小説 仮面ライダールパン   作:竜・M・美日

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 迫る終焉、頼れるのは自分のみ……。


第19幕 終焉/阻止せよ世界の終わり

  同日 夜明け前 団藤邸……跡地

 

「やべぇな……」

 

 飛び出した快人が見たものは、あの広かった団藤邸が跡形もなく消え去り、隕石でも落ちたのかと見間違わんばかりの巨大なクレーターと所々に瓦礫の山、台風レベルの霊体の渦が巻いているだけだった。

 クレーターの上空には暗雲が立ち込め、モノアイザーは胸にある目についた生物──虫、鳥、小動物──を見つければ、「汚らわしい下等生物め」などと罵詈雑言(ばりぞうごん)を吐きつつ光弾を放ち、当たればその魂を吸い込むことを続けていた。

 本体である団藤がまだ自身が力不足と思ってのことで、これ以上、強化されれば誰も手がつけられなくなるだろう。

 止めるならば今しかない。だが、状況は最悪だった。

 唯一の対抗手段となり得る仮面ライダーに変身しようにもルパンガンナーは渦の向こう側で取りに行けそうにない。

 手元にあるのはルパンビーグルとジャックから返却されたルガーP08のみ。ルパンビーグルも決定打になるとは言えず、攻撃手段として頼るなら銃しかなかった。

 

(……仕方ねぇ。心(もと)ないけど、これで幽霊退治と行くか)

 

 快人はモノアイザーの目につかないように瓦礫の山で身を隠しながら慎重に近づいていく。

 時折、すぐ傍を渦に巻き込まれた──当たれば怪我では済まない大きさ──瓦礫や、虫が通った時に光弾が目の前で着弾したりと、ヒヤリとする場面はいくつかあったが、なんとか射程圏内に入る。

 瓦礫の隙間から快人はモノアイザーの動向を確認しつつ、弾数を確認するために銃からマガジンを引き抜く。

 

「えっと……一、二。二発……二発⁉」

『誰だ!』

 

 快人の驚きの声に反応し胸の目がギラリと動くと、モノアイザーが正確な狙撃で獲物のいる場所に光弾を放つ──だが誰の姿もない。

 

(危ねぇ……!)

 

 快人は咄嗟に別の瓦礫に移ったことでなんとか避けていた。

 

(でも、これで奴の弱みが分かった。あの目は透視出来る訳じゃない。音にさえ気をつければ、チャンスはあるか……)

 

 どうやらモノアイザーの胸の目には決して小さくはない欠点があった。

 

(でも問題は……)

 

 快人は引き抜いたマガジンから9ミリ弾を取り出し、掌で転がす。

 

(この二発しかない状態で、どこを狙うかだ……)

 

 残った二発を人差し指と中指と親指の三本で摘まみながら、モノアイザーの様子を窺う。

 カキン──指先から甲高い音がした。

 

「えっ?」

 

 見れば宙を舞う細かい瓦礫が直撃したのか、二発の内の一発の弾頭がなくなっていた。

 

「噓だろ⁉」

『そこかぁ‼』

「やべっ!」

 

 今度こそ仕留めるために次々に光弾が放たれ、それを見た快人は形振り構わず飛び出した。背後でいくつもの光弾が着弾し、辺りを閃光が照らす。

 その中を可能な限り、身を隠せる大きな山を探すが見つからない──運良く溝のようになっている場所があった。

 快人は迷わずそこに飛び込んだ。

 絶好の隠れ場所ではあったが、あちらこちらから破片が飛び出していた。快人はそれで体が傷つくのも構わず、ひたすら伏せたまま攻撃が止むのを待つ。数分か、十分以上か、体中に光弾によって出来た砂埃を被りながら、耐え続けた──攻撃が止む。

 

「……コホッ、コホッ」

 

 手で口を抑え、出来る限り小さく咳をしながら、快人は慎重に溝から顔を出す。

 仕留めたと思ったのかモノアイザーはすでに明後日の方を向いていた。

 

(あからさまな弱点と言えば……あの目だよな)

 

 これまでの行動を見る限り、モノアイザーはほとんどの行動をあの目に頼って行っている。他に目ぼしいところは見当たらない。あそこを弱点と考えて攻撃するしかないだろう。幸い射程圏内には入っていた。

 快人は残った一発をチャンバーから入れて装填し、ルガーP08を構える。

 撃ち方はアルセーヌ城の地下の射撃訓練場でアリスから習っていた。とは言えルパンガンナー以外の実銃は初めてだったが。

 とにかく後は目が向くのを待つだけだ。だが、いつまで経っても相手はこっちを見向きもしない。

 

(ちっ、仕方ねぇ)

「おい! この、幽霊野郎!」

 

 リスク覚悟で快人は大声を出す。

 

『小(ざか)しい賊め! まだ生きていたか!』

 

 モノアイザーが全身で振り向いた。すると構えていた射線上に綺麗に目の部分が通る。

 

(今だ!)

