小説 仮面ライダールパン   作:竜・M・美日

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トンネルを抜けると、そこには城があった。


第8幕 Bequeath/ルパンが遺した物とは何か

  同日 夕方 海東市 山間部

 

 頭上にあった太陽が夕日へと移り変わる。

 三人を乗せたゴルドルパンは国道に連なる山道を登り、紅葉(もみじ)で作られた自然のトンネルを通って目的地へと進む。

 車内は賑やかどころではなく、海里の驚く声が事あるごとに車中に響き渡った。アリスが快人に言ったことと同じことを伝えたからだ。

 だが、海里もルパンの孫であるため驚きつつも、生来(せいらい)の純粋さからあっさりと納得した。むしろ──後部座席が無いため、助手席に兄妹二人で詰め合って座る──隣の快人の説得役へと転じ始めた。

 それに対し快人が気のない返事する内に、ガードレールが敷かれた崖の向こうに祖父が遺したという森に囲まれた古城が現れた。

 海里は助手席の窓を開けて、直接それを眺める。

 外観は白を基調とした西洋造り、夕陽とのコントラストでより()えていた。

「大きーいし、綺麗! ね、お兄ちゃん!」

 海里はロマンチックな情景に感動して声を掛けたが、快人は一(べつ)すると興味なさそうに目を閉じた。

「もう……。ねっ、アリスさん、お城すごいですね!」

 その反応にムッとしつつ今度はアリスに話を振る。

「そうね。ゾルーク(いわ)く誰かから買い取ったらしいわ。でも驚くのはその外見だけじゃない。中身も凄いわよ」

「へっ?」

 海里が首を傾げるのをよそに国道の途中の分かれ道に差し掛かる。ゴルドルパンは道を外れた森の奥へと入っていく。

 しばらくしてフロントガラスに大きな格子(こうし)の門が映った──三人は目的地「アルセーヌ城」に到着した。

「イライザ。門を開けて」

「承知しました」

 アリスの指示でイライザが自動で門が開いた。それを抜けると小さめの野球場ほどの敷地の適当な場所でゴルドルパンを停めた。

 

 早速、車から降りた海里が辺りを見回すと感嘆の声を上げる。

「すっごぉい……!」

 花畑が広がる庭の中心で白い噴水が水流でアーチを描いていた。

「……まるで映画のセットみたいだねぇ……」

「そうだな」

 車を降りた三人は揃って城の玄関の前まで進む。ドアの横にアリスが立つ。

「ようこそ、アルセーヌ城へ」

 遊園地のクルーのように手で促され、快人がドアノブを押す。重厚な両開きのドアがゆっくりと開いた。

「なんじゃこりゃあ……」

 海里が城内を見て再び目を丸くする。

 内部は外と同じように西洋式の建築方法、全体的な色調は赤でかなり広い。また置いてある家具には(ほこり)はあまり被っていなかった。最近まで使われていたことが分かった。

「ちょっと待ってて」

 アリスがエントランスに置かれていた大きな振り子時計のガラスの蓋を開けた。

「何してるんですか?」

「この城はね、おじいさんの趣味でいっぱいなの」

 海里が素朴な疑問にアリスが苦笑しながら時計盤を覗き込むと、時計盤の下に付いた二つの摘みを回し始める。

「『長針を十二時、短針を三時に』っと……」

 時計の針をL字にする──止まっていた柱時計の針がすさまじい勢いで回転し始め、それに合わせて部屋が小刻みに揺れだした。

「えっ! な、何っ⁉」

 驚いた海里が快人にしがみつく。

「大丈夫だろ……多分」

 回転する両針が十二時を指すと、時計が立っている隣の壁がせり上がっていった。

 完全に壁が上がると海里が恐る恐る壁の向こうを(のぞ)く。地下へと続く階段があった。

「何これ……」

「言ったでしょ? 中身が凄いの」

 アリスが先陣を切って階段を降りていく。

「うわぁ……! お兄ちゃん早く行こう!」

 興奮して、いても立ってもいられない様子で快人の腕を引っ張る。

「分かった、分かった……」

 そのはしゃぎように(あき)れつつ二人も階段を降りた。

 

