ペルソナ4 落ち武者の神   作:三尺

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一軍と二軍(2011/11/5)

 特別捜査隊とシャドウワーカー稲羽支部の戦力を比較すると、平均で言えば前者が若干勝る。その理由の一つは経験の差だ。稲羽支部の戦いは霧の日のみで、回数は最も早くに目覚めた足立がこれまでに五回。倒したシャドウの数は、先月は多大だったがあれは例外で、それ以外は一晩に数十匹かそれ以下だった。

 

 対する特捜隊は被害者の救助はこれまで同じく五回。7月に悠が落とされたケース以外では、迷宮を攻略して有象無象を蹴散らした上で、被害者から生まれたシャドウを核として大型化したものと戦ってきた。それに加えて、被害者がいない時でもテレビに入って鍛錬の為に戦ったこともある。つまりこなした実戦経験の量において特捜隊は稲羽支部に勝り、それが戦力の差に表れている。

 

 そしてもう一つはコミュニティと呼ばれるものである。通常の人間関係とは一線を画す魔術的な絆は、当事者たちに何らかの恵みを与えている。ただしその程度は一定ではない。平均で見ると特捜隊の『恩寵』、またの名を『ご利益』は稲羽支部より多い。その点、今日の作戦で長瀬とあいの救助に赴いたチームは絆の恩恵をそもそも受けていないか、受けていても道半ばの者たちばかりで編成されていた。

 

 

「ジライヤ!」

 

 陽介のペルソナ呼称は4月に目覚めた時と同じである。もちろん半年間の間に積み重ねた経験によって、当初に比べて実力は大きく上がっているが、呼び名は変わっていない。仲間の女性陣四人のうち二人は一学期の間に名前の変更を経験しているが、陽介はまだなのである。もし悠が『一番信頼している仲間を、誰か一人だけ挙げろ』と問われれば、『陽介』と答えるであろうに。

 

 もはや慣れた名前で呼ばれたペルソナは、一陣の竜巻を起こした。ファッションショップの床から立ち上がって、瞬時に天井まで届く空気の渦だ。風船のように空中に浮かぶシャドウを押して進む。

 

「く、くっそおお……!」

 

 渦を巻く暴風に煽られて、あいの影は後退した。風は弱点ではないが、宙に浮いている為に踏ん張りがきかないのだ。本命の標的である己の本体とそれを庇う男から、距離を置かされる。

 

「行くぞ、巽!」

 

「うっす! タケミカヅチ!」

 

 堂島の指示の下、完二が動く。警察関係が嫌いな完二であるが、敬愛する先輩の叔父は別だ。指示には素直に従ってペルソナを召喚する。やはり5月に得た時から名前は変わっていない。

 

「タヂカラオ!」

 

 続いて堂島も制服警官のペルソナを召喚する。どちらも巨体と剛力を誇る二体は、風に押された影に向けて打撃を振るう。稲妻を模した剣から無数の突きを放ち、剛腕から繰り出される渾身の張り手を食らわせて、影を更に遠くへ追いやる。

 

「このっ……邪魔だっての!」

 

 突き飛ばされた先で、あいの影は魔力を集中させた。得意の吹雪を放つ。標的は前線に立つ三人の男たちではなく──

 

「させっか!」

 

 未だ倒れたままの被害者二人の前で、一条が立ち塞がった。高校生にしては小柄な体を大きく広げ、シャドウの冷気を一手に引き受ける。それでいて、ほとんど効いていない。

 

 あいの影は本物のあいを狙っている。元よりテレビに放り込まれた人から生まれるシャドウは、本体に強く執着するものだが、今日はその傾向が特に顕著だった。指揮を取る堂島はそれを見抜き、シャドウと本体の距離を置かせる方針で作戦を組み立てた。

 

 影が近づいてくれば陽介が風で押し返し、完二と堂島は突き押す系統の技で追撃する。影は遠距離からだと氷結の魔法を放ってくるが、それは氷結に強い一条が受け止める。前線の三人も余波は浴びるが、結実の手当てが十分追いつく程度のものだ。

 