 

 絶好のタイミングで引き金を引く。

 弾丸が発射され、モノアイザー目掛けて飛んでいくと見事に胸に直撃した。

 

(決まった──えっ……)

 

 喜ぶのも束の間、目に当たった弾丸は軽い音を立てて簡単に弾かれる。

 

(嘘だろ……)

 

 一気に絶望感に襲われる快人──目の前でモノアイザーの放った光弾が炸裂した。爆風で近くにあった溝まで吹き飛ばされる。

 体を叩きつけられ、そのまま気を失ったのか動かなくなる──ルパンビーグル達が自立して動き出すと快人を起こすように優しく体当たりした。

 

「……ぅぁっ……。……まだ、いきてる……。おまえら……」

 

 気がついた快人は起こしてきたルパンビーグルを睨むように見ながら、渋々痛む体を引きずって溝の壁に背中を預けて座り込む。

 

(俺も、悪運が強いな……。一思いに()ってくれりゃあ──)

「痛って……!」

 

 ブレードが頭を(はた)いた。そして、快人の顔の前で停車する。

 

「……なんだよ。『諦めんな』ってか? もう武器は品切れ──痛っ……⁉」

 

 その間もルパンビーグルが次々にぶつかってくる。

 

「なんだ、止めろって……! この調子だとアバラが何本か──ん……?」

 

 痛む肋骨(ろっこつ)を抑えようとした瞬間、何か硬い物を感じ、取り出してみる。

 

「ジャックの眼魂に刺さってた弾丸……」

 

 かつて来蔵によって撃ち込まれた、ほとんど原型を保ったままのホローポイント弾だった。

 快人はそれを眺める。

 

「待てよ……さっきの弾頭がなくなった薬莢(やっきょう)が、ある、はず……。あった……!」

 

 探してみれば無意識でズボンのポケットに入れていたようだ。

 それにはまだ弾頭の底の部分が残っていた。

 

「コイツをどうにかしないと……あっ」

 

 その言葉に反応したのかブレードが快人の手に収まる。

 

「……分かった。やってみるよ」

 

 快人はブレードの刃先を使い、器用に残っていた部分をくり抜く。

 

「……よし取れた。あとはコイツを……」

 

 ホローポイント弾を薬莢の中に入れようとするが、手の力だけでは上手く入らない──フックローが顔の前に来る。

 

「OK、お前のフックの力、見せてくれよ」

 

 弾頭と薬莢をフックローで挟む──なんとか(はま)ったが、かなり(いびつ)な形になってしまった。これでは発射しても、真っすぐには飛ばないだろう。

 快人は手製の弾丸を指で遊ばせる。

 

「なんとかして、奴の、本当に目の前まで行く必要があるな……」

 

 するとモクモスモークがそこら辺にあった瓦礫に向かってアーチ状に泡を吹きかける。瞬時にその部分が固まって、ミニチュアサイズの即席の橋が出来上がる。

 それを見て快人は頷く。

 

「なるほどな……それならなんとかなるかもな──うっ!」

 

 傍で爆発が起きた。

 

『どこだ、どこにいる! 声が聞こえたぞ!』

 

 モノアイザーが快人の声を耳にして再び爆撃を開始したらしい。

 快人は降りかかる砂埃にまみれながらルパンビーグル達に声を掛ける。

 

「……なんとかして、アイツの気をそらせないか?」

 

 そこで待ってましたとばかりに、黒いフォーミュラカー、ボイストランサーが顔の前に来る。

 

「お前か? でも、海里の奴を使い方を……ん? なんだ、このスイッチ?」

 

 丁度コックピットの部分にスイッチがあった。それを押してみる──車が左右に展開して、そこには小型のマイクに、録音マークと再生マークが刻印されたボタンがあった。

 

「マイク? カラオケでもしろってか……」

 

 そこまで言ったところで、何か思いついたのか快人の顔が晴れていく。

 

「そうか、上手くいくかもな……! ちょっと待ってくれ」

 

 快人は目を閉じた。頭の中で作戦を組み立て始める。

 

 ──物は使いようよ。

 ──自分の可能性を信じろ。

 ──姿形は違えど根本は私と同じだ。

 

 先人達の助言を心に治め、目を開けるとルガーP08に特製の弾丸を装填した。

 

(やってみる……いや、やるしかねぇ!)

