ペルソナ4 落ち武者の神   作:三尺

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不信の絆(2011/12/4、12/5)

 冬を迎えて最初の日曜日、12月4日の昼間。特別捜査隊はジュネスで時間を潰した。彼らは近頃は客足が遠のいている地域経済の中心地を昨日も訪れたが、突然始まった悪夢によって買い物どころではなくなった。だがそれもひと段落ついたので、改めてコタツを買いに来たのだ。ただしその前に、一つ問題が立ち上がった。

 

「駄目だ。クマの奴、どこにもいやがらねえ」

 

「向こうも今のところ気配なし。でも見つけられてないだけかも……霧が凄くて。ごめん、力になれなくて」

 

 クマがいなくなったのだ。昨晩に病院から帰る際、陽介は同居人の不在に気付いたが、夜が明けても見つからなかったのだ。家には帰っておらず、町中を軽く探してみてもいなかった。今日はりせにテレビの中をこっそり探してもらったが、そちらも収穫なしだった。フードコートに集まった七人の間に不安の影が差す。

 

「クマの奴、事件終わったからって向こうに帰っちまったんじゃねえだろうな……」

 

 陽介の認識では、クマとの約束は連続誘拐殺人事件の犯人を捕まえることだ。そしてそれは果たされたので、クマは帰った。そういう理屈は成り立つ。しかしだからと言って、陽介はクマを帰すつもりはなかったのだが。

 

「後で尚紀に連絡して、こっちの世界でも探してくれって頼んでおくわ」

 

 実のところは、クマの『契約』は未だ果たされていない。テレビの世界の霧は払われるどころか、現実の世界さえ侵食して密度を増す一方である。だが『契約』の本当の意味は、一方の当事者である悠さえ分かっていない。だからクマは約束が果たされたので帰るはずがないことに、悠たちは気付かなかった。

 

「それじゃさ、コタツのついでにクリスマスプレゼントも下見しちゃう? 菜々子ちゃんとクマ吉の分も」

 

 気付かないうちに、話題は次へと移った。

 

「いっすね! つか、小学生の女の子が喜びそうなもんって……?」

 

「ぬいぐるみとか? あ、私のお人形とかどうかな! りせちー人形!」

 

「クマ君は何を喜ぶかな?」

 

「食い物じゃねえの? ホームランバー」

 

 話しながら、一人を欠いた特捜隊はフードコートを後にした。クマの失踪の意味に気付かないうちに、当初の目的である買い物が始まった。殺人事件について整理しなおすことなど、話題に上がりもしない。それはまるで謎も災いももうたくさんで、事件や犯人などもう関係ないから、刑事と特殊部隊で好きにやってくれと言うように。

 

 この日、事件と『契約』のいずれからも特捜隊の目は背けられた。それは真実が別にあることを知らない者たちには、仕方のないことと言える。何か動こうにも手掛かりはおろか発想もないのでは、動きようがない。

 

 しかし目を背けようが考えるのをやめようが、現実は動く。稲羽のシャドウ事案の関係者は特捜隊だけではないのだ。当事者の一方が立ち止まっている間にも、その目が届かないところで動く人々はいる。

 

 

 新しいコタツを置いた堂島宅の居間で、悠は携帯電話を確認した。メールがいくつも来ていたのだ。

 

『あのさ、話色々聞いたから。大変なのは分かるけど、自分も大切にしてよね。菜々子ちゃんが元気になった時、そんなんじゃ逆に心配されるよ? あたしも倒れた時、パパがそりゃあもうヒドい有様だったんだから……あんたはちゃんとしてよね!』

 

『一条です。菜々子ちゃんのこと聞いてさ。俺にできることある? あるなら何でも言えよな! 俺ら、どっちも可愛い妹がいる身だろ?』

 

『長瀬だけど。菜々子ちゃん、心配だろうけどきっと大丈夫さ。俺だってくたばりかけたが、今じゃこうしてピンピンしてんだからよ。とにかく元気出せ!』

 

『小沢です。菜々子ちゃんのこと、話せるようなら話してください。私はもう力を失くしちゃったけど、話聞くくらいならできるから。連絡、待ってます』

 

『心配でメールしました。あんまり無理しないで、自分も相談くらい乗れますから。一人で抱え込まないでください』

 

 メールの差出人は昨晩は病院に来なかった関係者たち、あいとシャドウワーカー稲羽支部の高校生組だ。昨夜遅くか今日の朝にでも、堂島や足立、もしくは陽介辺りから連絡が回ったのだろうと察せられた。メールは全員から一つずつ、昨日の夜から今日の午前の間に入っていた。ただ尚紀からは今日の午後付けでもう一つ入っていた。

 

『花村さんに頼まれて、こっちでもクマを探してみました。でも済みません……見つからなかったです。こっちの世界にはいないのかもしれないです』

 

 全員のメールの確認を終えると、悠は折り畳み式の携帯電話を閉じた。そして特捜隊以外の関係者である差出人たちに思いを巡らせる。特に二通送ってきた後輩だ。

 

(もし昨夜、小西もいたら……あいつはどうしたかな?)

