ペルソナ4 落ち武者の神   作:三尺

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現代の英雄(2011/11/26)

 学生の本分は勉強だと、世間ではよく言われる。学生自身はそう思わない人が大半だが、試験が近づくと部活や委員会が休みになる学校は多い。八十神高校もその一つで、生徒の多くは状況的に机に向かわざるを得なくなる。戦いから遠ざけられている高校生のペルソナ使いたちも、その例に漏れない。期末試験前の最後の週末に、彼らは勉強会としてフードコートに集合した。

 

「鳴上、数学教えてくれ!」

 

「終わったら俺に世界史と物理と英語頼むぜ」

 

「あんた多すぎ!」

 

 特別捜査隊に優等生は少数派だが、シャドウワーカー稲羽支部高校生組も同様である。そんな中、先月の中間試験で十位以内に入った悠は少数派に属している。苦手な科目を教えてもらおうと、最初に一条が悠に頼んで、長瀬が次を予約している。試験に追われる高校生十一人と試験と無縁の着ぐるみ一人は、露天のフードコートで賑やかに過ごしていた。

 

 ただし賑やかなのは彼らだけである。

 

「お客、今日も来ねえな……」

 

 陽介は職場でもある馴染みの場所に、視線を巡らせながらぼやいた。広いフードコートには十二人以外の客は一人もいないのだ。霧のせいで客の姿が見えないのではなく、本当にいない。陽介のオレンジの眼鏡越しの視線に映るものは、使う者のいない椅子とテーブルが虚しく孤独をかこっている様だけである。

 

「今日も?」

 

 白い眼鏡越しに尚紀が尋ねると、陽介は渋い顔をした。

 

「今週頭から全然な……。霧のせいだと思うけどよ」

 

 謎の生き物の手作り、または桐条グループ製の超常レンズを通していると見えないが、霧は一週間に渡って地上を覆い続けている。そのせいなのかジュネス八十稲羽店は客足がすっかり遠のいて、売り上げは落ちる一方なのだ。

 

「確かに、なーんかやな感じよね。出歩きたくなくなるっつーか……」

 

 千枝は黄色の眼鏡を少しずらして、空中に漂う白い異物を見る。確かにそこにあることが、肉眼では分かる。

 

「何日も晴れないって、絶対おかしいよね……」

 

 陽介が零したキーワードによって、勉強会は本来の主旨から離れた。閑散としたデパートにあって唯一の明るい場は、霧を意識したことで俄かな重苦しさに覆われてしまった。そこへ尚紀が口を開く。

 

「実は俺……あの日以降も何度か召喚して、シャドウを探してみたんです」

 

 あの日とは、今週初めに堂島宅で夜を明かした日だ。なお、シャドウやペルソナという単語は機密事項に触れるので、人目のある外で話はしない方が良い。尚紀は高校生の中では機密保持の意識が高い方なので、普段から注意している。だが人目がまるでない今日のフードコートでは、話すことを自分に許した。

 

「どうだったんだ?」

 

「一匹も見つかりませんでした」

 

 成果はなかった。霧だけが出ていて、シャドウがいない状況は依然として変わっていない。

 

「あの……僕もあの日以降、警察や病院で少し聞き込みしてみたんです」

 

 今度は直斗が話を振り出した。探偵だけあって、普通の高校生より知り得る事柄が多い。

 

「今週、意識不明で病院に搬送された人や、襲われて亡くなったと思われる人はいません。確かにシャドウは出ていないようです」

 

 そしてこちらも成果はなかったわけだ。超能力者として知り得る範囲と常人として知り得る範囲の両方において、異界が現世に落とす影は見つかっていない。だがその理由も分からないので、被害が出ていないことは安心材料にならない。

 

 真実はクマ総統によってシャドウが一ヶ所に集められて皆月が『先食い』したせいだが、それは人知を超えた領域の話なのでペルソナ使いにも知り得ない。

 

「ただ……霧のせいで体調が悪くなったとパニックになった人が押しかけて、病院は混乱状態になっているようです」

 

