小説 仮面ライダールパン   作:竜・M・美日

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 ゾルークとジャックの因縁。


第15幕 真相/因縁の戦い

 (まばゆ)い閃光に包まれた快人は目を閉じる。

 なんの感覚もない。痛みすら感じなかった。

 

(俺……死んだのか?)

 

 もしかしたら目の前に頭がない自分の体があるかもしれない。

 そんな嫌な予感を感じながら、快人は恐る恐る目を開けた。

 

「えっ?」

 

 快人が素っ頓狂(とんきょう)な声を上げた。

 それもそのはず景色が様変わりしている。草木が()い茂る中庭から、洋風の絨毯(じゅうたん)が敷かれた大広間に変わっていた。

 

(……アルセーヌ城の食堂か?)

 

 中央に置かれていたテーブルこそないが、確かにそこは普段食事をとっている居城の食堂だった。ただ若干、風景が魚眼レンズで撮るように歪んでいた。

 

(どうなってんだ?)

 

 困惑する快人をよそに拍手が聞こえてくる。

 

「誰だ──うお⁉︎」

 

 振り返ると、そこにはファントムが使っていたパーカーゴーストを羽織った、目の部分が赤く──デフォルメされていて可愛げすらある──胸に人魂のような紋章が刻まれた黒い人形(ひとがた)が、椅子に座って足を組みながら快人に拍手を送っていた。

 

「間一髪だったなぁ。快人。よくやった」

「……じいちゃん?」

 

 声から正体を予想する快人。

 

「そうだ。久しぶりだな」

「本当にじいちゃんなのか?」

 

 快人の問いに来蔵と思わしき存在は少し逡巡(しゅんじゅん)した後、頭を下げた。

 

「……あのビルでの件は本当にすまなかった。あの時、お前たちには、ああ言わないと俺の決意が揺らぎそうだったんでな」

「じいちゃん、なんだな……」

 

 複雑な表情を浮かべながら、快人は目の前の存在が祖父であると確信を持つ。

 ルパンゴースト改め、東条来蔵は不甲斐なさそうにマント部分を持ち上げて自身の体を見せる。

 

「情けない話だ。自分の幻想に歯止めがきかなくなった結果が、このザマだ。ルパンの名が泣く」

「そんなことねーよ。そりゃあ、俺も最初は腹が立ってこっちから絶縁したけどさ……。でも、それがじいちゃんが欲しかった『最後の宝』だったんだろ? 今ならじいちゃんの気持ちも分かる気がする」

 

 その言葉に来蔵は照れ臭そうに笑い声を出すと、「ありがとう」と言った。

 本来ならあり得ない状況だが、二人が直接和解出来た瞬間だった。

 

「じゃあ、今のじいちゃんは幽霊か?」

「そうだなぁ。死んだ以上そうとも言えるし、ジャックが俺を眼魂で実体化させたというのも正しいのかもな」

「そうか……」

「まあ、立ち話もなんだ。座ったらどうだ?」

 

 来蔵は手を向けて座るように(うなが)す。

 

「いや、座れったって、椅子なんて──あれ?」

 

 気づけば快人の背後に椅子が置かれていた。首を傾げながら言われた通りに腰を掛ける。

 

「さて、何から話そうか。いや、何が聞きたい?」

「そりゃあ、あの野郎との話」

「……そうだな、ジャックとの因縁の話をするか。アリスからはどこまで聞いた?」

「相棒だったって話と、じいちゃんと会った後に父親が撃たれたショックで気絶したところまで」

「そうか。やっぱり覚えてなかったか」

「何があったんだ?」

「……危機一髪の連続、かなぁ」

 

 それから来蔵は語り始めた。過去に何が起こっていたのかを。

 

 場面は一九九〇年代。フランスのある田舎町の博物館にて、アリスが気絶した直後のこと。

 ジャックはアリスの父親を射殺するなり、なんの躊躇(ためら)いもなくアリスに銃口を向けた。

 ジャックの使う銃は「スタームルガー・ブラックホーク」。俗に言うリボルバー式拳銃だ。

 おそらく眼魔世界の住人である彼も丸い物──回転するシリンダー──に()かれて使っていたのだろう。

 ともかく、それを見た来蔵はすぐにスライディングの要領で床を滑りながら、アリスを抱えると射線に入らない所に(もた)れさせる。

 ひとまず安全な場所に移動させられたことに、ホッと息を吐く来蔵はゆっくりと陰から出ると、金色の仮面から出ている口をニヤケさせるジャックから十メートルほどのところで対峙した。その目には怒りが見える。

