まだ馴染めていない会社への出勤や初の登校……4月上旬特有の不安と期待が入り混じった空気に包まれながら、私は電車に揺られていた。
私も1年前はあんな感じだったんだろうな。 少し懐かしんでいると、電車は地下から地上へと上がり始める。
やがて光が車内を満たし、乗客たちは少し怯んだ後に各々目を開いた。
始めは怪訝そうだったその顔も、あっという間に驚愕に満たされていく。
「やっば……」
「うち初めて見た……」
――最先端科学都市、東京都
街の至る所に浮かんだホログラム映像や空中投影ディスプレイ、運搬ドローンは空というものがもはや陸地と変わらない存在であることを示し、清掃ロボットや警備ロボットによって景観と治安が維持されている街並みはもう人類に管理できない場所などないかのように感じさせる。
まあ、満員電車だから外の様子が見えない人もそこそこいるけど。
驚く人々を他所に、電車は普段通りに進んでいく。 そして葱津高校前駅にて私はようやく満員電車から開放された。 一駅前の葱津中央駅で結構降りて、そこそこ余裕があったのは内緒。
閑話休題。
改札機を通ると、右腕に巻かれたスマートバンドが緑色に淡く光り、ピロリンと軽快な音を奏でた。
近年の自動読み取り技術は凄まじく、歩く速さを落とさずスムーズに改札を通ることができる。
駅の北出口から葱津高校までは一本道。 校舎が大きいこともあって新入生が迷うことはまずない。
駅から5分程度で高校につくと、私は下駄箱の近くにデカデカと掲示されたクラス表へと向かう。
クラス表の前には既に人だかりができており、自分のクラスを確認するだけでも一苦労だ。ネットに載せてくれればいいのに。
えーと、緋崎……緋崎……
「あっ、あった」
2年7組の欄に私の名前、
担任は……
「うわっ……」
そしてさらにこの部活がまた中々に奇怪で……面倒くさい。
風紀委員会。 正式名称は風紀部と言い、勝手に委員会を名乗っている控えめに言ってかなり頭のおかしい部活動だ。
本音を言うのならこんな部活はやりたくなかった。
だがしかし、ひょんなことから入部することになって早1年。 もう辞めると言い出しにくい次元にまで達してきた。 退部代行でも頼もうかな。
「おっ! 緋崎ー!! 俺達同じクラスだぞー!!」
少し離れた場所から一人の男子が話しかけてきた……というよりかは叫んできたという方が正しいか。
彼の名前は
「はぁ……」
まあ詰まる所……今年は厄年ね。
あれから十数分後、教室にデカデカと展開された空中投影ディスプレイとそこに映る校長先生をぼーっと眺めていた。 小中高とたいして内容の変わらない挨拶を毎年聞かされる身になってもらいたい。 そう思いながら小さくあくびをする。
ここ、国立葱津高校は葱津区に相応しい高校をというのをスローガンに建てられた学校だ。 その分入試問題もかなりの難易度となっており、偏差値は脅威の81。
もちろん、難易度に相応しい価値のある学校であり、最先端の教育に最新の設備、そして何よりも……正気の沙汰とは思えない莫大な予算が部活動に与えられる。
一見税金の無駄遣いのようにも見えるが、この予算のおかげで科学部で度々発明……それも特許費で軽く数十年は遊べるレベルの発明が起きたりするので、世の中何があるかわからないものだ。
結果、大義名分を得た各部活動は潤沢な予算と類稀なる才能を盛大に無駄遣いすることで鮮やかな青春の思い出を作っている。
「えー、それでは。 私はこのクラスの担当の大原真殊だ。 去年担当した生徒もいるだろうが――」
ふと意識を戻すと、校長先生の話も無事に終わったようで大原先生が話し始めていた。 1年の3学期の始業式では校長先生のズラが落ちた上に清掃ロボが吸い込むという大事故が起きたが、今回はつつがなく終わって一安心。 もう二度と60すぎた大の大人が壇上で泣き喚く姿なんて見たくはない。
