小説 仮面ライダールパン   作:竜・M・美日

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 ようこそ、海に繋がる街へ。


第2幕 City/この街に住むのはどんな人物なのか

《起きて、快人》

 誰かが名前を呼ぶ。

「ん、んん……?」

 地面に大の字で寝ていた快人が目を覚ましフラフラと立ち上がる。

「ふぁー……ん? ……えっ⁉」

 そこは森に囲まれた緑が広がる公園だった。

(ここ、は……)

 状況の把握ができずに呆然(ぼうぜん)と立ち尽くす。

「じいちゃん! こっちこっち!」

「こっちだよぉ!」

 どこからか子供達の声が聞こえた。

「あははは! 待て、待て」

 それに笑い交じりの老人の声が返す。

(この声は……!)

 聞き覚えがある快人が振り向く──二人の小学生と白髪(はくはつ)の老人が広い野原で追いかけっこをしていた。

(あれは……)

「捕まえた!」

 老人は子供達を抱え込むと芝生(しばふ)に倒れ込む。子供達がキャッキャッと笑い声を上げた。見ているだけで三人が仲睦(なかむつ)まじいことが分かる。

 快人は気づいた。ここは夢の中──正しくは過去の記憶──で、三人は幼い頃の快人と妹の海里、祖父である来蔵だった。

 目の前では三人が青空を見上げるように寝転がる。

「快人と海里は大きくなったら何になりたい?」

 ふと来蔵は青く()んだ空を見ながら二人に夢を尋ねた。

「おれ、じいちゃんみたいなヒーロー!」

「かいりはかわいいマジシャン!」

 孫達の微笑ましい夢を聞いた来蔵が笑みを深める。

「そうか……。二人なら絶対になれるぞ!」

「ほんと⁉」

 二人は声を揃えて聞き返す。

「あぁ! じいちゃんが保証する!」

「……『ほしょう』……?」

 幼い二人は知らない言葉に首を(かし)げつつもすぐに笑顔になる。

「じゃあおれが、かいりより先にヒーローになる!」

「違うもん、かいりが先になるんだもんねぇ!」

「おれだ!」

「かいりだもん!」

「こらこら、二人とも喧嘩するんじゃない」

 可愛らしい言い合いを始めた二人を来蔵が強く抱き締めた。

「じいちゃん!」

「えへへ!」

 二人も強く抱きつく。

「ずーっといっしょだよ! おじいちゃん!」

「……ああ。ずっとずっと……一緒だぞっ……」

 来蔵は笑うと頬に一筋の涙を流す。二人に寂しい思いをさせないと心に誓っているように見えた。

 

《暖かくて優しい記憶》

 不意に、少女の声がした。

(あぁ、俺の、大切な思い出だ。……忘れちまってたけど)

 懐かしむ快人──異変に気づき、ハッと表情が変わる。

(俺、いったい誰と……?)

 隣を見ると輝く銀髪を(なび)かせる純白のワンピースを着た少女がポツンと立っていた。

「えっ、君は……?」

 快人の記憶が正しければこんなに目立つ少女はいなかったはずだ。

《運命が近い》

 困惑する快人に対して少女からは的外れな言葉が返された。

「運、命……?」

《そう。『彼』の代わりに、あなたが『英雄』になる。運命が》

「『彼』? それ、どういう意味だ」

 何かが引っかかった快人は少し語気を強めるが、それに怯むことなく少女は顔を上げた。

《この思い出を、決して忘れないで》

「え?」

 少女は慣れていないように口角を無理やり上げると不器用に笑う。

「『起きて、快人』」

「っ⁉ ちょっと待て、その声──」

 少女の口から快人にとって聞き覚えがある声が出た途端、世界が(またた)く間に純白の光で包まれた。

 

「──と」

 誰かが呼ぶ声がする。

「──いと」

 子供をあやすような優しい声だ。

「起きて、快人」

 続けて肩を叩かれて起きるように催促(さいそく)される。

 声を掛けてきた相手を知っているのか快人は、

「んー……チューしてくれたら起きるぅ……」

 と言って唇を尖らせた──(ひたい)に衝撃が走った。

「いってぇぇぇ⁉」

 快人は飛び出しそうなほど目を見開くと、すぐに起き上がり若干赤くなった額を抑えた。

「いっつぅ……ったく、誰だ!」

「やぁっと、起きた? 寝坊助(ねぼすけ)お兄ちゃん!」

 見るとそこには、ピンクのインナーの上からブラウンのケープを羽織(はお)り、茶髪のツインテールを揺らす、快人の妹、海里がいた。手にはデコピンの形のマジックハンドをが握られている。

