小説 仮面ライダールパン   作:竜・M・美日

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  青年の心に潜む、忌まわしき記憶。


第3幕 Hate/なぜ快人は彼のことを嫌うのか

  十月九日 夕方 海東市居住区 海東大学

 

 海東市北部の居住区にはいくつか教育施設があり海東大学もその一つ。

 国文学や外国語など一般的な学科から、海が近いため海洋資源や海洋生物など海に関連する学科もあり著名な卒業生も多数輩出(はいしゅつ)している。その他にも寮や食堂の学園内外の施設も生徒・職員の満足度が高く、卒業後の進路に関しても十分なアドバイスや対応が受けられるとのことで県外からの応募者も多い公立大学だ。

 快人と優奈は外国語学部で外国語を、海里は人間学部で心理学を学んでいる。

 

「ふわぁーっ……」

 この週、最後の授業を終えた快人が椅子に()たれて大きく欠伸(あくび)をした。

「快人、そんなあくびしちゃダメだよ~」

 隣に座る優奈がカバンに教科書を戻しながら注意する。

「仕方ないだろ、疲れてんだし」

「先生に失礼じゃない」

「俺は優奈ほど真面目じゃないからな。じゃあ、そろそろ帰る――おわっ⁉」

 快人が頭の後ろで手を組んでいると、その手を引っ張られ姿勢を崩す。

「よお! お二人さん!」

 手を引いた相手の顔を見た快人は(あき)れた顔をする。

「……何すんだよ、数信(かずのぶ)