 

「久しぶりだな、ゾルーク。随分と老いたな」

「……あぁ、俺ももう六十手前だ」

「ハッ! 相変わらず人類の体は不便だ──」

 

 ジャックの言葉が切れる──来蔵が懐からゆっくりとゴールドメタリックのルガーP08を取り出し、銃口を向けたからだ。

 

「能書きはいい。フランスまで来て『ゾルーク東条』の名前を使ったのは、俺を誘い出すためか?」

 

 来蔵は語気を強めて尋ねた。

 ジャックから笑みが消え去り、代わって威嚇するように歯を剥き出しにする。

 

「当然だ」

「何故だ」

「理由を聞くのか? お前が!」

 

 ジャックもかつての相棒にブラックホークを怒りに任せて構えた。

 ()しくも──(つづ)りは違うが──「ルガー」の名がつく銃同士が向けられ合う。

 

「なら教えてやろう! 私のたった一つの宝を、お前に(ゆだ)ねた結果が、あのザマだったからだ!」

 

 その怒りの言葉に、来蔵は少し悲し気な眼差しを向ける。

 

「……妻の──クラリスの……(やまい)は手の(ほどこ)しようがなかった。だからこそ……彼女は自分の意思で、安らかな最期を選んだ。気高い行為だ」

「気高い⁉︎ 死を選ぶことが気高い行為だと⁉︎」

「人は必ず死ぬ。それが俺たちの世界の摂理(せつり)だ」

「理解出来ん!」 

「当然だ。お前と俺たちじゃ、永遠に相容(あいい)れない価値観だ」

 

 来蔵の言葉に、地球と眼魔世界が違うことをはっきりと認識させられたのか、ジャックは怒りで身(もだ)える。

 

「……この、愚かな、下等生物が‼︎ 私なら彼女を救えた! 救えたのだ! 今からでも眼魂システムを応用すれば、クラリスを蘇らせることなど造作もない!」

 

 その発言に、再び来蔵の目に冷えきった怒りの火が灯る。

 

「やめろ。彼女はそんなことは望んでいない。それでも、クラリスの尊厳(そんげん)を傷つける気なら……許さんぞ。俺はお前の命に対する考えの軽さには、辟易(へきえき)してたんだ」

「それはこちらのセリフだ! ゾルーク! 私はお前のその偽善者振りには、呆れて物が言えなかった! そんな優しさ(偽善)など反吐(へど)が出る!」

「……貴様だけは、容赦せん! 『ゾルーク東条』の名を(けが)した重み……身を()って味わってもらおう!」

 

 その言葉が銃撃戦の合図となった。

 先に仕掛けたのはジャックだ。隠れる必要はないと全身を(さら)しながら、シングルアクションのリボルバーをツーハンドで連射する。

 一方で来蔵は銃弾を避けながら、素早く傍の展示棚を倒して遮蔽物にして、そこから応戦する。

 だが、来蔵は厳しい戦いを()いられることになった。

 二人が使う銃はそれぞれ9ミリ弾が使用可能だが、ジャックのブラックホークはそれに加えて357マグナム弾が使用できる。威力が違いすぎるのだ。

 来蔵が身を隠している棚に綺麗な丸穴が開いていく。

 

「くっ……!」

 

 撃ち抜かれた展示棚の破片が来蔵に襲い掛かる。

 

「お返しだ……!」

 

 だが、来蔵もやられっぱなしではない。いくつか開いた穴に銃口を押し当てて引き金を引く。ジャックの肺の辺りに当たる──がそのまますり抜けて背後の壁に穴を開けた。

 

(やはり、一筋縄ではいかないな……)

「フハハ! 私は不死だゾルーク! 分かっているだろう!」

 

 銃声が止まった。撃ち尽くしたらしく、ジャックが弾丸を入れ替え始める。

 ブラックホークは、次弾装填をするためにはローディングゲートをオープンし、シリンダーを回転させて、銃に取り付けられたエジェクターを押して、弾を排莢しないといけない。

 つまり、ややこしい行程をこなして弾丸を装填しなければならないため、その間はジャックは無防備にはなるが、先ほどの通り撃っても意味はなさなかった。

 来蔵は背後を見た。アリスはまだ目を覚まさず、グッタリとしている。

 

(この少女もいる……場所を移すか。だが、どこに……。む……)