 階段を降りた快人達の前に西洋の城には似合わない機械的なドアが現れる。

「なんていうか、どこかの研究室のドアみたい」

「……場違いだな」

「この中は場違いどころじゃないわよ」

 アリスがハンドサインで入るように勧めた。快人がドアに近づくと自動で開き、中が見えた。

「わぁ……」

「ふふっ、まるで秘密基地でしょ」

 ここもかなり広く、特撮映画に出てきそうな大きなモニター、精密機械が所狭しと並ぶ。

「本当に秘密基地だぁ……」

「ん? ……あれは」

 快人が秘密基地の一角にあるものを見つけた。黒服にシルクハットを被った、ルパンの若年頃の自画像──さらに目を引くのが、その隣に機械的な赤い体に黒いマントやシルクハット、右手には金色の銃を持ったルパンらしき絵画(かいが)だ。

「ゾルークの自画像よ」

「確かにこっちはおじいちゃんの絵だけど。こっちは誰、っていうか『何』?」

「それはね『仮面ライダールパン』。ゾルークが変身した姿……って説明で分かる?」

「仮面、ライダー……」

 かつてグローバル・フリーズで助けられた存在と同じ名前に興味を惹かれた快人が絵画を見つめる。アリスがその隣に立った。

「ゾルークはね、死ぬ直前まである組織の計画を阻止しようとしていたの」

「えっ」

 快人が小さく声を上げた。アリスの顔を見ると神妙(しんみょう)な顔つきだ。

「『パビリオン』のことは知ってるでしょ」

「……知ってる、どころかこの街を作り変えた会社だ」

 企業城下町であるこの街でその名を知らないのは、よっぽどの世間知らずだろう。

「そう。表では鋼鉄事業で街一つを再開発するまでに力を持った企業。だけど、裏では兵器売買を生業(なりわい)にいろんな兵器を作っている。じきに国外にも輸出を始めるわ」

「なんだって……」

「ガイアメモリはその氷山の一角。今はもっと強力な『新製品』を開発中みたいよ」

「あ、あの……もし、そんなのが完成しちゃったとしたら?」

 嫌な予感がした海里が顔を引きつらせる。

「ゾルークが言うには……『世界が崩壊する』らしいわ」

「……本当か?」

 快人が疑いの目を向ける。軽口を叩ける程度に付き合いがあるとはいえ、アリス一人の言葉を鵜呑(うの)みにはできない。

「信じるかどうかはあなたたち次第ね。だけど遅くても、一年以内には準備が整うらしいわ」

「たっ、たった一年⁉︎」

「『遅くて』よ。順調に進めば……」

「……一年もない、ってことか」

「そういうこと。状況を分かってくれた? だから世界を救う『英雄』が必要なの」

 そこで言葉を切りアリスは少し寂しそうに仮面ライダーの写真に目を向ける。

「そう、英雄がね……」

 

