小説 仮面ライダールパン   作:竜・M・美日

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 人の数だけ過去はある。

※この話数において、内容に一部不適切な描写がありますが、あくまでキャラクターの個性をつけるためであり、「推奨する」などといった意図はありません。


第13幕 独白/二人の過去

  同日 夕方 波来不湖 ほとり

 

 夕方と夜が曖昧(あいまい)になった頃。

 パチパチ──物が音を立て燃える音で快人が目を覚ました。

 

「……あれ、俺……? いつつ……!」

 

 快人が胸を抑えてうずくまる。

 見ると体には毛布が掛けられ、傍には焚火(たきび)が起こしてあった。音の主はどうやら、これだったようだ。

 ゆっくりと体を起こすと、そこは草木が枯れた小石ばかりの氷が薄く張る湖畔(こはん)だった。

 

三途(さんず)の川か……?」

 

 ここが噂に聞く三途の川なのだろうかと、快人は湖を見つめる。

 

「だとしたら、ずいぶんと和風で殺風景ね」

「アリス?」

「目が覚めたみたいね」

 

 振り向くと、いつからいたのかゴルドルパンの座席に座っていたアリス。彼女も毛布を頭まで被っている。

 アリスは快人の体調を確認するため立ち上る──毛布の隙間から白く形のいい胸元と、肉付きのいい太ももまでの素足を見え隠れさせながら、焚火の方へ近づいてくる。もっと火に近づけば太ももより上の部位がもう少しで──。

 

「……わりぃ」

 

 快人が申し訳なさそうに顔を()らす。

 

「別に? 見られて減るものじゃないし」

 

 アリスは裸でいることに慣れている様子で、大っぴらに見せこそしないが堂々としている。

 そこで快人はハッとした顔をして毛布の中を確認する──アリスを睨みつけた。

 

「脱がせたのか……」

「濡れた服を着たまま凍死したかったんだったら、それでもよかったのよ?」

 

 皮肉を言いながら快人の隣に座ると、焚火に手を近づけ温まっている。

 その伸ばしたアリスの腕には毛布から覗く範囲だけでもいくつか傷がある。彼女が潜り抜けてきた修羅場の数を表しているのだろう。

 

「……いや……悪い。助かった」

「いいえ、別に。お陰でこの寒い中、冷たい川でスイミングする羽目になったけどね」

「……なんで助かったんだ?」

 

 その問いに、アリスは自分の毛布からある物を取り出す。

 

「おばあさまに感謝することね」

「えっ?」

 

 クラリスの日記帳を快人に手渡した。本の中ほどで銃弾が止まっている。

 

「ばあちゃん……」

 

 快人はその表紙を()でるように触る。

 

「……ありがとう」

「貫通してたら、本当に命はなかったわよ」

 

 アリスはいたずらっぽい笑みを浮かべ、快人の胸板を押す。

 

「イッ……! やめろよ……!」

 

 快人が嫌そうに手を払いのける。その様子にアリスは少し微笑む──が、徐々に暗く沈んだ顔になる。

 二人は少しの間、ただ黙って焚火を眺めていた。

 しばらくするとアリスが胸の辺りを叩く──ため息をつくと立ち上がり、ゴルドルパンに戻る。開いた状態のガルウィングに掛けていたジャケットからタバコを一箱出す。

 だが、川の中に入ったせいでグシャグシャだ。

 

「あぁ、もう……」

 

 その中で奇跡的に一本は無事だったのか、それを口に咥えると、残った箱は焚火に投げ捨てた。

 別の胸ポケットからジッポを取り出して蓋を開ける。フリントウィールを親指で回して火をつけようとするが、湿気(しっけ)ているのかなかなか火がつかない。

 

「ん、ん、ん……!」

 

 アリスが火をつけるのに手間取っていると、それを見ていた快人がその咥えていたタバコを掻っ(さら)った。

 

「ちょっと、それ最後の一本なのよ──!」

 

 楽しみを取るなと文句を言う──その前に、快人は指からマッチを出し火を起こすと、タバコに近づけ紫煙(しえん)をくゆらせ始めた。

 

「…………」

 

 アリスが一連の快人の行動に唖然としている。

 

「……海里と違って、俺が唯一ものに出来た手品だ」

 

 快人はどこからともなくから出したマッチを焚火に放り捨てると、大きく鼻から息を吸って煙を吐いた。

 

「久しぶりの味だ……」

「快人……あなた……」

 

