「泳いでこの大陸まで来た、と? そこから紆余曲折あって、歩いてここまで来た、と?」
「はい」
「いや、おまえ……嘘をつくにしても、もう少し信憑性の高い嘘をつけよ」
「嘘ではありません」
「まあ、どちらにしろ、素性が怪し過ぎる。悪いが、あんたを中に入れる事は出来ない」
「がーん、
さて、それからまた歩く事しばらく。
ようやく開拓城壁都市『アイギス』へと到着した彼女だが、そもそも、中に入る事が出来なかった。
理由は、怪し過ぎて亜人どものスパイ、あるいは人間に擬態している亜人の可能性がある、とのことだった。
冷静に考えたら、それは、そう。
常識的に考えて、巨大生物が居る海を泳いで(しかも、10km20kmの距離ではない)渡り、敵対する亜人たちを突破して来た。
挙句の果てには、ドラゴンまで倒して来たというのだ。
正門前に立つ門番の言う事はもっともであり、むしろ、それで信用してもらおうとする方が間違いなのだ。
しかも、彼女(KOS-MOS)の恰好は、明らかに普通ではない。単純に見慣れないだけではなく、不自然過ぎた。
有り体に言えば、軽装過ぎるのだ。
身を守るための鎧はなく、盾も無ければ兜もない。いや、辛うじて額を守っているように見えるが、そこだけ守って何の意味があるのだろうか。
また、腹部の辺りも守られているように見えなくもないが、パッと見ただけでも薄い。それでは、気休めにもならない。
女であることは見た目からして分かる。
けれども、両腕と両脚は肌を隠しているようで、それこそ、意味が分からない。
そう、どう贔屓目で考えても、彼女は客観的に見たら、怪しさしか覚えない見た目をしているわけだ。
まあ、中には例外的な者も居るには居るらしい。
だが、それでも正規の手続きを踏んで来るのが当たり前というか、そうでなければ物理的に来られないからこそ、彼女は信用を全く得られなかったのであった。
……。
……。
…………そうして、だ。
何時までも正門前で居ると今度こそ怪しまれてしまうので、引き換えし……森の中から、こそっとアイギスを見つめていた彼女は……どうしたものかと考える。
とりあえず、門番の言い分は100%正しい。
己が逆の立場だったなら、こんな見た目からして怪しいやつを中に入れたりはしないだろう。
なにせ、ここは敵地である。
警戒し過ぎても足りないぐらいに警戒しておくのが基本であり、アイギスの作り自体が、そのための設計になっているのは考えるまでもないことなのだ。
だから、中に入れないのは正しい事なので、そこは素直に受け入れた。
(……う~ん、なにかしらの信用を得られたら、いけるか?)
ただ、この先ずっと入る事が出来ないのかと言えば、そんなわけもない。
要は、信用されてしまえば良いのだ。
こいつは敵じゃない、こいつは味方だ、こいつなら大丈夫だと判断されるだけの信用を得られたら、いくら恰好がおかしくとも問題無くなるのだ。
──で、そこで問題となるのが、どのようにして信用を得るか、である。
これが前世の世界であるならば、身分証や学歴や所属しているコミュニティを提示することで得られるのだが……あいにく、この世界にはそれがない。
いや、正確には、この世界に来てからほとんど1人で行動し続けている彼女には、己の身分や信用を形にした物を何一つ所持していない。
せめて、この大陸へと向かう例の船に乗っていたならば、それらが無くてもなんとかなった可能性が高いけど……過ぎたことなので、考えるだけ無駄である。
(……こんな場所だし、食料とかちょっとずつ持って行ったらい喜ばれるかな?)