その後は、一人30秒程度の自己紹介が行われた。 正直言って生徒側の自己紹介とかやる意味あるのかなと以前までは考えていた。 こんなのどうせ全員定型文しか言わない。 当たり障りのないふわっとした趣味を適当に言うだけだ。
だがしかし、この高校はそうはいかない。 掛け布団にくるまりながら話し出すバカがいたり、突然カバディを行いだすやつがいたり……自己紹介というよりレクリエーション大会のようになってしまっている。
「花畑のもとで桜は咲く。 セミが鳴いても、紅葉が舞っても、雪に包まれても」
ほらまた増えたし。 変なやつ。
――
もはや何を伝えたいのかすらわからなくなってきた自己紹介も終わりを迎えた。 ちなみに私は定型文自己紹介をしたら逆に浮いた。 本当に解せない。
もうなんだか今日は疲れたな。 これから一年もこのクラスでいると考えると目の前が真っ暗になるほど辛い。
今日はもう家に帰ってゆっくりと眠ろう。 そう思って席を立ち上がったのだが……
「緋崎ー! パトロールしようぜ!!」
よし、絶交しよう。 決意を新たに御崎を睨みつける。
ちなみに、パトロールというのは風紀委員会の活動の一環だ。 うちの部活は校内だけでなく、街の風紀も守るべきという方針を掲げている。
ほんと、せめて校内で物事を完結させてほしかった。
「あー……用事が……」
「ん? パトロールをするのか?」
しかしここは教室。 担任であり、顧問でもある大原先生はもちろんそばにいるからして……
「はぁ……わかったわよ……」
御崎相手になら口先八丁で誤魔化せるだろうが、流石に先生相手にはそうはいかない。
いやでもあくまで自主的な活動だし、行かなくても許されるかも……?
「じゃあ早速行くぞー! 一ヶ月ぶりの部活に!」
しかしながら、先程肯定してしまったせいで御崎はすっかりやる気になってしまっている。
嘘をついてこの上機嫌を悲しみに変えるのは流石に心が痛む。 ま、しょうがないか。
「御崎、正義心は結構だがあまりそれに頼るなよ? 自分が正しいと思うことが他者を傷つけることだって往々にしてあるんだ。」
大原先生の瞳は私達を見ているようで、見ていない。
まあ若い先生と言っても私達とは十歳近く離れているんだし、きっとなにか私達の知らない経験や失敗があったのだろう。
すると先生はハッと視線をこちらに戻してコホンと軽く咳払いをした。
「まあともかく、自分の心より法律を基準にするように」
きっと、先生にとっては自身の体験を元にした、ためになる大切な教訓だったのだろう。
たしなめるような言い方でありながら、私達を見つめる視線はどこか優しい雰囲気をまとっている。
「はいはーい、わかってまーす」
が、しかし。 御崎は適当に聞き流した。
鬼の気配がした私はスッと息を潜める。
「御崎……生徒指導室へ来い……!」
青筋を立てた先生が御崎の首根っこを掴み、廊下を引きずっていく。
やっと事の重大性に気づいた御崎はジタバタと慌てふためきながら叫びだした。
「え? あっ……ごめっ!! ごめんなさっ!! ……ひ、緋崎助けて!!」
御崎が手を伸ばしてくる。 しかし、触らぬ神に祟り無しだ。 私はスッと目を逸らす。
大原先生による生徒指導。 通称[死刑]の今年度1人目の犠牲者が決まった瞬間だった。
多分今年度回数一位もあいつだろうな……
――
「ホウリツガキジュンホウリツガキジュンホウリツガキジュンホウリツガキジュンホウリツガキジュン」
……御崎の人格は崩壊した。
いったい生徒指導室では何が行われていたのだろうか……考えるだけで恐ろしい。 たった三十分で人格を崩壊させるだなんて。 どう考えても普通の手段じゃない。