「あんだそりゃ……」

 

「何か気味悪いよね。せっかく事件終わったのに、これじゃ……」

 

 雪子が零すと、場の空気は更に重たくなった。確かに生田目は逮捕され、連続誘拐殺人事件は終わった『はず』である。しかし──

 

「直斗……事件のことで聞きたいんだが」

 

 ペンをテーブルに置いた悠が改まって尋ねた。

 

 特捜隊が結成された4月に少年たちは各々の役割を決めた。リーダー、参謀、情報担当だ。しかしあれから季節が過ぎて人数が増えた為、情報担当はクマからりせに移るなど、分担に変化はある。そして参謀としての役割を担う者としては、元の陽介に加えて後期組から直斗も入っている。特に現実の犯罪捜査や関連する法知識などにおいては、直斗の右に出る者はいない。

 

「何でしょうか」

 

「生田目をちゃんと立件できるのか?」

 

 これは初めから懸念されていた問題である。犯人を捕まえようと悠と陽介、そしてクマの三人で行動を開始した当初から。これまでは捕まえてから考えればいいのだと、正面から見据えることを避けてきた。時々思い出したように見ることがあっても、最後までは考えなかった。だが生田目が捕まった今、無視も先送りもできない重要な問題として立ちはだかってきているのだ。

 

「現行法で裁くのは……難しいかもしれません。本人が認めればまだしも否認されれば……。いや、認めたところで凶器を明らかにできないのでは……」

 

 そして直斗の見解は、当初から抱いていた危惧と同じだった。歯切れは随分と悪いが、要するに立件できない可能性が高いというわけだ。

 

「んだそりゃ!? 捕まえても裁けねえってのか!?」

 

「普通の裁判では、という話です」

 

 完二が声を荒げたが、直斗はもう一歩話を進めた。『真実』を知っているのが高校生のみであればそうなるが、現在は状況が違う。他にも知っている人間はいる。しかもある権力を持つ者の中にいる。

 

「ですがシャドウワーカーは国や警察の上層部と、かなりの繋がりがあるのだと思います。司法が裁けないなら、彼らが何とかするでしょう」

 

「何とかって?」

 

「……」

 

 直斗は帽子のつばに手を当てて口を噤んだ。その仕草が意味するところは一つしかない。あまり言いたくない事態になるということだ。だが少女探偵が憚っても、不良然とした少年はそうしない。

 

「やっちまうのか」

 

 ()る。つまり超法規的抹殺だ。表向きは事故や病死として処理して、文字通り闇に葬る。そしてそれは不可能ではない。ここの少年少女たちは知らないが、シャドウワーカーの前身である特別課外活動部の時代には死を偽装した例はある。人一人をこの世から消すくらい、大企業や国家権力が本気になればできる。

 

「何か、穏やかじゃねえ気配がビンビンするな。怖えぜ、大人の事情って奴は……」

 

 陽介は腕を組んで、予想し得る今後の推移をまとめた。

 

(結局、足立さんの言う通りなのか)

 

 勉強する雰囲気が全くなくなったところで、悠は天を仰いだ。黒縁の眼鏡を通せば霧は貫けるが、より高いところを覆う雲までは見通せない。晩秋の陰鬱な空を眺めながら、悠は三週間前の出来事を思い出す。

 

(法律で裁けないんじゃしょうがない……か)

 

 美しい異世界で殺されるか、薄暗い現実で殺されるか。結局のところ生田目の選択肢はそれしかないのだと、曇り空が告げているような気がした。

 

 

 程なくして勉強会は切り上がり、集まった十二人は解散となった。活気の消えたフードコートからいよいよ客が完全にいなくなるところで、直斗が悠に話しかけた。

 

「あの、先輩……」

 

「何だ?」

 

「済みません。僕、全然役に立ってませんね。いつも思います。もっとマシな推理ができたはずなのに……。生田目という運送屋の存在、町で噂になった菜々子ちゃんが狙われる可能性……」

 

