潮風はかき消されず   作:終夏祭日

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風切り音が鳴る

「えーと……上更(かみこ)……上更……」

 

 御崎がスマバから投影された地図を見ながら呟く。

 最近は暖かくなってきたと思っていたが、夜風はまだひんやりと冷たい。ここが海に浮かぶ埋立地であるからなおさらだろう。

 念の為に一枚多く着込んだはずだというのに、ほんのりと肌寒さが勝っている。

 

「御崎。ここ、上更一丁目よ」

 

 近くに書いてあった住所を見て私はサングラスをかける。

 

「マジ?」

 

 御崎もサングラスをかけた。後ろで清白も何も言わずにサングラスを装着している。

 

「一丁目なら……あっちだな」

 

 私達は清白が指を指した方に向かう。

 現在時刻は午後九時。繁華街ならまだしもただの住宅街であるここは少々人通りが少ない。

 なぜこんな時間に私達は出歩いているのか、それは四時間前にまで遡ることになる。

 

 


 

 

「ああ、その事件に関与してるやつなら知ってるぞ」

 

 事情を説明すると、清白はそう答えた。

 想像以上にトントン拍子に物事が進み、少し気分が良くなる。

 いつもいつも地獄のような説教してくるのはだいぶ不愉快だが、ちょっとぐらいは大原先生に感謝してもいいかなとは思った。まあ私が規則を破るのが悪いと言われればそれまでなんだけど。

 

「なんならあいつら私を味方につけようとしてきたしな。もちろん断ったけど」

 

「ほんとか!?」

 

 御崎が机に乗り出すと、清白は胸を張りながら返事をする。

 

「ああ、なんたって葱津高校一の不良だからな」

 

「小虎ちゃんしか不良いないもんね〜」

 

 箱木が湯呑みをすする。

 思わず清白は眉を寄せて、視線を逸らした。

 

「いらんことは言わんでいい……」

 

「それにしても一気に進展したな!例えるなら……推理ゲームのソフトに犯人の名前が書いてるみたいな」

 

「最悪の展開じゃない」

 

 私は軽くため息をつく。

 もし仮にそんなソフトがあるのなら、逆に見てみたいぐらいだ。 まあ、今日日パッケージソフトなんてまず見かけないからほぼ確実にプレミア品だろうけど。

 舞い上がる御崎を横に、清白が咳払いして注目を集める。

 

「えっとリーダーは……ヤスって名前だったな」

 

「ヤス……本名は?」

 

「あいつら仲間意識が強いみたいであだ名で呼び合ってんだよ」

 

「仲間意識……ね」

 

 ということは連携が取れているかもしれない。

 

「あと……あいつら、拳銃持ってたぞ」

 

 清白の顔が真剣味を帯びる。

 彼女のその言葉により、室温が数度下がったかのような錯覚に陥る。箱木と芹の手も止まっていた。

 彼女の瞳は、それが決しておもちゃやエアガンなどではないということを伝えてきている。これは他ならない目撃者(清白)からの警告なのだ。

 

「悪いことは言わないから、警察に任せとけ。人数でも勝てねえよ、あっちは十人いる」

 

「……今回は警察に任せるか!」

 

 やけにあっさりと諦めた御崎を不審に思い、じっとその目を睨む。

 

「ど、どうしたんだ……?緋崎……」

 

「はぁ……一人で行く気でしょ」

 

 私がそう言うと御崎は肩をビクリと震わせる。

 やっぱりそうだったらしい。相変わらず分かりやすいったらありゃしない。

 

「それで死なれでもしたら目覚めが悪すぎるわよ……」

 

 私はため息をついたあと、清白の方を見る。

 

「ごめん。一年一緒にいるけどこいつの止め方知らないから……」

 

「そうか。だったら私も連れて行ってくれ。情報を伝える最低条件だ」

 

「いやそれは流石に……」

 

 私が清白を諌めようとすると、清白は少しニヤリと笑う。

 なんだか嫌な予感がして、パーカーの裾を握り締めた。

 

「情報を教えた奴らが死にでもしたら、目覚めが悪いだろ?」

 

「うっ……」

 

