ペルソナ4 落ち武者の神   作:三尺

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孤独の純度(2011/11/21)

 日付が21日に変わる直前の時間。堂島宅に少年少女が集合した頃、ジュネスの駐車場には大人たちが集まっていた。堂島は自家用車で、足立はシャドウの探知装置を搭載したバンで各々来ている。

 

 そこへ一台の白いワゴン車が通りからやって来た。バンの隣に駐車し、中からジャケットを着た青年が降りてきた。有里だ。

 

「ご苦労様です」

 

「ご苦労様っす……ん、車が前と変わってません?」

 

 足立は年下の上司に挨拶しつつ、車に違和感を覚えた。直近で有里が稲羽に来たのは今月7日だが、その時は青いスポーツカーで来ていた。だが今日は走りを楽しむ為のものではなく、実用的な車だった。後部座席も広く取られている。

 

「新しいのを買ったんです。もうすぐ家族が増える予定なので」

 

「ああ、言ってましたね」

 

 有里の妻は妊娠中であると、足立は7月に聞いている。あれから季節が過ぎて、月が満ちるのが近づいているのだ。幼い子供を乗せるにはスポーツカーは不向きだ。

 

「とは言うものの……いつ帰れるか分かりませんが」

 

「……」

 

 夜の駐車場に沈黙が降りた。自嘲するように言った通り、有里は稲羽のシャドウ事案が解決するまでこちらに常駐する。いつまでかかるのかは、誰にも分からない。臨月を迎える妻の傍にいてやれず、予定日にも間に合わないかもしれない。子供の顔を見るのがいつになるのかも分からないという、何ともありがたくない状況である。ただし有里の常駐は堂島から要請があったわけでも、隊長の美鶴から命令されたわけでもない。有里自身が志願したのだ。

 

「有里さん、情報系の能力を身に付けたとのお話でしたが……」

 

 沈黙を堂島が破った。妻子から離れて遠隔地で働く若い夫に思うところはある。しかしそれは今言うべきことではない。間もなく吹き出すはずの霧の中で、シャドウ対策をどう進めるか。事前に聞いている方針を改めて確認した。

 

「ええ。小西君ほど広くは探査できませんし、シャドウの解析もできませんが……探知機の補助もあれば、見つけるのは何とかなると思います。ただ探査中は運転できませんので、そちらはお願いします」

 

 有里の新たな力は、悠との間に築かれた審判のコミュニティの影響である。7日に悠と会って自分もワイルドであることを明かし、女関係などで忠告を与えた際に絆が前に進んだ。それと共に有里のペルソナに恩恵があったのだ。しかし有里は身に付けた原因については語らなかった。コミュニティについては上司である美鶴にも話していない。

 

「それから……そろそろ0時になりますね。足立さん、テレビは持ってきていただけましたか?」

 

「はい、トランクに積んであります」

 

 有里はマヨナカテレビについては堂島から報告を受けている。この機会に実物を確認する為、一台のテレビを足立に送ったのだ。

 

「では確認してみましょう」

 

 三人はバンの後ろに回り、トランクを開けた。黒い液晶画面が沈黙した状態でそこにある。そして日付が変わった瞬間、砂嵐が湧き起こった。

 

「映りましたね。しかし……随分粗いですね。誰でしょうか?」

 

「これは……生田目ですね」

 

 有里から見ると、ノイズの中に佇む人影は顔が判別しづらい。しかし堂島から見ると、粗くはあるものの生田目太郎であることは分かる。何しろ娘を誘拐した犯人であるから。粗い映像を確認し合う二人の半歩後ろで、足立は黙っている。

 

(二人には粗く見えてるのか……)

 

 道化師の目には、現実のハイビジョンさながらに鮮明な映像が見えているのだが、そうは言わない。そのまま十秒ほどで映像は消え、電源の入っていないテレビはただの黒い板に戻った。それを見届けると、有里はトランクを閉めた。

 

「鳴上君の報告通りだったわけですね。ではパトロールを開始しましょう」

 

 三人は車に乗り込んだ。足立が運転席に、堂島が助手席に座り、有里は二列ある後部座席の前に座る。足立はエンジンを起動しながら、今晩の放送について考える。

 

(あのまま見続けてたら、録画が映し出されたんだろうけど……)

 

 マヨナカテレビには予告とライブと録画の三種類がある。しかし悠から堂島に報告された話の中には、録画の件はなかった。特別捜査隊は録画を見られないと、足立は6月に放映された完二救出戦の回から推測していたが、正解だったわけである。ただし分からない点もある。

 

(三人で見ても、やっぱり僕にしか見えなかったのかな? それとも僕と一緒だったら粗く見えるくらいにはなったかな?)

 

 マヨナカテレビの存在は世間でも噂されているが、それによれば一人で見なければならない。しかし実際には複数人でも見られる。ただし見える内容は人によって異なる。では全く見えない人と見える人が一緒に見ると、どうなるのか?

