十月十日 夕方
風の街「風都」。秘密組織ミュージアムによるガイアメモリ犯罪が多発し、街全体が危機的状況に
街のシンボルである巨大な風車「風都タワー」は風都のどこからでも見える人気観光スポットだ。それは犯罪者を収容する「風都刑務所」であっても例外はない。
数々の犯罪者が収監されたこの刑務所の中で一人の受刑者が暴れていた。
「離しやがれぇ!」
「おとなしくしろ!」
どうにか抑えようと、看守が数人掛かりで取り抑えるが思うようにいかない。
「おい、なんで誰も来ないんだ!」
看守は少し前に応援を増やすように指示していたが来る気配はない。
「うわぁ⁉」
「がはぁっ!」
突然、廊下の先から仲間のものと思われる悲鳴が聞こえてきた。
「なんだ、どうした⁉」
暴れる男を抑えていた看守の目に驚くべきものが映る。応援を呼びに行ったはずの二人が傍まで吹き飛ばされてきたのだ。
「こいつを頼む! おい! どうした!」
他の仲間に任せた看守は急いで二人の容態を確認する。呼吸はしているがいくら声を掛けても起きる気配がない。気絶しているというより
(どうなってる……?)
コツ、コツ──床を踏む足音が近づいてきた。
看守がそちらへ目線を移し、目を見開く。
そこにはボロボロのローブを着た異様な
異常なのはその外見だけではなく、その体から漏れ出ている紫色の
「お、お前は⁉」
突如現れたローブ男に
「うがっ⁉」
切られた看守はそのまま崩れ落ちると動かなくなる。その体から光り輝く宝石が飛び出した。
男はそれを慣れたように摑むと腰に
「ひいぃぃぃ!」
それを見た他の看守から悲鳴が上げる。我先にとその場から逃げだすが、気がつけば辺り一面が靄に覆われており、どこが出口に続くか分からない。
「た、助け……うわぁ!」
逃げ遅れた看守達が一人また一人と切られては倒れていく。最後に残ったのは受刑者の男だけだ。
「ド、ドーパントっ……く、来るな!」
男は怯えて
「ひぃっ!」
「
ドーパントは──誰か判別できないほど加工された声で──話し掛ける。
「な、なんで、俺のこと……⁉︎」
「それは後だ。それよりも『これ』を渡せば、また暴れてくれるんだろ?」
意味深なことを言い、懐から灰色のガイアメモリを取り出し手に握らせた。
「こ、こいつは……! こいつがあれば俺は!」
一転、嬉々として踊りだしそうになる諸刃だが、ドーパントは無理やり壁に抑えつけ刃先を鼻先に近づけた。
「ひぃ!」
「最後まで話を聞け、陣。お前は好き勝手にしていい。ただ場所はこっちで指定する」
「……ど、どこだよ」
ドーパントは諸刃から手を離して、こう言った。
「海東だ」
その日の夕刊には『風都刑務所から凶悪犯脱獄‼』という号外が瞬く間に全国に広がった。
十月十一日 夕方 海東市居住区
アリスとの仕事を終えた次の日。快人は約束通り優奈と遊園地へ向い、二人きりの時間を楽しんだ。
楽しいひと時が過ぎる中、予想外の本降りの雨が降り出したことで予定を切り上げて二人は帰宅することになった。
空は雨雲で黒一色に染まり、辺りは電灯があるものの薄暗い。
「ウィンズベイブリッジ、行けなくて残念だったな」
「……ううん。また今度行こうね……」
よほど楽しみにしていたのだろう優奈は肩を落とし意気消沈している。
「に、しても突然降ってくるとはな」
気の毒に思った快人が話題を変えた。
「うん。念のための折りたたみ傘、二つ入ってて良かったね~」
「そうだな、でも……」
困ったように笑って自分が持つ傘を見る。
「可愛いでしょ~?」
「いやぁ……可愛いのは可愛いけどさ。これ、男の俺が持つにはちょっと……」
絵柄はピンクの花柄だった。
「じゃあ、返して~」
優奈がむくれた顔で返すように手を出す。
その顔を見て、快人が吹き出した。
「いやぁ、今日は貸してください」
「やだ、返して~」
「せめて優奈の家に帰るまで」
「やだ~」
そうじゃれあっている内に、どちらともなく笑いだす。落ち込んでいた気分を笑い飛ばし優奈の家まで後少し──優奈がピタリと歩みを止めた。
(ん?)
