小説 仮面ライダールパン   作:竜・M・美日

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 埠頭で行われる怪しげな取引。そこに出されたのは、一本の魔性の小箱だった。


第4幕 Evil/街にはどんな悪が蔓延っているのか

 南部の工業区はパビリオンの敷地のため一般人の立ち入りが禁止されている。

 海外の船舶(せんぱく)や別企業の海上輸送の船・漁船などは別に専用の港がありそちらが頻繁(ひんぱん)に運用されている。それ以外は老朽化が理由ですでに使われていない。

 するとそういった場所は(おう)々にして悪事を(たくら)むのに絶好の場所になっていく。

 

 深夜十一時頃。闇夜に紛れるため黒一色の上下に着替え、寝ている海里を起こさないように部屋を出てきた快人。階段を降りるとアリスが待ち構えていた。

「時間通りね」

「……そっちは早ぇんだな。車は?」

 アリスが乗ってきただろう車が見当たらない。

「大丈夫。もうすぐ来るわ」

「……『来る』?」

 快人が疑問を投げた──(まばゆ)い二本の光が二人を照らす。目が慣れたことで正体が分かった。アリスが使っている金色の車のヘッドライトだ。

 それは二人の横まで来ると音を感じさせないほど静かに停まった。

「……相変わらずすげぇな、この車」

 感心した様子で車を(なが)めだす。

「そういえば、この子についてあまり話してなかったわね。名付けて『ゴルドルパン』。本当ならゾルークが使う予定だったんだけど、完成したのが死ぬ直前でね。『俺の代わりに二人に渡してくれ』ってことだったから」

「えっ、俺たちに?」

「そうよ」

 アリスは助手席側のガルウィングを開くと座席につくように(うなが)した。快人がその開いたドアから車内を覗く。至る所が金色の装飾で(いろど)られ、一目で高級車だと分かる。

 さらに用途も分からないいくつもの装置が取り付けられており、ただの車ではないことがうかがえた。

「あれ? 運転手は?」

 確かに運転席には誰も座っていない。

「運転手なんて必要ないわ。完全無人走行が可能なAI(人工知能)を搭載。燃料はガソリンじゃなくて電気で走るからモーター音も静かで、たとえ相手の背後にいても気づかれにくい。他にもいろいろとあるんだけど……まあ簡単に言えば、最新技術を詰め込んだ最高級車よ」

(……たっく、色も相まって、成金趣味もいいとこだな……)

 快人が呆れているとアリスが背中を押す。

「さあ、乗って」

「えっ、おい、ちょっと。押すなよ……」

 車内へ押し込むとドアを閉め、運転席に座った。

「『ELIZA(イライザ)』。エンジンスタート」

「……イライザ?」

 アリスはカーラジオがある辺りに取り付けられたモニターに呼び掛けるように指示を出す。すると画面に水色のスケルトンのような女性型のアバターが映った。

「了解。ゴルドルパン発進」

「目的地は『瀬際(せぎわ)埠頭』よ」

「了解。目的地を指定しました」

「……喋るだけで動くのか?」

「そうよ。快人、彼女はイライザ。高性能AIよ。イライザ、彼が噂の彼よ」

 もったいぶった紹介だったがモニターのイライザは快人の方を向き頭を下げた。

「はじめまして、快人坊ちゃま。(わたくし)、ゴルドルパンに搭載(とうさい)されたAI。イライザと申します」

「……よろしく」

「何かあったら、アタッシュケースに入っているブレスレットに呼びかけなさい。すぐに駆けつけてくれるわ」

「……科学の技術ってスゲー」

 気のない言葉とは裏腹に快人は心底そう思った。

 

  同日 深夜 海東市工業区 瀬際埠頭

 

 深夜十二時前。ゴルドルパンが月に照らされて金色に輝きながら、倉庫とコンテナが立ち並ぶ埠頭へと入っていく。

 目立たないために倉庫の裏、錆びたドラム缶が二段に積まれて囲まれている場所に停車した。建物の影で光が遮られ、美しく(きら)めいていた外装の輝きが鳴りを潜めた。

 両側のガルウィングが開いて快人とアリスが降りてくる。

「乗り心地はどうだった?」

「はー……悪くなかった」

 答える必要があるのかと快人がため息交じりに言った。

「ですって、よかったわね。イライザ」

「はい」

 快人はそのやりとりを無視して車内からアタッシュケースを取り出す。蓋を開け、特殊な形の金色の装飾が施されたブレスレット「ルパンブレス」を手首に巻き、ルパンビーグルを上着の内ポケットに詰め込んでいく。