「一応言い聞かせておいたが……御崎は正義心が強いタイプだからな、緋崎がしっかり手綱を握ってやってくれ」
一応どころかちょっとやりすぎなぐらい言い聞かせてないですか?という言葉は飲み込んでおいた。 私は御崎と違って空気が読めるのだ。
軽く頷くと、私は口を開いた。
「はぁ……わかりましたよ。 あいつがやらかすと、私にも火の粉が飛んで来ますし」
「まったく……素直じゃないな」
「その反応やめてください。 蕁麻疹が出ます」
微笑みながらこちらを見つめる大原先生を少し鬱陶しく思い、目を逸らす。
逸らした先では虚ろな目をした御崎がブツブツと声を発していた。
「ホウリツガキジュンホウリツガキジュンホウリツガキジュン」
病院連れて行こうかな……
――
始業式に教科書配布、死刑執行……なんやかんや色々あったので、登校時から二時間半は経過していた。
ふと頭上を見上げてみると、そこには残酷な程に青い空。 雨でも降っててくれればよかったのに。
これではパトロールが中止になる可能性なんて万に一つもないだろう。
「空が青い理由知ってる? 私の顔が青いからよ」
「何言ってんの?」
御崎にかわいそうなものを見る目で見られた。 精神崩壊してたあんたほったらかして帰ってもよかったのよ?
今からでも走って逃げてやろうかと考えていると隣からぐーっと大きな音が鳴った。
私は音の発生源であろう人をちらりと見る。
「お腹空いたの?」
「いやー、寝坊して急いでたから朝食べてなくてさ」
「寝坊? あんた私より先に登校してたじゃない」
御崎の矛盾した主張に首を傾げると、彼は押していた自転車をポンポンと叩く。
御崎が叩いた電動自転車は科学部印の特別仕様だ。 この自転車は搭載された高性能モーターのせいで電動自転車の枠から飛び出しており、最大で時速100キロ程度まで加速することができる。 はっきり言って自転車の形をしただけの電動バイクだと思う。 あいつらなんかの法律に触れてんじゃないかな……
「ヒント、この自転車の最高速度」
「何やってんの!?」
思わず大声を出して問い詰めると、御崎は居心地が悪そうに目を逸らす。
それでもなお問い詰めるような視線を送ると、小さな声で弁明を始めた。
「……法定速度は守ったし」
「まずバイク登校禁止でしょ」
「じ、自転車だから!! ほら!! カゴ付いてるし!!」
「基準そこ?」
御崎はあれやこれやと必死に言い訳を続けるが、腹の虫がその言い訳を何度も掻き消す。 こんなに間抜けな絵面も珍しい。
まあ、なんかその間抜けさに説教する気もかき消されちゃったんだけど。
「ん。そこコンビニあるわよ」
私が指を指すと、御崎は左手の手首を見せてくる。 そしてそこに巻かれた機械をトントンと指で叩いた。
「充電切れちゃってさ……」
「呆れた……」
スマートバンド、通称スマバ。 腕時計型のデバイスだが、系譜としては携帯電話でありスマートフォンの後継に当たる。本体自体はかなり小さいものの、空中投影ディスプレイとホログラムを展開する機能が付与されており、自身の前方に巨大な画面を映し出して使用するためたいして問題はない。
今朝、私が改札で使ったように電子決済機能もついている。 そして買えば?という言葉に対して充電切れという返答が返ってきたのはそういうわけで……
「はぁ、一応聞くけど財布は?」
「持ってるわけないだろ?財布なんて」
「ま、そうよね」
2054年現在、現金を持ち歩いている人間なんて少数派もいいところだ。 てかお年玉以外で現金を見ることが滅多にない。
「はあ、明日返しなさいよ?」
私の言葉を聞き、御崎は目を輝かせながらこちらを見つめる。
そして少し大げさな動作で私のことを拝み始めた。
「神様仏様緋崎様ー!!」
「安い信仰ね」