 

 彼らが事件に関わり始めたのは先月からだが、長さの問題ではない。そもそも長さで言うなら、尚紀は事の初めから深い関わりがあったはずである。大勢いる稲羽のペルソナ使いたちの中で、唯一の被害者遺族なのだから。特捜隊で犯人に復讐する権利が最もあるのは陽介だが、その陽介さえ尚紀には及ばないだろう。もし菜々子が死んでいたら、悠と堂島も尚紀と同等の権利を得たはずだが、幸いにも生きている。つまり最大の権利者は尚紀である。もちろんそんな権利がこの世にあればの話だが。

 

 やがて家の外で車が停車する音がした。堂島が帰ってきたのだ。昨晩は特捜隊が帰った後も病院に残っていたようで、家には帰らなかった。ポートアイランドへ出張していた期間も含めると、今年最も長く空けていた家への久しぶりの帰宅だった。

 

「お帰り、叔父さん」

 

「おう……ん?」

 

 居間に足を踏み入れた家主は、居候の足元に置かれた家具に目を留めた。コタツ布団のデザインは黒と紺色で、この家に元からあったものと似てはいるが、少し違う。

 

「新しいの買ったんだ」

 

「そう言や、そんな話したな」

 

 壊れてしまったコタツの代わりを買いに行こうと、家族で約束したのは先月5日だ。果たされるまで一ヶ月もかかってしまった、その理由は言うまでもない。その日、何もかもがひっくり返ってしまったからだ。

 

「……悪かったな」

 

 堂島は目を閉じて詫びの言葉を口にした。忙しい刑事にして特殊部隊の支部長は、家族の約束を反故にしたのは一度や二度ではない。そして冬を迎える寒い家には必需品の暖房器具も、一緒に買いに行ってやれなかった。しかも今の今まで忘れていた。父親として、『よくできた』甥に申し訳ない気持ちにもなる。

 

「……」

 

「……」

 

 だが堂島が父親として自分を省みるのは、ここまでだった。閉じた目を開けるや、昨日に殺人未遂をした高校生を鋭く見据える。

 

「一つだけ教えてやる。生田目は殺人犯じゃない」

 

「……え!?」

 

 言われた途端、悠は目を見開いた。昨晩の一件に関して、また改めて説教をもらうかもしれないとは思っていた。もう一度殴られても仕方がないし、何を言われても受け入れようと思っていた。なぜなら事件は終わったのであり、しかも自分は犯人に復讐する権利もないのだから。それなのにこれだ。

 

「どうして……」

 

 何がどうして、なのだろうか。どうして生田目が犯人ではないのか、なのか。どうして悠にそれを教えるのか、なのか。これ以上事件に関わることを、悠は諦めたばかりだ。それなのに事件の方から悠を引っ張り込んでくる──

 

「話せるのはここまでだ。もう首を突っ込むな!」

 

 と思いきや、すぐに拒絶された。堂島は質問も許さないとばかりに踵を返した。菜々子に何度も弾いてやったピアノの置かれた仏間と、堂島の寝室がある家の奥の区画へ続くドアが、音を立てて閉められた瞬間──

 

「!……」

 

 悠の脳裏に一枚のカードが浮かんだ。三位一体を表す三重の十字架があしらわれた、青色の帽子が描かれたカードである。法王のアルカナを表す寓意画だ。堂島が得たペルソナと、叔父と甥の間に築かれたコミュニティを象徴するものだ。それが揺れた。予期せぬ地震に襲われて家具が倒れるように、車を乱暴に運転して荷物が座席から投げ出されるように、左右に揺らめいた。そして上下が変わった。

 

(逆位置……?)

