──よく分からないが、『ウ・ドゥ』曰く、彼女(元・彼)はもはや人間ではないらしい。
ぶっちゃけると、彼女が知っている『モッコス(正確には、KOS-MOS)』と似たような存在で、その身体は機械的な物質で構成されているアンドロイドであるとの事だった。
……普通に考えて、いきなり人間じゃなくなったうえに女のアンドロイドにされているという現実に、ほとんどの場合は動揺するだろう。
しかし、彼女はそうならなかった。
なんというか、思考が幾つものタスクに別れている……といった感じが近いだろうか。
驚きのあまり取り乱そうとする思考と、己がアンドロイドになっている事を受け入れる思考と、ここは安全なのだろうかと考えている思考が、並列に認識出来る。
例えるなら、いくつものディスプレイに表示された映像を冷静に確認しながら、総合的に『どう動くべきかな?』と考えている……それが、一番近しい感覚であった。
(……アンドロイドの思考って、こんな感じなのだろうか?)
その影響からか、彼女は自分でも驚くほどに、驚いている事を冷静に認識しながら、まずは周囲の安全を確保する為に辺りを見回した。
実際には、だ。
この状況に泣き喚いて取り乱したい思考と。
それは今不必要であると却下する思考が。
同時に、なんの齟齬も生まれず並列に処理されている。
そして、それら全てを冷静に認識しながら……彼女は、一つ頷いてから、頭上かなたより見下ろしているウ・ドゥへ叫んだ。
「いや、どういうことですかね!? ウ・ドゥさん!?」
(=^ω^=)っっっ
「だから、いちいち照れるなよ!!」
( ;ω; )……
「な、泣くなよ……私が悪かったよ……」
(=^ω^=)
「うぜぇ(うぜぇ)」
とりあえずは、だ。
頭上より見下ろし続けているウ・ドゥに、欠けていた情報を求めた結果……いくつかの事が判明した。
まず、この世界は、彼女が暮らしていた世界ではない。
──『ウ・ドゥ』曰く、この世界はいわゆるリアル系ファンタジーな世界、とのこと。
ゴブリンやオークと呼ばれる生き物、ドラゴンやケンタウロスといった、そういうファンタジー的な生き物が居るらしい。
しかも、知性を持っている。
それがどれぐらいかは『知ってからのお楽しみ』らしく、詳細は分からない。
だが、『独自の言語にてコミュニケーションを取り、各種族において社会を築いている』という話から推測する限り、人間と同等か、近しいレベルの知能を持っているだろうと彼女は思った。
しかし、だ。
人間が持つ最大最強の武器である知能を、そういったファンタジー的な生き物たちも持っているのならば、人類なんてあっという間に絶滅してしまうのではないだろうか?
そんな疑問が彼女の脳裏(大脳は無いけど)を過ったが、どうやら生息圏がかなり離れているらしい。
なんでも、他にも様々な危険生物がこの世界にはいるらしく、そこまで生息圏を広めていない。
人類が、まだそこまで生息圏を容易く広められるぐらいには文明が発達していないのも、理由の一つ。
また、海や山といった物理的な障害が壁になっていることもあって、いちおうの棲み分けが出来ているから……とのこと。
なので、そういうファンタジー生物を見たいのであれば、『暗黒大陸のふかふかダンジョン』がある場所へ向かえ……というのが、ウ・ドゥの話であった。
……暗黒大陸? ふかふかダンジョン?
