小説 仮面ライダールパン   作:竜・M・美日

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 風の街で調査開始。


第13幕 Fu-to/風の吹く街で何を得られるのか

  同日 夕方 海東市 海東市立病院

 

 快人達は熾烈(しれつ)な戦いの末に倒したカルサイトをアルセーヌ城の空き部屋に寝かせ、その後二日間を泥のように眠った。

 次の日、二人は個室に移された優奈の病室にいた。

 その他に大学帰りの量山、先輩の水木、母親の里奈もいる。

 病室に入ってきた快人に三人は「もう大丈夫なのか」と驚きと心配の声が上げたが、「大丈夫だ」と答えてベッド近くの椅子に座った。

 病室に射し込んだ夕日が優奈の顔を照らす。(まぶ)しそうにするわけでもなく目を閉じたままだ。腕から伸びる点滴のチューブがなんとも痛々しい。

 襲撃から数日が経つが、意識を取り戻す気配はなかった。その恋人の顔を快人は少し悔しさをにじませて見つめていた。

 周りには量山と水木が──つけっぱなしの病室のテレビを背にした──海里と向き合って小声で世間話をしており、里奈は快人の対面に座り優奈の手を握っている。

 すると、話をしていた量山がポケットを確認してスマホを取り出す。急に立ち上がった。焦った表情を浮かべている。

「……悪い、帰らないと。すいません、おばさん。また」

「来てくれて、ありがとうね」

「いいえ。じゃあ」

 足早に病室を出ていった量山を、海里と水木が不思議そうに見送った。

「どうしたんだろう?」

「急用なんじゃないかな」

 そう結論付けて二人は話を続けていると、今度は水木が喋らなくなった。その目が見開かれていく。

「ん? 水木さん……?」

 海里はどうしたのかと、その視線を辿って振り返る。水木は肩越しのテレビに釘付けになっていた。画面にはローカル局「KTTV(海東テレビ)」の夕方の報道番組が映っている。

 音量を下げているので内容はほとんど聞こえないが、テロップには『速報! 脱獄犯逮捕』と大きく出ていた。

「あっ、あの脱獄犯捕まったんだ」

 脱獄のニュースについて聞いていた海里の言葉に反応するように水木が立ち上がる。

 その様子に快人も何気なく視線を移した。

(……ん?)

 顔に焦燥(しょうそう)が浮かんでいる。慌てて自身の手()げカバンを摑む。

「ごめんなさい。私もちょっと用事を思い出して」

「いえ……大丈夫?」

「はい、失礼します。ごめんなさい」

 頭を下げ、水木は病室のドアを開けた。

「失礼いたし──うわぁ⁉」

「キャッ!」

 病室のドアを開けたところで、部屋に入ってこようとした絢とぶつかった。その弾みで掛けていた眼鏡やカバンの中身──財布や手帳、香水と化粧品、メガネケースなど──が床に散乱する。

「イテテテ……あっ! 申し訳ありません!」

 絢が急いで手近にあった財布を拾って渡していく。

「いえ! こっちも慌てて……」

 水木はメガネケースをカバンに仕舞いながらそれを受け取り、落とした眼鏡を掛け直す。

「あっ、私も手伝います!」

 海里もその輪に加わり、三人が荷物を拾い終わると礼もそこそこに水木は部屋を去った。

「……大丈夫でありましょうか?」

「多分、大丈夫だと思うけど……。ところでカニちゃん、今日はどうしたの?」

「あっ。そうでありました!」

 少し崩れた身だしなみを整え、絢は病室にいた三人に向かい合うと、

「本日、通り魔事件の容疑者を逮捕いたしました」

 と微笑みながら言った。

 その言葉に快人と里奈が椅子から立ち上がる。

「本当ですか⁉」

「カニちゃんが捕まえたの⁉」

「えぇ。まだ詳しいことは申せませんが、容疑者を逮捕いたしました」

 その言葉に三人は安堵(あんど)の顔を浮かべる。特に快人は力が抜けたように椅子に座り込む。

「よかった……」

「少々、奇怪な事件ではありましたが……。ともかくしばらくすれば優奈さんも目を覚まされるでしょう」

「良かった……。このままユウが、思ったけど……本当に良かった……」

 里奈が手で顔を抑えると指の隙間から涙が流れ落ちていく。海里がその隣につき背中を擦る。

「良かったですね!」

「うん、ありがとうね……」

 涙を拭って里奈は絢に頭を下げた。

「ありがとう、ございました……」

「いえ、これが本官の仕事でありますので。では、失礼いたします!」

 絢は溌溂とした笑顔で敬礼すると部屋から出ていった。

 