 

(ま、どうでもいいけど)

 

 そこまでの詳細は、さすがに足立も分からない。しかし足立にとってはどうでもいい話である。自分が主演となったであろう今晩の録画放送を、堂島や有里に見られても構わない。天国めいたダンジョンで生田目を『射殺』したことは、その日のうちに自己申告してあるので、今さら現場の絵を見られたところで問題ない。そして見られなくても関係ないし、見られるかどうかを確認する必要もない。だからそれ以上は考えなかった。

 

 普段は牙を隠しているものの、足立は明晰な頭脳を持っている。しかし何もかもを見通しているわけではない。例えば録画を見られるのは自分だけだと思っているが、それは誤りなのだ。

 

 

 

 

 マヨナカテレビの録画放送の視聴者は足立以外にもいる。八十稲羽の外れの地区で、ぽつんと佇む一軒家に住む『二人』は、足立が見逃した回もしっかり見ている。ちなみに今晩の放送は二本立ての豪華版だ。

 

『お兄ちゃんの彼女には、なれないもん』

 

「うっわ……マジでキメえなこの野郎。シスコンな上にロリコンかよ。いやもう、ナナコンとか専門用語を作りてえくらいだぜ……」

 

 表に出ているのは皆月だ。ベッドに腰かけながら、ローテーブルに置かれた電源の入っていない大型テレビを見ている。ファッションショップが舞台だった一本目はもう終わっていて、二本目に突入している。

 

 今晩の囚われの姫君とそれを救わんとする勇者は、先月の終わりに学校で見かけた。あの時から皆月はある種の気持ちの悪さを覚えていたが、これは輪をかけている。しかしそれでも皆月は見る。足立のようにスキップはしない。テレビドラマの脚本や演出に不満を覚えても文句を吐き散らしても、結局は毎週欠かさず見る、ひねくれた視聴者のように。

 

 そして見続けていれば、時には面白いシーンも見られる。

 

『俺が……救うううぅ!』

 

「くくく……ぎゃははは! ウケる! チョーウケるぜ!」

 

 菜々子のシャドウが悠を詰るシーンは面白くなかったが、生田目の『変身』シーンは皆月の琴線に触れた。ベッドに腰かけながら両足をバタつかせて、鋼鉄の腹を抱えて大笑いする。顔の十字傷の隙間にある目には涙まで浮かんでいる。

 

「俺が救うってお前! ヒーロー願望の権化だな! シスコンやルサンチマンもそうだけどよ! いい年したオッサンな分、よりイテえな!」

 

(この姿は……)

 

 太陽の少年は抱腹絶倒だ。だが同時に見ている月の存在は、生田目に注目しつつもその心理以外を分析する。例えばシャドウが集まって立ち現れた姿形や、それが象徴するものだ。破れた旅装、荷物をくくりつけた棒──

 

『翔、この生田目という男……普通のペルソナ使いではないぞ』

 

「あ?」

 

『有里や鳴上……それに足立もか。生田目は奴らの同類だ』

 

「有里と……? このイテえ親父があのクソ野郎と近えのか?」

 

『恐らくな。それにシャドウの集まり方が尋常ではない。何かが裏で仕組まれている』

 

「クマ吉のシャドウみてえなのか?」

 

 皆月は感情の起伏が凄まじく激しいが、決して愚かではない。マヨナカテレビの登場人物たちの、ある種の『真実』を一目で見抜いてしまう。子供の直感は時に大人の論理を超えるように。そしてミナヅキが言わんとすることも一聴して理解できる。

 

『そうだ。神かその眷属が背後にいる。もっとも……神は生田目の味方をしているのではないな。あの着ぐるみのシャドウと同じで、生田目は鳴上や足立に調伏される為にいる……。そんなところだろう』

 

「ふーん……ってこたあ、アレか? 池に絵を描いちまったって奴?」

 

 神を祀るには供犠が付き物である。

 

『ぶっ飛べ!』

 

 話している間に、愚者もしくはそれに類する者同士の戦いが開始された。先頭に立っているのは足立で、巨大な万能魔法を生田目に向けて放ったシーンが映し出される。

 

「へえ……この野郎、ちったあできるようになったじゃねえか? ぶっ殺すのが楽しみだなあ?」

 

 口の端が自然と持ち上がった。喜びを表す形に創面が歪む。特捜隊と稲羽支部の大半は、皆月から見れば未だ素人の域を出ていない。だが画面に映る二丁拳銃の使い手は、そろそろ玄人と呼んでもよさそうな頃合だ。もちろん皆月自身より強いとは思わないが、退屈はせずに済みそうに感じた。いつか足立と戦う時を思って興味深く観戦する。

 

『やれ』

 

 アクションシーンの締めに使われた空間ごと切り刻む斬撃も、ちょっと感心するくらいの破壊力だった。だが──

 

『さよなら』

 

「ん……何やってんだ、このオッサン。詰めが甘えよ……」

 

 画面から銃声が響いた瞬間、皆月は眉をしかめた。足立が最後に放ったとどめの銃撃は、生田目の急所から僅かにずれている。致命傷には違いないが即死には至らない。マヨナカテレビの画面越しでも皆月には分かる。せっかく褒めてやったのに、肝心なところで狙いを外すとは。

 

『君たち、そいつを法律で裁けると思ってるの?』

 

「はん……とんだ茶番だな。ま、くたばりゃするだろうが……」

 