「ほら、信仰は金無き人間の為にって言うだろ?」
「初めて聞いたわよ、それ」
そんな雑談をしながら私達はコンビニに入店した。
ちょうど目の前を通った商品補充ロボに注意しながら進む。 ちなみに補充ロボの足元はお掃除ロボと同じ作りをしているのでロボの通った跡は他より少し綺麗だったり。
それはさておき、前に並んでいた青い髪の葱津生が会計を終えて私達の番になると、御崎は意気揚々とホットスナックの棚を見た。
個人的にはホットスナックよりも甘いものの方がいいんだけどな。
特に最近のコンビニスイーツはすごい。 流石に専門店には及ばないもののチェーン店ゆえの財力を駆使し、豊富な期間限定スイーツの販売が行われている。 少し前は桜風味が多かったがおそらくこの時期だと……
「唐揚げが……ない……!!」
御崎の声に意識を戻される。 隣を見てみると御崎は地に伏していた。 あまりのオーバーリアクションに驚いたのか、いつも変わらず愛想のいいアンドロイド店員ですら流石にオロオロと慌てふためいている。
「驚きすぎ」
「いや俺今めっちゃ唐揚げの口なんだよ。 唐揚げ食べた過ぎてやばい」
知るか。
「烏でも襲えば?」
「犯罪教唆!?」
「あの……これ、いります?」
振り向くと、先程前に並んでいた青髪の女子生徒が立っている。 そして彼女はおずおずと唐揚げを差し出してきた。
今にも飛びつきそうな御崎を手で制し、首を横に振る。
「いや、大丈夫よ。 流石に悪いし」
御崎は俺の意思は?と目で訴えてくる。まあそれは全力で無視するけど。
「いえいえ、お気になさらず。 その代わり、学校でなにかあったときは頼らせてくださいね?」
制服から私達も葱津生だと察したのだろう。 彼女は控えめに首を傾げながらそう言ってきた。
こちら側が受け入れやすくなるような言い回しまで使えるなんて……科学部のバカ共にこの子の爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。
「……ん。 ありがとね」
「いえいえ……それではまた」
彼女は軽くお辞儀をしてからコンビニを去っていった。 御崎はそんな彼女にありがとなー!と両手を大きく振りながら別れを告げた後……肉まんを2個注文していた。 唐揚げの口じゃなかったのか。
――
会計を終えると、私達は葱津中央駅を目指して歩き始めた。
多少見慣れはしているが、下校時に使うとなるとなんとなく新鮮味がある。
「二駅分無駄に歩く羽目になるなんてね……」
ちょっと当てつけのように言ってみたが、御崎からの返事はない。 ちらりと横を見てみると、当の本人は幸せそうに唐揚げを頬張っていた。
「ひょうはないはぁ……お詫びに肉まん一個やるよ」
「……結局私の出費になるだけじゃない?」
「いや、この肉まんの代金も返すから実質俺の奢りだよ」
御崎はフフンと胸を張りながら言う。
「じゃ、ありがたく……」
少し口を大きく開けて肉まんを頬張る。 これと言って感動することはないが、安定感のあるいつも通りの味。
このまま何事もなく帰れればいいな。 ボーッと遠くの方を見つめながらそう思った。
が、世の中そううまいことはいかないらしい。
「誰かー!!」
女性の切り裂くような高い悲鳴が辺りに響き渡った。 慌ててそちらを見てみる。 すると、地面に座り込んだ女性とその女性から逃げるように走るカバンを持った男性がいた。
ひったくりなんかやっても警備ロボに取り押さえられて終わりなのに。
その様子を少し呆れながら見ていると、犯人が小型のショットガンのような装置を取り出した。
引き金を引くと同時に銃口に取り付けられた円盤状の金属が勢いよく飛んでいく。 そのまま円盤が近くの家の3階の壁に張り付くと、円盤と装置を繋ぐ紐が巻き上げられて犯人が宙に舞い上がった。