「で、ここが例の取引現場か?」

「そう。情報が正しいならもうすぐ来るはずよ」

 アリスは別の黒いアタッシュケース型の箱を車のルーフに乗せながら答えた。

「どこからの情報だよ」

「企業秘密」

 そう言って、アリスは慣れた様子で左太ももにガンホルダーをくくりつけて中身を出す。グリップ部分に「X」のエングレーブが()られた白い角ばった銃だ。

「……なんかあった時、そんなおもちゃみたいな銃で大丈夫なのかよ?」

「大丈夫よ。問題ないわ」

「そうかい。ところで前から気になってたんだけどさ。いつも持ち歩いてる、そのケースはなんなんだ? 邪魔だろ」

 快人がケースをアゴで指す。

「仕事道具」

「中身は?」

乙女(おとめ)の秘密。さあ行きましょ。物陰から様子を探るわよ」

 車内にケースを戻し、偵察できる場所を探すアリスを横目に快人は(いぶか)しむ。

「……乙女って歳じゃねぇだろ」

「なんか言った?」

「何も?」

 二人は手頃な低い屋根の倉庫を見つけると難なく上に登り、腹ばいになる。

「……さてと」

 快人が上着のポケットからサイドカーを模した「スペシャルスコープ」を取り出す。普通のミニカーと違うのは、車のボディの側面に付いたバイクの車輪部分にレンズがはめられて折りたたまれていることだ。

 ちなみにスペシャルスコープは、暗視機能・ピントの自動調整・手ぶれ補正など、どのような状況でも不自由なく対象を見られるように設計されている。

 それをブレスレットに装填すれば──オペラグラスとルーペを合わせたような──双眼鏡に展開した。

 快人はそのスコープで、アリスは自前の双眼鏡で片手に様子を見守る。

 

 深夜十二時を少し回った頃、十台近い黒塗りの高級車が埠頭に集まってきた。

「来たみたいね」

「またえらく大所帯(おおじょたい)だな」

 片方のグループが黒田組で、もう一方が取引相手だろう。

 何台もの車から数十人の黒服の男達が降りてくる。それに混じり強面(こわもて)でかなりの威圧感を放つ恰幅(かっぷく)のいい大男がいた。

「あのおっさんが黒田組の組長だよな?」

「そうよ。黒田哲章(てっしょう)。この街で最も裏社会に近い男」

「ふぅん……。あっちは?」

 快人がもう一方へスコープを向けた。一人がアタッシュケースを持って降りてくると、即座に周囲を他の大勢の男達が壁になるように囲む。

 取引に当たってかなり警戒しているのが伝わった。

「相手も日本人か? なんの取引だ? 拳銃(チャカ)か、薬物(ヤク)か?」

「いいえ。もっと危険なブツよ」

「え?」と声を上げた快人がスコープを下げるとアリスを見る。銃器や薬物以上に危険な物とはなんなのか。

「……『ガイアメモリ』よ」

「ガイアメモリ……⁉︎」

 その名前に快人は驚愕した。

 

 ガイアメモリ。それは風都の名家、園咲(そのざき)家が創設した秘密組織「ミュージアム」から(たん)を発する。

 特殊な方法で「地球の記憶」を収めた全長十センチ程のUSBメモリ型の生体感応端末で、使用者がスイッチを押すとメモリに封じられた「記憶」を表す地球の声「ガイアウィスパー」が発声されると共に起動。体に刻印したコネクターへ刺すことで使用者に対し、収められた記憶をその場で「再現」し、その姿を怪物「ドーパント」へと変異させる。

 驚異的なのはその汎用性の高さだ。老若男女問わず、これ一つで簡単にドーパントに変わり、重火器も意味が無いほどのボディ、重機を軽々と超えるパワー、記憶に合わせた特殊能力を得られる。

 兵器として使うならば完璧とすら評価される代物(しろもの)だ。だがガイアメモリには中毒性の毒素が存在し、使用を続けると精神が(むしば)まれてしまう。

 ところがガイアメモリを製造していたミュージアムは、今から五年程前に仮面ライダーによって壊滅したはずだ。

 

