ペルソナ4 落ち武者の神   作:三尺

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合流(2011/11/5)

 特別捜査隊から七人、シャドウワーカー稲羽支部から四人。八十稲羽に拠点を置く二つの秘密の輪は、雨と夜が帳となって世間から隠されながら初めて秘密を共有した。ただし両者の間にある雰囲気は、決して楽し気なものではない。

 

「お、お前って奴は……!」

 

 一方のリーダーである堂島は、もう一方のリーダーである悠の胸倉を掴んだ。

 

「堂島さん!」

 

「黙ってろ!」

 

 結実が声を上げたが、堂島は一蹴した。堂島にすれば、様々な思いが頭を駆け巡っているところである。悠と同居を始めて半年と少し。多感な高校生相手に父親のような顔をするには、短すぎる期間でしかないかもしれない。だが堂島は悠を信頼していたし、信頼されているとも思っていた。望んで得たわけでもない力を背負い、深夜の副業を続けていたのは甥を守る為でもあった。そこでいきなり『俺もそうなんだ』などと言われては、『そうだったのか』と簡単に受け入れることはできない。

 

 まして今は4月の事件が獣害事件ではない可能性に気付いたばかりだ。ここはまず、この不審極まりない若造を徹底的に追及してやらねばならない──

 

「話してもらうぞ。お前、事件にどう関わって……」

 

 しかし尋問を始めようとした途端、それを遮るものがあった。

 

「……」

 

 携帯電話の着信音だ。出所は悠が着ている制服だ。間が悪いと言うか、何と言うか。

 

「……叔父さん、黙っていてごめん。でも取り敢えず手を離して……」

 

「……」

 

 数秒の沈黙の後、堂島は手を離した。突き放すように。

 

「出ろ。だが俺たちにも聞こえるようにしろ」

 

 許可を貰った悠は上着の内ポケットから携帯電話を取り出した。着信ディスプレイを見てみれば、まだここに来ていない特捜隊の最後の一人からだった。悠は通話設定をスピーカーに切り替え、顔から離した位置で通話ボタンを押した。

 

「もしもし」

 

『白鐘です! 先輩、今どちらに!?』

 

「商店街だが……陽介たちから聞いてないのか?」

 

 悠は電話で結実から多少の事情を聞き出した後、特捜隊に招集をかけた。ただし自分で連絡したのは陽介だけで、他の者たちにはそこから回すようにした。連絡に不備があったのかと、一瞬思ったが──

 

『菜々子ちゃんが危ないです!』

 

 直斗の言葉は完全に予想外だった。そして次の瞬間、携帯電話をひったくられた。

 

「白鐘! どういうことだ!」

 

『ど、堂島さん!?』

 

 悠は叔父に近づいて、自分の電話に向けて大声で叫ぶ。

 

「直斗、落ち着け! 叔父さんもペルソナ使いだ!」

 

『そ、そうだったんですか……』

 

「菜々子がどうした!」

 

『今日の夕刊に菜々子ちゃんの写真と実名入りの記事が出てるんです! 昨夜のマヨナカテレビ、映っていたうちの一人は菜々子ちゃんの可能性が高いです!』

 

「……!」

 

 堂島は携帯電話を持ち主に放り投げ、路肩に駐車した自分の車に向けて走った。堂島はまだ悠たちから何の説明も受けていない。マヨナカテレビなるものが何であるのかも分からない。だが娘に危機が迫っている。それは分かった。

 

 運転席に乗り込み、キーを回してエンジンをかけた。そしてサイドブレーキを下ろすと──

 

「叔父さん!」

 

 助手席に悠が乗り込んできた。シートに腰を下ろし、ドアを閉めた。

 

「駄目だ! 降りろ!」

 

「そんなわけにいくか!」

 

 堂島にとっては娘の危機だ。だが悠にとっては妹のような従妹の危機だ。どちらも譲れない。

 

「……ええい! シートベルト締めろ! 飛ばすぞ!」

 

 今はとにかく時間がない。堂島は悠を説得する時間も車から引きずり下ろす時間も惜しんで、アクセルを踏み込んだ。ただ昔からの習慣に従って、自分もシートベルトだけは締めた。

