小説 仮面ライダールパン   作:竜・M・美日

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 青年は大切な夢と想いを思い出し──復活する。


第16幕 Conclusion/彼はどんな結論を出したのか

 快人と優奈が手を繋いで笑顔で歩く。それだけを見れば普通のデート風景だ。

 だが二人を取り囲む景色が──遊園地、デパート、歩道、モノレールの中──映画のスクリーンを早回しするように切り替わっていく。

「次どこに行く?」

「そうだね~。ウィンズベイブリッジからの海が見たいかな~」

「相変わらずだな」

 優奈の意見で瞬時に背景がウィンズベイブリッジ近辺に変わるが、二人はこの状況をおかしいと思う気配はない。

「ねぇ、快人」

 欄干(らんかん)に手を掛けて景色を見ていた優奈が話し掛けてくる。

「ん?」

 快人が隣を見た途端に優奈が抱きついてきた。

「おっと、どうした?」

 そのまま優奈は快人の胸に頭を預ける。

「私、快人のこと──」

 優奈が何かを言う──背景が明るい青空から黒が混じる赤へと変貌した。

「なっ、なんだこれ⁉」

 その変化には気づいた快人が慌てて辺りを見回す。

「キャァッ⁉」

 悲鳴が聞こえて振り返れば、抱き着いていたはずの優奈が紫色の靄によって連れ去られていく。

「優奈⁉」

「快人! 助けてっ!」

 快人が必死に手を伸ばして力の限り走るが追いつけない。

「ゆうなぁ!」

「かいとっ! きゃあああぁ……!」

 優奈は靄の彼方(かなた)へと消えてしまった。

 快人は息を切らしてその場で崩れ落ちる。

「……ゆう、な……」

 茫然自失になった快人──目の前に二本の足が立つ。

「あ……?」

 見上げると、シーフが快人目掛けて刃を振り落ろした。

 

  十月二十一日 朝 海東市立病院

 

