海東湾沖 鉄鋼企業パビリオン本社ビル
時は第一次グローバル・フリーズ発生から十カ月が経った冬の頃。
海東市から南約五キロに位置する孤島にそびえ立つ──高さ五十メートル・直径一キロ──六角形の建物がパビリオンの本社ビルだ。
その地下深くに建設された研究施設に繋がる廊下を特殊部隊のような恰好の男達が二つの物体を運ぶ。一つは縦二メートル・幅一メートル・高さ一・五メートルの箱型の物体。蓋の部分には円形の鏡に似たものがあり、箱の側面には水色の配線を張り巡らせたように見える紋様が刻まれている。
もう一つ──正確には「一人」は男達が運ぶストレッチャーの上に横たわっていた。
見た目を表すなら「神秘」。その一言に尽きた。
それらが研究施設奥の
中は多種多様な検査装置の他に二人の女が椅子に座っていた。
一人は両手に黒の手袋を付け、黒いスーツに黒いネクタイという、シャツ以外が黒一色の
彼女は元々、国際兵器企業「財団
そんな彼女が独立したきっかけは、財団内の上下関係での裏切り、同僚同士の蹴落とし合いやアイデアの奪い合い──果ては殺人に身の危険を感じたからだ。加えて幹部になったものの扱いが
その皇神の隣に座るのが、ダークグリーンのインナーとベージュのスカートを履き、茶髪のボブパーマに一部緑のメッシュを入れ、白衣を着た、パビリオンの幹部役員兼開発部門
財団時代からの皇神の友人で、皇神が財団を抜ける際について行った唯一の人物だ。ちなみに彼女は日本人で「エスメラルダ」とは皇神が付けたあだ名である。
二人の前に男達が運んできた箱と少女が大きな作業台の上に移される。
「……まさか本当に子供がいたとはな。何かの間違いだと思っていたが」
「……『メガヘクス』に関連する存在と見て間違いなさそうね」
機械生命体メガヘクス。かつて地球に侵略し機械化しようとした人型の地球外生命体だ。
機械の体を持つ彼は「すべての生き物は『個』という
以前、地球で
しかし、このメガヘクスですら地球を完全に機械化することは叶わなかった。
人々を守るために立ち上がった仮面ライダー達に本星を破壊され敗れたからだ。
ところが本体が消滅した際、地球内で起動停止した一機の残存個体が日本近海に墜落した。偶然その地点に近かったパビリオンが回収に成功すると精査を開始した。
結果、外装の大半は未知の地球外の鉱物が使われていたが、一部に地球で作られたサイバロイドZZZのデータが取り込まれていたことが判明する。皇神はこのZZZのボディに関して十分に生産が可能だと判断し、新兵器としての量産化に踏み切った。
その上、この個体は微弱な電波を発しておりそれを追ったところ、最初に地球を侵略した際に襲撃した
「すぐに、解析に回せ」
皇神の指示で男達が箱を乗せた作業台をスーパーコンピューターの傍まで動かし、配線を繫げていく。
「そっちの娘にもだ」
少女にも指示通り体中に配線が繋がれた。
「ねぇ……もうちょっと、優しくしてあげてもいいんじゃない……?」
「何を言っている? あの娘も
痛ましそうな表情を見せるエスメラルダに、皇神は吐き捨てた。
するとエスメラルダは顔を
「なんだ、何か言いたいことでもあるのか」
長年の付き合いでそのことを知っている皇神が棘のある口調で尋ねる。
「別にそういうわけじゃ……」
「なら、さっさと解析の準備をしろ。今回の件は独自の兵器開発のためにも、何がなんでも我が社で独占する」
そう言い切るなり皇神は足早に部屋から出ていった。
それを横目にエスメラルダは諦めたようにため息をつき、気が進まない様子で椅子に座ると検査用の装置の電源を入れた。
一カ月に及ぶ解析によっていくつかのことが判明した。
箱型の物体の内部には、正体不明の
そこでアークの件がひと段落し、次に謎の少女についての調べが進められた。
なんと彼女はメガヘクスが敗れた際に偶発的に生成された──機械であるにも関わらず──感情を
そのため彼女のデータ領域には、最新式のスーパーコンピューター数十台でさえ時間が掛かる無数とも言えるデータが存在したが、多くがメガへクスの消滅時の余波を受けて破損していた。
わずかに破損を