 

 法王のアルカナは正位置では信頼、社会性、規則の遵守などを意味する。対する逆位置では束縛や狭量、不信などとなる。タロットの解説書で読んだことがあるので、カードの各々の意味は悠もある程度は知っている。知っているだけに、逆立ちした帽子に打ちのめされた。

 

(俺……叔父さんに信用されなくなったのか)

 

 悠がこれまでに築いてきたコミュニティの数は、正統的なタロットにあるものとないものを合わせて二十三に上る。これまでその全てが順調に進んでいたのに、初めて反転した、というわけではない。悠自身は意識しなかったが、危機に陥ったコミュニティはいくつかある。この一年における最初の転機であった7月、菜々子の正義とマリーの永劫、そして陽介の魔術師の絆は危うくなった。ただしその時は逆位置のカードを幻視はしなかった。それは当時の悠に、自分が悪いことをしたという認識はなかったからかもしれない。

 

 だが昨晩の殺人未遂は自分が間違っていたと、今は思っている。仲間たちは何も気にせず、少なくとも外向きには気にしないように振舞ってくれたが、堂島はそうではない。もし法王のコミュニティが一昨日以前に『我』の完了宣告を受けていたら、堂島の反応も違ったものになっただろう。だが堂島との間に亀裂が入る余地は、冬になった今も残っていたわけだ。

 

 陽介とは親友から共犯者に変わった絆を、そのままやり直した。菜々子とは音楽が、マリーとは悠がテレビに落とされたことが絆を修復した。だが堂島にはどうすれば良いのか、まるで分からない。

 

 信用は得るのは難しく、失うのは容易い。そして取り戻すのは非常に難しい。

 

 

 

 

 12月5日は月曜日だが、八十神高校は創立記念日で休みだ。期末試験は先週末に終わったところで、暗黒の日々から解放された生徒たちに長めに夢を見させてやろうと配慮したような、ちょうどいい時期の休みである。普段であれば、高校生たちは連休に羽を伸ばすところだ。

 

 だがこの日、彼らはジュネスのフードコートに集合した。目的は買い物ではない。

 

「えっと……十二人か。全員揃ったな」

 

 せっかくの休日に集まってくれた皆を見回しながら、陽介が人数を確認した。相変わらず閑散としたフードコートのガーデンテーブルに大勢の人間がいる。クマを除く特捜隊が七人、稲羽支部から四人。そしてもう一人だ。

 

「あのさ、小西君たちが来るのは分かるけど、何で海老原さんまでいるの?」

 

「何よ、あたしだって関係者よ」

 

 千枝の突っ込みに当人が答えた。あいはペルソナ使いではないので、今まで特捜隊や稲羽支部の集まりに参加したことはない。だが事件の関係者であるのは確かであるし、概要も長瀬や一条から聞いている。

 

「こんな所でケンカしないでくれよ……。んで、話って何だ?」

 

 陽介は悠を促した。今日の集合はリーダーが言い出して、サブリーダーが召集したものである。範囲は事件の関係者のうち高校生全員だ。

 

「ああ、昨夜うちの叔父さんから聞いたんだが……」

 

 皆を集めた理由は、もちろん昨晩堂島から告げられた話を共有する為である。同時に幻視した法王の不信宣告は大きな衝撃だったが、そればかり気にしてはいられない。事件に関する重大な情報は、皆に伝えないわけにはいかない。事件を追い始めて八ヶ月近くになるが、その間に辛いことや苦しいことなら山ほどあったのだから。

 

「生田目は殺人犯じゃないって言うんだ」

 

 もう大人たちに任せようと思ったばかりであっても、これは隠しておけない。隠せばきっと深刻な後悔を呼び起こす。

 

「は……?」

 

「って、相棒! 何言ってんだよ! あいつ以外に誰がいるってんだよ!」

 

 だが伝えた途端、場は紛糾した。

 

「何で……? あいつ、菜々子ちゃんをさらったじゃない! 先輩、現場見たんでしょ!?」

 

「あたしと大輔を突き落としたのも、あいつなんでしょ!」

 

「そうだよ……俺も見たぞ!」

 

『犯人』の身柄が確保されてから、今日でちょうど一ヶ月だ。その間、一連の事件の犯人は生田目太郎であると、皆が考えていた。運送業という標的の調査と接近が容易い職業、最初の被害者である山野との関係、テレビに入る能力など、生田目を疑う要素はいくつもある。極めつけは最後の犯行である、あいと菜々子の誘拐だ。現行犯で目撃者もいる。それがなぜ犯人でないとなるのか──

 

「落ち着け!」

 

 詰め寄る皆に向けて、悠は大声を発した。

 

「ああ……悪い」

 

「ごめん……」

 

 そしてたった一言で、皆は本当に静かになった。怒声は急激に霧に溶けて、痛々しい沈黙がフードコートを覆う。霧そのものが質量を増して、肩の辺りにのしかかるような感覚がある。

 

「殺してない……? 姉ちゃんもですか?」

 

「どういうことなの? 堂島さんから何か説明はなかったの?」

 