「うわああああぁ⁉」

 快人は叫びながら飛び起きた。

「っ! お兄ちゃん⁉」

 隣でベッドに伏していた海里が目を覚ますと駆け寄ってくる。

「来るな! やめろ! 嫌だ!」

「キャッ!」

 完全に錯乱した快人は海里を力任せに突き飛ばすが、海里も負けじと立ち上がり声を掛け続ける。

「お兄ちゃん! 私! 海里だよ!」

「やめろ! 離れろ! 俺はもう嫌なんだ!」

 引き()がそうとしてくるが、どうにか顔に手を置き強引に目を合わせる。

「しっかりして! 分かる⁉ 海里! お兄ちゃんの妹!」

「うわああぁ……! はぁはぁ……か……い、り?」

 少し落ち着きを取り戻したのか名前をつぶやく。しかし、まだ恐怖が治まらないのか布団を握る手が震えている。

「そう、私よ。お兄ちゃん」

「……かい、り、か……」

 安心したのか快人は力尽きたように布団から手を離し、ベッドに沈み込んだ。

「大丈夫ですか⁉」

 そこに騒ぎを聞きつけた医師が入ってきた。途端に、快人がまた(はじ)かれたように起き上がる。

「来るな! 来んじゃねぇ!」

 再び喉が裂けんばかりに叫び始める。

「大丈夫です! 私に任せて!」

「でも……!」

「いいから!」

 海里は医師を強引に部屋から追い出しドアを閉めた。

「はぁはぁはぁ……!」

 予想通り快人は叫ばなくなったが、その目がギョロギョロと動いている。異常に周囲を警戒していた。

「大丈夫。大丈夫よ」

 海里は優しく宥めながらベッドに寝かせる。

「……おれは、もう、だめなんだ」

 すると快人は天井に見たままブツブツとつぶやき始めた。

「なにもできない。だれもたすけられない、おとこだ」

「どうしたの? 大丈夫?」

「しぬしかない。ゆうなも、もうだめだ」

「お兄ちゃん⁉ 何言ってんの!」

 普段ならば冗談でも言わないことを言い出したことに、海里は驚きと怒りを隠せない。

「何考えてるのよ! しっかりしてよ!」

 必死に正気に戻そうとするが、快人は似たような言葉を繰り返すだけだ。

「なにもできない。だれもたすけられ──」

 パチン──破裂音が病室に鳴り響く。海里が平手打ちをした。

 唇を(ゆが)ませ、目尻から涙があふれ出そうだ。

「そんなことを言うお兄ちゃんなんて……もう知らない! バカ‼」

 今の快人を見てられなかった海里は(そで)で目を擦りながら出ていった。

 部屋に残された快人は呆然としながら頬に手を当てる。

(……おれ……?)

 どうやら海里の一発で少し冷静になれたようだ。

「…………」

 何とも言えない表情で快人は再びベッドに身を委ねる。諦めた表情で(うつ)ろな目をしながらずっと天井を見つめていた。

 

「散々ね、快人」

「……誰だっ」

 部屋の入り口から声がしたので体を起こせば、その相手が見えた。

「……アリス……?」

 快人に渡したケースを足元に置いたアリスが病室のドアに凭れていた。

「お、俺を()りに来たのか……?」

 シーフの能力の影響でアリスにも怯えている。

「お馬鹿さん。そんなことするわけないでしょ」

 アリスは(そな)え付けの棚の上にケースを置く。

「はい、忘れ物。ゴルドルパンに置きっぱなしだったわよ」

「何しに来た」

「もう、そんな怖い顔しないで。お見舞いに来ただけよ。ほら、これがお見舞い品」

 ケースを指でつつく。

「まあ、本当は(かつ)を入れに来たんだけど、海里ちゃんからキツイのもらったでしょ? あれでいいかなって」

 アリスはそう微笑むと快人の叩かれた方の頬を触った。

「イテッ」

 少し赤くなって腫れあがっている。それを見てアリスがクスッと笑う。

 快人は恥ずかしくなりソッポを向く。

「……何すんだよ」

「──これが人の温もり」

「は……?」

 アリスが一瞬要領を得ないことを言ったかと思うとベッドの端に座る。

「そうよね。ボコボコにされて、ちょっとご機嫌ナナメなだけよね」

「……うるせぇ。知ったようなこと言うなよ」

「思ったより大丈夫そうね」

「……なんだよ。なんかえらく上機嫌だな」

「そう?」

「いつものアリスじゃないみたいだ」

「……そうかもね」

「なぜなら」とアリスは自分の体に手を置く──見る見る内に身長が(ちぢ)み始め、金髪が銀髪へ変化していく。

(……なんだ?)