「……海里? お前が犯人か!」

 額を(さす)りながら快人が海里に詰め寄った。

「イチャイチャ脳の兄貴に天罰じゃ!」

 対して海里は心底嬉しそうだ。

(なんだよ、その『イチャイチャ脳』って……)

 要領を得ない理由に怒るのが馬鹿らしくなった快人がため息をつく。「渡せ」とハンドサインをした。

「そのマジックハンド渡せ。没収だ」

「嫌だよぉ」

 海里は少し離れると、快人に見せつけるように左腕をL字に折る。マジックハンドをなぞるように右手を動かせば、跡形もなく消えてしまった。

「二ヒヒ。もう無いもんねぇ」

 手先が器用な海里の特技は来蔵直伝の手品だ。

 腕前はそれなりのようで近場からは拍手も聞こえる。

「『マジックにおいて大切なのはっ! 人を驚かせるより、笑顔にすること!』」

 海里は背中を向けて人差し指を立てると得意げに言った──直後にしまったという顔をした。

「……お前が笑う(がわ)でどうすんだよ」

 抗議の言葉だけだったことに安心して海里はホッと息を吐く。

「とにかく(そで)に入れた奴渡せ」

 快人はタネを見破っていたらしく、海里が悔しそうに口を尖らせる。

「むぅー。なんで分かったのよぉ」

「お前の手品、今まで何回見てきたと思ってんだよ」

「やっぱりお兄ちゃん相手には無茶だったかなぁ……」

 海里は(しぶ)々マジックハンドを快人に預けた。

 

「で、なんでお前がいるんだよ」

 騒動が一段落して快人が尋ねると海里は心外という反応をした。

「なんでって、今日は優奈(ゆうな)さんとウィンドウショッピングをするから、お兄ちゃんが荷物持ちをしてくれるんでしょ?」

 海里が事もなげに言うと、快人の顔が見る見る内に愕然(がくぜん)とした。

「はぁ⁉ ウィンドウショッピング⁉ 何言ってんだ! 今日は俺と優奈の久々のデートの日だぞ! 邪魔すんな!」

「邪魔って何よ! 邪魔って!」

「邪魔だから、邪魔なんだよ!」

 二人が言い合いをしていると、快人が寝ていた公園のベンチから笑い声がした。二人同時にそっちに向き声を掛ける。

「おい優奈! お前からもコイツになんとか言ってくれよ!」

「ちょっと、優奈さん! この『バカップル兄貴』。略して『バカニキ』になんとか言ってください!」

「おい。『カップル』要素はどこいった。それだと俺が馬鹿みたいだろ」

「だってそうでしょ?」

「んだと!」

「まあまあ、二人とも落ち着いてよ~」

 ベンチに座りながら二人をなだめるのは快人達と同世代の女性。その性格に合わせたような水色の上着と灰色のゆったりとしたスカートを身に着け、黒髪をおかっぱにした、快人の恋人、(しゅ)優奈。

 ちなみに彼女は台湾人と日本人のハーフだ。

「誰が馬鹿だ! この『バカイリ』!」

「あっ! それ言わないって約束したでしょ!」

「そんな約束、とうに忘れたわ!」

 再びじゃれあうような喧嘩を始めた二人。それを楽しそうに見守る優奈──そんな三人の傍に建つポール時計には「二〇一五年十月四日」の表示。

 第一次グローバル・フリーズから二年が経過し、世間は平和な日常を取り戻しつつあった。

 

 人々が世界に平穏が戻ったことを知ったのは、数日前に仮面ライダー(およ)び警視庁特殊状況下(とくしゅじょうきょうか)事件捜査課、通称「特状課(とくじょうか)」により、根源であるロイミュード全百八体の撲滅(ぼくめつ)完了とのニュースが放映されてからだ。