 しばらくそれを眺めていたアリスだったが、「さてと」と切り替えると基地についての説明を始めた。

「ここはアルティメットルパンのアジト。ゾルークも死ぬ直前まで情報収集をしていたの」

 次に様々な情報が映るモニターを指した。そこには街の緻密な地図や、この世のものとは思えない生物のデータが出ている。

「なんかいろいろある……」

「ここに映るすべてが快人が知っておくべき情報よ」

 チラッと快人を見ると少し鬱陶(うっとう)しそうにモニターから目を(そむ)けた。

「……そうそう、そこのスペースはゴルドルパンのメンテナンス場よ」

 アリスが話題を変えるがそこは何もない空間だ。海里がキョロキョロと見渡す。

「何もないですけど?」

「そろそろ来るわ。ほら」

 天井の一部が開き五メートル程の円台が降りてくる。上にはゴルドルパンが停車していた。

 円台が床と合体すると同時に床から整備用の機械類が現れ、空中にホログラム状のモニターが投影されゴルドルパンの状態が映し出された。

「ゴルドルパン、到着しました」

 イライザが到着を伝えた。

「ご苦労様」

「すごぉい……!」

 海里は興味津々でゴルドルパンの周りをグルグルと回る。

「普段はここでメンテナンスを受けながら待機しているわ」

 少し興味が湧いた快人も車体に触れた。

「……ところでこいつのベースは?」

「このゴルドルパンは『DMC―12』。通称『デロリアン』がベースです」

「デロリアン、ってことはもしかして」

「……じいちゃんが乗ってた奴だ」

 快人の言葉に海里が合点がいったのかポンと手を叩く。

「なるほど! おじいちゃんと一緒に無くなったから不思議に思ってたんだよねぇ」

「先代がアルティメットルパンとして復活してから、かねてよりこの車両を改造することは決めておられました」

「……派手好きのじいちゃんらしいチョイスだな」

 祖父の趣味が満載のゴルドルパンを見る二人──アリスが咳払いする。

「それはまた後で。まだ案内する所があるわ」

 アリスが二人を基地の奥に案内する。壁面に厳重な鉄格子が嵌められていた。

「これは?」

「ゾルークの金庫よ。この中に『二人に渡す物が入ってる』らしいわ」

「……らしい? 開けなかったのか?」

「ゾルークから『二人がいないかぎり絶対に開けるな』って釘を刺されてたのよ」

 そして、アリスは鉄格子の横の端末に暗証番号を打ち込む。電子音と共に鉄格子が開く。ドライアイスの白い煙に包まれて出てきたのは小さなケース。

「これが……?」

 快人はそれを手に取ると開けようとする、が開かない。

「……おい、開かないぞ。ん?」

 見ればケースには二十六個のアルファベットのボタンと七つの液晶が付いていた。七文字のパスワードで開く仕掛けだ。

「その疑問には私がお答えいたします」

 ゴルドルパンのヘッドライトが灯り、イライザのホログラムを投影する。モニターの時とは違いよりはっきりとした成人女性に似た姿だ。

「凄い……」

「先代から『もはや手に届かぬ宝によって開く』と言付(ことづ)かっております」

「『もはや手に届かぬ宝によって開く』? それを解かなきゃ一生開かないってこと?」

「そういうことになります」

「……やってくれるぜ」

 何かを期待していたのか快人が落とした肩をアリスが摑む。

「さぁ、どうするの?」

 ここまで見せたのだから、やるのか、やらないのか、と選択を迫る。

「…………」

 やはりまだ気持ちに整理がつかないのだろう。快人から答えは出なかった。

 

 快人達が帰る頃には、空は満天の星空。

 二人はアリスの(すす)めで、ゴルドルパンでアパートまで帰ることになった。

「今日はいろいろとごめんなさいね」

 運転席のフレームに腕を掛けたアリスがハンドルを握る海里に声を掛ける。

 今更だが快人と海里は運転免許を取得済みだ。

「こっちこそありがとうございました!」

「また遊びに来てね。歓迎するわ」

 続けて、預かったアタッシュケースを胸に抱えて助手席に座る快人を見て、小さくため息をつく。

「快人。いつまでも迷ってたら駄目よ。アナタが思う正しい選択をしなさい。いい?」

 ちゃんと聞いているのかは怪しかったが快人が小さく(うなず)く。

 海里はそれを見て気まずそうに笑うとアリスに別れを言った。

「じゃあ失礼します!」

「ええ、気を付けて帰ってね」

「はい!」

 アリスがガルウィングを閉め、手を振って二人を送り出す。

 ゴルドルパンは門を越えるとすぐに闇夜に隠れて見えなくなった。見送ったアリスは打って変わって(けわ)しい表情になる。

(思ったよりも相手の能力が強かったみたいね。でも、変わろうとする(きざ)しはあるわ……)

 スマホを取り出し『GO』のみのメールを送信した。

(さて、次は)

 今度は違う端末を取り出し、電話を繋ぐ。相手はすぐに出た。

「もしもし。えぇ、予定通りです。はい、手筈(てはず)通りに。それでは」

 アリスは通話を切ると、続けて普段持ち歩いている黒いケース「パンドラ」のテンキーを打ち込む。しばらくしてホログラムの画面が現れ、ある人物の顔が映る。

『なんの用だ』

 通話相手はあからさまに不機嫌だ。

「ハーイ、天地」

 その人物は、アリスにとって敵であるはずの皇神天地だった。

 

  同日 夜 海東市 住宅区

 

