そんな重苦しい空気の中で、ルドスは彼女に問うた。
──君は、この戦いに参加してくれるのかい?
その質問に、ハッと……誰もが目を見開き、次いで、彼女を見やった。その中でも、特にジャンの視線が熱く……まあ、ジャンたちがそんな視線を向けるのは当然だろう。
なにせ、彼女はあの『白面金毛』を単独で撃破したのだ。
それも、夜の闇という圧倒的に向こうが有利な状況下で、無傷に勝利を手にしたのだ。
もちろん、ルドスに限らず、この場に居る誰もが楽観的ではない。いくら二つ名が付いているとはいえ、たかが一体を仕留めただけの事だ。
それだけで戦局が変わるとは思っていないし、それで戦局が変わるなら、とっくの昔に人類は死に物狂いで何を犠牲にしてでも『白面金毛』を殺しに動いているはずである。
だが、それでも……期待してしまうのは、抑えきれない。
戦局は変わらなくても、二つ名が付けられた物を仕留めた……その事実が抑止力となり、時には相手の行動に制限を掛けることが出来るからだ。
だからこそ、ルドスたちは……いや、特にルドスは、微笑みの向こうにて激情を隠しながら、彼女の参入を心から期待している。
その為なら、金貨が何百枚であろうと、美食に美男美女に芸術に、なんなら生贄すら辞さない覚悟で、彼女の返答を待った。
「──参加はしません」
「ならば、報酬を──」
ゆえに、断られたとしても、即座に交渉に入ろうと思っていた──が、しかし。
「敵対行動を取られた相手に対しては殲滅します。また、将来的にも同様です。私は人間の味方ではありますが、人間の
「……と、言うと?」
「私は、この大陸にある『ふかふかダンジョン』なる場所の探索をしたいがために来ました。なので、目的が違います」
「……つまり、こういう事だね」
軽く息を吐いたルドスは彼女の言い分をまとめる。
一つ、
二つ、彼女の目的はあくまでも『ダンジョン』。亜人撲滅は二の次であり、彼女の方から積極的に動くつもりはない。
三つ、ただし、現時点あるいは将来的に人類への影響が大きい個体や、問題が生じた場合は、状況に応じて行動して殲滅する。
ルドスが掲げた三つに対して、彼女は静かに頷くと──のそりと、椅子から立ち上がった。
理由は、彼女のセンサーが……『アイギス』の上空を飛んでいる生物を捉えたから。
それは、鳥ではない。目視にて確認しなくとも、分かる。
森の中でも何度か目視にて確認している。そのデータと一致する点があまりに多いので、彼女はそれを空飛ぶ亜人と推定する。
ここが森の中であるならば放置一択だが、人類の陣地であるアイギスの上空ともなれば話が違う。可能性として高いのは、諜報……すなわち、スパイ行為だろう。
「……天井に、何かあるのか?」
静かに上空のソレの位置を把握し続けていると、代用する形でティーチが訝しんだ様子で尋ねてきた。
まあ、第三者から見れば、いきなり腰を上げたかと思えば、何をするでもなく天井を見上げているのだ。
なにか有るのかと、その場の誰もが不思議そうに彼女の視線の先を見つめていた。
「──上空約110mの地点に、鳥類とは異なる生命体を感知。アレは、敵ですか?」
「上空……もしや、『ハルピュイア』か?」
何か、嫌な事を思い出したかのような、そんな唸り声でティーチは尋ねた。
「ハルピュイア、という名前に該当するデータが私にはありません。説明を求めます」
とはいえ、名前など知らない彼女は、素直に聞いた。
いちおう、『ウ・ドゥ』から代表的な亜人は聞いているんだけど……とにかく説明が下手くそだから、一致させられないのだ。
……で、だ。
この場において、驚くべきことに亜人からハルピュイアの情報を直接得た(けっこう、驚いた)というジャンからの説明を含めて、まとめると、だ。
ハルピュイアとは、人間女性の頭と胴体に、鳥に似た手足を持つ亜人である。
直接的な戦闘能力は亜人の中では低い方らしいが、とにかくデタラメに足が速く、滑空しか出来ないものの風に乗って空を飛ぶことが出来る。
……で、ジャン曰く、ハルピュイアこそが『真の最強種』であるらしい。
なんでも、ハルピュイア自身はある種の悟りを開いており、生きる事も死ぬことも無頓着であるらしく、こちらから何もしない限りは、絶対に放置した方が良いらしい。