 おもに活躍した台東区久瑠間(くるま)から少し離れた、海東(かいとう)市に住む快人達もそのニュースを知って、これで本来の日々が戻る──はずだった。

 だが、彼らの祖父である来蔵が一年ほど前に姿を消していた。その意味では東条兄妹には日常が戻っていなかった。

 

 海東市。人口五十万人の沿岸工業地域が彼らが生まれ育った街だ。

 五年ほど前まで目新しい物も無い平凡な港町だが、鉄鋼企業「パビリオン」が地元の鉄工企業を買収し次第に市政への影響力を持つと、打ち出した都市再建計画を実行してからはすっかり様変わりした。

 そんな街は四区画に区分分けされている。

 毎年約千五百万人の来場者を誇る巨大遊園地「ディスティニーランド」や七万三千人が収容可能なスタジアム「オーシャンズスタジアム」が建つ東部の「娯楽区」。

 快人達が住むアパート、小学校から大学までの教育施設がある北部の「住宅区」。

 街随一(ずいいち)のショッピングモール「KAITOU(カイトウ)」を始め、様々な店舗が林立(りんりつ)する西部の「商業区」。

 そして海東湾沖の孤島に建設されたパビリオンの本社ビルを筆頭とした工業地帯が立ち並ぶ南部の「工業区」。

 さらに現在、特に観光スポットとして注目を浴びているのが、久瑠間にある国道に続き海東市の中心部から海上を通って風都(ふうと)市を結ぶ架橋(かきょう)、「ウィンズベイブリッジ」。

 この全長約六十キロメートルの架橋は海東市と風都市の友好都市締結の記念として建設された。車での移動以外に無人モノレールが設置され、海東と風都間をリーズナブルな値段で移動できる。

 ちなみに陸上からパビリオンのビルにアクセスするにはここを使うしかない。

 台風を物ともしない強固な架橋の海中に伸びる支柱には水力発電機が取り付けられ、発電した電力の約四分の一をモノレールに供給して運行している。そのモノレールは四区画内でも環状に八台が互いの隙間を埋めるように走り、明確な時間表が無い代わりに五分もすればすぐに次の車両がやって来る。大体一両につき四十人の四両編成。行き帰りの通勤ラッシュもある程度緩和効果が見られるという好環境を作り出していた。

 このように海東市はパビリオンによって環境に優しい街として、現在では風都市に次ぐエコ街になっていた。

 

  十月四日 昼 海東市商業区

 

 快人達は休日のためいつにも増して人で混み合う中を進む。

「ったく、せっかくのデートだってのによ……」

 目の前で腕を組み談笑する海里達を見ながら、快人がグリーンのフードのポケットに手を突っ込んで不貞腐(ふてく)された様子で呟く。

「男性は女性に対して紳士的に、ですぞぉ」

 海里が(ほほ)(ふく)らませる。

「うっせぇ」

「まあまあ、お店までもう少しだから~」

「バイトで貯めに貯めたお金をパーッ! と使う日が来ましたなぁ!」

 海里が嬉しそうに頷く。

「……『馬子(まご)にも衣裳(いしょう)』だけどな……」

「なぁんですってぇ?」

「なぁんにも?」

 また二人の口喧嘩が始まる──物が倒れる音が響いた。

 反射的に三人が目を向けると、老人用の手押し車が倒れており歩道に鞄や小物が散乱している。

「おい、ババア! どこ見て歩いてんだ!」

 すると、ぶつけられたらしいチンピラ風の男が、老婆に向かって恫喝(どうかつ)を始めた。

「すみません。すみません……」

 老婆はひたすら平謝りだ。

 道を行き交う通行人は──男の剣幕(けんまく)に押されてか、面倒事に巻き込まれたくないからか──無視して近づきもしない。

 ただ時折視線は向けてくる通行人に居心地が悪いと思ったのか、男は露骨に舌打ちをするとしゃがんで老婆と目線を合わせた。

「次は、気ぃつけろよ。ばあさん」

 そう言い残して男は去った。

 成り行きを見ていた三人はすぐに老婆に駆け寄る。

「おばあちゃん、大変でしたね。大丈夫ですか?」

 優奈が安心させるために優しく老婆に声を掛けた。

「ありがとうねぇ。でも、私が悪いしねぇ……」

 温厚そうな老婆は運が悪かったと苦笑する。

「それにしてもやりすぎ! なんなの今のチンピラ! ムカつくぅ!」

 海里は男の無作法な言動に怒り心頭に発した。

「そう思うでしょ、お兄ちゃん! ……あれ? どこ行ったの?」

 散乱した荷物を拾い集める海里が尋ねたが返事がない。見れば、さっきまでいたはずの快人の姿がどこにもなかった。

 