メガヘクスは本来これに緊急用のバックアップデータを保存しようとしたが、その前に倒されたことで計画は
ともかく皇神はロックオーツを使用することでアークが開くと仮定し、エスメラルダもそれには肯定した。しかしデータが破損しているため、ロックオーツが一体どんな物質でできているのか、それがどこにあるのかは見当がつかなかった。
ZZZ関連の開発・改良に関しては
ところが発見から二カ月が経ったある日。状況を一変させる出来事が起こった。
皇神達の前に「珍客」が現れたのだ。
白いシルクハット、白いスーツを身に
ルパンはかつて自身が使用していたZZZの改良型が量産されているという情報を聞きつけ、それを破壊するためにパビリオンに潜入した。目当ての物はすぐに見つけたものの傍にあった装置に
そして、それまで身動き一つしなかった少女は目を覚ますと自身のことを「ディア」と名乗る。
そこでルパンは何を思ったのか彼女を「盗む」と予告する。
地球の常識を知らないディアは、ルパンの言動に対して興味を持ち、ついて行こうとするが最終的に皇神の邪魔が入ったことで失敗。結局、ルパンは本来の目的も果たせずにその場を後にすることになった。
だが失敗してからも、ルパンは
その代わりに自身の英雄
一方でディアも話を聞く度に出てくる新しい言葉や簡単には表せない「人」という存在に強い関心を持ち始める。
その上でルパンに感化されたのか──メガヘクスの感情データであったこともある──感情を表現できるまで時間は掛からなかった。ぎこちないながらも笑顔が作れ、喋り方も機械的から人に近いところまで上達していった。
だが、そんな二人の
皇神がプロジェクトが進まないことに加え──皇神達は理由を知らない──ディアが人に近づくことに
そんな皇神をエスメラルダがひたすらに宥めていたが、ある日、皇神が検査を強行した。
長期に亘る検査でアンドロイドといえどディアは
拷問に近い日々が半年程経ち、それでもルパンと会う時の彼女は心配を掛けまいと「また会いに来てほしい」と笑い続けた──いつからか、ルパンは彼女にとっての「希望」になっていた。
ところが、いつの日からだろうか、想い人が来なくなった。
その日もディアに配線を繋げられ、ロックオーツのデータの修復及び新たなデータの収集が行なわれていたが成果を出せずにいた。
「くそ! なぜ
皇神はテーブルにあった物を摑むと力任せに地面に叩きつける。
ここ最近、皇神はエスメラルダでも抑えられないほど荒れることが多くなった。
「天地! 暴れるなら出ていって!」
エスメラルダは他の研究員の人目もはばらずに叫ぶ。
「黙れッ!」
皇神は怒声を浴びせると装置に磔にされ目を閉じて
「教えろ! どうすればアークが開く⁉」
虐待にしか見えない行動を取る皇神をエスメラルダが引き
「やめて! この子はデータのバックアップでしかないの! 復元はできないのよっ!」
「黙ってろ! 誰であろうと私の計画の邪魔はさせん! 二度と奴らに笑われるものか!」
結果を優先しすぎるがあまり、周りを見ないまま怒号を上げて再びディアに摑み掛かろうとしたところで、ディアが大きく目を開けたかと思うと「ルパン‼」と叫んだ。
二人はなぜその名前を叫んだのかは分からなかったが、ディアはルパンが消滅したことを機械的な直感で感じ取っていた。愛する者の
ディアの瞳から一筋の涙が流れる。
(涙……だと?)
「……泣いているの……?」
その涙が顔から離れた瞬間、驚くべきことが起こった。涙が輝いたかと思うとロックオーツへと変化して床に落ちる。
今起こった現象に対して、二人に驚愕の表情が浮ぶ。しばらくして心ここにあらずといった様子で皇神がそれに歩み寄っていく。
(まさか……これは……)
皇神はその物体を割れ物を扱うように慎重に手に取った。鍵のような形状で中央にはダイヤモンドに似た物質が嵌っている。設計図で見た通りだ。
皇神はそれを持って吸い寄せられるようにアークへと向かう。蓋に開いた鍵穴の一つに差し込むと蓋の鏡の部分が光った。一瞬の間を置き、そこから大小様々な色とりどりの宝石群が、天井の照明に照らされて輝きながら火山が噴火したように飛び出していく。
(なんと、美しい……!)