 アリスの驚く顔に、快人は肩をすくめる。

 

「……誰しも、聖人君子じゃないってこった」

「……いつから?」

「高校から」

「でも──」

 

 この数カ月間、行動を共にしてきたアリスは、快人が喫煙しているところを見たことがなかった。

 

「高一くらいまでだよ。カッコつけるためにな」

「止められたの?」

「あぁ。いつも俺にくっついてた優奈の綺麗な肺を汚すこともない、と思ってさ」

「そうだったの」

「……そもそも、海里が大のタバコ嫌いになったのは俺のせいだからな」

 

 そう言って快人はタバコの煙を空高く上げながら、ポツリポツリと話し始めた。

 

「中学の後半から高校の前半辺りまで、俺は言葉に出来ないくらい……荒れてた。両親がいなかった俺は、年々老けていくじいちゃんや幼い妹を見るうちに、『俺が家族を守らないと』って思うようになった。そのためには『悪』を排除しないといけない、そう思って、目に入った不良なら誰彼構わず喧嘩を吹っかけてった。ボコボコになって家に帰ったのも一度や二度じゃない。でもその時の俺は、それがヒーローになる近道だって本気で思ってたんだ。馬鹿だろ?」

 

 そう自嘲して苦笑する快人に、アリスはただ黙って耳を傾けている。

 

「そんなことをするうちに、俺から人がどんどん離れていった──当時はそう思ってた。家族との会話も減った。あの海里でさえ俺を避けてた。そんな(ふだ)付きの不良だった俺は、退学にはならなかった」

「……どうして?」

「生活態度は最悪だったけど、授業は一応受けてて、テストの成績もそれなりに取ってた──だけじゃない。じいちゃんが、俺の尻拭いにあっちこっちで謝ってくれてたんだ」

「ゾルークが?」

「あぁ、びっくりだろ。あのじいちゃんがだぜ? 誠心誠意、俺が殴った相手や親に謝って、時には土下座もしてたって話だ」

「本当に『宝物』のためなら、なんだってしたのね」

「ああ。今となっては感謝しても、しきれない。……もう言えないしな」

「…………」

「……じいちゃんだけじゃない。ダチもそうだ。俺から離れていかなかった、優奈を含むダチ達。アイツらが見捨てないでいてくれたお陰で今の俺がいるんだ……。感謝してる……。なんかセンチになっちまったな」

 

 快人は恥ずかしそうに笑うと、残り短くなったタバコを焚火に投げ捨てた。

 

「最後のタバコを貰った()びだ。釣り合うか?」

「……いいえ、それ以上よ。いい話じゃない。思えば快人の話はあまり聞いたことがなかったわね」

「話すほどのことじゃないと思ってたからな。……だからこそアイツのことは許せねぇ」

 

 快人は(こぶし)を握り締めると、強い意志を感じさせる様子で言った。

 

「…………」

 

 一方でアリスが顔を曇らせる。何かを言おうか迷っているように見える。

 

「……俺から聞いた方が良いか? 『あの二人は誰だ?』って」

「……流石に気づくわよね」

「まあな。気にするな、って言う方が無理な話だな」

 

 目の前で周囲を気にせず膝から崩れ落ちているのを見れば、誰でも心配するだろう。

 アリスは少し口をモゴモゴとさせると、ハァーと息を吐いた。

 

「……実はね、アリス・クリスティーナは本名じゃないの」

「は?」

 

 質問に対して脈略のない答えが返ってきて快人は怪訝(けげん)な顔をする。

 

「『アリス・クリスティーナ』という名前の『私』は厳密にはこの世には存在しないの」

「どういう意味だ?」

「私の本当の名前は──『アデレード・クリスティーヌ・ルブラン』」

「ル、ルブラン……? って、あの小説家の?」

 

 快人はその苗字を聞いて、著名な小説家を思い浮かべたようだが、アリスは笑って首を振る。

 

「いいえ、違うわ。快人が考えてる名前じゃない。それにフランスじゃ『ルブラン』は決して珍しい名前じゃないのよ?」

 

 そう言うとアリスは寂しそうな顔をする。

 

「ゾルークが付けてくれたの。『アデレード』は英語で対応する『アリス』に。『クリスティーヌ』は『クリスティーナ』にね」

「そうだったのか。玄武荘でフランス人だって言われるまで、ずっとアメリカ人だと思ってた」

「そう錯覚させるためよ」

「誰に?」

「奴に、よ」

「ジャックに? どうして?」

「アイツは私の……私のパパの(あだ)だから」

「……なんだって?」

「聞く? 私の幼い頃の話」

 