その理由としては、ハルピュイアを怒らせてはならないから。
なにせ、ハルピュイアがその気になれば、連日連夜に渡って糞尿や生ゴミ、火の点いた炭や熱した油などが降り注ぎ、疫病と火災によって街は壊滅に追い込まれる。
そのうえ、馬より早く走り空を無限に飛べるがゆえに、仮に街から逃げ出せても、本当の意味でハルピュイアから逃げられるわけではなく、最後は成す術も無く皆殺しにされるだろう……とのことだった。
ちなみに、それが分かるまでに、だ。
アイギスではハルピュイアのはく製を作るために狩っていたらしく、それがハルピュイアたちにとって不満を燻らせる結果になっていたらしく。
「それで、ギリギリのところでなんとかなったけど……その後で、ハルピュイアから『興味が無くなった、祭りが無くなった、全部死ねば良かったのに』って笑いながら言われて……」
そう話したジャンの顔色は、少し悪くなっていた。
あとちょっと、その事に気付くのが遅かったら……なので、とにかく、絶対にハルピュイアを攻撃しては駄目だ……というのが、説明の最後に念押しされた。
……。
……。
…………で、だ。
そんな話を聞いた彼女は……率直に思った。
(悟ったくせに、殺され方が気に入らないから、殺して来た相手を全滅させるまで追い込む? なにそれ、ぜんぜん悟ってないじゃん)
そう、ぶっちゃけ、気に入らないと思った。
と、いうのも、だ。
実は彼女、この身体になる前(つまり、男性だった頃)は、現代ではけっこう数少なくなった、仏教の教えに熱心だった家庭の子である。
まあ、熱心だったのは母方の家系で、父はそうでもなかったが……とにかく、彼女は、母親から仏教についてよく教えられた。
結局、当時の彼女(彼)には無理というか、彼女自身はそちらの道には進まなかったが……それでも、だ。
仏教の開祖である
だからこそ、だ。
殺され方が気に入らない、気に入らない腹いせに相手を絶滅させる、絶滅させられなかったから、絶滅させる楽しみが消えて残念だ。
そんなものを、悟ったなどとは言わない。
そんなものは、ただの驕りでしかない。
何時でも自分たちがその気になれば、自分たち以外を絶滅させるのだという仄暗い矜持。
意味のある死に方以外は嫌だという、欲望。
驕り高ぶる相手を一方的に嬲り続ける、欲望。
それを相手に知らせて、恐れ戦く様を楽しむ、欲望。
言っておくが、間違っても無抵抗に殺されるのが正しいわけではない。殺生をしないために自らの命を落とせだなんて釈迦は言っていない。
だからこそ、如何に悟りの境地に至るのが困難なのか……ハルピュイアは、悟ってなどいない。
ただ、小賢しく悟ったフリをしている無垢な子供なのだ。
『諸行無常』を当たり前のものとして受け入れる、その境地に至ることが如何に……そこまで考えたあたりで、彼女は静かに目を閉じた。
(……止めよう、それがハルピュイアの生き方なら、私が口出しすることじゃないな)
そう、結論を出した彼女は、ジャンたちの忠告を了承すると……そこで改めて、光が差し込む窓の外へと指先を向けた
「質問をよろしいでしょうか?」
「今度はなんだい?」
どこか疲れた様子のルドスには、申しわけないと思う。
しかし、おそらくこの場で唯一気付いている彼女は、言わなければヤバいと判断し、構わず告げた。
「ここから先、距離にして約71km先に、人間たちの基地があるように思われますが……違いますか?」
「──っ、ふむ、そうだね。あると言えばあるし、無いと言えば無い……何が言いたいのかね?」
さすがに、今日顔を合わせたばかりの相手に軍事機密を話すつもりはないのか、意図してぼかしたような言い回しをした。
「簡潔に述べます。基地の周囲に、亜人たちが集結しています。距離がありますので収集できるデータが不足していますが、なにかしらの目的があるように推測出来ます」
「──っ! な、なんだと!?」
がたっと、ルドスは椅子を蹴って立ち上がった。
「可能性として高いのは、攻城する準備を整えている。あるいは、すでに準備を終えて夜が来るのを待っている……この二つだと思われます」
「馬鹿な! ありえない! あそこにあるのは正規軍だぞ! ただの中継基地ではないんだぞ!?」
「その正規軍を壊滅させる準備を終えた可能性があると思われます」
けれども、彼女は告げた。
