小説 仮面ライダールパン   作:竜・M・美日

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 青年の身に襲い掛かった異変。


第7幕 Choice/彼はどんな選択をするのか

《起きて、快人》

 快人が目を開けると周囲は白一色に染まっていた。

 目の前には前触れもなく、あの銀髪の少女が立っている。相変わらず無表情だ。

「……またか。なんの用だ……」

 いつもの調子はどこに行ったのか、快人はぎこちなく尋ねた。

《選択の日が近い》

 少女は(てのひら)を快人に向けた。足元にYの字に道が伸びる。その岐路はどこか遥か彼方(かなた)へと続く。

《一つの選択は、(ゆる)やかな破滅へと向かう道》

 一方の道を指すと、穏やかに風で靡く草原に敷かれた道が途中から荒れ果て、噴火する火山へと続いていた。

《一つの選択は、(けわ)しくも栄光へと至る道》

 一方の道を指せば、どこまでも荒れ狂う嵐の大海原が広がるが、遥か遠くに灯台が微かな光を照らしている。

《運命は、選択一つで簡単に変えられる》

 少女は快人と向き合う。

《あなたの選択は?》

「……俺、は……」

 力強い問い掛けに快人が言葉を詰まらせ、その目は両方の道を行き()う。

 しばし時間が流れ、様子を見ていた少女は眉尻(まゆじり)を下げた。

《快人。あなたなら「正しい」選択ができると、信じている》

「正しい、選択……?」

 少女は困惑する快人の手を取った。

《大丈夫。あなたならどんな困難でも乗り越えられる。「彼」のように。今分からなくても、これから分かる。……起きて、快人》

 その一言で二人がいた世界に無数の亀裂が走る──一瞬の間に崩壊した。

 

  十月十二日 夕方 海東市住宅区 海東市民病院

 

「……ぅっ……。ぅ、うん……」

「お兄ちゃん⁉ 待ってて、お医者さん呼んでくるから!」

 目を覚ましたことに気づいた海里が大慌てで病室を飛び出す。

 二人が襲われてから丸一日が経ち、快人は市内の病院で気がついた。

 医師の診察を受け「丸一日は絶対に安静にすること」と言われたものの大事ではないとのことだった。

 それを聞いた海里は安心した。途端に緊張の糸が切れ号泣し始める。

 ベッドで横になった快人が精一杯の(なぐさ)めとして頭を撫でていた。

「もう、何してんのよぉ!」

 力なく胸を殴りつける海里に、快人が力なく笑う。

「……悪かったって。俺も優奈も危なかったんだよ。俺がなんとかしないと──」

 そこまで言って布団を跳ね除け体を起こす。

「そうだ! 優奈はどうな──っぅ!」

 無理に体を動かしたため全身に痛みが走り、快人は声にならない声を上げた。

「……もう。まだ良くなってないんだから休んでなさい!」

 涙を拭いた海里が無理矢理ベッドに寝かしつける。

 されるがままになりながらも快人は懲りずに「……優奈は?」と尋ねた。

 海里は顔色を伺いながら「隣のベッド……」と指差す。

 頭を横にすると大切な恋人はベッドの上で静かに眠っていた。

「無事みたい。今のところは……」

 そこからあらかたの説明が始まる。

 どうやら優奈もこれといった外傷が無いにも関わらず、昏睡状態らしい。精密検査も受けたが原因は一切分かっていない。

 

 そこまで話すと優奈のベッドの傍にいた、優奈の両親、朱賢瑶(けんゆう)里奈(りな)夫妻が──無理をしている──笑みを浮かべて快人のベッドに歩み寄ってきた。

 ちなみに、賢瑶が台湾人で、里奈が日本人である。

「無事でよかったわ。快人君」

「……いえ……」

 浮かない表情の快人の顔がさらに強張(こわば)った。

「東条君、警察の人から話聞いたね。優奈、君守るように倒れてた」

 賢瑶は少し片言(かたこと)の日本語で話しかけた。

「……はい、優奈が庇ってくれたんです」

「……お兄ちゃん。何があったの?」

 その質問に言い辛そうにしながらも簡潔に三人に話す。話し終えた後の反応は三者三様だったが、誰も嘘をついているとは思わなかったようだ。

「話してくれてありがとう。快人君」

「すみません。優奈を助けられなくて……。俺があの時、もう少し粘っていればこんなことには……」

 気を落とした快人の肩を賢瑶は優しく叩く。

「いいや、東条君。それは違うね」

「……えっ」

「確かに、優奈が来たから、君助かった。娘いなかったら、君ここにいなかったね」

 今の快人にとっては胸に突き刺さる言葉だ。

「でも、もし優奈が本当に逃げて、君助けなかったら。優奈はもっと悲しんでたね」

「……それは、つまり……?」

 意味が飲み込めない快人に、賢瑶は話を続ける。

「一人生きて、一人いない。それはとても悲しいこと。でも、二人とも怪我したけど、生きてる。それはとても素晴らしいこと。娘は寝てるだけ。死んでない。いつかきっと目を覚ます。私はそれ信じてる。だから私は、娘を助けた君も、君を助けようとした娘も、どっちも誇りに思うね」