 

 

 普段の堂島は交通ルールを遵守する。それは堂島自身が法を守る立場の警察官であるからだが、他にも理由がある。妻をひき逃げで亡くしたからだ。家族のあり様を大きく変えた事件があって以降、堂島はどんなに短い距離を運転する時も、シートベルトは必ず締めていた。どんなに急いでいても法定速度を守ってきた。しかし今は、今だけはそんな場合ではない。

 

「……」

 

 常ならぬスピードで疾走する車内で、叔父と甥は揃って黙っている。どちらも聞きたいことは山ほどある。いつどこで超能力を身に付けたのか、事件にどう関わっているのか。決してゆるがせにはできない問題だが、もっと優先しなければならないことが、今はある。家族が共に暮らし、人生の長い時間を過ごす温かい家へ向けて、堂島はひたすら車を走らせる。

 

 その途中で一台のトラックとすれ違った。一秒もない交錯の瞬間、運転席の堂島の目が光った。

 

(いなば急便……!)

 

 荷台の側面に印字された名前を目にすると同時に、脳裏で繋がるものがあった。先ほど商店街で一条から聞いた話と、直斗が電話で言っていた話だ。いなば急便のトラックに積まれたテレビに長瀬とあいが吸い込まれた。マヨナカテレビなるものに菜々子が映っていた。『テレビ』というキーワードによって二つの事件が結びついた気がした。

 

 堂島はブレーキを踏み、急ハンドルを切った。

 

「うわっ!」

 

 助手席の悠は慣性の法則に従って、席から投げ出されそうになった。もしシートベルトをしていなかったら、車内のどこかに頭をぶつけて怪我をしていたかもしれない。

 

「大丈夫か!?」

 

 堂島は再びアクセルを踏み込みながら、一瞬だけ助手席に視線を送って声をかける。

 

「だ、大丈夫……叔父さん、どこ行く気!?」

 

「あのトラックだ!」

 

 自宅に向けて走ってきた道を引き返し始めた。前を行くのは一台の軽トラックだ。荷台には濃い緑の帆布がかけられている。

 

「宅配便……?」

 

 助手席で上がった呟きに対して、運転席から返事はない。堂島は降り続く雨を跳ね飛ばし、アスファルトの水たまりを轢き殺しながらトラックを追う。やがて追われる側も追われていることに気付いたか、スピードを上げ始めた。どちらも法定速度を大きく超えて、時には信号も無視して夜の田舎道を疾走する。突如始まったカーチェイスは見る見るうちに危険度を増していった。

 

 ただ堂島がアクセルを踏む深さには、僅かだが余裕があった。ペダルは車の床につくほど踏まれてはいない。娘の危機、そして部下の危機にありながら、堂島は全開で走らせてはいなかった。それは乗っているのが自分一人ではないから──

 

 それが救いになった。堂島にとって。

 

「叔父さん! 危ない!」

 

 田舎とはいえ道路は直進ばかりではない。交差点はいくつもあるし、坂道もある。そして急カーブもある。前を行く軽トラックは、限度を超えて突入した右コーナーで片輪を浮かせた。

 

「ぬ、ぬおおお!」

 

 言うまでもなく、ここはテレビの中ではなく現実だ。だが堂島は剛力を誇る自らのペルソナの恩恵を受けでもしたか、ステアリングを猛烈な力でもって切った。同時にブレーキを深く踏み込む。スピードが急激に落ちた車は中央線を跨ぎながら、左回りにスピンした。アスファルトにタイヤの血のような跡を残して、二人のペルソナ使いを乗せた文明の利器は人間の制御を離れた。

 

「うわあああ!」

 

 時間的にはごく僅かな、体感的にはとても長い時間をかけて堂島家のセダンは止まった。大きく振られたリアバンパーとガードレールの隙間は、一センチもあるかどうかだ。

 

「悠、大丈夫か!」

 

「お、俺は大丈夫……それより菜々子が!」

 

