小説 仮面ライダールパン   作:竜・M・美日

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 二つの世界で盗難事件発生。


第1幕 出現/怪盗参上

 二〇一五年の年の瀬。この一週間、世間はあるニュースで持ちきりだった。

 それというのも、なんと「怪盗」が現れてはいくつものの博物館・美術館から次々と高価な品を盗み出し、警察が駆けつけた頃には颯爽(さっそう)と消える、という話題だ。

 そんな常識外れの話題はすぐに民衆に広がる。人によっては事実とも悪質な噂とも(ささや)かれたが、その怪盗に対する関心は日々強まるばかり。

 また、偶然その姿を見たというある警備員は「背が高く、シルクハッチを被り、マントをはためかせていた──まるで小説に登場する怪盗のようだった」と語る。

 警備員はさらに一言付け加える。「何よりもあの顔につけた『黄金の仮面』が印象的だった」と。

 

 ある冬の夜。十数台のパトカーがサイレン音と赤いランプを光らせて街中を走り回っていた。

 追いかける相手は建物の間を軽々と飛び越えていくマントの男。顔には証言通りの黄金のマスクがある。

 どのくらいの追跡劇だったか、不意に男の姿が消えた。警官達は呆気に取られ、それからはあてもなくパトカーが散開する。ビルの屋上からそれを見送った男はマスクから見えている口でニヤリと笑う。

 そして、懐から拳大くらいの黒い真珠のような物を取り出す──それを見てさらに笑みを深めた。

 そう。何を隠そうこの男こそ伝説の怪盗と言われた「怪盗アルティメットルパン」──バン! 突然、男の足元で光弾が(はじ)ける。

「……やっと追いついたぜ。この『偽物』野郎……!」

 物陰から現れたのは金色のメリケンサックのような銃「ルパンガンナー」を構えた、怒り心頭に発したグリーンのアウターを着こむ一人の青年。

 彼は東条快人(かいと)。数カ月前から数奇な運命を辿って「仮面ライダールパン」として活動していた。つまり彼がゾルーク東条こと東条来蔵の孫──怪盗アルティメットルパンの正式な後継者だ。

 そうすれば目の前にいる黄金の仮面の男は一体何者なのか。事の始まりは数日前のことになる。

 

  二〇一五年十二月十四日 深夜 東京都

 

 息を吐けば白く立ち上る、真夜中の寒空の下、人気の無いオフィスビルのワンフロアを人影が動いた。場所だけに残業をしているとも考えられるがそうでもないらしく、影は非常灯以外の明かりが無い中を歩みを進める。

 影はある場所で歩みを止めた──そこは誰かのデスク。お世辞にも整頓されているとは言えない。机の上にはその人物の趣味だろう、いくつかのミニカーと「ひとやすミルク」と書かれた飴の紙箱が置きっぱなしだ。

 影が動き机の引き出しに手を掛けて開ける。どこに目当ての物があるのか把握しているのか、迷わず中をまさぐる。一分も経たずに探していた物を見つけたらしく、中からそれを摑み出した──オフィスの電気が一斉に点灯し、部屋を(まばゆ)い光が包んだ。

 明かりで男の姿が明るみになった。顔には口元が開いた舞踏会で使うマスク、長い丈のジャケットに身を包み、シルクハットを被り、マントを羽織った、一九世紀の産業革命の時代から現れたような格好だ。

「そこまでだ!」

 刑事の声を合図に、数十人規模の警官隊がフロアへなだれ込む。ヘルメットを被った重装備の機動隊員が「ライオットシールド」という人を覆い隠せる大きさの盾を構えて陣形を作り、その背後で刑事や警官が拳銃を構える。

「まさか、本当に来るとはな……」

 陣頭指揮を任された年配の刑事がつぶやき、持っているメガホンを口に当てた。

「警視庁に犯行予告を送ってきたのはお前だな! 逃げ場は無い! 投降(とうこう)しろ!」

 ここは日本警察の総本山、警視庁。しかも花形である捜査一課のオフィスだ。刑事の話から察するに、大胆不敵にも仮面の男は予告状まで送って犯行を実行したらしい。

 だが、当の本人は別段焦った様子もなく盗った物──何かのカード──を懐に仕舞った。そして十数という銃口が向けられているにも関わらず、警官隊に一歩ずつ歩み寄っていく。