首を傾げた彼女だが、ウ・ドゥは『暗黒大陸のふかふかダンジョン』と繰り返すだけで、それ以上の説明はなかった。
なんでも、興味が無いから名前ぐらいしか知らないのだという……好みの基準が意味分からなさ過ぎて困るが、ひとまずの目的は決まった。
と、いうのも、だ。
彼女には目的が無い。
だって、つい先程この世界に強制連行されたばかりなうえに、身体もアンドロイドに変えられ、元の世界にも戻せない……との事だ。
そう、元の世界には戻れない。
元の世界での彼は、ウ・ドゥによって死んでしまった。ぶっちゃけると、元の世界には彼が居たという事実すら存在しないのだという。
何がどうなってそうなったのか……それを知るには、今の銀河の状況を理解する必要があり、とても長くなる……とのことで、教えてもらえなかった。
まあ、簡潔にまとめると、だ。
仮に、元の世界に戻れたとして、そこにはもう彼が生きた痕跡はおろか戸籍すら存在せず、完全無欠の名無しの権兵衛、あるいはジョン・スミスになるのが確定している。
そのうえ、元の身体で戻るわけではない。
KOS-MOSとして、すなわち現在のアンドロイド状態で戻るうえに、その際に発生するバグというやつで、頭の中がヤバいことになる……とのことなので、出来ないという話である。
さすがに、そんな状態で戻ったところでロクな結果にならない事になるのは目に見えていたので、彼女は泣く泣く帰還を諦めるしかないのであった。
ちなみに、『見た目はVer.1やけど、Ver.4の最終形態から更に改造したんやでwww おまけに、エネルギーも無限にしておいたでwww』とのこと。
あと、彼女が持っているKOS-MOSの武装もまた弾薬無限、そもそもがこの世界の存在ではないので、この世界の法則に引っ掛からない……とも言われた。
彼女としては、そもそも「Ver……?」という感じで、そのほかの説明もいまいち理解出来なかったが、とりあえずは、だ。
「『ふかふかダンジョン』への船が出ている港まで、徒歩で約44日間……バスとか、無いよね?」
目的地へ向かって、歩くのであった
──そうして始まったファンタジー世界だが……率直な感想を言わせてもらおう。
(治安、悪過ぎィ!)
それが、約44日間歩いた彼女の、この世界に対する率直な感想であった。
なにせ、盗賊集団に襲われること7回。
刃物を突きつけられること14回。
因縁を付けられて強制嫁入りにされかけたこと2回。
その他、色々と理由を付けて身体を狙われること29回。
己が生きていた世界でも、治安の悪い場所なら似たような事になるのかもしれないが、とにかく、彼女が『この世界治安悪すぎィ!』と思うのも致し方ない件数であった。
……とはいえ、だ。
この世界の治安が悪い、それはそう。しかし、同時に、KOS-MOSとなった彼女自身にも落ち度はある。
まず、彼女は……『KOS-MOS』に成った影響からか、どうにも以前とは話し方が変わってしまっているのだ。
ウ・ドゥと話す時は、以前のままの口調で会話が出来る。
だが、ウ・ドゥ以外と会話をしようとすると、まるで機械音声のように抑揚のない発音、無機質な言葉遣いになってしまうのだ。
おかげで、最初はその事に気付けず、ようやく出会えたこの世界の人達からは、『なんか頭と恰好がおかしい女』という感じで見られてしまった。
犯罪に手を染める事に忌避感の無い者たちからすれば、ちょろっと誘導すれば美味しくいただける御馳走にしか見えないようで……とにかく、平穏な旅ではなかった。
……まあ、幸いにも、だ。
生物であれば絶対的に必要となる水と食料の確保とは無縁なうえに、ウ・ドゥが手を加えたというだけあって、どれだけ動いても肉体的な疲労は全く無い。
眠ろうと思えば眠れるし、起きようと思えば何日も起きていられるし、真っ暗闇の中でも昼間のように明るく見渡せるし、雨風日差しに晒されても暑くも寒くもない。
マルチタスクとも言うべき思考の並列化によって精神的なダメージを客観視し、パニックを起こす事はなく、また、KOS-MOSボディのおかげで、傷一つ負うことはなかったのが救いである
さすがは、人気投票不動の1位だったKOS-MOS。その性能は、自分の身体になった彼女すらも驚いたぐらいであった。
「へへ、そこのお嬢さん。金目の物と、一晩付き合え──あひゅ」
「過去のデータにより、97%の確率で野盗と判断、速やかに排除します」
「て、てめえ! やりやが──うぼぁ」