 一方、老婆を恫喝していた男は歩道の真ん中を我が物顔で歩きながら電話をしていた。

「そうそう。あのババア、チョロイのなんの。スられたことすら気づいてねぇの」

 男はスリだった。しゃがみ込んだ際に老婆の財布をかすめ取り、ジャケットに隠していたのだ。

 大勝利だと笑う男──運悪く赤信号で足止めを食った。

「チッ……。あぁ、でな──」

 しばらくして信号が青に切り替わる。横断歩道を人混みと人混みが交差する──肩をぶつけられた。

「っ! おい、てめぇ!」

 振り返るが誰とぶつかったのかは人混みで分からなかった。舌打ちをして男は不機嫌そうに横断歩道を渡る──異変に気づいた。

「……あっ、あれ? 財布が、財布が無い! あれ、俺の財布も⁉」

 入れたはずのジャケットなど、体の至る所を手で叩くが出てこない。忽然(こつぜん)と無くなった二つの財布。果たしてどこに消えたのか。

 

 先ほどの一幕で全員の注意が()れた──ただ一人、快人だけはその瞬間を見逃さなかった。男が何をしたのかすぐに気づき、その後を尾行していた。

「ったりめぇだろ? 俺のテクニックは一流だからな」

 男は──周りに聞こえない程度の声で──電話相手にそう話し、ジャケットの内ポケットを叩く。

 それを見て快人は(あき)れる。

(何言ってんだよ……。俺からしてみれば、全然だぜ……。おっと)

 前方に交差点があることを確認し、男が赤信号で止まった瞬間。

(さて、仕事の時間だ)

 急いで道を変えると道路を突っ切って向かいの歩道に渡る。人混みを()って進み、男の真向かいに立った。

(……本当の盗みのテクニック、って奴を見せてやるよ)

 信号が青になる。人混みに(まぎ)れて男に近づき肩をぶつける。早業(はやわざ)でポケットから二つの財布を抜く。

「おい、てめぇ!」

 振り返った時には姿は見えず、気づいた時には時すでに遅し。

 なぜこんなことができるのか。快人もまた祖父直伝の盗みのテクニックを仕込まれたスリ──いや「泥棒」だからだ。

 慌て始める男を尻目に快人は不敵に笑う。

(確かにいただいたぜ)

 だが、快人はすぐに表情を曇る。以前に起きた祖父との確執(かくしつ)を思い出したからだ。

 

「もう、どこ行ってたの!」

 快人が戻るや否や、海里が食って掛かった。

「悪りぃ、悪りぃ。ちょっと野暮用(やぼよう)でな。それよりも。はい、これ」

 取り返した財布を老婆に手渡す。

「あら、ありがとうねぇ」

「あっ、おばあちゃんの財布! ずっと探してたの!」

「どこにあったの~?」

「まあ、その……遠くに落ちててさ」

「遠くに落ちてた? まさか……」

 何をしたのか心当たりがあるのか海里が疑惑の目を向ける。

「まあ、いいじゃん。細かいことは」

 その視線に快人はただ笑って誤魔化(ごまか)していた。

 

