど正面玄関前で戦った首だけのものではない。古典的な時代劇に登場しそうな、いわゆる『ご隠居』めいた姿のシャドウである。杖から放たれた魔法は疾風だ。空気の塊が鉄槌となって堂島を襲い、膝をつかせた。

 

「ちっ、マガツ!」

 

 すかさず足立がマガツイザナギを召喚して、隠居のシャドウを斬り伏せる。そして相棒のもとへ駆け寄った。

 

「有里さん、手当てを!」

 

 堂島はスーツの背中が裂け、露わになった肌には血が滲んでいる。致命傷ではないが、放っておいてよいほど浅い傷でもない。足立は即時の手当てが必要と判断し、攻撃から回復まで何でもできる便利なワイルドを呼んだ。

 

「今行きます!」

 

 この時、全員が堂島に注目していた。手当てをすべく近づく有里も、相棒を案じる足立も。尚紀と一条と長瀬も、保護すべき被害者から目を離してしまっていた。そして当の被害者自身も堂島を見ていた。

 

「お父さん……」

 

 全員から目を離された結実は、一人呟いた。もちろん堂島は結実の父親ではない。だが連想させるには十分だ。病院という場所、苦しげな声、そして霧。眼鏡をしていない結実の目には、朧な人影くらいしか見えない。だが見えないことそれ自体が、一つの後押しとなる。崖へ向けて歩みを進めるタロットの愚者を、後押しする盲目的な何かだ。

 

 結実は愚者ではないが、関わりは深い。そういう宿命を負っている。両親に付けられた名前のような、本人も知らぬ間に背負わされたその宿命が、実を結んだ──

 

「ああ……」

 

「小沢さん? ……これは!」

 

 鋭敏な尚紀が最初に気付いた。振り返れば、結実は両手で頭を抱えている。秀でた額を掌で覆い、細い指先は短い髪の間に入れられている。その手に強い力が込められた。爪が頭皮に立てられて、血が滲むかというその瞬間──

 

「ああああ!」

 

 ──

 

 ガラスが割れる音が霧の中に響き渡った。

 

「うっわ! 出やがった!」

 

 叫んだのは長瀬だ。そして長瀬だけでなく、膝をついた堂島も含めた全員が結実に注目した。眼鏡を通した視界には、それまでいなかった存在がはっきりと映っている。背筋を真っ直ぐ伸ばした堂々たる佇まいの、一人の女のビジョンだ。服は振袖で、金銀で波打つ模様が描かれた豪華なものだ。顔を覆う仮面は鮮やかな赤色で、刃物で線を引いたような細い目と鼻が、怜悧な印象を与えてくる。ペルソナだ。

 

 召喚器も使わず訓練さえ受けないまま、いきなりペルソナを召喚する。珍しい事態だが、皆無ではない。稲羽支部では足立がそうだし、特別課外活動部ではコロマルが該当する。もっとも足立の場合だと、目覚めた要因は結実やコロマルとは異なっているが、それはまた別の話──

 

「うわああ!」

 

 最も新しいペルソナ使いの叫びに応えて、女のペルソナは手を巡らせた。その手を追って、着物の袖が一拍遅れて振られる。足元まで届く長い袖には、金糸で刺繍したような模様が描かれている。それが表しているものは光線を放つ太陽か。もしくは手に持ったカンテラか。何であるにせよ、光を象徴する模様から金色の光が放たれた。何かの攻撃かと、男たちは身構えるが──

 

「傷が……」

 

 ペルソナの放った光は、男たちを傷つけなかった。逆に乾いた砂に水が浸透するように、痛みを遠ざけた。堂島が背中に負った傷も、有里が手当てする前に塞いでしまった。跡さえ残さず、服も一緒に。だがそれだけでは事は済まない。

 

「お父さん! お父さん!」

 

 結実はなおも叫び続けている。依然として両手で顔を覆い、熱病に罹ったように体をがたがたと震わせている。その度に頭上のペルソナは袖を振り、治癒の光を周囲に散布する。負傷者がいなくなっても、構わず光の恵みを与え続ける。

 

「おい小沢! 落ち着けって!」

 

 取り乱す少女を、長瀬が制止に入った。肩を掴んで取り押さえるべく、棍を持たない左手を伸ばすが、どことなく遠慮がちだ。

 

