ペルソナ4 落ち武者の神   作:三尺

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風化する記憶(2011/9/2)

 楽しく暑い夏休みは終わり、二学期が始まった。季節はまだ真夏日が多いが、夜になれば気温が下がる日も増える。日本に秋が少しずつ広がっていく9月の、二日目の授業を終えた時間。悠は校舎一階の廊下で一人の後輩と遭遇した。

 

「小西」

 

「あ、ども、鳴上さん」

 

 声をかけると、尚紀は普通の反応を示した。初めて会った林間学校やその後に商店街で一悶着あった後輩は、今日は表情や声色に敵意を示していない。

 

「こないだはどうも。楽しかったです」

 

 それどころか礼を言ってきた。

 

 尚紀が言っているのは三日前の花火大会の件だ。あの日は悠がトリプルブッキングをしたせいで、想定外の大人数が一つの場所に集まった。その煽りと言うか余波と言うか、とにかく思いがけず生まれた流れに、尚紀も巻き込まれていたのだ。そして今日、刑死者に象徴される少年は社交辞令的ではあるものの、礼の言葉を口にした。薄いながらも笑顔と共に。

 

 6月23日に『我』の宣告を受けた刑死者のコミュニティは、当初は酷く気まずい雰囲気で始まった。しかし今はなぜか様子が変わっている。この二人は7月にもジュネスで意図せず遭遇したが、あの時は足立がいた為か、尚紀は皮肉っぽくありつつも敵意はなかった。しかし今日は他人の仲介がない中でも、尚紀の態度は柔らかくなっている。なぜそうなっているのか?

 

(時間が解決した……って奴か?)

 

 二人が初めて会ってから二ヶ月半の月日が過ぎている。人間関係は当人同士の行動がもちろん最も重要だが、それだけでは決まらない。時間の影響も受ける。尚紀とは電話番号の交換もしていないので、夏休み中は連絡が取れなかった。結果的に刑死者の絆は、しばらくそっとしておいてしまったわけだが、それがかえって良い方向に働いたのかもしれない。悠はそんなふうに思った。

 

 だが原因が何であれ、今日は関係を改善する好機である。面倒くさがりを返上した悠は、そっとしておいた分を取り返そうと行動を開始した。

 

「今日は暇か? 飯でも食っていかないか?」

 

「いいですよ」

 

 まず一歩踏み込んでみると、あっさりと了承を得た。こうなると、次のステップは話を具体的に進めることだ。つまり絆を育む場所の選定である。刑死者のコミュニティは部活や委員会のような決まった場を持たないので、どこに行くかは自分で決めなければならない。

 

「愛家でいいか?」

 

 八十神高校の生徒に人気の中華料理屋は商店街にあり、尚紀の実家のコニシ酒店のすぐ傍だ。悠は現実の酒屋に行ったことはないが、場所は知っている。近場の方が良いだろうと思って、こう言ったのだが──

 

「いえ……ジュネスに行きません? 買い物したいんで」

 

 尚紀の答えは意外なものだった。

 

 

 八十神高校の先輩と後輩の二人組は地域最大の商業施設で買い物をした後、屋上のフードコートに来た。頭上の空は曇り模様だ。

 

「お前、ジュネスによく来るのか?」

 

「よくって程じゃありませんが、たまに」

 

 尚紀が買ったのはスマートフォンの付属品だった。小さな機械をうっかり落としてしまっても壊れたり傷がついたりしないように、本体を保護する防護カバーだ。この種のものは、八十稲羽ではジュネスでしか売っていない。ちなみに購入の際に尚紀はサイズの確認の為に自分のスマホを取り出して、裏面にKJというイニシャルが彫られたそれを、悠も見た。ついでに番号の交換もした。

 

「以前は親や近所の目がうるさかったですけど、最近はもう落ち着きましたから」

 

 ジュネス八十稲羽店が開業してそろそろ一年になる。当初は激しかった地元の反目も、時と共に薄れてくるのがはっきりする頃合いだ。実際のところ、昔ながらの商店街の人々も、普段の買い物をここでする機会は多い。アルバイトをしている者もいる。早紀がここで働いていた頃と比べて、町は変化を続けている。時間の影響を強く受けるのは、個人の人間関係も地域全体も同じである。