 一歩間違えれば娘を失っていたにも関わらず、父親としての寛大(かんだい)な言葉に、快人は感極まり一筋涙を流すと慌てて指で拭う。

「……あ、ありがとう、ございます」

 すると賢瑶が笑顔で手を叩く。

「そうだ! 優奈が目を覚ましたら、ご飯食べに行くね! 高い所! 私が奢るね!」

「……そうね。そうしましょう」

「えっ⁉」

 我ながら良い提案だと息巻く賢瑶と、賛同する里奈。対してしどろもどろになる海里。

「いや、そんな、そこまでしてもらうなんて……ねぇ? お兄ちゃん……ねぇ?」

「いいえ、私達、たった一人の娘、助けてもらったね。お礼しなければならない。だから娘には早く起きてもらわないと困るね!」

「ごめんなさいね。海里ちゃん、どうか私達のワガママに付き合って」

 里奈が「お願い」と二人に頭を下げた。

「ちょ、ちょっと、頭を上げてくださいよぉ!」

 ますますパニックになる海里を見て、快人が吹き出す。

「笑ってる場合じゃ、ない、でしょう⁉」

 海里がどうしようかと慌てふためく。そんな中で里奈が快人の手を握った。

「快人君、ユウを助けてくれて本当にありがとう」

 里奈は(はかな)げな笑みを浮かべての謝辞(しゃじ)に、快人は気まずそうながらどうにか笑ってみせた。

 その後、面会時間が終わるまで、魂を抜かれたように眠る娘を朱夫妻はなんとも言えない表情で見ていた。それを快人は絶対に忘れないため、目に焼きつかせていた。

 

 次の日からは様々な人物が見舞いに来た。それは大学のクラスメイトの量山や先輩の水木、中学・高校時代の友人達と、快人の人脈の広さが窺える。

 快人は友人達との談笑に時折笑顔を見せたが心から笑えていない様子だった。

 余談だが、量山は腹部を、水木は胸を──違和感があるのか──(さす)った。

 

  十月十五日 朝 海東市住宅区 高架下

 

 事件発生から四日後。快人の表情は相変わらず浮かないままだが、若さゆえか驚異的な回復力で無事に退院した。

 ところが医師から休むように言われていたにも関わらず、アパートを出て事件が起きた高架下に来ていた。

 現場の前に立った快人は右手に持ったペンダントに視線を移した。倒れる寸前まで恋人が大切な宝だと身に付けていた物。快人はそれを自らに対する(いまし)めとして、彼女の両親の了解を得て預かることにした。

 再び事件現場に目を移すとペンダントを握り締める。

「……お兄ちゃん本当に大丈夫なの?」

 いきなりアパートを抜け出した快人を心配して、追いかけてきた海里が覗き込む。

「まあ、今のところは……」

「……そう。で、なんでここに来たの?」

「……分かんねぇ。とにかく、いても立ってもいられなかったから……」

「だとしてもさぁ……。もう警察の人が調べてるよ?」

 海里の言う通り、現場には立ち入り禁止の黄色いテープが貼られ、十人前後の警官が慌ただしく動き回っている。数日前から「怪人が出た」という噂が警察にも広まっていた。

 おいそれと近寄っていいような雰囲気ではない。

 

 しばらく物憂げに眺めていた快人はため息をつき、近くの段差に腰掛けて頭を抱え始めた。

(お兄ちゃん……)

