24時に雨が降ればマヨナカテレビが映る。その前にテレビで取り上げられた人がいれば、予告が映る。テレビに放り込まれた人がいれば、ライブが映る。そして放り込まれた人が救出済みであれば、録画が映る。足立は随分前に気付いたこのお馴染みの法則は、4月以来半年近くも繰り返されてきた。もしこれが普通の娯楽番組であれば、ワンパターンすぎるとの批判がそろそろ出る頃だ。
なぜ同じパターンがこうも何度も続くのか? それは事件を追う特別捜査隊が事件の未然防止に失敗してばかりなのが、最も直接的な要因だ。具体的に言うと、5月は被害者を尾行していたら、当人に気付かれて不審に思われ逆に追い回された。6月は盗撮犯に気を取られた。そして9月はリーダーが友人との付き合いで時間を取られて、被害者にどう応じるか結論を出せずにいる間に犯行を許した。
ただしこの『ワンパターン』も違う視点から見てみると、いささか奇妙な事実に突き当たる。普通のテレビ出演から始まって予告、ライブ、そして録画に至るまでの、マヨナカテレビの放映のペースだ。
直近の9月のケースで言えば普通のテレビ番組は9月12日で、予告が映ったのは14日の24時。ライブが映ったのが15日の同時刻。そして救出の期限となる霧は、10月6日未明からと予報されている。つまりライブ放送までは『テレビのイベント』が連続して発生し、リミットまでは週単位で時間的余裕があるわけだ。ワンパターンが繰り返されるのは、特捜隊の失敗以前に繰り返される為の天候上の下地ができているからでもある。
もし普通のテレビ番組が放映されてから、何週間も真夜中に雨が降らなければどうなるか。もしくはライブが映ってから、間を置かずに霧が出ればどうなるか。
前者の場合では、予告の段階から映らなくなる可能性が高い。後者の場合では、事の始まりである4月中旬に起きた最初の二件が再現される。しかし実際には前者は一度も起きておらず、後者も特捜隊結成後は起きていない。誰かが普通のテレビに取り上げられるや、すぐに真夜中の雨が二日以上連続して降り、霧が出るまではしばらく間を置く。新たな事件の発生が見込まれた途端、天気のお膳立てが整えられて、しかも解決までの猶予は長めに用意される。この『都合の良さ』は一体何であるのか?
ただの偶然に過ぎないのか。それとも雨を降らせ、霧を生み出す『誰かさん』がこの世に、もしくはあの世にでも存在しているのか。その彼、もしくは彼女が気象を操作しているのか。何の為に? 事件を追う特捜隊にとって、都合が良いようにであろうか。もしそうであるならば、その誰かさんは、果たして何の為に悠たちを支援しているのか。
ともあれ7月上旬以来の久々のマヨナカテレビの録画放送、またの名を特撮ヒーロー番組が10月4日の24時から放送開始された。今晩のキャッチフレーズは『世紀の大実験・ゲノムプロジェクト』だ。ヒーローを待つ囚われの姫君役は、探偵王子の白鐘直斗である。
直斗によって新たに作られたダンジョンは、変に近未来的な建物だった。マヨナカテレビの録画放送は元より特撮めいたものだが、今回はまさにそれだ。ヒーローに打倒される為にいる、悪の組織の秘密基地風な代物である。そこへ乗り込んだ七人のヒーロー戦隊もとい特捜隊が、悪の戦闘員もとい有象無象のシャドウと戦うシーンから開始された。
『警告! 警告! 侵入者ニ告グ! 直チニ施設カラ退去セヨ! 繰リ返ス。直チニ施設カラ退去セヨ!』
機械的な響きのある警告メッセージが流れてきたのに続いて、画面にシャドウの群れが映し出された。それと対峙する特捜隊の先陣を切るのは千枝だ。
『スズカゴンゲン!』