「な、何をしている……は、早く、投降しろ!」

 想定外の動きをする男に刑事が声が(うわ)ずらせる。

 男はある程度警官隊に近づいたところで立ち止まり、バッとマントを翻し手を大きく広げた。

 奇妙な行動に、いったい何をする気なのかと警官達に緊張が走った。

「私は誰にでもなれる!」

 男は自信満々に言えば人差し指を立てクルリと回し、「お前にも、お前にも、お前にも」と適当に警官達を指していく。

「は?」

 意味不明な言葉に呆然とする刑事や警官達。

「な、何を言ってる! 変装でもできるなんて言うつもりか⁉」

 その問いに男は笑みを浮かべた。

「そう。それができるのだ。今ここで諸君をすり抜け、扉から出ていくことさえ、な」

 荒唐無稽(こうとうむけい)な発言にその場にいる全員が「まさか」という顔をする──そこに頭に寝癖を残し、慌てた様子の一人の刑事がオフィスに入ってきた。

「す、すみません! 遅れま──ふばっ⁉」

 その女性刑事はドアの前で陣取っていた警官隊に派手に突っ込んでしまった。

「うわあああぁ⁉」

 まったく予期せぬ事態にドミノ倒しの要領で悲鳴を上げて倒れていき、陣形の一部が崩れた。

「な、なんだ! どうした⁉」

 混乱の最中、「これは好機……」と男はシルクハットのつばを摑み目深(まぶか)に被った。

 男は清掃員の男性に姿を変えた──崩れ落ちるように倒れれば体から目玉、眼魂が出てくる。

 だが警官達には何か分からない空中に浮いている眼魂を唖然として見る──それには一発の弾頭が綺麗な形で深々と刺さっていた。

「な、なんだこりゃ。どうなってる……?」

 呆然と見ている警官達。すると眼魂は光の尾を出しながらすり抜けると、宣言通りにドアから出て行ってしまった。それを目撃した警官達は明らかに人間技ではない現象に動けなかった。

「あっ。は、早く、追えっ!」

 我に返った刑事の声で、慌てて警官達が起き上がり後を追う。

「いて! いたた! 踏まないで……!」

 大勢の警官に踏みつけられ、最後まで床に倒れていた女性刑事は寝そべりながら、顔からズレた眼鏡を掛け直す。

「また、お前か蟹丸(かにまる)……!」

 中年刑事の泣き出しそうな声に女性刑事はビシッと立ち上がり、申し訳なさそうに敬礼した。

「す、すみません! ……であります……」

 彼女は二カ月ほど前に海東市で起こった通り魔事件の犯人を逮捕し、異例の形で捜査一課に異動した、蟹丸(じゅん)巡査。ここ一番という場面で相変わらずのドジを発揮してしまったのだった。

 

「待て!」

「逃げ場はないぞ!」

 所変わって男はすでに眼魂から人に戻り、廊下を走っていく。

 その後を警官達が必死の形相で追いかける。しかし、流石に警視庁の中と言えば警官達の方が勝手知ったる場所だ。男をなんとかT字路に追い詰め、再び取り囲む。アリ一匹逃げられるスペースは無い。

「もう、逃げられないぞ……!」

「……それはどうかな? 私は、『誰にでもなれる』と言ったはずだが」

「そうだなぁ」と男は人差し指を立て品定めするように見回すと適当に一人を指した。

「お前になろうか」

 指されたライオットシールドを持った機動隊員の一人が、確認のため自分を指す。

「ああ……そうだ!」

 男は再び眼魂になり一直線に機動隊員の体に入る──文字通り、体内に入ってしまった。

「えっ⁉」

 警官達が驚く中、その隊員は項垂れるとすぐに顔を上げる。その目は虚ろだ。数人が心配して、大丈夫かと声を掛けてくる。隊員は目を見開いてニヤリと笑う。持っていた盾を目茶苦茶に振り回す。

 突然の行動に周囲がパニックに陥った。避ける者、転ぶ者、否が応でも距離を取らざるを負えなくなり人混みに道ができる。その先には後方にいたことで状況を把握できなかった警官が一人、立ちつくしていた。

「次はお前だ」

 隊員は男の声でそう言うと同じように警官を指した。体から眼魂が飛び出す。隊員が糸が切れたように崩れ落ち、別の警官の体に入った。ここから、男の眼魂には人を操る力があることが分かる。これまでの全員が憑依(ひょうい)されたような状態だったのだ。

 さらに悪いことにその警官の前に立ち塞がる者はいない。一目散に逃げていく。

「えっ、えっ、あっ、追えー!」

 

 男に憑依された警官は数百段はある階段をひたすら登る。ただ別のフロアに入る訳でもなく上を目指す。このまま行けば当然屋上に到着するだけだ。男は自ら逃げ場のない場所へ逃げようとしている。いったい何を考えているのか。