 俄かな重さにめげず声を上げたのは、尚紀と結実だ。この二人のコミュニティも堂島と同じで完了宣告を受けていない。

 

「詳しいことは教えてくれなかったんだが……」

 

 興奮する皆を怒鳴りつけたものの、訳が分からないのは悠も同様なのだ。堂島から聞いていなければ、きっと思いもしなかった。しかし聞いてしまった以上、そっとしておくわけにはいかない。だが真相は想像もつかない。もちろん堂島が嘘を吐く理由も思いつかない。安楽椅子で全てを見通す名探偵のような、一人で全てを判断して正しい結論を導いてしまう離れ業は、悠にはできない。

 

「そうですか……」

 

 そんな中、他と違う反応を示したのは本物の探偵だ。犯罪捜査は素人の高校生ばかりの集団にあって、ただ一人のプロである。安楽椅子には座らないが。

 

「いえ、確かに生田目が全ての犯人だとすると、不自然な点がないこともないんです」

 

 皆の注目が集まったところで、直斗は見解を述べ始めた。一昨日は菜々子の死で直斗も気が立っていたが、時間を置いた今は冷静になっている。

 

「まず確かなことから考えてみましょう。堂島さんによれば、生田目は殺人犯ではない……そうですね?」

 

「ああ」

 

「一連の事件を順番に並べてみると、4月に山野真由美さんと小西先輩が亡くなりました。その後はいわば『殺人未遂』が連続し……先月の海老原先輩と菜々子ちゃんに対する犯行で遂に現場を押さえ、手口が明らかになりました。最後の二件は目撃者もいますし、生田目の仕業で間違いありません。天城先輩から僕までの誘拐もそうでしょう。しかし4月の殺人は、そうではないかもしれない……」

 

「姉ちゃんと山野アナをテレビに放り込んだのは、別人……?」

 

 ここで尚紀が応じた。

 

「ええ。生田目は山野さんと小西君のお姉さんを殺してはいない……堂島さんが仰ったのは、そういう意味ではないでしょうか」

 

「じゃあ不自然な点って何?」

 

 雪子に促されて、直斗は再び語り始めた。

 

「犯行動機です」

 

 尚紀の目が光った。最も知りたいのはこれだから。

 

 直斗によると、山野の死後、警察は不倫のもつれと読んで生田目を聴取したものの、その線はないと踏んだ。生田目は当時、妻の柊みすずとは別居中で半ば捨てられたような状態だった。柊は山野の件を知っており、そもそも不倫が明るみに出たのも柊がマスコミにリークしたからだ。恨む理由は希薄で、関係を隠すことにもならない。何より山野の死に最もショックを受けていたのは、当の生田目自身だった。

 

「一件目からして、納得のいく動機が見えないんです。もちろん二件目も」

 

 そしてまた、11月にテレビのスタジオに現れた山野のシャドウの言動も不自然だ。もし生田目が山野を殺していたなら、生田目の死を嘆いたり助けたりするのはおかしい。もちろん人間ではなくシャドウのすることだから、言動に合理性があるとは限らないが。

 

「でもさ……ただ異常だったって可能性はないの? あいつ、向こうで戦った時とか明らかにおかしかったよ?」

 

 りせが疑問を呈すと、直斗は少し俯いた。

 

「ええ、それも考えられます。誘拐の動機は殺人以上に分かりませんし……」

 

 この世には動機のない犯罪というものもある。だから生田目はただ異常で、警察の初動捜査ではそれに気付かれなかっただけ。そういう解釈は可能だ。言動が不合理になることは人間でもあり得る。だがその上で、生田目は誰も殺していないと堂島は言う。なぜなのか?

 

「よく分かんねえんすけど……ここでごちゃごちゃ理屈こねてねえで、堂島さんに直に聞きゃいいんじゃねえすか?」

 

 議論が袋小路にはまりそうなところで、完二が核心を突いた。

 

「……」

 

 だが悠は唇を噛んだ。確かにそれが最も手っ取り早いのだが、絆が反転した堂島が教えてくれるとは思えない。もちろん悠以外の者が聞いても同じだろう。生田目は殺人犯ではないと教えたことさえ、不思議なくらいなのだ。聞いた瞬間、『もう首を突っ込むなと言っただろう!』と怒鳴られるのが目に見えている。

 

「足立さんや有里さんに聞いてみるのはどうです?」

 

 そこへ尚紀が助け舟を出してきて、直斗が応じた。

 

「ええ。堂島さんが詳しいことを教えてくれないなら、あのお二人でしょう」

 