 快人は一瞬目を泳がせると頷いた。

 

「私はフランスの貧乏な家の一人娘として生まれた。ママは私が五歳の頃に、たまたま散歩中に出くわした強盗の一人に、私が撃たれそうになったところを(かば)って……撃たれたの。目の前でね」

「……そうだったのか」

「強盗はその後、捕まったらしいけど、幼い私は血(まみ)れのママを抱きしめて、その体温が冷たくなっていくのを感じながら……看取った」

 

 五歳の子供には(むご)すぎる経験だ。

 

「それからはパパとの二人暮らし。ママがいないことは時折私を傷つけたけど、パパがいてくれたから生きてこられた。そして、その日しのぎの仕事を探して各地を転々とする中、ある田舎町の小さな博物館の警備員の仕事を見つけてきた。パパにとっては久し振りの定職だったわ。でも、それから数カ月が経った、あの夜……」

 

 二十数年前の深夜のとある町の博物館にて。

 一人の警備員が博物館の中を巡回をしていた。彼はついさっきまで見ていた防犯カメラに不自然な人影を見た気がしたからだ。

 実はこの博物館には最近、かつて一帯を統治していた地主の屋敷から発見された、この地域原産のサファイアが展示されていた。だが、田舎町だからそこまで人数を()けるわけではないからか、大体昼は二、三人。閉館後の夜勤は一人が巡回という形を取っていた。その夜勤にアリスの父親が手を上げたというわけだ。

 さらに最近「ゾルーク」という名の強盗がフランス各地の博物館に押し入っては宝物を盗み、時には死者を出しているということで、決して楽観視出来る状況ではなかった。

 ところで博物館にはアリスの父親以外のもう一つの影があった。

 それは娘であるアデレードだ。彼女はすでに十歳を過ぎていたとはいえ、深夜の家代わりの警備員宿舎にいるのは彼女の一家くらいだった。

 だが、この時は胸騒ぎがしたのか、出ないように言いつけられていたにも関わらず、父親を呼び戻すために博物館の中に入っていたのだ。

 小さいとはいえ平均的な体育館二つ分ほどの広さに細かくスペース分けされて、なおかつ非常灯の明かりしかない中を懐中電灯もなしに歩き回るのは、彼女にとって大冒険と差し支えなかった。時折、生物の標本や蝋人形に悲鳴を上げそうになりながら、なんとか中ほどまで歩いてきた。

 

『パパ……』

 

 だが、とうとう心が折れてしまったのか、アデレードは目に涙を溜めながらその場にうずくまる。

 やはり宿舎で待っている方がよかったと後悔しながら、ただひたすら父親が自分のことを探し出してくれるのを待っていると。

 

『大丈夫かい?』

『キャッ……!』

 

 後ろから声がして思わずアデレードは肩を震わせる。父親のものではない声に、アデレードはゆっくりと振り向くと、そこには──洋服を着た壮年のアジア人が立っていた。

 柔和な顔を見せる男は、心配した様子でアデレードを見ている。

 

『あなた……誰?』

『私は……東条。ゾルーク東条』

 

 ゾルーク東条こと東条来蔵は──団藤家仕込みの──流暢(りゅうちょう)なフランス語で答えた。

 

『“ゾルーク”? ってあの……?』

 

 その名前を聞いたアデレードが怯えた様子で後ろに下がる。

 噂に聞いていたのだろう、強盗まがいの行動も辞さない盗賊。

 だが、アデレードには目の前の人物がそんな噂が当てはまる人物には見えない。ただのアジア系の老人。それがアデレードの第一印象だった。

 

『あぁ……どうやら私の偽物が悪さをしているらしくてね。調べに来たんだ』

 

 来蔵はその噂に迷惑しているといった様子で言った。

 

『それより、君は何をしているんだ? こんな暗い博物館の中で』

『……パパを……』

『パパ?』

『パパを探してるの……』

『そうだったのか』

 

 来蔵は考えを巡らせているのか、少し黙り込む。

 

『私も一緒に探そうか?』

『えっ?』

 

 アデレードにとっては思いがけない提案。

 

『もちろん君がよければ、だが』

『…………』

 

 知らない相手にはついていかない。それは日本でも、フランスでも教えられていることだろう。

 だが、アデレードの直感は、この老人を信用してもいいのではないかと働いた。

 