 快人はそれをただただ不思議そうに見守っていた。

「っ! 君は⁉」

《こんにちは。快人》

 その姿を変え夢で会った少女になった。

「……やっと、まともに話せるみたいだな」

《そう。私はディア》

「ディア……」

《今、私は自分の力を使って、夢という形であなたに話し掛けている》

「なら、ここは夢か?」

 快人の問いにディアが壁を触れると、水面に水滴を落したように波紋が現れた。

《そうとも言えるし、そうとも言えない。しかし、先ほどまでの光景は実際に起こったこと》

「……どういうことだ?」

《今までの光景は無数にある世界線の中で、あなたを落ち着かせるのに一番良い世界線だった。今の状況はデジャヴや明晰夢(めいせきむ)に近い》

「そうなのか……? でも、どうやって?」

《私が今持った力を最大限使い、因果律(いんがりつ)を少し弄った。目が覚めれば少し時間が遡っているはず》

「……そんな力があるのか」

《ええ。でもそれを詳しく話す時間はない。これからのことを手身近に話す。あなたは『ルパン』にならないといけない》

「は……?」

《でないと、今日、この街が滅ぶ》

「なんだと……?」

《あのドーパントはこれから半日以内に街を壊滅させる。パビリオンにも手が出せない》

「どうしてだよ? 世界を破滅させられるなら簡単だろ」

《財団Xが街を掌握したため。あなた達を襲った白服の集団が、そう》

「……あいつらか」

《今回の件は、私でも予測不能なイレギュラーが発生し、それが大きな変化をもたらした》

「変化?」

《ルパンガンナーのコア・ドライビアが破損していたこと》

「あれが……」

《本来の世界線ならば、あなたはカルサイトと戦う時点でルパンに変身した。結果、カルサイトとシーフを倒すはずだった。ところがイレギュラーによって、この世界線ではあなたは再起不能になり、街を救う英雄が現れず街は壊滅。シーフは財団Xに始末され、責任の追及で事業撤退に追い込まれたパビリオンを財団Xが買収。今度は財団Xの誰かが私の力を振るう。でも、これはあくまで、最悪のシナリオ。しかし、そうなれば誰にも止められない》

「……それなら、今の俺に打つ手が無いことは変わらないだろ」

《いいえ、違う。あなたが冷静になったことで、この世界線の未来は未知数になった。先ほどあげた例は、あなたが再起不能の世界線。私が介入したことで、この世界線に更なる変化が起きた。そして、この世界は英雄を必要としている》

(英雄……『ヒーロー』……)

 またもや英雄という言葉に刺激され、快人が視線を逸らして考える。

「俺は……まだやれる、のか?」

《大丈夫。今のあなたなら大切な物のために戦える》

 ディアの言葉に快人は自分の手を見る。手の震えは止まっていた。

「じい、ちゃん」

 来蔵のことをつぶやき、ゆっくりと手を握ると、ディアに向かって(うなず)いた。

《あなたは選択した》

 ディアがケースに手を向ける。彼女が持つ、超能力に似た力で開けるつもりだった。

「……待った」

 そこで快人がストップをかける。

 振り返ったディアがなぜ止めるのかと不思議そうにしている。

「確か暗号付きだったな。ちょっと試しに解かせてくれないか?」

 その提案に断る理由も無かったディアは頷くとケースを浮遊させて手渡す。

 快人は受け取ったケースを膝上に置き、まじまじと見る。そこにはアルファベットすべてのボタンと七つの液晶画面があった。

「キーワードは七文字か……」

《……解ける?》

「分かんねぇけど、じいちゃんがこれを(たく)したってことは、多分俺達にも分かる暗号ってことだ。それか簡単な単語か。確かヒントは『もはや手に届かぬ宝によって開く』だったよな。宝か。じいちゃんの宝……」

《『宝』そのままは?》 

「トレジャーは八文字だ」

《……家族は?》

「ファミリー……いや、六文字だな」

《家族の頭文字?》

「それもきっと違う。俺達含めて六文字だ。俺と海里がK、父さんがRで、母さんはS、じいちゃんもR──」

 そこで快人の言葉を切ると目を泳がせた。何かをブツブツと言いながら指を折って数える──七で終わった。

(まさかな……。いや、でも……)

 少々自信が無い様子だが「試してみるか」とボタンを押していく。七文字目を入れた──機械音が鳴り(じょう)が開く。

《開いた……》

 ディアが外見からは分かりづらいが感心した様子で快人を見ると、当の本人は苦笑いしていた。

《何を打ち込んだの?》

「……ばあちゃんの名前。たっく、こんな時まで惚気かよ。まあ、じいちゃんらしいけどさ。さて中身はなんだ?」

 快人が手を入れて中にあった物を出す──赤い表紙に金色の装飾が(ほどこ)された一冊の本だった。

「本?」

 表紙には「ダイアリー」の文字。

「……日記か?」

《それは、きっとあなたをルパンにいたるまでの後押しをする物。もし、まだ自信が無いならば、読んで──》

 そこまで言ってディアの体が薄くなり揺らぎ始める。

「ディア? どうしたんだ?」

《時間切れ。私のアシストはここまで。後はお願い。ルパン……あの人が愛したこの世界を救って》

「えっ……」

 その言葉を最後にディアの姿が消え去った。

「じいちゃんのことを、しって、る……」

 快人は急激な眠気に襲れて眠りに落ちた。

 

  同日 朝……夜明け 海東市立病院

 

「ん、んんっ……」

 目を覚ました快人がベットから起きる。

(……ここは、病院か)

 正気では無かったこともあり自分の状況を整理した──病室はまだ薄暗い。備え付けの時計を確認すると朝日が登る直前だ。

 傍を見れば布団に海里が突っ伏して眠りこけていた。

 それを見て快人は頬に触れるが特に痛みを感じない。

(さっきはよくもいいのをくれたな。いや、夢での話か? ……ん?)