 今までにないほど憔悴(しょうすい)しきった姿に、海里も声を掛けかねていた。

「あっ。快人君と海里さんではありませんか」

 重い空気を一変させる溌溂(はつらつ)とした声が二人を呼んだ。

 海里が振り向くと、そこには捜査に来ていた絢がいた。

「あ、カニちゃん」

「お久しぶり……というほど前ではないでありますが、お元気でありましたか?」

「私は元気なんですけど……。お兄ちゃんが……」

 頭を抱えてる快人を見て言葉を(にご)す。

 それを見て絢もいたたまれなさそうにしている。彼女も今回の件に少なからずショックを受けていた。

「……そうでありましょうね」

 呟き絢は快人の下へ歩み寄る。

「快人君。この度は心中をお察しいたします」

 いつもと違い真剣な口調で話し掛けられ快人が少し顔を上げた。

 まるっきりやつれた顔を見て絢は一瞬言葉に詰ったが、躊躇わず快人の肩を優しく摑む。

「恋人のことを大切にするのは素晴らしいことであります。……でも自分を大事にするのも、また大切であります。あまり気負い過ぎないように」

 言い聞かせるような言葉。快人は少し沈黙した後「はい」と小さく返すだけだった。

 

「おい、蟹丸! こっちに来い!」

 中年の刑事から絢が呼び出される。仕事に戻れ、ということだ。

「はい! 今、参ります! では、お二人ともお気を付けて!」

 絢が向かおうとして、「あっ」と振り返った。

「そうそう。最近、市内では似た事案が発生しておりますので、外出時は気を付けられますように。では! ……うひゃっ⁉」

 今度こそ仕事に戻る──何をどうしたのか自分で自分の足をひっかけて転んだ。

「えへへ……」

 恥ずかしそうに頭を掻く。

「何してんだ! さっさと来い!」

「は、はい! ただ今!」

 叱られた絢が慌てて走っていく、海里はそれを見送りながら「他にも起きてるんだ……」と呟いた。

 

 呼び出された絢は先輩刑事の緊迫した表情を見て、今回の事件がただの通り魔などではないことを再認識した。

「蟹丸。ここ最近の事件(ヤマ)ははっきり言って異常だ」

「そうでありますね……」

「しかも怪人を見たなんて噂まで出回ってる」

「にわかには信じ難い話ではありますが……」

「あぁ。外傷も無いのに昏睡状態になる、なんて話は聞いたことがない。それに、あのコンクリの柱の傷も気になる。ありゃあ、ただの刃物じゃないぞ」

 傷ついたコンクリートの柱に目を向ける。

「人力では、あの深さまでコンクリートは削れないでありますからね……」

「……で、だ」

 先輩刑事が続ける。

「さっき課長から連絡が来て、今回の件に関して『緊急事態かつ、異常性が認められる』ってことで、本庁から人員を出すことが決まったらしい」

 絢が驚いた顔をした。まさか警視庁の捜査員が出るまでの事態とは思わなかったからだ。

「警視庁からでありますか⁉」

「しー」と先輩刑事は慌てて口の前に指を置く。絢もつられて同じポーズを取る。

「声がデカい……! ……そうだ。しかもこんな状況に慣れてるプロらしいぞ」

「こんな状況に慣れている? なんと(おっしゃ)る方なのでありますか?」

「名前はな──」

「……えぇぇぇぇっ⁉」

 耳打ちでその名前を聞いた絢は再び声を上げた。

「うるさい……!」

 先輩刑事は周囲を気にしつつ話を続ける。

「本庁でも腕()きのエリートらしい。その相手をお前がするんだ、いいな?」

「えっ⁉ わ、私が、でありますか⁉」

「頼むぞ。その捜査の仕方を見てしっかりと勉強させてもらえ。そうすればお前のドジも少しはマシになるかもな」

 先輩刑事は軽口を言って最後に絢の肩を叩き、現場に戻った。

(まあ、彼とは「知り合い」ではありますが……。まったく……見ない内に出世したでありますねえ……)

 絢は昔のことを思い出して目を細めた。

 

 一方、事件現場近くの段差に座る東条兄妹。

 時々、絢の大声が聞こえてくるがそんなことを気にする素振りもなく、快人は頭を抱え続けている。

 隣に座る海里は横目に見て、アゴに手を置き何か考えている──ポンと手を叩くと段差からピョンと立ち上がった。

「ねぇ、お兄ちゃん」

「……なんだ」

「よっと……えい!」

 海里はどこからか出した花束を快人に見せた。

「会いに行かない?」

「……誰に?」

「……お父さんと、お母さん。だいぶ会いに行けてないでしょ?」

 その提案に快人はしばらく思案すると「そうだな……行くか」と重い腰を上げた。

「うん、行こう!」

 海里は笑顔を見せると快人の腕を引いて、その場を後にした。

 

  同日 昼 河内(かわち)霊園

 