女武者のペルソナが召喚され、シャドウの群れへと突撃する。敵の姿もこれまた女のようだが、人型の千枝のペルソナとは全く異なっている。盆栽を連想させる樹木が十二単を着ているという、奇怪なシャドウだ。頭部と思しき枝には何かの花がついている。光る長柄を手にしたペルソナはシャドウの花を散らせ、枝を切り、着物を裂いて突き進む。
『どりゃあ!』
千枝はペルソナだけに留まらず、自らも突っ込んでいった。手近なところにいるシャドウの幹に諸手の掌底突き、中国風に言うと双按を叩き込む。まさに空手や拳法の稽古で巻き藁を打つように。そうしている間に、戦列の後ろから声が飛んだ。
『そいつら、火に弱いわ!』
『天城!』
叫んだのはりせで、応じたのは悠だ。リーダーは自分で火を放ちはせず、もう一人の少女に指示を出す。
『来て、アマテラス!』
雪子は扇子をかざし、踊り子めいたペルソナを召喚する。銀色のペルソナは刀をかざし、溶岩のように地を這う猛火を生み出す。炎はまるでそれ自体が意志を持つように、敵の群れに吶喊した親友を避けて通り、服を着た木々のみを焼き払っていく。器用なことをするものである。
しかし戦いはまだ終わらない。盆栽のシャドウが滅んだと思ったら、間を置かずに新手が立ちはだかってきた。金属質の細長い棒をより合わせて作られた、人型の標識に近い姿のシャドウだ。体の中央には、玉ねぎ型の透明な容器を上下に二つ繋げるという、砂時計を連想させるものが置かれている。そんな胴体から手足と頭になる部分が伸びているのだ。
『花村先輩、気を付けて! そいつ、風は効かないっぽい!』
『そうかよ! だったら……』
警告を受けた陽介は短剣を構え、姿勢を低くしてシャドウへ向けて疾駆した。魔法が効かないなら、打撃で攻めるのが普通だ。ここでもそうするつもりかと、一瞬思わせて──
『ジライヤ!』
砂時計のシャドウに激突する寸前で、陽介は上へと跳躍した。自分の身長を超える高さにまで、一気に舞い上がる。そして空中でペルソナの名を呼び、赤いマフラーを首に巻いた怪人を出現させる。呼び出されたペルソナは眼下のシャドウを見据えて、巨大な手裏剣を備えた両手を交差する。一見すると武器を投げ付けるような構えだが、そうはしない。
『でりゃっ!』
本体の掛け声に応えて、ミラーボールを連想させる光の球がペルソナの手元に現れた。陽介が得意とする風の魔法ではない。中空に現れた光は紫色に輝き、泡立つ。そして爆弾よろしく一気に炸裂し、光で空間を覆う。自宅のアパートでマヨナカテレビを観戦している足立は、それが何なのか見て気付いた。
(おや、これって万能魔法じゃん。花村君、こんなのできたんだ)
あらゆる存在を等しく薙ぎ払う万能の光だ。足立は詳しい経緯を知らないが、陽介はこれを8月から使えるようになった。威力が大きいのと、どんな敵にも効くのが長所だ。しかし使用者にかかる負担はそれ以上に大きく、そうそう連発はできないのが短所である。だから使いどころを考えなければならない。足立も使えるので、その辺の事情はよく分かる。
『ぐっ……ぶはっ!』
案の定、陽介は着地と同時に膝をついた。無理をしたのだ。呼吸を荒げ、肩を何度も上下させる。砂時計のシャドウは万能の光によって滅んだが、その代償も小さくない。
『何か敵、やたら強くねえか?』
陽介は短剣を持った左手で笑う膝を押さえ、右手の甲で汗が滲んだ額を拭う。疲労の色が濃い。今晩のマヨナカテレビは始まったばかりだが、これがこの日最初の戦いではなかったようだ。似たような大立ち回りを、きっと何度も経てきたのだろう。
『何、花村。もうダウン?』
『なっさけないクマねー……』
『るせえよ! お前だってへばってんじゃねえか』
千枝はともかく、クマは元気がない。着ぐるみをかぶっていると汗は見えないが、陽介をからかう声には張りがない。
(こいつら、女の子の方が強いんだね。ペルソナの進化とか言われてる奴のせいかな?)