 苦笑する──ベッドの中に何か感触がありそれを出す。

(夢で見た、日記……?)

 夢に出てきたあの日記帳だった。いくらか驚きつつも表紙を開けば、大扉に名前が書かれている。

(ゾ……ルーク東条……⁉)

 書かれた名前を見る限り、どうやら祖父の物だった。ページをめくれば、そこには五行ほどの文章が書かれていた。

(『勇気と無謀は紙一重だ。だが、誰かを救うために命をかけられるならば、それは無謀ではなく、勇気であると俺は自信を持って言える。ゾルーク東条』……じいちゃんらしいな)

 だが、その格言は今の快人の現状を言い当てているようにも思えた。

 すると日記に挟まれていた一通の封筒がヒラヒラと布団の上に舞い落ちた。拾い上げて見てみると、快人達の名前が書かれている。

(俺と海里宛?)

 封筒を裏返せば、差出人に「東条来蔵」とあった。

(じいちゃんから……⁉)

 早速、中身を出して手紙を読み始める──快人は嗚咽(おえつ)し始め、目から流れた(しずく)が手紙に落ちた。

 書かれていたのは、これまでの快人達への謝罪とこれからの運命──愛する孫を案じる言葉が(つら)なっていた。その言葉は(まぎ)れもなく、快人達が好きだった祖父のものだった。

「バカ野郎……。一人で寂しく死にやがって……!」

 涙でいっぱいの顔を腕で擦ると、手紙を封筒に戻す。

 そこで棚に置いてある日記が(おさ)められていたケースが目に入った。蓋の上にカードがあった。

(こっちは……?)

 それを手に取ると見慣れた「A」の字がある。

(……アリス?)

 裏返すとそれは一枚の写真で、メモが添えられていた。写っていたものを見て快人は目を見開く。

「優奈……⁉」

 患者衣を着た優奈が虚ろな表情をしながら病院の外へと歩いて行く様子だった。

(『彼女を助けてあげなさい』……来てたのか)

 どうやら二人が眠っている間にアリスが残していったらしい。

 快人はフッと笑うと、早速、海里を起こさないようにゆっくりとベッドから出る。体を少し動かすと頭を押さえ顔を少し歪めた。まだ打たれた鎮静剤が効いていた。

(頭は上手く動かねぇし、体もまだ痛てぇけど、動けないほどじゃねぇ……)

 静かに自分の手荷物を持つ──首から外されていた優奈のペンダントが目に入る。

「……優奈」

 快人はそれを首に巻き、グリーンのジャケットを患者衣の上から羽織(はお)って部屋を出る。

 辺りはまだ太陽が出ていないから薄暗い。また理由はそれだけではなく、外を見れば黒く染まった雨雲が迫っていた。

 今日は雨が降りそうだ。

 玄関に続く階段に差し掛かったところで慌ただしい声が聞こえてきた。

 下の階を覗くと、早朝にも関わらず人波でごった返している。

 今の服装で玄関から外に出たら誰かに見られてしまう。

(……裏口から出るか)

 おそらく優奈も同じように出たため気づかれなかったのだろう。

 快人は院内の地図から非常口を確認して、一番近い所へ歩みを進めた。

 果たして、誰にも出くわさずに外に出ることに成功した。

 山と雨雲の間から太陽が少しだけ顔を出している──夜明けだ。だが、すぐに雨雲で隠れてしまう。

 それだけなら雨の日の風景と変わらないが、病院玄関を見るとそれでは治まらない様子だ。

 意識が無かった快人は知らないが、昨日から続く停電で外部との連絡が遮断され、何が起きているのか、どうすればいいのか、と歩道で困り果てている市民がかなりの人数いた。

(……ここまでは、ディアの言う通りか)