「本当に良かったです!」

「うん、良かった……」

 海里が里奈を元気づける場面から、安心した快人が窓に視線を移す。夕陽がほとんど沈んでいる。そろそろ面会時間も終わる頃だ。

「じゃあ、そろそろ俺たちも──」

 帰ろうとして立ち上がる──足を少し滑らせた。見れば足元に何か落ちていた。

(なんだ……?)

 手に取るとそれは一枚の紙。(つたな)い字で三名の名前が書いてある。

(『ちーちゃん。なっちゃん。じんくん』……?)

 裏返してみると紙ではなく少し古びた写真だった。

「児童養護施設風光園(ふこうえん)」という看板を掲げた建物の前で、前に幼稚園児ほどの三人の子供達が笑顔で立っており、後ろには先生らしき中年の女性が(うつ)っている。隅には風都の観光スポットである風都タワー。推察するに写真は風都で撮られたらしい。

 子供達は、眼鏡を掛けた気弱そうな笑顔を浮かべて左手でピースサインをする女の子を挟んでいた。

 左隣には活発そうな女の子が眼鏡の子の腰に左手を置き、右手でピースサインをしている。女の子達は顔が似ている。そっくりと言っていい。

 反対側の男の子は気恥ずかしそうに小さく右手でピースサインをしていた。

(『じん』……)

 引っかかりを覚えた快人がテレビに視線を移す。脱獄犯逮捕のニュースは続いており、テロップの容疑者の名前は「諸刃陣」と出ていた。顔はなんとなく写真の面影がある気もする。

 快人は再度、よく見るために写真に顔を近づけた。

(ん?)

 あることを感じて目が泳ぐ。

「お兄ちゃん、大丈夫?」

 写真を持ったまま考え込んでいると海里が声を掛けてきた。

「えっ? あぁ……そろそろ帰るか」

「えっ。あっ、うん?」

 ポカンとしている海里をよそに快人は里奈に頭を下げた。

「それじゃあ、おばさん失礼します」

「あっ……さようなら」

「えぇ。ありがとう。快人君、海里ちゃん。また来てね」

 快人は写真をジャケットの内ポケットに仕舞うと、海里の腕を引っ張って部屋を出た。

「えっ、ちょ、ちょっと⁉」

「静かにしろ、病院だぞ」

「じゃあ、引っ張んないでよぉ……!」

 病院の階段の踊り場まで着いたところで快人は手を離した。

「もう、何すんの……⁉」

 顔を顰めて海里が摑まれていた部分を擦る。

「今回の事件、もしかしたらまだ終わってねぇのかも……」

「はい? それってどういうこと?」

「実は──」

 快人が話をする──突然、廊下に若い女性の絶叫が響いた。

「何……?」

 二人が踊り場から顔を出せば、他の病室から数人が迷惑そうな顔で出てくる。

 どこかの病室の女性が喉が張り裂けんばかりの勢いで、「来ないで」や「止めて」など何かを拒絶する内容を叫んでいる。

 慌ててやってきた医師達がある一室に入る──声が徐々に静かになった。

 しばらくして病室に入った医師達と伴って絢が出てくる。察するにその病室の患者も通り魔事件の被害者だったようだ。

 家族と思われる中年の女性が、絢と医師達に申し訳なさそうに頭を下げてドアを閉めた。

 それから廊下で絢と一人残った医師が話を始めた。盗み聞きするつもりは無かったが、快人達は物陰に隠れて聞き耳を立てる。

「ご家族に事件について報告していたところ、目を覚ましたと思ったら」

「叫んで暴れ始めたと……事件の影響で精神が不安定になっているのだと思います」

「しかし、本官が見る限り、あの様子はいささか異常とも思えましたが……」

PTSD(心的外傷後ストレス障害)の可能性もあります。入院後は心療内科に通院してもらうのも、視野に入れておいてもらった方がいいかもしれないな」

「ご家族は退院後は実家がある風都市に戻られると仰っておられました」

(風都……?)