 

 辺りを見回した来蔵は、ある展示物を見つけた途端に展示棚や他の展示物を倒しながら走り出した──壁に立てかけられた甲冑の所まで辿り着く。すぐに鎧に穴が開く。

 

「何をしているゾルーク! そうやってコソコソ逃げ回るのが『伝説の怪盗』の姿か!」

「本当なら怪盗は銃撃戦をやったりはしないさ! くっ!」

 

 銃弾を避けるため壁にピッタリと張り付いていると、顔面スレスレのところを銃弾が飛んだ。

 それが後ろにあった照明に直撃して砕けた。その弾みで火花が散り、それがあらゆるところに燃え移り始めた。

 

(マズイ!)

 

 出来るなら今すぐにでも消火したいところだが、不用意に体を晒そうものなら、あっという間に蜂の巣にされてしまうだろう。

 結局、消火に関しては手をこまねいていることしか出来ず、早急に決着をつけないとジャックが手を下すまでもなく、焼け死んでしまうことになる。

 

「どうやら時間はあまりなさそうだな、ゾルーク! 火に巻かれて死ぬ前に認めろ! 脆弱(ぜいじゃく)なお前たちより、永遠の命を持つ我々、ガンマの民こそが上位であり救いの存在だと!」

「お断りだ! 不老不死なんて、所詮、幻想だ! それに妄信して、ろくでもない目に遭った連中を、何人も知ってる! 案外、お前の使っている力も、欠陥があるんじゃないか?」

「馬鹿を言うな! 我々の眼魂システムは完璧だ! 二千年の歴史がそれを証明している!」

(二千年……。「経年劣化」でも起こすんじゃないのか)

 

 実は来蔵のこの懸念は案外、的外れではない──だが、それは別の話のため割愛(かつあい)する。

 その後も、数分の撃ち合いが続く。

 はっきり言って来蔵の勝ち目は薄い──ほぼ負けが確定していた。

 当然、来蔵もジャックの不死性は知っていた。実は弱点があるかどうかさえも知らない。

 だが、ただ一つだけ、実はか細く小さい逆転のチャンスはあると考えていたのだ。

 

(時間がない! やるしかない!)

 

 来蔵は甲冑に目をやる──添えられていた剣を引き抜くと、ジャックに向かって力の限りに投げつけた。

 

「はぁっ‼」

 

 狙いは正確で見事にジャックの心臓部分に直撃するが、本人は余裕を見せている。

 

「学習しない奴だ。この程度で私を倒せると思うのか!」

 

 一瞬ジャックの体が揺らぐと、体から剣がすり抜ける──金属音を立てて床に落ちた。

 

(!)

 

 それを見た来蔵は、右手に握ったルガーのマガジンを入れ替えると、左手に同じく飾られていた盾を持って突貫していく。

 

「馬鹿め! 血迷ったか!」

 

 両者はほぼ同時に銃を構えると、それぞれ発砲する。

 

「ぐあっ!」

 

 ジャックの放った弾丸は、来蔵が持つ盾で直撃はしなかったものの射線が()れ足に当たる。その拍子にルガーを手離してしまう。

 

「ハッ──ぐ、うっ⁉︎」

 

 一方でジャックは余裕の表情から一転、驚いた顔で胸に手を当てる。

 

「うっ、ぐ、ぐっ……⁉︎ ゾ、ルーク……貴様、何を……⁉︎」

 

 ジャックが手を体に突っ込むと、自らを実体化させるための眼魂を取り出す。そこにはルガーの弾頭が埋まっていた。

 それも通常弾ではなく、より強力なホローポイント弾だ。

 この弾丸は本来なら直撃すれば弾頭が開くのだが、眼魂の材質が特殊だったためか元の形のままで刺さっていた。

 

(……ありえん! どうやって眼魂の位置を……⁉︎)

 

 そこでジャックはハッとする。

 

(まさか……さっきの剣か⁉)

 

 自らの優位性を誇示するために、力を使ったことが(あだ)となったようだ。その瞬間、来蔵からは眼魂の位置が摑めたのだ。

 そのことを思いつくまで、十分な隙を与えてしまったジャックは、足を撃ち抜かれつつも立ち上がった来蔵に接近を許してしまった。

 

「くっ⁉」

 

 来蔵は痛みで歯を食いしばりながら、ブラックホークを摑み奪い取ろうとするが上手くいかない。

 