 生田目が殺人犯であるかどうかを別にしても、テレビが使われた超常事件であることは確かだ。普通の警察官では真相は一片も知り得ない。知り得るのは普通でない者。つまりペルソナ使いの刑事である堂島とその相棒。そして特殊部隊における二人の上司に当たる男だ。彼らは堂島と同じ認識を持っているはずだ。

 

「電話してみます?」

 

「ああ……頼む」

 

 尚紀は早速スマートフォンを取り出して、悠は頷いた。尚紀は慣れた手つきで機械を操作し、上役の男を呼び出した。

 

「もしもし、小西です。今、大丈夫ですか? ええ……事件のことでお話したくて。そちらに行ってもよろしいですか? え? はい……分かりました」

 

 話はあっという間にまとまり、尚紀はすぐに端末を耳から離した。

 

「足立さん、病院にいるそうなんですが、何かバタバタしてるみたいで。来るのはいいけど、あまり大勢だと困るそうです」

 

「あー……」

 

 集まった十二人の間に、何となくばつの悪い雰囲気が漂った。ここの高校生たちは程度の差こそあるものの、事件の関係者ではある。しかし確かに人を訪ねてものを聞くには、人数が多すぎるきらいがある。頭数は多いほど良いというものではない。ならば誰が足立に会いに行くべきか?

 

「では僕と鳴上先輩と、小西君で行きましょうか」

 

 犯罪捜査の知識と経験が最もある探偵とリーダー、そして犠牲者との縁が最も深い者。直斗の提案は無難な人選と言える。だが──

 

「俺も行かせてくれ」

 

「分かった……じゃあ四人で行くか」

 

 陽介が名乗り出てきて、悠は受け入れた。陽介は相棒であり、特捜隊のサブリーダーだ。そして犠牲者との縁は、尚紀に次いで深い。

 

 

(何か俺、足立さんには頼ってばっかりな気がするな……)

 

 町を覆って三週間目に入った霧の中を歩きながら、悠は足立との交流を思い返した。出会った当初は気弱そうな人との印象を抱いたが、それはとんでもない誤解だったとしか言いようがない。認識が変わる最初の契機は、7月にジュネスで尚紀を守った姿を見た時で、その後は女関係でからかわれたり忠告されたりもした。そして先月の戦いで認識は完全に転倒した。今となっては、足立には頭が上がらない気さえする。

 

 道化師のコミュニティは開始から半年以上が過ぎているが、『我』からは真実のものとして認められていない。コミュニティが極まる要因ははっきりしないが、担い手から全幅の信頼を寄せられることだとしたら。例えば特捜隊や稲羽支部高校生組の人々のような、ちょっと困るくらいの信頼を。もしそうだとしたら、道化師の絆は何年たっても完了しないのではないか。

 

 そんなことを思いながら、悠は仲間たちと共に稲羽市立病院を訪れた。ロビーに足を踏み入れた途端、騒動に出くわした。

 

「この霧、毒なんでしょ? ウイルスなんでしょ?」

 

「テレビでやってました! ワクチンとかないんですか!?」

 

「落ち着いてください。それはただの噂ですから……」

 

「嘘吐け! ホントはちゃんと薬があんだろ! 俺たちを見殺しにする気か!」

 

「そんなこと、あるわけないでしょ!」

 

 病院の受付前に人だかりができていた。稲羽市民と思しき人々が二十人ばかり、医師や看護師に詰め寄っていた。老若男女を問わず色々な人が集まって、人間のバリケード状態だ。群衆の中にはどこで手に入れたのか、仰々しくもガスマスクをかぶっている者までいる。

 

「お集まりの皆さん! ここは病院ですよ! お静かに願います!」

 

 興奮した人々の間から、もはや聞き慣れた声が上げられた。会いに来た刑事のものである。しかし甲斐はない。道理を説いても公共の場であることを訴えても、何かに取り付かれたような人々は一向に収まらない。病院の奥の方から何人もの警備員と制服警官が集まってきて追い払われるまで、騒動は続いた。

 

 

「足立さん」

 

「やあ君たち……あー、疲れたよ」

 

 面倒な仕事がようやく終わったという風情の刑事に、悠たち四人は近づいた。足立は疲れた顔に引きつった笑顔を浮かべて、ロビーの長椅子に座り込んだ。元より猫背気味の背を更に丸める。

 

「今日は生田目の聴取でこちらに?」

 

 あからさまに疲れている刑事に、直斗は真っ直ぐ突っ込んでいった。この少女探偵はこういうところがある。

 

「いや、それは昨日やったよ。今日はあいつを別の病院に搬送したの」

 

「もうですか? 随分急ぐんですね」

 