 また背後には、大半が息を切らせながら追いつけた警官達が迫る。

「ハァハァ……その上は、屋、上だ……! 逃げられ、ないぞ……!」

 今まさに追いつきそうな者もいた。そして、一人の手が憑依されている警官の制服に掛かった。

「つか、まえ、たっ!」

「やるな。だが……」

 警官がそう言うと再び体から眼魂が飛び出し、三度(みたび)怪盗の姿に戻り逃げていく。

「えっ、おわぁ⁉」

 意識を失った警官が摑んでいる警官に向かって倒れてくる。

「うわぁー!」

 七十キロはある人を警官は支えきれず共倒れになった。気づいた数人が慌てて支えようとするが、階段という足場が不安定な場所だけに連鎖的にバランスを崩して巻き込まれた大勢が踊り場で止まるまで倒れていった。

 

 警官達を撒いた男はそのまま屋上に出る。屋上のヘリポートの明かりが周囲を照らしていた。

 男は階段を何百と上がったはずだが、胸を少し手で抑えただけだ。すぐに姿勢を正した男は懐に手を入れるとあの盗み出したカードを取り出す。そこには怪盗をモチーフにしたマークと、怪盗アルティメットルパンの名前の刻印が入っていた。

 これはかつてゾルーク東条が刑事である(とまり)進ノ介(しんのすけ)に宛てた、所謂(いわゆる)「最後の挑戦状」だ。

 男は人差し指と中指を揃えると、カードに向かって円を描くように動かした。すると紋章が浮かび上がり、そこから男とはまた違う形の眼魂が飛び出る。

 男はそれを摑むと横に付いたスイッチを押す。瞳の部分が切り替わり「L」と映った。同時に眼魂の中から、シルクハットとマントを羽織った、赤と黒を基調にしたパーカーゴーストが現れる。

 それは男と相対(あいたい)すると腕を組むポーズで(ただよ)っている。なんとなく不服そうな雰囲気を感じ取った。

「そんな姿に成り果てるとは……哀れなものだな。ゾルーク」

 口ではそう言うが本当に哀れに思っているのか、喜びが混じっているような口調だ。

 さて、眼魂を作るのは簡単なことではない。しかし男は「ルパン眼魂」を作り、パーカーゴーストを召喚する工程をやってのけた。只者では無いことが窺えた。

 ドタドタ!──大勢が階段を上がる音が響く。警官達が体勢を立て直したようだ。

 それに気づいた男は懐に眼魂を仕舞うと、パーカーゴーストが掻き消えた。

 直後にドアが開き息も絶え絶えの警官達が屋上になだれ込む。そこには追いついた絢の姿もある。

「ゼェゼェ……あきら、めろ……もう、逃げ場は、無いぞ……」

 被りを振って男が振り返る。

「何をつまらないことを。(すぐ)れた存在に不可能など、無いのだ」

 男は屋上の(へり)に立った。

「な、何をする気だ⁉」

 まさか飛び降りる気か、と警官達に緊張が走った。

「なに、これから面白いショーをご覧に入れようと思ってね!」

 男は笑うと懐から一枚のカードを取り出す。人差し指を立て、片手でカードを回しながら周りを見る。

「そうだな……君に渡そうか」

 他と同じく肩で荒く息をしている絢を指した。

「……わた、し? で、あり、ますか……?」

 男は頷くとカードを投げる──絢の足元に鋭く刺さった。

「いっ⁉」

「では、諸君! もう少し遊びたいが、生憎(あいにく)と私には時間が無いのでね。これで失礼しよう!」

 そして男は腕を広げて仰向けの形で、屋上から飛び降りた。

「や、やりやがった!」

 慌てて警官達が下を覗く、が何もない。

「嘘だろ! どこ行った⁉」

「姿が見えません!」

「一階の連中に連絡入れろ!」

 警官達が大騒ぎする中、絢は足元に刺さったカードを抜き、内容を読み上げる。

「『明日、深夜十二時。海東海洋自然博物館に、さる名家から寄贈された大黒真珠(おおぐろしんじゅ)を頂戴しに参上する。怪盗』……アルティメットルパン⁉』

 仰天した絢の声に警官達が振り返る。

 それは本来ならばもう二度と聞くはずのない名前のはずだった。

 もちろん、それを名乗っていた男はすでにこの世にいないからだ。

 

 はたして、警官隊数十人の目の前で飛び降り、忽然(こつぜん)と消えた男。そのカラクリはなんとも常識外れだった。

 飛び降りた瞬間、男の背中に曼荼羅が浮かぶ。その中を通り抜けて姿を消す──これが真相だった。

 そして違う世界の空中に浮かんだ曼荼羅から飛び出した男は、一回転すると事もなげに地面に着地した。

 男は周りを仰ぎ見る。コンクリート造りの廃墟が立ち並び、上は相も変わらず赤黒い空。その空には大蛇のような不気味な生物が我が物顔で跋扈(ばっこ)しており、人の気配は無い。