 犯人に落とされた三人二組の被害者を救出する為、特捜隊と稲羽支部は二手に別れた。そしてあいと長瀬の方に来たのは、言うなれば『二軍』である。稲羽支部で最強の副支部長が抜けて、代わりに入ったのはペルソナの進化も済ませていない男二人だから。彼らがもし菜々子の方に向かった者たちと戦えば、まず勝てないだろう。だが二軍であっても敵の傾向を読んで適切な対策を取ったことで、戦いは優位に進められていた。弱点の火炎を突かなくても、風と打撃のみで敵の体力を着実に削っていく。

 

「どうしてみんなホンモン庇うの!? そいつはあたしなのに! こんなに醜いのに!」

 

「ふざけんな!」

 

 影の負け惜しみに一条が答えた。しかし聞かれたことの答えにはなっていない。これまでの特捜隊の戦いではいつもそうだったように、影が何を言おうともペルソナ使いたちは耳を貸さない。シャドウが現れれば戦うのみ。ものの道理を教え諭してやるのは力の次。このやり方は元々悠が確立したものだが、悠がいなくても男たちはシャドウと話し合おうとはしない。そして──

 

「シロウサギ、撃て!」

 

 戦列の最後尾から炎の弾丸が放たれた。いや、弾丸と言うには控え目だ。雪子の操る猛火にはほど遠く、魔法的な力が得意でない長瀬の炎にも及ばない。小さな灯火に過ぎないが、それでも効いた。

 

「あっつ……!」

 

 灯火を押し付けられた影は浮遊力を一瞬失い、床に落ちた。弱点を突かれると威力の大小に関わらずシャドウは怯む。その瞬間こそが、対シャドウ戦における最大の好機である。

 

「今だ! やるぞ!」

 

「はい!」

 

「うっしゃあ!」

 

 堂島の号令の下、男たちが影に殺到した。警棒が振り下ろされ、短剣が走り、パイプ椅子が叩きつけられる。容赦も何もない。あいから生まれたシャドウは、これまで特捜隊が救助してきた被害者のシャドウと同様に、口もきけなくなるまでめった打ちにされた。

 

 

「お前、んなこともできたんか?」

 

 シャドウを散々に打ちのめした後で、完二は振り返って十年来の幼馴染に声をかけた。

 

「威力はショボいから、やりたくなかったんだけどな……」

 

 弱点を突いただけで総攻撃には参加しなかった尚紀は、ばつが悪そうに答えた。もはや勝敗の帰趨は決していたから、わざわざ手を出さなくても良かったはずなのに、ついやってしまったことを恥ずかしがるように。

 

「終わったか……む? あれは?」

 

 堂島は眼鏡越しの視線をファッションショップの奥に向けた。そこは試着室らしき一角があって、一人の人影が立っていた。

 

「ええ。被害者から出たシャドウって、その辺の奴と違って倒しても消えないんです」

 

 テレビの中で戦うのは初めての堂島に、何度も経験している陽介が説明した。霧をさまよう小粒なシャドウと違って、この世界に放り込まれた人から生まれたシャドウは、叩きのめしただけでは消滅しない。姿は異形の怪物から人のものに戻るが。

 

「んで、本体が……あれ?」

 

 しかし陽介の説明は中断された。本物のあいと目の色が違うだけで、同じ顔をした者がそこにいると思ったのだが──

 

「おい、あれって海老原のシャドウ……なのか?」

 

「シャドウってホンモンと同じツラしてんじゃねえんすか? 何か、まるで別人っすけど」

 

 試着室の中に立っているのは、高校生の海老原あいとは大きく異なる姿の少女だった。服装が違うのはこれまでのケースでも何度かあったが、顔や体格も違っている。本物より背が低く、顔立ちも幼い。

 

(いや、確かに顔は違うけど……)

 

 外見に違和感を持つ陽介と完二を余所に、尚紀は視覚以外の感覚で分かるものがあった。小学生くらいの年齢に見えるあの少女は、確かにあいのシャドウだ。その辺をうろつく有象無象と違って、本物のあいとの間にある精神的紐帯が結ばれている。尚紀は本体と影を見るのは初めてだが、両者の間に目に見えない繋がりがあることは分かる。それは先月の現実の霧に現れた一条と長瀬の姿をした者からは、感じられなかったものだ。