「動かないでください、動くと苦痛が伴います」
「や、やめ、悪か、俺たちがわる──ぴぃえ」
「正当防衛が成立しています。生存を確保するために、速やかに排除します」
あと、実際に体感したからこそ分かるが、『KOS-MOS』は滅茶苦茶強かった。それはもう、コイツが一番ファンタジーではと思ったぐらいに強かった。
まず、身体能力がとんでもなく強い。軽く力を入れただけでも、とんでもない。
ジャンプで十数メートルぐらい飛べて、拳で鉄に穴を開けられる。大の男を片手で数十メートル先までぶん投げられる。
本気を出せば、もっとパワーを発揮できる感覚がある。そのうえ、身体はそれ以上に頑丈である。
かといって、鋼のように身体が固いわけでもない。むしろ、その逆だ。
金属的な部分を除けば、何処も彼処も見た目通りの女体の柔らかさ。なのに、崖から滑り落ちた時も傷一つ出来なかったのだから、その強さが伺えるだろう。
そのうえ……なんと言い表すべきか、視野がものすごく広いのだ。
いわゆる、アンドロイド的なセンサーというべきか、感覚というべきか。
前を向いていても後方で何が起こっているのかを見る事が可能であり、全方位カメラの視点ってこういうものなのかな……と思ったぐらいだ。
そのおかげで、数キロメートル先に居る盗賊たちの待ち伏せも事前に視認する事が可能であり、遠距離からの一方的な銃撃によって殲滅させたこともあったりする。
ちなみに、待ち伏せではなく通り魔みたいな感じでいきなり迫って来た時は、今みたいにハンドガンで瞬殺が一番楽である。
……。
……。
…………さて、そんなこんなで約44日間の移動の果てに、ようやく船が出ている港へと到着したわけだが。
「え? 暗黒大陸に? 船なら先日出ちゃったけど? 次は当分先だぞ」
「……が~ん、です」
「姉ちゃん、格好は変だけど別嬪さんだな。港の酒場で人を募集しているって話だが、行ってみな。滞在費ぐらいは稼げるぞ」
「お気遣い、ありがとうございます」
運悪く、どうやら船は出た後であった。
まあ、言われてみれば、船が何時出るのかを調べていなかったうえに、考えていなかった彼女が悪い。
しかし、だからといって、次の船が出るまで港で足止めかといえば、そんなつもりは全く無い。
なにせ、次の船が何時になるかは未定なうえに、そもそも気持ち的な意味では肩すかし状態である。
例えるなら、楽しみにしていた休みの日、飛行機の予約を取っていたつもりが、予約が取れていなかった……といった感じだろうか。
もう、是が非でも行きたい気持ちで満載である。
まあ、別に待つのは平気だが、頭上より見下ろしているウ・ドゥから変なちょっかいを掛けられるとウザいし、それ以前に、ここに向かうまでに散々ならず者たちからちょっかいを掛けられ続けたのだ。
下手に長居すれば、またどんなやつに絡まれるか……そんな思いもあって、彼女はさっそく暗黒大陸へと向かうことにした。
──どうやって?
──泳いで行くのだ。
馬鹿な考えだと彼女自身も思ったが、この身体のデタラメさは道中にて理解している。
そう、常人なら不可能だが、アンドロイドであるKOS-MOSボディならば可能である。暗黒大陸の位置だって、既に目視にて確認出来ているし。
さすがは、『ウ・ドゥ』による魔改造が成されたKOS-MOSボディ。
そもそも、そうでなくとも、宇宙空間を移動できるうえに、大気圏突入可能な身体なのだ。たかが海水に押し負けるKOS-MOSではないのだ。
それに、冷静なタスクからも『可能です』と判断を下したこともあって、決断した彼女は──人が見てないうちにドボンと飛び込むと、えいやと泳ぎだしたのであった。
……なお、泳いでも泳いでもいっこうに陸地が見えず、疲れこそしないが変わらない景色の中で、ちょっと後悔するのは……約2時間後のことである。
あと、彼女は気付いていないが、『KOS-MOS』の重量は100kgを超えており、本来のKOS-MOSならば、間違ってもそんな選択肢は取らないことを、ここに記載しておく。
……。
……。
…………そうして、来る日も来る日も泳ぎ続けた。
途中、よく分からない生物に襲われたり、水中に引きずり込まれたり、ちょっとイラッときてキャノン砲を叩き込んだりもしたが、とにかく泳いだ。
そうして、ついに暗黒大陸の海岸へと到着した彼女は。
「──二度としません」
その言葉と共に無表情で、初めての暗黒大陸の大地を踏みしめたのであった。