「お疲れ様~」

 それは別学科を専修する快人達の友人、量山(かずやま)数信だった。

「おう、お疲れ! 元気か!」

「元気だよ~」

「お前のせいで元気なくなった」

「そういうこと言うなよ、かいとー」

「てか、お前の教室、隣だろ。部屋間違えてんぞ」

 親指で部屋が違うと指すが、量山は気にすることなくその指を摑む。

「だから摑むなって……」

「もう今日の分の授業は終わったんだよー」

「あっそ、じゃあさっさと帰れ」

「冷たいこと言うなよ、かいとー」

 じゃれて量山が抱きつこうとするのを快人が必死の形相(ぎょうそう)で抑える。

「何すんだ、やめろって!」

 騒ぐ快人達の周りの同級生はまた始まったという顔をする者や、全く意に介さない者、面白おかしく見ている者に、数人の女子からは黄色い声が上がった。

「馬鹿、離れろ! 気持ち悪ぃ! 俺に『ソッチ』の気はねぇ!」

「えっ……」

 量山は「そんな」と驚いた顔をしながら離れる。

「快人、そうじゃなかったの?」

 優奈も面白がって悪ふざけに乗り始めた。

「違ぇよ! 優奈もノるなよ!」

「そんなぁ、嘘だと言ってアナタ! お願い、快人ー!」

 まるで夫から離婚届を突き出された妻のように量山が再び抱きつこうとする。

「なんで女口調になるんだよ! くそ、演劇部に入ってるから、妙に演技が上手いのが腹立つ! は、な、せ!」

「ホント、いつも仲良さそうだね」

 そんな三人の(もと)に一人の女子学生が話し掛けてきた。

「離れ──あっ、水木(みずき)先輩。お疲れ様です」

 快人は──引き剥がそうとする体勢で──同じ授業を受けていた三年生、水木奈央(なお)に頭を下げた。

 彼女はその八面玲瓏(れいろう)な性格で快人達含む多くの生徒から好感を持たれている。

「あまり暴れちゃだめだよ。周りに迷惑だからね」

 注意した水木は眼鏡のつるを右手の親指で押し上げ微笑(ほほえ)むと別れの挨拶をして待たせていた友人達と教室から出ていった。

「……いいよな、水木先輩。『ザ・優等生』って感じでさ」

 その後ろ姿を量山は──快人に抱きつく姿勢で──見送りながら言った。

「いい匂いもするしさ」

「……やめとけ数信」

 問題発言とも取れる言葉に快人が少し引く。

「違うよ⁉ 香水の話だよ⁉」

 誤解されたくなかったのか慌てて弁明した。

「あっ? 香水?」

 快人が鼻を動かす。

「……あぁ、確かに」

「いい匂いだよね~」

 三人は水木の香水の香りを(かぐわ)しいと感じたようだ。

「そういえば、水木先輩って自分で香水を作って試すのが趣味らしいよ~」

「なるほど。どおりでいい匂いがするわけだ」

「多才な趣味だよな。それに、スタイルもいいだろ。胸も──ぐふっ!」

 快人が腹部に肘鉄(ひじてつ)を入れられ喋れなくなった量山が床に倒れる。

「そういう話は男だけの時にしろ」

「……ご、め、ん」

「たくっ、ほら」

 やれやれと快人が手を伸ばす。

「悪い――おうぇ⁉」

 すぐに手放され量山がまた床に倒れる。その姿を見て快人が可笑(おか)しそうに笑った。

「じゃあな数信。帰るぞ優奈」

「うん、じゃあまた来週~」

 二人は荷物をまとめるとそそくさと教室から出ていく。

「えっ、ちょっ、待っ……ひどくなぁい?」

 一人置き去りにされた量山は冷たい床に横になると寂しそうに呟いた。

 

 教室を出た二人ところで通知音が鳴り、快人がズボンのポケットからスマホを取り出す。

「海里からだ」

「なんて~?」

 優奈が肩越しに画面を覗き込む。

『スーパーで晩御飯買うから先帰ってまーす』

「だってよ」

「ホント、いい子だね~」

「じゃあ今日はまっすぐ帰るか」

「そうだね~」

 夕陽が燦然(さんぜん)と輝く中、二人は大学を出る。普段通りの通学路を歩きながら他愛(たわい)も無い話を始めた──快人がある話題を切り出した。

「なあ、優奈。デート行かね?」

「えっ、デート?」

「この前は海里に邪魔されただろ? だからさ、明後日(あさって)の日曜。ディスティニーランドに行かねえか?」

「えっ、明後日?」

 突然の誘いに優奈が鳩が豆鉄砲を食ったような顔になる。それを見て快人の表情が一気に不安げになった。

「……駄目か?」

「ううん、大丈夫」

 優奈からの返事に、(うれ)いていた顔から満面の笑顔になった快人が恋人の手を握る。

「じゃあ、明後日の八時に迎えに行くからな!」

「起きられるの? 快人~」

 朝に強くないことを知っている優奈は悪戯っぽい笑みを浮かべる。

「あったり前だろ! やった明後日は二人でデートだ!」

 握った手をブンブンと振って快人は喜びを爆発させた。

「もう、子供なんだから~」

「明後日まで待てねぇな!」

「ふふ、すぐに来~るよ」

「おう! でさ。帰り際にウィンズベイブリッジに寄って、夜景見て帰ろうぜ」

「えっ、ホント? 嬉しい!」

 優奈がいつにも増して笑みを深める。彼女はウィンズベイブリッジに併設された展望デッキから見る夜景が好きで、二人の間では恒例のデートスポットだった。

 そうこうして計画の内容を詰めている間に優奈が住む家に辿り着く。

 優奈が玄関の鍵を開けて振り向いた。

「じゃあね、快人」

「おう、明後日な!」

「うん」

 ニコリと笑った優奈は小さく手を振って玄関を閉めた。

 それを見届けた快人はガッツポーズをして嬉しそうにアパートへと帰ろうとした。金色に塗装された派手な車がその横に乗りつけた――快人の顔が一気に不機嫌になる。

 ガルウイング──縦開き──仕様のドアが開く。

「乗っていく?」

 声を掛けてきた相手は妙齢の女性。厚手の黒い作業服を着ているにも関わらずスタイルの良さが伝わる。日本人離れの顔から外国人だと分かるが日本語は流暢(りゅうちょう)だ。染めている快人とは違う本物の金髪を靡かせ、十人いれば九人は振り返るだろう美女。

 だが、快人はその美女と目も合わせずに黙って通り過ぎる。車が快人の歩く速さに合わせて並走し始めた。

「……どっか行けよ。今、『誰かさん』のせいで気分が台無しだ」

 顔さえ見ないぶっきらぼうな返事に美女は気まずそうに目を伏せる。

「それはごめんなさい。でも、こっちも手紙を破かれて悲しい気持ちなの」

「読んだだけでも、ありがたいと思ってくれ」

「ゾルークのことが嫌いなのは分かってるけど──」

「俺がアイツのことを嫌いになったのは……アンタにも責任があるだろ。アリス」

 苛立(いらだ)ちを隠さず吐き捨てた。

 その美女、アリス・クリスティーナはゾルーク東条の仕事仲間だった。

「あの件については、悪かったと思ってる。でも、あの時のゾルークは様子がおかしかったのよ」

「あぁ、人間をやめて『愛してた家族』を捨てるくらいにな」

 快人が冷ややかにその部分を強調しながら言った。

(……快人)

