無感情無表情と思われてるけど気づいてない実験台少女の日記 作:ルヴレ
「クリスト・メーデリウス。お前の研究成果は素晴らしいものだった。よって、私が直々に症状を授けよう」
「ありがたき幸せです」
クリストは、跪いて賞状を受け取る。ここに着くまでに、武器は全て回収された。──しかし、チェックが少し甘かったようだ。
クリストは伏せて見えない顔をニヤリと歪ませた。
「でも、やっぱり幸せではないので、死んでくださいませ」
頭の上に作っていたお団子の中から、ナイフと針を取り出した。
そして、王へ向けてそれを突き出す。首筋に触れた刃が、王の首を切り、赤い液体を流させた。
「お前……、何……を!」
「特に、何も? ああ……あらあら」
周りに大量の護衛がやってきたことに気づく。この王も馬鹿ではないらしい。クリストは、ナイフを両手に構えて、戦闘の準備をした。
「……きみが魔法使い、かい?」
クリストが戦っている間、セレストは空中都市の城の一番上に登っていた。
セレストは、フェデリカたちが起きる前に、クリストと共に空中都市に向かっていたのだ。見たこともない空中を飛べる乗り物に乗せられ、連れてこられたので、フェデリカたちが追ってくる心配もなかった。
そもそも、セレストはメルティもフェデリカも、ここに連れてくるつもりはなかった。
セレストの計画を止められる恐れがあるからだ。
「えぇ。私が、人類最後の魔法使いよ」
そして、セレストの予想通り、魔法使いがいたのは城の頂上だった。
魔法使いは、色々な髪の色が混ざった、不思議な容姿をしている。しかし、それも空のように色々な人を同化させたから、なのだろう。
「空を返せ」
色々な言葉を考えていたはずなのに、唯一出てきたのは、そんな幼稚な言葉だった。
魔法使いは、困ったように微笑んだ。
「……私が同化を解けば、私が死に、この世界は滅んでしまう」
「別にいい。空さえ生きれば、私はそれで」
セレストにとって、空は全てだったのだろうと、魔法使いは思う。
ほら、だって今はこんなに無表情だ。
上から見ていた限り、セレストは表情豊かな子に見えた。しかし、それも貼り付けたものだったらしい。
セレスト・フォーゲットの本質は、無表情で無感情な、三井空のこと以外興味が持てない、残酷な人間。
「……この世界はかつて、美しかった。
空は青く、海はどこまでも続き、魔法に満ち溢れ、様々な生物が生きて、鮮やかに世界は幸せに満ち溢れていた」
魔法使いは、手を広げ、空から世界を見下ろした。今の世界は、その面影すらない。
「しかし、今はどう?
空は曇り続け、海は死に、魔法は消え、生物もなくなり、かろうじて私の魔法で生態系を築き、人間は生きながらえているの。
そんな魔法が消えたら、あなたたちは全員飢えて死んでしまう。ごめんなさいね、私もやりたくてやっているわけでは────」
魔法使いの説得が終わる前に、セレストは魔法使いに無表情で武器を突きつけた。
「別にいいさ、そんなこと。でも、人類なんて滅んでなんぼだろう? 私は人類が滅ぼうとも仕方ないことだと思う。だって、人類は悪いことをしたせいで、こんなに落ちぶれたのだから、ね? なら、運命を受け入れるのが一番の良い選択だと思うよ。きみはそう思えないみたいだけど、私はそう思うさ。そして、人類が滅ぶことで結果的に新しい平和な世界を再構築できる。空さえいれば、私はいい。私が死んでも、別にいいのだよ!」
セレストはそう早口で捲し立てた。魔法使いは、セレストを可哀想に思う。
無表情、無感情、それでいて、残酷な生き物。魔法使いの同化のためだけに作られた、人形のような人格の少女だ。
どうして人類が滅ぶのが悪いことか、わかっていない。でも、このまま無抵抗だと、殺されてしまうかもしれない。
やむを得ず、魔法使いは魔法を使おうと、魔力を手に込めた。
「なぜ、私がここにいるとわかった? 何故私がまだ生きていると知っているの?」
最後の質問として、魔法使いは尋ねる。セレストはピクリとも表情を変えずに、淡々と答えた。
「きみがここにいると思ったのは、ただの予想さ。ここが一番暗殺もされにくい場所だからね。
きみが生きていると思ったのは、単純なことさ。私たちの武器は、きみの魔法で作られていると気づいたからだ。きみは人が生まれるたび魔法を使って武器を授けている──つまり、生きている、と結論づけたのだよ。簡単なことだろう。
さて、空を返してくれないかね? 空を返すだけなら、この世界は滅ばないだろう? さぁ、早く!」
セレストはそう言ってくるが、賢い彼女も計算を間違っているらしい。
魔法使いは、可哀想な少女に残酷な答えを告げた。
「空は、私との同化の相性が良かった。
だからね、セレストちゃん。私は今すぐにでも、世界を元通りにできるくらいの魔力を取り戻している。
でもね、魔法を使ったら、反動で私諸共空ちゃんも死んじゃう。だから、きみに空ちゃんと最後に話させてあげたくて、まだ魔法を使っていないの」
「……なら、私は? 私が空の代わりになってやる」
「……あなたは私と相性が悪いことでしょう」
セレストがそう言うが、それは勘違いだ。