 そう言う直斗は悠と目を合わせてこない。真相が分かるのはいつも事が終わってから。後知恵ばかり出てくる始末に、探偵は後悔を感じていた。

 

「シャドウワーカーの存在ももっと早く知り得たはずです。国がペルソナやシャドウに気付いていないなどあり得ない……そういう発想がまるでありませんでした。彼らと早期に協力できていれば、菜々子ちゃんが誘拐されることもきっとなかった……」

 

「お前のせいじゃないさ」

 

 自分を責める要素を自分で探す参謀を、リーダーは宥めた。

 

「マヨナカテレビに映ってたのが菜々子だって最初に気付いたのはお前だし、有里さんに最初に注目したのもお前だ。直斗がいなければ、今よりもっと悪くなっていたはずさ」

 

 もし直斗がいなければ、どうなっていたか? まず悠はシャドウワーカーに気付かず、長瀬とあいは救助が間に合わずに死んでいたか、堂島たちが単独で動いて二重遭難が起きていた可能性が高い。菜々子はあの日に誘拐されることはなかったかもしれないが、別の日にまた狙われ、犯人の正体は分からないままだったかもしれない。犠牲者が増えた上に捜査は余計に混乱していただろう。たとえ犯人が分かっても、足立抜きでは生田目に勝てなかった可能性もある。

 

 今の状況はもちろん最善ではないが、この程度で済んでいるのは直斗がいればこそと言える。

 

「先輩……」

 

 後輩はようやく顔を上げた。眼鏡を通した視線が出会う。

 

「薬師寺さんの件といい、貴方にはお世話になってばかりですね……」

 

 薬師寺とは白鐘家の秘書で、最近直斗の周囲に現れていた不審者である。悠は直斗と協力して探偵紛いのことを何度かして、秘書と直斗の祖父の真意を知ったのがつい先日である。

 

「大したことはしていないさ」

 

「いいえ……皆さんが貴方を慕うのも分かります。僕ももっと早く、貴方の仲間になっていれば良かった……」

 

 直斗の特捜隊への加入は10月だ。ではどれくらい早ければ直斗にとってより良かったのか。一ヶ月か、二ヶ月か。悠が誰とも特別な関係を結ばないうちであれば、良かったのか──

 

『我は汝、汝は我……』

 

 絆を教える『我』の宣告が下された。運命のコミュニティが真実のものとして認められた。悠は『直斗が好き』とか何とか言わず、直斗も『もっと早く』の意味を詳しく述べることはないままに、絆は固定化された。

 

「おーい、相棒! 帰ろうぜ」

 

 そして特捜隊では絆が未だ極まらずにいる最後の一人が声をかけてきた。悠は直斗からバッジを渡されてから、相棒のもとへ向かった。

 

 

 相棒の二人は霧の中を歩いて帰路に就いた。もちろん眼鏡は二人ともしたままである。

 

「直斗と何話してたんだ?」

 

「役に立てなくて悪いって言ってた」

 

「お前ってさ……色んな奴の面倒見てるよな」

 

「ん……まあな」

 

 陽介はコミュニティと呼ばれるものの存在を知らない。『我』の声は普通の担い手には聞こえないのだ。聞こえる担い手もいるがそれは飽くまで例外で、陽介は普通の側に属している。相棒が網のように張り巡らせているネットワークの魔術的なところを、陽介は知らない。想像もできない。しかしその本質を知らなくても、相棒が多くの人の『面倒』を見ていることは陽介は知っている。

 

 やがて二人は鮫川にたどり着いた。川の土手はいつもの通学路で、二人の家はこの先にある。だが陽介は寄り道をして悠も付き合った。

 

「俺はお前が羨ましいよ」

 

 河川敷に立つ陽介は話を切り出した。ただし視線は合わせない。数歩離れた位置で背を向けたまま語りだす。

 

「いきなり何だ」

 

「特捜隊の仲間たちは、みんなお前が好きなんだ」

 

 特別捜査隊──

 