「ここ、ここ!」

 老婆と別れた三人は本来の目的地であるアクセサリーショップに辿り着いた。

「確かこのお店に気に入ったピアスがあったの!」

 楽しみであることを隠さずに息巻いている海里を見て、快人は呆れた様子で「行け」と手を振る。

「あー分かった、分かった。さっさと買ってこい。こっちは腹減って──」

 その快人の文句を聞く前に、海里は猛ダッシュで店内に入っていった。

「って、おい! 聞いてんのか! ったく、アイツにはブレーキがねぇのかよ……」

「私は元気がある方が良いと思うけどな~」

「そうは言ってもなぁ」

 腕を組み難しそうな顔をしている。ふと優奈に顔を向ける。

「……そういえば優奈は何か買わないのか? 高くなかったら、何か買ってやるけど?」

「私はいいかな~。だって、今はこれで十分だもん」

 優奈は胸元から桜の形のシルバーアクセサリーを取り出す。五枚の銀の花びらと中央にはピンクのガラス玉が()まったペンダント。

「おいおい、それって俺がガキの頃に渡した奴だろ」

「そう。快人から貰ったペンダントだよ~」

「まだ持ってたのかよ。言ってくれれば、もっと良いのを買うのにさ」

 その言葉に優奈は首を振るとペンダントを大事そうに両手で握る。

「だ~め。快人が初めて私にくれたプレゼントだもん。だから高い物じゃなくても、私にとっては大切な思い出で、『お宝』なの」

 そう頬を赤らめる優奈と、それを聞いて内心嬉しかった快人が顔を()むけた。

「そうかよ……」

「あっ、もしかして照れてる~?」

「……照れてない」

「嘘。照れてるでしょ~」

「照れてねえ!」

 二人が言い合っている。「ゴホン」と咳払いされた。

「ん?」

「……こんのバカップルがぁ、私を差し置いてイチャイチャしよってぇ……!」

 そこには目当ての物は買えたようだが明らかに不機嫌な海里がいた。

「私もそんな風にイチャイチャできる恋人欲しいぃ!」

 悔しさから唇を噛む海里の頭を、優奈がポンポンと()でる。

「海里ちゃんならすぐにできるよ~」

 その慰めに一転、海里はキラキラと目を輝かせた。

「本当ですか! あっ! どうせなら、こんなバカニキより私に乗り換えません?」

「はぁ⁉」

 とんでもない申し出に驚く快人。

「えぇ~どうしようかな~」

 その誘いに優奈もまんざらでもなさそうだ。

「駄目だ、ぜぇったいに駄目だ! 優奈は俺んだ‼」

「きゃっ。ちょっと快人ったら~」

 断固たる意思表示として優奈を後ろから強く抱き締める。すると海里が肩を震わせ始めた。

「そういう……天然ノロケが……私を苛立(いらだ)たせるんだよッ!」

 再び騒ぎ始める二人だったが、最終的に店員からやんわりと叱られたことで収まった。

「すいませんでした……」

 

 アクセサリーショップを出た三人。その目の前で男が女性警察官によってパトカーの中に連行されていく。

「……あっ、あの男さっきの!」

 海里が指差す。連行されていくのは先ほど老婆の財布をスった──それを快人にスられた──あのチンピラだった。

「どうかしたんですか?」

 居合わせた通行人に尋ねる海里。

「えっ、いや、私もよく知らないんですけど。あの人が『スった、財布をスられた!』って、言ってたらしくて。それで近くにいた人が通報したらしいです」

 それを聞き本気で呆れた様子の快人が「アホだろ」と小さく吐き捨てた。

 そのまま三人は何気なく男が連行される場面を見る。

(げっ!)