「いくぞ。みんな」

 

 それを聞いた小さな仲間達は嬉しそうに走り回る。

 そして、快人はルパンビーグルそれぞれに小声で何事か指示を出した。

 

「……さあ、作戦開始だ」

 

 作戦会議が終わると、ルパンビーグル達がそれぞれ走り去っていく。

 快人はジャックの遺した、傷だらけの黄金の仮面を顔に付けた──目の部分にスペシャルスコープが張り付いた。

 

『どこだ、どこだぁ!』

 

 一方のモノアイザーは完全体になるために力を溜めているにも関わらず、侵入者が生きていることが気に食わないのか、今ではやたらめったらに撃ち続けている。

 

『ここだよ。幽霊野郎』

 

 背中の方向で快人の挑発が聞こえた。

 

『そこかぁ!』

 

 後ろにあった瓦礫に向かって光弾を放つ、砂煙が消えるが姿がどこにもない。

 

『ここだよ。幽霊野郎』

『すばしっこい奴め。これでもくらえ!』

 

 声がする方に撃つ──だが、当たった様子がない。

 

『……なんだ……⁉ 何がどうなっている⁉』

 

 モノアイザーが混乱し始める。

 

『ここだよ。幽霊野郎』

『ここだよ。幽霊野郎』

『ここだよ。幽霊野郎』

『ここだよ。幽霊野郎』

 

 するとクレーターのあっちこっちから快人の声が聞こえ始めた。明らかに人間技とは思えない移動速度だ──目の前に黄色の小さな車が現れる。声に気を取られて、接近されていたことに気がつかなかったようだ。

 

『な、なんだこれは……?』

 

 宙に浮く一台のミニカーはモノアイザーの眼球に直接、フラッシュを焚かれる。

 

『ま、眩しい⁉ や、止めろぉ!』

 

 反撃するが、的が小さい上、目が上手く使えず(かす)りもしない。目を閉じられないのが(わざわ)いした。執拗(しつよう)にそこだけを狙われて、無防備な姿を(さら)し続ける。

 挙句の果てに腕をブンブンと振り、追い払おうとするが、小馬鹿にするように最小限の動きで避けられる。

 そんなことを続けていた最中、目くらましが止む──背後で人の気配がした。

 

『何⁉』

 

 モノアイザーは地上二十メートルはある所に浮かんでいる。とてもじゃないが人が何もなしで辿り着ける場所ではない。しかし、現実として人の気配を感じた。

 全身で振り向いた時に目に映ったのは──金色の仮面をつけた例の青年が、銃を構えながら、()()()()()から突然、姿を現したのだ。

 

 快人の作戦は単純明快だった。

 まずはボイストランサーに声を吹き込み、モノアイザーの周囲を走るように指示を出す。

 快人の声を(おとり)として引きつけている間に、フラッシュパークで目くらましをする。

 その間にモクモスモークの泡で瓦礫を繋いで、足場を作る。

 足りなくなれば足場用の瓦礫用にロックオープナーが砕き、それをフックローが投げ渡していく。

 直前までモノアイザーに察知されないように、ミラーマジシャンが快人と足場を隠す。

 進行の(さまた)げになるだろう周囲を飛来する破片にはブレードが対応し。

 モノアイザーの弱点は、スペシャルスコープが特定していた。

 快人はただひたすらに出来上がっていく足場を駆け上がる。自身の立てた作戦を信じ、仲間達を信じ、可能性を信じて。

 ついにモノアイザーの背後を突いた──が、弾を当てるには後一歩距離が足りない。

 

「ふんっ!」

 