そうして、しばし考えた彼女だが……結局、良い方法が思い浮かばなかったので、地道な懐柔作戦をすることにしたのであった。
とはいえ、食料を持って行くという何時の時代のやり方だよと突っ込まれそうな作戦の中身に関しては……うん、それが彼女なりの精一杯であった。
「ウ・ドゥはどう思う?」
(<●> <●>)シラネ……
「ここに食べられる果物とか自生しているかな?」
(<●> <●>)ワカラン……
なお、はるか頭上より見下ろし続けているウ・ドゥに聞いてみれば、『食べないから知らん』みたいな反応を返されたのであった。
──さて、そんなわけで、彼女は森の奥へと引き返したわけだが……ここで、二つ問題が発生した。
「……知っている果物とかが全く見つからない」
まず、彼女が知る(前世の)果物が自生している木が、全く見つからないということ
これに関しては、単純に彼女が無知であるのもそうだが、実は現代人特有の勘違いが原因でもあった。
それは、現代人では御馴染みの果物は、幾度となく行われた品種改良の果ての姿であって、自生しているソレとは造形がかけ離れている場合が多いのだ。
ましてや、ここは彼女が生きていた前世とは違う世界。
同じ果物が存在する保証は無いし、むしろ、無い可能性だって高い。そもそも、見た目は同じでも、人間にとっては毒性になる場合もある。
そう、自然に実っているそれが、必ずしも人間を助ける恵みにならないこともある。
品種改良が成された美味しい果物が日常にあって当たり前な環境にある、現代人特有の勘違いであった。
「……馬鹿じゃん、入れ物とか持って来ないと駄目じゃん」
そして、もう一つは……単純に、入れ物を持って来ていないという初歩的なミスである。
当たり前な話だが、いくらKOS-MOSとはいえ、腕は左右に一本ずつ。大きさにもよるが、果物は一個ずつしか持てない。
つまり、持ち運べるのは二個だけ。
服などがあれば、もう少し多く運べるかもしれないが、KOS-MOSが身に纏っている服は、服っぽくみせた身体の一部であるので、取り外しは出来ないのであった。
……では、どうするか。
下手にアイギスに戻れば余計な警戒心を生んでしまうだろう。
また、残念ながら、彼女にはそこらの雑草やら何やらでカゴなり何なりを作る技術も知識も無いから、自作も出来ない。
こういう時、薬草とかそういうモノに関する知識があれば、少量でも評価の高いファンタジー的なお約束を行えるのだが……無い物ねだりをしても仕方がない。
そんなわけで、どうしたものかとしばし考えた彼女は……ならば、単価の高い宝石……すなわち、原石などが良いのではと考えた。
幸いにも、元素に関する部分は同じなようで。
KOS-MOSに登録されているデータと照合すれば、鉱石になどに含まれている希少な物質を判別するぐらい、容易いことだった。
ただ……やはりというか、希少な物質が含まれた鉱石は、地上では見つからない。
まあ、そりゃあそうだろう。
そんなに容易く見つかるならとっくに採掘されているだろうし、そもそも見つかるなら希少でも何でもない。
つまり、そういった希少な物質を見付けるためには、有りそうなポイントを見付けて穴を掘り、地下深くから取り出す必要があるわけだが……ん、地下……はっ!?
(──ふかふかダンジョン!)