 

 悠と尚紀は二人揃って、地元の名産を取り入れたビフテキセットを食べた。肉は妙に硬いが味は悪くない。顎を疲れさせながら頑張って肉の塊を半分ほど胃に収めた頃、悠は話を振り出した。

 

「ところで、今月から白鐘って奴が転入してきただろう」

 

 白鐘直斗という名の少年だ。高校生でありながらなぜか探偵でもある少年と、悠は5月に初めて会った。完二について調査をしていた時だ。その後は7月11日、悠がテレビに出た翌日の特捜会議の最中に、ここフードコートに姿を現した。そして直近は昨日だ。

 

「そうみたいですね。少年探偵……でしたっけ?」

 

「あまり知らないか?」

 

「済みません。クラス違うんで、話とかはしてないです」

 

 尚紀が在籍しているのは一年二組で、りせと同じクラスだ。直斗は一組である。ついでに言うと完二は三組だ。

 

「噂なら少しは聞きますけど……『お高くとまってる』とか何とか、あんまりいいものじゃないみたいですね」

 

 直斗自身の話によると『事件は解決していないから』とのことで、二学期から八十神高校に転入してきたのだ。昨日の登校時に、直斗は特別捜査隊の二年生組と校門前で出会い、先輩と後輩の間柄になったことを告げてきた。警察の協力者でもあるらしいかの少年を、特捜隊は同じ事件を追う者として少し気にかけている。

 

「何かうちの学校、話題がいっぱいですよね」

 

 しかし尚紀は違う。直斗の名前くらいは足立から聞いているが、興味は抱いていない。噂の転校生本人から世間の話題そのものに話を移す。

 

「夏休み前はアイドルの里帰りとかあって、それも大概でしたけど……今度は探偵っすよ? おかげで事件関係はさっぱり話出なくなりましたね」

 

「そうか?」

 

「ええ。春頃は俺の周り、凄いうるさかったですけど、今はもうめっきり。町歩いてても知らない人に声かけられるとか、ほとんどなくなりました」

 

 事件に関して、尚紀が世間と呼ばれるものから声をかけられたのは、7月に足立が縁を切った哀れな煮物の人が最後である。花火大会では完二から話を振られたが、尚紀はここで言う世間、即ち『眼中にないもの』から幼馴染の少年を除いている。一応。

 

「犯人が自首したせいで、一区切りついちゃったって感じですかね?」

 

「事件はまだ終わってないぞ。自首した奴は、先生を殺しただけだ」

 

 花火の時は、悠は結実とりせに挟まれていたので、幼馴染の二人の会話を聞いていない。完二から事後報告も受けていない。だが奇しくも完二が言ったのとほぼ同じ言葉を、悠は口にした。

 

「そりゃそうですよ」

 

 対する尚紀の反応も完二にしたものとほぼ同じだった。薄く笑顔さえ浮かべながら、あっさりと言う。

 

 事実として、7月に自首した犯人、久保美津雄は諸岡を殺しただけで、山野と早紀の死とは無関係だ。その事実はテレビの中で事件を追っている特捜隊だけでなく、世間でも知られている。自首した当初こそ警察は最初の二件も視野に入れて捜査を進めていて、マスコミも久保が全ての犯人であるかのように報道していた。しかし現在の捜査では久保は一人しか殺していないと目されていて、ニュースなどでもそう言われている。

 

 何しろ諸岡の件以外には、久保に繋がる証拠が何もないのだ。あるのは本人の自供だけで、物証は皆無。それらしい動機も見当たらない。それでは立件は困難だ。始めから犯人として仕立て上げるつもりが、警察にあるのでもない限り。

 

 なお、稲羽署と県警による捜査が慎重に進められたのは、上から圧力があってそうなったことは余談である。『上』が具体的に何であるかは、俗に言う『知る必要のないこと』や『知ってはならないこと』に属するものだ。

 

 何にせよ、稲羽市連続誘拐殺人事件は未解決であることは世間でも認識されている。それでいながら、話題からは遠ざかっている。なぜか?