特捜隊に前線要員は六人いるが、個々の戦力は一定していない。最も強いのはリーダーの悠で、それに次ぐのは千枝と雪子だ。陽介、完二、クマの男三人は、女性陣より一歩も二歩も劣る。情けない話だが事実だ。ただしスポーツのチーム内における実力差などとは違って、本人の才能や努力によるものではない。千枝と雪子はペルソナを一度変容させているが、男衆はまだだ。それが差のついた最大の要因だ。
『いや……確かにここの敵は手強い。一学期の頃とは段違いだ』
悠は全員の顔を見回した。前線に立つ女二人と、男三人。彼らを交互に見比べると、一つの決断を下した。
『今日はここまでにしよう。一旦戻る』
すると完二が噛みついた。
『先輩、何言ってんすか! 早くしねえとあいつが……!』
しかしそう言う完二にも、傍目には疲れが見えている。クマと違って声に勢いはあるが、それは焦りから生じているものだ。テレビ画面越しに客観的に観察している足立には、それが分かる。
『完二、落ち着け』
テレビの中にいる悠にも分かるようだった。リーダーらしく静かに、だが強い口調で後輩を窘める。
『現実で霧が出るまでは直斗に危険はないはずなんだ。そうだろう、クマ?』
『そークマよ。向こうの時間で数えて、多分二、三週間くらいは大丈夫クマ』
(二、三週間……)
足立はテレビの脇に置かれた時計を見た。マヨナカテレビが開始されてから数分が過ぎている。日付の上では、もう10月5日になっている。
霧を予期する喋る着ぐるみは、一体何者なのか。それは仲間である特捜隊にも謎で、本人にさえ謎である。そしてマヨナカテレビで見ているだけの足立にとっても謎だ。しかしクマの正体が何であるにせよ、その『天気予報』が正しいことは、録画として見ている足立には分かる。今放映されている戦いが具体的に何日に収録されたのかは不明確だ。しかし直斗のライブが映ったのは9月15日の24時なので、16日から一両日程度過ぎた頃であろうと察せられる。そして霧が出るのは観戦している今の足立から見て明日、10月6日の未明だと予報されている。つまり二、三週間くらいの余裕は、本当にあったわけだ。
『直斗を助けられるのは俺たちだけなんだ。俺たちが無理して失敗したら、もう誰にもどうしようもなくなる……。分かるだろう?』
『……済んません』
先輩に道理を諭されて、完二は大人しくなった。だが次の瞬間にはまた口を開く。
『けど、クマ予報がゼッテー当たるってもんでもないっしょ。できるだけ急ぎやしょう!』
(巽君ってば、えらい白鐘君にこだわってるねえ? 花火の時もそうだったけど……あ、もしかして?)
足立は一つ閃いた。花火大会の日、完二は直斗について足立に尋ねてきていたが、その時から不良然としたこの少年は、少年探偵に変に執着していた。もしかすると、この二人の関係は随分前から始まっていたのでは。そんな気がしてきた。
(白鐘君って確か、うちの署に顔出すようになったのは6月の終わり頃だけど……もっと前から個人的に調べてたっぽいよね。だとすると、巽君に接触したのは生田目に落とされる前? それってつまり……あの誰得なサウナができたのって、白鐘君のせいなの?)
もちろんこれは仮定に仮定を重ねただけの、証拠のない推測に過ぎない。しかし足立は正解かもしれないと感じた。何しろ直斗はそっちの趣味がある人の間では、大人気を博しそうな美少年だから──
ここまで考えたところで、テレビから聞こえてきたセリフによって、完二と直斗に関する足立の思考は中断された。
『ああ、もちろんだ。それじゃ、戻るぞ』
(何あれ……カエル?)