 フロントガラスの向こうでは軽トラックが正面を向いて停まっている。作業着を着た運転手が助手席に座らせていた同乗者を抱えて、ちょうど車の外に出たところだった。

 

「菜々子……!」

 

 堂島と悠はシートベルトに手をかけた。それは自分たちの身を守ってくれた命綱だったわけだが、締めていたことが仇になった。ベルトを体から外す為の僅かな時間が、この局面では悪く働いた。叔父と甥が車の外に出た時には、運転手の男はもうトラックの後方へ向かっていた。

 

「生田目! 待て!」

 

 堂島が鋭く叫んでも男は振り返らない。足を止めない。少女を抱えて荷台まで走る。

 

「菜々子!」

 

 悠が必死で叫んでも少女から返答はない。気を失っているのか、身じろぎもしない。そして男は荷台の帆布を開き、積荷に手を触れた。

 

「!……」

 

 堂島と悠が荷台の前まで辿り着いたのと、男と菜々子の姿が消えたのはほぼ同時だった。

 

「テレビ……」

 

 水たまりに石を落としたように、波紋を浮かべる一台の薄型テレビがそこにあった。そして、それしかなかった。トラックを運転していた男の姿はなく、誘拐された幼い少女の姿もない。もちろん二人の高校生の姿もない。ほとんど空っぽの荷台に、人一人くらいは容易く通り抜けられる大きさの液晶画面だけがある。画面に浮かんでいた波紋はやがて消え、仄暗い鏡になった。

 

「……」

 

 堂島は半ば呆然として荷台に歩み寄った。電源が入っていない、ただの板に過ぎない画面には堂島の顔が映っている。そこへ向けて右手を伸ばすと、画面の中の堂島は左手を伸ばしてきた。『二人』の手が触れ合う瞬間、一つの超常現象が起きた。

 

 現実の堂島が触れると同時に画面は再び波紋を浮かべ、鏡像はその中に消えた。そして堂島の右手は、手首まで画面に潜り込んだ。もちろんテレビを壊したわけではない。

 

「やっぱり叔父さんも……!」

 

 テレビに手が入る。それはペルソナ使いの証明だ。悠は叔父も自分と同じ力を持っていると、電話で結実から聞き出した。だがやはり証拠を見せられると驚きを禁じ得ない。しかし驚いている場合ではない。

 

「菜々子!」

 

 堂島は突っ込んだ右手をそのままに、左手でテレビのフレームを掴んだ。そしてトラックの荷台に足をかける。

 

「叔父さん、待って!」

 

 悠は慌てて堂島を制止した。今すぐテレビに飛び込もうとする叔父の両腋の下に腕を回して、後ろからしがみついた。その感触は硬かった。

 

「離せ! 菜々子がこの中にいるんだ!」

 

 堂島は四十をとうに過ぎているが、体はたるんでいない。鍛えられた手足も強い。そこいらの若者では、とても敵わないくらいの膂力がある。テレビから右手を抜いて、回された甥の腕を力づくで振りほどこうとする。だが悠も必死だ。両腕にある限りの力を込めて、堂島を引き止める。

 

「そうだけど……駄目だ! ここから入ったら、戻れなくなるかもしれない!」

 

 これまで特捜隊は、いつもジュネスの家電売り場からテレビに入っていた。テレビの中と外は場所と場所で繋がっているので、同じ場所から入れば同じ場所に出られるから。ここから入ってしまっては、確実にいつもと違う場所に出る。そして行った先からいつものスタジオに戻れるとは限らない。ジュネスに行っていつものように入るか、たとえここから入るにしても、せめて情報系の力を持つ仲間と一緒でなければならない。そうしなければ二重遭難になりかねない。

 

「陽介たちを呼ぶから、それまで待ってくれ!」

 

「待ってられるか!」

 

 だが堂島も収まらない。一人娘の危機なのだ。もう一分も一秒も待っていられない。

 

「大丈夫! 菜々子に危険はないはずなんだ! 何日かは!」

 

「いいから離せ!」

 

 ──

 