 空気を読めないと評されることもある探偵は、更に突っ込む。直斗が聞いた話によれば、生田目は意識不明の状態がかなり長く続いていて、それで犯人と被害者が同じ病院にいるという望ましくない状況が何週間も続いたのだ。生田目は一昨日には目を覚ましていたが、それにしても昨日の今日ですぐ搬送とは、早すぎはしないかと違和感を覚える。

 

「誰のせいだと思ってんの……」

 

 しかし刑事は探偵の追及に動揺を見せない。むしろ眉根を寄せて、じろりと睨む。最初は眼前に立つ直斗に、次いで悠、そして陽介だ。

 

「堂島さんが上に話つけて、すぐやるってことになったの。君らがまた何かやらかすんじゃないかって心配だったから」

 

 つまり搬送が急がれたのは特捜隊のせい、特に相棒たちのせいだった。

 

(そういうことか……)

 

 悠は自分の額に手を当てた。生田目は殺人犯ではないと、堂島はなぜ悠に教えたのか、その理由が分かった気がした。まさに逆位置のカードの通りで、信用されていないのだ。殺しを思い止まらせるつもりで捜査情報を敢えて漏らし、その上で『犯人』を甥から遠ざけることも忘れない。

 

 しかし叔父の仕打ちにリーダーが落ち込んでも、サブリーダーはそうでもない。

 

「こう言っちゃなんですけど……足立さんが言えた義理ですか。あいつを撃ったの、足立さんなんでしょ」

 

「ぐ……痛いトコ突くね。でも僕はもうやらないよ」

 

 陽介の突っ込みには、さすがの足立も表情を変えた。寄せられた眉を解いて、ただ真面目な顔になる。

 

「それが聞きたいんです」

 

 ここで悠は気を取り直した。叔父との絆が反転してしまったのは甥の責任だ。だがそれはそれ、これはこれである。

 

「足立さんが生田目をやらないのは、本人を事情聴取するなりして納得したからなのでしょう? だったら教えてください。俺たちが下手なことするんじゃないかって心配なら……俺たちを納得させてください」

 

 たとえ生田目が全ての犯人であろうとも、悠はもう殺しをするつもりはない。だが納得はさせてほしい。全ての犯人ではないと言うのなら、その説明がほしい。事は悠だけの問題ではないのだから。苦楽を共にしてきた仲間たちや、心ならずも事件に巻き込まれた者たちが大勢いるのだ。たった一言の結論だけでは足りない。

 

「困ったなあ……」

 

「お願いします。足立さんの言うことなら、俺は信じます」

 

 足立の言うことなら信じる。これは社交辞令や言葉のあやではなく、偽らざる悠の本心である。法王に拒絶され道化師に頭が上がらなくなってしまった愚者の心理は、そういう状態にある。因果なものだが。

 

「俺からもお願いします」

 

 尚紀が口添えすると、足立は長椅子から立ち上がった。視線を床に落とし、音を立てて頭を掻く。

 

「場所、変えようか」

 

 足立にすれば悠を突き放すことはできる。だが尚紀に頼まれると断れない。道化師の心理は以前からそういう状態にある。因果なものだが。

 

 

 霧に怯える市民が再び押し寄せてこないとも限らない病院の建物から出て、五人は霧の懐に身を置いた。駐車場の隅にある喫煙所の周りに集まる。全員が眼鏡をかけ、視界を明瞭にした状態で向き合った。これから話すことは、世間には公表できない事件の真相である。高校生四人は固唾を飲んで一人の刑事に正対する。果たして眼前の大人の男は何を語ってくれるのだろうかと。どんな意想外な真実が飛び出すのか。自分たちはそこからどんな真理を汲み取れるのか──

 

「生田目はね、君たちを救う為にテレビに入れたんだってさ」

 

「は?」

 

 しかし語り手が話し始めた途端、聞き手たちは揃って調子の外れた声を漏らした。

 

「えっと……順番に話すよ?」

 

 最初に『犯行動機』が端的に示された上で、詳細が語られた。生田目は昨日から落ち着きを取り戻したので、堂島と足立、そして有里が聴取したのだ。

 

 まず事の始まりは、山野が映ったマヨナカテレビを生田目が見たことだ。世間で叩かれている愛人が電源の入ってないテレビに突然映ったことに驚いた生田目は、画面に手を触れた。自分にテレビに入る力があると気付いたのがその時だった。その直後に山野が死んだことで、生田目は一つの見解を得た。即ち『深夜のテレビに映った人は殺される』だ。『映った人を殺してやる』では、もちろんない。

 