 日本では見られない景色は、ここが異世界「眼魔世界」であることを示していた。

「いつ見ても、嫌な空だ……」

 そう吐き捨ててマントを(ひるがえ)し廃墟の一つに入っていく。こちらも人っ子一人おらず、ひたすら奥へと進む。しばらくして男はある部屋に辿り着くと、その中に足を踏み入れた。

 そこには六角形の台。上にはルパン眼魂に近い真紅の眼魂と所々が赤いブレスレットのようなものが置かれている。

 だが、それらには厳重な封印、例えるならば目に見えるバリアが施されていた。

「これで、ようやくあれが私の物となる……」

 感慨深げにつぶやきながらルパン眼魂を出す。

「さあ、ゾルーク。私のために()ってこい」

 スイッチを押せば、あのルパンのゴーストが現れる。それを確認して眼魂を手の中で動かした。それに合わせてゴーストが動き、結界へと向かって行く。

 ゴーストが結界に体当たりした──強固に見えたバリアがいとも簡単に砕け散る。

「流石は『伝説の怪盗』と呼ばれていたことはある」

 皮肉交じりに言った。

 するとけたたましい警報音が鳴り響き、物音一つしなかった建物が一気に騒がしくなった。

 数人が駆けつけてくる足音がするが、止めるにはもう間に合わない。すでに二つのアイテムは男の手に渡っていた。

「何者だ!」

 数人の男達が中に入ってくる。男は振り返ると身構えている男達の前で、あっさりと仮面を外してみせた。

「あ、貴方は⁉」

 その素顔を見た全員が驚愕の表情を浮かべる。

「やあ。ガンマの民の諸君」

「いったい何を……⁉ 異世界に渡った、()えある一人目である貴方が⁉」

 尊敬している男達の一人が声を上げた。

「地球に行ったからこそ知った。この世界がどれだけ欺瞞(ぎまん)で満ちているのかを」

 男は追手であるはずの相手に手を差し伸ばす。

「私の側に来い。アドニスの駒である必要は無い」

「アドニス」とはこの世界を統べる「大帝(たいてい)」と呼ばれる、この世界では絶対的な存在だ。彼と彼の一族が二千年近く、この世界を牛耳(ぎゅうじ)っている。

「な、何を仰るんです! アドニス様を侮辱(ぶじょく)されるなど!」

「例え貴方とて許されるものではありません! 発言のご撤回(てっかい)を!」

 男達の必死な形相での説得に男はため息をつく。完全に呆れていた。

「やはり無駄に長く奴らの傍にいたお前達に、今更何を言っても無駄か」

 男達は目を合わせると嫌々ながらに頷いた。

「致し方ありません。アドニス様の秘蔵の品に手を出された以上、(わたくし)共についてきていただきます」

「……嫌だと言ったら?」

 その返答に男達はギョッとした。ここまできて同行を断るはずがないと思っていたのだ。だが、それで心が決まった。

「こんなことを我らが『英雄』の貴方にはしたくありませんが……力づくで来ていただきます」

 男達もそれぞれ眼魂を取り出し、横のスイッチを押し起動する。全員が、水色と銀の素体に胸部アーマー、頭にはバイザーのような目に、額にクリアな人魂のような装飾、腰には半目を開けたようなベルト、「眼魔(ガンマ)スペリオル」と呼ばれるこの世界の上位の怪人に変化した。

「説得失敗か……ゾルークのようにはいかないな」

 自嘲気味に笑うと仮面をつけ直した。そして左腕を突き出し、手に入れたブレスレットを取り付ける。合わせて真紅の眼魂「ガイスト眼魂」を取り出しスイッチを押す。瞳の部分に「GE」の文字が浮かび上がる。

「なっ⁉ 『メガドライダー』を使う気か⁉」

「止めろ!」

 眼魔スペリオル達が止めに入ろうとする中、男はガイスト眼魂を起動、メガドライダーのスロット部分にセットした。

「イエスマイロード」

 メガドライダーからガイダンス音が鳴る。

「いいだろう。ならば今日をお前達の記念日にしてやろう。『真実を知る日』にな」

 男はメガドライダーを垂直に展開し、横のスイッチを押す。装填した眼魂から、赤黒いシルクハットを被り、炎のようなマントを羽織ったパーカーゴーストが現れ男の周囲を飛び交う。

「変、身!」

 力強く言うとメガドライダーの目薬のような部品のスイッチを押す。建物の外に届くほどの赤黒い光が数度に亘って(またた)いた。直後、眼魔スペリオルのものと思われる断末魔がいくつか聞こえたが、すぐに静かになる。

 短い時間で何がどうなったのかはどの世界の誰も知らない──起こした本人以外は。

 

 こうして二つの世界で発生した盗難事件により、新たなる事件の幕が開くことになった。

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