 

「みんなもう事件に飽きちゃったんですね。世の中的に」

 

 人の噂も七十五日という言葉があるように、一つの話題は永続しない。マスコミによる報道も世間の関心も、時が過ぎればどうしても下火になる。この世に未解決事件はいくつもあるが、一定以上昔の事件は世間は顧みなくなるのが普通である。人間の認知資源は有限なのだ。動きがあればまた別だが、動きのない出来事にいつまでも興味を抱き続けてはいられない。

 

 そうした世間の傾向を、人は風化と呼ぶ。

 

 山野と早紀の殺人事件は発生から五ヶ月近くが過ぎた。世間では風化が始まっている。八十稲羽で最も人が集まる場所に被害者遺族がいても、誰も声をかけてこないくらいに。

 

「小西、軽い話じゃないぞ」

 

 しかし気楽そうに話す後輩を、先輩は強い口調で窘めた。ナイフとフォークを皿に置き、相手を真っ直ぐ見つめる。

 

「……」

 

 対する後輩は笑みを消し、やはり相手を真っ直ぐ見る。すると『真実』が腹の中から湧いて出てきた。

 

 しょうがないじゃないですか。姉ちゃんは雷に撃たれて死んだようなもんなんだから──

 

 一瞬、尚紀の喉まで出かかった。しかし唇を噛んで、寸前で踏みとどまった。シャドウワーカーの秘密を部外者に話すわけにはいかないから。他人には決して知られてはならないと、7月に尚紀は足立から釘を刺されてもいる。

 

「分かってます」

 

 尚紀はウーロン茶が入ったグラスを手に取り、中身を喉に流し込んだ。6月にシャドウから助けてもらった、いわば命の恩人にして特殊部隊の上役に当たる刑事を念頭に置きながら、尚紀は小さな苛立ちと共に『真実』を腹の中に隠した。

 

「ところで、話変わりますけど……」

 

 新たな話題が提供されれば、人はそちらに流れていく。殺人事件を忘れようとしている世間において、最も新しい話題と言えば少年探偵である。しかし尚紀は元より噂を追いかける趣味は乏しい。それに加えて、『新しい話題』なら世間は知らない話の種を持っている。だから尚紀は直斗に関して特に興味はないのだ。興味があるのは──

 

「鳴上さんって、小沢さんと付き合ってるんですよね?」

 

 尚紀が属している世界の裏側における新しい話題だ。つまりシャドウワーカー稲羽支部に新加入した結実である。学校では一年先輩に当たる特殊部隊の新人は、眼前の先輩と交際している。花火大会の時に他の多くの者たちと同様、尚紀も二人の関係に気付いたのだ。

 

 尚紀は姉の死に関して、悠に態度を咎められた。そして客観的に見れば、この場合に正しいのは悠だ。しかし尚紀は悠が知らない事情によって、犯人が捕まらない現状にあっても『殺人事件』への関心を失っている。事情とは、早紀を殺したのは人間ではなく、霧の日に町をうろつくシャドウであるということ。よって犯人など、そもそも存在しない。

 

 だがそれを悠に説明することはできない。仮に説明したところで、信じてもらえるとも思えない。しかしやられっ放しでは面白くない。ならば真実を言えない中で、尚紀は自分にできる反撃をしたのだ。そしてこのカウンターパンチは、悠にはかなり効いた。

 

「……あまり言わないでくれると助かる」

 

 今度は先輩が後輩から目を逸らした。手を額に当てて脇を向く。悠は結実と付き合っていることを、口に出しては誰にも言っていない。なぜかと言うと、あいの耳に入るとまずいからだ。もっとも当人がはっきり言わなくても、一部の人々の間ではもはや周知の事実となってしまっているが。学校が再開された今、噂はどこまで広がってしまうのか心配になるくらいである。

 

「はは……分かりました」

 

 尚紀は悠とあいの関係までは知らない。だが交際していることを恥ずかしがって、周囲から隠したがる男女は数多くいる。だから悠の反応に、特に不審を覚えはしなかった。

 

「仲良くしてくださいね?」

 

 噂を広めないでくれと頼む先輩に、後輩は唇の端を持ち上げた笑みを見せた。一見すると皮肉な、だが実は本心からの笑顔を。

 