 さっきそれを行動原理にしてしまった以上、真っ向から否定することはできない。

 反論する方法を考えるが思いつきもせず……私は肩を竦めた。

 

「はぁ……わかったわよ……」

 

 私が負けを認めると清白は少し上機嫌そうに湯呑みに口をつけた。

 

「じゃ、情報だが……拳銃はヤスが持ってる一丁だけらしい」

 

 危険視すべきは一人だけか……

 

「弱点とかは知ってる?」

 

「これと言って特には……でも、あいつらのたまり場は知ってるぞ」

 

 清白はスマバで地図を投影する。

 

杖麹(つえこうじ)地区の北の方……上更のマンションの地下駐車場だな」

 

 杖麹地区というのは葱津区の北西部にある地区だ。

 葱津区の形は角ばらせた佐渡ヶ島のような形をしており、杖麹には葱津区と江戸川区を結ぶ橋がかかっている。

 その中でも北の方となれば、区外との交流が最も活発な地域だ。 人や物の往来が多いこの地域は情報収集にも、区外のヤクザとの連絡にも非常に便利だろう。

 拳銃の件といい、おそらくこの集団はヤクザとの関わりが特に強いグループのはずだ。私達がそいつらを警察に突き出せば、芋づる式に犯罪の証拠が出てくるかもしれない。

 

「上更ね……ヤスの特徴は?」

 

「変なTシャツ着てた」

 

「はい?」

 

 思わぬ言葉に、少し素っ頓狂な声が出てしまう。

 

「変なTシャツってなんだ?」

 

「変なTシャツは変なTシャツだよ。Welcome to undergroundって書いたシャツ」

 

 清白は困った風に後頭部を掻く。

 

「服なんて日によって違うから当てになんないのはわかってんだけど……あいつら、一人除いて髪型とか似通ってるし顔も特段と特徴がないんだよな……」

 

「ん。ならヤスの見分け方もこっちで考えとくわよ」

 

 私は清白に返事をしたあと、湯呑みに口をつけた。

 

「なあなあ、なんで湯呑みの中にパンケーキの生地が入ってんの?おかしくない?」

 

「御崎くんにはわからないかぁ……パンケーキ生地の素晴らしさが」

 

「普通に美味しいからいいでしょ」

 

「糖分補給に最適だよぉ」

 

「慣れると案外イケるぞ」

 

「俺がおかしいのこれ!?」

 

 


 

 

 地下駐車場にはずらりと車が並んでいる。建物は新しいくせに照明の数は少なく、全体的に薄暗い。

 もっと予算を用意しておけよと不満に思うものの、この暗さのお陰で私達も隠密行動ができているのであまり文句は言えないだろう。

 私は先に車の影に隠れながら地下駐車場の奥へと移動し、不良達がよく見える車の裏に隠れた。

 御崎も少し離れた場所の車の裏に隠れている。

 

「ヤス、葱津のやつが来たぜ」

 

 赤髪のモヒカン男が清白を連れてくる。なんでちょっと古風な不良なの?

 

「おいヤス。前の件、受けに来てやったよ」

 

 清白が変なTシャツを着たやつに話しかける。

 ……清白に囮してもらわなくても普通にヤスが誰かわかったな。

 

「それはいいけどよぉ……なんでお前夜中にサングラスなんかかけてんだよ」

 

 モヒカン野郎が訝しげに清白を見つめる。

 

「やることがやることだ、顔隠したほうがいいだろ」

 

 清白はぶっきらぼうに言い放つ。

 

「んまあそれはいいんだけどよぉ……あんとき断っといて今更協力させてくれって言われても信用できねえだろ」

 

「だから土産持ってきてやったんだよ」

 

 清白は1枚の写真を出す。

 

「うちの科学部副部長の家だ。今日は両親が留守らしい。いろんな装置がある上に制圧が簡単でコスパいいだろ?」

 

 清白は写真をしまった。

 ちなみにさっき写った家は去年の文化祭で建材部というまた意味不明な部活が校庭に建てようとした一軒家だ。ちなみにあの計画は生徒会からの依頼で私達が無理や……話し合いの末中止となったのでこの世にあんな家は存在しない。名誉のために言っておくが、本当に無理やりではない。ちょっと大原先生に死刑執行(おはなし)をしていただいただけで。

 所詮は学生が作ったCGイメージ図なのでよく見るとちょっと違和感があるが、暗い上にすぐ隠したのでまあバレないだろう。

 

「へえ……ちゃんと俺達に協力するつもりなんだな。だが……」

 

 ヤスがドヤ顔で清白を見下ろす。

 

「足を引っ張ったら、殺すからな」

 

 なんでドヤ顔で言った?

