苦手な人は注意やで
それから──何事もなく森を抜けるまでの間、彼女はジャンたちから様々な事を聞いた。
それは本当に多岐に渡り、まさしく、ジャンたちが知っているこの世界の知識の大半を語る……というぐらいであった。
そうして、だ。
無事に『アイギス』へと到着した彼女と、ジャン一行は、ジャンたちの説明もあって、前回訪れた時よりも門番の態度が柔らかかった。
まあ、そりゃあ、そうだろう。
前回は身元不明、記録不明、格好から言動まで怪しいところだけで構成されていた女が、アイギスに入れてくれと言っていたのに対して。
今回は、身元も記録もハッキリしているジャンが間に立ってくれているのだ。
さすがに、前回のように体よく追い返すということはせず、まずは話を聞いてくれるという流れに──なると、彼女は楽観視していたのだが。
「ところで、その手に持っているソレなんだが……」
「これですか? 敵対行為を取られましたので、殲滅しました」
尋ねられたので、門番に見えるよう持ち上げれば。
「──っ!? ま、まさか、白面金毛!? う、嘘だろ!?」
「白面金毛だと!? いや、まさか、そんな……だ、だが、これは……!!」
「おい、誰か上官を呼んで来い! とんでもねえことになったぞ!!」
何故かは知らないが、門番だけでなく、たまたま通りがかった他の人達からも驚きの声を上げられ、いきなり騒がしくなった。
当然ながら、彼女は騒がられる理由を知らない。
ジャンたちに尋ねれば、ジャンたちも分からないみたいで首を傾げている。ジャンたちですら知らないのだから、彼女が知らないのも無理はない。
(……もしかして、色違いだから?)
新種とか、そういう感じなんだろうか。
とりあえず、遺体を渡してほしいと言われたので素直に渡す。その際、ちゃんと手を洗っておくことを忘れない。
なんでかって、死体は一切の例外なく、あらゆる病気の原因であるからだ。
これまではアンドロイドである彼女だけで行動していたので、そういった部分を気にする必要はなかった。
しかし、人間のテリトリーに行くとなれば、そういう事には気を付けなければならない。
何故なら、アイギスの人達の装備や恰好を見る限り、医療技術もそこまで発達しているようには見えない。
万が一にも疫病なんかが発生してしまえば、だ。
最悪は都市を放棄しなければならない事態に……誇張でも何でもなく、そうしないと全滅という話は、彼女の前世の歴史でも……話が逸れたので、戻そう。
「……」
とりあえず、言われるがまま待機していると職員に呼ばれた(ジャンたちも同様)ので、一緒に会議室……というか、おそらく重役会議とか行われてそうな部屋に通されたら。
「……そうか、ありがとう。報告ご苦労、ジャンくん」
「は、はい……」
なんだか、『ゴゴゴゴッ……!!!』みたいな背景的空気を放っている男とテーブルを挟んで対面することになった。
あとは護衛か側近なのかは不明だが、なんかオークっぽい顔をしている大男が、椅子に腰を下ろしている彼女の隣に立っていた。
この、物語の黒幕っぽいように見せて実は正義の味方側にいそうな雰囲気の男の名は、『ルドス』というらしい。
そして、オークっぽい顔立ちの男は、『ティーチ』。こちらは無愛想といった感じで見下ろしているばかりで、話しかけてくる様子はなかった。
──なんか知らないけど、すごい騒ぎになったのかな(現実逃避)、と彼女は思った。
彼女の感覚としては、この二人の組み合わせ、なんだかホモに好かれそう……といった感じで、とりあえず、悪者ではなさそうというのが彼女の結論であった。
ただし、そう感じているのは、彼女だけなようで。
ジャンを始めとして、ハーレムメンバー(ちなみに、ハーレムではないと説明された)たちはすっかり萎縮しているようで、非常に居心地悪そうにしている。
まあ、それも致し方ないだろう。
先ほど自己紹介をされたのだが、ルドスはアイギスにおいては上から数えた方が良いぐらいの権限を有しており、ティーチもまたそこまではいかなくとも、相当に高い地位に就いているようで。
言うなれば、新入社員がある日営業から帰ってきたら、重役二人から呼び出されたようなもの……緊張して委縮するのは、むしろ当たり前であった。
「……それで、モッコスくん、だったね?」
「はい」