 アリスが苦い顔をする。彼女自身、快人が祖父の来蔵を信頼し、尊敬していたことは知っていた。だが、今は家族を捨てた憎しみの対象として見ている。

 快人がそうなってしまった原因の一端であるアリスはそれが負い目になっていた。

 

 時は(さかのぼ)り、来蔵が怪盗アルティメットルパンとして復活した頃のこと。

 来蔵が行き先を()げず、突然雲隠れしてから数日。捜索届けを出した二人は警察からの連絡をやきもきしながら待っていた。最近はロイミュードという怪人も現れたという噂も耳にして気が気ではない。

 そんな時、ニュースでルパンが予告状を出した――復活したことに驚いた二人は来蔵の身に何かあったのだと悟り、必死にその後を追った。

 しかし、相手は伝説の怪盗。簡単には追うことはできなかった。

 しばらくしてそんな二人の下に「A」と書かれた手紙が届く。文面には「今夜、ゾルークがこのビルの屋上で次の獲物を見定める計画を立てている」と印が付いた地図が同封されていた。

 他に手がなかった二人は地図を頼りにそのビルに向かった。

 

 ビルへ辿り着いた二人は屋上に出ると辺りを見回す。

「おじいちゃんいる⁉」

「いや……。あっ! あそこだ!」

 快人が高さ三メートルほどの金網の向こうに──マント以外が白い服装であることを除けば──来蔵の話通りのシルクハットを被り、マントを風ではためかせる男の姿があった。

「じいちゃん!」

「おじいちゃん!」

 姿を確認した二人は呼びかける。だが、ルパンは屋上の(ふち)に立ったまま振り向く気配すらない。駆け寄ろうとするが金網が邪魔で通れなかった。

「どうしよう⁉」

「仕方ねぇ……登るぞ!」

 快人は海里を補助して乗り越えさせ、自身は軽々と金網を越えると、どうにかルパンの所まで着いた。

 しかし、それでもルパンは気づいていないらしく、ボソボソと何かを呟き続けている。

「……仮面ライダーの称号さえ奪えば、俺が再び英雄になる時も──」

「じいちゃん!」

「ん?」

 そこでやっと二人に気づいたルパンが振り向いた。その顔を見て、海里は小さく悲鳴を上げ、快人は目を見開いた。

「おじいちゃん、その顔……⁉」

「なんで、若返ってんだよ……?」

 ルパンの顔が写真でしか見たことのない壮年期頃になっており、二人は驚きを隠せなかった。

「……あぁ。快人と海里か。我が愛しの孫たち! 久しぶりだなぁ」

 心配していた二人とは対照的に、両手を広げておどけた調子のルパン。

「『久しぶり』じゃねえよ! どこ行ってたんだよ! それにその顔……いったい何がどうなって……⁉」

「なんで……おじいちゃん、若返っちゃったの⁉」

 気が動転している二人をよそにルパンは笑みを浮かべる。それは二人と再会出来たから――ではない。

「聞いてくれ二人とも! 俺は再び英雄になる!」

「……は?」

 突拍子の無い言葉に快人が間の抜けた声を出した。

「不老不死の体を手に入れた俺の次の目的は仮面ライダーになることだ。そして伝説の怪盗、ゾルーク東条は『怪盗アルティメットルパン』から、伝説の英雄『仮面ライダールパン』として再び世界に返り咲くのだ!」

 ルパンが演劇のように手を振りながら()々として語った。

「何言ってるの……?」

 快人達はひたすら訳が分からず困惑している。

「そのためにあの若造を倒す必要がある。分かるだろう?」

「分かんねえよ! なんの話だ!」

「今まで話していたことだ! 俺の夢であり望み! 考えれば分かるだろう! なぜ分からない⁉」

 快人達からすれば支離滅裂な内容にも関わらずルパンが怒号を上げた。

「っ⁉」

 来蔵の頃はそんなことをしなかったため二人は面食らう。

「ドライブを倒し、仮面ライダーの称号を奪う! そうすれば俺の望みは完全に果たされる!」

「う、奪う? 『盗む』じゃなくて……?」

 細かい点だが怪盗の流儀としては雲泥(うんでい)の差がある言い回しに海里が疑問を持った。

「そうだ! あの若造に英雄の資格たる称号は釣り合わない! 俺にこそその称号が相応(ふさわ)しい! 民衆に(あだ)なす悪を制裁する英雄。それは俺一人だけだ! そのために奴から称号を剥奪(はくだつ)する! 力を見せつけ、俺こそが真の英雄だと世界に知らしめるのだ‼」