不思議に思った快人が傘越しに覗く。すると優奈の顔色が見る見る内に
「優奈? どうした?」
「……ねぇ、快人。あれ、何……?」
すっかり怯え切った様子で快人の背後を指差す。
「えっ?」
振り向けば近道に使う
「っ! 人だ!」
「えっ⁉」
「大丈夫ですか!」
二人が倒れている相手に駆け寄る。
倒れていたのは女性で、派手なドレスを身に着けていた。見るからに水商売関係の人物だろうと想像できた。
「ど、どう?」
快人の腕を摑む優奈の手が震えている。
「ちょっと……待っててくれ」
快人はその手を優しく
(ん? うっ……)
一瞬の
「優奈、救急車! まだ助かるかもしれねぇ!」
「えっ。ちょ、ちょっと待ってね。今、電話するから……」
急いでショルダーバックからスマホを取り出し、震える手で画面を操作を始めた。
「えっと、119……と」
救急車を呼ぶ間、快人は女性を見る。ちょっとした好奇心から調べることしたのだ。
改めて確認する。年齢は二十代で、ハイヒールに派手な髪形とドレス、濃い化粧。見るからに高そうな鞄と、服と同じくらい派手な傘を投げ出して、地面にうつ伏せで倒れていた。
その中で、目を引くのが切り裂かれた傘とドレスだ。
ドレスの背中の部分と、直前までさしていたのだろう傘が大きく切り裂かれている。その様子から背後から襲われたようだが肌に傷はない。服だけが切れているようだ。しかし、どう見ても致命傷になったとは思えない。
続けて女性の顔に視線を移す。眠っているような、比較的穏やかな表情だ。
最後に女性の足元を見る。片方のハイヒールが脱げているが、足元ではなく頭の傍に落ちていた。
(なんか妙だな……)
一通り見終えたものの違和感に首を捻りながら優奈を見た。
スマホを握り締めたまま不安げに快人を見ている。その様子からどうやら救急車は呼べたようだ。
「……大丈夫か?」
「う、うん」
「これ以上は俺達じゃどうにもならねぇよ。あとは警察とか病院に任せようぜ」
快人は立ち上がる──目線が何気なく地面に向いた途端、再びしゃがみ込む。
地面には雨でできた足跡が女性が倒れている方向とは逆から続いていた。
つまり女性が歩いてきた側を入口、快人達が来た側を出口とする。女性は入口に頭、出口に足を向けて、
(ん?)
そこで快人が別の異変を感じ上を向く。周りが薄暗く靄がかっていることに気づいた。
「えっ、停電?」
優奈も気づきそれを口にする。
だが、高架下に取り付けられている電灯を見る限り、快人達が来た時のままの
さらに不気味なことに、その薄暗い紫色の靄は二人を取り囲むように
「快人、何、これ……?」
原因不明の現象に怯え切った優奈が快人に抱きつく。
「分かんねぇ。でも、このままここにいると嫌な予感がする、早く──」
ここから出よう。そう言おうとした矢先、優奈が震えながら入口の方向を指差した。
「ねぇ……あれ何……?」
「えっ、今度はなん……だ……」
さっきまで誰もいなかったはずが、いつの間にか全身が隠れる薄汚れたローブを
確かに不気味だが、なぜ快人達が怯えているのか。ローブから見える足が明らかに人間とは思えない、ゴツゴツとして灰色がかっていたからだ。
「ホームレスの人……じゃ、なさそうだな……」
正体不明の相手は一歩ずつ二人に近づきながらローブから右腕を出す。その腕も人のそれとは言い難い。
「まさか……ドーパントか……⁉」
「ドーパント……?」
人間ではないと確信した快人と、状況についていけない優奈。
そして快人は視線を倒れている女性とドーパントを交互に移す。この怪人が犯人であると結論付けた。だが、それを指摘する暇もなくドーパントは刃を振り上げて二人に襲いかかった。
「危ねえ!」
「キャッ!」
咄嗟に快人が仰向けに倒れながら優奈を押し倒す。快人の頭スレスレを刃が
二人を捕らえ
快人はその様子を見て、
「見掛け倒しって訳じゃねぇみてぇだな……!」
と自分達が置かれている状況を改めて理解した。
ドーパントは柱に刺さった刃を強引に引き抜き、再び襲いかかってくる。対して、快人はすぐに立ち上がりドーパントの腹部を蹴り飛ばす。
「かってぇ……!」
相手は蚊に刺されたほどにも効いていない様子だ。逆に快人が蹴った足を抑える。
「快人!」
優奈も立ち上がり駆け寄るが、快人は腕で
「逃げろ優奈! 俺が時間を稼ぐ!」
「でもっ……!」
快人は刃に触れないようにドーパントの右腕にしがみつくと叫ぶ。
「いいから……早く逃げろ‼ お前は絶対に俺が守る‼」
優奈はその言葉にギュッと唇を閉じるとショルダーバックの持ち手を握り、高架下から逃げていった。
「はぁはぁ……これであんたと俺のタイマンだな!」
優奈の無事を確認できたことで快人が意気込むが、そこで体の異変に気づく。
(なんで、俺こんなに疲れてんだ……⁉)
最近はねずみ小僧として動いていたため運動不足でも体力不足でも無かったはずだが、完全に息が切れている。
「……うわっ!」
そんな状態で力が入る訳がなく簡単に振り
「……がはっ……⁉」
比較的
「……っ……ひっ、は、っ……」
激痛で目の焦点が定まらず呼吸も上手くできない。立ち上がるどころか動くことさえままならない快人の前にドーパントが立った。
こうなったら後はどうなるかは
どうしようもないと快人は観念したように目を閉じる。
(ゆう、な……わりぃ……)
「……快人!」
高架下に声が響いた。
薄く目を開けると逃げたはずの優奈が
何をしようとしているのか気づいた快人が「やめろ」と叫ぶ──声は出なかった──前に背中にドーパントの
「うっ……! か、ぃ……と……」
優奈は力なく
(……ゆう、な……!)
その体を力を振り絞って受け止めるが、互いに目に力は入っていない。そのまま気を失う
そして、エックスマグナムを握ったアリスが駆け寄ってきた。
「快人! 大丈──」
遠退く意識の中、焦った様子で声を掛けてくるアリスの背後に目がいった。
(……あの、こ、は……)
そこには夢で見た銀髪の少女が立っている、ような気がした。
《もう大丈夫》
そう声を掛けられた気がして安心した快人はそのまま意識を手放した。