 

「ああ、そういうのいいから。侵入経路伝えるからこっち見ろ」

 

 清白は地図を投影し、不良達が私達に背を向けるように誘導する。

 

――作戦開始の合図だ。

 

「――で、あの家は二階の窓の鍵を閉めてないらしいから……」

 

 私と御崎で不良共の後頭部に蹴りをいれ、気絶させる。それを見て清白も姿勢を低くした。

 

「バカだなぁお前ら」

 

 清白は一番近くに立っていた不良の腹に肘打ちを食らわせた。

 よろめき、倒れる仲間を見て不良たちは狼狽える。

 やっと奇襲と裏切りに気が付いたヤスは血管が切れたようだ。暗くて顔が見えにくいっていうのにそれでも怒りが伝わってくる。

 

「てめえ騙しやがったな!」

 

 そう間を置かずに乱闘が始まった。

 私はポケットに左手を入れたまま、正面に立っている不良の腹を思い切り蹴り上げる。

 そのまま蹲った不良の背中を踏み台にして、御崎と殴り合いをしていた不良の背中に跳び蹴りを決める。

 

「ありがと!」

 

 御崎はさっきの跳び蹴りで地面に伏せていた不良と、まだ蹲ったままの不良をピョンピョンと足場にする。そして清白にバットを振りかざしていた不良の側頭部に回し蹴りを決めた。

 

「もうちょっと寝とけ!!」

 

 始めに私達が気絶させた不良二人が起きようとしていたが、清白が倒れかかっていた不良の腕を掴んでそいつらに投げつける。

 

「おいてめえら!!」

 

 ヤスの声が駐車場に響き渡る。

 

「これ、なにかわかるよな?」

 

 彼はその右手に持った拳銃を私に向けてくる。

 深淵色の銃口はブレることなく私の頭部を捉えており、本能が今すぐ逃げろと叫ぶ。

 

「撃たれたくなかったら大人しくしろ」

 

 まあ、わかっていた話だ。結局私達は多勢に無勢。たとえヤスが拳銃を持っていなかったとしても人数差で最終的には負けていただろう。

 先程まで倒れていた奴らも立ち上がり、私達を取り囲んでいる。

 

「てめえらそのサングラス外して素顔さらしやが……いや、先にそこの背の高い女!ポケットから手を出せ!」

 

「はい……わかりました……」

 

 だが、わざわざ負け戦を挑むつもりなんてさらさらない。

 

「これでいいでしょ!」

 

 私は左ポケットの中で握りしめていたもののピンを抜いてから勢いよく手を出す。

 そして勢いそのまま私はそれを宙に投げた。

 

「なっ……!」

 

 科学部特製閃光弾は、あのときと同じ様に屋内を眩い光で満たした。

 

「なんだよこれ!!」

 

「なんなんだよこれ!!」

 

「目がぁ……!目がぁ……!」

 

 あっという間に不良達は混乱に陥った。

 その隙を見て私はヤスの右手を蹴り上げる。そして宙を舞った拳銃を掴み、ヤスの額に押し当てた。

 

「あんたらの大事なリーダーが死んでほしくなかったら、抵抗はやめなさい!!!!」

 

 混乱状態の彼らに伝わるよう、できる限り声を張り上げる。

 すると、あっという間に不良達は大人しくなった。清白の言う通り、仲間意識は本物のようだ。

 

「御崎、清白。そいつら縛っといて」

 

 無事に戦いは終わった。でも……できればこの右手にある冷たくて重い感触はもう二度と感じたくない。

 こんなことに首を突っ込んでおきながらそう思うのはエゴなのだろうか……




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