「数年前から風都でガイアメモリを使った犯罪が起きてる、って噂は聞いたことはある……」

「おそらくミュージアムの残党のお小遣い稼ぎ、ってところかしら。今では裏社会でガイアメモリはさほど珍しくないわ。むしろ製造元が潰れたことで流出した物が出回って、その気になればバイヤーに大金を出せば買えるわ」

 ミュージアムが壊滅した今でも欲しがる人間は存在する。

「なるほど。組長(じき)々に出てくるわけだ。組同士の抗争に使うなら十分だろうな」

「それだけじゃないと思うわ」

「えっ? どういうことだ?」

「今だと刺したら抜けなくなかったり、メモリの毒素が強すぎて一回使っただけで死ぬような、不良品や偽造品も出回ってる。切羽(せっぱ)詰まってない限り、それを買うのはかなりリスキーじゃない?」

「確かにな」

「だから、あのケースの中身は純正のミュージアム製のガイアメモリよ」

 アリスの言葉通りならば一介(いっかい)の組織の長が出てくるのも納得がいく。簡単に変身できるならば、直近(ちょっきん)の部下であっても勝手に使われて下剋上(げこくじょう)が起こらないとは限らない。

 彼らの住む世界はそういった危険が常に潜んでいる。

「なら、ますます慎重に相手しないといけねぇな。で、いつ仕掛ける?」

「相手の数が少なくて、隙を突ける瞬間……つまり?」

「取引が終わってすぐだな」

「ご名答(めいとう)。取引相手が先に帰ってくれたら嬉しいんだけどね」

 引き続き二人が見ていると、物々しい雰囲気で取引が始まった。

 双方がケースを置いて中を見せる。

「おお、すげえ。札束が詰まってる」

 快人も何度か現金は盗んだことがあったが、それでも興味が惹かれるほどの量のようだ。

「ちょっと快人。目的はそっちじゃなくて、あっち」

 アリスがスコープを摑むともう一方のアタッシュケースへ向ける。

「……あれがガイアメモリ?」

 ケースの大きさにしては中身が少なく、いくつかの小物が梱包材に埋まっている。一つは銃型の機器でもう一つは骨のようなグロテスクな装飾の小さな赤錆色のメモリだった。

「あんなちっぽけなもんで、人が怪物になるなんて……信じられねぇな」

「その割に馬鹿にしてるわけでもなさそうね」

「ロイミュードをこの目で見てる。もう何がいてもおかしくないだろ」

「それもそうね」

 果たして取引は(とどこお)りなく終わり、アリスの希望通り取引相手が先に引き上げていった。目的のメモリはケースに入ったままだ。

「よし、今だな」

「ええ、黒田がメモリを刺す前に──」

 二人が行動開始と腹ばいの体勢から立ち上がる──ガギン。

「…………」

 屋根が嫌な金属音を立てた。二人が一瞬にして押し黙る。

 確認しておくが、ここは放置された倉庫の屋根の上だ。錆びやすい潮風に吹かれるがままになっていた。残念ながら最近整備された、とは期待しない方がいいだろう。

 ボロボロの屋根の上で快人がゆっくりと足を動かす──ギギ、ギギ……。

 アリスが慌ててハンドサインで静止するように指示する。しまった、という顔をした快人は片足を少し上げたままの体勢になるが、その動きに合わせるように金属音は止まらない。

 ギギ、ギギ、ギギギギ、ギィーン……。

(……頼む、落ちるなよ……)

 快人は目を閉じ、意を決してゆっくりと足を置く。金属音が、()んだ。

「……ふぅ、さて、どうする……うおっ!」

「んっ!」

 不意に強い突風が吹かれて、反射的に踏みとどまろうと二人が足に力を入れる──バリッ! 