『……うん』

 

 アデレードが恐々としながら頷いた。

 

『よし。じゃあ早速パパを探そう』

 

 来蔵はアデレードの手を握り、一緒に奥へと進む。

 本来ならば汚名をそそぐ方を優先するべきなのだろうが、この時の来蔵は少女を一人ぼっちにさせておくのは忍びないと思ったのだろう。父親を見つければ後は姿を消す。彼女は一時の幻を見ていたと思わせておけばいい、そんなふうに思っていたのかもしれない。

 

『君の名前を聞いていいかい?』

『……アデレード』

『アデレード、いい名前だ』

『おじさんは日本人?』

『そうだ』

『日本人で“ゾルーク”って名前なの?』

『いや、私の恩人からもらった名前だ』

 

 来蔵は笑いながらそう答える。

 

『……ふーん。ここには宝石を盗みに来たの?』

 

 アデレードはこの博物館で目ぼしい物と言えばそれくらいしかないと思ったのだろう。

 来蔵はその質問に苦笑した。

 子どもの好奇心や興味、そしてオブラートも何もないストレートな質問は、時に恐ろしいものだ。

 

『いや。予告状も出していないしな。今晩は君のパパを見つけたら退散──』

 

 突然話を区切った来蔵の顔つきが険しいものに変わっていく。

 

『どうしたの?』

『静かに』

 

 不思議に思ったアデレードが尋ねようとするのを、来蔵が止めた。

 見ると話をしていた宝石が展示されている博物館の奥を凝視している。さらにそこから声が響き始める。見れば二人分の影が対面する形で伸びている。

 

『お前何をしている!』

「邪魔をするな」

 

「日本語」で返した相手に向かって、片方から拳銃らしき影が伸びる。

 

『……パパ?』

 

 アデレードは片方の声が父親の声だと気づいたようだ。

 

「…………」

 

 来蔵はもう一方の声に眉をひそめる。

 

『……パ──!』

 

 駆け寄ろうとするアデレードを来蔵は急いで口を手で塞ぎ、シーっと指を立ててハンドサインを出す。

 

『ここで待ってなさい』

 

 来蔵は真剣な顔でそう言うと、アデレードを展示エリアを区切る仕切りの陰に隠そうとする。

 

『……でも……!』

『パパが危険なんだ……絶対に動くんじゃ──』

 

 バン! ──突如、破裂音が辺りを引き裂くと銃を構えていたはずの父親と思われる方の影が倒れた。

 

『パパ‼』

 

 アデレードは叫ぶと来蔵の静止を振り切り、形振り構わず飛び出して撃たれた父親に駆け寄ってその手を握る。

 

『パパ‼』

『ア、デ、レード……? どうして、ここに……』

『パパ! パパ! 死なないで!』

『ああ……アデレード……す、まない……』

 

 そして、アリスの父親は娘の顔を焼き付けるように見つめながら頬を撫でると目を閉じ──二度と開くことはなかった。

 

「それが私とゾルークの出会い」

「……辛かったろうな。それから?」

 

 そこでアリスが口をつぐんだ。

 

「それで?」

「──ない」

 

 アリスがつぶやく。

 

「え?」

 

 聞き取れなかったらしく快人が聞き返す。

 

「覚えてない!」

「は? 一番大切なところだろ? なんで覚えてないんだよ」

「あのね! 銃にトラウマを持った女の子が、目の前で父親が撃たれて平静を保っていられると思う⁉ 気づいたら片足が血だらけになった、ゾルークが運転する車の中にいたわよ! 悪かったわね! 親が撃たれて失神するような女の子で!」

 

 流石に物言いが頭にきたアリスに(まく)くし立てるように言い放たれ、快人はタジタジになる。

 

「いや、別にそこまで──って足が『血だらけ』?」

「えぇ、互いに撃ち合いになって、ゾルークは一発が足に当たって、奴には胸に当たったらしいけど……見てないわ」

「……じゃあ、アレは……」

 

 快人は眼魂に刺さっていたあの弾頭のことを思い返す。

 

「えっ?」

「いや、なんでもない。で?」

「それからの私は二択を迫られた。『このままフランスに残って孤児院に入るか』、『このままゾルークと一緒に日本までついて行くか』」

「よくそんな選択肢が出たな。普通は施設行きだろ」

「ゾルークもそう考えてたみたい。だけど私が復讐のために奴にまた狙われる可能性を考えると、むしろついて行った方が安全かもしれない……結局、ゾルークは私に判断を(ゆだ)ねた」