 叫びにも似た演説を終えたルパンが高笑いを始めた。

 二人──どころか本人も知らない、精神の暴走を引き起こすZZZのボディが原因で「英雄症候群」を発症しているルパンに、二人は恐怖し圧倒される。目の前にいる人物があの温厚だった祖父なのかと疑わずにはいられなかった。

「……何言ってんだよ。早く帰ろうぜ」

「そ、そうだよ」

 だが、二人はなんとか笑顔を取り(つくろ)うとルパンの奇行を止めようとする。

「今日、奴は俺の挑戦状におびき寄せられて出てくるだろう。もうすぐだぁ……」

 ところが本人は完全に自己陶酔(とうすい)し聞く耳を持たない。それでも快人は勇気を振り絞り、一縷(いちる)の望みに賭けた。

「俺たちは……俺たちはどうなるんだよ。じいちゃんが愛してるって言ってた、俺たちは宝じゃなかったのかよ!」

 その言葉に何を思ったのかルパンから笑みが消え、能面のように無表情になった。

「……俺の夢以上に素晴らしい宝など……ない。家族など宝にもならん」

「……ぅうあぁぁぁぁぁぁっ‼」

 二人への今生(こんじょう)の別れとも、今までの関係に対する裏切りとも取れる言葉に頭に血が上った快人は絶叫し殴りかかる。しかし、その(こぶし)はルパンに当たることなく静止した。

 快人だけではなく、後ろで悲鳴を上げそうになって手で口を押えている海里もだ。

「動け、ねぇ……⁉」

「どん、より……⁉」

 本来ならばロイミュードのみ起こせるはずの「どんより」が起こった。それが意味することは。

「っ! まさか、アンタ……もう、人間じゃ……⁉」

 快人は直感でルパンの仕業だと悟った。

「そうだ。俺は人類を()えた! このサイバロイドZZZのボディを使ってな」

 そして、ルパンは快人の(ひたい)を優しく人差し指で押す――体がゆっくりと後ろに倒れる。

「ま、待てっ……!」

「ほら。それ以上近づくと落ちるぞ? 本当に人間の体は不便だなぁ。こんな高さのビルも飛び降りたら、タダじゃあすまない」

 ルパンは曲芸師のような身のこなしで縁の上に立つと二人に向き直った。

「もう二度と会えんかもしれんが、別れは言うまい。じゃあな。快人、海里。俺にとってかけがえのない『元』宝物達よ」

 そんな皮肉じみたことを言ってルパンは屋上から飛び降りる。どんよりが()け快人が屋上の床に倒れ込む。

「お兄ちゃん!」

「っ、どけ‼」

 心配して立ち上がらせようとする海里の手を跳ね除け、下を覗くがルパンの姿は無い。普段と変わらない様子で通行人が歩いているだけだ。

(くそっ……。くそっ! くそぉっ!)

 尊敬していた祖父の裏切りに、快人は血管が浮き出るほどきつく握りしめた拳を縁に叩きつけた。アスファルトに血が(にじ)む。

「……くっそぉぉぉぉぉぉーッ‼」

 絶望した快人が放った咆哮(ほうこう)は、ビルの狭間(はざま)に消えて聞く者はいなかった。

 

 数日後、二人は住んでいた思い出の家を引き払って今のアパートに移り住んだ。

 そして、この一件以降、快人にとってルパン及び来蔵の話は禁句となり兄妹の間では一切話をしなくなった。

 それから約十カ月が経った頃、快人の下に再び手紙が届いた。宛名にはあの時と同じように「A」とだけ。中身を読めば「指定された場所に来るように」と指示が書かれている。

 快人が海里に黙って一人で向かうとそこには美女が待っていた。

「ハーイ。私はアリス・クリスティーナ。よろしくね」

 アリスは快人に自分がルパンの仲間であったことを語った。

「……一匹狼のアイツに仲間……?」

「十年くらい前までね」

「……で、その『元お仲間』が俺になんの用だ」

 疑惑しかない鋭い目つきの快人に、アリスは一瞬言い(よど)んだが話を続けた。

「単刀直入に言うわ。昨日、ゾルークが死んだ」

「えっ」

 来蔵を嫌っていた快人でさえその知らせには呆気に取られた。

「だから、君に――快人にゾルークに代わってルパンを()いで欲しいの」

 その話に快人は驚きつつ目線を泳がせると「断る」と言い切った。

「突然現れてなんなんだよ。俺がルパン? ふざけんなよ。それにな、てめぇで『家族が大切だ』とか言っときながら、その家族を裏切って勝手に死んだんだろ? 当然の(むく)いだ」