悠はカエルの置物をかざした。すると特捜隊七人は光に包まれ、テレビ画面はブラックアウトした。ゲームではよくある、ダンジョンから脱出する為の便利アイテムの類であろう。何とも都合がいい──
そして数秒後、画面に映像と音声が戻った。
『うしっ! 出動っすよ!』
先ほどのシーンの翌日かそれ以降か、正確な日取りは不明だが、直斗のダンジョンに再挑戦する特捜隊の姿が映し出された。完二は皆の先頭に立って気合を入れる。
(張りきってるねえ……。けど何で、誘拐を未然に防げなかったのかねえ? テレビに映った人が狙われるってことは、坊やたちだって分かってるはずなのに……)
普通のテレビに出た人がマヨナカテレビの予告に映る。この法則は特捜隊も理解しているはずだと、足立は確信がある。根拠は7月に悠がマスコミのインタビューに答えたことだ。だから直斗が狙われることは、特捜隊も予期できていたはずなのに、この通り後になってから苦労する羽目になっている。なぜか?
(坊やはヒーローを演じたくて、巽君は白鐘君をカッコ良く助けていいとこ見せたくて、わざと誘拐させた……ってわけじゃないよね。いくらなんでも、それは頭悪すぎる。ま、捜査は素人の集団だからな。白鐘君の周囲を張ろうとしたけど、ガキとはいえ探偵だから適当にまかれて……とか、そんなとこかな?)
事実としては、悠は長瀬に振り回されたからで、完二は『犯人は悠』との直斗の推理を聞いてへそを曲げていたからだ。明晰な頭脳を持つ足立も、そこまではさすがに思い至らない。
『敵四体! みんな、気を付けて!』
『よーし、ガンバルクマよー!』
事態の背景を考えている間に、マヨナカテレビのシーンは展開していた。秘密基地の攻略に臨む特捜隊の前に、小粒なシャドウが立ち塞がっている。戦隊の最後尾で情報担当を務めるのは、今回の放送からヒーロー戦隊に参加したりせだ。前回放送までその役割を担っていたクマは、鉤爪めいた武器を短い手にはめて前線に立っている。
「チャプタースキップ」
次なる戦闘シーンが開始されようとしたところで、足立はテレビ画面に向けて声を出した。足立は高校生ヒーローが繰り広げるアクションには、さほどの興味がない。特に有象無象相手の戦いは基本的に代わり映えがしないので、一度の放送で一つ見ればもう十分だ。特捜隊の戦力に関しても大雑把に分かればよく、詳細まで知っておく必要を足立は感じていない。今晩のクライマックスまで一気に早送りするつもりで、普通のビデオ録画のようにマヨナカテレビを操作した。
『さあ、そろそろ診察は終わりだ。人体改造手術に移ろうか』
スキップした先は狙った通りだった。電動ノコギリやドリルが備え付けられた物々しい診察台の前で、直斗とその鏡像が対峙していた。二人とも来ている服は青系統の上下にやはり青の帽子で同じだが、金の瞳の方は白衣を着ている。ただし白衣は小柄な直斗にはサイズが全く合っていないもので、長すぎる袖からは指先も出ていない。まさに『子供』を暗示する装いである。つまり『早く大人になりたい』願望を体現した姿だ。人体改造というのもその文脈での話だろうと、足立は一目見て分かる。しかし──
『そもそも男じゃないのに、強い大人の男になんてなれる訳ないだろ』
『お、男じゃねえだと……!?』
続けて暴露された真実は、足立の予想の外にあった。画面の中にいる完二と同様に。
(え……そうなんだ?)
