最強アメリカ軍にケンカを売った女さん。ロボット兵器たった一機でどんな夢を見るのか   作:cyanP

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第50話 世の中って結局、おやじのものなんだ

 

 

 ──ホテルで打ち合わせ。……

 

 といってもホテルにはロビーもラウンジもある、そういうところで打ち合わせすることも無いことではない。そう自分に言い聞かせながらホテルを訪れる凛子。

 しかし、フロントで先方の名前を言うと『部屋でお待ちになっている』と告げられた──。

 

 

 ……ため息が出た。

 またかと──。

 

 でもせっかく来たのだ、ダメ元で確認だけしようと。部屋の中にさえ入らなければ大丈夫だろうと、告げられた番号の部屋へ行ってみた。

 

 最上階にある最高級の部屋だった──。

 ノックしてドアを開ける。かすかな甘いアロマが漂い出てきた、瀟洒な調度品が並び、高い天井が奥まで伸びひろがっている。

 

 部屋の中に経営者の姿は見えなかったが、真正面にお洒落なカフェなどにある、小さなビストロテーブルが置いてあって、その鏡のようなピカピカの天板の上に厚みが約1センチメートルの札束が──。

 

 1…2…3…4…5…6…、それと同じものがさらにもう一列。

 7…8…9…10…11…12。

 ──── 合計12コ。厚みが1センチメートルの札束とは100万円だ。

 『1200万円』 が6コずつ二列に並べられた100万円の札束で置かれていた。

 

 ──1200万円……!!

 

 それが凛子の一晩の値段らしい。

 正確に言うと、そのおっさんが凛子の身体に付けた値段。

 資本主義のチカラの象徴が、どうだ、言う事聞くならくれてやると置いてある。

 

 凛子には悪いが現実的に言ってやると、芸能人の端くれとはいえ、凛子はしょせんぽっと出のただの小娘だ。その一晩の夜伽(よとぎ)に1200万は高い。とんでもなく高い。

 外国ではどうか知らんが、この長年不景気が続いている日本。

 

 歓楽街で立ちんぼしているシロウト家出娘の相場が──。

 可愛い子で3万円。

 

 高級娼婦で10万~数十万円。

 

 グラビアアイドルで百万円程度。

 

 有名どころでも高くても500万ほどだということを鑑みれば、1200万というのは破格の高値だと言える。

 

 時代を彩(いろど)る人気女優ならまだしも、関西ローカルで人気が出て話題になった程度のグラビアタレント娘には、まず付くはずのない額だろう。

 

 凛子の所属している宗則企画という芸能事務所が決して大きくもなければ強くもないことを考えればなおさらだ。

 

 凛子をよっぽど気に入り、高く買ってくれている,(文字通り)のか。

 今まで凛子がこういうことになびかなかった事前情報を仕入れていたのか。

 大人の男の力を見せつけたかったのか。

 そのすべてか。

 

 だが凛子は知っていた。

 このオヤジ。シンガポールのカジノで「3000万円溶かした」と笑い話に語っていた。

 

 一度ではない、毎週だ。週末仕事が終わると急いで飛行機に飛び乗り、そのままシンガポールへ。そして休日一日バカラである。毎週3000万を溶かし、また飛行機で帰ってきて月曜日の仕事に直行。俺は仕事をおろそかにしない。そんな生活をもう半年ぐらい続けている、ガハハハと。そう取り巻き連中に笑って聞かせていた。あの眠たくなるバーでの会合で。

 

 なんだ、わたしはおまえがカジノで一晩にスってくる軍資金の半額以下か。

 なるほど、半額以下で一晩遊べるならずいぶんお得な遊びだな。

 そのカネも、こんなしょーもないオッサンが昼寝している間に自動的に稼ぎ出せる程度のカネだ。

 気軽にポンポンと並べられる程度のものだ。

 だれが私にその値段を付けたのか。

 

 こいつだ。

 こいつらだ。

 オヤジたちの作り上げた価値観だ。

 

 凛子の目が充血もしないまま静かに潤んでいった。

 悲しかったんじゃない。

 ……行き止まりを予感したからだ。

 

 今まで自分が奔走して探していたのは、目指した場所は、こんなところだったのかと。

 やっと見つけた生きる場所。

 風変わった子だと言われ続けた自分でも、自身の力で切り開いていけると、疲弊しきっていながらも、なお芯の部分は意気揚々だった。

 

 それがこんなプロ経営者気取りの日焼けオヤジに抱かれる結末に突き当たったのだと。

 

 涙の粒が、ポロポロと小さな音をたててブラウスにこぼれ落ちるのを、しずくに跳ね上がるまつげと、胸を叩く布の動きで感じていた……。

 それは拭う必要もないほどの丸くて硬い透明な粒だった。もしかしたら床まで転がり落ちて行ったかもしれない……。

 

 眼の前に置かれた1200万円とその背後でほくそ笑んでいるであろう存在が、凛子に下らないゲームの駒としてしか生きることを許してくれない。

 

 札束が奴隷の首輪に見えた。

 

 そいつらは『風俗の女は嫌だから』などと言いながら。

『風俗の女は魚屋の魚、釣る楽しみがない』などと言いながら。

 

 結局することは、カネと権力に物を言わせた『関係者に上納された小娘の追い込み漁』ぐらいしか出来ない。そんな男たち、その程度のオヤジどもに。

 