 

 だが尚紀が真相を口にする前に、言葉が上がった。

 

「そうよ……別人に決まってる。あいつは、あたしじゃない……」

 

 本物のあいだ。悪い夢を見ているように目をきつく閉じて、うわ言を呟いた。その手は、未だ覆いかぶさっているままの長瀬の背に回されている。

 

「……!」

 

 再度の否認によって、試着室に佇んでいた小太りの少女が動いた。金の瞳は輝きを増し、一歩前へ進もうとするが──

 

「む……!」

 

 ずっと油断なくシャドウを見据えていた堂島が身構えた。警棒を手に、子供のような人外を睨みつける。

 

「ちっ! まだやんのか!?」

 

 陽介と完二も得物を構えた。三人の男と一人の少女の間で緊迫感が生まれるが──

 

「……」

 

 少女は俯き、肩を落とした。もはや戦っても勝ち目がないからか。もしくはどうやっても本体に受け入れられることはないからか。はたまた悠が、もしくは足立が、つまりは愚者かそれに類する宿命を持つ者がここにいないからか。

 

「……」

 

 一言も喋らないまま、少女は崩れた。文字通りの意味で形が崩れ、人の姿でなくなった。

 

「何だ……?」

 

 陽介が声を上げた。霧に蠢くシャドウは、最初は黒い泥のような姿で現れる。敵を見定めると各々のアルカナに応じた姿形を取る。だが今は、それとは逆のことが起きた。形のある状態から、ない状態に変わったのだ。彫像が崩れて大理石の瓦礫になるように、人の姿が崩れて泥の塊になった。

 

(あ、繋がりが……)

 

 その様を見た尚紀は、何が起きたのか理解した。先ほどまでは確かにあった、本体と影の間にあった繋がりが切れたのだ。今そこにいるのは女帝のアルカナを持つだけの、ただのシャドウだ。それは試着室を出るやいなや、右手の方角へと不定形な体をひきずって行った。ペルソナ使いたちから逃げるように。自分を生んだ者などもう関係ないと言うように、霧の中へと立ち去った。

 

(そっか……海老原さんのシャドウは、その辺をうろついている奴らと同じになったわけだ)

 

 本体に否定され、暴走し、敗れる。しかし本体に受け入れられることはなく、完全に切り捨てられた。そういうことはあり得るはずだ。過去は消えるものではないが、捨てられる過去というものもこの世にはあるように。そうでなければ、霧の中にシャドウが溢れかえったりしない。

 

 去りゆくシャドウをペルソナ使いたちは追わず、ただ見送った。

 

「……あ、長瀬!」

 

 一条が思い出したように声を上げ、続いて前線の三人も振り返った。長瀬は倒れたままで、あいの手が背中に回されている。その背中は復元したジャージによって隠されているが──

 

「小沢! 長瀬は大丈夫なのか!?」

 

「傷は塞がってます。でも……」

 

 駆けつけてきた堂島の問いかけに、回復担当の結実が答えた。だが歯切れが悪い。

 

「でも、何だ!」

 

「治りが凄く遅くて……さっきやっと傷が塞がったところなんです! 呼吸や脈も……!」

 

「!」

 

 堂島は床に膝をつき、長瀬の右手首を取った。その数秒後、顔から血の気が引いた。細い──

 

 堂島は今にも脈が止まりそうな腕を肩に担いだ。そして膝を起こして立ち上がる。力の抜けきった少年の体は剛力無双のペルソナの恩恵を受けている堂島にも、なぜか重く感じた。

 

「すぐに病院だ!」

 

「長瀬!」

 

 道理によらない重さを助けるように、一条は死に瀕した少年の左腕を肩に担いだ。これまで共に戦ってきた上司と一緒に、幼い頃からの親友を抱えて歩く。

 

「くそっ……! 何でこんなことに!」

 

 だが一条の助けは助けになっていないかもしれない。少年の涙声がかえって堂島を抉る。

 

(何で……? 決まってる! 俺のせいだ!)