「邪魔だぁ!」

 

 ジャックも奪われまいと撃鉄を起こして引き金を引く──発砲音が鳴らず金属音を立てるばかり。見れば、来蔵がシリンダーを握っているため、弾丸が装填されている側に回転しないのだ。

 

「離せ、ゾルーク‼」

「うっ……⁉」

 

 まだ眼魂の効力が働いているのか、ジャックは来蔵の体を持ち上げ必死の形相(ぎょうそう)で投げ飛ばす。

 

「うっあぁぁ⁉」

 

 来蔵は──激しい銃撃戦の中でも原型を留めていた──ガラス張りの大型のショーケースの上でバウンドし、床に転げ落ちる。

 それを見たジャックは床を踏みしめながらショーケースの前まで進み、来蔵を狙うには邪魔だったのか力任せに左手で退()かすと、倒れ伏す仇敵(きゅうてき)に銃口を向ける。

 今度こそ撃鉄を起こし引き金を引く──前に、倒れていた来蔵がジャックに向かって体を素早く(ねじ)ると、懐から凄まじいスピードで何かが飛び出した。

 目にも留まらぬ速さで出てきた、それ──黒色の一本鞭の先端が鋭い音を立てて、ブラックホークのバレル部分に巻き付く。

 

「⁉」

 

 思いがけない攻撃に、一瞬、ジャックが怯む。

 鞭で銃を巻き取った来蔵は再び全身を(ひね)り、腕を大きく振りかぶってブラックホークを炎に向けて投げ飛ばした。ついでに遠心力で銃を握っていたジャックが床に引きずり倒される。

 パァン! パンパン!──弾丸に使われている火薬に引火する音がした。シリンダー内で爆発したならば、もうブラックホークは使い物にならないだろう。

 来蔵は足の痛みに(こら)えながら立ち上がり鞭を仕舞いつつ周囲を見回す。

 すでに展示室全体に火が回っている。

 

(いかん。建物がもたない……!)

 

 アリスもいる。なんとしてでも脱出しなければならない。

 

(何か……何かないのか……。アレは……)

 

 見ると──まだ火がついていない──天井まで掛かる緞帳(どんちょう)が残っていた。さらに運のいいことに、傍には外に通じているであろうステンドグラスもある。

 来蔵は目星を付けた緞帳を目で追っていく。

 天井に取り付けられた滑車にロープが通されており、そのロープを固定するための留め具が幸運にもアリスの傍にあった。

 

(アレだ!)

 

 来蔵は炎が舞う中、足を引きずりつつアリスに駆け寄り、抱きかかえると唯一の脱出ルートとなったロープに向かう。

 

「ゾルーク、貴様ぁ……!」

 

 ジャックはその後ろ姿を愛銃を壊されたこともあってか、憤怒の目で見る。逃がすまいとした時に、足元に来蔵が取りこぼしたルガーが落ちていた。それを拾い上げると、すぐさま来蔵に向ける。

 一方の来蔵は左手でロープを握り、右脇にアリスを抱えながら、留め具を外そうと撃たれていない方の足で蹴り壊していた。

 ズドン!──発砲音と共に来蔵の動きが止まる。

 しかし、体には当たっておらず、見れば太いロープに穴が開き、その穴の先の壁にはホローポイント弾が突き刺さっていた。

 

「チッ、外したか……!」

 

 ジャックが悔しそうに言った途端、緞帳の重さに耐えられなくなったロープ──というより二本の細い糸が引きちぎれる。

 支えがなくなった緞帳が降ちるのに対して、来蔵達が見る見るうちに天井まで上がっていく。

 その間もジャックは撃ち続け、二人の傍を弾丸が掠めていくが直撃することはなかった。

 そして、天井まで登りきると狙い通りステンドグラスの横に辿り着いた。

 

「……よし」

 

 来蔵は振り子の要領でロープを揺らしながら、ステンドグラスに蹴りを入れる。何度目かでステンドグラスを蹴破ることが出来た。

 炎で熱かった室内から一転、夜の肌寒い外に粉々になったガラスをまき散らしながら飛び出した二人はテラスの上に落ちる。

 

「……イテテ」

 

 足を抑えながら来蔵は抱えていたアリスに声を掛ける。

 

『……おい、大丈夫か?』

 

 反応がない。慌てて首筋に手を当て脈などを確認するが、別段変わったところはなかった──アリスはまだ気絶していた。お陰で下手に煙を吸わずに済んだようだ。

 