 本心である。尚紀にとって、悠と結実が良い仲になるのは嬉しいのだ。花火大会で釈然としない思いを抱いていた陽介とは反対に。もし悠が千枝や雪子、またはりせと付き合うようになったら、陽介は喜んだだろう。仲間内で彼氏彼女ができるのは、言うなれば悠を内輪で独占することになるから。二股以上をかけて修羅場になったら問題だが、一人なら我が事のように嬉しく思うだけだ。特捜隊の中間管理職という自分の立場と、コミュニティと呼ばれる絆によって。

 

 そしてその点は尚紀も同様なのである。稲羽支部の仲間である結実と悠が付き合うのは、尚紀には嬉しいのだ。陽介は悠と魔術師の絆で結ばれているように、尚紀には刑死者の絆があるから。今日の尚紀の悠に対する態度が以前から変わったのも、それが原因だ。もっとも本人の性格というものもあるので、尚紀は陽介ほど素直に喜びを表しはしない。

 

「来週から修学旅行ですよね? 夜に部屋抜け出したって別にいいですけど、見つかって停学とかはやめてくださいね」

 

 尚紀の表し方はこうである。初心な先輩をからかう。

 

「そんな馬鹿はしないさ」

 

 ちなみに修学旅行は来週の木曜、8日からだ。悠たち二年生だけでなく、尚紀たち一年生も行く。生徒数の減少と予算の都合から、修学旅行は今年から二年に一度の開催で、一年と二年が合同で行く運びになったのだ。行き先は辰巳ポートアイランドである。

 

「と言うか……お前、小沢と仲良かったのか? 部活や委員会は違うだろう?」

 

「いえ……林間学校で一緒の班になったんですよ。それ以来、一条さんや長瀬さんにも良くしてもらっています」

 

 そうして話が最初から大分ずれたところで、二人の間に割り込む声があった。

 

「あれ、悠?」

 

 陽介だ。相棒の姿を認めると、次いで同席していた相手にも気付いた。

 

「尚紀……来てたのか」

 

「たまには来ますよ」

 

 想い人の弟の訪問に陽介は意外そうな顔をするが、尚紀は平静を崩さない。

 

「別にうちの酒屋とか関係ないし、敵対意識とかもないですから」

 

 これは強がりではなく本音だ。姉の生前や死んだ直後はまた別だったかもしれないが、今の尚紀はジュネスを敵視していない。なぜかと言うと──

 

「つか、敵対したところで勝ち目なんかないんですから」

 

 客観的に見ることができるようになったからだ。

 

「ここって何でもあって、まるで一つの国みたいだとか姉ちゃん言ってましたけど……」

 

「それ、俺も聞いたことあるよ」

 

「もちろん国は言いすぎですけど……手漕ぎのボートと黒船じゃ、勝負になるわけないっすから」

 

 早紀と違って、尚紀はジュネスを『国』とは評さない。そう呼ぶに相応しいものを6月に見ているから。修学旅行で再訪する予定の辰巳ポートアイランドに拠点を置く、桐条グループだ。そして尚紀自身、非公式にではあるが桐条グループと関わりを持っている。だからジュネスを過大に評価はしない。そして客観的になれるので、実家の店とはまるで比較にならないことも認められる。黒船は戦艦には敵わないが、ボートには勝てる。

 

 だがそんな尚紀に、陽介は反論した。

 

「ジュネスだって経営が楽なわけじゃないんだぜ」

 

「そうなんですか?」

 

「この店に限った話じゃねえがな。流通業はどこも厳しいんだ。今の世の中、ネットってもんがあるからな……」

 

 ジュネス八十稲羽店に限った話ではなく、全国展開するジュネス全体の話でもない。日本の流通業は全般的に、長期的には将来を楽観視できる状況にはないのだ。インターネット通販という、かつてない強敵がいるからだ。放っておけばジュネスもいずれ飲み込まれる運命にある。地域経済を大きく変えたジュネスの進出も、視点を変えれば、もっと大きな世の中全体のうねりの中での出来事なのである。

 

「そういうもんですか……」

 

「そういうもんさ」

 