 

 警察官でも何でもない高校生を、どうして戦わせたのか。この問いに、自分は何と答えられるだろうか。常人にはない力を身に付けたから? 町を守るにはその力が必要だから? だから何だと言うのか。無関係な未成年を使って企業犯罪の後始末をさせていた、過去の桐条グループと比べて何も異なるところがない。いや、聞くところによれば月光館学園に在籍していた当時のペルソナ使いたちに、犠牲者は出なかったらしい。部下を守れない自分は、彼らよりもなお悪い──

 

 なぜこんなことになったのか。どうして防げなかったのか。胸が張り裂けそうな猛烈な後悔と、体ごと押し潰されそうな責任の重さが、堂島の肩にのしかかっていた。だが今はとにかく急いで外に連れ出さなければならない。堂島は足を速めた。

 

「あっ……!」

 

 すると左側を支える一条がつまづいた。堂島と一条は身長差があるので、二人で担ぐにはバランスが悪い。一条は霧が覆う床に膝をついた。すると一条に代わって立ち上がるものがあった。

 

 立ち上がったのは、光だ。

 

「お、おい? エビス?」

 

 氷を操る剛毅のペルソナ、エビスが表に出てきた。だが一条に呼ぶつもりはなく、もちろん召喚器も手にしていない。それにも関わらず『勝手に』出てきたのだ。そして言葉を発した。

 

『彼は汝、汝は彼……』

 

 使用者ではなくペルソナが喋った。ただし言葉の内容は、意味が分かるような分からないような、と言ったところだ。ペルソナ使いは『我は汝』と聞くことはあるが、『彼は汝』はごく少数の例外を除いて聞くことはない。そんな珍しい言葉を発するや、エビスが動いた。もちろん一条が命じたのではなく、勝手に動いた。

 

 動いた先には堂島に抱えられた長瀬がいる。ペルソナは膝をついた使用者に代わって、瀕死の少年を助け起こそうとするように、長瀬の体に手を触れた。

 

 そして光が溢れた──

 

「え!? 一条さんのペルソナが長瀬さんに……!?」

 

 声を上げたのは尚紀だ。つい先ほど、あいとシャドウの繋がりが切れたのを尚紀は見た。それとは逆の現象が一条と長瀬の間に起きたことに、五感を超えた領域で物事を認識できる尚紀は気付いた。

 

 一条と長瀬は幼い頃からの親友である他に、もう一つの繋がりがある。それは悠が築いている剛毅のコミュニティを二人で担っていることだ。もちろん悠は二人にコミュニティの存在を教えていないので、二人は知らない。しかし知らなくても、結びつきはそこに確かに存在する。それは『同一人物』と言っても間違っていないほどの、深い繋がりだ。日本の信仰において、生まれた国や時代が異なる二柱の神を同一の存在と見なすように。エビスとコトシロヌシは互いが互いになった。

 

 元からある繋がりに乗って、更なる繋がりが二人の間に生じた。コミュニティと呼ばれる絆は尚紀の目にも見えない。だがペルソナによる繋がりは見えた。それは消えゆく命さえ繋ぎ止めることができる。

 

「う……」

 

 ペルソナが姿を消した途端、堂島の腕の中で長瀬が身じろぎした。

 

「げ、げほっ!」

 

 そして咳き込んだ。止まりそうだった呼吸が戻り、脈は力強さを取り戻した。

 

「長瀬!」

 

「い、一条……?」

 

 親友の呼びかけに応えて、長瀬は目を開けた。今から四ヶ月ほど前、シャドウに襲われて入院した一条は、長瀬が見舞いに来た途端に目を覚ました。今日はそれとは逆のことが起きたわけだ。

 

「お前……大丈夫なのか!?」

 

「堂島さん、来てくれたんすか……。あ、エビは!?」

 

「ああ、無事だ。お前のおかげでな」

 