私達が呆気にとられている間に犯人は次から次へと飛び移っていく。 その姿はまるでアメリカのクモのヒーローのようだ。 ただの犯罪者だけど。
「えぇ……」
確かに壁を伝って逃げれば警備ロボから逃げることができる。 とはいえ警察相手にはそうはいかないだろうし、無駄に目立つ。 しかもそんな派手な方法を選んでまで行う犯行がひったくりというのもなんだかくだらなくて思わず呆れてしまう。
「っと……」
とりあえず警察に通報しようとスマバを起動したのだが、意外と機動性は高いようで犯人はもう米粒のような大きさになっている。
それに気づいた御崎が勢いよく自転車に飛び乗った後、慣れた手つきで電源を入れていた。
「ちょっと追いかけてくる!!」
モーターはまるでエンジンかというほどけたたましく音を唸らせ、強風を伴いながら御崎は走り去っていく。
私はスカートを抑えながらそれを見守ると、小さくため息を吐いた。
「……はあ、しょうがないか」
警察に通報したあと、無線で御崎と連絡を取ろうとする。 もしも無線機まで電池切れだったら大原先生に24時間説教をしてもらおう。
『なに!?』
無線機からは耳が痛くなるほど大きな風の音と、それを遥かに上回る御崎の声が聞こえる。
音量下げておけばよかった……
「今、犯人はどのあたりにいるの?」
『えっとー……雪代一丁目らへん!』
「わかった」
まだここからそう離れていないことを確認すると、靴の電源を入れてから全速力で走る。
そして勢いそのまま高く飛び上がり、壁に貼り付いた。 科学部特製のこの靴は電源を入れるとそこに仕込まれた電磁石に電流が流れ、鉄製のものに貼り付けるようになるのだ。
流石にずっと張り付くことはできないが、それでもスマートポールを飛び石のように移動したり、壁キックをしたりとできることは大幅に増える。 電磁力の吸着作用で少しだけ跳躍力をかさ増しできるのもありがたい。
壁キックで建物の屋上まで登ると、屋上を飛び移りながら移動して犯人との距離を詰める。
「見つけた」
屋上ショートカットと、御崎からの連絡を元にした移動予測が功を奏して無事に犯人を視界に捉えた。
そして私はすかさず無線機を起動し、御崎に連絡を取る。
「御崎は先回りしといて、場所は――――」
――
ずっと下で追いかけてきていた変なガキがどこかへと去っていった。
これであとは警察を撒くだけだ……俺は今後に夢を膨らませる。 今回はひったくりだがこの装置ならもっと大きな犯罪だって起こせるだろう。 そんな俺の思考を邪魔するような足音が背後から聞こえてきた。
「は?」
振り向いてみると、女子高生が屋上を走っている。 道端に落ちていたこの装置といい、屋上を走り抜ける女子高生といい……一体この街はどうなっているんだ。
とはいえ女子高生なんかに捕まるつもりはさらさらない。 気を取り直し、建物を飛び移りながら逃げ回るが、相手もしつこく追いかけてくる。
「鬱陶しいガキだな……」
女子高生が目立った装置を持っていないことを確認すると、俺は道路を挟んだ反対側の建物まで跳躍する。
流石に追いかけてこれないだろうと思って振り向いてみると例の高校生は屋上から壁へ、壁から走っている車へとピョンピョンと飛び移り、こちらに迫ってくる。
「御崎! 全然間に合ってないじゃない!」
どうやら仲間が居てそいつと挟み撃ちにするつもりだったらしい。 おそらくさっきのチャリみたいなバイクに乗っていたガキだろう。 女子高生は
「言い訳はいいから! 次は……」
キレてはいるが、流石にある程度の冷静さは残っているようで先回り場所はこちらに聞こえない程度の音量で伝えている。
それでもまあ、相手が短気だと知れただけラッキーだ。 俺は可能な限り素早く移動を続けた。
そしてそれからしばらく経つと……