 男二人が道路脇で揉み合っていると、耳に障る甲高い音が響き渡った。車のクラクションだ。二人が反射的に目をやると、ヘッドライトの眩しい光に照らされた。一台のバンが近づいてきたのだ。それはトラックとセダンが向かい合って並んでいる車線の、反対側の路肩に停車した。

 

「何やってんすか! こんな所で!」

 

 車から大声で呼びかけてきたのは、叔父と甥のどちらにとっても見知った顔だった。

 

「足立……」

 

 稲羽署の刑事にして稲羽支部の副支部長だ。表と裏の両方の仕事における、堂島の相棒である。

 

「センセイ! ナナチャンは!?」

 

 そして車内から大勢の者たちが降りてきた。先頭にいるのはジュネスの着ぐるみだ。苦楽を共にしてきた特捜隊の仲間たち、千枝、雪子、完二、りせの四人も続いて降りてきた。そして悠にとっては仲間以外の友人で、堂島にとっては部下である二人、尚紀と結実もいる。

 

「相棒!」

 

 更に一台の中型オートバイが車に続いてやって来た。一条である。タンデムシートから飛び降りて駆け寄ってきたのは、悠の相棒だ。

 

 堂島と悠が去った後、シャドウワーカーの車に乗った足立が商店街にやって来たのである。リーダーたちに置いていかれた彼らは、互いの事情説明もそこそこに、足立の運転で二人を追いかけてきたのだ。八人乗りのバンに入りきらなかった陽介は、一条のバイクに乗せてもらったというわけだ。

 

「鳴上先輩! 堂島さん!」

 

 そして最後に、商店街にはいなかった直斗が反対側から走ってやって来た。かくして役者は揃った。特捜隊は八人全員、稲羽支部は被害に遭った長瀬を除く五人。合計十三人のペルソナ使いが、犯人が用いていた道具の前に集合した。

 

「堂島さん……とにかく落ち着いてください。まずは話を聞きましょうよ」

 

「分かった……聞こう」

 

 相棒に宥められて、堂島は体から力を抜いた。そして悠も叔父を解放した。

 

 

 特捜隊の事情説明は直斗がした。直斗が特捜隊に加入したのは八人の中で最も後だが、悠たちから経緯は全て聞いている。探偵として警察に協力したことは何度もあるので、事件の要点を絞って説明するのは慣れている。そして稲羽支部からは、今日の出来事について一条が再度説明した。

 

 そうして語られた数々の真実を、足立がまとめた。

 

「つまり……こういうことかな。ペルソナ使いはテレビに入ったり、人を入れたりできる。雨の日の深夜0時にマヨナカテレビってのが映る。映った人は犯人にテレビに放り込まれる。今日狙われたのは、昨夜のマヨナカテレビに映っていた人。状況から判断すると、菜々子ちゃんと海老原あいさんの二人。犯人は最初に海老原さんを狙って、現場に居合わせた長瀬君も巻き込まれた。それから犯人は堂島さんちに行って、菜々子ちゃんを誘拐した。一条君の目撃証言によると、犯人はいなば急便のトラックを使っていて……それがこの車。そういうこと?」

 

 そういうことだった。

 

「堂島さん、いなば急便と言えば……」

 

「生田目太郎の実家だ」

 

 相棒に話を向けられた堂島は即答した。4月に山野の遺体が上がった際、不倫相手だった生田目は警察の事情聴取を受けている。アリバイが固かった為に捜査対象からはすぐに外れたが、堂島は覚えていた。

 

「演歌歌手の旦那っすか!」

 

「奴は今さっき、このテレビに飛び込んだんだ! 菜々子を連れて!」

 

 現行犯である。菜々子の誘拐は生田目の仕業であることに、疑う余地はない。

 

「それで……テレビの中はシャドウがウヨウヨしてて、しかもペルソナ使いじゃない人が入るとその人のシャドウ……って言うのかな? 被害者に悪意のあるシャドウが出てくる。放っておくと被害者は殺されちゃう。山野真由美さんと小西早紀さんは、そうやって殺された。君たちも放り込まれたけど、鳴上君がその都度助けてた……」

 