 話を聞いていた快人が一連の事件に共通点があることに気づいた。

「そうですか。風都の知り合いの医者に話をしておくか。ありがとうございます。では」

「はい、失礼いたします」

 話し終えた二人が別れ、絢は別の階段から下に降りていった。

 一部始終を聞き終えた快人は、絢の姿が見えなくなると(くだん)の病室に向かい、病室に付けられた名札を見る。

「ちょっと、大丈夫?」

「……帰るぞ」

 考えを整理したい快人と、傍から見れば不自然な行動を心配する海里は病院を出た。

 

 外は電灯が道を照らしている。出るなり海里が腰に手を当てながら快人の前に立った。

「もう、どうしたのよ」

「海里。俺、明日、風都に行ってくる」

「またなんで急に」

「さっき言ったろ。今回の事件、まだ終わってない。そんな気がするんだよ」

「ふーん。これのせい?」

「は?」

 海里がクルリと手首を返せば、あの写真が握られていた。

「お前それどこで⁉」

「さっき盗み聞きしてた時に」

 海里はその写真を一通り眺め、「はい」とあっさりと快人に返した。

「……えっ?」

「必要なんでしょ?」

 快人は写真を受け取りながら、意外そうな表情を浮かべる。

「……いいのか?」

「これからどうなるか分かんないけど。でも、『ヒーローになりたい』っていう、お兄ちゃんの夢を、私は応援したいから」

「……海里」

 たった一人の肉親の言葉に面喰う。

 海里は夜空を見上げて大きく伸びをした。

「きっとさ、ルパンになるための一歩、なんじゃない?」

「……あぁ、そうだな。じいちゃんを超えてやるんだ。やるっきゃねぇ!」

 数日前と打って変わって気持ちが燃え上がっている。

「うん! やっぱりお兄ちゃんはそうじゃなきゃ! いつだってバカみたいに真っ直ぐなバカなお兄ちゃんじゃないと!」

「おい。バカバカ言うんじゃねぇ。バカイリ」

「ああっ! また言った! このバカニキ!」

 久しぶりにありのままの兄妹(きょうだい)喧嘩をする。二人は笑い合った。

 二人は目立たない所に()めていたゴルドルパンに乗り込む。今回は海里がハンドルを握る。そして、自宅のアパート──ではなく、快人の提案でアルセーヌ城へと戻ることにした。

「アパートには戻らねえ方がいいだろうし、あまり出歩くな」

「うん、大学もお兄ちゃんの件で休みの許可をもらってるから、しばらく大丈夫」

「城の方が安全、だろ? イライザ」

 快人の問いかけに反応して、ゴルドルパンのディスプレイにイライザが映る。

「ご安心ください。このイライザが妹様を絶対に守り抜きます」

「なら、安心だな」

「ありがとう、イライザ!」

「それじゃあ、明日の朝、ウィンズベイブリッジのモノレールで風都まで行ってくる。イライザ、駅まで送ってくれ」

「承知しました」

「何が分かるかは分からねぇけど、やるしかねぇな」

「うん!」

 意気込む二人を乗せてゴルドルパンは森深い山の中へと向かった。

 

  十月十九日 早朝 アルセーヌ城

 

 翌日。秋晴れの朝日に照らされたアルセーヌ城のドアから、眠そうな顔で目を(こす)って出てくる快人の姿があった。相変わらず朝に弱いようで、昨日の元気はどこに行ったのか、油断すると寝てしまいそうだ。