その瞬間、彼女の電子的な頭脳に電撃走る。
そう、すっかり彼女自身忘れ去っていたことだが、そもそも、彼女はこの大陸にあるという『ふかふかダンジョン』に用があったのだ。
まあ、用って言ったって、『ウ・ドゥ』から行けと言われたから来ただけだし、行った先で何かをしろとも言われていないし……まあ、いいか。
タイミングよく思い出したわけだし、とりあえず『ふかふかダンジョン』へ向かうために彼女は歩き出したのであった。
(……アイギスで思い出せていたら、場所を尋ねることが出来たんだけどなあ)
ただし、『ふかふかダンジョン』が何なのか知らないので、センサーを頼りに地下へと続く道を探すので、かなり遠回りするはめになったけど。
……。
……。
…………で、えっちらおっちら歩き続けること、しばらく。
とてもそれっぽい地下への入口……というには、モグラが穴を開けたのかと思ってしまうような狭い穴を、くねくねと滑り落ちる。
いちおう、センサーには入口っぽいのがあるのを捉えていたが、そっちから行くとかなりの遠回りになってしまうので、近道である。
常人が同じ事をすれば手足の骨が折れても不思議ではないようなやり方だが、KOS-MOSボディのおかげで問題なく着地をした。
(……真っ暗じゃん)
そうして、ようやく『ふかふかダンジョン』らしき場所へと辿り着いた頃にはもう、外は真っ暗。
内部にいたっては、月の光すら届かないおかげで、本当に真っ暗だ。本当の暗闇とは、こういう場所を言うのだろう。
さすがのKOS-MOSも、光源0の場所では光学式センサーの類は役に立たない。1さえあればそれを増幅出来るが、0には何億倍にしても0である。
しかし、安心めされよ(お奉行ボイス)!
KOS-MOSは単純な視覚センサーの他に、『
具体的にどういうことかって、光源0で本当に光が一切無い場所でも、物体の位置を正確に認識出来るのだ。
説明すると頭がおかしくなって死ぬので省略するが、音もまた粒子の振動であり……言うなれば、ソナーセンサーの代用をしているのだ。
ぶっちゃけてしまえば、台車に乗せた500mlのペットボトルを移動させるために、10t車を持ち出しているようなアレだが……使わなければ宝の持ち腐れなので、ヨシッ、である。
(けっこう、人の出入りがあるな、ここ……)
そうして、歩き続けてしばらく……すると、色々な事が分かってくる。
まず、現在歩いている『ふかふかダンジョン(推定)』だが、相当深くまで続いているようだ。
前評判……と言えるほど知らないが、人の足が入り込んでいないのは確かなようで、人らしき物体が一切感知出来ない。
代わりに居るのが……なんだろうか、いっぱい居る。
大きさや動きからして、ファンタジー生物の類だろう。さすがに、大まかな大きさなどは分かるが、正確な姿はもっと近づかなければ確認のしようがない。
そして、視点を地上に戻し……地上からの距離を考えて、地下に降りてすぐのここには人の手が入っている場所の存在が確認出来る。
たとえば、さらに地下へと下りる(下りやすい場所)ところには、縄ハシゴが取り付けてあったりする。
他にも、明らかに人工的に手が加えられた平らな地面に、巨大な橋……数え上げればキリがないぐらいに、自然に出来たとは思えないモノがゴロゴロ見つかる。
(……もしや、けっこう『ふかふかダンジョン』って攻略されているっぽい?)
それらをふまえた上で、彼女は……ふと、そんな事を思った。
噂に比べて、如何に事実がズレてしまうのかは、世界が変わっても良くあることなのだろう。
まあ、この世界には飛行機はおろか船だって木造船、武器は剣や弓矢なのだ。海を隔てた大陸での事実が、形を変えて伝わるのは、むしろ当たり前と思った方がいいだろう。
……。
……。
…………で、だ。
(……『R・DRILL』で採掘したら、落盤したりしないよね?)
とりあえず、ダイヤの原石とかサファイアの原石とか、なんなら金とか銀とかを求めて歩いている最中……前方400m先に居る人間の集団に目を向ける。
人間の存在は、ここに入った時からセンサーが感知していた。暗闇の中で話しかけて驚かせるのもなんなので、あえて無視していた。
しかし、少し前からずっとその場を移動せず座り込んでいるようなので、もしかしたら何か問題でも起こったのかと思ったが……どうも、違うようだ。
(男が1人、女が4人……ハーレム?)