直斗は男ではない。この事実に、有里は修学旅行で顔を見た際に気付いたし、長瀬まで気付いていた。足立は刑事として観察力がある方だが、今の今まで気付かなかった。それはきっと足立は直斗に特に関心がないからだろう。何かに利用したり煙に巻いたりする為に、弱みを掴んでおく必要を感じていなかったのだ。
『駄々をこねたまま、一歩も動けずにいる……僕にはその気持ちがよく分かる。僕はお前なんだよ……』
『違う……やめろ!』
『直斗君、駄目!』
金の瞳の鏡像を否定すると、怪獣に変じる。ヒーローたちが止めても無駄。それがお決まりのパターンだ。ただし──
『いや、いい……ちゃんと吐き出しゃいいんだ』
今晩はお約束とは違うことが起きた。いや、正しくは7月の放送においても、二つあった大きな戦いのうち後半は違っていた。金の瞳の着ぐるみが出現した時、悠は否定しろとクマを唆していた。そして今日唆すのは完二だ。
『分かってても、やんねえといけねえ……。男には、そういう時もあるもんすよ。クマ公ん時だって、そうだったっしょ』
『カンジ、ナオチャンは男の子じゃないクマよ?』
『うっせ! 分かってんだよ! 分かって……』
(……やっぱり、巽君のアレは白鐘君のせいだったわけね)
変に挙動不審な完二の姿を見て、足立は今晩の前半で感じた閃きが正解だったことを確信した。被害に遭う前の完二に、直斗は自分の性別を隠したまま接触したのだ。もちろん詳しい経緯は足立には知りようがないが、あの『性別を超える愛』だの何だのが生み出されたのは、直斗が原因だ。
『あー! とにかくアレっすよ! ごちゃごちゃ言ってねえで、やることやりゃいいんすよ! 俺らはあいつを倒して、ケツ持ってやりゃいいんすよ!』
『ああ……それでいいんだ』
ここでリーダーが動いた。集団から一歩前に進み出て、手に持った刀を持ち上げた。そして切先を直斗の鏡像に向ける。直斗に事情を説明して受け入れようとさせるでもなく、ただ戦いの準備に入った。たとえ鏡像がこれ以上何も言わなくても、人の姿のままでいても構わず斬る。そんな決意が画面越しにも見えるような、問答無用の気迫を金の瞳の直斗に送る。
『話は後だ』
『へえ……偉そうに!』
そうして戦いが始まった。
今晩のメインイベントにおける怪獣は、近未来風な場所に合わせたものであるのか、これまでとは少しデザインの傾向が違っていた。直斗の鏡像が変じた怪物はロボットのような金属的な体で、両手に光線銃めいたものを持ち、背中には翼が生えている。ただし翼と言っても鳥類のそれではなく、現実の飛行機のそれでもない。まさに空想科学に登場する飛行体に付けられているような、小さな翼だ。それで宙に浮いている。
両手に持った二丁の銃から弾丸がばらまかれて、開始の合図となった。
『く……こいつ、強えな!』
完二は前口上で男らしく啖呵を切った。そこまでは良かった。だが必ず勝つと決意を表明することと、本当に勝てるかどうかは別である。どんな戦いも気持ちだけでは勝てない。
4月以来の特捜隊の戦いは、一方的になるのが定番だった。その辺をうろつく有象無象は無論のこと、被害者の鏡像が変じた怪獣も、高校生ヒーロー戦隊は特に苦労せず倒してきていた。例外は7月に放映された分だが、あれは特殊な事象が重なったせいだ。しかし今日の怪獣とヒーローの対決は拮抗していた。
『うわっ! あっつ……!』
『ああ……!』
六対一でありながら、ロボットの姿をした直斗の鏡像は多勢を相手に善戦していた。その要因は攻撃が多彩でかつ的確だからだ。大半のペルソナは何らかの弱点を抱えていて、特捜隊の面々も悠とりせ以外はそのタイプである。対するロボットは弱点がなく、それでいて火炎、氷結、電撃、疾風の四つの属性魔法を全て使いこなす。両手に持った銃から、各々が苦手な攻撃を誤らずに放ってくるのだ。例えば千枝には炎ばかり、雪子には氷ばかり撃つ。逆は撃たない。互いが互いを庇い合おうとしても、前に出た方の弱点を的確に突いてくる。
シャドウは全般的に知性に乏しく、相手に応じた柔軟な戦術の選択ができないのが普通だ。だが今日の相手は違う。いわば全方位型で、しかも多彩な能力を効率的に活用することもできる。
『くそっ、こっちの弱いトコは全部把握済みか!』
それに加えて、ロボットは動きそのものもかなり素早い。特捜隊で最も速度に優れた陽介も、ロボットの放つ雷の半分くらいはかわしきれずに被弾してしまう。
『だからって、今さらケツまくれっかよ!』
そして敏捷性に欠ける完二は、皆の中で最も被害を受けている。だが倒れない。精神論だけでは、戦いには勝てないのが道理である。決意の効果など実力を少々底上げするのが関の山だ。しかしその少々でもって、完二は苦手な風の攻撃に耐え続けていた。
『嫌だねえ……僕は君みたいに、粗暴で情に流されるタイプが一番嫌いなんだよ!』
『上等だ! いくらでも嫌え! その代わり、最後はてめえの首いただくかんな!』
(何か、見てて疲れるねえ……坊やは何してんのよ?)