「君の話は分かった。君は人間ではなく、また亜人ではない。そもそも生物ではない、鋼鉄などで構成された『あんどろいど』なる存在である……で、間違いないね」
「はい、その通りです(良かった、理解してくれて)」
「君の言葉が事実であるならば、その鋼鉄の身体を調査するのは危険すぎる。最悪、調べようとした時点で『禁忌』に触れる可能性があるね」
「はい、その通りです(え、そうなの?)」
「ふむ、分かった。とりあえず、君に関する調査を含めて、君の事を調べようとするのは厳禁、発覚した時点で死罪にする……ということにする」
「賢明な判断です(あ、そこまでするんだ……)」
とはいえ、彼女は例外である。
彼女は常に思考がマルチタスクで処理されており、あらゆる事象を客観的に認識している。
つまり、前世の感覚で2人の威圧に震えている視点と、欠片も気にせず無機質に観察を続けるKOS-MOSとしての視点が、同時に存在している。
「でもね、私にとって重要なのは、そこじゃないんだ」
「質問内容が分かりません、単刀直入にお答えください」
「ふふ、そうだね。それじゃあ、単刀直入に言おう」
だから、普通に考えたら返答次第で殺されてしまうような状況でも。
「君は、人間の味方かね? それとも、亜人の味方かね? それとも、どちらでもないかな?」
「人間の味方です」
「へえ? それじゃあ、仮の話だが、君に誰かが襲いかかった時、君はどうするのかな?」
「人間の味方ではありますが、己の身を守るために人間を害することもあります」
常に冷静な態度で……まさに、機械のように返答が可能なのであった。
「……ふむ、では、最後に……というには些か長くなるし、最後とは言ってもいくつか尋ねることになるが、人間でも亜人でもない君の答えをいくつか聞きたい」
そして、それがルドスのお気に召したのかは分からないが、どことなく確かめるかのような……そんな眼差しを、彼女へと向けた。
「現在、我ら人類は共通の敵……すなわち、亜人と呼ばれる者たちとの戦いにある。それは、知っているかな?」
「はい、ジャンたちから得られた情報の範囲と、私が収集した範囲に限れば、そのような状況にあると推測されます」
「ふむ、けっこう……では、聞こう」
ズイッと、ルドスはテーブルに乗り上げるようにして、彼女を見やった。
「この戦い……君は、どう思うかね?」
「──何も思いません。ただの、種の存続を賭けた生存競争です」
対して、彼女は平然とした様子で(内心はちょっとビクッとしたけど)答えた。
「……生存競争?」
「はい、それ以上でも、それ以下でもありません」
「では、君は人間と亜人、どちらが勝つと思のかな?」
「現時点で得られている情報から推測出来る、人類が勝利する確率は……『極めて低い』、と判断します」
彼女のその言葉に──室内の空気が、ギシッと張り詰めた。
ルドスも、ティーチも、ジャンたちも、例外なく……彼女の発言に思わず動きを止め、次いで、信じられないといった様子で彼女を見つめた。
ルドスたちが、そんな反応を見せるのは当然である。
言うなれば、戦争をしている国の幹部の前で、『おまえのところ、負けるぞ』と真正面から告げたも同然である……まだ、動きを止めただけ、彼らは冷静であった。
そして……当の彼女がそんな発言をしたのも、別に意図があったわけではない。
全て、言葉通りだ。
前世の知識(歴史)とこの世界での亜人との戦闘。そして、これまで応対してきた人間の能力をマルチタスクにより客観視した結果、導き出された答えが、それであった。
(だってなあ……せめて、亜人たちの知能が低かったら違ったんだけど……ぶっちゃけ、この世界の亜人って、基本的に人間の上位互換なんだよな……)
そう、そうなのだ。
人類の武器は、知能であり知性。
総合的に見れば、非常にか弱い人類が繁栄出来ているのは、他の種族を引き離してなおぶっちぎりに優れたソレを有し、ソレに答えてくれる器用な両手があるからだ。
……そう、前世の、亜人のいない世界では。しかし、この世界では違う。
何故なら、亜人も人間と同等の知能や知性を有しているからだ。
加えて、手先の器用さも人間と同等なのに、総合的な身体能力は軒並み亜人が上で……ジャンたちから聞いた『ゴブリン』というやつにいたっては、繁殖能力すら上ときた。