「ずいぶんと豪胆だな──うっ⁉」

 

 そう苦笑している来蔵は、いきなり襟首を摑まれるとステンドグラスがあった窓枠に押しつけられた。

 

「ぐっ!──ジャック……⁉」

「逃げ切れた、とでも思ったのか……!」

 

 下にいたはずのジャックが目の前にいた。

 

「あの程度の壁を登ることなど、私には造作もない!」

 

 仮面の下から覗く口が怒りで歪み切っている。

 来蔵もなんとか抵抗しているが、今にもステンドグラスから下に落とされそうだ。

 

「これで終わりだ! ゾルーク!──うぐっ!」

 

 まるで地獄のような様相を呈している建物の中に来蔵の半身が出かかったところで、ジャックが苦しみ始める。

 体が揺らぎ、その中からアリスの父親の姿が見えた。どうやら咄嗟に依代(よりしろ)にしたようだが眼魂の不具合からか憑依が上手くいっていないようだ。

 

「くそっ! 面倒だ! これで引導を渡してくれる!」

 

 不自由になった自身の体に痺れを切らし、ジャックはルガーを取り出そうと懐に手を突っ込む。

 

「っ⁉ う……うごけ、ん……!」

 

 そこでまた眼魂の調子が悪化したのか、数秒間その体勢のまま動かなかった。

 

(今だ!)

 

 またとないチャンスに抑えつけられたままの来蔵は上着の(そで)のボタンを触った。

 袖口から大量のトランプが飛び出し、ジャックの顔面目掛けてばら撒かれていく。

 

「ぶわっ⁉ や……めろっ!」

 

 再び動けるようになったジャックが、思わず手を離してそれを払い退けた。

 

「目くらましのつもりかっ!」

 

 その瞬間、周りが見えていないジャックの横をすり抜けて、来蔵が背後を取ると右手を強く握って構える。

 

「ジャック」

 

 その声に慌てて振り返るが、もう遅い。

 

「お前とは……永遠にコンビ解消だ!」

 

 付けていた仮面が外れるほどの来蔵の強烈な右ストレートがジャックの顔面に直撃した。

 

「ぶはっ⁉」

 

 殴られた勢いで窓枠に顔面を強打する。

 

「ぐふうっ⁉︎ ぅっうわあああぁあぁぁ……!」

 

 そのまま体勢を崩すと、窓枠を越えて燃え盛る炎の海へと姿を消す。

 来蔵はその一部始終を見て、「……さらばだ。相棒」と寂しそうにつぶやいた。

 だが、それ以上、感傷に(ひた)る暇はなかった。炎が建物全体を燃やし尽くしつつある。

 来蔵は再びアリスを抱えると、急いで辺りを見回す。

 

(見つけた!)

 

 二人の場所から三メートル辺りの壁に旗を垂らすための横棒が取り付けてあった。

 来蔵はすかさず懐から鞭を取り出し、横棒目掛けて振るう。狙い通りに巻きつくと出来る限りの助走をつけて飛び降りる。

 サーカスの曲芸のように建物を半周ほど周りながら宙を舞う。ところが地面に近づくにつれて気づいたことがあった。降りるのにはまだ高さが若干足りなかったのだ。

 

(仕方ない……)

 

 来蔵は鞭を解くと迷いなく一メートルほどの高さから飛び降りた。

 

「うあっ……!」

 

 だが片足だけでは踏ん張りきれなかったため地面に転げ落ちる。

 

「……(とし)だな」

 

 来蔵は自嘲気味に言いながらアリスを抱え直し、足を引きずりながら博物館の裏手に回る。

 そこにはそれなりの大きさのイベントの告知用の縦看板があった。

 その裏側に、ステンレスのボディを輝かせる来蔵の愛車、デロリアンが停まっていた。

 ガルウィングを開け助手席にアリスを寝かせると、来蔵も運転席に座る。

 キーを回しエンジンを掛けた──すぐにエンジンの回転数を示すタコメーターが「0」を指した。

 

「……おい、おい。嘘だろ。こんな時に……!」

 

 何度かキーを回すがヘッドランプが点滅するだけで、エンストを起こしている。

 余談だが、さまざまな理由から有名なデロリアンだが、不具合が多い車種としても有名だ。

 

「あぁ、くそ……。頼む、一週間前にオーバーホールしたばかりだろ……!」

 

 来蔵はキーを何度も回しながら悪態をつく。

 