こういう局面では、便利なワイルドが弱点のないペルソナを使うなりして、皆の弾除けになってやるべきである。しかし悠はそうしていない。前列に千枝、雪子、陽介、完二がいる中で、リーダーは後列にいる。そしてクマはと言えば、ミサイルを掲げたペルソナを何度も召喚し、前の四人の傷を繰り返し治療している。足立はクマが戦うのを見るのは今晩が初めてだが、回復が得意なようだ。
『ク、クマ、いい加減疲れてきたクマ……。みんな、ボコボコ撃たれすぎ……』
そうは言うものの、クマの手当ての甲斐あって特捜隊はまだ誰も致命傷を負っていない。ロボットの攻撃は正確だが、相手を一発で倒すほどの威力はないのだ。全方位型とは、言い方を変えると器用貧乏となる。だが特捜隊も攻撃に勢いがなく、守勢に回ってばかりいる。前線は弱点を突かれるたびに怯んだり転んだりする為、一気に畳みかけることができない。結果的に互いが決め手を欠き、勝負は泥仕合の様相を呈してきた。
(ホント、ご苦労なこって……。ま、結果は分かってるんだし? もう見ないでいいかな?)
段々興味を失ってきた足立は頭の後ろに両手を持っていき、ベッドに寝転ぼうとした。その瞬間──
『ガネーシャ!』
初めて聞くペルソナ呼称に引き留められた。画面を見てみれば、悠はいつの間にか前列に躍り出てペルソナを召喚していた。腹が大きく張り出た人間の体に象の頭が乗っている、何とも特徴的な姿だ。足立は知らないが、これは悠がマーガレットに頼まれて生み出したペルソナの一つである。クマとの間に築かれた星のコミュニティの恩恵を受けている。
対する空中のロボットは両手の銃を二丁とも眼下に向ける。放たれるのは炎や氷ではない。本物の自動小銃が発するのと似た連続音と共に、銃弾らしきものが大量にばら撒かれる。
『跳ね返せ!』
悠の掛け声に応じて、象のペルソナは本物の動物よろしく吠えた。恰幅の良すぎる腹を、太鼓のように音を立てて叩く。それと同時に六人の前に光の壁が立ち上がった。次の瞬間、雨あられと撃ち放たれた銃弾は、その全てが向きを変えた。
(え……何これ?)
これはシャドウワーカーでも有里とアイギス以外に使える者はいない、非常に高度な魔法だ。敵の物理的な攻撃をそのまま跳ね返すという恐るべき効果がある。しかし光の壁は一瞬しか持続せず、しかも使用者にかかる負担が大きい。万能の光と同じくらい消耗する為、連続して使えるようなものではない。敵の行動パターンを見切った上で、攻撃してくるその瞬間を狙って発動しなければならないという、使いどころが極めて難しい代物だ。弱点を抱える仲間たちが前線で痛めつけられている間、悠は反射攻撃を仕掛けるタイミングを伺っていたのである。
『うわあああ!』
そして悠の作戦は見事に決まった。空中に浮遊していたロボットは、跳ね返された六人分の銃撃をまとめて浴びて床に向けて頭から墜落する。
『完二、やれ!』
『うっす!』
リーダーの指示に従って、後輩は大きく構えを取った。完二はテレビの中では武器として主に鈍器を使うが、棍棒やハンマーの類は手にしない。叩くというより引っぱたくのに適した、幅広の物体を好んで用いる。具体的に言うと、今日の得物はパイプ椅子だ。不良同士のケンカでは実際に使われることもあり、プロレスでは反則技の定番だ。少年はそれを脇に構えて、眼前に浮かんだカードを引っぱたいた。
『タケミカヅチ!』
渾身の気合と共に、黒光りする巨体のペルソナが召喚された。それは鈍重そうな見た目に反して、空中を目にも止まらぬ速さで飛翔して獲物を捕まえた。両手両足を使ってシャドウを抱き締める。そして次の瞬間、ペルソナの懐で雷光が炸裂した。
『……ちっと、やりすぎたっすかね』
一仕事を終えた自分のペルソナが姿を消すと、完二はばつが悪そうに呟いた。足元では黒焦げになったロボットが転がっている。元々悠の反射攻撃でほぼ力尽きていたところへ、駄目押しを食らわせたわけである。
その後の経過は、概ねこれまで通りだった。鏡像が叩きのめされると同時に目を覚ました直斗は、人の姿に戻ったシャドウと身の上などを語り合って、鏡像を自分自身だと受け入れた。いともあっさりと。
直斗がペルソナを手に入れたところでマヨナカテレビは終わり、テレビはただの黒い画面に戻る。そこに映った自分の顔を見ながら、足立は考える。
(自己完結の気がある……のは別に不思議じゃない。ガキなんだし。だけどこうも連続するのは何でだ?)