 その光景を見て、状況が悪化していることを悟る。

(俺がなんとかしないと、でもどうすれば──待てよ)

『あんたの大切なものと一緒に、この街を無茶苦茶にしてやるよ』

(……アイツは、ああ言ってた。それなら)

 アリスのカードを出して写真を見る。

(『彼女を助けろ』ってことは、優奈を探せば、もしかしたら……)

 快人の想像通りなら水木の(もと)に辿り着ける可能性が高い。

「でも、この状況でどうやって……」

「私にお任せください」

 快人のつぶやきに反応するように、どこからかやってきたゴルドルパンが目の前に停車した。

「イライザ?」

 ガルウィングが開く。

「私ならば、優奈様を探知可能です。いかがでしょうか?」

「……ああ、頼む」

 快人は頷いて運転席に乗り込むと、シートベルトを締めた。

「目的地は?」

 イライザが尋ねてきた。

「優奈の所だ」

「かしこまりました。では、目的地は──」

 ドアが閉まり、ゴルドルパンが発進する。

「ウィンズベイブリッジ」

 決戦の地は、快人と優奈の思い出の場所。

 

 ウィンズベイブリッジに到着した頃には、雨が降り出していた。しかもバケツをひっくり返したようで、外に出るならば遠慮したい勢いだ。

 だが、快人はそんな状況にも関わらず、躊躇わずにゴルドルパンから降りた。瞬く間に大雨の餌食(えじき)になるが気にせず辺りを見回す。

 橋に繋がる歩道には展望デッキが併設されており、晴れた日ならばオーシャンビューを楽しむことが可能だが、今は波高くかなり時化(しけ)っている。

 そこに設置されたベンチの前で、優奈がずぶ濡れのまま立ち尽くしていた。

「優奈?」

 優奈に歩み寄った快人は様子を確認する。目はぼんやりとしており、腕は風に流されるままブラブラと揺れていた。

「大丈夫──ぐうっ⁉」

 心配する快人の顔をいきなり優奈が殴った。その細い腕のどこから力が出たのか、猛烈な勢いで殴られた快人は水たまりに飛び込む。濡れている顔を腕で拭うと薄ら笑いを浮かべる。

「へっ。なんだ、思ったより、元気そうじゃねぇか……!」

 立ち上がると優奈に駆け寄って羽交い締めにする。

「落ちつけ、優奈! うわっ⁉」

 簡単に振りほどかれ、蹴り飛ばされて、再び水たまりに落ちた。

「ちっ……まだまだ!」

 快人は何度も優奈を傷つけないように止めようとしては、投げ飛ばされ、蹴られ、殴られ、水たまりへ飛び込む。

 体や服が水浸しの上にボロボロになっていく。それでも快人は諦めずに立ち上がる。

 なぜなら相手は必ず現れるはずだからだ。

 

「アハハハ! ずいぶんな恰好じゃないか! 快人!」

 すると読み通り、何度目かの水たまりに落ちたところで、妹の眼鏡を掛け、ほとんど意味をなしていない傘をさした水木が現れた。

 快人は水を(したた)らせつつ立ち上がって見据える──水木は笑うのをやめた。

「その目、アタシを邪魔しようって目だ。どうやって復活した」

「さあね。手品かな。なんにせよ、俺にはやらなきゃいけないことがある」

 そう言って、優奈を見る。

「優奈を救う。そして……お前を倒す」

 その発言に水木が再び(せき)を切ったように大笑いし、目尻の涙を拭う。

「面白いことを言うじゃないか、快人ぉ。あんたがアタシを倒すぅ? この街のほとんどの連中の意識を盗んで、街を無茶苦茶にできて──」

 優奈を指す。

「彼女の意識を操れる、アタシを?」

「お前を倒せば、全部元に戻る。そういうもんだろ?」

 快人の挑発に水木の顔が見る見る赤くなっていく。

「言ってくれるじゃないか……! かいとぉ!」

「シーフ!」

 水木は傘を投げ捨て、ガイアメモリを胸元に刺し、シーフになった。

「じゃあ、今度こそ一番大切なものを盗んでやるよ。『お前の命』をなぁっ!」

 シーフは左手を前に突き出し、指を動かしながら迫る。

(何やって──)