『う、ううん……』

 

 そのうち助手席に寝かされていたアリスが目を覚まし、キョロキョロと周囲を見て──隣に座っていた来蔵を見た。

 

『えっ、何……どうなって……』

 

 アリスからすると何がどうなってるのか分からないため状況を尋ねる。

 

『説明は後にさせてくれ!』

 

 答える暇がないため一蹴すると、一旦深呼吸をしてキーを回す。必死な思いが届いたのかエンジンが掛かった。

 

「よし、掛かった! 『どこかにしっかり摑まってろ!』」

『えっ?」

 

 アリスは言われるがままアシストグリップを摑もうとする──が、摑む物そのものがない。ガルウイングは構造上アシストグリップが存在しないのだ。

 仕方なくドアに取り付けられたゴム紐を手に巻きつける。

 その時、ドアミラーが赤く染まっていくのが見えた。振り返れば、今自分達がいたはずの建物が炎に包まれている。

 炎は次々と別の建物や木に燃え移っていく──そして今、車の傍の看板にも引火した。

 

『うそ……』

『出すぞ!』

 

 アリスが唖然とするのをよそに、来蔵は大声を上げて車を急発進させる──直後、車があった場所目掛けて看板が焼け落ちた。

 

『キャッ!』

 

 辺りが火の海になっていく所を、デロリアンは猛スピードで建物の入り口に向かう。

 

「あっ、マズイ!」

『えっ?』

「律儀に閉めるんじゃなかった!」

 

 そこには閉じたままのフェンスゲートがあった。

 

『ゲ、ゲート!』

『伏せてろ!』

 

 別ルートを探す暇もない──そのまま正面にゲートが迫る。

 アリスは目をつぶりゴム紐をギュッと握り締めると衝撃に備えた。

 来蔵はダメ押しとばかりにアクセルを踏み込む。

 デロリアンがゲートに正面衝突する──激しい音を立ててゲートを弾き飛ばした。

 フロント部分がへこみ、ガラスにヒビが入ったが、二人は炎渦巻く敷地の外に出ることに成功したのだ。

 

「また修理代が高くつくな……」

 

 来蔵が安堵した様子で皮肉を言う。

 そのまま二人を乗せたボロボロのデロリアンは、ともかくその場から離れるために夜道を駆け抜けていく。

 これがアリス・クリスティーナと、ゾルーク東条こと東条来蔵が出会った夜の真相だった。

 

「と、まあこんなところだ」

 

 話を聞き終わり、快人はどこか納得したような表情を浮かべていた。

 

「……なるほどな。復讐したくて仕方ないから俺を殺すのに躍起(やっき)になった訳だ」

「すまないなぁ、快人。俺たちが始めた『喧嘩』に巻き込んで」

「仕方ねーよ。流石に死んだと思ってたんだろ?」

「まあな。戻ってくるとは思わなかった」

 

 少し疲れたのか快人は頭の後ろに手を回す。

 

「……なあ、なんでアイツはばあちゃんにも執着してんだ?」

 

 空を仰ぎながら尋ねる。

 

「……そうだなぁ」

 

 その問いに来蔵はあごに手を当てる。

 

「美人だったからだろうなぁ」

「はぁ?」

 

 快人は何を言っているのか、という表情を向けた。

 

「男は美人に弱いもんだ」

 

 冗談めかしつつ、

 

「きっと長く生きてる間に忘れたんだ。『大切なものとの接し方』を。だから強引な行動に出たんだろう」

 

 と物思いに(ふけ)るようにつぶやく。

 その言葉に快人がなんとも言えないような表情を見せる。

 それから少しの間、二人を静寂が包む。

 

「……なあ快人。俺の人生を知りたいか?」

 

 来蔵が沈黙を破った。

 

「じいちゃんの人生? じいちゃんの武勇伝ならいくらでも聞いたぜ?」

「違う『ゾルーク東条』の話じゃない。俺自身の話だ」

 

 そう言われ、快人は()に落ちたような顔をした。

 

「ああ、そう言えば。そっちの話は聞いたことがなかったな」

 

 すると来蔵は「では」とスクっと立ち上がると手を上に大きく広げる。

 

「お聞かせしよう! この先、永遠に語られることがないであろう『東条来蔵』という男の一生を!」

(……相変わらず、芝居がかってるのが好きなんだな)

 

 それを見た快人は、魂になっても変わらない祖父に苦笑しながら、話をするように促した。

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