「やべっ!」

「かいとっ!」

 二人は派手な音を立てて崩れた屋根と共に三メートル程の高さからコンクリートの地面に落下した。さらに、降ってきたトタンの下敷きになる。

「いっ、てぇ……」

「うっん……大丈夫?」

「あぁ、なんとかな。でも……」

 外が喧騒(けんそう)に包まれる。声からして黒田組の構成員のものだ。

 快人とアリスは乗っているトタンを退かすと、服に付いた埃を払って立ち上がる。

「もう隠れてじゃ、やれねぇな」

「そうね。でも、ガイアメモリはなんとかしないと」

「なんとかできるのか?」

「……こうなったら作戦変更。ちょっと派手にいくしかないわね」

 アリスがガンホルダーから銃を抜いた。

「おいおい、撃ち合う気か?」

 快人が不安そうな顔を浮かべる。

「まさか。この『エックスマグナム』の弾が当たったら、人の体なら簡単にバラバラになるわよ」

「……想像もしたくねぇな」

「とにかく黒田が使う前に盗まないと。私たちのどっちかがメモリを手に入れれば話は終わり。相手する人数が多い方が(おとり)になるのはどう?」

「おい冗談だろ。そっちは銃で、こっちはミニカーだぞ」

「ルパンビーグルがタダのミニカーじゃないことは、よく知ってるでしょ」

 そう言うなりアリスは数カ所ある裏口の一つに立った。快人もため息交じりに近くにあった別の扉に立つ。

「じゃあ、行くわよ?」

「はぁ……いいぜ」

 意を決した快人の言葉で二人は同時に外に飛び出した。

 

「いたぞ! あそこだ!」

(って、いきなりかよ!)

 見つかった快人は目に入ったコンテナ置き場に向かって逃げる。

(くっそ! 貧乏くじ引かされた!)

「待ってコラァ!」

 その場にいた大半の構成員が追いかけてくる。一人対十数人の鬼ごっこ。勝ち目は薄い。さらに普通の鬼ごっこと違って捕まればどうなるか分からない。

(どうする! どうする! ……そうだ!)

 あるアイデアを思いついた快人は急いである場所に向かった。

 

 構成員は快人が積まれたドラム缶の裏に逃げ込むのを見てその場を取り囲む。

「もう、逃げられねぇぞ!」

「どこのもんだ、てめぇ!」

「別の組の奴か!」

 数人が近場のドラム缶を叩いて威嚇(いかく)するが一向に出てくる気配はない。

「てめぇは、袋の(ねずみ)だ! 逃げれねぇんだよ!」

「さっさと出て来やがれ!」

 構成員の一人がそう叫んだ。

 ドガァン!──ゴルドルパンがドラム缶の山を軽々と吹き飛ばし、猛スピードで飛び出してきた。

「うおわぁッ⁉︎」

 構成員達が慌てて後ろに下がるとその隙間をゴルドルパンが駆け抜けていった。

 危うく()かれそうになった一部の構成員が呆然(ぼうぜん)とする。

「おい、お前らしっかりしろ!」

 距離を置いていた構成員が(かつ)を入れながら携帯を取り出す。

「おい! 野郎、車で逃げやがった!」

 その知らせを受けて待機していた別の構成員が次々に車へ乗り込む。

「逃がすなよ!」

「はい!」

 発進させようとする──すぐ目の前をゴルドルパンが飛び出した。

「うひゃあ⁉」

 ゴルドルパンは構成員が乗る車のフロントバンパーを(こす)るようにして曲がって走り去る。

「あ、あれだ! 馬鹿野郎! 早く出せ!」

 数台の車がゴルドルパンの追跡を始めた。

 

(あっぶねぇ……)

 何度もぶつかりそうになったせいで運転する快人の顔から少し血の気が引いている。

 ともかくゴルドルパンを使って囮役に(てっ)しようと埠頭を走り回ることにした。それが(こう)(そう)して、今では大半の構成員が快人を追う。

 だがそれは、快人がさらに危険な状況に置かれることを意味する。

 ドアミラー越しに後ろの車の窓から腕が伸びるのが見えた──破裂音と火花が散った。

(うおっ! 撃ってきた⁉)

「ご安心ください」

「わっ⁉」

 いきなりモニターが点き、イライザが顔を見せた。

「このゴルドルパンのボディは小銃程度の弾丸は通しません」

「あぁ……あ、そう! ……やべっ!」

 目の前に曲がり(かど)が迫る。快人は体を大きく(かたむ)けてハンドルを切った。

「うおらぁっ‼」

 速度を落とさず強引に曲がり角を攻めると見事に曲がり切る。

「くぅう……よっしゃあっ!」

 背後で曲がれなかった数台が倉庫の壁に衝突した。

「見事なハンドル(さば)きです。快人坊ちゃん」

「あぁ……サンキュー。……えーっと」

「ゴルドルパン搭載のAI、イライザです」

「そう、イライザ、だったな……」

「よろしくお願いいたします」

「よ、よろしく」

 どこかバツが悪そうな快人。

「新たな追跡車両、多数確認しました」

 再びイライザの警告が飛ぶ。

「なんだって? しつこい奴らだな……!」

 快人が振り向くが、後部は機械で固められていてリアガラスが無かった。仕方なくドアミラーで確認していると、後部座席側のフロントガラスに背後の光景が映る。

「えっ?」

「ゴルドルパンは三六〇度全方向を小型カメラがカバーしており、それを抜き出しフロントガラスに投影可能です」

「……まったく、呆れるほど至れり尽くせりだな……よし!」

 快人はハンドルを強く握り締める。

「奴らを()くのに荒っぽい運転になるぜ。覚悟はできてるか?」

「いかなる事態でもサポートいたします」

「上等。行くぜ!」

 一気にアクセルを踏み込んだ。

 