 もちろん陽介自身はアルバイトの身に過ぎないので、店の経営には参与していない。しかし家に帰れば、店長の父親から多少は話を聞かされる。アルバイト仲間のまとめ役めいた立場上、社員がする話も聞こえてくる。それは耳に心地よい話ばかりではない。外からは夢の国のように見えても、中に入れば違うものも見えるのが世の常である。陽介は学校の成績は優秀とは言い難いが、決して愚かではない。だからジュネスの実態が分かる。

 

「知ってるかもしれませんが、姉ちゃん、ここでバイトするようになってから、よく親父と揉めてたんです」

 

「……」

 

 陽介は腕を組み、唇を噛んだ。テレビの中のコニシ酒店でナレーションのように語られた、小西家の一幕を思い出したのだ。陽介はあれを覚えている。その後に語られた早紀の『遺言』も、もちろん覚えている。

 

「でもきっとうちの店の為になるって、言ってたことあって……。ふらふらしてるくせに、変なとこ長女ぶる人でしたけど……。姉ちゃん、ここだって大変なこと、案外分かってたのかもしんないですね」

 

 実家の店、家族、ジュネス、そして陽介について、早紀は実際のところどう思っていたのか。それは謎である。早紀の『遺言』を聞いた陽介にも、『目』のペルソナ能力を持つ尚紀にも分からない。誰にも知りようがない、永遠の謎だ。

 

「……尚紀」

 

「何ですか?」

 

 陽介は腕組みを解いた。そして周囲に素早く視線を巡らせた。広い屋上のフードコートに愚者と刑死者、魔術師の三人以外の客はいない。地域随一の集客力を誇りつつも、実は必ずしも先行きが明るいとは言いきれないという陽介の評価を裏付けるように。外野が誰もいないことを確認した上で、陽介は一歩踏み込んだ。

 

「お前の姉ちゃんの仇は、俺が必ず取る」

 

「陽介……!」

 

 悠は思わず席から腰を浮かせた。リーダーは相棒が来てからずっと黙っていたが、これはまずいと体が反応した。特捜隊の秘密を部外者に打ち明けるつもりかと思ったのだ。対するサブリーダーは相棒に向けて瞬きを一つした。以心伝心──

 

「……」

 

 数秒の沈黙の後、悠は席に座り直した。陽介は自棄になっているのでも勢いに流されているのでもなく、はっきりとした意思があることを、瞬きの中に感じたのだ。言葉に訳せば『全てを話すつもりはない。でもこれだけは言わせてくれ』と言ったところだ。

 

「花村さん……?」

 

「警察でもないのに、何言ってんだって思うだろうな。でも、本気だ」

 

「……」

 

「見ていてくれ……」

 

 陽介は7月12日、諸岡の葬儀の時にも尚紀に秘密を打ち明けようとした。その時は外野から邪魔が入って言えなかった。だがこの日、遂に陽介は言いたいことを言った。普段は軽薄な仮面に隠している本当の気持ちを、想い人の弟に示したのだ。ただし説明は全く足りていない。

 

「……」

 

 足りないから、陽介が何をしようとしているのか、尚紀には分からない。足立と違ってマヨナカテレビを見たことのない尚紀は、テレビの世界や特捜隊の存在を知らないし、想像することもできない。自分のペルソナで陽介を調べたこともない。それ以前に、そもそも陽介について尚紀は大して知らない。

 

「花村さん、姉ちゃんが好きでしたか?」

 

 尚紀が知っているのはこれくらいだ。

 

「ああ、好きだよ」

 

「……現在形なんですね」

 

『好きだったよ』であれば、まだ尚紀にも受け入れやすい話だった。または悠が結実と付き合っているように、陽介も生きた誰かと交際しているのなら、意図の見えない決意表明を軽く流してしまうこともできた。

 

「世間ではもう忘れられてるのに……」

 

 事件の風化は止められない。尚紀自身の中でも。

 

「俺は忘れてない」

 

 だが陽介は違う。風化どころか、事件が起きた頃よりも思いは強い。

 