「ふぅわぁー……」

「もう、しっかりしてよ! ここからが大事なんでしょ!」

「朝から、大声出すなよ……。うるせぇな……」

「ほら、シャキッとしなさい! シャキッと!」

「おい、押すなよ……」

 海里はまだ欠伸をする快人の背中を押し、ゴルドルパンの運転席に誘導する。

「じゃあ、行ってぇ……らっしゃい!」

「いでぇ⁉」

 バシン!──背中を強く叩いて、笑顔で送り出す。

(あいつ、ほんと手加減しろよな……)

 シートに座った快人が痛む背中を擦りつつ、ゴルドルパンが出発した。

 

 駅に着き快人がゴルドルパンから降りる。指示通り城に戻るのを見送り、同じくらい眠そうな顔をしたサラリーマン達と風都行きのモノレールに乗り込んだ。

 朝日で煌めく波に照らされて無人モノレールが海上を走る。

 運良く空いていた座席に座ると懐から例の写真を取り出す。

(まずはこの『風光園』からだな……)

 写真から視線を外すと、窓の外に風都タワーが見えてきた。

 風の街、風都に到着した快人は駅前でタクシーを拾い、スマホで検索した風光園の住所を運転手に伝えた。

 十数分後、乗っていたタクシーが走り去り、目的地を見た快人は呆気(あっけ)にとられた。

「また、すごいなこりゃ……」

 風光園はすでに廃墟になっていた。以前は白かった入り口の門は塗料が()げて中身の鉄が錆び、残っていた看板は文字が掠れてほとんど読めない。窓ガラスもヒビだらけで中は薄暗い──閉鎖されて数年は経過していた。

(……どうする?)

 いきなり躓いた快人が「うーん」とうなりながら建物を見回していると、

「ちょっと、あなたそんなところで何してるの!」

 背後からいきなり叱られた快人は肩を震わせて振り向いた。そこには高齢の女性が怒りの表情で(ほうき)を握って立っている。

 あからさまに不審がられているのを見るに、快人の見た目もあってどうやら不良と勘違いされていた。

「いや、その……」

 慌てて弁明しようとするが、

「ここは心霊スポットじゃないのよ! さっさと帰りなさい!」

 相手は今にも持っている箒を振り回さんばかりの剣幕で、気圧(けお)されてしまう。

「いや、肝試しに来たわけじゃないんです。その──」

(あれ、この人……?)

 そこまで言って気づいた。目の前の女性が写真の先生と似ていることに。

「……何よ?」

 黙り込んだ快人を更に不審に思った女性は増々不信感を(あら)わにする。

「もしかして……風光園の先生、ですか?」

 恐る恐る尋ねると女性は目を見開き動揺した。

「……どうして、知ってるの……」

「あの……この写真に写っているのは、先生、ですよね……?」

 あの写真を女性に見せると瞬く間に顔色を変え、震えるような手で写真を受け取る。そして、(なが)めていたその目から涙がこぼれた。

「あぁ、懐かしい写真……。どこでこれを?」

 女性の口調が柔らかくなる。冷静になったようだ。

「その、ちょっと、預かってて……。この眼鏡を掛けた人が多分、自分の先輩だと思うんですが」

「……そう、あの子の後輩さん」

 鼻をすすりながら微笑んだ女性は涙を拭い快人に写真を返した。

「……話があるって言ってたわね。こんな所よりウチにいらっしゃい」

 風光園の真向かいに建った(さび)れた一軒家へ案内してきた。

 玄関で軽く名前を名乗り、女性の身なりのような質素なリビングに通された。

 女性は快人を座らせると小さなテーブルの上に二人分のコーヒーを置く。

 快人はそれを「いただきます」と口をつけながら女性を見る。さっきまでの敵意は消え穏やかな表情をしていた。

 話をしても問題ないと判断し快人はコーヒーのカップを脇に退けた。

「いきなりなんですけど」

「何かしら?」

「この三人についてお聞きしたいんですが」

 改めて写真をテーブルに置く。

「……えぇ、千尋(ちひろ)ちゃんと奈央ちゃんと陣君のことね」

(千尋……)