「っ! うおっ⁉」

 優奈が背後から殴り掛かってきたため、快人は咄嗟に避ける。

 なんとシーフと優奈が同時に襲い掛かってきたのだ。快人はなんとか数回かわせたが、すぐにコンビネーションについていけなくなった。

 追い込まれた快人は優奈に蹴り飛ばされて、置かれていたプラスチック製のテーブルや椅子をなぎ倒しながら地面に倒れ込む。

 そこをシーフに首を絞められ、持ち上げられる。

「ぐぅう……!」

「アハハ! 威勢(いせい)のいいこと言ったわりには、全然じゃねぇかよ快人ぉ!」

 快人は腕にしがみつきながら、苦しさから空中で足をバタつかせる。この時、優奈が視界の端に映った。今は棒立ちのままで動いていない。

「……お、おい、その操る能力も、仲間のか……?」

「はぁ?」

 首を絞められているのにも関わらず、妙なことを尋ねるものだと思うシーフ。

「死にかけてんのに何言ってんだ?」

「いいから、答えろ、よ……!」

「あんたも変な男だね。まあいいさ。そうだよ、元は人形使いの力だ。この指から出る糸で操る──」

「……なる、ほどね。サン、キュー……せん、ぱい……!」

「なっ⁉」

 苦しんでいた快人が笑った。ジャケットのポケットに手を突っ込み、取り出しざまにシーフの左指を切り裂く。

「いったぁっ⁉」

 強烈な痛みに快人を取り落したシーフが左手の指を抑えている。同時に優奈が文字通り線が切れたように地面に崩れ落ちた。

「ゴホゴホ……。狙い、通りだな」

 快人が咳き込み首元を擦りながら、してやったりと笑みを浮かべる。

「テッメェ……!」

 抑えていた右手を離して左指が見えるとズタズタになっていた。

「何しやがったぁ⁉」

「こいつ、だよ」

 (いきどお)るシーフに刃先付きのミニカー「ルパンブレードバイラルコア」を見せた。

「……じいちゃんの形見さ」

「そんなちんけなナイフで……アタシが……!」

 怒りで肩を震わせて俯くシーフ。

「……ゆるさねえぇぇぇぇっ‼」

「なっ⁉」

 凄まじい速さで駆け寄り、快人を力の限り持ち上げると右腕の刃で何度も体を切り裂いていく。

「テメェからは全部、盗んでやる‼ 全部だッ‼」

 体から次々と快人の記憶を反射する宝石のカケラが飛び出し、シーフの腰の小袋の中に吸い込まれていく。快人の顔色がどんどん悪くなる。最後には脱力してされるがままだ。その様子を見てシーフが狂ったように笑う。

「あひゃひゃ! かいとぉ! もう廃人、一歩手前ってとこだなぁ!」

 確かにその目は虚ろで、その悪魔のような声が耳に入っているかも怪しい。

 シーフが手を離せば、快人はその場で正座のような体勢で座り込む。

「かいとぉ。感謝しろよ、お前の大っ嫌いなジジイのことも──いや、なんもかんも忘れられるんだからなぁ‼」

「……じ、ぃ、ちゃ、ん……?」

 快人が(かろ)うじて残されていた力でつぶやく。

「捨てられた哀れな快人よぉ!」

 シーフが刃を振り上げた。

 

