無感情無表情と思われてるけど気づいてない実験台少女の日記 作:ルヴレ
十ページ目。
一年目 8月12日
あれから早二ヶ月……。時間の流れは早いね。
今回は重大報告のために来たぜ。
今回は珍しく本気で書いてみようと思う。
嬉しいって何?
うーん、フリッカちゃん、悲しいとか楽しいとか怖いとか、そんなのはわかるんだけど、いまいち嬉しいだけはわかんにゃい。
なんでこんなこと言ってるかって言うと、セレストにきみが嬉しい感情を見せてくれたら、レポートが完成すると言われたから。
んー。もしかしてフリッカちゃん、嬉しいの感情だけないとか? いや、でもあるよね? だってフリッカちゃん、感情豊かだし。
意味わかんない。だって、フリッカちゃん、感情あるし、レポートなんてどうせ失敗するでしょ? なんでフリッカちゃん、こんなに躍起になってるんだろ。
わかんない。
一年目 8月13日
やほー。嬉しいの感情を引き続き探求してくぜ!
同期くんに聞いてみたら、誰かのために尽くしたら嬉しくなるらしい。
そういえば、フリッカちゃんって自分のことばっかりだったな。他人のために何かしたことはないかも。
──ってことで、そろそろセレストが誕生日らしいので、盛大に祝おうと思います! どんどんぱふぱふー。
メルティ先輩とかクリストさんに言ったらバラされそうだし(クリストさんは言わずもがな、メルティ先輩は時々意地悪)、意地悪そうでそうじゃない同期くんと一緒に祝うぜ!
あー、同期くん? 嫌がってたけど、無理矢理参加させます。だって同期くんも何もしてないし。暇そうだし。
やっぱり手作りのプレゼントとご馳走が定番だよね! よーし、早速プレゼント作り開始だぜ!
一年目 8月13日 一時間後
一時間後……フリッカちゃんはすっかり心が折れていたのであった……。
いてて……。ペンを持つのすら痛いぜ。涙が出てきちゃう。
やほー……、フリッカちゃんだぜ。今回はテンションダウン中。
プレゼント作りって難しくにゃい? フリッカちゃん、刺繍したハンカチを作ろうと思って、今夜はずっとやってたんだけど、難しい。
フリッカちゃんって、怪力じゃん? だから、ひと針縫うだけで針が真っ二つに折れちゃうんだよね! ワハハ!
……フリッカちゃんだけだと無理そう。明日は同期くんに作り方教えてもらおう。
「クレス。……聞きたいことがある」
無表情な、僕の同期は遠慮がちに話しかけてきた。
僕は一瞬顔を顰めてから、何? と返す。
「……嬉しいって、どうやったら感じる?」
「は? …………君、そんなことに興味があったんだね。自分の感情に興味がない人形だと思ってたよ」
「……うん。……でも、もう、やめようと思う」
フェデリカは、無表情で、ほとんど無感情な、人間……と言うか、多分クローンだ。僕と同じ。けれど、僕より捻じ曲がっていないと思う。
僕の場合、ご主人様は性悪の中の性悪と名高いクリストだ。……名前すら出したくない。僕を作った理由だって、金が欲しいからってだけだ。
素直そうな彼女を見るに、セレストは存外に、悪い人ではないらしい。
「そうだね……誰かに贈り物をしたり、誰かのために尽くした時に感じる……かもな」
「…………。うん、そう。ありがとう」
フェデリカは、小さな声で呟いてから、考えだした。何をするか考えているのだろう。フェデリカは、慣れてみると、意外に行動が分かりやすい人だ。
そして、僕「だけ」にタメ口で話してくれる。僕はそれが密かに自慢だ。
「…………(すっかり忘れてたけど)セレストは、そろそろ誕生日。……だから、お誕生日会を開きたい。(あれ、名前なんだっけ。あ、そうだ、クレスか)…………クレスも、手伝ってほしい」
「は? なんで僕がそんなことしないといけないの?」
別にそんなことは思っていないのに、つらつらと嫌味が口から飛び出す。
「そもそも、僕はセレスト・フォーゲットは嫌いなんだよ。あいつは自分の利益しか考えないクソ野郎だ。そんな人を祝ってどうする。君だって、セレストの利益の為だけに生み出されたんだよね?」
「(え? 何言ってんのこいつ)……」
フェデリカは、一瞬目を大きくさせた。そうしてから、悲しそうに目を伏せた。
しまった。やってしまった。
僕はクリストに散々いじめられてきた。だから、つい自分を守るために最悪な発言をしてしまう。僕は周りから嫌われている。
──フェデリカにも嫌われるだろうか。
「……たとえそうでも、セレストは私を救ってくれた。でも、私はセレストに何も返せてない。……だから、お願い。(フリッカちゃんの秘伝技、上目遣いをくらえー!)」
しかし、フェデリカは、僕の手を握って、そう返してきた。
その真剣なルビーのような瞳に射抜かれる。あまりにもまっすぐで曇りがない。最初の死んだ魚のような瞳は何処に行ったのか。──僕はこの瞳にめっぽう弱い。
はぁ、と僕はため息をついた。
「…………ちょっとだけだよ」
そして、僕はそう返したことを激しく後悔することになる。
「おい、参考本持ってきたよ」
僕はあいつのために刺繍の本をクリストから借りて、フェデリカの部屋を訪れた。
それは、珍しく夜遅く。明日渡せばよかったのに、フェデリカは一刻も早く欲しがるのだろうと思って、渡しに来たのだ。
しかし、ドアを叩いてのも反応はない。覗いてみると、中で必死に何かを書いている。目からは、何故か涙が流れている。
「……フェデリカは、字が書けないんじゃなかったのか?」
フェデリカは、涙を流しながら小さなノートに何かを書いていた。
──なぜ、泣いているんだろう。考えた末、僕は今日言ってしまったことを思い出した。
「君だって、セレストの利益のためだけに生み出されたんだよね?」
僕がそう言うと、あいつは悲しそうに目を伏せていた。それだけだったけど、本当は泣いてしまうほど気にしていたのではないか。嫌な予感を感じてしまう。
謝りたい。けれど、謝れない。僕にとって謝るのは、怒ることよりもよほど難しい。
「…………くそ」
結局謝れず、僕はフェデリカの部屋を去った。せっかく持ってきた刺繍の本は、意味のないものになってしまった。
「さて、取引をしようか、クリスト君」
「……ちゃんと金は貰えるんでしょうねぇ?」
ふふ、と顔立ちに相応しい上品な笑みを浮かべたクリストは、その笑みに合わない発言をした。
セレストは勿体ぶることはなく、一枚の紙を取り出す。それは、感情について綴られた、殆ど完成したレポート。セレストの半生を注いだものだ。
クリストはそれを簡単に見せていいものかと、一瞬顔を硬直させ、結局元の笑みに戻った。
「私の代わりに、君の研究としてこのレポートを提出してもらえないだろうか。……私はきみの研究補佐という設定で」
「────は?」
しかし、美しい笑みはたちまちのうちに崩れる。爆弾発言をしたセレストは、それを感じさせぬ、凪のような瞳をしていた。
※フェデリカが泣いてるのは、刺繍をして手を怪我してるのにペンを持ったら思ったより痛かったからです。