 助走をつけた勢いでジャンプすると銃を構える──ミラーマジシャンの遮蔽(しゃへい)範囲から出た。(はた)から見れば、突然快人の姿が現れたように見えたことだろう。

 快人の姿が現れたことで、気配を察知したモノアイザーが振り返り、光弾を快人の眉間目掛けて放つ──寸前でスペシャルスコープがジャックの仮面ごと顔から離れた。光弾は仮面だけを吹き飛ばすと、そこから狙いを定めた快人の素顔が現れる。

 

(……この感覚は……)

 

 この時、快人には不思議な感覚があった。銃を握る手を大きさの違う二つの手で支えられている、そんな気がした。

 

『そこか──なっ……⁉』

 

 トドメを刺そうとしたところで、快人の顔──だけではなく、その背後に二人の面影を見たモノアイザーの動きが一瞬止まる。

 

(クラリス、来蔵……⁉)

 

 そこで快人の陰から御光(ごこう)のように暗雲から朝日が顔を出し、胸の眼球に日光が直撃した。

 

『ぐぅわぁ⁉︎ 目、目がぁ⁉︎』

 

 偶然が重なり完全に無力化されたモノアイザー。

 その間も快人の体は重力に従うままに落ちていくが、銃の構えは()かない。狙いはただ一点。

 

(じいちゃん! ばあちゃん! 俺に、力を!)

 

 本人が気づいているのかは分からないが、祖父母の魂に支えられ、快人は二人の手に導かれるように引き金を引いた。

 ズドン──最後の銃声がクレーター一帯にこだまする。

 そのまま快人は特製の足場の内側を滑り台の要領で滑り落ちる──勢いを殺しきれず、途中で宙に放り出されてバランスを崩す。体を二度、三度とバウンドさせると、ゴロゴロと転がりながら最後には地面に投げ出された。ピクリとも動かなくなる。

 

『はっ、ただのこけおどしか! くたばるがいい!』

 

 光弾を放つ──発射されない。

 

『な、何故だ⁉』

 

 何度か試すが、力を溜めても何も出てこない──どころか力が抜けていくような感覚を感じ始めていた。まさかと思って見てみれば、アイコンドライバーIの眼球部分にヒビが入っている。

 快人が発射した特製のホローポイント弾が見事にそこを撃ち抜いていた。

 ピキピキピキピキ!──音を立てながらヒビが広がっていくと、中から霊魂達が我先にと飛び出していく。

 

『そ、そんな、馬鹿なぁっ⁉』

 

 モノアイザーは必死になって手を使って抑え込もうとするが、そんなことでは止められず指の隙間から集めた力がこぼれ落ちていく。

 長きに(わた)る団藤の不老不死への野望が、時を越えて託された、たった一発の弾丸と一人の青年によって破綻したのだ。

 

『い、いやだ。いやだ。死にたくない。死にたくない……いやだああああぁああああああぁぁぁぁぁ‼──』

 

 限界が来たことが分かった団藤が絶叫する──眼球部分が完全に砕け散るのと同時にモノアイザーは爆散した。

 その衝撃は瓦礫だらけだった地面を(なら)し、霊魂の渦を消し去り、暗雲を晴らしていく──青く澄み渡った空が広がっていた。

 

 ──快人様。

「……ん……」

 

 誰かに呼ばれた気がした快人はゆっくりと目を開けると体を抑えながら、瓦礫の中から立ち上がる。

 

「……勝った。マジか……」

 

 快人は空を見上げると、複雑そうに笑みを浮かべた。

 

(……随分と短い永遠の命だったな、ご先祖様。これで成仏してくれよ)

「イテテ──っ! 霞ねぇさん⁉」

 

 周囲を見渡すとそこには瓦礫の一つに(もた)れている霞の姿があった。

 急いで駆け寄り、息を確認する。

 

「かなり弱い……マズいぞ……早く病院に……!」

「……快人、様」

 

 快人に抱き上げられたことに気づいた霞が弱々しい声を出した。

 

「霞ねぇさん! 今、病院に──」

「……病院、ではなく、あちらに……」

 

 そう言って、細い指で林の奥を指した。

 

「なんで!」

「……お願いします。私のさいごのお願いです……」

 

 霞から頼まれた快人は断り切れず、そちらに向かって行く。

 果たして林の中にはコケに覆われた石壁とゲートがあった。錆びついていたため仕方なく蹴破ると、そこには一つの石碑がひっそりと建てられていた。

 