──断言しよう。
この世界では、人類が亜人に勝っている点は無い。いや、強いて挙げるならば、『個体数』という意味での数が圧倒的に上回っている……が、それも、時間の問題だ。
「……どうして、そう思うのだね?」
「総合的に見て、人類が弱者だからです」
「何故、そう判断したんだい?」
「理由は三つ、あります」
ジッと、赤い瞳でルドスを見返しながら、告げる。
「一つは、亜人は人間と同等の知能を有していること」
「ふむ、否定は出来ないね」
「二つ目は、亜人は総合的に見て人間よりも高い身体能力を有していること」
「それも、否定は出来ない」
「そして、三つ目は……亜人たちの方が、人間に比べて成長速度が極めて早い可能性が高いから、です」
「……ん? それは、どういう意味かな?」
首を傾げるルドスたち……その中で唯一、ジャンだけがナニカに気付いたのか、ハッと顔を上げ──直後、青ざめた。
どうして、ジャンは青ざめたのか。
それは、亜人たちが備えている、人間をはるかに超越した能力……その危険性に気付いたからだ。
「そのままの意味です。亜人たちは、危険性を低く考えても、人間の半分以下の時間で成人を迎え、その時点でほとんどの場合は一般的な人間より強い状態だという可能性が高いと推測されます」
「なっ──!?」
それを、センサーにて感知した彼女は……絶句するルドスたちを尻目に、それでもなおルドスたちに説明を続けた。
「冷静に考えてください。仮に、亜人たちが人類と同じくまともに戦えるようになるまでに15年から20年ほど掛かるとして……どうして、それでもなお絶滅せずに済んでいると思いますか? これまで何百年にも渡って人類が攻勢に出ているのに、何故だと思いますか?」
そう、それこそが、亜人の本当の強みなのだ。
亜人は、人間よりも成長が早い。
おそらく、妊娠から出産に至るまでも早く、それでいて、寿命は人間と同程度(短くとも、4,50代)と考えるのが自然だ。
そうでなければ、モンスターが跋扈するこの大陸で生きていけるだけの知恵が伝授されないし、今頃はもっと数を減らして……下手すれば、とおくの昔に絶滅しているだろう。
ジャンたちから聞いた情報を合わせれば、おのずとその答えが導き出される。残念ながら、彼女はその推測を否定出来なかった。
……つまり、だ。
この世界の亜人は平均的に、人間と同等の知能(言語の有無は別)を有し、人間以上の身体能力を持ち、人間以上の繁殖能力を持ち、人間以上に早く成長し、人間と同程度の寿命を有している
中には、異種族なのに孕ませることが出来るというゴブリンやオークという、繁殖という点では最強に等しい種族すら、人類より平均的な身体能力は上なのだ。
彼女が、『人類は弱者』だと断言した理由である。
それは、あくまでも推測であり仮説である。だが、当たっている可能性が極めて高い推測だと彼女は思っていた。
「…………そうか、そうだな。確かに、そうと考えなければ、何時まで経ってもこの戦いが拮抗し続ける理由が──」
「訂正します。拮抗、という言葉は間違いです」
だからこそ、無意識に楽観視しようとする、ルドスのその言葉に待ったを掛けた。
「既に、人類は負けているのです。決着が付いていないだけで、実質的には敗北に傾いていると判断するべきでしょう」
その瞬間、再び視線が彼女へ向けられ──構わず、彼女は話を続けた。
「現在は、数が勝っているから拮抗を保てているように見えるだけで──数が同数に近付いた瞬間、人類が巻き返すことは不可能となり、その時点で完全なる敗北が確定します」
「……君は、そう思うのかい?」
「はい──おそらく、それが分かっている人間の中には、既に極秘に亜人たちと取引をして、生存のための行動を取っている者や国があると思われます」
「そう、か。人間でもなく亜人でもない君の目には、そう見える……か」
ルドスは、それ以上……何も言わなかった。
ティーチも、ジャンたちも……ある者は苦悶の顔で、ある者は顔をしかめ、ある者は青ざめて、ある者は今にも泣きそうな……そんな中で。
(……まあ、ガトリングの連射で勝てるだろ。この身体、もっとヤバい武装が備わっているからなあ……)
場の空気を凍らせて絶望感に満たした当人は、暢気に……ルドスたちが聞けばキレるかもしれないようなことを考えていた。