 戦後の後始末にシーンが移ったところで、皆月は興味を失くした。画面から視線を外し、早く終われと思い始めた。マヨナカテレビは見る者の心理や行動によって見え方が変わる。足立はこの法則に気付いているが、皆月も気付いている。テレビの電源を切るようなつもりで首を回し、ベッドに置かれたノートパソコンの蓋を開く。

 

『待て、生田目は生きているはずだぞ』

 

 すると心の中からミナヅキが引き留めてきた。

 

「あ? そう言やそうだったな……。この親父、何でくたばらねえ?」

 

 生田目太郎は連続誘拐殺人事件の犯人として逮捕され、現在は入院している。それは世間の報道でも言われていて、皆月も知っている。そしてシャドウワーカーの活動もハッキングで知っている。それによれば生田目の入院云々は偽装ではなく真実だ。つまり生田目は死んでいない。疑問と共に再びテレビ画面を見た。

 

『我は彼、彼は我……』

 

 足立に撃たれた生田目はなぜ死ななかったのか。視聴者の疑問に答えるように、決定的なシーンが映し出されていた。一行がスタジオに戻って結実のペルソナが喋ったところだ。

 

「な……!?」

 

 番組の出演者たちも驚いているが、外から見ている皆月も驚いた。言葉を発したペルソナとシャドウが融合し、新たな存在が立ち現れた。それが死人の中に入った。

 

『小沢……一体……何をしたんだ?』

 

『わ、私じゃないよ! ペルソナが勝手に……』

 

『なるほど。確か二年前の今頃にストレガの女が生き返ったとの話があったな。原理としてはあれと似たようなものだろう。小沢と言ったか。この女はペルソナを失ったとの話だったが、こういうわけか』

 

 ミナヅキは入手済みの情報と照らし合わせて、何が起きたのか理解した。冷静に、ありのままに、感情を交えず事態を分析する。しかし冷静でいるのはミナヅキだけだ。テレビの中でも外でも。

 

「な、何で……何でこんなクソが生き返んだよ……」

 

『翔?』

 

「死人が生き返るんなら、父さんを生き返らせろよ!」

 

 皆月はベッドから立ち上がり、右足を振り上げた。ボールを蹴るような、ただし電光の速さで床から跳びはねた爪先はテレビ画面に触れた。ペルソナ使いであれば、手でも足でも画面に触れれば潜り込むのみだ。刀で水を斬ることはできないように、仮面の超能力者はテレビを壊せない。しかし──

 

『翔!?』

 

 ガシャン、と大きな音がした。ペルソナを持たない皆月はテレビに入れない。蹴れば壊れるだけだ。超常的な身体能力を誇る少年の打撃によって、液晶の画面も機械本体もバラバラになって床に散乱した。その様が皆月をより追い詰める。

 

「この……クソ体が! どうしてあんな奴らにばっかりできて、僕はできねえんだ!」

 

 果たして皆月は何を嘆いているのだろうか。どうして特捜隊や稲羽支部はテレビに入れて、自分は入れないのか、なのか。どうして死人を生き返らせられる者がいて、自分は『父』を生き返らせられないのか、なのか。体ばかりが強靭で、本当に欲しい力は手に入らない。何度も悩んで、血反吐を吐いて考えた問いの答えは、未だに見つかっていない。

 

『翔……』

 

 皆月の問いにはミナヅキも答えを与えられない。少年は膝を折ってベッドに落下し、頭を抱える。

 

「父さん……何で死んじまったんだよ。何であんたは生き返らねえんだよ……」

 

 死んだ人間はどうして死んだのか。なぜ生き返らないのか。これはきっと人間が答えられる問いではない。尚紀や一条や結実は考え、堂島と菜々子も、生田目もきっと考えた。親しい人を失った人間は誰でも考え、そして答えを得られない。もし答えを与えられる者がいるとすれば、それは──

 

『生き返るかもしれんぞ』

 

 皆月の心の中からではなく、外から『答え』が届けられてきた。出所は粉砕されて床に散らばったテレビではなく、ベッドに置かれたノートパソコンだ。モニターには金色に光る着ぐるみが映っている。マヨナカテレビもどきの超常のテレビ会議である。クマ総統だ。

 

「あ……? どうやって……」

 

 死者の蘇生。それは太古の昔から無数の人間が望みながら成し遂げられなかった夢であり、不可能の代名詞だ。しかし絶対に不可能ではない。方法はある。例えばたった今マヨナカテレビで放映された奇跡のように、命やペルソナを与えることだ。そしてもう一つ──

 

『時間を戻せばよいのだ』

 

「時間……?」

 

『そうだ。貴様の父の仇どもは、かつて時間を破壊したのだ。時を操る神器を使ってな』

 

 これは皆月たちにとっても初めて聞いた話だ。桐条グループの記録にも残されていない。だが真実である。たった一人の人間を生き返らせる為に、生き残る未来を生み出す為に、時間を戻した者たちがいる。全世界を巻き添えにして。せっかく救済された世界を、再び滅亡の危機に追いやることを承知の上で。否、危機を忘れて、もしくは目を背けて、勢いに任せて時間を『破壊』した者たちがいるのだ。

 

『貴様もやってみるか?』

 

 彼らがやって良いのであれば、皆月も同じことを行って何が悪いのか──

 

 しかし皆月が返事をする前に月が光った。

 