 堂島は首を回して後ろを示した。そこには未だ気を失ったままで、陽介と完二が肩を貸しているあいがいる。シャドウの攻撃からずっと庇われ続けていたので、命に別状はない。

 

「そ、そっすか……良かった……」

 

 長瀬は自分の力が何の為にあるのか知らない。だが今日、目的にできるものを見つけたはずだった。そしてそれをやり遂げたのだと知った少年は、再び意識を手放した。

 

 

 

 

 合流した二つのグループのうち『一軍』が向かった先は、これまでテレビの世界に生み出されたのとは随分と趣が異なる場所だった。生田目のテレビから飛び込んですぐの場所にある入り口は、お伽話に登場する城の城門のようで、いくつもの色鮮やかな花輪で飾られていた。よく見れば、城門を囲うように虹がかかっている。門の先は眩しい白色ばかりで何も見えないが、城壁の上には巨大な樹木が見える。

 

 菜々子が生み出した場所に足を踏み入れてから、特捜隊六人と部外者一人は一度立ち止まった。

 

「ここがナナチャンの心……」

 

「外も綺麗だったけど、中もそうね。お話に出てくる天国みたい」

 

「ホントね……ん? 天国? それって……」

 

 りせの呟きに千枝が反応した。天国とは死者が向かう場所だ。そして菜々子にとって死者と言えば──

 

「そっか……仕方ないよ。まだあんなに小さいんだもん」

 

 雪子が感慨深げに応じた。堂島家の家族構成は、この場の全員が知っている。人外と若者たちは、各々の思いを胸に『天国』の白い空を見上げる。その一方で、稲羽支部の副支部長は特捜隊のリーダーに話しかけた。

 

「鳴上君、テレビの中ってこんな感じなの? こういうふうにお花一杯で、綺麗なトコなの?」

 

「いえ……こんな雰囲気は初めてです」

 

 悠は首を横に振った。これまでは変に不気味だったりデフォルメが過剰だったりして、シャドウが大量に潜んでいることを除いても、心が落ち着くような場所ではなかった。

 

「テレビの中のこういう場所は、被害者の心理が反映されるみたいなんです。だからここは菜々子の……」

 

「ふーん……」

 

 聞いてみたものの、足立はもちろんマヨナカテレビで見ているので、これまでテレビの中に作られたダンジョンはこんな雰囲気でなかったことは知っている。いずれも被害者のコンプレックスを投影し、侵入者を拒むように薄気味悪く、または戯画的に作られていた。翻って、何とも美しいこの場所は──

 

(菜々子ちゃんがそれだけいい子だからってことか? いや……そう決めつけるのは早い)

 

 悠は身内の贔屓目もあろうから、ダンジョンの雰囲気に従妹の人柄の良さを感じるのも仕方ない。だが自分は少年たちと一緒に感慨に浸ってはいけないと、足立は思った。警察官の身内が事件の被害に遭った場合、当の警察官が捜査に当たるのは望ましくないとされる。個人的な感情が職務の円滑な遂行を妨げる可能性があるからだ。

 

 堂島は菜々子を助けたかったことは、足立は当然分かっている。分かった上で、そうさせなかった。ならば自分は客観的にならねばならない。これまでの被害者と同じ出来事が菜々子の身に起ころうと、それ以上に悪い事態に陥ろうと、慌てず動揺せず対処する。そう心に決めて、可愛らしい限りの小学一年生に対する先入観を、足立は自分の中から排除した。

 

 そうして各々が思いを抱く中、現実的な話が持ち上がった。

 

「あの、鳴上先輩。リーダーはどうされますか?」

 

 直斗だ。特捜隊のリーダーは悠である。実戦ではいつも悠が指揮を取り、皆はそれに従っていた。だが今日は部外者が一人いる。しかも高校生ではなく十歳も年上の刑事である。そしてそもそも足立がこちらに来たのは、『子供たちだけに捜索させるわけにいかないから』だ。つまり足立は菜々子救出作戦の責任者としてここにいる。そうすると悠が指揮するべきかどうか、議論の余地がある。

 

 しかし足立は議論などしない。

 