 実は特捜隊が自分たちをそう呼ぶことは、めったにない。悠も陽介も、口に出して言った覚えはほとんどない。言う時は単に『俺たち』や『仲間たち』だ。ただ今月から自分たち以外のペルソナ使いが見つかったので、陽介は自分たちを指す言葉として『特捜隊』を使ったのだ。人は他人がいて初めて自分を認識できるように。

 

「いや、俺らだけじゃねえ。尚紀や一条たちだってそうさ」

 

 しかし陽介の仲間意識が及ぶ範囲は特捜隊八人だけというわけでもない。境界線は別にある。

 

「霧は晴れねえし、犯人もまともじゃ裁けねえってんだ。戦いはまだ終わってねえ……」

 

 ここで陽介は振り返ってきた。

 

「解決できんのはシャドウワーカーじゃねえ。お前だよ」

 

「……」

 

 悠は現実の霧の中では召喚もできない。解決する術は想像もつかない。だがそれでも陽介はこう言う。

 

「俺らのヒーローはお前なんだ」

 

 陽介の印象ではヒーローは悠なのだ。堂島や足立、有里ではなく。それは春以来の悠が積み上げてきた被害者救助の実績を、陽介は間近で見てきた為もある。そして陽介は菜々子の救出作戦に参加しなかった。だから足立の強さや恐ろしさを知らない。有里に関してはほとんど何も知らない。仲間意識の境界線の向こう側にいる人々、つまり大人たちの中にヒーローはいないのだ。そして陽介は自分自身をヒーローとして定めていないことが、相棒により傾倒させる。

 

(俺もお前みたいになりたかった……)

 

 だから陽介はこう思う。相棒が好きで、自慢で、そして羨んでいる。さすがに口にはしないが。

 

「……」

 

 だが他人の評価は本人の自己評価と同じとは限らない。主観を語る相棒に対して、悠もまた主観で答えた。

 

「俺がヒーローなら、お前だってヒーローさ」

 

 これは謙遜やお世辞ではなく本音だ。悠の印象では自分はヒーローではない。力では足立に敵わないし、誠実さでは有里に及ばない。堂島に自分を認めさせる何かも見つからない。それでいながら陽介の言う通りでもあるのだ。悠は特捜隊からも稲羽支部の高校生組からも、ちょっと困るくらいに好かれている。

 

(どうしてみんな、こんな俺が好きなんだ?)

 

 悠は今月頃から皆の気持ちに困惑させられることが何度かあった。なぜこうなるのか。人が愛するのは天才や超人ばかりではないからか。それとも──

 

「……」

 

 胃に何かが凝るのを感じた。近頃多い『我』の完了宣告と共にやって来るものだ。小さな針で浅く刺されるような、言葉の届かない領域で感じる不快感。耐えられはするし顔にも出さずにいられるが、気にならないわけではない。

 

「え……お、俺が?」

 

 しかし陽介はそんな相棒の内省を知らない。コミュニティの存在と同様に想像もつかない。ただ自分について言われたことに心底驚く。そして事の始まりが蘇る。

 

『あわよくばヒーローになれるって、思ったんだよなあ?』

 

 心の中である『ぐちゃぐちゃしたもの』が動いた。悠の腹に凝るものが生まれたように、陽介の胸にどろりとしたものが生まれた。それが発した声に押されて、もしくは声を押し返す為に陽介は踏み込んだ。

 

「そ、そっか……ならどっちがホントのヒーローか、勝負だ!」

 

 陽介は眼鏡を外して足元に置いた。相棒との関係と現実の距離の両方において、一歩踏み込んだ。腕や足を思いきり突き出せば届く間合いに入る。

 

「勝負……?」

 

 今度は悠が驚いた。陽介が『我』の声を聞けないように、悠もまた陽介の心に今でも潜み続ける影の声を聞くことはできない。だがピンと来るものがあった。

 

 勝負。夕暮れ時、下校途中、友情の告白、そして河川敷。舞台と小道具は完璧なまでに揃っている。つまりこのシチュエーションはあれだ。昔懐かしいドラマでよくありそうな、つまりは親友同士の少年たちの間では、大昔から何度も繰り返されてきたであろう普遍的なイベントだ。思わず頬が緩んで、針の痛みが遠ざかるのを感じた。