その光景に皇神は目を奪われた。宝石の煌びやかな輝きを見たからか、彼女の求める力が降り注いでいるように見えたためかは本人にしか分からない。
一方で、後ろで立ち尽くしながら同じ光景を見ていたエスメラルダは焦りと恐怖の感情が出ていた。プロジェクトの本格的な始動を意味することを彼女が一番理解していたからだ。
今回のディアの
カースジュエリーには一つひとつに様々なデータが封入されていた。皇神はこれらは宝石で例えるならば原石で、どれかがロックオーツに変化するという考えだったが、何をもって変化するのかは不明だった。
一方で思わぬ収穫もあった。現在のパビリオンの目玉商品であるガイアメモリと相性が良く、組み合わせると従来の十倍以上の性能を引き出せることが分かった。
ところでガイアメモリを製造していたミュージアムはすでに壊滅した。どうしてメモリ関連のデータを皇神が持っているのかという疑問だが。ミュージアムと財団Xはスポンサー契約を結んでおり、見返りとして財団はメモリの技術を得ていた。
そこに当時のミュージアムの担当エージェント、
好機と見た皇神が財団の兵器開発部門の開発員でガイアメモリにも
さて、ガイアメモリとカースジュエリーを組み合わせたことで性能は上がったが、その分の副作用はすさまじいものとなった。非合法な人体実験で被験者は一回の使用、それも十数分で毒素によって死亡した。排出されたメモリも全壊するなど、とても使い物にはならなかった。
試行錯誤の末、人間が
だが、この他にもミュージアムから回収できなかった財団のデータに無いメモリや、別組織の粗悪品の裏取引など、市場を独占するための問題点は決して少なくない。
ともかくパビリオンは新型ガイアメモリ「
皇神にとってこれまでになく順風満帆に進む──その裏で予想外の事態が起きていた。
その日、研究所ではエスメラルダがコーヒーを片手に、全く
ところで、彼女は物を作ることが好きだった。それまで一般企業の技術者に過ぎなかった彼女の腕を見込んだ財団からのスカウトを受けて、自分の作った兵器が人を傷つけていることには見て見ぬ振りをしてきた。だが、皇神に引き抜かれて付き合いを続ける内に、いずれ恐ろしい結果を生み出すことを考えると
また彼女にとって自分の作る物がいつも何かの応用で完成させていたことがコンプレックスだった。自分だけのオリジナルが作れない。それもまた彼女のプライドを傷つける。
エスメラルダはそんな悩みを誰にも相談できず、引き返せないところまで来たことに苦悩していた。
ゴトン──何かが落ちる音でエスメラルダは我に返った。
気づけば手が髪に入れたメッシュを弄り、持っていたはずのカップが無くなっている。悩みに気を取られたのか、長時間の作業で意識が遠くなったのか、無意識に手を離してしまった。
足元を見れば白い床がコーヒーで、白地のキャンパスに茶色のペンキをぶちまけたようになっている。彼女が履いているパンプスにも点々と染みがあった。
(……もう)
ため息交じりに席を立ち、傍にあった適当な布で乱雑に床を拭く。
(ん?)
デスクの奥まったところに何か光る物が見えた。
(これは……)
一粒の緑色のカースジュエリーが自分の居場所を知らせるように輝いていた。
例の噴火が起きた際、床に散乱したカースジュエリーは作業員によって無造作にバットやトレーに入れられていた。目の前にあるそれは、その時に回収し損ねた物らしい。
(他にもどこかに挟まってるかもしれないわね……)
面倒だと思いつつエスメラルダが手を伸ばしカースジュエリーを摑んだ──パソコンがけたたましく鳴った。
「えっ、何──痛い!」
デスクにぶつけた頭を
「えっ、どうして……? っ⁉」
エスメラルダの疑問をよそに手に持つカースジュエリーが自ら輝きだすと光を強めていく。
「うっ……⁉」
眩い閃光に思わず腕で目を塞ぐ。
そして、カースジュエリーがエスメラルダの体を粒子に変化させて中に取り込んだ。
「……えっ⁉」
目を開くと周囲を凄まじい勢いでビジョンが駆け巡っていた。
様々な
そこでビジョンが消え、エスメラルダが気がついた時はそこは普段と変わらない研究室の中。
「今のは……?」
今起きた状況に困惑しながら手の中に異変を感じた。何か硬い物を握っている。大きさからしてもカースジュエリーではない。
エスメラルダは恐る恐る
「噓……」
その手には緑色の宝石、エメラルドが嵌ったロックオーツが握られていた。
《このままだとこの星は、今見せた運命を辿ることになる》
「っ⁉ ディア⁉」
エスメラルダが装置に磔にされたディアを見た。当の本人は目を閉じており、どうやらテレパシーのような能力で話し掛けているようだが、エスメラルダには──ルパンが来た時以来の──二度目の経験だったため驚きは少なかった。
《エスメラルダ。あなたは選ばれた。使命を果たさなければならない。さもなければ、世界はあの未来になる》
「……まさか、そんなこと……」
《よく分かっているはず》
否定しようとするがディアの言葉に俯いて黙る。心当たりが多すぎた。
《使命を果たせば、世界を救える。罪の無い命が傷つくことは起こらない》
「救える……? 私が?」
エスメラルダが頭を上げた。それは兵器を作っていた彼女の心に「
エスメラルダは
「……どうすればいいの?」
それを肯定と受け取ったディアはエスメラルダと「打倒皇神」の密約を交わした。
それからのエスメラルダは皇神の目を盗みつつディアに指示された物を作り続けた。それらもまた兵器に近かったが、これで世界が救えるならばと迷いを振り切った。
なぜ彼女がディアに対して、ここまで
ただ間違いなく言えることは、その時の彼女が今までで一番生き生きとしていたことは間違いない。
時々、地下に降りては様子を確認に来る皇神にもそう映っただろう。
そして、エスメラルダはそれらをがむしゃらに作る中で自らの祈りを込めた。
きっと世界を救ってくれますように、と。