 一方のアリスは快人の攪乱(かくらん)(じょう)じ、アタッシュケースを手に入れていた。

 物陰に隠れて地面に置いたケースを開けた。アリスの顔が曇る。

(無いわ……)

 入っていたのはメモリ用の生体コネクターを打つ器具だけで、肝心のガイアメモリは影も形も無い。それが納まっていた梱包材がそのためのスペースを残しているだけだ。

(もう使う段階まで進んでるわね……)

 ここに無いのならば、ガイアメモリを持っているのは一人しかいない。

(黒田哲章……)

 すると遠くから当人の怒鳴り声が聞こえた。アリスは素早く移動し様子をうかがうと、黒田が構成員に怒声を浴びせていた。元々の強面の顔が一層鬼のような恐ろしいものになっている。

「何しとる! ガキ一人、まだ捕まらんのかぁ‼」

「親父、すいません!」

 黒田には劣るものの屈強な構成員達が必死に頭を下げている。

「これからカチコミをかけようとしとる時に、なんちゅう(てい)たらくじゃあっ‼」

「すいません!」

「下手すれば、相手は鉄砲玉(殺し屋)かもしれんぞ! 分かっとんのか‼」

「はい!」

「だったら、雁首(がんくび)揃えて頭下げとらんで、お前らも行かんかい‼」

「はい!」

 黒田の一喝で構成員が蜘蛛(くも)の子を散らすように散開(さんかい)する。

「誰じゃ、取引を漏らした奴は……。分かったら始末つけたる」

 そう言って内ポケットに手を入れるとガイアメモリを取り出した。

「わしが直々にな……!」

 メモリのスイッチを押した。

「バイオレンス!」

 ガイアウィスパーが鳴る。

(っ! マズイ!)

 それを見て、なりふり構っていられなかったアリスが物陰から飛び出す。だが止めようにも距離は遠い。

 黒田はメモリが起動したことで出現した左手の甲に浮んだ生体コネクタに力強く突き刺した。

 その途端、黒田の体がものの数秒で、丸みを帯びた頭に体中に鉄くぎのようなものが刺さり、歯が剥き出しで、筋骨(りゅう)々の怪人「バイオレンス・ドーパント」に変わった。

(遅かった……!)

 想定していた中で最も最悪な状況にアリスが唇を噛んだ。

「誰じゃ、お前は?」

 左目部分に穴が開いた顔がアリスへ向いた。表情が変わらないので分からないが、(にら)まれていることは雰囲気から分かった。

「……通りすがりの美女、って言っても信じないでしょうから簡潔(かんけつ)に。そのガイアメモリは頂くわ」

「ほぉう、このわしに盾突こう、言うんか」

 バイオレンスは──グローブにボールを投げ込むように──鉄球のような左手を右手で摑む。

「まあ、どこのもんかは今更どうでもええ。いい肩慣らしじゃ……覚悟せえ!」

 バイオレンスが左腕を振りかぶった。アリスが避けると、背後にあった一メートル程のドラム缶が飲料缶のように潰れてしまった。

「ほう、なかなかのもんじゃ」

 バイオレンスは自分の力に自信を持ったようで笑っている。

 対してアリスの額からは冷や汗が流れた。潰れたドラム缶を横目にしてバイオレンスにエックスマグナムを片手で向ける。

「なんじゃ、そんなもんでわしとやり合う気か?」

「……えぇ、必要ならね」

 (いさ)ましいが、その手が少し震えている。アリスも一人の人間だ。一秒後にはどうなるか分からない状況に恐怖を感じていた。

「ゾルーク……」

 思わず出たのか、その名前を呟いた。

「こないデカイ鉄球じゃ、全身詰めたるわい!」

 死への恐怖からかマグナムを向けるだけで棒立ちのアリス目掛けて、再び鉄球のような腕が迫った。

 

『いいか、アリス』

 刹那(せつな)、アリスは名前を呼ばれた気がした。

(ゾルーク?)