 

「よし……いいだろう」

 

 悠は決闘の申し込みを受諾した。相棒に倣って眼鏡を外し、カバンに入れて放り投げた。視界に白さが侵入してきたが、拳の間合いなら支障はない。互いに素顔をさらして不敵に笑う。

 

「おっし、行くぜ! 本気で来いよ!」

 

「お前こそな!」

 

 若い二人はどちらも心に何かが巣食っている。それは泥のように、年を経て爛れた情念のように不快なものだ。あまりに『ぐちゃぐちゃ』としていて正面から見据えようとしても捉えきれない、そんな複雑な代物だ。テレビの中で何百何千と倒してきた怪物に似たものだ。シャドウは人間から生まれるものでペルソナとシャドウは同じものと言うが、まさにその通りである。

 

 互いにそれを払おうと、または払ってもらおうと少年たちは殴り合った。拳が顔にめり込む感触を存分に味わった。

 

 

 ガツン、と鳴る音が二重に響いた。陽介の左に合わせて放たれた悠の右が互いの頬に突き刺さって、二人は同時に倒れた。悠と陽介はペルソナ能力においては小さくない差がある。テレビの中で戦えば、余程のことがない限り悠が勝つ。しかし現実においては、本格的な運動をしていない高校生同士の体力差はたかが知れている。

 

「いでで……。一瞬お花畑が見えたじゃねえか……」

 

「俺は川が見えたよ。向こう岸に先生がいた……」

 

 勝負は引き分けに終わった。二人は並んで砂利の上に大の字になって、依然としてあり続ける白い霧を眺める。

 

「これ、お前にやるよ」

 

 陽介は寝転がったままポケットから何かを取り出した。絆創膏だ。用意がいいと言うか、何と言うか。

 

「まさかお前……初めから殴り合うつもりだったのか?」

 

「自分用のつもりだったんだよ」

 

 これは嘘やごまかしではない。陽介は初めから殴り合うつもりはなく、ただ相棒に殴ってもらうつもりだったのだ。思いがけず互いにやり合う形になってしまったが、それに対する後悔はない。

 

「血、出てたら貼っとけ。んでまた……たまにはケンカしようぜ」

 

「ああ……また何か、ぐちゃぐちゃしたものが出てきた頃にな」

 

 悠も寝転がったまま手を伸ばし、差し出された友情の証を受け取った。それと同時に時が止まった。互いの手が少しだけ触れて、殴った拳の痛みと掌から伝わる体温を同時に感じながら、どこからか宣告が発せられた。

 

『我は汝、汝は我……』

 

 魔術師のコミュニティが真実のものとして認められた。全くもって最近は頻繁に聞く。まるでイゴールが言うところの『期限』が迫っているので、残った分を急いで片付けようとするように。または特捜隊全体が大きな転機を迎えようとしていて、それまでに力を蓄えておくようにと『我』が気を遣っているように。

 

「あ……」

 

 時間の流れが元に戻ると、陽介は声を漏らした。眼鏡を外した肉眼で霧を見つめながら、胸に手を当てた。

 

「どうした?」

 

「ああ……俺、ちっとは強くなれたかもしんねえ」

 

 コミュニティは力なのである。仲間がいるから頑張れるとか、単なる精神的な意味ではなく。

 

「お前のおかげだよ、悠……」

 

 特捜隊の仲間たちはコミュニティが極まるとペルソナが進化する。陽介以外は既に全員がそれを済ませている。個人としての絆を築いたのは陽介が最初で、悠が最も信頼している仲間も陽介であるのに、なぜか最後になってしまった。それは『我』の評価は主の気持ちと実は無関係であるからか。それとも陽介との絆は一度やり直すことになったからか。

 