 快人の顔色が変わると慌てて優奈の陰に隠れた。

「ん? どうしたの?」

 優奈がキョトンとして視線を移す。すると合点がいき笑顔になる。

「あっ。『カニちゃん』だ~」

「えっ、どこどこ!」

 優奈の言葉に海里も嬉々としてその相手を探す。

「やめろ、話しかけんな……!」

 慌てて止める快人だが時すでに遅し。

「あっ、いた! カニちゃぁん‼」

 海里が大きく手を振って自分達の居場所を知らせた。

「やめろって、馬鹿……!」

 すると「カニちゃん」と呼ばれた眼鏡を掛けた女性警察官が辺りを見回す。すぐに二人に気づく。

「あ! 優奈さんに、海里さんではありませんか!」

 笑顔で駆け寄ってくる彼女、海東警察署勤務の警察官、蟹丸(かにまる)(じゅん)巡査。

「いやはや、最近はよくお会いするでありますなー」

 この──一昔前の軍人のような──不思議な語尾を使う彼女の個性が子供達を中心に受け、今では彼女の知人の多くが(した)しみを込めて「カニちゃん」と呼ぶ。

「では、その後ろにいるのは……」

 絢が優奈の後ろをチラッと見る。そこでは快人が優奈の陰に隠れるために無駄な努力をしていた。

「快人君、やましいことがなければ出てくるであります」

生憎(あいにく)、やましいことなんて、ひとっつ! も無いけど出たくありません」

 快人は是が非でも優奈の背中から出ようとせず、小学生でも使わないような言い訳に絢は勝ち誇った顔だ。

「じゃあ、君を『ねずみ小僧』と断定しても良いでありますね?」

「いや、それは流石に横暴なんじゃ……」

 快人が苦笑した。

「ねずみ小僧」とは、最近この街を(にぎ)わせる──悪徳企業などに盗みに入り、その金銭を学校などに届けている──窃盗犯の通称だ。

「え、また、ねずみ小僧が出たんですか~?」

「本人はそう証言しているのでありますが。『スリ』という単語を口にしていたということで、少し職務質問を、と思いまして」

 そう言いつつ絢は快人から視線を外さない──海里も(にら)んでいる。

「シリマセンヨ……。おい、海里こっち見んな」

「まぁ、いいであります。いつか必ずその尻尾を私が摑んでやるでありますから! おじいちゃんの名にかけて!」

 そう意気込む絢。彼女の祖父はゾルーク東条を生涯を賭けて追った名刑事だ。

「ソウデスカ、ガンバッテクダサイ。ジャア、ボクハコレデ。……二人とも行くぞ」

 快人は絢の視界に入らないように優奈の肩を摑みながらカニ歩きのように進む。その(かたく)なな姿を見て海里が苦笑する。

「……怪しむなって方が無理あるよ。もっと堂々とすれば?」

「……うるさい……。あっ、待った」

 そのまま立ち去ろうとした快人がフードのポケットに手を突っ込んだ。

「蟹丸巡査。これを」

 快人はスった男の財布を取り出して絢に投げ渡す。

「おっと。これは……?」

「あ! 俺の財布!」

 財布が見つかり男がパトカーから出ようとしたが絢が止める。

「はい。パトカーから出ない」

 男を車を押し戻すと快人を見る。

「道に落ちてました。後はよろしくお願いしまーす」

「……じゃあまたね! カニちゃん!」

「さよなら~」

 三人──快人はどこかぎこちなく──は手を振りながら別れを告げる。

「はい! お気をつけて!」

 絢も笑顔で返しつつも財布と快人を交互に見ながらパトカーに乗り込む──ガンッ!

「いっ、たー⁉」

 よそ見をしていた絢はドアフレームに(したた)かにこめかみを打ち頭を押さえる。それを見て同行していた警官が苦笑いした。

「流石、ドジっ()だわぁ……」

「カニちゃん、大丈夫〜?」

(俺を油断させるための演技か……?)

 その様子に三者三様の反応だった。

 

 夕方。快人達はショッピングを終え、モノレールで住宅区へと戻ってきた。

 優奈を家まで送り届けた二人は住居である二階建てのアパートに帰ってくる。二階に上がり快人が部屋の鍵を開ける。

「早く冷蔵庫に食べ物入れないとぉ!」

「痛てぇ!」

 ドアが開いた途端に海里が快人を押し退けて猛烈な勢いで中に入った。

「ったく……卵割るなよ」

「分かってるぅ!」

 快人はぶつけられたところを(さす)りながら、ドアポストの中身を確認する。近くのスーパーの安売りのチラシが何枚か入っていた。時間からしてタイムセールはもう間に合わないだろう。

 そんな普段と変わらない光景──快人の眉間にしわが寄る。それらに(まぎ)れて一切装飾(そうしょく)のない封筒が交じっていた。宛名部分にただ「A」とだけ書かれている。

 快人はそれを汚い物を見るような目つきで封を開け中身に目を通す──乱暴に手紙を破った。

「お兄ちゃぁん! ご飯作るよぉ!」

「おう」

 海里が呼ぶ声。快人は紙クズと化した手紙をポケットに突っ込み──一瞬振り向く素振りをした──ドアを閉めた。

 

 その一部始終を快人達のアパートから離れたビルの屋上で金色の長髪を風で靡かせる女が双眼鏡で覗いていた。女は双眼鏡を顔から外すと、思っていた結果ではなかったことに溜め息をつき首を振ってその場をあとにする。

 

「いい加減にしろ……」

 閉めたドアを背に快人は憎々しげに(ひと)()ちた。

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