 ここに写る三人の内二人は、テレビに名前が出ていた諸刃と、先輩である奈央で間違いない。

「はい。三人はどういう関係なんですか?」

 女性は目を泳がせ、一呼吸置いて話を始めた。

「……三人はたまたま同じ日に園に預けられてね、その繋がりの仲良しグループだったの。諸刃陣君、水木千尋ちゃんと奈央ちゃん。二人は双子でね」

「えっ、双子? 水木先輩に姉妹(きょうだい)が?」

 似ているとは思っていたが、今まで聞いたことのない水木の身の上に驚く。

「そうよ。お姉さんの千尋ちゃんは元気な子でね。ちょっと気が強くて、たまに男の子を泣かせちゃったこともあったわね。反対に妹の奈央ちゃんはお姉さん想いの優しい子。怪我をした子を見かけたらすぐに知らせてくれる子だった。陣君は恥ずかしがり屋さんだったけれど、小学生の頃には人前に出るのが好きになったわね──なのにどうしてこんなことに……」

 女性は片手で頭を抑える。

「……何があったんですか?」

「えぇ……。きっとあの子が自殺してしまったのが、皆がバラバラになった原因でしょうね……」

「……えっ、自殺?」

「そう。千尋ちゃんが……」

 遠慮がちに指で写真の一番左の女の子を指す。

「高校二年生の時、学校近くの橋から飛び降りたって……」

 思い出すのも(つら)いのだろう悲痛な表情を浮かべる。

「お辛いとは思いますが……。その、原因は?」

「イジメ……だったわ」

 その理由に快人は膝に置いた手をギュッと握った。

「可哀そうに……。誰にも言えなかったのね。私にも……妹の奈央ちゃんにも、陣君にも言わなかったって。あの子一人で抱え込んでいたんでしょうね……」

 そこまで言って女性は泣き出してしまい、快人は落ち着くまで待った。

「──ごめんなさいね……。それから陣君のことがあったでしょ。昨日も……」

「……通り魔、でしたか」

「えぇ、どうしてあんなことを……。脱獄までするなんて……」

「水木先輩──奈央さんとは?」

「彼女とは高校を卒業してからは、ほとんど連絡が取れてなくて……。思い出すのも話すのも辛かったんでしょうね。たった一人の身内だもの……。それにこっちもしばらくして、園の運営が続けられなくなって閉園してしまったから……」

 いろいろなことが重なった結果、有耶無耶(うやむや)になってしまった。

「そうですか……。そういえば、どうして奈央さんは眼鏡を掛けてるんですか?」

 ふと疑問を呈する。写真に写る奈央を見る限り、少なくともこの頃には眼鏡を掛けていたらしい。

「あぁ。奈央ちゃんは生まれながらの弱視でね。眼鏡が無いと近くの物もよく見えなかったの」

(えっ?)

 その言葉に快人は昨日の情景を思い出して、ある一点、不自然な部分に気づく。

「……その、奈央さんは目の手術か何か?」

「えっ? いいえ。可哀想だけれど、そこまで出せるお金が無かったから、眼鏡が精一杯で……。大人になってから手術したかもしれないけれど」

「そうですか……」

 そこまで話を聞いた快人は(ぬる)くなったコーヒーを飲み干すと、一つ咳払いをした。

「あの」

「どうしたの?」

「この他にも、三人が写った写真ってありますか?」

「ええ。記念撮影や園での日常の写真はたくさん撮ってたから……確かアルバムがあるはずだわ」

「よかったら見せてもらえませんか?」

「もちろん。ちょっと待っててね」

 女性は席を外し部屋の奥に引っ込むと、脇になかなか厚いアルバムを抱えてきた。

「どうぞ」

「ありがとうございます」

 受け取ると中を開き、ページをパラパラと捲っていく。

「あっ、確かこの辺のはずよ」

 女性の言葉でそこからの写真を注意深く確認していく。年齢ごとの三人が写っていた。どれも子供らしく可愛らしいもので、後に悲劇に見舞われる三人とは思えない写真ばかりだ。

 それに目を細めていた快人。

(ん?)