「そうです。ただしペルソナ使いでない人は、普段は向こうの世界でシャドウに襲われません。襲われるのはこちらで霧が出た時です」

 

 足立のまとめを直斗が補足した。そして結論を述べた。

 

「昨日と今日は雨が続いていますが、霧は予報されていません。ですから菜々子ちゃんに、しばらく危険はないはずです」

 

 事件が発生してから救助のリミットまでは天候次第。具体的な日数は場合により異なるが、死人が出た4月の二件以降は週単位で猶予があるのがいつものパターンだった。そして今日のケースでも、霧の期限は取り敢えず明日や明後日の話ではない。しかし──

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ。だったら長瀬は危ないんじゃないか? あいつはペルソナ使いなんだから!」

 

 一条が声を上げた。長瀬とは親友であるだけあって、気付くものがあった。そこへ結実が補足する。

 

「そうね……それに海老原さんのシャドウが出てくるってことじゃない? あの二人、一緒に入れられたんでしょ? だったら……」

 

 空気が硬質化した。長瀬とあいは猶予がない。まずはあの二人を優先して、すぐにでも救助に向かうべき。そんな考えが皆に浮かぶが──

 

「いや、もうちょっと待ってくれない? ペルソナ使いだと霧が関係ないって言うんなら、菜々子ちゃんも長瀬君たちと同じくらい危ないんじゃないかな。だって生田目もペルソナ使いってことになるんだろうから……」

 

 足立の指摘によって、固まった空気がそのまま凍り付いた。秋の夜の元より寒い風が、冬の盛りまで時間が進んだように急激に冷たさを増した。

 

「いや、菜々子ちゃんの方がより危ないかな。生田目が菜々子ちゃんをシャドウから守るとは思えないし……」

 

「そうか……その通りですね。迂闊でした……今回は今までとは状況が違う!」

 

 直斗は歯噛みした。確かに足立の言う通りである。常人だけが落とされるのとペルソナ使いが一緒に落ちるのとでは、危険度が全く異なってくる。明日に霧が出ようが出まいが変わりはない。三人二組の被害者は一刻も早く救助しなければならない。そして二つの犯行現場は現実で落とされた場所が違う。つまりテレビのダンジョンも場所が違う。ならば──

 

「二手に別れよう。菜々子と海老原と長瀬、全員同時に助ける!」

 

 別行動を取ることを、一方のリーダーである悠が提案した。ここにはペルソナ使いのチームが二組いるのだ。二正面作戦は十分に可能なはずである。そうすると問題になるのは、どちらがどちらの救助に向かうかだ。

 

「菜々子……」

 

 もう一方のリーダーである堂島は悩む。心情的には、もちろん菜々子を助けに行きたい。だが堂島は稲羽支部の責任者である。五人の部下の命を預かる身だ。元々高校生を加えることには反対だったが、加えざるを得なくなった時、犠牲者は決して出さないと誓ったのだ。部下と一般人の被害者か、娘か。この局面でどちらを選ぶべきか。迷いなく娘を選べるほどには、堂島は情に溺れることはできない。できないから悩む。

 

 家族を守る父親として、部下を守る上司として。二つの立場の板挟みになった堂島に、相棒がフォローを入れてきた。

 

「堂島さんは尚紀君たちと一緒に、長瀬君と海老原さんを助けに行ってあげてください。菜々子ちゃんは僕と鳴上君たちで助けますよ」

 

「足立……」

 

「だって仕方ないじゃないですか。子供たちだけに捜索させるわけにいかないですから、堂島さんと僕は別行動を取らないと」

 

 これは一理ある。堂島にとって悠たちの戦力は未知数だ。だが強いにせよ弱いにせよ、シャドウが無数に蠢いているという戦場に子供だけで向かわせるわけにはいかない。二人の大人は別々に動かなければならない。その上で、菜々子の方に足立が行くと言うのは──

 

「別れなきゃいけないなら、危ない方に僕が行きますよ。こう言っちゃなんですけど、ペルソナは僕の方が強いですしね!」

 

 人選の理由はこれだ。

 