「アレを読んでくださいまし……」

 

 霞を石壁に寝かせると快人は石碑に歩み寄る。嫌な予感を感じながら。

 草木で囲まれているのを剥がして、読めるようになった石碑にはこのように刻まれていた。「団藤霞、ここに眠る」と。

 

「……やっぱり、そうだったのか……」

 

 快人は墓石の前で片膝を立てて座り込む。

 

「……私は、ジャックに、あなたを誘い込むための、餌として利用されたのです……。曰く、『無人の幽霊屋敷となっていたここで一番、強い想いを持っていた』から、だとか……」

 

 霞の話に快人は黙って耳を傾ける。

 

「……私は昨年の時点で筋ジストロフィーで死んでおりました。その間際に想っていたことが……『快人様にもう一度だけ会いたい』という想いでした……」

「……悪かった。もっと早くに来れなくて……」

「……いいのです。一人ぼっちで墓に入れられて、誰にも気づかれず放置されるだけだったところを……一週間にも満たず、体の自由も効かない……黄泉(よみ)がえりでしたが……。私にとっては、有意義な日々でした……。快人様と共に居られ、先祖の野望も潰え、ヒーローが助けに来てくれました。もう未練はありませんわ……。快人様、本当にありがとうございました……」

「……間に合ったんだな」

「……ぇぇ……」

 

 霞のか細くも喜びが混じった肯定に快人は唇を噛みつつなんとか笑って、意を決したように振り向いた──そこには、もう霞の姿はなかった。

 

「……もう一人じゃないぜ。ねぇさん」

 

 快人の言葉が静寂の中を広がっていった。

 

  同日 朝 団藤邸跡地

 

「お兄ちゃん!」

 

 快人が林の中から出てくると、海里を先頭に三人が駆け寄ってくる。

 

「大丈夫⁉」

「あぁ。お前らは?」

「竜巻みたいなのが目の前まで来たときは、もうダメだと思ったけど、直前で消えちゃった!」

 

 助かったことを興奮気味に話す海里の後ろで、アリスが寂しそうに笑った。

 

「……終わったのね?」

「あぁ、ご先祖様には悪いけど。全部な」

「そう、よかった……」

 

 笑みが消え目を伏せる、来蔵とひと時しか話せなかったのが口惜しいのだろう。

 

「……まあ、帰ろう──ぶわっ⁉」

 

 風で流れてきたのか快人の顔に何かがぶつかる。

 

「あっ、シルクハット!」

「なに、俺がさっき被ってた、やつ……」

 

 快人がシルクハットを退かすと言葉に詰まる──目線の先に祖父である怪盗姿の来蔵、つまりゾルーク東条が立っていた。

 

「じいちゃん……?」

「嘘……」

「ゾルーク……」

「…………」

 

 来蔵は笑みを浮かべると一帯に咲き誇る花畑を踏み分けながら、呆然と立ち尽くす四人の前まで歩いてきた。

 

「俺たちの因縁に終止符を打ってくれて感謝する。みんなよく頑張ってくれた」

 

 (ねぎら)いの言葉を掛けつつ、快人と海里の頭を()でる。

 

「二人ともよくやったぞ。特に快人、傷つきながらよく戦った。やはりお前をルパンに選んで間違いなかったな」

「……じいちゃんの言った通りに、やっただけだよ」

「それを実行して、可能にしたことがお前の力だ。これからも信じ続けろ」

「おじいちゃん……!」

 

 本来ならば有り得ない再会に今にも泣き出しそうな海里。

 来蔵は腰をかがめて視線を合わせると肩に手をかけて笑いかけた。

 

「あぁ、海里。怖いのを我慢して頑張ったな。えらいぞ。もちろん海里もおじいちゃんの自慢の孫だぞ」

「……ぅん。うん!」

 

 次にカルサイトを見ると、海里と自身の両方を見ている。その表情から何かを察知したのか、「……孫娘を頼んだ」と言うとカルサイトは黙って頷いた。それ以上は何も言わず海里をカルサイトに預ける。

 

「さて、アリス──うおっと」

 

 最後にアリスへ声をかけようとした──抱きつかれた。

 三人に見守られているのもあるのか、来蔵は苦笑いを浮かべる。

 