 ところがある写真を見て、目の色が変わる。それは三人が他の子供達とテーブルに座り、美味しそうに食事を頬張(ほおば)る写真。

(これは……)

 写っていたものに違和感を感じた快人は、確認するようにページを数枚捲る──納得したように頷くとアルバムを閉じた。

「すいません。これで十分です。ありがとうございました」

 もうやるべきことはなくなったと、アルバムを女性に返すと席を立って頭を下げる。

「もういいの?」

「はい。いきなり押しかけたりして、すいませんでした」

「いいえ。こっちこそごめんなさいね。怒鳴ったりして」

「いや、気にしないでください。じゃあ俺はこれで」

「あっ、写真──」

 そそくさと出ようとしたところで、女性が置きっぱなしだった写真を渡そうとする。

「懐かしい香り……」

「えっ?」

「この香り……千尋ちゃんが好きだったわね」

 女性がそう微笑みながら渡してくる。

 写真を受け取った快人は複雑そうな顔で改めて礼を言うと家を出た。

「これからどこかへ行くの?」

「ちょっと調べ物があって、図書館かどこかに」

「図書館……。ここからだと少し遠いわね。待ってて、車出すから。送ってあげるわ」

「えっ、いやそこまで──」

「遠慮しないで、奈央ちゃんの話も聞きたいし」

「……そうですか。ありがとうございます」

 快人は好意に甘えることにして車に乗せてもらうことになった。

 図書館へ向かう車中では水木の近況を話し、女性は終始嬉しそうに聞いていた。

 

 図書館に辿り着き、快人は車を降りる。

「すみません。ありがとうございました」

「いいえ、こちらこそありがとう。奈央ちゃんによろしくって伝えてくれる?」

「はい」

 女性の運転する車を見送った快人は振り返ると図書館の中へ入っていく。

 目当ては、事件について書かれた当時の新聞記事だ。

 それなりに大きい図書館だったが、若い女性スタッフに話しかけ問題なく新聞を閲覧できた。

「いつごろの新聞ですか?」

「五、六年前の新聞なんですけど」

「なら……こちらですね」

 半年分の新聞が()じられた分厚いバインダーを四冊渡される。

「ありがとうございます」

 バインダーを受け取ると、手近なテーブルに広げて目を通す。該当の記事を探して、ひたすら捲っていく──六年前の下半期の末に差し掛かった頃。

(見つけた。『女子高生転落死、怪人の仕業か。遺体には不自然な(あざ)』)

 内容は風都の市立高校「旋風(つむじかぜ)高等学校」に通う女子高生が、高校近くの高架橋から転落死したとの内容だった。事件発生の初期だからか死因がはっきりせず、さらに風都という土地柄か、ドーパントが襲ったのではないかと書かれている。

(何も知らなかったら、とんでもない新聞だな……。ん? 『だが、直前に被害者が言い争っているのを帰宅途中の学生が見たという証言もある。しかし、左腰周辺に不自然な痣がある以外、遺体に目立った外傷が認められなかったため、警察は現在、事件と事故の両方で捜査を進めている』)

 別の日の記事を読み進めると『警察は同校に通う複数の女子生徒によるイジメを苦にした自殺で、痣はその時に手すりにぶつけたことによるものと判断した』と書かれていた。

(『死亡学生が通う高校、イジメを隠蔽(いんぺい)か』……。どこも似たようなもんだな)

 その後、何か新しい進展がないかと捲ると、見出しに『風都に切り裂きジャック現る⁉』との記事があった。

(これか、例の通り魔事件……)

 記事が書かれた時点で、既に二件発生しており三件目で同一犯だと判断したらしい。ここからこの事件には「鎌鼬(かまいたち)事件」と通称が付けられることになった。

(『鎌鼬』ね。風の街にはピッタリだな)

『鎌鼬事件の被害者は現在のところ女子生徒のみ。その内一人が意識不明の状態に』

(今回の事件と同じだ……!)

 驚きつつ日付を進めるとさらに被害者が増えていた。

『被害者これで五名。三人が意識不明。二人が重傷。警察いまだ犯人の足取り摑めず。通り魔の正体は人か、怪人か。共通点は同校の女子生徒』

 どうやら被害者は全員、同じ高校に通っていた。そして、年を跨いだある日の見出しにこう書かれていた。

(『鎌鼬事件。復讐劇に終止符』……?)