 諸岡の葬儀の日、復讐の意志を明かし合った7月12日に陽介との絆は実は一度壊れてしまって、改めてやり直していたのかもしれない。高校生らしい青春溢れる繋がりはあの日に失った。そして仇持ち同士としての絆を結び直した。言い方を変えると『共犯』の絆を。そしてその絆から魔術師の少年は力を得た。

 

 

 

 

「お帰んなさーい」

 

 陽介と別れた悠は堂島宅の引き戸を開けた途端、迎えの声を聞いた。三週間前までは毎日耳にしていた、菜々子の迎えではもちろんない。声は若い男のものだ。玄関の三和土には男物の革靴が三足置いてある。

 

「お邪魔しているよ」

 

「足立さん、有里さん」

 

 居間まで行くと三人の男がいた。主人である堂島と二人の若い客だ。テレビの中だけでなく現実でも力を行使できるシャドウワーカーのペルソナ使いたち、その大人組だ。

 

「今日はウナギだよ。それも特上!」

 

 ちゃぶ台には赤い漆塗りの重箱が四つ並んでいて、瓶ビールも既に出されている。二人が家に来るとは悠は聞いていなかったので不意打ちのような形ではあるが、久しぶりの大勢での夕食になるようだった。

 

「食う前に話がある」

 

 悠が席に着くと、向かいの席に座る堂島が切り出した。表情はかなり硬い。これは家族としての話ではないと、始まる前から分かる気配だ。

 

「来週から出張に行く。戻りはいつになるか分からん」

 

(ん……?)

 

 悠は閃いた。似た話を以前も聞いた覚えがある。ゴールデンウィークの頃、堂島は出張で数日間家を空けていた。

 

 その直前、堂島は飲みすぎて病院に担ぎ込まれ、悠が迎えに行くという何とも情けない出来事があった。菜々子との距離が初めて縮まったのもその頃だった。印象的なイベントが続いたので、季節が二つ変わった今でも悠は覚えていた。そして今にして思うと、堂島はあの時飲みすぎたわけではないのではと疑いが芽生えてくる。

 

 堂島と足立がペルソナに目覚めた経緯の詳細については、悠は聞いていない。ただ時期は4月末だったと、菜々子を救助した翌日に聞いている。そして今日は有里がいる場で出張の話をする。これらを考え合わせると──

 

「ポートアイランドに行くの?」

 

 有里の地元でシャドウワーカーの本部があるという人工島だ。つまり堂島は刑事ではなく特殊部隊の仕事で行く。そう察せられた。用件の詳しい中身までは、さすがに分からないが。

 

「……とにかくだ。しばらく家にお前一人になるが、頼むぞ」

 

 堂島は行き先について肯定も否定もしない。余計な詮索をするなと怒鳴りもせず、話を進める。

 

「有里さんと足立はこっちに残るから、何かあったら二人に従うんだ。自分たちだけで動こうとするんじゃないぞ」

 

 そして釘を刺す。『何かあったら』とはシャドウの出現だ。この一週間、尚紀によれば町中に怪物は出ていないとのことだが、今後もずっと出ずにいてくれる保証などどこにもないのだ。

 

「んじゃ、番号の交換しとこっか」

 

「あ、はい」

 

 堂島の話がひと段落したところで、足立は胸ポケットからスマートフォンを取り出した。堂島も使っているシャドウワーカーの情報端末だ。悠と足立はもう随分長い付き合いなのだが、電話番号は互いに教えていない。もっとも仕事柄、足立は既に悠の連絡先を知っているかもしれないが、ここで改めて交換することになった。

 

「僕の連絡先はもう教えてあります」

 

 しかし有里とする必要はない。今月7日、商店街から送ってもらった車内で聞いている。

 

「あれ……お二人さん、いつの間に?」

 

 足立は交換を終えた自分の端末をポケットに戻しながら、有里と悠を交互に見る。一見すると接点が乏しそうな、だがどこかに類似した点がありそうな特殊なペルソナ使いである二人を見る。そして悪人面を作った。

 

「堂島さん、気を付けた方がいいっすよ。鳴上君、悪い遊びを教わっちゃいますよ? 女の子の引っかけ方とか」

 