 その後に早紀のマヨナカテレビが映り、今度は遺体の第一発見者が殺されるのかと恐れた。生田目は悩んだ末、本人に警告することにした。早紀を呼び出して気を付けろと言ったのだが理解されず、翌日に早紀の遺体が上がった。

 

「生田目は警察には相談しなかったのですか?」

 

 途中で直斗が質問を挟むと、足立は淀みなく答えた。

 

「天城さんのが映った時、うちの署に一度電話したけど信じてもらえなかったんだってさ。ま、そりゃそうだ。テレビがどうとかいきなり言われたって、まともに取り合わないのが当たり前だよ。当時はまだ特殊部隊の立ち上げ前だったしね」

 

「それで自ら誘拐を……殺人犯から救うつもりで、テレビの中に落とした。いえ、匿ったと……」

 

「そういうことなの。テレビの中がどんな場所なのか分かんないけど、惨たらしく殺されるよりはマシだろうって」

 

 足立の話は更に続く。生田目は実家が運送業を営んでいる関係で土地勘があり、『救う』相手に怪しまれず接近するのは難しくなかった。そうして雪子を始めとして、完二、りせ、悠、直斗を次々とテレビに落とした。最後はあいと菜々子だ。

 

「しかし……それならなぜ俺を落としたのです? 直前に久保美津雄が自首していたはずですが……」

 

 悠が落とされたのは7月17日で、その一週間ほど前に久保が自首し、全ての事件の犯人であると自供していた。ではなぜ生田目は悠を落としたのか?

 

「うん、確かにあの頃は自首した子が全部の犯人みたいに言われてたけどさ? 生田目は疑ってたみたい。諸岡さんはマヨナカテレビに映ってなかったからってさ」

 

 厳密に言うと、久保が自首した当初から警察も4月の二件の犯人とは断定していなかった。慎重に捜査するよう警察庁から圧力がかかった為もあって、『視野に入れて捜査を継続する』と発表しただけだ。全ての犯人であると決めつけていたのは、マスコミを始めとする世間である。

 

「もちろん確証はないから、鳴上君を落とすかどうかはかなり迷ったらしいよ。でも町歩いてるところを偶然見つけて、ちょうど周りに人もいなかったんで、念の為ってことでやったみたい。その後しばらくして、自首した子は諸岡さんしか殺してないって警察から発表されて、自分は正しかったって思ったってさ」

 

「念の為……ですか」

 

 悠は腕を組んだ。考えてみれば雪子以降の特捜隊の仲間たちは、いずれも自宅近くで落とされていたはずだが、7月の自分のケースは違っていた。その不自然さを今まで深く考えたことはなかったが、実はこんな意味があったわけだ。

 

「ん? 待ってください。生田目は標的に接触すると、トラックで運んでいたテレビにすぐ落としていたのですか?」

 

 ここで直斗が再び口を挟んだ。他と違う手口という点で、引っ掛かりを覚えたのだ。

 

「んー……まあね」

 

「では菜々子ちゃんは? あの日、堂島さんが車で追いかけて、スリップしたところで生田目は菜々子ちゃんを連れて一緒に入ったとのことですが……」

 

 菜々子のケースは落とした状況が、悠とはまた異なっている。堂島は商店街から自宅に戻る途中で生田目のトラックとすれ違い、カーチェイスの果てに生田目は菜々子と共に自分もテレビに入った。もし誘拐した直後、場所で言えば堂島宅の前で菜々子を落とすだけにしていれば、その後の救助は異なった形になっていたはずだ。

 

「それ、堂島さんも聞いてたんだけど……何つーか、まあビックリよ」

 

 ここで足立は疲れた顔を見せた。脇を向きながら寝癖の残る頭を掻く。

 

「あん時、最初に海老原さんを落としてたじゃん? 鳴上君の時に上手くいったからって、また同じようにやったわけよ。大胆すぎっつーか……町中で偶然見つけたもんだから、すかさずポイッとね。ま、二人だから急がなきゃいけないってのもあったのかもしれないけど? でもそこを長瀬君に見られて一緒に落として、おまけに一条君にも見られちゃってさ。それまでずっと上手くやってたのに初めて失敗したもんだから、かなり動揺したみたい。そん時初めて、こんなやり方でいいのかって疑問に思ったらしくてね……」

 

『救済』を始めて半年以上もの間、事が順調に運びすぎて油断が出てきた頃に、『犯行』を目撃されてしまったわけだ。悠の時の成功体験が生田目から慎重さを奪っていたと言えよう。

 