「あー!! もう!! 何度ミスすんのよ!!」
これでもう何度目かわからない罵声が聞こえてくる。
あいつらに大した連携力がないうえ、逃走先を決める権利はこちらにある。 ちょっと変わった道具を持っているだけのガキ二人に捕まるわけがないだろう。
調子に乗ったガキをおちょくるのは中々に気持ちがいい。 上機嫌で逃げ回っていると、再び大声が聞こえてきた。
「いい加減にしなさいよ!! こっちは走ってんだから体力もキツイのよ!! 次は葱津公園東口!! 公園入られたら負けよ!!」
もう完全にブチギレたみたいで、2回ほど前からは普通に俺にも聞こえる声で奴らは話していた。
葱津公園か……警察が来ても撒きやすいし、公園内の木が多いエリアを走ればバイクも使えないだろう。 あとはちっこいガキと息切れしてる女子を撒くだけ。
葱津公園のスケートパーク近くの街灯へと飛び移る。 確かに一番近い入口は東口だが、こっちは金属さえあれば空を自由に移動できるのだ、入口で待ち構えようという考え自体が既に馬鹿としか言えない。
俺は心の中で高笑いをする。 あとは警察を撒いて……現代の怪盗ルパンにでもなってやろう。
「今!!」
さっきの女子の声が聞こえてくる。 一体何事だと思い辺りを見回してみると、あのバイクが全速力でスケートパークの坂を駆け上がっていた。
そして勢いそのままバイクは宙へと浮かび……あのガキが俺に向かって飛び上がってくる。
急いで逃げねえと!! 金属!! どこか飛び移れる金属は!!
必死に辺りを見回しているうちに、腹を貫くような痛みに襲われる。 俺は鬱陶しいぐらい青い快晴の空と、どうだ!と叫ぶガキを見つめながら地面へと落ちていった。
――
「おーい! 緋崎ー!」
気絶していた犯人をとりあえず簀巻きにすると、御崎は満面の笑みでこちらに駆け寄ってくる。
そして自転車を停めると、胸を張りながら口を開いた。
「うまいこといったな!! 天狗を射るミサキの矢大作戦!!」
「だっさ」
「ひどっ!?」
「色々ツッコみたいけど、多すぎて面倒くさい。 センス疑うわよマジで」
多分なんかいろんな要素を詰め込みながらカッコいい名前にしようとした結果盛大に事故ったのだろう。
一方御崎は地面に崩れ落ちながら、こちらを恨めしそうに睨みつける。
「緋崎の鬼! 悪魔! 大原真殊!」
「次はあんた1人で犯人捕まえなさい」
鬼と悪魔まではいい。 だが、大原先生呼ばわりだけは絶対に許さない。
名誉毀損で民事訴訟も辞さない構えだ。
「ずっと公園待機よりはマシかも……周りのスケボー好きから白い目で見られるの結構辛かったし……」
「あっ……それはほんとにごめん……」
そう、御崎には公園で合流する旨をアクセサリー型の無線機で事前に伝えていたのだ。 ちなみに無線機の見た目は角。
途中の合流ミスは相手に油断を誘うための嘘である。 てかそもそもスマバは御崎側の充電切れてて通話できないし。
「スケートパークで何もせずに自転車に跨り続けてたの、俺だけだったんだけど」
「建物の屋上走りながら怒鳴ってたのも私だけよ。 お互い様ね」
怒鳴っているフリをすることで犯人を油断させることができるうえに、
「ネットで拡散されてないといいなぁ……」
「科学部がどうにかしてくれるわよ。 科学部が」
「そうだよな、科学部だもんな」
人間、どうしようもないときは祈ることしかできないのだ。
私達が現実逃避に勤しんでいると、肩をトントンと優しく叩かれた。
振り向くとそこには青い制服に身を包んだ警官が、ポニーテールを軽く揺らしながら首を傾げていた。
「えっと……あの簀巻きにされている人が犯人でいいんだよね?」
「あっ、はい。 そうです」
「そっか。 後でいつもの刑事さんがやってくるから、そこで待っててね?」
