さて、敵を倒したのでこのままオサラバ……出来るかと言えば、そんなわけもない。
なにせ、戦闘音やら衝撃波やらの影響によって、この辺りを相当に騒がせてしまったからだ。
基本的に、本来起こらない音が唐突に発生したら、逃げるのが野生動物の基本である。いや、動物に限らず、『音』というのは本来、異常の象徴なのだ。
なにせ、音は必ず何かしらの事象の結果に起こる。少なくとも、自然界において、音は基本的に危険を知らせるサインなのだ。
だから、普通は、何かしらの音が起これば逃げる。何が起こったのかなど調べず、まず逃げるのだ。
しかし、ファンタジー生物が同じ行動を取る保証は無い。
なにせ、亜人という、人間と同等の知能を持ったファンタジー生物が居るのだ。もしかしたら、音の発生源を調べるために、あえて近づいてくる可能性だってある。
以前戦ったあのドラゴンとて、同じだ。もしかしたら、人間と同レベルの知能を有している可能性があるかも……いや、違う。
むしろ、その可能性が高いと思った方が良いかもしれない。だって、ファンタジー生物だし。
まあ、それを調べようと思っても、残念ながら危険過ぎて対話が不可能なので、『目が合ったか、死ねィ!』が基本だけれども。
で、話を戻すが、先ほどの亜人の仲間が異変に気付いてここへやって来る可能性がある。
(……あの人たち、あの場所から移動していないな。まあ、こんなに真っ暗だったら、明かりを点けても移動するのは危険だから、そうするしかないのだろう)
そして、この場には、先ほどのハーレムチームが居る。
人間と同じく夜目が利かないファンタジー生物なら……いや、そういう場合は嗅覚が鋭かったりするので、とにかく、残して離れるのは危険である。
(でも、ハーレムだし……いや、もう付いていないから、嫉妬するのも変な話か……)
幸いにも、だ。
KOS-MOSボディの彼女には疲労の類が一切無く、時間の感覚も人間だった時とは違う。
実際になってみないと想像し難いが、今の彼女にとって、1分も1時間も同じなのだ。
精神的には、嫌だとは思う。
けれども、そうするしかないという状況になれば、感覚が切り替わり……海を渡る際に気力が尽きて沈まなかった理由が、コレである。
待とうと思えば何十時間何百時間も立ったまま待機出来るし、逆に、何十時間何百時間の連続移動も可能なのだ。
つまり、今より朝日が昇って辺りが明るくなるまで、ずーっと安全を見守り続けることも可能であり、それ自体に、彼女は欠片の辛さも覚えないのだ。
……とはいえ、これは彼女が元々忍耐強いというわけではない。
実のところ、彼女(前世の彼のこと)には知る由も無いことだが、『ウ・ドゥ』の魔改造のおかげである。
と、いうのも、だ。
本来のKOS-MOS(特に、Ver.1)は定期的なメンテナンスが絶対に必要であり、そのための専用ユニットである、『
この装置の中で一時的に休止状態になることで、各部のチェック&調整およびソフトウェアの更新を行い、常に最高の性能を発揮できる。
……では、今の彼女はどうしているのかって?
答えは、『戦闘時以外は常に自動的にメンテナンスが行われている』、である。
先ほどの感覚が切り替わるという話が、コレだ。
ある意味、仮初の休止状態であるため、何時間経とうが何日経とうが、最終的には嫌々ながらも平気に待つことが出来る……というわけなのである。
それなのに、性能的には通常の活動時と変わらないのだから、いかに『ウ・ドゥ』の魔改造が馬鹿げているかが窺い知れるだろう。
……。
……。
…………で、だ。
時間は流れ、翌日。
真っ暗だった内部にも光が差し込み、うっすらとだが辺りが明るくなり始め……チラリと、ハーレムたちから視線が向けられたのを認識した彼女は。
──おはようございます。
素直に、挨拶をした。
そう、アイサツは大事、これは古事記にも書いてある事なのだ。
「…………」
「──おはようございます」
「…………」
「──おはようございます」
「…………」
「──私の声は、届いておりますか?」
なのに、ハーレムたちから向けられる視線には友好的な色は無く……いや、まあ、仕方がない話ではある。
仮に己が逆の立場だったなら、間違いなくハーレムたちと同じ反応を……いや、そもそも、この身体に成る前の己が、あのようなハーレムを形成出来ただろうか?