 賑やかだった行きとは違い、帰りは重い沈黙が車内を支配している。

 海里は運転しながら助手席を座る快人の様子を見るが目を閉じて黙ったままだ。

 最後まで言葉を()わすことなく、山間部を抜けたゴルドルパンは三十分程でアパートに到着した。

「お兄ちゃん着いたよ」

「……ん……」

 海里が呼びかけると快人はゆっくりと目を開け、ケースを摑んで車を降りた。

「えっ、ちょっと、この車は?」

「ゴルドルパンには自動運転が搭載されており、自立してアルセーヌ城へ帰還が可能です」

 イライザの説明に海里は驚嘆(きょうたん)する。

「へぇ……そうなんだ。じゃあイライザ、今日はお疲れ様!」

「はい。お疲れ様です。お嬢様。快人坊ちゃま」

 海里が降りる。ゴルドルパンが器用にUターンして来た道を戻っていった。

「……なんだか夢みたいな一日だったねぇ」

「……いい加減、俺もどうするか腹くくった方が良いのかも……知れねぇな」

 快人の心が揺らいだのか、そう呟いたのを海里は聞き逃さない。

「おっと! いよいよアルティメットルパンの復活ですかぁ?」

「……さあな」

 ひじで突いてくる茶化(ちゃか)す海里に、快人はやれやれとアパートの中に入る──目の前を立ち塞がれてぶつかりかけた。

「……あっ、すいま──」

 謝ろうとして男の風貌(ふうぼう)を見た快人はギョッとする。

 身長が二メートル近くあるのもあるが、服装が白一色のマオカラースーツだったこともある。まったくの無感情で不気味過ぎた。

「……あの、退いてもらえませんか?」

「どうしたの?」

 異変に気付いた海里が肩越しに男を見る──すぐに快人と同じ顔になった。

「東条快人、だな?」

 男は声と威圧的な態度で快人達に近づいてくる。

「……あぁ」

 快人が一言で答える。見えないように背後の海里に「下がれ」とハンドサインして、二人は後退(あとずさ)った。

「そのケースを渡してもらおうか。それにはアルティメットルパンに関連する重要な物品が入っているはずだ」

 男が快人より一回りは大きいのではないかという手を出してくる。

 快人は男を見()えながら、ゆっくりと海里にケースを渡した。

「まさか、アンタ、パビリオンの仲間か?」

「……えっ……⁉」

「お前達が知る必要はない。すぐに渡せ。さもなくば」

 渡す気がないと(さっ)した男はスーツの内ポケットからある物を取り出す。USBに似た物体。快人が数日前に見たのと同じ物だ。

「ガイアメモリ……⁉ またかよっ……!」

「知っているなら話が早い。ケガをしたくなければ、こちらに寄越(よこ)せ」

「……お兄ちゃん……」

 快人が振り向くと海里が怯えていた。一瞬目を閉じる──覚悟を決めた顔で男に向き直った。

「それなら……お断りだ!」

「ちょ、ちょっと、お兄ちゃん⁉」

 快人は海里の手を握ると走り出す。だが、二人はすぐに足を止めざるを得なくなった。

「うわっ⁉」

「囲まれてる……⁉」

 気づけば二人の周りを数人の白服の男女が取り囲んでいた。どこかに逃げ道がないかと探すが、アリの子一匹通れる隙間は無い。

「無駄だ。早くそれを渡せ」

「得体の知れない奴に渡せるかよ!」

 男に対し快人は毅然(きぜん)とした態度で啖呵(たんか)を切る。

「ならば。こうするだけだ」

 男はメモリのスイッチを押す。他の仲間もそれに合わせて起動した。

「ユートピア!」

「テラー!」

「ウェザー!」

 聞き取れたのはここまでで、後は音声同士が(さえぎ)りよく分からない。白服達はそれぞれ腰のベルト「ガイアドライバー」にガイアメモリを刺し、姿を変えていく。

 その光景は快人達の人生の中で最も異様だった。

 土偶(どぐう)のような姿をした者に、猫を人ほどに大きくしたような者など。

 深夜の閑静(かんせい)な住宅街で、(うし)三つ時にはまだ早いが魑魅魍魎(ちみもうりょう)に囲まれてしまった。

 海里が小さく悲鳴を上げて快人の背中に頭を押し付ける。

「お兄ちゃん……!」

「大丈夫だ。最後まで諦めんなよ……そうだ」

 快人がいきなりケースを海里から引ったくってドーパントに向けて掲げた。

「ちょっと待った!」

「……えっ、ちょ、ちょっと何してんの⁉」

 不可解な行動に海里が慌てふためく。

「あんたらが何者なのかは知らねぇけどよ。狙いはこれだろ?」

 そして、ケースを胸に抱える。

「もし中身が壊れたりしたら、アンタらのボスは悲しむんじゃねえのかなぁ?」

 今の快人には珍しくおどけた調子で言う。

 するとその言葉で一瞬、ドーパント達が躊躇(ちゅうちょ)した。

「……今だ、走れ‼」

「うぇぇぇぇぇっ⁉」

「離すなよっ!」

 海里の手を引き、たった今降りてきた山の方角へと走っていく。

 ところで、快人の顔には恐怖、ではなく笑みがこぼれている。勝機があるのか。それともこの状況を楽しんでいるのか。

「追え」

 杖を持った金色のドーパントの指示で、他のドーパント達が追跡を始める。

「逃げられるとは思わないことだ」

 