少なくとも、センサーで感じ取れる限り、5人に異常は見られない。
まあ、安全が確保されていないこの場所で夜を過ごすとなれば、緊張してしまうのは当たり前だが……っと、それよりも、だ。
彼女は……ジロリと、人間たちから直線距離にして74メートルの位置を通行している、ファンタジー生き物を見やる。
人数は、5人(体の方が正しい?)。
以前、襲い掛かって来た、赤い帽子を被り足が蹄になっている者たちの同種族と思われる個体が4人。
そのうち1人が金髪の雄で、3人が黒髪の雌だ。
下半身だけを見ればファンタジーだが、そこを除けば微妙におっぱい丸出し(雌)になっている姿なこともあり、なんか秘境に住む部族の人達にも見える。
あとは、その4人の後方に居る、2m越えの巨体が目立つ……人型のファンタジー生き物。
(あ、あれ、オークじゃん! はぇ~、想像していたとおりのオークだよ……)
それを見た彼女、率直に感動した。
そりゃあ、そうだろう。
ファンタジーと言えば、ドラゴンにオークにゴブリン。あとは、エルフとかドワーフとかが見つかれば、基本が揃う。
ミノタウロスっぽいファンタジー生き物もちゃんとファンタジーではあったが、彼女が見たいファンタジーはそれじゃないのだ。
こう、もっとこう、ありふれたファンタジー生き物こそ見たいというか……っと、そんな事をニヨニヨと(見た目は、無表情)考えていた、その時であった。
──人間は、皆殺しだ。
ポツリ、と。
金髪の雄より零れた声を、冗談ではない、本気で、全力をもって、それを成そうとしているのだと、彼女の優れた集音センサーが……いや、そこだけではない。
彼女は既に、眼前に居るファンタジー生き物たちの会話を盗み聞きしていたのだ。
いかに、ファンタジー生き物たちが人間を嫌っているのかを。
片言ながら人間の言葉を使って会話をしているが、それは戦略的な目的から習得を目指しているだけで、本音では使いたくないこと。
そして、この場に居るのは、人間たちの陣地であるここの探索を兼ねた、マップ作成のため。
つまり、諜報活動である。全ては、人間たちを皆殺しにするため。
だから、近くに人間がいる事に気付いても、無視している。
下手に騒ぎを起こされるよりも、このまま素通りした方が、今はお互いにとって都合が良いから。
人間たちを殺そうと思えばすぐにでも殺せるが、近くの6人を殺すよりも……その何倍、何十倍、何百倍の人間を殺すために、我慢した……というわけだ。
ゆえに、だ。
たとえ身体が『KOS-MOS』に成ったとしても、根本的な部分は現代人である彼女は──別の世界とはいえ、見過ごすことなど出来なかった。
「敵性個体を確認──質問します」
素通りしようとする、人間の敵の前に──彼女は、立ち塞がった。
ハッキリと、彼女は眼前の敵を見つめる。
向こうもこちらに気付いていたが、その動きを見て、こちらの位置を完全に掴んでいることに気付き──瞬間、その中の雄が刃を抜いた。
それは、即断即決の、まさしく必殺の一撃であった。
この暗闇の中で、下手すれば自分たち以上に夜目が利く、人間に見える存在。生かして置いた方がマズイと判断してから、0.1秒強。
相手が人間であるならば、自分が死んだことすら気付けないままに首を落とせていただろう。
『──なっ!?』
「──敵対行動を確認」
だが、その刃をKOS-MOSの首に届かせるには、あまりに遅すぎた。
何故なら、彼女自身は自覚していないが、だ。
そもそもが、『KOS-MOS』の処理速度は生物の範疇を超えている。そして、それに合わせて身体の反応速度も人のそれではない。
人間相手であれば即死の一撃も、彼女にとっては──手で摘まんで止めるぐらい、簡単な速さでしかなかった。
そして、確実に殺すという行動を確認し終えた彼女には。
「
もはや、相手が意思のと知恵がある生物であろうとも、自分たちの命を脅かす滴でしかなくて。
たとえ会話が通じる相手だろうとも、容赦をするつもりは全く無かった。
「──これより、殲滅します」
だって、彼女は──人間の味方なのだから。