(……止めよう、考えるだけ辛い事になるだけだし)
なんだか、ロボットの身体なのに涙が出る感覚を覚えた彼女は、それを振り払うかのように……改めて、ハーレムたちを見つめる。
そのまま、しばしの間沈黙を保っていると、恐る恐るといった様子で、ハーレムたちの黒一点である体格の良い男が話しかけてきた。
「その……もしかして、昨日からいました?」
「はい、現在時刻より約7時間12分前からこの位置に居ました」
「え?」
「より正確に言い直すのであれば、現在時刻より、約7時間13分05秒です」
「そ、そうか」
ありのままを答えれば、男は注意深く周囲を見回しながら、辺りを見回し……少し遅れて、ギョッと目を見開いた。
……男の視線の先をサーチした彼女は、ああっ、と納得した。
視線の先にあるのは、言うまでもなく『白面金毛』の遺体である。そりゃあ、昨日まで何も無かった場所に、亜人の死体が転がっていたら驚くだろう。
……ちなみに、だ。
彼女は、己が仕留めた相手が『白面金毛』という通称が付けられているほどに有名な亜人であることを知らない。
というか、そもそも、己が戦った相手が『レッドキャップ』という種族の亜人であることも……いや、少し違う。
『レッドキャップ』なる亜人が居ることは、『ウ・ドゥ』から聞いている。
ただ、それがどんな姿をしているのか、それを彼女は知らないのだ。
なにせ、その時の『ウ・ドゥ』の説明が、『なんか足が速くて、ひょろい感じ?』とかいう疑問形だったし……まあ、それでも、だ。
名前の通りに赤い帽子を被っているので、たぶんこいつは『レッドキャップ』なる亜人なんだろうなあ……と、検討を付けていたのであった。
「アレは昨夜遭遇致しましたので、仕留めました」
「え、こ、コイツを?」
「はい、『人間は皆殺し』、という
「……そ、そうなんだ」
チラチラッ、と。
おそらく、どう返事をしてよいか分からないのだろう。
彼女と、亡骸となったレッドキャップを、交互に見ている。
少なくとも、己に対して警戒しつつも敵視をしているわけではないのを感じ取った彼女は……その亡骸を拾い上げ、再びハーレムたちの前へと歩み寄った。
「コレは、どうしたら良いのでしょうか?」
「え?」
「貴方たちの間では、こういう亡骸はどのように処理をしているのですか?」
「処理、って?」
「食肉として処理をするのですか? それとも、火葬処理をするのですか? あるいは、このまま放置するのですか?」
「……あ~、そ、そうだな」
──ちょっと、待ってほしい。
そう言われた彼女が了承すれば、ハーレムたちは一か所に集まると……誰か一人は常に彼女を視界に入れた状態を維持しながら、ごにょごにょと相談し始めた。
……当然ながら、高性能センサー(SF基準)を搭載している彼女の耳は、普通に盗み聞きする事が可能である。
でも、彼女はそれをしなかった。失礼だし、なにより、気持ちが分かるからだ。
だって、己が逆の立場だったなら、同じような反応や対応をするからで、むしろ、冷静な対応だなとすら思っていた。
そんなわけで、彼女もいちおう周囲の状況を常に監視しつつ、待っていれば……また、代表する形で男が駆け寄ってきた。
「あの、ひとまず報告する必要がありますので、一緒に来て貰っていいですか?」
「はい、構いません。協力を感謝します」
「ははは、協力っていうか、助けられたのはこっちの方だと思うけど……あ、そうだ」
そんな呟きと共に男は、ハッと目を瞬かせた後で、ペコリと彼女に向かって軽く頭を下げた。
「あの、俺はジャンと言います。後ろに居るのは、パーティーメンバーの──」
「ナァルっす」
「アロ、よろしく」
「ナギと申します」
「ウォル、です」
男の……ジャンの挨拶に合わせて、女性たちから挨拶をされた。
ナァルは、おかっぱ頭の小柄な女性。
アロは金髪、ちょっと気が強そうに見える。
ナギは、仕事が出来そうな女性といった風貌で。
ウォルは、女性たちの中で一番体格が良い。
本当に、見れば見るほど、ハーレムパーティーにしか見えない……心の中で、ちん○もげろと念を送った彼女は、それをおくびにも出さず……自己紹介をした。
「対グノーシス用人形掃討兵器KP-X シリアルNo.000000001、モッコス、です。よろしくお願いします」
「──はっ?」
言葉の意味が分からず首を傾げる女性たち。まあ、女性たちがそんな態度を取るのも致し方ない。
なにせ、彼女のその自己紹介。
例えるなら、江戸時代の人にパソコンのスペックを言葉で説明したようなものだ。日本語を話しているのに、日本語が理解出来ないような話だ。
なんとか名前に当たる『モッコス』の部分は聞き取れるが、それ以外は分からず……自然と、彼女たちの視線が、この場で唯一の男性であるジャンへと向けられた。
「……も、モッコスさん。聞いても、良いでしょうか」
「答えられる事であるならば、答えます」
そのジャンはと言えば、今にも零れんばかりに大きく目を見開いていた。
女性たちから向けられる、訝しむような視線を他所に、その場で何度か深呼吸をすると……恐る恐るといった様子で尋ねた。
「あの、違っていたら申し訳ないんですけど、貴女は人間ではなかったり、とか?」