 そんな卑(いや)しい唾棄(だき)すべき存在にさえ、値踏みされ、呼び出され、抱かれる、お手軽な何か…………、それが私だ。

 

 そう──、いうなれば小金持ちのオヤジどもに釣り気分を味わわせるが為に用意された都合の良い魚。

 

 売値が良くなる餌を与えられ、囲われて泳がされている『養殖された魚』だ。

 それが、努力の結果得られた凛子の称号だと顔にべたりと貼り付く。

 

 取れない。取れない。取れない……。きっとバーコードを印刷された商品タグなんだろう。

 

 ──そういう世界で自分は「何かになれる」と漠然と希望を持って頑張っていた。

 何も知らずに、出口のない、閉鎖された養殖いけすの中をグルグルと必死で泳いでいた……。

 

 

 唐突に尖った何かが心の底から込み上げる。 

 凛子自身にも正体の分からぬ憤怒の激情であった。

 自分の中にこれほどの感情が、自分自身に、自分の女という部分に宿っていることに衝撃を受けた。

 

 吹き出す怒りを押さえつけ、とりあえず最低限の断りの言葉を残してその場を去った凛子だったが、18歳の少女の中には、そのまだ柔らかいつぼみの中には、もう到底収まりきらない大きな何かが、未だかつて経験したことのない胸襟の焼け付くうねりが、水爆実験の爆雲のようにみるみる膨れ上がっていくのを感じていた。

 

 もう適当に謝ってやり過ごす程度の我慢も出来なくなっていた。

 それは初めて世間にねじ伏せられた少女には無理からぬ反応でもあった。

 

 

 ──結局、凛子は記者会見で遠慮なく告発、暴言をぶちまける。

 勿論そんな様子が放映などされるはずもなく、VTRはお蔵入りとなったが、ウワサはすぐに広まった。

 

 さらにマズいことに、凛子の絶大な人気が災いした。

 

 芸能界内の組織ぐるみのこのような体制に対し、凛子の熱心なファンらが法務省の内部部局である人権擁護局に訴えて抗議したのだ。

 その結果、凛子の影響力の大きさを恐れた七大名をはじめ、各テレビ局等あらゆる方面から干される事態へと陥り。

なすすべなく凛子のタレント生命は事実上絶たれてしまった。完璧に潰された。

 

 宗則企画の宗則社長にもマネージャーにも思いっきり迷惑をかけた。なんとかとりなそうとしてくれたその努力を踏みにじってしまった。それだけでなく宗則企画そのものに圧力がかかり始めた。

 

 凛子はもう芸能界から出ていくしか無かった。

 

 何が正しいとか間違ってるとかそういう問題ではないのだ。

 圧倒的力で問答無用に潰された、ただそれだけである。これが『力の論理』である。

 

 だが、凛子は最後の一線を譲らなかった。

 これは脅されても謝らなかったとか。1200万円の申しでを蹴ったというような単純な話ではない。

 その程度のことは、さして難しいことではないのだ。

 

 例えば街なかでいきなり1200万やるから抱かせろと言われても断る女は少なくない。『与える』のでは人を支配できないからだ。まず『奪う』必要がある。

 

 戦国武将が農民を兵とするがため、あらかじめ農民の全財産である田畑を焼き尽くし、里心の根源を奪っておくように。

 女たちの尊厳を前もって刈り取っておくのだ。

 

 それが『芸能界』。

 芸能界という砂漠で、取るに足らない存在だと追い込まれて必死にさせる。

 するとどうなるか。

 カラカラに乾き切るのである。

 

 本来、そこらを歩いてる女より自分に自信を持ち、はるかにプライドが高いはずの彼女らが、オヤジたちの小手先程度の手間とコネでコロコロと落ちていくのは、そうやってもうすでにカラカラに干からびさせられているからだ。

 

 灼熱砂漠での死に際にある遭難者かのように、その目にはもう芸能界での成功という蜃気楼しか見えていない。

 

 プロ経営者などという胡散臭いおっさんにでも、すがらなくては満足に仕事も貰えない。この業界では生きていけないんだと思い知らされているからだ。それは経験なのか。学習なのか。はたまた〝 洗脳 〟なのか……。

 

 そんなオヤジ相手にカラダでコネを作ったところでなんの保証にもならず、さして長続きもせず、その道はおおかた幸福などには繋がっていないのにも関わらずだ。

 

 それでも彼女らはそれに必死でしがみつく、撒き餌に群がる小アジのごとく。嬌声を上げる手強いライバルたちと、そこに長いくちばしを突っ込んで小アジを貪り喰らう海鳥めいた男たちの中で。……もう理性がどの程度機能しているか。

 

 だが凛子は自分の目的を失わなかった。

 あのような状況でさえ、彼女の魂は乾ききってはいなかった。

 渇しても盗泉の水を飲まなかった。自分に不義理を働かなかった。

 そこが彼女が普通の女子ではない一番の違いなのだ。

 

 若い凛子には難しいことは何も分からなかったが

 この理屈だけはその身に深く刻み込まれた。

 

 それから凛子は『男が持ち出す力の論理』を、『力の論理を体現する男』を、その『男社会の仕組み』を、人一倍敏感に、いや過敏に嗅ぎ取るようになっていった。

 

 それが、死ぬがために走り続けるメロスのような、究極的選択の始まりであろうとは、彼女には知る由もなかった。

 

 

 

 

 

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