「君たちって、いつも鳴上君がリーダーやってるの?」

 

「ええ」

 

「じゃ、女の子たちとクマ君……だっけ? みんなへの指示は君に任せるよ。僕は向こうでもリーダーしてないし」

 

「分かりました」

 

 話はあっという間にまとまった。特捜隊の指揮は今まで通り悠が取る。だが足立の言いようには、微妙な含みも残っている。自分も悠の指示に従うとは、足立は言っていないのだ。

 

「あ、敵が来たよ!」

 

 だが指揮命令系統における足立の立ち位置を明確にする前に、りせが警告してきた。ここはテレビの中である。見た目がどんなに美しかろうが優しげだろうが、そんなことは関係ない。テレビの中にペルソナ使いが入れば、シャドウは襲ってくる。

 

「皆、油断するな!」

 

 現れたのは、頭巾らしきものをかぶった頭を、だるま落としのように三つ重ねた姿のシャドウだった。それが四体いる。

 

「そいつら、風に弱いわ!」

 

「風か……! 直斗、まず一つ頼む!」

 

 悠は唇を噛んだ。特捜隊で疾風属性の攻撃と言えば、陽介の領分である。だが悠が最も信頼を置く相棒は、堂島と共に長瀬とあいの救出に向かっている。先月から新加入した直斗も風を使えはするが、威力は陽介より劣り、広範囲に展開することもできない。ならば直斗に先制させつつ、とどめはワイルドである自分がやる。そう思って、風を操れるペルソナを心の中から探した。

 

「はい!」

 

 指示を受けた直斗は眼前にカードを浮かべた。特捜隊流の召喚の儀式である。その間、足立は自分自身を見つめた。

 

(ちょっと試してみようか?)

 

 足立はスーツを着ており、右の脇には召喚器が隠されている。シャドウワーカーはペルソナを召喚する際は、桐条グループ謹製の超常兵器を使う。有里は使わないが、あれは練達であるが故の例外だ。だが先ほど堂島と尚紀は召喚器なしで召喚していた。マヨナカテレビの録画でも特捜隊は召喚器を使っていなかったし、そもそも持ってもいない。代わりに今直斗がやっているように目の前にカードを呼び出して、それを握り潰したり切り裂いたりして召喚する。カードさえ使わず、ペルソナの名前だけ呼んで召喚するところも、録画では何度も見ている。

 

 どうして特捜隊はそんなに便利にペルソナを使えるのか。それはきっと、テレビの世界という特殊極まる舞台に原因がある──

 

「マガ……うぐ!」

 

 だがペルソナの名前を呼ぼうとした途端、足立は急激な苦しさに襲われた。吐き気だ。4月30日に初めて召喚した時と同じ、あの嘔吐感である。手で口を押さえて、慌てて声を飲み込んだ。

 

「ガネーシャ!」

 

 その間に悠は、象の頭に人の体のペルソナを召喚した。直斗の影を制圧した、なかなかに強力なものである。敵の攻撃を跳ね返す魔法を使えるが、風も使える。広範囲に展開する竜巻を呼び起こすが──

 

「マガツ!」

 

 一瞬遅れて、悠にとっては聞き慣れないペルソナ呼称が呼ばれた。同時に新たな竜巻が湧き上がった。天国の床から立ち上がって頭上の白い靄まで届く高さの、巨大な空気の暴力だ。二重の風の軍団は、だるま落としのシャドウを瞬時に薙ぎ払った。怯んだ隙に総攻撃を仕掛ける必要もなく、そのまま黒い煙になった。

 

「今のが足立さんのペルソナですか?」

 

 シャドウの消滅を確認すると、悠は振り返った。そこにはいつもの飄然とした顔の刑事がいる。

 

「そう、風と雷が得意な奴ね」

 

「その銃は……? さっき小西も持っていましたが……」

 

 足立の左手には召喚器が握られている。足立は一度の失敗で、使わずに召喚するのは諦めたのだ。自分の左のこめかみを普通に撃って、普通にマガツイザナギを召喚した。

 

「僕らはこれ使って召喚するの。詳しいことは……まあそのうち堂島さんにでも聞いてよ」

 