 尊敬していた相手だったとは思えないほど取り付く島もない快人の発言。

「でしょうね……」

 アリスも答えは予想していたようだが、

「それでも快人にやってもらわなくちゃダメ。夢だった『ヒーロー』になれるわ」

 と食い下がった。その単語に一瞬心が動いたのか快人が再び目を泳がせる。

 さらにアリスはアタッシュケースを取り出して中身を見せた。中を見せられた快人は怪訝な顔でアリスを見る。

 そこにはブレスレットと(てのひら)より一回り小さいミニカーが六個入っていた。

「これはおじいさんの仕事道具……になるはずだった、名付けて『ルパンビーグル』。ミニカーだとは思わないでね。これを使えば怪盗の仕事がやりやすくなるわ」

 快人が鼻で笑った。完全に馬鹿にした笑いだった。

「アンタ、正気か?」

「私は正気で、ゾルークが快人を見込んで、信じてのことよ」

 快人はおもむろに緑色のルパンビーグルとブレスレットを手に取った。

「ちょっとだけ、人助けをやってみない?」

 その問いに、肯定も否定もしなかった。

 

 それからの快人は──アリスにとっては修行を兼ねて──後ろめたい噂がある会社や場所に盗みに入った。

 快人も元々の夢だった「ヒーローになること」を引き合いに出され(しぶ)々だったが、アリスの手ほどきやルパンビーグルがありつつ着々と仕事を成功させた。

 盗んだ金銭は様々な施設に寄付金として匿名で配ったことで、いつしか彼はねずみ小僧とあだ名され街のちょっとした有名人になった。だが反面、もちろん快人は法律上では犯罪者となった。

 さらにアリスに良いように扱われていると考え、うんざりしていた。だからこそアリスの手紙を破り捨てた。

 そして、それを見たアリスは状況が悪化していると判断して直談判に来たわけだが──結果は語るべくもない。

 

 結局、快人が車に乗ることはないままアパートに到着した。

 アリスが助手席まで乗り出してアタッシュケースを差し出すが、快人は受け取らずにアパートの中に入る──腕を摑んで止めた。

「離せよ」

「何度も言っているけれど、ゾルークの遺言通り、快人が次のルパンになってくれないと困るのよ。いろいろとね」

「そっちこそ何度も言わせんな。もうお断りだ。こっちはアンタが持ってきた仕事のせいで警察から追われる身なんだぞ」

「これまでの仕事はステップアップとして必要なこと。それに警察に追われてたのはゾルークも同じでしょ」

「状況が違う。俺とアイツを一緒にすんな」

「ヒーローになるのを──」

「その手はもう食わねえ」

 快人は摑まれた手を振り払う。

「いい加減、うんざりなんだよ、ルパンは……!」

 そう吐き捨てるとエントランスへ入っていく。

「……たとえ快人がうんざりしても、今回の仕事は受けてくれないと大勢の人が傷つくことになるわよ?」

 アリスの言葉に快人が顔だけで振り向いた。

「……人が傷つく?」

 今までの仕事は悪徳企業からせいぜい現金を盗む程度の話だった。それが今回は人が傷つくと聞いて、ただごとではないと思った。

「えぇ。なんの罪もない一般人が、ね」

「……どういう意味だ?」

黒田(くろだ)組って知ってる?」

 快人は少し間を置いてから(うなず)いた。

「海東一の暴力団だろ。『この街の悪徳企業やら詐欺業者の元を辿れば、必ず黒田に辿り着く』ってな」

「そう。その黒田組とある組織が、今夜、ヤバイブツを取引するって話があるの。今回の仕事はそれを盗むことよ」

「はぁ? ……おいおい、相手は暴力団だぞ下手に敵に回したら──」

「だから、下手を打つ前に盗み出す。それだけよ」

「『それだけ』、で済む話かよ……」

「で、やるの? やらないの?」

 その問いに快人は苛立ったように頭を搔くとアタッシュケースの持ち手を摑む──アリスごと引っ張ると十センチもないところで(すご)む。

「嘘じゃねぇだろうな?」

「あら、私が今まで快人に嘘ついたことある?」

 今日初めての笑顔を見せ、(ひょう)々と答えるアリスに、快人は不服そうにアタッシュケースを受け取った。

「……今回で最後だぞ」

「取引の時間は十二時だから十一時に迎えに来るわ。いいわね?」

 快人はため息を吐いて小さく頷くと、今度こそ二階へ上がっていった。

(『今回で最後』……。ええ、練習は終わり。ここからは本番。もう戻れないわよ。快人)

 後ろ姿を見送ったアリスはガルウィングを閉める。車は闇夜に紛れて消えていった。

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