「……」

 

 堂島は黒々とした天を仰いだ。雨はまだ降り続いている。娘を誘拐した犯人への怒り、一刻も早く救助に向かわねばならない焦り、高校生を預かる責任感。諸々の煮えたぎる思いで焼け付いた額に冷たい雨がいくつも落ちて、堂島はほんの少しだけ落ち着きを取り戻した。僅かに空いた頭の隙間で、自分と相棒ができることを比較する。

 

「確かにな……」

 

 立場においては自分の方が相棒より上だ。しかし戦力においては相棒の方が遥かに上だ。これまでの霧の日の戦いで、何度も思い知らされている。自分にはできないことでも、相棒にはできる。この最悪の状況で最善の結果を得るには、少しでも可能性の高い方に賭けなければならない。今ここで必要なのはプロとしての冷静な判断であって、個人的な願望ではない。情に流されてはいけない──

 

「分かった……菜々子を頼む。悠たちも気にかけてやってくれ」

 

 葛藤を飲み込んで、堂島は決断した。

 

「了解です! 鳴上君、行くよ」

 

 しかしここで待ったが入った。

 

「待ってください。それだとこっちの人手が少なくなりすぎます。ただでさえ長瀬さんがいないのに、足立さんまで抜けられたら……」

 

 尚紀だ。足立に抜けられては、稲羽支部は前線要員が堂島と一条しかいなくなる。それはいくら何でも戦力不足の感が大ありだ。どちらの作戦も失敗できない以上、人数の調整は必要だ。

 

「ああ、それもそうだね……。鳴上君、そっちの子を何人か堂島さんの方に回してくれない? できれば風と雷を使える子がいいな。僕がそういうタイプだから」

 

「分かりました。完二と……」

 

 言われた悠は仲間たちを見回した。足立の要望は明快だ。それに適う仲間が誰なのかは考えるまでもない。特捜隊のリーダーとして、仲間の能力の種類は全員分を把握している。それにも関わらず悠は周りを見回し、しかも決断するまでに数秒を要した。

 

「陽介。叔父さんのチームに入ってくれ」

 

 時間はかかったが、結局のところ人選は自然なものになった。

 

「了解っす!」

 

「……」

 

 即答した完二とは対照的に、陽介は腕組みをして苦虫を噛み潰した顔をした。殺人事件を追い始めて半年以上が過ぎた。紆余曲折を経て、想い人を奪った憎き犯人にとうとう手が届くところまで来たと言うのに、最後の最後で作戦に参加できない。事件への思い入れが誰より強かった陽介にすれば、無念でないはずがない。

 

「……しゃあねえか。分かったぜ」

 

 だがそれでも陽介は頷いた。無念を飲み込んで、本命の戦いから外れることを承知した。娘の救出を相棒に譲った、相棒の叔父に倣うように。

 

「それで、どうするの? ここから入る?」

 

 編成が決まったところで千枝が声を上げ、悠は改めて考えた。今はとにかく緊急事態だ。ジュネスに向かう時間さえ惜しい。可能ならば、手間を省く為にここのテレビから入った方がいい。

 

「クマ、りせ。ここから入って、いつものスタジオに戻れるか?」

 

 問題は退路を確保できるかどうかだ。

 

「できるクマ! ナナチャンがここで入れられたんなら、変な場所に繋がってるのもないはずクマ!」

 

「うん。私と同じ力がある人になら、スタジオの場所を伝えるのもできると思う」

 

 二人は迷わず答えた。情報系ペルソナ使いはこういう時に便利だ。殺すこと以外にも使える力というものも、チームには絶対に必要である。

 

「そっちに情報担当はいるの? 探知や解析ができる人」

 

「俺です」

 

「そうか……クマ、出口のテレビはスタジオに置いてあるよな?」

 

「ずっと置きっぱクマ!」

 

 ジュネスの家電売り場から行けるスタジオには、出口の三段積みテレビが常設してある。特捜隊が活動を始めた当初は、戻る都度クマに出してもらっていたが、7月に悠が失踪して以降は出したままにしておくことにしたのだ。不測の事態に備えて、クマがいなくても出入りが可能になるようにしたわけだが、ここで役に立つことになりそうだった。堂島のチームが先に救助を終えても、すぐ現実に戻れる。