 走馬燈(そうまとう)か、アリスの脳裏にある光景がフラッシュバックする。

 地下室のような場所に、白髪(しらが)交じりの中老の男と女子中学生ほどの金髪の少女がいた。少女は幼いがアリスの面影がある。ならば男は当時の来蔵だ。

 アリスの左手には物騒(ぶっそう)にも拳銃が握られ、目線の先には簡単に作られた射撃用のターゲットが置いてある。

『銃なんてものは使わない方がいいが、使わないといけない時もある』

『誰かを守る時?』

『それだけじゃない。自分を守る時もだ。残酷(ざんこく)だが、撃たないと自分が撃たれる』

 その助言に握る手に力が入り、(にく)々しげに銃を見つめる。表情から察するに何か深刻な事情を抱えており、それを知っているのか来蔵の表情が少し曇る。

『とにかく銃を撃つなら、まず覚悟を持て。人を殺すかもしれない覚悟を、な』

『分かってる』

『それと……撃たない時は引き金に指を掛けるな』

 来蔵の指摘にアリスが何気なく銃を確認する──来蔵が銃身を摑んだ。

『もう一つ。銃口は不用意に覗くな。味方にも絶対に向けるんじゃない。いいな?』

 語気を強めて注意する。

『……うん』

『じゃあ一度、構えてみろ』

 来蔵に促されてアリスは言われるがまま片手で銃を構えた。

『おいおい、慣れてもないのに銃は片手で撃つんじゃない』

 呆れたように笑うと来蔵は後ろからアリスの両手を握り銃を構えさせる。

『足は()き足を下げて少し開く。反対の足は相手に向けろ。両手でグリップを握る。お前の場合は右手に力を入れるんだ』

『分かった』

 銃を構えさせ来蔵はゆっくりと手を離す。

『まだ撃つなよ』

 少し距離を取りアリスの姿勢を確認する。

『ひざとひじは少し曲げろ。まっすぐだと撃った時の衝撃で腕が跳ね上がる』

『こう?』

『……まあ、最初だしな、そんなもんだろう』

 来蔵が笑う。素人(しろうと)なだけに少々不格好だったらしい。

『さて、いよいよ撃つが。当然、相手が遠ければ遠いほどズレた時の誤差が大きくなる。頭を狙おうとするな、体を狙え。そうすれば腕か足か腹か、どこかに当たる』

『分かった』

『じゃあ、撃ってみろ』

 アリスは引き金に指を掛ける──引けない。しばらくして銃を構える手が小刻みに震えだす。

 それに気づいた来蔵が声を掛けた。

『……怖いだろう? そうだ、現実は命を賭けて撃つんだ。撃てば痛みか死が(ともな)う。それが銃だ。映画みたいに簡単に撃つもんじゃない。お前は守るものを守るために、撃てるか?』

『わたしは……』

 アリスは銃を下ろした。

『銃が大嫌いっ。だけど……』

 来蔵に教えられた姿勢を取り、震えを抑えるように両手でしっかりとグリップを握った。

『守ろうともせずに、守れなかったなんて言い訳をする、わたしが一番嫌い!』

 覚悟を決めて叫んだのと同時にターゲットに狙いを定め、アリスは引き金を引いた。

 

 バイオレンスが火花を散らしながら吹き飛ばされていく。

「ぐわぁああああ⁉」

 浮びそうもない巨体が(ちゅう)に浮くと地面に叩きつけられる。衝撃でアスファルトに小さなクレーターができた。

「おどりゃあ、何しよったぁ……⁉」

「……あら。女だからって甘く見た?」

 教えられたように姿勢を整えたアリスはマグナムを両手で構える。

 片膝で胸を抑えるバイオレンスに対し、アリスは精悍(せいかん)な目つきで見た。

「私はこれでもそれなりに場数を踏んでるの。それに……これの威力は折り紙つきよ!」

 勇ましく言い放つと再びマグナムの銃口から火花──光が輝いた。

 

 どれほど埠頭を走り回ったのか、快人を追いかける車両は減り今では二台となっていた。

「たっく、しぶてぇな……」

 うんざりした様子で快人が後ろに気を取られる。

「快人坊ちゃん。二百メートル先、海です」

「えっ。え⁉」

 暗くて気づかなかったようだがゴルドルパンは埠頭と海の境目を走っていた。

 

 余談だが、車を運転するためには覚えておかなければいけないことがある。

 それは「車は急には止まれない」ということだ。

 例えば、時速六十キロで走行中に急ブレーキを踏んだとしても、二十メートル程進んでから止まると言われている。ちなみに倍の時速百二十キロでは、百二十メートル先で止まるという。

 現在、ゴルドルパンは百二十キロを超える速度が出ており、目前には海が迫っていた。

 もう止めても、止まらない。

 

(どうする⁉︎ どうすれば──ん?)