 尚紀は知らないことだが、陽介は7月に連続殺人事件の犯人が自首したと聞いた時、その無念さを恩師を失った相棒と共有した。その時、陽介は自分自身の秘められた殺意をはっきりと自覚したのだ。振り上げた拳を下ろす先を見失った、砂を噛むような悔しさによって。しかし直後の相棒の失踪により、認識がまた変わった。テレビを凶器として人を殺している犯人が、未だこの世にいることが示されたのだ。しかも単に事件が終わっていないだけでは、事は収まらない。

 

 悠は諸岡の仇は取れない。それを相棒の二人ははっきり話したことはないが、そうなのだろうと二人とも思っている。だが陽介にはまだ望みがある。相棒が仇を見失った一方で、自分はまだ拳を振り上げていられる。その事実が陽介をより駆り立てる。悠は陽介の為に戦うつもりでいるが、陽介もまた悠の為に戦うつもりでいるのだ。打ち明けられた復讐の意志は互いに相乗し、相棒たち自身と二人の関係を大きく変えていた。

 

 生前の早紀への思い、テレビの中で聞いた『遺言』、ジュネスで聞いた早紀のよからぬ噂。そして相棒の無念と、自分が戦う目的の再確認。それらの一連を経た今の陽介の事件に対する思い入れは、早紀が死んだ当初よりもむしろ激しくなっている。早紀を忘れることはおろか、その死を乗り越えようとさえ思わないほどに。

 

 もちろん尚紀はそんな陽介の事情を知らない。ただ現在形で答える先輩に、申し訳ない気持ちが湧いてきた。

 

「忘れてないなら、謝らせてください」

 

「ん?」

 

「林間学校で、俺……」

 

 この三人が初めて顔を合わせたのは6月の林間学校だ。そこで尚紀は『あんたが嫌いです』と陽介に言い放っていた。居合わせた悠にも、もののついでのように。

 

「ああ……」

 

「済みませんでした。許してください」

 

「ああ、許すよ」

 

 陽介は何も忘れていない。全ては現在形だ。4月から今日に至るまで、陽介の身に起きた全ての出来事は『今』なのだ。五ヶ月程度の時間で、しかも事件が続いている状況で風化するなどあり得ない。

 

 そんな傍目には暑苦しいくらいの先輩から、尚紀は目を逸らした。脇を向いて、かつて姉が働いていた場所を眺める。

 

「何で、姉ちゃん死んだんすかね」

 

「それは……」

 

 犯人によってテレビに放り込まれて、そこで自分のシャドウに殺されたのだ──

 

 何気なく発せられた尚紀の問いに、陽介は答えを言いかけた。一瞬、本当にそう言おうとした。

 

「……」

 

 しかし言う直前、相棒と目が合った。そこまで言ってはいけないと、悠は無言のままに相棒を制止する。陽介は再び腕組みをして、出かかった答えを飲み込んだ。傍から見れば不審なやり取りである。しかし脇を向いている尚紀は、先輩たちがあと一歩で全ての『真実』を明かそうとしたことに気付かなかった。そして何より──

 

「死因とか凶器とかじゃなくて、どうして……」

 

 そもそも尚紀が聞きたかったのは、陽介が答えようとしたことではなかった。この二人は同じ人間に対しても、思い入れが異なっている。

 

「雷に撃たれて死ぬことに理由なんかない……。そう言ってしまえば、それまでなんですけどね」

 

 尚紀は悠に言われた時には、『真実』を飲み込んだ。だが陽介にはごく一部だが本音を漏らした。陽介が『真実』の一端を示した、その返答のように。

 

「雷じゃないぞ」

 

「……雷なんですよ」

 

 しかし互いに明かしつつも、話は噛み合わない。核心にまで触れるには、どちらも抱えている秘密があまりにも多いのだ。

 

 花火大会の時、足立は事件の行方を考えた。特捜隊と稲羽支部は別々に事件を追っているが、両者の道が交わる日が来るかと。来るとするならば、そのきっかけは何であろうかと。例えば噂の少年探偵とか、もしくは二つのチームのメンバー同士が互いの事情を打ち明けてしまうこととか。

 

 この日、陽介と尚紀は互いに一歩踏み込んだ。だが一歩だけである。全てを明かすには遠い。真相まではより遠い。高校生たちは自分が考えるほど大人ではないが、足立が考えるほど単純でもない。

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