『やめろ!』

 

 心臓に埋め込まれた『死の欠片』から青い光が放たれた。ミナヅキだ。皆月の意思に反して強引に表に出てきた。双眸から嘆きが消え、怒りが取って代わる。

 

『あら、また選手交代クマ?』

 

「あまり彼を惑わさないでもらおう。そもそも時間を戻したところで、貴様に利はあるまい」

 

『わー、お母さんってばコワーい!』

 

「話は終わりだ」

 

 ミナヅキは総統が急に口調を変えたことにも、自分を呼ぶ言葉にも何の反応も示さない。ただ話を打ち切った。『子供』に余計な情報を与えまいとするように、冷たく言い放つ。その言葉そのものがパソコンの電源を落とすように働いて、モニターから着ぐるみの姿は消えた。

 

 そしてミナヅキはノートパソコンの蓋を閉じた。青少年に有害な思想や映像を子供から遠ざけるように。

 

「おかしなことを考えるな。あの男は君の父などではないんだ」

 

『うるせえ!』

 

 だが『子供』は言うことを聞かない。

 

『あいつと仲良くしてるお前に、僕の気持ちが分かるもんか!』

 

 むしろ『親』の不実を詰る。まるで菜々子のシャドウが悠の浮気を責めるように。

 

「!……」

 

 ミナヅキは息を飲んだ。その瞬間、心臓が再び光った。光っているものは太陽の光を反射する月の、その一片だ。十年以上前、体内に埋め込まれた黄昏の羽根と呼ばれるものが、自然の太陽さながらの光を発した。色は赤だ。

 

「や、やめろ……翔! やめるんだ!」

 

 創面に苦悶が浮かんだ。歯を食いしばり、片目を閉じて『自ら』と戦う。心臓から溢れ出す灼熱の血が腹へと四肢へと音を立てて流れ落ち、瞬時に反転して脳へと駆け上がる。脈動そのものが炎となって、天空に佇む月を揺らして焦がす。ミナヅキが皆月と争う時は、常にミナヅキが勝ってきた。だがやがて顔に刻まれた十字架の間から覗く双眸が、心臓以上に激しい光を放ち始めた。

 

「ぬ……がっ……!」

 

 機械に匹敵するミナヅキの鉄仮面には、罪の意識が亀裂を刻んでいる。そして今、傷は広がった。氷が割れて炎が吹き出した。ミナヅキの意思を乗り越えて、皆月が表に出てきた。元より人間の範疇から半歩程度外れている、忌まわしいほど強靭な肉体の主導権を奪い取ったのだ。豊饒な太陽は初めて石女(うまずめ)の月を凌駕した。

 

「おい着ぐるみ! バックレてんじゃねえ! 話はまだ終わってねえぞ!」

 

 そしてパソコンの蓋を開き、モニターに顔を寄せる。

 

『んもー、何ぞね? 話は終わったの? 終わってないの? どっちクマ?』

 

 昔ながらのテレビ番組は、決まった日付と時刻が来なければ放送されない。しかし現代のメディアは反応が早い。時間帯はおろか天候や月齢も関係なく、皆月の呼び出しに応じて総統は再び画面に現れた。

 

「いいこと思い付いたんだ。あのクソ虫どもに、世界の終わりを見せてやんのさ!」

 

『んー、チミはやっぱり世界を燃やしちゃうクマ?』

 

「当ったり前だ! こいつは父さんがやろうとしたことだ……。父さんができなかったことを、僕がやるんだ! 僕もコーコーセイになるんだから、親コーコーセイってな!」

 

『はいはい。んで? いいことって何クマ?』

 

「あいつら、皆殺しにしてやるつもりだったがよ……簡単には死なねえ仕組みにするんだ! できんだろ!?」

 

『そりゃまあ、できんこともないけど?』

 

「そうか! だったらなあ……」

 

『……』

 

 皆月は嬉々として、モニターに映る着ぐるみと話を詰めていった。その間、ミナヅキは何も口出ししなかった。皆月の言う『あいつ』。先月に人類の歴史などについて話し合った男。若い愚者との間に結ばれてしまった、死を象徴する絆に罪を感じた為に。

 

 ミナヅキにとって死の絆は決して望んで得たものではない。だがその絆の為に、皆月はミナヅキが遠ざけたかった『父』の思い出にますます縋るようになってしまった。これまで心の中で思っているだけだった、『父』という言葉。言わば禁句を口にすることを、皆月はもはや躊躇わない。それが悲しかった。離婚した夫に子供を連れていかれた妻のように。

 

 この世でただ一人、皆月の傍にいたミナヅキ。体を共有する存在との間に、皆月は知らず絆を築いていた。しかしこの日生じた溝により、それも失った。

 

「うっし! 計画は万全だな! んじゃあ、早速トレーニングだ!」

 

 全てを失った少年は、これから更に強くなる──

 

 

 

 

 マヨナカテレビの放映が終わって一時間ほど経過した頃、ジュネスを出たシャドウワーカーの車両は八十稲羽の町を走っていた。法定速度は守っている。これまでのパトロールでは、歩行者や他の車がないのをいいことに猛スピードで疾走していたが、今日はいつもの半分くらいだ。

 

「出ませんね……」

 

 運転しているのは足立だ。眼鏡を通した視線を時々カーナビに送る。稲羽市の地図が表示された画面は全体が緑色に発光し、バーが回転している。だがシャドウ反応を表す光点はない。

 

「……」

 

 助手席の堂島は振り返り、後部座席を見る。そこには有里と『もう一つ』の存在が座っている。

 

(オルフェウス……だったか?)