私と相性がいいのは、空のような感情豊かな人間。ただ、研究者たちが勘違いをして、無感情な人間ばかりを私に授けてきているだけ。
つまり、セレストと私は相性がとても悪い。セレストは、空の代わりになり得ない。
「セレスト、もういいよ」
私は三井空と、体の所有権を交代した。私は、今まで取り込んだ人間と交代することは簡単にできる。セレストは、空が話したのだと気づき、私に詰め寄った。
「そ、空っ!」
「あのね、私もセレストと同じだから。セレストが生きればそれでいいんだぜ! ワハハー……。だからさ、世界を救うなんて嘘をついて、私を助けようとしなくて、いいんだよ」
「……でも、私は空のために今まで生きてきたのです。空が消えたら、私は生きれません」
「そんにゃことないぜよー。セレストを支えてくれる人は、たくさんいるよ!」
無表情だったセレストは、悔しそうな顔をして、何も言えなくなった。きっと、セレストにも思い当たりはあったのだろう。
「それじゃ、もう、消えちゃうね」
そうじゃないと、泣いちゃうもん、と言う空の声は聞こえないが、そう思っているのは何となくわかっている。
「いや……だめ……! 私は、私の今までの人生は、なんだったんだ……!」
セレストが戸惑っている間に、とっとと魔法を使ってしまおうと、魔法使いは魔力を込める。眩い光が世界を包み込み、昔のように明るくなった。
海が浄化される。草木が生え始める。海の中から動物が復活を始め、また新たな平和な世界の再構築を始めている。
「やめろっ! やめてっ!」
「さよなら」
セレストは、魔法使いの腕にしがみつくが、時すでに遅し。
魔法使いは、きらきらと光り輝いて体が爆散した。
「あ……ああ…………」
べちゃり。セレストの顔に、魔法使いの血液がつく。これが空のものでもあると考えると、血液を払うことすらできない。
どうにかしないと。そんな一心で魔法使いだったものをかき集める。そら、空、空。
空ではなくなったのに、諦めることができない。セレストは無表情で、肉片を前に立ち尽くした。
「もう、死んでしまおうか」
一歩足を進める。城から飛び降りたら、簡単に死ねるだろう。
あと一歩。あと一歩で空に会える。
セレストにとって、この一歩はまるで天国への近道に思えた。
セレストは勢いをつけて飛び降り────そのままものすごいスピードで落ちていった。
「ああ、死ねる。ようやく死ねる」
びゅん、びゅんと風を切り、少しずつ地面に近づいてきた。
死ぬ。
セレストはそっと目を閉じ、安らかに死を享受しようとした。きっとすぐに空の声が聞こえてくるだろう。
セレストはそれを心から楽しみだと思った。
「いってぇなこの野郎!」
しかし、聞こえてきたのは野太い男性の声。
セレストは驚いてそっと目を開けた。
「えっクリスト君。きみ、もしかしてドMってやつ?」
「何言ってんだよこの野郎。俺は、Mでもなんでもねぇよ!」
なんと、クリストがセレストの下敷きになっていたのである。慌てて退いたセレストは、完全に骨が折れていそうなクリストに肩を貸した。
死に損なったな。
セレストはそう思い、ふっと軽く笑った。なんだか、馬鹿みたいだった。
六年だ。六年間、セレストは三井空のためだけにフェデリカを引き取り、データを取り、作りたくもないレポートを作り、更に言えば、文字も書けない状態から研究者になったのだ。
それは、全て無駄だった。
「おい、セレスト。
お前、世界救ったんだぞ。もっと喜べよ」
「…………私は何もできなかったんだ。あまり、そんな感じはしない」
だって、セレストは何もできなかった。空が、世界を救った。それだけは、確かだけれど、セレストは世界を救っていない。
「そうか。早く帰るぞ。あいつらが待ってる」
「…………うん」
セレストは、クリストに手を引かれて帰ろうとする。そのときに、気絶させられて、倒れている人をたくさん見かけ、セレストはようやく自分が割と……いやめちゃくちゃ反逆罪に引っかかることをしたのだと自覚した。
「これ、地上に返してもらえるのかい? 投獄される気しかしないけど」
「堂々としといたら、勘違いされるから、平気」
「え?」
クリストの言う通りに堂々と城から出ると、ものすごい歓声が、セレストを包み込んだ。
「え? え? え?」
セレストは握手を求められたりして、住民から取り囲まれた。
「世界を救ってくださって、ありがとうございます! 新しい魔法使い様!」
「え、いや、ちが……」
「私たちも、これでようやく地上に帰れます!」
「海で泳ぐの夢だったんです!」
「魔法使い様! あなたは英雄です!」
セレストは、目を回して困惑する。
いや、違うよ。なんでそうなるんだ。確かに、クリストの言う通り、都合はいい……が。
セレストは、完全にダークサイド側の人間である。実は計画がくるっただけで、本当は魔法使いにお手製の薬をぶっかけて、無理矢理空を取り戻し、人間が滅亡してもガン無視、自分たちハッピーならそれでよし作戦を実行しようとしてたのに。
それに、魔法使いどころか、セレストはマッドサイエンティストである。ガッツリ科学者である。
「どうしてそうなるんだいっ!!??」
セレストの絶叫が、街中に響いたのだった。
次回、最終回!