テレビに入った人間がペルソナ使いになる。足立がマヨナカテレビの録画で見た限りで、陽介から始まってこれで六人目だ。クマも入れれば七人目。その誰もがシャドウを暴走させ、そしてシャドウは敗れてペルソナと化した。悠は取り敢えず例外とするにしても、他は全員がこのパターンだ。なぜこうなるのか?
(これ、何か裏があるな)
ペルソナ使いでない人間がテレビに入ると、シャドウが出る。これは間違いない。だがなぜ倒されたシャドウは、ペルソナになるのだろうか。両者は根源的には同じものだと聞いているが、そうした原理的な話ではなくシャドウの心理に関して、足立から見ると疑問が残る。
あのように反骨心剥き出しのタイプは、人間の犯罪者にもよくいる。その手の人間は反論されたり殴られたりすると、急に大人しくなるタイプが多い。つまり反骨は虚勢に過ぎず、ちょっとした反撃ですぐに最初の勢いが消えてしまう。俗に不良と呼ばれる連中は、実はそういう手合いが大半だ。だが何を言われようが、何をされようが屈しない意固地なタイプも中にはいる。後者のようなシャドウは、どうして今まで現れていないのだろうか。
(それに坊や自身はどうなんだ? 4月の放送では彼のシャドウは出てなかったけど……堂島さんたちと同じケースなのか?)
なぜ悠のシャドウは出なかったのか。理由として考えられるのは、シャドウワーカー稲羽支部が覚醒したパターンだ。悠は初めてテレビに入る前、霧の日に町をうろつくシャドウに実は襲われていたとか。
(時期的に考えると……山野と早紀さんの遺体が上がった日があるな)
悠はそのどちらかの日に、誰も知らないところで密かに覚醒していたというのも、あり得なくはない。
(それとも……僕と同じ?)