『犯人は同校に通っていた学生によるガイアメモリを使用しての犯行だった。動機は先日自殺した女子高生のイジメに関与していた女子グループへの復讐』

(『八人のグループで、容疑者が七人目を襲おうとしたところを仮面ライダーによって倒され、風都署の刑事によって逮捕された』──この街にも仮面ライダーが?)

 快人はそちらも気になったが誘惑を消すように頭を振り、事件に意識を集中した。

(この事件、後は……)

 以降は犯人である諸刃の処遇などが若干書かれているだけで、話題は別の事件に移り替わった。時折、隅に設けられている相談コーナーに、「温和な主人が突然、暴力を振るうようになった」などと()っている程度で特に目ぼしい内容はない。

 だが、これで水木の姉の自殺と通り魔事件が関係していることがハッキリした。快人達の事件と似ていることもだ。

(でもなんで、海東でも……。やっぱり水木先輩に直接──待てよ。そう言えば最後の一人はどうなった?)

 日付を戻って新聞を確認するが、最後の一人については言及(げんきゅう)されていない。被害者以外の情報を(おおやけ)にしないという配慮だろう。

 

「──あの閉館の時間ですよ」

「へ?」

 そう声を掛けられて快人が顔を上げると、そこにはバインダーを渡してくれたスタッフが苦笑しながら立っていた。

 外を見るといつの間にか日が暮れかかっている。

「えっ、もう夕方かよ⁉ あっ、すいません、帰ります!」

 慌てて身支度を整えていると、スタッフがクスッと笑う。

「何回か話しかけたのに、全然、反応しなかったんですよ。そんなに熱心になんの記事を読んでたんですか?」

 気さくな性格なようで話し掛けてくるスタッフ。

「いや、ちょっと……」

 スタッフがチラッと記事を覗く──アレっという顔をした。

「この事件……」

「……知ってるんですか?」

「えっ。えぇ、うちの高校で起きた事件ですから」

 思わぬ言葉に快人が手を止めて声を上げる。

「事件のことを知ってる⁉」

「えぇ、まあ……」

「ちょっと、詳しく教えてくれませんか⁉」

 快人がパーソナルスペースを無視して一気に顔を近づけた。

「は、はひぃ!」

 いきなり顔を近づけられたせいかスタッフが顔を赤くする。

「あ、あの二十分くらい外で待っててもらえますか? すぐに準備するんで……」

「はい!」

 先に図書館を出た快人。言葉通り二十分ほどしてスタッフが駆け寄ってきた。

「すいません。お待たせしちゃって」

「いや、大丈夫です。そうだ飯でも食いながら、って俺ここら辺、詳しくねぇな……」

「よかったら、私の行きつけのお店があるんですけど」

「じゃあ、そこで」

 

 スタッフの車でその店舗へと向かえば雰囲気の良いイタリアン料理店だった。

 席について思い思いの品を注文する。

「で、事件のことなんですが」

「あぁ。さっきも言ったんですけど、私その頃に事件があった高校に通ってたんです。しかも昨日、テレビに映ってた犯人の男子と被害者のグループとは同じ学年で」

「じゃあ、事件は同級生の間で起こった?」

「そうなんです。しかも……。ほら、直前に女の子が……」

 軽々しく言えるワードではないため気まずそうに口をつぐむ。

「……自殺?」

「……はい。詳しくは知らないんですけど、双子のお姉さんだって聞きました」

「じゃあ、イジメられてたのは双子の姉の方か……」

「ただ、どっちもクラスが違ったからよく知らなくって。あっ、そういえば、お姉さんが亡くなる日、部活帰りの友達が通りがかって、誰かと言い争ってるのを見たって」

 新聞にも書かれていたことだが、事実確認を取れた。

「そうみたいですね。誰かは?」

「さあ、帰り際にチラッと見ただけらしくて。でも、同じ学生なのは間違いないと思います。服装がウチの制服だったって」

 快人はそれを聞いて考え込む。

「その友達、他に何か言ってませんでした?」

「うーん、特に」

「そうか……じゃあ、この名前に見覚えは?」

 スマホに病院の部屋札にあった名前を打ち込んで見せる。

「あっ。えーっと、確かそのイジメグループの一人だった……はず。別のクラスでしたけど。なんで知ってるんです?」

「……いやちょっと」

(なるほどな)