 快人はアルセーヌ城まで辿り着ければなんとかなると思っていた。

 しかし車ならまだしも二人は徒歩だ。街灯も薄暗い、斜面の道を走ることになった。平時ならば絶好のジョギングコースになるかもしれないが、彼らは息を切らして怪人の魔の手から逃れようとしていた。

 さらに残念なことに両者には圧倒的な力の差があり、すぐに追いつかれた。横の法面(のりめん)を猫のドーパントが何の苦もなく前傾(ぜんけい)姿勢で走り、背後では羽を()やした青い人型と、足がない──下半身が一体化した──赤い女性型が(ちゅう)に浮いて、迫ってくる。

「マジかよ……!」

「嘘でしょぉ⁉」

 赤と青のドーパントが手で円を描くと光弾が出現し、それを放つ。快人達の頭上を通って目の前に着弾した。一瞬、闇夜を照らすほどの火花が散って当たった部分を焦がす。

「うおっ!」

「きゃっ!」

 二人は声を上げて反射的に立ち止まる──突然、快人の姿が消えた。

(えっ?)

 海里が目を白黒させて横にいたはずの兄を探す。

「……離せ、よッ!」

 道の先の方から声がする。見れば猫のドーパントが快人を抑え込んでいた。

「お兄ちゃん⁉」

「離せ! この野郎!」

 どうにか引き()がそうとするが、鋭い爪をチラつかされ上手(うま)くいかない。

 問題のケースは足元にあった。位置的にドーパント達が簡単に奪い取れる状況だ。

 事実、ドーパント達は海里を一切無視してケースに向かっている。今から走っても間に合わないだろう。

 快人もそれは分かっていたらしく、抑え込まれながら海里に向かって叫ぶ。

「海里! こいつを!」

 他に手が無かったのか快人は自由だった片足でケースを力一杯に蹴り飛ばす。下り坂だったこともありケースはドーパント達の間をすり抜けて海里の足元まで滑ってくる。

「えっ、ちょ、ちょっと! お兄ちゃぁん⁉」

 海里が慌ててケースを抱え込んだ。

「逃げろ!」

「えっ、えっ、無理だってぇ!」

 ターゲットが海里に切り変わり、今度はその周囲を取り囲む。

「ど、どうしよう……」

 にじり寄るドーパント達から海里は一歩ずつ後ろへ下がった──すぐに転落防止のガードレールにぶつかる。恐る恐るガードレールの向こう側を見た。

 急斜面の崖で暗いこともあって底が見えない。一か(ばち)か飛び降りてもタダでは済まないだろう。

「う、ううぅ……」

 心が折れてしまった海里がケースを抱えてしゃがみ込んだ。

「逃げろ海里!」

 場当たり的なことをやってしまったが、もう遅い。快人が必死に手を伸ばすが届くはずがない。

 一番最初に青いドーパントが海里に近づくと、躊躇(ためら)いなく手に持った剣を振り上げた。

「っ! やめろぉ‼ 海里ぃ‼」

 快人が叫ぶが無情にもその剣は振り()ろされた。

「んっ!」

 ギュッと目を閉じる海里──崖下の森林から一つの影が飛び出した。

 ズバッ!──何かを切る音、そして、その影が海里を庇うように着地する。

「……えっ……?」

 無事なことを不思議に思ったのか、海里が震えながらゆっくりと顔を上げた。

「なんだ……?」

 驚きで猫のドーパントの力が(ゆる)み、快人が少し体を起こす。

「……ナスカ。排除」

「えっ」

 青い怪人、ナスカ・ドーパントが素っ頓狂(とんきょう)な声を上げると自身の足元を見る。そこには太い剣先が地面に深々と刺さっていた。

「……っ、ぐわぁぁぁぁ⁉」

 そのまま断末魔を上げて爆散するナスカ。

 突然のことに誰も今この状況を説明しろと言われても言語化するのは難しい。

 ただ一つ言えるのは、爆炎に(あお)られ灰色の長髪と鈍色のコートを(ひるがえ)す、人の身の丈はある大剣を(たずさ)えた、外見は快人達と同年代に見える青年が立っていた。

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