彼女はそう言うと、まっすぐ犯人の方へと向かう。 いつもの刑事さんなんて呼び方をするあたり、何度か私達の現場に来たことがある人なのだろう。
「相変わらずの大活躍だね」
噂をすればなんとやら、1年の頃からお世話になっている刑事のおじさんがやってきた。
顔に浮かべられた朗らかな笑顔は、彼の性格をよく物語っている。 もしも、彼以外の刑事だったら間違いなく風紀委員会は廃部に追い込まれていただろう。
「いえ。 運が良かっただけですよ」
謙遜でも何でもなく、これは事実。 今回はうまいこと相手が慢心してくれたものの、こちら側の意図に気づかれる可能性だって十二分にあったのだから。 正直言って今回みたいなぶっつけ本番の作戦はもう行いたくない。
「懐かしいなぁ、十年ぐらい前も君達みたいな子がいたよ」
「え? そうなんですか?」
ちなみに御崎は不貞腐れている。 彼にとってのヒーローとは人知れず人助けをする存在のことで、堂々と私達がやりましたとは言いたくないらしい。 まあそんなことをやって警察から怪しまれたら本末転倒だから完全に無視してるけど。
「ああ、君達と違って結構荒くてね……逃走されないように犯人の車を潰したりと過激すぎて対処に困ったものだよ……」
彼はハハハと乾いた笑いを浮かべながら、頬をポリポリと掻いた。
どう反応すべきか困るな。 言っちゃアレだけど、私達とは一切関係のない人の話だし。
すると、警官がやってきて彼の耳元で何かを囁く。
「と、すまない。 私はちょっと離れるよ。」
刑事さんは軽く右手を上げ、パトカーの方へと歩いていく。
それを見送ってから五分も経たずに、今度は見慣れたスーツ姿の人間がこちらへ歩いてきた。
「警察には話を通しておいたからもう帰っていいぞ」
大原先生は軽く微笑みながら私達に語りかける。
どうやら先程刑事さんが向かったのは大原先生との話し合いだったようだ。
「いつの間に来てたんですか?」
「俺が連絡しといた」
御崎はフフンと胸を張りながらドヤ顔でこちらを見つめる。 ドヤっているのが少し腹立たしいが、まあ普通に感謝はしようと思い口を開く。
……が、私の声よりも先にグーッと大きな音が鳴り響いた。
「なんかむしろ腹減っちゃったなぁ……」
「もういっそのこと昼でも食べに行けばどうだ? ちょうどいいぐらいだぞ?」
大原先生に言われてスマバを見てみると、確かに時刻はちょうどお昼時だった。
追跡中にだいぶ時間が立っていたのだろう。
「よし! 確かファミレスあったからそこ行こうぜ!」
御崎は意気揚々と自転車に跨り、電源を入れる。
しかしふと何かに気づいたようで、漕ぎ出さずに先生の方を向いて口を開いた。
「大原先生も行く?」
「いや、私は仕事がまだ……」
「事件にあった生徒を家まで送り届けるのも先生の仕事でしょう? そのついでにちょっと寄り道するだけですよ」
「いや、仕事なら寄り道は厳禁だろう……」
何を言おうと固辞し続ける姿は良くも悪くも大原先生らしい。
私と御崎は目線を通わせると、お互いに軽く頷いてから口を開いた。
「先生、俺スマバ忘れました」
「先生、御崎の分を払うつもりはありません」
先生が何かを言う隙すら作らずに言い切ると、私は御崎の後ろに飛び乗る。 そして御崎はすぐさま自転車を漕ぎ進める。
「おい待て! 食い逃げするつもりか!? おい! わかった! 私も行くから! とりあえず二人乗りをやめろ!!」
大慌てでこちらを追いかけてくる大原先生の声を聞き、御崎は笑いながら前へ進む。 私もなんだかそれがおかしくて、ついクスクスと笑いながら大原先生を眺める。
私達の日常は、いつだって非日常に溢れている――
ちなみにファミレスの待ち時間は全て二人乗りへの説教に費やされた。 解せぬ。
今話の担当、にわた