ルドスだけでなく、その言葉を聞いた誰もが驚きに目を見開いたが、構わず彼女は可能性を告げた。
そう、先ほども話したが、亜人は馬鹿ではない。人間と同等と考えるべき相手だ。
その亜人が、わざわざ意味もなく基地の周りに集まるだろうか。
この大陸に居る、多種多様なファンタジー生物に襲われる危険性を無視してでも、そんな物見遊山(ものみゆさん)をするだろうか?
──答えは、しない。
そこに集まるということは、それをするだけの理由があるのだ。ファンタジー生物に襲われる危険性を無視してもなお、利があるからこそ……だからこそ、急がなければならないのだ。
(馬鹿な、ありえない、ただの妄言……いや、白面金毛を仕留めるほどのやつが……彼女が仮にスパイだとして、わざわざ作戦を暴露などするわけがない)
そして、ルドスは……普通ならば荒唐無稽もいいところなその推測を否定せず、起こる可能性として今後を想像した。
「──くそっ!」
そして、最悪な結果を想像し、一瞬ばかり呆然としたルドスは……すぐさま、ハッと我に返ると、ティーチへと振り返った。
「──ティーチ殿。いますぐ援軍を送るとして、あそこには何時頃には到着出来る?」
「……今日中には無理だ。空いていて、休養を取った後のやつらを集めて編成して……どんなに早くとも、明日以降だ」
「なんとか、今日中に行くことは出来ませんか? 万が一、あそこを落とされでもしたら……」
「そうは言うが、強行軍でヘロヘロのまま立たせても、無駄にベテランを死なせるだけだぞ」
鬼気迫る……まさに、そんな表情で問うたルドスに、ティーチはグッと唇を噛み締めた後、そう答えた。
……ティーチの言い分は、もっともである。
安全が完全に確保された森を突っ切るのと、可能性として0ではない危険性が残された森を進むのとでは、消耗の度合いが違う。
ましてや、これから向かおうとしているのは、この戦争における前線基地。つまり、その分だけ危険な森の中を行進する必要がある。
加えて、下手すればヘトヘトに疲れたまま戦いが始まる可能性が示唆されている。
ただでさえ、基本スペックが全てにおいて上回る亜人と戦うのだ。それも、基地を攻め込む準備を終えた亜人たちの軍団と。
ティーチの見解は、脅しでも何でもない。
限りなくそうなるであろう可能性を語っているだけ。そう、応援に向かった人たちを含めた、前線基地の者たちの全滅の可能性を。
……かといって、前線基地を放棄して撤退させることはもう、不可能である。
それは、惜しいからではない。純粋に、伝令を送っても事が始まる前には到着出来ないからだ。
なにせ、彼女の推測が事実だとするならば、おそらくは基地はもう秘密裏に包囲されているだろうから。
そんな場所に伝令を送ったところで、入ることすら出来ずに無駄死には必至。余計な死者を増やすだけで、なんの意味もないだろう。
「残念だが諦めてくれ、ギルドマスター。これはもう、手遅れだ」
「……そのようですね」
それは、ルドスとて分かっていた。
分かっていたが、基地に控えている数百人全員が皆殺しにされることを思えば、藁にも縋る様な思いで尋ねるのも、致し方ないことであった。
そして、それは……ジャンたちとて例外ではない。
基地の事などは知らないが、2人の会話からして、状況が絶望的なのは嫌でも察せられた。
察せられたということは、想像してしまったのだ。
今日の夜にでも、仲間たちが大勢死ぬと。
男たちは皆殺しにされ、女たちは殺されるか……死ぬまで、オークやゴブリンを生む道具として使われると。
それなのに、自分たちは何も出来ない──その無力感に、この場に居る誰もが──いや、違った。
(……あっ、なんかタブ・バイクなるスゲー乗り物があったっぽい。これなら、十分に間に合うな)
そう、結論を出した彼女だけは、違ったのだ。
──タブ・バイク。
それは、とあるロボットと合体する事で真価を発揮するバイク。どういうわけかKOS-MOSの調整槽が変形するとバイクになるのだが、コンセプトは分からない。
とりあえず、SF基準世界でも、トップクラスの性能を誇るKOS-MOSは伊達ではないとだけ理解しておけば良いのだ。
……。
……。
…………そんなものあるなら、泳がずにこの大陸に行けば良かったんじゃないかって?