「はい、私は人間ではありません」
瞬間──ジャンは何かを堪えるかのように、パンパンと膝を叩いた。その顔は、その目は、なんだかキラキラ輝いているように見えた。
「も、もしかして、ロボット、というやつですか?」
「はい、そうです。分類としては、人型ロボット……すなわち、アンドロイドが該当すると思われます」
「──ほ、本当に?」
「はい」
「……う」
「う?」
「う、うぉ、うおおおおお!!!! (アンドロイド! SF要素、キタコレ──っ!!!」
「???」
唐突な雄叫びに、ビクッと肩を震わせた女性たち。対して、意味が分からず首を傾げる彼女。
その彼女が掴んだままの亡骸からは、微妙に悪臭が漂い始めていた──早くしないと、とんでもない事になるぞ、である。
……さて、そんな流れで、ジャンたちと一緒にアイギスへと戻る(彼女からすれば、とんぼ返りみたいなもの)ことになったわけだが。
「──ジャン、貴方の位置より右斜め前方71mの地点にウサギのような形状の生命体を確認、逃走行動を取りましたが、注意してください」
「──アロ、心拍数と呼吸回数が増加傾向にあります。少し速度を落とし、ならびに水分等を補給することを提案します」
「──ナギ、貴女の前方207mの地点にモンスターが2体、左方311mの地点に1体を確認、こちらにはまだ気付いておりませんが、注意してください」
「──ウォル、その重心バランスでの移動を続けると、下半身に疲労が蓄積しやすくなります。力任せではなく、身体に負担を掛けないよう意識してください」
とりあえず、彼女はジャンたちが怪我とかしないようアシストを行うことにした。
余計な御世話と言われたらそれまでだが、それでもなお、彼女が色々と手を貸そうとするには、もちろん理由がある。
それは……この場所、本当に死ぬ時はあっさり死ぬからだ。
先ほどの亜人たちの事もそうだが、この大陸では……いや、この大陸だけではない。この世界では、人間は本当に弱者なのだ。
彼女がこの大陸を訪れた時、最初に戦ったファンタジー生物……アレがもし、彼女が居ない状態でこの場に現れた場合、どうなるか。
……おそらく、真正面からぶつかれば1体が限界だろう。
上手くジャンたちが連携出来れば、2体。一方的に不意を突く事が出来れば、なんとか3体は……倒せるかもしれない。
そう、そこまでが限界なのだ。
運悪く真正面から3体以上出て来たら、全員生存はもはや絶望的。最悪、誰かを囮にして逃げるしか生き延びる手は無くなるだろう。
なにせ、彼女が見る限り、だ。
このメンバーの中で、真正面からまともにファンタジー生物と戦える者は、男のジャンだけだ。
メンバーの中で1,2を争う小柄なアロとナァルでは、突進を受け止めるのは不可能。弓矢で迎撃できるにしても、接近されるまでに仕留めきれなかったら100%一方的に殺される。
背丈や体格があるナギとウォルなら、なんとか受け止めることは出来るが……攻撃力という点ではどちらも足りていないので、結局は押し切られてほぼ確実に殺されるだろう。
まあ、男のジャンですらも、1対1なら殺せる可能性が高いというだけで、運が悪ければあっさり殺されるという……だからこそ、だ。
(さすがに、顔合わせた相手が死ぬのは忍びないって! この反則ボディのおかげで助かるなら、いくらでも助けるよ!)
もしかしたら、ウザいと思われるかも。
そう思いつつも、全力で周囲を警戒しつつ……不安要素が見つかるたび、アドバイスという名の注意喚起を行うのであった。
……。
……。
…………なお、そんな彼女の内心など知る由もない、ジャンたち一行はといえば、だ。
「……あの人、凄いわね。目が何個も付いているんじゃないかってぐらい、全方向を見通せているし」
「ナギさん、茂みのはるか向こうに隠れている獣とか、見えたり出来ますか?」
「出来るわけないでしょ……いや、もう本当に、どういう感覚なのかしら、アレって?」
「すごいよね……亜人の死体を片手に掴んだまま、顔色どころか汗一つ掻いていないよ……」
「ていうか、さっき……あの人、なんか片手に丸太みたいなゴツイやつ持っていなかった? 私の気のせい? いつの間にか無くなっているんだけど……」
「あ、それ私も見たっす。見間違いじゃなければ、なんか手に現れたり消えたりしているっす」
「え、なにそれ……手品? こんな場所で?」
「手品にしても、あんなに大きいものをどうやって隠したり出したりしているのかしら……?」
少なくとも、女性たちからは良い意味での『畏怖』として認識されていた。
(……い、言えない!)
そして、ジャンはと言えば。
(アンドロイドだから、汗は掻かないし疲れもしない。たぶん、センサーとかそういうので、常に周囲を監視しているんだ!)
(い、言いたい! 誰かと、この気持ち、共感したい!)
(たぶん、SF的なアレで武器とか取り出しているんだってことを! 丸太じゃなくて、アレはどう見てもガトリングかナニカだってことを!)
(あ~……か、語りたい! 語りたいなあ! この気持ちを!)
とある事情から、『アンドロイド』というものが何なのか知っているからこそ、歯がゆい気持ちに唇をムニムニさせていたのだった。