「お父さん、お母さん。最近会いに来れてなくてごめんね」

 海里が両親の名前が刻まれた墓標(ぼひょう)に、バケツに汲んだ水を杓子(しゃくし)で丁寧に掛けながら話しかける。周囲の掃除を終え、最後に快人が花束を墓前に供えると、二人は手を合わせた。

 二人の両親、東条(りく)(そら)は、十年程前に自宅から出火した火事が原因で小学生だった快人と海里を残し他界していた。そこから祖父の来蔵に引き取られ三人で暮らしていたが、その来蔵も失踪したため現在は兄妹二人三脚での生活だった。

「この二年間、おじいちゃんが居なくなったり、怪物が出たりって大変だったけど、なんとか頑張ってこれました」

 海里は手を合わせながら、(たん)々と天国の両親に近況を報告していった。

 それが終わると海里は「お兄ちゃんは何か言っておくことはある?」と尋ねた。

 快人は小さく(うなず)き、墓前に(ひざまず)く。

「……親父、母さん。俺、迷ってるんだ」

 快人は囁くような声で墓標に話し掛ける。

「いや、何を……どうすればいいのかすら、分からない。前の俺ならすぐに決められたはずなのに……。なんていうか、今の俺は……勇気が出ないんだ」

 いくら考えても答えが出ず、ネガティブな思考に囚われているその辛さを、快人は両親にぶつけた。海里が後ろで辛そうに見守っている。

「どうすればいいんだよ……。教えてくれよ……」

 その言葉の中には状況がすっかり変わったことへの精神的な限界を意味していた。しかし、現実とは残酷だ。いくら待っても答えは返ってくることはない。

 しばらくして快人は諦めたように首を振った。

「帰るか……」

「そう、だね」

 快人は立ち上がり手持ち無沙汰(ぶさた)だったためズボンのポケットに手を入れる。

(……ん?)

 違和感を感じてポケットの中を見ながらそれを取り出す。あの日、アリスから渡されたメモだった。

「……こんな時、じいちゃんなら……」

 快人の脳裏に憎いとはいえ亡き祖父の面影が浮かんだ。

「ゾルークなら、いつまでもクヨクヨと悩んだりはしないわよ」

「っ⁉」

 驚いた二人が声の方へ向くと、霊園の入り口にアリスが立っていた。遠目にはゴルドルパンも見える。

「えっ、誰⁉」

 海里が警戒してか腰の引けたファイティングポーズを取る。

 アリスはその姿を見て──子供の小さな悪戯を見る母親のように──微笑(ほほえ)んだ。

「海里ちゃんとは直接会ってなかったわね。私はアリス・クリスティーナ。はじめまして」

「わ、私のこと、知ってる! んですか……?」

 見ず知らずの相手に名前を知られていることに驚き、言葉がつっかえる。

「アリス……」

「えっ、お兄ちゃんの知り合い?」

 海里が首を千切(ちぎ)れんばかりに振って、快人とアリスの両方を見た。

「前にゾルークの居場所を知らせた手紙が届いたでしょ? あれ、私なの」

 それを聞いて、海里は大きな目をさらに大きくした。

「えっ! じゃあお姉さんがあの時の『A』の手紙の人⁉」

「そうよ」

 アリスは海里の反応に笑ったが、快人に目を移した途端、一転険しい顔つきに変わる。

「単刀直入に言うわ。状況は私が思っていたよりずっと悪くなってる」

「……なんの話?」

 事情を何も知らない海里が首を傾げる。

 一方で快人はアリスから目線を逸らす。

「ルパンになるかどうか……決めろってか」

「えっ……えぇぇぇっ⁉ お兄ちゃんがルパン⁉」

 絶叫する海里を横目に、無気力になった快人を見て、(らち)が明かないと思ったアリスは、

「はっきり言うわ。ここまでになった以上、快人の意思はもう関係ない。今すぐついて来なさい」

 と(きびす)を返してゴルドルパンへと戻っていく。言葉は不要。()が非でもついて来い、ということだ。

 状況が飲み込めない海里は快人の顔を見て、「えっ、えっ、どうするの?」と慌てている。

 快人は少し苦い顔を浮かべた。まだ来蔵に対して複雑な感情があるが、このままでは八方塞がりのままだ。

 選択するしか道は残されていない。

《快人、あなたなら「正しい」選択が出来ると、信じている》

「……行くぞ」

 その言葉が後押しになり、ついて行くことを「選択」した快人は後を追う。

「あっ! ちょ、ちょっと、待ってよぉ! お兄ちゃん!」

 海里も急いで二人を追った。

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