 

 機械の体、と言うよりからくり仕掛けの人形のような体に、赤い服を着たペルソナがいた。体の大きさは有里自身と同じくらいで、竪琴を抱えている。無骨そうな鉄の指で弦を一定のリズムで弾いている。ただし耳に聞こえる音は発さない。音楽を演奏しているのではなく、シャドウを探す網を張っているのだ。そして使用者は腕組みをして、目を閉じてじっとしている。一見すると眠っているようだが、そうでないことは分かる。ペルソナの発する威圧感が余りにも凄まじいから。

 

 有里は複数のペルソナを使いこなす。中でもギリシャ神話の登場人物に由来するというこのペルソナは、最高の実力を持つとの話を堂島は聞いている。つまり最強のペルソナだ。そして有里が持つ中で、情報系の能力があるのはこれだけらしい。

 

 しかしこれまでのところ結果は出ていない。探知装置と連動したカーナビに表示された地図の範囲は、稲羽市の全域には届かないものの過半はカバーしている。しかし未だシャドウは一つも見つかっていない。

 

(有里さんが手を抜いているようには見えん……。地図が表示されているわけだから、探査が働いていないわけでもない。シャドウは本当にいないのか? なぜ?)

 

 堂島宅では尚紀が状況に疑問を抱いているが、それと同じものを堂島も感じていた。これまでの霧の日にはいつもシャドウが出ていた。今日に限ってなぜ霧だけでシャドウは出ないのか。

 

 三人の男と大きな疑問を乗せて、車は戦いのない安全運転を続けた。

 

 

 

 

 尚紀と堂島の疑問の答え、シャドウが出ない要因は八十稲羽の外れにいた。一人で住むには広すぎる家の、やはり広い庭で光を放つ太陽だ。

 

「はっ!」

 

 庭の植木や草は長い期間に渡って手入れされず、晩秋の寒さが追い打ちをかけている。そして地面を震わせる踏み込みの足が、最後のとどめを刺していた。

 

 太陽の少年は右の足を進めると同時に右の刀を振りかぶり、長い舌を生やした口を唐竹割に叩き切った。そのまま右足を軸に回転し、左の刀を横薙ぎに払う。そこにいた棘付きの円盤は上下に両断される。次いで三十センチほどの長さのナイフをどこからか取り出して、ほどけた巻物のような胴体を持つ魚へと投げつける。更には王冠をかぶった小人を左足で踏みつける。

 

「くったばれええ!」

 

 今度は上へと跳躍しつつ、空中に浮いた蛇を右の刀の切先で引っ掛けて皮を剥ぐ。最後に落下の勢いをつけて、左右の刀をサイコロに叩きつけて粉砕する。

 

 天地は未だ白い霧に満たされている。太陽の少年は眼鏡をしていないが、敵の居場所は見えている。解体された影が発する黒い煙がどれだけ重なり合っても、光が疾走するような少年の動きは僅かも邪魔されない。そしてどれだけ激しく動いても息一つ乱さない。神秘の羽根を仕込んだ心臓は、まさに本物の太陽のように、汲めども尽きぬ豊饒な力を皆月に与えていた。

 

「くくく……ゼッ! コー! チョー!」

 

 皆月はペルソナを使えないので、火炎や氷結などの魔法的な力も使えない。よって攻撃の手段は両手に持った二本の刀が主体になる。つまり物理的な攻撃しか使えない。そういうタイプのペルソナ使いは、耐性のあるシャドウが相手だと手詰まりになるのが普通だ。堂島のように。

 

「何万でも来やがれ! 全部殺してやらあ!」

 

 しかし皆月の刀はどんな敵も切り裂いてしまう。シャドウの中には斬撃が効きにくい種類も、全く効かない種類もいる。甚だしい場合は跳ね返したり吸収したりするシャドウもいるのだが、『なぜか』皆月の刀は何にも防がれない。刀ばかりか投げナイフや蹴りさえも同様だ。独特の戦術を要求し、時に戦局を左右するシャドウの耐性を完全に無視している。まるであらゆる存在を薙ぎ払う万能の力が皆月自身に宿っているように。もしくはペルソナを持たないが故に、ペルソナ使いとシャドウを縛る法則から自由でいるように。

 

『精の出ることだな』

 

 湧き出るシャドウが一旦尽きたところで、家と庭の境、縁側から声をかけられた。そこには一人の小柄な少年が座っている。ただし話しかけてきたのは少年ではなく、家の窓に立てかけられたスマートフォンだ。

 

「へっ! まだまだ夜は長え。トレーニングは始まったばかりだぜ!」

 

 皆月は計画についてクマ総統と話を詰めた後、鍛錬の為に、または持て余した力を発散させる為に、霧の漂う庭に出たのだ。そこで湧き出る十二のアルカナのシャドウを斬って刺して踏み潰して、白い闇へと溶かし続けていたわけである。