 もちろん使わない方が手間が省ける。だから可能ならそれが良いのだが、足立は自分の嘔吐と戦ってまで召喚器なしの召喚をする必要は感じなかった。いつものように戦うことに決めたのだった。

 

 

 堂島はテレビに入る前、菜々子の救出を足立に託したが、足立は皆を指揮する権利を悠に譲った。しかしその取り決めはあまり意味がなかった。戦闘において、悠が指示を出す必要はまるでなかったのだ。

 

「邪魔だ、化物ども!」

 

 実銃と召喚器の二丁拳銃という本来の戦闘スタイルを取る足立は、六人の少年少女を後ろに従えるようにして、天国を模した世界を駆けていった。竜巻の軍団を呼び起こし、立ち塞がる異形の怪物たちを薙ぎ払う。風の暴力が進軍した跡には、滅んだシャドウが発する黒い煙以外は何も残らない。そんな戦いが何度も繰り返されていた。

 

 特捜隊の戦いは初めの頃は楽なものだった。テレビの中に蠢くシャドウは、どれもこれも弱かったからだ。その辺をうろつく有象無象はもちろん、テレビに放り込まれた被害者から生まれたシャドウが大型化したものも、変に鈍かったり動作が大きすぎたりした。だから力に目覚めたばかりで実戦経験などあるはずのない高校生だけでも、犠牲者を出さずに乗り越えられたと言える。

 

 だが9月に直斗の救出作戦を遂行した時には、かなりの苦労を強いられた。まるでオリエンテーションが終わって本番が開始したように。もしくは舞台を作る監督がアクションシーンに関するこれまでの方針を変更して、主人公たちの前に立ち塞がる敵役たちに『もっとやれ』と指示したように。

 

 しかし今日の戦いは、シャドウが以前と比べて少々強くなろうが関係なかった。

 

「足立さん、マジ凄い……」

 

 大人の後を追う若者たちの一人、千枝は目を丸くして呟いた。

 

 これまでの霧の日では、足立は他と一線を画した強さを見せてきたが、それは今日も同じだった。実戦経験の量は稲羽支部より多いはずの特捜隊から見ても、足立の実力は際立っていた。特捜隊のリーダーにして最大戦力の悠でさえ、足立を前に置けば、たまに出る取りこぼしを潰すくらいしかやることがない。他の者たちに至っては、ただ二人の背中を追って走るだけだ。

 

「ペルソナって大人の人の方が強いのかしら?」

 

「うーん……そんなことないと思うよ。さっき堂島さんのペルソナも見たけど、みんなと比べて特別強いわけじゃなかったし」

 

 走りながらの雪子の疑問に、りせが答えた。堂島は長瀬とあいの救出に赴く前、テレビの中での召喚を試した。それをヒミコの目を通して見たところ、堂島の強さは特捜隊の仲間たちより上ではなかった。具体的に言うと、悠の方が堂島より強い。千枝や雪子も勝てる。陽介や完二でも、頑張れば多分勝てる。その程度だ。つまりペルソナの実力は年齢には比例しない。

 

 しかし年齢に反比例するわけでもない。自分たちより十歳年上の足立の強さは凄まじい限りである。りせとしては悔しい話だが、足立の実力は悠より上だ。

 

 その一方で、りせとは違う感慨を抱く者もいた。

 

「何か……不思議クマ。アダッチーのペルソナ、センセイのとちょっと似てる……」

 

「ん、そうかな?」

 

 雪子が疑問を呈すと、りせが再び答えた。

 

「そりゃ鳴上先輩はペルソナたくさん持ってるし、中には似てるのもあるでしょ。私たちので言うと……直斗君のに近いかな。全方位型っての?」

 

「タイプ的にはそうですね。僕のスクナヒコナはあんなに強くありませんが……」

 

 直斗のペルソナも攻撃手段は多彩で、器用なタイプである。もっとも実力は比べるべくもない。足立のペルソナは差し詰め直斗の上位互換か。

 

「いや、そういう問題じゃない」

 

 能力的な問題を話すりせたちと違って、似ていると評された当の人、悠はクマの言わんとすることが分かる気がした。

 

 足立が『マガツ』と呼ぶあのペルソナは、姿がイザナギと似ているのだ。だが悠はあのペルソナを4月までしか使っていない。りせと直斗はイザナギをそもそも見ていないので、違和感を持つこと自体ができない。千枝と雪子は見ているはずだが、半年以上も前なので忘れている。だがクマは覚えている。そして悠も覚えている。バンカラファッション風の奇抜なペルソナを。

 

(どういうことなんだ?)