 快人の中で合点がいったらしく何度か頷く。

「その子、その後、どうなったかは?」

「転校したって聞きました。まあ無事だった『最後の一人』だったわけだし……」

「えっ? 無事だったのって二人じゃ?」

「もう一人の子は確か……亡くなってます」

 快人が驚いて眉を上げた。

「亡くなった? どうして?」

「事件の後に事故で。情緒不安定だったらしくて。家を飛び出して道路に出たところを車にって……」

 後味の悪い話に快人は視線を外し申し訳ないという顔をした。

「そう、か……。助かった子がどこに転校したかは……?」

「そこまでは、流石に……」

「先生も話さないか。ありがとうございます」

 これ以上は何も出てこないと思い、事件の話はここで終わらせた。

「お待たせいたしました」

 丁度、店員が頼んでいた料理を運んできた。

「ごゆっくりどうぞ」

 料理と伝票を置いて店員が下がる。

 快人は届いた料理を見て頬が緩んだ。

美味(うま)そう。いただきます」

「いただきます」

 二人は手を合わせ夕飯を食べ始めた。

「ところで東条さんって」

 食事に手をつける中、スタッフが話しかけてくる。快人は食べていた物を飲み込んだ。

「ん……なんですか?」

「探偵さんですか?」

「えっ」

「だって六年くらい前の事件を調べてるし、もしかして……鳴海(なるみ)探偵事務所の人?」

「『鳴海探偵事務所』?」

 快人は聞き覚えがない社名に首を傾げた。

「なぁんだ、違うんだ」

 スタッフが露骨にガッカリする。

「……あぁ、ちょっと個人的に」

「私、てっきりそうだと思っちゃいました」

「期待外れで、すみません」

「いえ、こっちが勘違いしただけなんで。でも、確かに……ちょっと残念だな」

 そう言われて快人は非がある訳ではないが苦笑する。

「そういえば、事件の被害者の双子さんはどんな人でした?」

「うーん。さっきも言ったみたいに、私はどっちともあまり喋ったことなくて。でも見た感じお姉さんはよく言えば男勝りというか、悪く言えば乱暴というか──」

「……自殺するようなタイプじゃない?」

「えぇ、そう! (ひど)い時は妹さんにも手を出してたって」

「えっ、妹さんにも?」

「はい。その場面を見た人が言ってたんですけど、決まって腰の部分をひねってた、って。それで痛がるのを見て……喜んでたって」

 快人が苦い顔をする。身内から受ける傷には心当たりがあった──ハッとする。

「『腰』? もしかして、ここら辺?」

 服の上から自分の左腰を指して大体の位置を示す。

「だと、思いますけど。見てたわけじゃないから」

 その話を聞いた快人は一転、黙々と料理を食べ、あっという間に(たい)らげた。財布から千円札を数枚取り出しテーブルに置く。

「いろいろ話を聞かせてくれて、ありがとう。ここは俺の奢りで」

「えっ、でも──」

「いいんです。情報料ってことで。それじゃあ、さよなら」

 別れの挨拶もそこそこに、残念そうなスタッフを残して店を後にした。

 タクシーを拾いウィンズベイブリッジの駅に向かう。その車内で快人は三人の写真を眺める。これには今回の事件に関する、重要な情報が隠されている。

(……止められるのは俺だけだよな)

 駅に着き、海東行きのモノレールに乗り込むと今までの情報から推理を組み立てる。

 明日には今回の事件の重要人物と対峙(たいじ)する。快人の中では事件を終わらせるためには、自分で話をつけるしかないと考えていた。

 だが、穏便かつ正義感からくる判断──大きな間違いだったことを快人は思い知らされることになる。

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