《忘れないで》

 忘れてしまった誰かの言葉が頭に響く。

《この思い出を決して、忘れないで》

『快人と海里は大きくなったら何になりたい?』

『おれ、じいちゃんみたいなヒーロー!』

『かいりは、かわいいマジシャン!』

『そうか……二人なら絶対になれるぞ!』

『ずっといっしょだよ! おじいちゃん!』

《絶対に》

 奪われたことで記憶が減り、隙間ができた快人の記憶に忘れてしまっていた、忘れてはいけない、あの時のことを鮮明に思い出した。

 

「あ、ば、よっ。快人くぅん!」

 昔の呼び方で呼ぶシーフが快人目掛けて刃を振り降ろした。

「アヒャヒャッ‼」

 高笑いするシーフ──だが。

「──れよ……」

 その刃は。

「あっ? ……なっ⁉」

 快人に届かなかった。

「……黙れって、言ってんだろ……!」

 その手に握るルパンガンナーによって防がれていた。

「テメェなんかに……。じいちゃんのことを悪く言う資格なんざねぇ……!」

 快人の瞳に光が戻る。

「確かに……俺達を捨てたこともあった……。それは、否定しねぇ……。でも、じいちゃんは……そのことをずっと後悔してた……!」

 シーフの刃を少しずつ押し返す。

「じいちゃんは……一人で孤独に戦ってた……!」

 快人は立ち上がる。

「じいちゃんはじいちゃんらしく……ヒーローとして戦ってたんだ!」

 勢いに押されて後退ったシーフに向かってルパンガンナーを構える。

「そんな……そんな俺達のじいちゃんを、テメェなんかに……バカにされてたまるかああぁっ‼」

 快人はガンナーに渾身(こんしん)の力を込めて、シーフの顔面を殴り飛ばす。

「ぶばぁっ⁉」

 シーフは雨に濡れた地面を滑り、今度は自分が水たまりに突っ込む。

「はぁはぁ……決めた……。俺は……俺は‼ じいちゃんに代わって、悪を倒す『ヒーロー』になってやる‼」

 快人があらん限りの力で高らかに叫ぶ──シーフの小袋から紫色の光が伸びた。

(なんだ……?)

 その光はルパンブレードバイラルコアとゴルドルパンに繋がる。ガルウィングのドアが開くと、中には秘密道具のルパンビーグルを入れたアタッシュケースがあった──蓋が勝手に開き、中から六色に輝くルパンビーグル達が飛び出した。

 空中をスクリーンのような道路を敷きながら快人の横を抜け、次々とシーフに向かっていく。

「な、なんだこれ⁉」

 驚くシーフに、まず緑色の動物のあごの形をした鈎爪が付いた「フックロー」がシーフを切り裂く。

 次に、黄色の小型の懐中電灯のような「フラッシュパーク」が電撃を浴びせる。

 桃色のミキサー車をモチーフにしているが、ミキサー部分がスプレーの頭になっている「モクモスモーク」がシーフの顔面に黒煙をぶちまけた。

 赤色の頭に特殊な針金を付けたバイクの「ロックオープナー」がその頭を回転させてドリル攻撃を叩き込む。

 次にソーラーパネルを付けたような青い車両「ミラーマジシャン」が、ゴルドルパンのヘッドライトから光を吸収すると七色(なないろ)のレーザーを打ち出した。

 最後に白色の「スペシャルスコープ」が小袋から反応を検知し、ブレードが小袋を切り裂いた。

「うっ……ああああ!」

 絶え間ない攻撃を受けてフラフラのシーフの足元に大量の宝石が音を立てて地面に落ちる。滝のように流れ出る宝石に紛れて一つの紫色の宝石が出てきた。

 それをブレードが刃を使って器用に弾き飛ばす。その宝石は宙を舞い、呆気に取られた快人のルパンガンナーの側面のコア・ドライビアの空き部分にピタリと嵌まる。

「システム・オール・グリーン」

 正常に起動したことを知らせるガイダンス音が鳴り、快人はニヤリと笑う。

 シーフに目を移すと精悍(せいかん)な顔つきになり、クリムの教えの通りにルパンガンナーの銃口を手のひらで強く押し込んだ。

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