 サイドブレーキに気づいた快人は、一考してそれをゆっくりと握った。

「やってみるしかない、か……。イライザ、摑まってろよ!」

「摑まる必要はありませんが。分かりました」

 そして、快人はブレーキを一気に踏み込むとサイドブレーキを引いた。

 この時、後ろで走っていた構成員は仰天(ぎょうてん)することになった。突如、追跡していた車がタイヤから火花を出しながら車体をゆっくりとスピンさせ始めたからだ。

「危ねえっ‼」

 運転手が慌ててブレーキを踏むが、先述の通りスピードが出ているとすぐには止まらない。二台はどうにかハンドルを切って回避する。

 その二台の間をゴルドルパンは百八〇度回転して後ろを向き、勢いのままバックで走り続ける。

 快人はその瞬間サイドブレーキを戻し、少しでも勢いを殺すためアクセルを踏み込んだ。特注の強化タイヤと車軸が無茶な動きで火花を散らしながら摩擦(まさつ)で地面に(わだち)を作る。

「あ、危なかっ──まえ、前ぇ!」

「う、うぅわぁぁぁ⁉︎」

 構成員が乗る二台は止まりきれず埠頭を飛び出して真っ暗闇の海へと落ちる。

 一方のゴルドルパンは後輪が埠頭と海の境目で停まることができた。

「あっ、ぶなかったぁ……」

 快人は力が抜けた様子でハンドルにへたり込むと、一息ついてから外に出る。

 海からは構成員の悲鳴や怒声が聞こえてくる。これならしばらくは時間が稼げる。それを確認した快人は倉庫の方を見た。

(アリスはどこだ……?)

 その時、何かが壊れる音と破裂音、カメラのフラッシュのような光が頼りない電灯に照らされた一角から見えた。

「あそこか……」

 位置を確認した快人は再びゴルドルパンに乗り込むとアクセルを踏む。

「待ってろよ」

 

 アリスの状況は(かんば)しくなかった。

 最初こそ一方的に撃たれるばかりのバイオレンスだったが、やられるがままだった黒田の怒りに呼応したのか形状を変化させ大きな球体の姿「バイオレンスボール」になっていた。見た目では想像できない俊敏(しゅんびん)さで、コンクリートの地面や倉庫の壁を球体から飛び出た左腕で殴りながら移動する。

 アリスも狙いを定めてマグナムを撃つものの見当違いのところに当たるばかりだ。

「当たらない……! キャッ!」

 落ちていた破片に足を取られてアリスが体勢を崩した。

「勝負あったのぉ! 痛めつけてくれた礼じゃ、潰れんかい!」

 重機の鉄球サイズの(かたまり)が空高く飛び上がり、アリスに向かって降ってくる。

「んっ!」

 思わず目を閉じて腕で庇った。

 ドガン!──車同士が正面衝突したような音が響く。

「ウガアァァッ⁉」

 見ればバイオレンスがゴルドルパンに弾き飛ばされると同時に怪人の姿に戻りながら地面を転がっていた。

 何が起こったのかと呆然とするアリスの前でガルウィングが開く。

「乗るか?」

 運転席でハンドルを握る快人が冗談めかして尋ねてきた。

「え、えっ、と……」

 少し放心状態のアリスはゆっくりと立ち上がり深呼吸をして息を整える。

「おい。本当に大丈夫か?」

「えぇ、大丈夫。もちろん!」

 弱っているところを見せたくないのか強がるアリス。

「でも、ドライブの誘いなら間に合ってるわ。それに、ここから先は私の仕事」

 アリスは車内からあの黒いケース取り出し足元に置く。それにはごみ箱に付いているようなペダルがあり、それを踏む。

 するとケースの高さ半分ほどのところを境目に蓋が両開きになり、中から緑色の光が溢れ出す。

「なんだ、それ……?」

 快人への返答を待たずに、中から一本の灰色のガイアメモリが飛び出し、アリスはそれを慣れたようにキャッチした。それは黒田の物のようにに骨ばっておらず、むしろ丸角のクリアケースのようだ。