 

「よし、行こう!」

 

 かくして特捜隊と稲羽支部は救出作戦を開始した。夜が明けるのもマヨナカテレビのライブが映るのも待たない、即時決行だ。路肩に放置された車三台とバイク一台もそのままに、全員で生田目のテレビから異世界へ突入した。

 

 

 現実で霧が出ない限りは、テレビの中は常に霧に覆われている。特捜隊の拠点であるスタジオを始め、これまでの被害者が生み出した奇妙な空間の全てがそうだった。そして今日も同じだった。

 

「あっ……しまった! クマ、予備の眼鏡はないか?」

 

 霧の世界に降り立った途端、悠は事前の確認に漏れがあったことに気付いた。眼鏡がなければ、ペルソナ使いであっても霧の中では何も見えない。視界のない状態で戦うのは至難の業だ。陽介たちには眼鏡と武器を持ってくるよう招集の際に伝えたが、堂島たちの分にまでは考えが及んでいなかった。

 

「いや、眼鏡ならある」

 

 しかし心配は無用だった。堂島はスーツの上着から特殊部隊員の証を取り出し、顔にかけた。スクウェア型のメタルフレームタイプで、色は濃い灰色だ。

 

「やはり……」

 

「あ、僕らの眼鏡で見通せるんだ。ここの霧って、外で出るのと同じなのかな?」

 

 足立も銀のフレームの眼鏡をかけて周囲を見回した。すると各々自分の眼鏡をかけた、稲羽支部の仲間たちの顔が見えた。尚紀は白、一条は濃い緑、結実は紫だ。テレビの中の霧を、外と変わらない鮮明さで見通せる。稲羽支部の眼鏡は特捜隊のそれと出所は異なるものの、効果は同じだ。初めてテレビに入った五人の目には皆の顔と、壮麗な宮殿らしき建物が映し出されている。

 

「外? もしや皆さんは、現実で霧が出る時に……?」

 

 何気なく呟かれた足立の言葉に、直斗が反応した。だが堂島が遮った。

 

「話は後だ。小西、長瀬と海老原を探してくれ」

 

「はい」

 

 支部長の命令に応えて、尚紀は制服の懐に右手を差し込んで、眼鏡以外のもう一つの特殊部隊の証を取り出した。それは稲羽支部にとっては見慣れたものだが、特捜隊にとってはそうではない。日本で普通に生活していれば、自動式拳銃などそうそうお目にかかれない。

 

「お、おい尚紀! 何する気だ!?」

 

 まして銃口を自分の額に当てられては、本気で驚いてしまう。傍からは、尚紀は拳銃自殺をしようとしているようにしか見えない。

 

「ん? お前らは使わないんだ。俺らはこうやって……」

 

 幼馴染の完二は慌てるが、尚紀は平然としている。桐条グループが過去に編み出し、稲羽支部まで受け継がれた召喚の儀式を実践しようと、尚紀は引き金に親指をかけた。しかし──

 

「!?」

 

 二本足で立つ兎のペルソナが出てきた。出てきたことはいい。だが使用者が意図したタイミングとはずれていた。

 

「どうした?」

 

「ペルソナが……召喚器を撃つ前に出てきました」

 

「何? ふむ……」

 

 部下の報告に堂島は眉根を寄せた。だが詳しく問い返したりはせず、右の拳を軽く握った。そして意識を少し集中すると、尚紀が言っていることの意味が分かる気がした。訴えてくるものがあるのだ。通常の五感ではなく、ペルソナの感覚に。こちらから呼ぶまでもなく、向こうから出たがって身じろぎしているような。

 

 その感覚に乗って、堂島は拳に力を込めた。

 

「タヂカラオ!」

 

 刑事の頭上に制服警官のペルソナが現れた。堂島は自分の召喚器を上着の下に隠したままで、手に持ってさえいない。ただ一声呼んだだけで、自分の分身と言うべきビジョンが姿を現した。