「ゾルーク……」

「大きくなったな。アリス」

「……機械になった頃は見向きもしてくれなかったものね」

「……すまん」

「いいの。また元のゾルークと会えたから。それに私からもごめんなさい。あなたみたいな師匠にはなれなかった」

「そんなことないさ。お前は快人を立派に育て上げてくれた。感謝してもしきれない。流石、俺の一番弟子だ」

「……よかった」

 

 そこまで話したところで、来蔵の体が薄くなってきた。

 

「じいちゃん……」

「おっと。少々無理をしすぎたみたいだ。生憎(あいにく)だが、これで本当にお別れだな……」

「……そっか」

 

 来蔵は名残を惜しみつつも四人から離れる。クルリと振り向き不敵に笑う。

 

「そうだ。最後にゾルーク東条のとっておきの手品をお見せしよう!」

 

 キョトンとする四人の前で、右手でマントの右端を摘まんで広げた──下ろすと、そこには純白のドレスを着た気品溢れる女性が立っていた。

 

「ばあちゃん⁉」

「えぇっ⁉」

 

 正体に気づいた快人が驚き、それを知って海里が声を上げた。

 来蔵はクラリスの肩をしっかりと抱くと胸に抱き寄せ、クラリスは微笑みながらその胸に手を添える。

 

「忘れるなよ。俺たちはいつもお前たちの傍にいる。どんな困難も乗り越えられると信じている。……頼むぞ、()()()?」

 

 来蔵が快人の持つシルクハットを指した。意図を察した快人はそれを誇らしげに被る。

 

「あぁ、じいちゃん──いや、先代! 俺はアンタを超える怪盗(ヒーロー)になってやるさ!」

「アハハ! その気概やよし! ならば俺のショーは閉幕だ! 出番が終われば演者は去るのみ! だが、心配することなかれ、新たなショーが幕を開ける! その活躍は、あっちでじっくりと拝見させてもらうとしよう」

 

 そう言って、手を振りながら二人は徐々に薄くなる背中を向けると花畑を越え、湖の上を歩いていく。

 

「っ、なぁ‼ じいちゃん!」

 

 たまらず快人が声を掛けた。来蔵が振り返る。

 

「なんだ」

「……他にもこんな因縁ねぇだろうな!」

「……多分な」

 

 その返答に快人はガックリと肩を落として、顔を上げる。

 

「そうだ、『ゼット』ってヤツは!」

「……奴のことは気にするな。最後に会った時には百歳を超えてたはずだ。もう死んでるさ」

「なら、いいけど!」

 

 だが来蔵はその言葉とは裏腹に、一瞬少し曇った面持ちをした──そこで、ハッとした様子を見せる。

 

「ディアをよろしくな」

「……おう!」

 

 その頼みに快人は大きく腕を上げると、来蔵は満足そうに頷いてクラリスを再び連れ立ち、湖に反射する光に照らされながら、姿を消した。

 

「あばよ。じいちゃん……」

 

 その後ろ姿を見送り、四人の中でしんみりとした雰囲気が流れる中、海里が手を叩いた。

 

「はい! 一件落着! 今回の事件はおしまい!」

 

 一人でズンズンと前に進む海里の後ろを三人が──特に快人は呆れながら──ついていく。

 

「全く……お前は余韻ってものを知らねぇのか?」

「暗いのより、明るいのが一番だって、おじいちゃんだって思ってるよ! それに、もうすぐクリスマスだよ!」

「えっ、そんな時期だっけ? すっかり忘れてたぜ」

「そうね。ふわぁあ……早く帰りましょう。疲れて眠いし、寒いし、快人もボロボロだし」

「あっ……やべぇ、また病院の先生に怒られる……」

「素直に怒られときなさい!」

「なんて言えばいいんだよ。『幽霊退治してて怪我しました』ってか?」

「そんなこと知らないもん!──そういえば、あれって、やっぱりお化け……?」

「まあ、じいちゃんとばあちゃんの姿も見てるしな……あながち間違いじゃないだろうな」

 

 海里の問いに快人が答えると、見る見るうちに顔が青ざめていき、「ふらぁ……」と言って卒倒(そっとう)する。

 

「おい、海里⁉」

「大丈夫⁉」

「心配するな。気絶しただけだ」

「だろうな!」

 

 美しい花畑の上で海里を中心に三人が騒ぐ中、今回の奇怪な事件は幕を閉じたのだった。

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