「そんなのは教えませんよ」

 

 対する有里は平静を崩さない。実際、有里は悠に女を引っかける『方法』は教えていない。ただ隠すな迷うなと煽っただけで。

 

「じゃあケンカのやり方?」

 

 言いながら、足立は自分の頬を指差した。そして嫌らしい顔を引っ込めて、今度は顰め面を作る。

 

「え?」

 

「ここ、痣になってるよ。誰かとケンカしたね」

 

 言われて悠は自分の右の頬に手を当てた。確かに痛む。あれから鏡は見ていないが、この分では殴られた跡が顔に残っているだろう。今頃は陽介も自宅でクマや両親から事情を追及されているかもしれない。

 

「……済みません」

 

 悠は向かいの席に向けて頭を下げた。親友との殴り合いを悔やんではいないが、保護者には心配をかけさせてしまったはずだ。だから謝ったのだが──

 

「はは、いいさ。男の顔は痣でも傷でもあった方が、ぐっと良くなるもんだ」

 

 案に相違して、堂島は悠を咎めなかった。むしろ出張の話をした時の硬さが抜けて朗らかに笑っている。シャドウ相手の実戦はやらせないが高校生同士のケンカくらいなら存分にやれと、かえって推奨する。

 

「お前はちょっと線が細いからな。そんくらいの方が男前だ」

 

 だが甥にとってみれば、叔父の言いようは少しばかり心外だった。

 

「叔父さん、俺をそんなふうに思ってたの?」

 

 悠は特捜隊の仲間たちに慕われている。稲羽支部からも高校生組には慕われている。だが堂島はそうでもない。もちろん堂島は家族として悠を信頼しているが、それは決して無際限なものではないのだ。同じ人間に対する評価にも、四十がらみの大人と十六、七の少年少女では当然ながら違いがある。堂島から見れば、悠は体格や面構えからしてまだまだである。

 

「あ、言われちゃった! 鳴上君、もやしだって!」

 

 法王の評価に道化師も便乗してきた。かく言う足立の方がより細いくらいなのだが、自分を棚に上げて愚者の少年をからかう。

 

「剣道教えてあげようか?」

 

 今度は愚者の先輩が言い出した。やはりからかう響きがある。

 

「おや、有里さんは剣道ができるのですか」

 

「高校時代に少し」

 

「それは頼もしい。是非しごいてやってください」

 

「うっわ、ご愁傷様……」

 

「勘弁してくださいよ……」

 

 絆にも色々な種類があり、強さに優劣はある。そして質的な違いもある。悠を『信じる』深さは人によって差がある。悠のコミュニティの担い手は二十人を超えているが、繋がりの強さや絆の主に向ける情の濃さは決して一定ではない。同じ宗教を信仰する人の中にも、敬虔な人とそうでない人がいるように。

 

 陽介は悠をヒーローと呼び、堂島は暗にもやしと呼ぶ。そして足立と有里に至っては主をからかう。不敬にも。




 仲間たちのコミュをほとんど省略しているのは、本作は『原作と同じ展開は基本的に描写しない』という方針を取っている為です。菜々子救出までは特捜隊の行動は原作とあまり変わらない為、仲間たちのコミュも原作から変質する要因が見出せず、描写を省略していました。対照的にシャドウワーカー稲羽支部の人たちとのコミュは各々ペルソナ覚醒という変質要因がある為、いずれも描写しています。

 特捜隊では例外的に陽介とクマ、りせのみ詳しく描写していますが、あれは諸岡の死後に悠がインタビューに答えたことと、足立が久保を落とさなかったことが原作から変質する要因としてある為です。結果的にこの三人と悠以外の特捜隊の人々は、出番がやたらと少なくなってしまいました。

 さて、原作からずれた要素が色々と出ながらも、魔術師コミュを最後に特捜隊のペルソナ進化が完了したこの話をもちまして、第2章は終了となります。第3章からは原作からの乖離がより大きくなっていきます。主に悠にとって辛い方向で。
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