もう一つ考えられるのは、足立自身と同じパターンだ。足立はシャドウに襲われてペルソナを発現する前から、テレビに入る力を得ていた。それと同じように悠もペルソナを得る前から、テレビに入る能力を別に得ていたのかもしれない。つまりテレビに入るのが先で、ペルソナはその延長上の力だとすれば──
足立はベッドから立ち上がり、砂嵐も映していないテレビ画面に手を触れた。桶に張られた水のように波紋が広がり、手が潜り込んだ。ただし桶の水と違って底に手は触れない。テレビの大きさは桶程度だが、その先にあるのは底なし沼だ。
「……」
沼から手を引き出して、波紋の消えゆく水面を見つめた。水に触れる力と泳ぐ力は別物だ。泳げる人間は当然水に触れられるが、水に触れる人間が泳げるとは限らない。泳げるようになるには、泳げる人から教わるなりして練習せねばならない。ただ水を初めから触れる人間、即ち水を恐れない人間は、泳ぎを覚えるのも早かろう。人によっては、いきなり泳げることもあろう。
引き抜いた自分の手を見つめて、足立は更に考える。
(僕ら二人……いや、生田目もそうかな? この力は、一体どうして目覚めた? 田舎で頑張ってる僕へのご褒美……なわけないけど)
事件の発端にして、月日と共に事態をエスカレートさせていく『テレビに入る力』。足立透と鳴上悠、事によっては生田目太郎も。いかなる原因によって、何の由来があって三人はこの力を得たのか。本人の特殊性によるものなのか、違うのか。そして特殊と言えば、もう一人忘れてはならない人物がいる。
(有里君……そう言えば僕はペルソナを一つしか使えないけど、彼らは複数か)
悠と有里は能力の種類は似ている。実力は比べるべくもないが。
(明日有里君に、それとなく聞いてみるかな……って、明日は来ないんだった)
雨が続けば霧が出る。霧が出ればシャドウが出る。約二ヶ月ぶりとなる久々の現実の霧の発生は、明日未明と見込まれている。しかし明日の作戦に有里は参加しない。詳細は知らされていないが、何やら本部で問題が持ち上がったとのことだった。
『それじゃ、戻るぞ』
足立がマヨナカテレビを見ている時には、皆月とミナヅキも見ている。予告、ライブ、録画と続く一連の流れそのものと同様に、これもまた一つの『お約束』である。4月に雪子の予告と陽介の録画が放送された時から、太陽と月の二人は必ず自宅で見ていた。二人のどちらが表に出るかはその時々によって異なるが、とにかく見てきた。
『カエルのおかげでカエレール……ってか。はん、下らねえ……』
そして今晩表に出て、電源の入ってない大型テレビの画面を眺めているのはミナヅキだ。皆月は同じ目を通して、心の中から見る。今のシーンは悠がカエルの置物をかざしたところだった。画面がブラックアウトすると同時に、皆月は体を共有する存在に呼びかけた。
『ミナヅキ、代われ』
皆月はミナヅキを押しのけて、強引に表に出ることはできない。出たい時にはこうして『声』をかける。そしてミナヅキは危険がない限りは、皆月の希望を断らない。
「分かった」
二人が共有する心臓から小さな光が放たれ、やがて収まった。交代の合図のようなものである。
『うしっ! 出動っすよ!』
皆月が表に出てくると同時にマヨナカテレビは続きを映し出した。最初のシーンとは別の日に収録された、特捜隊が秘密基地に再挑戦する映像だ。これからまた、シャドウ相手の戦いが繰り広げられるはずである。しかし創面の少年は興味なさげにテレビから目を外した。そしてベッドに置かれたノートパソコンを操作し始めた。
『翔、見なくていいのか』
「いいんだよ。ド素人どものぬるま湯バトルなんざ、見たってしょうがねえ。それよりこっちだ……今度の霧の日は面白くなるぜ」
皆月は心の中にいる存在に答えながら、パソコンのキーボードを素早く叩いて画面を操作する。映し出しているのは稲羽市の地図だ。その一角に光点が表示されている。
(ぬるま湯には違いないが……)
皆月の中でミナヅキは考える。テレビに映る特捜隊の戦いは、夏以前とは一味違っている。シャドウが明らかに強くなっているのだ。まるで霧の向こう側から少年たちを支援していた『誰かさん』が、シャドウにはめた枷を外したように。己の過保護ぶりを反省して、少し厳しい試練を課したのかもしれない。もっとも厳しいと言っても比較の問題で、皆月とミナヅキの目から見れば、まだまだ甘いことには違いがない。
足立とミナヅキは、どちらも事件の背後関係に考えを巡らせる。ただし考える内容は違う。足立はシャドウがペルソナに変じる現象と自分たちの力の由来についてで、ミナヅキはシャドウの強さの変化についてだ。この二人は同じ役者が登場する同じ番組を見ても、着眼点はそれぞれ異なっている。悠と各々結ばれている、道化師と死神の絆の違いのように。
ただし始まりの異なる思考は、最終的には同じ結論に行き着くかもしれない。即ち足立たちに力を与えた誰かさんと、シャドウの枷を外した誰かさん。道化師と死神の類似性、もしくは本質的な同一性のように。