 

「なるほど……ひと手間省けるか」

 

 一方で特捜隊の情報担当も探知を開始していた。りせはヒミコを召喚し、ペルソナが持ったディスプレイを頭にかけるが──

 

「菜々子ちゃん、本当にここにいるの……?」

 

 りせの歯切れは悪かった。トラックに積まれたテレビから入って出てきたこの場所には、確かに誰かがいる気配はある。しかしヒミコが感じ取っているものは、どこか曖昧だった。悠が失踪した日以来、何度か会っている菜々子のものであるのか、りせは今一つ自信が持てなかった。

 

「間違いないクマ! クマの鼻センサーに、もービンビン来てるクマ!」

 

 しかしもう一人は自信満々だった。りせが加入してからは探知能力を使う機会はほとんどなかったのだが、今ははっきりと感じていた。皆を置いて自分一人で駆け出したいくらいで、着ぐるみが前のめりになっている。

 

 そうしている間に、もう一組の被害者が発見された。

 

「見つけました。長瀬さん、確かにこの世界にいます。そのすぐ傍にもう一人……ちょっとはっきりしませんが、海老原さんで間違いないでしょう」

 

 テレビに落とされた被害者を探し出すには、その人の人柄などを知る必要がある。尚紀は長瀬とは霧の日の戦いの他、修学旅行などで行動を共にした経験があるので、比較的苦労なく見つけられた。あいとは面識がないが、長瀬の傍に誰かの反応が見つかったので、状況的に間違いないはずだった。

 

「よし……りせ、小西にスタジオの場所を教えてやってくれ」

 

「うん……小西君、手を出して」

 

 呼ばれた尚紀はクラスメイトに近づき、手を差し出した。二人の情報系ペルソナ使いは互いの手を触れ合わせ、言葉や映像以上に詳細な、超常の感覚を介してテレビの世界の情報を受け渡す。時間にして数秒で、尚紀は特捜隊の拠点の在り処が自分の頭に落とし込まれるのを感じた。

 

「なるほど……分かった」

 

 これにて準備は完了である。あとは二つのチームが各々の現場に向かい、役割を果たすだけである。

 

「そんじゃ、行こっか。堂島さん、そっちはお願いしますね」

 

「ああ」

 

 二人の大人は頷き合った。特捜隊と稲羽支部はメンバーを一部交換した上で、二手に別れる。誰がどちらの救助に向かうのかは、ここに来る前に結論を出している。今から改めて議論することなく、大人たちは道を異にした。

 

「あ、鳴上君!」

 

 ただ最後に結実が声を上げた。呼ばれた悠は振り返り、今日最初に互いの秘密を明かし合い、二つの輪が合流する契機になった人の姿を眼鏡越しに見た。その顔には相手を案じる憂いが浮かんでいた。もちろん得意の演技ではなく、本当の心配だ。

 

「気を付けて……」

 

「ああ、そっちもな」

 

 若い二人は互いを気遣った。そして堂島は相棒と甥、そして甥の友人五人が戦いに向かう姿を、その場でしばらく見送った。その視線の先には、怖い思いをして助けを待っている一人娘がいるはずだった。

 

「……」

 

 そこへ陽介が声をかけた。

 

「堂島さん、気持ちは分かりますが……今はこっちに集中しましょう」

 

 陽介には堂島の気持ちが分かる。堂島が菜々子を助けたいように、陽介も早紀の仇を取りたいから。しかし今は状況が状況だ。常人にはない特別な力を持っていても、全てを思い通りに運ぶことはできない。その道理を噛みしめながら、陽介は相棒の叔父を促した。

 

「大丈夫っすよ! 鳴上先輩がいるんすから、菜々子ちゃんは絶対助かりやす!」

 

「鳴上さんと……足立さんを信じましょう」

 

「そうだな……」

 

 完二と尚紀も同調してきて、堂島は足を進めた。未練を断ち切って、娘が囚われた領域から離れた。

 

「頼むぞ、足立……」

 

 ただ最後にもう一度だけ振り返った。

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