……。
……。
…………残念ながら、本来のKOS-MOSならともかく、今の彼女は中身が平々凡々な男性ソウルが入ったモッコスである。
モッコスしか知らない彼女は、己がそういう乗り物を所持しているとは知らなかった。
そして、知らないということは、彼女にとっては存在しないも同じ事。いくらなんでも、認識出来ていない機能は使うことが出来ない。
戦闘時には、必要に迫られているのでKOS-MOSのスペックを発揮するが、基本的に必要でない時は、彼女自身が自分で呼び出さないと、その存在すら感知出来ないのだ。
(……このバイクがあることが分かっていれば、泳がなくてもよかったのでは……や、止めよう、今はそんなこと、重要ではない)
まあ、KOS-MOSが登場する原作でもタブ・バイクって滅茶苦茶存在感が薄いというか、合体してから本番ってな感じの代物だけど……とにかく、だ。
無言のままに、彼女は部屋を出る。「モッコスさん?」いち早く気付いたジャンが立ちあがり、後へと続く。
そうなれば、自然と女性たちも続き……いったい何をするのかと気になったルドスやティーチも、その後に続いた。
「あの、モッコスさん、何処へ?」
「タブ・バイクを使います。あれならば、上空より基地へと到着が可能です」
「バイクって……って、空を飛べるんですか!? そんなの持っているんですか!?」
「持っています」
「──是非、乗せてください」
「向かう先は非常に危険ではありますが、それでもですか?」
「……、……」
そうして、ジャンと彼女だけに通じる会話を他所に、『タブ? バイク? なんだそれは?』と首を傾げるルドスたち。
だが、それも……時間にして、15分後には。
「──うわぁあああああ!?!?!?」
「うっひょぉぉおおおお!!!!!」
「騒ぐと、舌を噛みますよ」
向こうの基地に顔が利くティーチをバイクの右側に縛り付け。
そのティーチをアシストするために、ジャンが立候補する形で左側に縛り付けられ。
そして、バイクはSF的なエンジンが火を噴いて、誰しもが絶句しているのを他所に、軽快な調子で空を飛び。
「──うわぁあああああ!?!?!?」
「うっひょぉぉおおおお!!!!!」
「騒ぐと、疲れますよ」
生まれて初めて空を飛び、常識外の現実に恥も外聞を捨てると言わんばかりに恐れ戦くティーチの絶叫と。
生のSFに触れてテンションは爆上がり、『1人で対処出来る』というSFアンドロイドにおんぶに抱っこするつもりのジャンの歓声と。
相も変わらず無表情のまま、タブ・バイクを運転する──彼女の姿が、上空の彼方に消えていくのを見送ったルドスたち(その他大勢)は。
……。
……。
…………ただただ、呆然と空を見上げるのであった。
次の話では、亜人が当たり前のように死ぬので注意要
果たして、オークの分厚い肉の鎧は、グノーシスをハチの巣にするガトリングガンに耐えられるのか!?