 

「まだやんのか」

 

 縁側に座る少年が気だるげな声をかけてきた。少年の前では、燕尾服を着た白い兎が庭に立っている。イナバノシロウサギだ。と言っても、もちろん本物ではない。少年の瞳は金色に光っている。金色ではない本物の尚紀は、今も堂島宅にいる。そしてここで行われているトレーニングに気付いていない。偽物の尚紀がジャミング能力で隠しているからだ。

 

「うっせえ! てめえは黙って隠してりゃいいんだよ!」

 

「……」

 

 偽物は目を逸らし、口を噤んだ。代わって電源の入っていないスマホが再び語り出した。

 

『この霧はもはや晴れぬ……。遠からず(まが)()どもは、見境なしに人を襲うであろうな』

 

「へえ? そうなんかよ。ってことは……アレか? 計画は冬にやることになったのか?」

 

 皆月は創面に喜びを湛えてスマホに歩み寄った。総統曰く『世界の焼畑計画』の実行予定日は、今年の冬か来年の春だった。皆月はどちらでも構わないつもりでいるが、早い時期に始まるのならそれに越したことはない。しかし──

 

『貴様が狩らずにおけばの話だが』

 

「あ?」

 

『何日分を先食いしたか……』

 

 鍛錬を始めて何時間が過ぎたか。倒したシャドウの数は千か、それとも二千か。初めから数えていない皆月には判然としないが、とにかく甚大である。これまで稲羽支部が一晩で倒してきた数、つまり普通に出現すべき数からすると、果たして何日分に相当するのだろうか。

 

『くくく……分かっていなかったようだな? 貴様は世界を守っていたのだ』

 

「て、てめえ! 何でそれを先に言わねえんだ!」

 

 皆月はスマホを手に取って顔を寄せた。画面に噛みつかんばかりだ。

 

『わー! ヅッキーってば怒ったー!』

 

 対する金の総統は目の色を変えた。

 

『まーまー! そうカリカリしなさんな! これに遊んでもらって、機嫌直すクマ!』

 

 そして少年の怒りを逸らしにかかった。むずかる子供を宥めるには、新しい玩具を与えてやるのが一番である。太古の日々より在り続ける存在は、人間の扱い方も心得ている。

 

「ん?」

 

 皆月は文明の利器を置いて、庭の側を振り返った。いつの間にやらシャドウが集まっている。数は十二匹だ。いずれも不定形な泥のシャドウで、仮面の形は全て異なっている。

 

『レーッツ、ポートアイランド・イィィンパクトオォ!』

 

 ノリのいい総統の掛け声に応じて、十二の泥は重なり合った。原始的な存在である黒い泥は、互いに食い合い一つになる。魔術師から刑死者に至る十二の仮面は、泥の海に沈んで二度と浮かんでこない。今から十一年前、ポートアイランドで起きた爆発事故の原因となった存在。それを生み出す儀式の再現である。

 

『カモーン、デス!』

 

 ただしさすがに当時ほど大規模ではない。

 

『じゃなくて……リーパー!』

 

『神の号令』に応えて、泥の中から十三番目の存在が立ち現れた。それはもちろんかつて世界の終わりを宣告した、女神の化身でもある死神ではない。その同類かコピーの一種だ。姿は幽霊よろしく足がなく、血塗れの上着を身にまとい、銃身がむやみに長い拳銃を両手に持っている。見ようによっては足立のマガツイザナギや、二丁拳銃をスタイルとする足立自身を連想させなくもない。

 

 そして頭部をすっぽり覆う仮面は、元になった十二のアルカナのいずれとも異なっている。嘆きや嘲笑などの表情は描かれておらず、白い無地のシンプルなものだ。一つだけある穴は赤く縁取られ、そこから目が覗いている。いや、仮面の下の頭はとうに腐っていて、溶け出した目がはみ出していると言った方が正確かもしれない。

 

 シャドウワーカーはこのシャドウを『刈り取る者』と呼んでいる。特捜隊はまだ出会っていない。そして会う機会は恐らくない。なぜなら並のペルソナ使いでは、到底敵わない強さを秘めているから。一対一で勝てる者は、港区と稲羽市に住む全てのペルソナ使いの中でもそうはいない。有里ならば確実に勝てるが、足立はまだ難しい。悠も今は無理。それほどの怪物である為、霧の向こうから悠を支援する『誰かさん』は、子供たちに会わせようとはしないだろう。

 

「へえ……こりゃあ面白そうじゃねえか」

 

 では皆月はどうか。普通の人間が得られる十二のアルカナの外にいる、太陽の少年ならばどうだろうか。皆月は元より有里以外のシャドウワーカー本部のペルソナ使いを凌ぐ実力を持っている。その上で、孤独が純度を増した今ならば──

 

『翔、油断するな。こいつは手強いぞ』

 

「うっせ! てめえは黙って見てりゃあいいんだよ!」

 

 心の中に住む者を一声で黙らせ、皆月は二刀を構えた。右足を後ろに引いて半身になり、右手を上に、左手を下に置き、反った二本の刀で円を形作るという独特なフォームを取る。俗に言う天地陰陽活殺の構えだ。競技剣道はもちろん、古い剣術でもめったに見られない型である。