「わあああ!」

 

 結実は近づいてきたクラスメイトの手を振り払った。特に力を込めていなかったとはいえ、コトシロヌシの恩恵を受けている長瀬の手を、ペルソナではない生身の少女の手が打ち落とした。

 

「いてっ……」

 

 長瀬が呻いても、結実は顔から手を離さない。結実はシャドウの『声』を聞き、元より前後不覚の混乱状態に陥っていたのだ。そこへ影時間に似た霧に触れて、人生初の召喚をしてしまった。しかも何の予備知識もなく、召喚器もなしで。こうなってはもう誰が何を言っても無駄である。こういう局面では──

 

「仕方ありません」

 

 最も場慣れしている有里が動いた。一足飛びに結実の正面に立ち、左手で少女の右手首を取る。長瀬と違って、遠慮や躊躇はそこにない。すると結実は弾かれたように顔を上げ、視線が有里と出会った。

 

 目覚めたばかりの少女と、百戦錬磨の男。電灯に照らされた結実の目には、すがるような色が伺える。それは親しい人を失った嘆きだ。とうに昔に失っていて、やっと戻ってきたと思ったら、また失ってしまった者。心の何かを打ち砕かれて、それに代わる支えを求める者の目──

 

 しかしそんな目に、有里は構わない。右手を振り上げて首筋に手刀を落とした。もちろん加減はしているが、細身の女子高生には効いた。

 

「あっ……」

 

 少女は男の腕の中に崩れ落ちた。有里は武道や格闘技を本格的に習ったことはないが、数えきれない実戦の経験によって、人を制圧する技も少しは身に付けている。当て身一つで結実を取り押さえた。

 

「有里さん!」

 

 堂島が声を上げた。背中の傷はすっかり癒えて、立ち上がって叫ぶ。その声色には、咎めるような響きがある。

 

「大丈夫です。気を失わせただけです」

 

 対する有里は平静を崩さずに振り返った。結実は抱えたままである。

 

「ペルソナの軽い暴走状態です」

 

 ペルソナは安定して使えれば大きな戦力になる。しかし常に使用者の意のままに動くとは限らない。暴走したペルソナは使用者自身に危害を加えることもあるし、最悪の場合は、目に映るもの全てを皆殺しにするまで止まらないこともある。

 

「治癒の力なのが幸いでしたね。火や雷をまき散らされたら大変でした」

 

 有里は簡単に説明しつつ、依然として平静を崩さない。そうしていると、やがて誰もが張り詰めた体からガスを抜くように息を漏らし始めた。予期せぬ事態の連続で浮足立った人々も、誰かが冷静に振る舞うと、伝染するように落ち着くことがある。

 

「はあ……それでこの女の子、君らの知り合いなの?」

 

「はい、俺とはクラスメイトです」

 

 足立の確認に、長瀬が答えた。

 

「有里さん、小沢もペルソナ使いになったんですか?」

 

「間違いないね」

 

 一条の確認に、有里は頷く。

 

「ええ。さっき暴走気味に召喚された時に、少しですけどペルソナの解析ができました」

 

 今度は尚紀だ。

 

「アルカナは隠者で、能力はやった通り回復ですね。ひょっとしたら補助もできるかもしれません。味方を強化したり、敵を弱くしたりする奴です」

 

「なるほど」

 

 有里は再び頷いた。内心で何を考えているにせよ、表には出さないまま頷いた。

 

 稲羽支部のメンバーは五人だ。頭数は揃いつつあるが、チームとしての問題が一つあった。回復の能力を持つ者がいないことだ。だからこれまでは負傷者が出ると、ワイルドである有里が手当てするしかなかった。言い方を変えると、支部の作戦に有里が参加しないわけにはいかなかった。だが今日、足りない分を補うことが可能になったわけである。

 

 

 なお、4月以来六度目の霧は、この後しばらくして晴れた。有里たちは結実をそのまま病院の建物に運び込んで、入院の手続きをした。その際に、結実が夜中の病院にいた事情を聞いた。昨晩から父親が危篤になっていたのだ。息を引き取ったのは、ちょうど稲羽支部が戦闘を開始した頃だったらしい。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。