さて、星々間の移動が当たり前な文明レベルの中での最新かつ最高技術を詰め込まれたボディ(魔改造)だというのに。
海を泳いで横断するという、知る人が知れば卒倒してしまうような脳筋100%な選択を取った彼女だが、どうしたものかと途方に暮れていた。
「……ジャングル?」
どうしてかって、彼女が想像していた暗黒大陸と、実際に目の前にした暗黒大陸とで、かなり違っていたからだ。
ぶっちゃけてしまえば、彼女が零したジャングルという言葉そのものみたいな光景である。
……いちおう、事前に彼女がこれまでの道中で調べた限りでは、だ。
暗黒大陸には人類と敵対している生き物が居るだとか、そこには様々な財宝を始めとして、現在でも解明できないオーパーツが山のように眠っているとか。
そこには複数の国家が協力してもなお全容が分からないほどの広大なダンジョンがあり、何十年にも渡って調査を続けているが、まだまだ先は長い……とか、色々な話を聞いた。
なので、彼女の想像の中では、到着した時点でそれはもう巨大な建造物だとか、遠目にも分かるようなナニカがあると思っていた。
「…………」
けれども、現実はそうではなかった。
もしかしたら奥地の方にソレがあるのかもしれないが、海岸から見た限りではジャングル……せいぜい、人の手の入っていない無人島といった印象すら覚えた。
……まあ、いいか。
ちょっとガッカリしたけど、気を取り直した彼女は歩き出す。
収集した情報には、この大陸には人類が築いた……開拓城壁都市『アイギス』なる拠点があるという。
その場所はKOS-MOSのセンサーでも障害物が有りすぎるせいでおおよその位置しか分からないが、それだけ分かれば十分だ。
──時間は掛かるけど、歩けばそのうち着くだろう。
その程度の感覚で、彼女は『アイギス』へと歩き出したので──あっ。
それは前触れもなく、いきなり左斜め前方より飛んできた、岩石。
その軌道は、己に当たるものではない。おそらく、海から上がって来た見知らぬ存在に対する威嚇の意味合いが強いのだろう。
KOS-MOSのセンサーによって、それが己に到達するよりも前に彼女はハンドガンを腰のキャスターから抜いて──茂みの向こうに居る、攻撃者へと反撃した。
……言っておくが、KOS-MOSのハンドガンは、そんじゃそこらのハンドガンではない。
その威力は同形状の実弾火器とは比べ物にならないぐらいの破壊力と貫通性を備えており、たとえ木々を壁にしたとしても……防げるものではなかった。
事実……腹部から大量に出血した異形の生物が、茂みの向こうより姿を見せたことで、全てを物語っていた。
「……ミノタウロス?」
そして、その姿を改めて視認した彼女は、記憶にある想像上のキャラクターの名を呟いていた。
彼女がそう呟いてしまのも、致し方ない。
なにせ、牛の頭が付いた人間の身体だ。
足先がちょっと違うっぽいが、100人に聞けば、99人はその名を告げるぐらいに、その姿はミノタウロスで──っと。
ブモーっ!!!!
センサーにて位置を捉えていたが、どうやら仲間意識は強いようだ。
茂みの向こうより飛び出してきた、同種族の個体。
そいつは血走った眼で彼女を睨むと、片手に持った棍棒を振り上げて、こちらへ向かって──なので、再度の反撃。
レーザーの銃弾は、寸分の狂いもなく──ミノタウロスの急所を貫くと、そのまま絶命させたので──ん?
ブモーっ!!!!
二度ある事は、三度あるのだろう。
かなり離れた位置にいたのに、なにやら物凄い勢いで近寄って来たかと思えば、倒れている同種族を見やり……血走った眼で、口から泡を吹くぐらいに興奮し──彼女へと迫って来た。
もちろん──そいつも、ハンドガンで瞬殺──あん?
三度あることは、四度……いや、五度、六度、七度。
銃声に刺激されたのか、次から次へと茂みの向こうから飛び出してくるミノタウロスたち。
そこに雄雌の区別はなく、どれも我を忘れてしまったかのように目が血走ったかと思えば、彼女の下へと殺到する。
(えぇ……いや、攻撃してきたのはそっちじゃん……)
なんか、一方的な理不尽を覚えると共に、マンホールを開けたら大量に飛び出してくるゴキブリのような光景を想像した彼女は。
「──戦闘モードへ移行。出力制限を解除します──F・GSHOT、換装完了──発射します」
とりあえず、己の身を守るために──新たな武装を位相空間より換装、出現させると、その破壊力をいかんなく発揮させるのであった。