 

「さあて……楽しませてもらおうか!」

 

「……」

 

 死神のシャドウは鎖を鳴らし、銃を向けてきた。刈り取る者は特殊なアルカナに属しているものの、他の有象無象と同様に言葉は持たない。ただ有り余る存在感と、悪意の兵器を向けるだけだ。それを合図として戦いが始まった。

 

 堂島宅に集まった悠たちと、車で移動する有里たちが何も見出せずにいる間に、皆月は一人陰徳を積む。

 

 

 皆月の足元に異国の文字が浮かぶ。それはまさに古い魔術のように、由来や本義が忘れ去られたまま、ただ文字そのものから力だけを汲み取る術である。力の種類は闇だ。地の底へと誘って土へと返す。いや、土と言うより腐敗だろうか。触れるものを壊すのではなく、分解する。余力がどれだけあろうと、決まれば一発で肉体が腐る。

 

「見えてんだよ!」

 

 しかし皆月はじっとしていない。文字が浮かぶとほぼ同時に、シャドウとの距離を詰める。術が発動する合図となる梵鐘が鳴る頃には、呪いの文字は遠くに置き去りにされて刀の間合いに入る。驚くべき反射神経とダッシュ力だ。

 

 だが相手も黙ってはいない。皆月が二刀流ならば、刈り取る者は二丁拳銃だ。しかも足立のそれと違って、死神の得物は銃身が長い。剣のようにも使える。皆月が右の刀を振り下ろせば、左の銃身で防ぐ。左の刀を逆袈裟に跳ね上げれば、右の銃身が止める。そして──

 

「こら! 逃げんな!」

 

 近距離での攻防は長く続かない。足のないシャドウは空中を浮遊して、すぐに間合いを外してしまう。そして両手の銃をゆらりと動かす。

 

「だああ! 鬱陶しいってんだ!」

 

 二丁の銃を撃ち放つのではなく、体に巻き付けた鎖に銃身を引っ掛けて、重い音を鳴らして地面に垂らす。これが厄介なのだ。

 

 戦いを始めて数分。戦況は皆月が若干不利だった。

 

 耐性の法則から自由でいる皆月は、どんな敵でも切り裂ける。しかし攻撃は刀が主体であることに変わりはない。つまり間合いが近い。対する刈り取る者は、銃とあらゆる属性の魔法が主力だ。ただし皆月にすれば遠距離からの攻撃は挙動が見えるので、かわすのに苦労はしない。仕掛けられた闇の魔法を容易く外したように。対処が難しいのは、この距離で振ってくる鎖だ。

 

 有象無象のシャドウは知性を持たず、戦術や戦略の類もない。膂力があれば拳を振るい、魔力に優れていれば雷や風を放つのみだ。だがこの死神は違う。皆月の刀が届く間合いでは不利で、遠くからでは当たらない。まるで彼我の長所と短所を冷静に分析しているかのように、中間距離を保とうとする。

 

「ふん……ぐぬっ!」

 

 下から襲ってきた、死神の右の鎖を左足で踏みつけた。直後に左の鎖が胴体を打ち据えようと、横から襲ってくる。それを右の刀で防ぐと、踏みつけた鎖が激しくのたうち、バランスを崩す。そして防いだはずの鎖は、刀を絡め取ろうとまとわりついてくる。この鎖はそれ自体が生き物のように変幻自在の動きをする。真っ直ぐ飛んでくる銃弾などよりも、鎖の方がずっとやり辛い。単調な力任せばかりのシャドウとはまるで異なる、クレバーと言うべき戦法に皆月は苦戦を強いられていた。

 

 そして鎖ばかりに気を取られていると、隙を見計らった銃弾も飛んでくる。それも一発や二発ではない。刹那の瞬間に雨あられと弾丸が撃ち放たれてくるのだ。そしてその時、二本の刀の一本にでも鎖が絡まっていると──

 

「のわっ!」

 

 防ぎ切れずに一発くらいは当たってしまう。皆月は右の刀を持ち上げるのが間に合わず、肩に被弾した。

 

「いってえ……!」

 

 そして怯む。痛みに顔を歪ませ、地面に膝をつく。

 

 耐性と無縁の皆月は、特定の種類の攻撃に対して弱いということはない。だが実は打たれ弱いという弱点がある。相手がその辺のシャドウなら、かすり傷も負わないから問題にならないが、実力が拮抗した相手との戦いでは致命的である。どんな攻撃でも弱点になり得るのだ。こうなると『もう一人』が放っておかない。

 

『翔、代われ。俺がやる』

 

 ミナヅキが声をかけてきた。体の主導権を強引に奪い取ることは、今日からできなくなった。同意がなければ出られない。

 

「うるせえ……」

 

 しかし皆月は応じない。

 

「父さんはなあ! 銃で殺されたんだ!」

 

『翔……』

 

 太陽と月が話している間にも、死神は待ってくれない。むしろ好機を逃すまいと二本の鎖を躍らせ、揺らめかせ、打ち据えてくる。負傷した右手側を中心に激しく攻め立てる。間合いは依然として近すぎず遠すぎない。つまりシャドウの距離だ。敵を前に置いて、しかも相手が有利な状態で口論などしていれば、どうなるかは決まっている。