「その後すぐ堂島さんちに行って菜々子ちゃんを誘拐したけど、テレビなんかに入れるよりもっといい方法があるんじゃないかって……。いっそ警察に全部話しちゃおうかって思ったらしい。目の前でテレビに手を入れるなりすれば、分かってもらえるんじゃないかってね。だからあん時、生田目はうちの署に行こうとしてたんだって……菜々子ちゃんの保護を求めにね。そこを堂島さんに追っかけられて、犯人が現れたのかって思ったんだってさ……。んで、テレビに逃げたの」

 

「マジですか……」

 

 悠は愕然とした。一体何という皮肉であろうか。遂に『犯人』を見つけて追跡していたつもりが、実は『自首』しようとしていたところだったとは。それをカーチェイスしてしまったことが、生田目をかえって追い詰めて菜々子を危機に陥れたとは。追う側と追われる側のどちらも善意なのに、結果は最悪になった。

 

「マジなの……堂島さんもめっちゃ驚いてたよ」

 

 足立の話に嘘は一つもない。生田目が自供した内容をそのまま話しているだけだ。生田目は春に一度稲羽署に電話した件も含めて、全てが真実なのだ。ただ電話を取った者が誰であるのかは、足立は言わない。生田目は相手の名前を知らず、昨日の聴取でもそこまでは話題にならなかったから──

 

「さて……ちょっと長くなったけど、どう? 納得できた?」

 

 真実だけを話しているうちに刑事の話は終わった。四人の高校生たちは互いに顔を見合わせる。全員、表情は硬い。

 

「捜査状況に矛盾しません。生田目は本当のことを話したのだと思います……」

 

 最初に口を開いたのは直斗だ。これまで入手した情報と照らし合わせて、おかしな点は見つからなかった。生田目は殺人犯ではないとの堂島たちの見解を、探偵として支持した。

 

「要するに……生田目は思い込みで俺たちをテレビに入れてたってことですか。本当は殺してしまうところだったのに、その人の為だと思って……」

 

「まあね……思い込みとか勘違いとか? そういうので重大事件が発生するって、世の中結構あるけどさ……その典型みたいなもんだね」

 

 次いで悠が事態をまとめて、足立は認めた。つまるところ、誤解に誤解が重なって起きた事件だ。

 

(俺は……本当に何も分かってなかったのか。生田目を笑えない……)

 

 一昨日に殺人未遂をした少年は天を仰いだ。まさに思い込みや勘違いで、重大事件を『悠が』起こすところだったのだ。殺されたのだから殺してもいいとか、そういう倫理的な問題以前に事実を正しく認識する段階から間違っていた。生田目を愚かであると笑う資格は、悠にはない。

 

「じゃあ犯人は誰なんです……誰が小西先輩を殺したんすか!」

 

 今度は陽介だ。殺人未遂をしたのは相棒と同様だが、自分を省みるよりもこちらの方が重要である。

 

「それをこれから捜査するの……。せっかく事件解決と思ったのに、また振り出しだよ」

 

「しかし……誰がどのように捜査するのですか? テレビが関係していることは間違いない以上、普通の警察ができることには限りがあるはずでは?」

 

 具体的な捜査方法について、直斗が突っ込んだ。真犯人が誰であれ超常的な事件であることは確かだ。真相の公表もできないので、普通の警察に普通に捜査させるわけにはいかないはずだ。

 

「んー……この霧も全然晴れる気配ないし? 向こうの世界を調査するのに本部からもっと応援呼ぼうってんで、ちょっと前から有里さんが準備しててね。本部の情報系の人……名前、何つったかな? 来てもらって、霧のついでに事件も調べてもらおうって話が出てるよ。あとゼロやチヨダとかの怖いおじさんたちが、来るとか来ないとか……」

 

「公安ですか……」

 

 直斗は驚いて目を見開いた。シャドウワーカーは警察と桐条グループが共同で立ち上げたことは、先月に稲羽支部高校生組と情報交換した際に聞いている。だが一口に警察と言っても色々だ。どの部署が背後にいるのかまでは、直斗は聞いていない。稲羽支部の大人組と違って、尚紀たちは特殊部隊の政治的な背景をほとんど知らされていなかったから。

 

「うん、バックにそういうのがいるの……っと、機密事項! 忘れて!」

 

 足立は話の途中から疲れた表情でいたが、ここで慌てた顔を見せた。つい喋りすぎてしまったという風情だ。そして両手を叩いて場を切り上げに入った。

 

「さあ! 話はおしまい! 早く帰んなさい!」

 

「姉ちゃん……」

 

 最後に尚紀が一言呟いた。足立の話を聞いている間は一度も口を挟まなかったが、最後だけ声を漏らした。

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