 表面のラベルには、弾丸の雷管が二つ縦に並んだデザインの「B」の文字が描かれている。

「それって、ガイアメモリじゃ……?」

 快人の疑問をよそにアリスはメモリのスイッチを押した。

「バレット!」

 ガイアウィスパーを鳴り響かせ、マグナムの頭を持ち斜めに折る。そこにはメモリを装填できるスペースがあり、バレットメモリを入れた。

「バレット・マキシマムドライブ!」

 マグナムの頭を元に戻すと銃口から灰色の光が集まる。そして、アリスはフラフラと立ち上がるバイオレンスへマグナムを構えた。

「……当たれ」

 引き金を引く。銃口からミサイルの形状をした巨大なエネルギーが飛び出し、バイオレンスに向かって飛んでいった。

「こんなもんでわしが……! うっ、うおぉぉぉぉ⁉」

 バイオレンスはそれを押し返そうとするが、逆に倉庫の壁やコンクリートの地面など至るところを引きずり回される。

 それだけでは終わらず、ミサイルが瞬時に散弾へと姿を変え、バイオレンスを四方八方から襲う。

「うがぁ⁉」

 今度は六発のマグナム弾に変わり──テンポ良く撃つように──バイオレンスを空に打ち上げた。空中で大量のマシンガンの弾が容赦なく体に刺さると、最後にダメ押しとばかりに一発のライフル弾へと姿を変えてバイオレンスの体を貫いた。

「うぅぅ……うごおわあぁぁ!」

 猛烈な攻撃を受けたバイオレンスが爆散する。

 爆炎が消えると、その場には高級仕立てのスーツがボロボロになった黒田が倒れていた。太い手の甲からメモリが飛び出し、砕け散る──「メモリブレイク」されたのだ。

 それを確認したアリスは、マグナムからフレームにヒビが入ったバレットメモリを抜いてホルスターに戻すと、黒田の砕けたガイアメモリを拾い上げる。

「予告通り、これはいただくわね」

 再びケースのペダルを踏み、緑色の光で輝く中にバレットメモリと砕けたバイオレンスメモリを入れて蓋を閉じた。

「はい。任務完了」

 そう言って快人を見れば頭の整理がついていないのかただただ目を丸くしていた。アリスは苦笑すると「帰りましょうか」と言った。

 アリスに呼び出された十数台のパトカーが黒田含む構成員を取り囲むのを尻目に、二人が乗ったゴルドルパンは誰にも気づかれないまま帰路につく。

 

 今朝の朝刊やニュースでは、黒田組の壊滅の一報が世間を賑わせるだろう。

 だが、そんなことに微塵(みじん)も興味が無い快人はドアウィンドウから外を見ながら黙りこくっている。あれほどの経験をしたにも関わらず、表情は冷静に見えた。

 それをアリスがケースのスイッチを弄りながら様子を窺っている。

「……なんだよ。二代目云々(うんぬん)の話なら、お断りだ」

 ガラスの反射でアリスの様子は筒抜けだった。

「そう。だけど、私にもゾルークとの約束がある。『はい、さよなら』とはいかないわ。それに快人はこれから多くの経験をすることになる。それは事実よ」

「目的地周辺です」

 イライザがアパートに到着したことを知らせた。

「ありがとうイライザ。快人、何か困ったらここに来なさい」

 快人が車を降りる直前、アリスが住所を書いたメモを握らせる。

「私達ならあなたの力になれるわ。もし──いえ、絶対に気が変わったらここに来るのよ。歓迎するわ」

 そう言い残してゴルドルパンは去っていった。

 

 それを見送った快人は渡されたメモに視線を落とす。

《運命の時は近い》

 いつか夢で見た銀髪の少女の言葉を思い出して目を泳がせる。しばらくして考えを消すように頭を振ると、メモをズボンのポケットに突っ込んだ。

 アパートの中に入る──顔に陽の光が当たり快人はその方向を見て目を細める。山間(やまあい)から太陽が顔を出し始めていた。

 つい数時間前に衝撃的な出来事があったにも関わらず、まるで最初から何もなかったかのように、普段と変わらない朝を迎える。

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