 

「撃ち殺されたんだよ! ドタマ吹っ飛ばされてなあ! 僕はあんなふうには死なねえ!」

 

 皆月は完全に捕まった。人間は言うに及ばず、猛獣や機械も封じられる太い鎖でもって、孤児の少年は雁字搦めにされた。刀はまだ手の中にあるが、もう動かせない。逃げることもできない。動かない的と化した皆月に、二つの銃口が向けられた。生きた人間を死の国へと送り届ける、否、問答無用で吹き飛ばす、まさに死神の口である。

 

 勝負あった。皆月は死ぬ──

 

「僕は勝つ!」

 

 意地や思い込みでは、使命も宿命も変えられない。泣いても叫んでも、負ける勝負に勝てはしない。子供じみた癇癪や激情は実戦では役に立たないどころか、むしろ足枷になる。しかし何事も限度を超えると常識が通用しなくなる。

 

「うおあぁぁ!」

 

 死神の銃声と太陽の絶叫は、ほぼ同時だった。そして銃弾が届く前に、皆月の顔に刻まれた十字架が光った。聖別の印のように。

 

 ──

 

 音も光も遮る稲羽の霧を、金属質な音が引き裂いた。ガラスが割れる音ではない。

 

『翔!?』

 

 皆月は鎖から解き放たれた。恐るべき死神の武器を力尽くで引きちぎったのだ。肩の傷から血が多量に流れ出て、右腕を伝って刀の束を濡らす。ぬめって滑りそうになるが、更に力を入れて握る。猛烈に力んだ状態のままで、皆月は駆けた。両手の刀を下げ、切先を後ろへ向けて固定し、上体を低くして走る。飛来する銃弾にも構わない。

 

 9月にポートアイランドの溜まり場でケンカした時には、頭突き一発で怯んでしまった。だが今は怯まない。十字の傷が赤く光る時、狂気の仮面はあらゆる痛みをどうでもよくしてしまう。

 

「でりゃあ!」

 

 皆月の間合いに入った。左右の刀を袈裟懸けに降り下ろし、間を置かずに跳ね上げる。刀は銃身で防がれるが、皆月は止まらない。体ごと回転して右で薙ぎ払い、瞬時に反転して左で斬る。そして右を刺す。

 

 刀が刈り取る者の腹に突き刺さった。世界から影の居場所をなくす太陽の光は、遂に死神を捕まえた。そして皆月は止まらずに跳躍し、空中で刀を引き抜いて更に斬る。

 

「……!」

 

 仮面で口を封じられているシャドウは悲鳴も上げられない。いや、たとえ仮面がなくても叫ぶ暇などないだろう。皆月は一瞬の間も置かずに、ただひたすらに斬って斬って斬りまくる。体のあらゆる所から力は無尽蔵に湧き出てくる。その力に押し出されて、血が赤い煙となってもまるで気にしない。

 

 瞬きを何度できるかという僅かな間に、刈り取る者は解体された。

 

 

「く……はあ、はあ……はあ……」

 

 やがて赤と黒の煙は晴れた。死闘は皆月の勝利で決着した。しかし勝者も無傷ではない。右の肩、左の肘、脇腹などに銃創が刻まれ、血が流れ続けている。息は荒く、立っているのがやっとだ。満身創痍である。

 

『翔……代われ。手当てする』

 

「うっせえ……つってんだろ」

 

 しかしそれでも、心の中から届けられる憂いの声には応じない。

 

『いやあ、お見事お見事!』

 

 自ら孤独に落ちる少年に歓声が送られた。声の主はもちろん液晶画面に映る着ぐるみ、クマ総統である。

 

『ご褒美にいいコト教えてあげるクマ!』

 

「あ……いいコト?」

 

『クマたちの計画はあ、冬か春にやるクマ! どっちになるかはセンセイとアダッチー次第クマねー!』

 

「あんだそりゃ……あのクソどもに何の関係があんだ……」

 

 皆月は瞼が重くなるのを感じた。着ぐるみの甲高い声は気に障るが、怒鳴ることもできない。口を動かすこと自体が辛い。

 

『そいつはマヨナカテレビを見てのお楽しみ! まー今後ともテレビには注意するクマ!』

 

 そしてマヨナカテレビもどきの深夜のテレビ会議は終わった。一方的に。画面から光は消え、ただの黒い板になった。

 

「……」

 

 皆月は総統を問い詰めるでもなく、立ったまま瞼を下ろした。刀は手から零れ落ち、足から力が抜けて大きくよろめく。

 

「……」

 

 しかし倒れなかった。地面に体を投げ出す寸前で踏みとどまる。足の傷からまた血が吹き出すが、膝は折らない。

 

「翔、可哀そうな子……」

 

 創面から狂気は去り、顔の傷は光るのをやめた。皆月は気を失って、代わってミナヅキが表に出てきたのだ。体の主導権を失った今、こうでもならなければミナヅキは出られない。

 

「……ツキヨミ」

 

 月のアルカナに属するペルソナを呼んだ。金の仮面で顔を隠した異形の怪人だ。それは長柄を掲げて光を零した。悠との間に結ばれた死の絆によって得た、ミナヅキの新たな力である。罪の力でもって、子供を手当てした。

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