「結果は?」

「ここに私がいることがその証明」

「後者ってわけか」

「えぇ。当時、ゾルークは五十代後半で息子、つまり快人の父親の陸さんはもう成人してたみたいだし……仲はよくなかったって聞いてるわ。だからそこら辺のことは気にしないでよかったみたい。足の怪我から本格的に引退も考えてたみたいだから、養子じゃないけど、後継者か孫が欲しかったのかしらね。その気なら、私をルパンにしたかったのかも」

 

 アリスはそう結論を出したようだが、本人は語らなかったらしく今では真相は闇の中だ。

 

「……親父からはそこら辺のことは聞いてねぇな。言われてみれば両親が火事で死ぬ前は、たまにしかじいちゃんは会いに来なかったし。ルパンの武勇伝を聞くのは、じいちゃんに引き取られてからだったからな。まあ当時はこうなるって想像もしてなかっただろうし」

「そう。ともかく私はゾルークに引き取られてから、名前を変えて日本に来て、さまざまなことを覚えた。日本語はもちろん、盗みのテクニックや、銃もね……」

 

 アリスは自虐気味にフッと笑った。

 

「ゾルークは私にとっての恩人で英雄だった。恋も……していたかもね。傍にいてくれるだけで頼もしかった。でも、それでも恐怖はつきまとった。血だらけの両親が現われる悪夢を何度見たことか……」

 

 アリスは快人に目を向ける。その目は卑屈に満ちていた。

 

「……快人。あなたが師匠にしていた女はね。あなたの英雄を引退に追いやり、年は取ったけど心は十代の臆病な少女のままの女。恐怖にはやせ我慢をしてやってきただけの、ゾルークには到底及ばない小娘なのよ……今でもね」

 

 そして、アリスは目に涙を溜め「幻滅したでしょ」とつぶやく。

 快人は少しの間を置いて、「いや」とアリスの目を見て言った。

 

「たとえ言ってることが事実でも、今のアリスは俺にとっての師匠だぜ」

 

 アリスはそうあっけらかんと答える快人に目を丸くする。

 

「ありがとな、アリス。俺をルパンにしてくれて」

 

 笑みを浮かべた快人は「それに」と言って立ち上がる。

 

「俺はアリスの両親が恨んでるとは思わないけどな」

「……どうして?」

「簡単だよ。自分の命を掛けてまで守った娘を恨む親はいない。そんなアイツみたいに器の小さい人達じゃないさ。案外、アイツの方が過去に(すが)ってるのかもな」

 

 ──安心しろアリス。自分の子供を恨むような親はいない。特にお前のご両親がそんな方じゃないと俺は信じてる。

 

 アリスは少女時代に悪夢を見た時、来蔵が眠るベッドの傍で手を握って言っていたことを思い出す。

 

「そう、ね……」

「あぁ、今だってアリスを愛してくれてるはずだ。少なくとも俺は、親父と母さんがそう思ってくれてる、って信じてるけどな。まあ、ここまできたら最後は気の持ちようだけど」

 

 快人は照れたように頭を掻くと、肩を寄せ合うほどのところに座った。

 アリスはその言葉を聞き、心の整理が少しついたのか穏やかな表情を浮かべている。

 

「……merci beaucoup(ありがとう)

「いいや、別に。互いに自分の素の話が出来たし。これが『裸の付き合い』ってか?」

「馬鹿ね。快人に見せるほど私の体はまだまだ安くないわよ」

「何言ってんだ。それなら俺もだよ」

 

 自分の体に自信があるのか余裕を見せる。

 

「もう見たわよ」

「あっ、そうか……。そう言えば、さっきの『裸云々』の件とか、互いに裸になったこと、優奈には絶対言うなよ」

「考えとくわ」

 

 二人は話すのを止めると、どちらともなくクスクスと笑った。(つか)の間の安寧(あんねい)の時が流れる。

 

「でも、それもお仕舞いね」

「なんで?」

「全部奴の手に渡ったから」

 

 アリスのその言葉に快人はまた笑いだす。

 

「何よ?」

 

 快人は立ち上がるとゴルドルパンに掛けてあったジャケットのポケットに手を入れる。

 

「何してるの?」

「いいや。勝負はまだ、ついてないぜ。ほらよ」

 

 快人の手にはなんとあの部品の一つがあった。

 

「それ……! どうして……⁉」

「いや、実はあの時……」

 