 

 能力の種類においてはともかく、姿形が似ているペルソナというものは、悠の知る限りで他にない。特捜隊の仲間たちのそれと似た姿のペルソナは、マーガレットのペルソナ全書にも記されていない。しかし足立のペルソナは悠が初めて得たものと、見た目がほとんどそっくりだ。

 

(足立さんはコミュもタロットにないし……)

 

 道化師のアルカナは、5月にマリーに薦められて買ったタロットの解説書にも載っていなかった。いかなる系統のタロットにもない隠された存在だ。敢えて言うならば、トランプのジョーカーだろうか。トランプはタロットの小アルカナを元にしているという説もある。それによれば、ジョーカーの起源は愚者のアルカナとされる。

 

(足立さんも特別……って奴なのかな)

 

 考えているうちに、また新手のシャドウが立ち塞がってきた。今度は数が多い。

 

「敵、十体! 大勢よ! 弱点は……雷!」

 

「マガツ!」

 

 りせの分析が済んだ直後、足立は左手の銃を撃ち放った。指揮権を持つ悠の指示を待つこともなく。

 

「どきやがれえぇ!」

 

 足立自身と足立のペルソナが吠えた。イザナギが持っていたものと似た、だが血に塗れた矛を掲げる。すると天が揺れた。淡く桃色がかった上空が割れて、赤い稲妻が降ってきた。しかも一筋ではない。雷撃が豪雨のように無数に降り注ぎ、群れをなしたシャドウを焼き滅ぼしていく。一匹たりとも逃げられない。神の怒りに触れた愚かな人間のように。

 

 実力においては、足立はまさに『特別』と呼ぶに相応しい。だが当の足立自身はそれどころではなかった。

 

「やれやれ……」

 

 赤い電撃でシャドウの群れを滅ぼしたところで、足立は一息ついた。疲れているわけではない。ついため息が零れてしまう、そんな後悔を密かに抱いていた。

 

(失敗だったな……。堂島さんを帰らせるだけじゃ足りなかった)

 

 4日の24時に始まったマヨナカテレビは、足立も見ている。特捜隊と違って足立は予告も鮮明に見られるので、生田目が誰を狙うかはその時から分かっていた。だから今日、本業である警察の仕事では相棒を先に帰らせて、明日は休みを取るよう勧めた。家を空けることが多い堂島を、娘の傍にいさせるようにしたのだ。だが狙いは外れた。

 

 予告には菜々子の他に、あいが映ったことも分かっていた。そちらはこれまでの被害者と同様に放置しておくつもりだったのだが、それがいけなかった。まさかあいの誘拐に長瀬が巻き込まれ、一条が堂島を呼び出すとは予想しなかった。おまけに悠まで家を空けてしまい、生田目が菜々子を誘拐する隙が生まれたのは、足立にとって完全に予想外だった。

 

(いや、そもそもの話……放置しすぎたんだ。さっさと生田目を捕まえて、事件にケリつけとくべきだったんだ)

 

 足立は事の初めから『誘拐犯』の正体に気付いていた。それにも関わらず、何もせずに放置していた。その結果が、相棒の娘に危険が及んだこの状況である。今になって後悔を感じていた。世界を嘲笑う道化師らしくもなく。

 

 そんな珍しい感情が足立を後押ししていた。そしてより強くしていた。

 

「みんな、急ぐよ!」

 

 足立は捜索を始める前、指揮権を悠に譲った。だが事実上のリーダーとして、六人の若者たちを引っ張っているのは足立だった。

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