 快人はバツが悪そうに話し始める。

 

 ジャックは大黒真珠と石板を組み合わせた──何も起こらない。

 

「……? 何故だ! 何故何も──!」

 

 ジャックの反応が仮面をつけた顔を見ずとも驚いていることが、見て取れる。

 

「……やっと気づいたのかよ?」

「一つ足りない……だと?」

 

 本来、四つあるはずの一角がなくなっている。

 

「馬鹿な! そんなはずはない! これは確かにすべて揃っていたはずだ⁉」

「誰が『なんの才も持たない』だって?」

 

 その問いに快人はゆっくりと手を開ける。その手にはジャックが探し求めている最後の一つが握られていた。

 

「ま、まさか。ありえん……あの状況でだと?」

「盗みのテクニックなら、じいちゃんから叩き込まれてるよ……」

 

 今度は快人が笑みを浮かべる。

 

「まさか撃たれたのって」

 

 そこまで聞いたアリスが呆れた目で見る。

 

「あぁ……それで奴がキレて、撃たれた」

 

 バン! ──快人の胸に衝撃が走る。見ればジャケットの左胸に穴が開いている。

 

「私はゾルークとは違う。目的のためならば、手段は選ばん……!」

 

 ジャックは黄金のルガーを握って、嚙み殺すように言った。

 

「……そう、かよ……でも」

 

 快人は小声で息が止まりそうになるのを堪えながら窓際に寄る。

 

「アン、タの、思い通り、には……させないぜ……」

「っ⁉ 止めろ!」

 

 快人は窓に腰かけると後ろに体重を掛ける──自ら冷たい川へと落ちていった。

 

「馬鹿ね……」

「まあ、その面目(めんぼく)ないと言うか、なんと言うか……」

「でも、これでイーブンね──」

 

 ビュン! ──なんとか対等に持ち込めたと考える二人の前を黒い影が横切る。

 

「……今の何?」

 

 見れば至る所に大小様々な黒い影が飛び交っている。だが目的地は同じようで一斉に同じ所に向かっていく。どうやら団藤邸を目指しているようだ。

 

「まさか、幽霊か? ……とりあえず服着て、高い場所から様子を見よう」

「そうね」

 

 二人はいくらか乾いた服を身につけ、ゴルドルパンに乗り込む。湖を大回りし、玄武荘から見えていた山崖に辿り着く。

 そこから二人はスコープと望遠鏡で様子を伺う。その間にも二人の上や間を通って影が屋敷へと向かっていき、植物園の辺りをグルグルと回っている。

 

「嫌な感じだ」

「屋敷の人は誰も気づかないのかしら?」

「……逆かもな」

「どういう意味?」

「俺たちがこれを見えてるのは、俺たちがあっち側に近づいてるから、だとしたら?」

「まさか料理が美味しく感じたのも。お風呂が温かくなったのも……」

「実はアイツと戦った時、経験がある感覚がした。シーフとやりあった時と同じ感覚」

「無気力感?」

「あぁ、上手く力が出ない感じ。きっと原因はあの大黒真珠だ。あれが俺たちの生命力を吸い取っていたんだ。言ってたろ『命を操れる』って」

「じゃあ、今のこの状況は……」

「大黒真珠が霊的なエネルギーも吸い込んでるんだ。人間も動物も命があった物すべてな。今までは屋敷の中くらいで済んでたけど、俺たちの生命力で今じゃ周りの山岳地帯にまで範囲が広がった。そうなると?」

「次は街ね」

「あぁ、そこまで行けば一気に生命力の吸い上げと範囲が広がるだろうな」

「そうなれば、いつかは日本から、世界に……」

「そうなる前に止めないと」

「これから、どうするの?」

「……ケリつけるしかないだろ」

「どうやって?」

「行くしかねぇさ。奴は待ってても勝てる。俺たちが倒れた後にこのパーツを取りに来ても、なんの問題もないんだからな」

「……何する気?」

 

 アリスは嫌な予感がしたのか、顔を(しか)めた。

 快人はスコープを正門に向ける。今は誰も立っていない。

 

「わざわざ相手が招いてきてるんだ。やることは一つだろ?」

 

 不敵な笑みを浮かべ立ち上がるとゴルドルパンに向かう。

 

「……まさか、『また』出たとこ勝負する気じゃないでしょうね?」

 

 以前にも何か経験があるのか、どうかこの予感が当たらないように、と言った様子でアリスもゴルドルパンへと足を向けた。

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