神社探求伝   作:一日

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第二話 天岩戸神社編

 女だけの飲み会というものは姦しくていけない━━自分も女の身でありながらそう思ってしまうのはやはり女性らしさに欠けるためだろうか。

 

 「珍しいわね、あんたがお酒飲まないなんて」

 

 「明日ちょっと早いのよね。それに運転する予定だし」

 

 運転手はもう一人いるからさして問題はないとは思うが、お酒の匂いが残ったままデートというのは避けたい。……若者のデート先として適当かどうかは別として。

 

 「運転って飛鳥車持ってなかったよね……あ、彼氏のか」

 

 「えっ、飛鳥に彼氏? 彼女じゃなくて?」

 

 「ちょっと待ちなさい、今のどういう意味よ?」

 

 女性らしさに欠けていることには自覚はあるが、やはり他人に言われると癪に障るものだ。

 

 「……だって、ねぇ?」

 

 言うまでもないと言わんばかりに全員が頷く。

 

 「よーし歯ぁ食いしばりなさい」

 

 きっとこういう反応が女性らしくない原因なのだとは分かっているが、そう簡単に変われないのが人間の性というものだ。

 

 「……きっとあんたの彼氏の方がずっと女らしいんでしょうね」

 

 図星を突かれた飛鳥は、心の底からアルコールを摂取しなかったことを後悔した。

 

 

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 「おふぁよ……」

 

 覇気のない挨拶は普段の飛鳥らしからぬものだった。その証拠に天治はキョトンとしている。

 

 「昨日遅かったのよ……」

 

 結局一次会で帰るつもりが、三次会までつき合わされ根掘り葉掘り天治のことを質問された。無論素面のため、断固として情報は渡さなかったが。

 

 「眠かったら寝ててもいいですよ。着いたら起こしますから」

 

 そういう天治の顔はとてもニコニコしている。そんなに彼女に会えて嬉しいのか、と言ってみたいが、実際はこれから行く神社が楽しみで仕方ないのだろう。彼女として何か釈然としないものを感じつつも━━とりあえず眠気には勝てそうになかった。

 

 「おやすみ」

 

 助手席に座り、背もたれを後ろに思いっきり倒してから、目をつむる。

 

 寝顔を見られることに気づいたが、意識が闇に落ちていくのを止めることが出来なかった。

 

 飛鳥の寝顔に、天治はさらに笑みを深める。いつまでも見ていたい気持ちにかられるが、早く出発しなければわざわざ早起きした甲斐がなくなってしまう。

 

 決意してアクセルを踏み込んだはいいものの、信号で止まる度についつい飛鳥の寝顔を見つめてしまう。

 

 危ない行為であるとは分かっているものの、無意識のうちに視線がそちらに向いてしまう。結局天治は、コンビニに一端止めて十分ほど飛鳥の寝顔を見続けた。

 

 「飛鳥さん、つきましたよ」

 

 呼びかけられると同時に肩をゆすられる。僅かに意識が覚醒するが、まだ頭が重い。うっすらと目を開けると天治の顔がすぐそこにあった。一瞬遅れて、キスされていることに気づく。

 

 「~~~~~~~~~~!」

 

 声にならない叫びをあげて、飛び起きる。

 

 「あ、おはようございます」

 

 色々と言いたいことはあったが、あまりにも暢気な天治の声に飛鳥は毒気を抜かれた。

 

 「あ、あんたねぇ……」

 

 言葉にできない文句をため息と一緒に吐き出す。

 

 「すみません、寝顔が可愛かったんで思わずしちゃいました」

 

 こういう言葉を言うだろうから、文句を言わなかったのに!

 

 飛鳥は顔が熱くなるのを感じた。

 

 「ほら、さっさといきましょ!」

 

 耳まで真っ赤になっているの隠すために、天治の手を引いて歩き出す。きっと、ばれているだろうけど。

 

 

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 鳥居をくぐり、砂利の敷かれた道を進む。朝早くだというのに、多くの人が歩いている。

 

 「飛鳥さんは天岩戸のお話は知ってますか?」

 

 隣を歩く天治から問いかけられる。大まかには知っているが、おさらいをしてみるのもいいかと思い、天治に説明するようお願いする。

 

 「天照は弟の素戔嗚と高天原で暮らしてたんですが、素戔嗚はとても暴れん坊な神様でして……田んぼを壊したり神殿を汚すなどの行動を繰り返した結果、天照は耐えられなくなり岩戸の中へと隠れてしまいます。その岩戸をご神体として祀っているのがこの神社です。といっても日本各地に岩戸を祀る神社はあるんですけどね」

 

 そんな話をしているうちに拝殿の前へと辿り着いたので、参拝する。ちょうど本殿の奥に天岩戸がある位置関係となる。

 

 「お願いしたら拝殿の裏から岩戸を見ることが出来るんですけど、先に天安河原(あまのやすがわら)に行きましょう」

 

 「……どこそれ?」

 

 聞いたことのない言葉に思わず聞き返す。

 

 「ここから少し歩けば着きますよ。多少道は悪いらしいですが」

 

 そう言って天治が歩き出す。話を聞きながらその後ろをついていく。どうやら一度神社の外へとでるようだ。

 

 「さて、先ほどの続きですが、天照━━太陽神が岩戸に隠れてしまったため、世界は闇に包まれて様々な災いが起きてしまいます。これに困り果てた八百万の神々は、思金(おもいかね)という神様を中心に様々なことをします。常世の長が鳴き鳥━━鶏、つまりは朝を告げる鳥を鳴かせたり、鏡や勾玉を作ったり━━これが三種の神器の八咫鏡と八坂瓊之曲玉だと言われています。そして、天宇受賣命(あまのうずめのみこと)は舞を踊りました。これが神楽の始まりであるとされてますね。この舞によって神々は大いに盛り上がります。それが気になって天照が戸をあけたところを怪力の神様である天手力男(あまのたぢからお)が岩戸をこじ開けます。こによって、世界に太陽が戻ってめでたしめでたし、というのが大まかな流れですね」

 

 大まか話は理解できたが、なんとなく腑に落ちないような感覚を飛鳥は覚えた。

 

 「ちょっと疑問なんだけど……怪力の神がいて岩戸をこじ開けることができたのならわざわざ踊ったりする必要ってあったのかしら?」

 

 不意に天治が立ち止まったため、危うくぶつかりそうになる。舗装ことされているが、傾斜があるため少し止まりにくいせいだ。

 

 「まったくもってその通りです。天手力男はもとより、素戔嗚だって仮にも武神ですからね。天照に動かせるような戸を動かせないはずがないんですよ。それに、出てきてほしいのなら無理やり連れだすのではなく、素戔嗚を追放した後に出てきてくださいと伝えればいいんですよ。事実、天照が出てきた後に素戔嗚は追放されていますからね」

 

 そういって天治は再び歩き出した。

 

 「この岩戸隠れのお話が出来た理由は諸説あります。まず一つ目は、季節の移り変わりを示すというものです。季節が夏から秋そして冬になるにつれて日は短くなり、気温も下がっていきます。しかし、春になれば再び力を取り戻します。こういった神話は世界各地で伝えられていますね。実際にこの神社の例大祭は春と秋に行われています。二つ目が、火山噴火によるものです。灰で太陽光がさえぎられることで世界が闇に包まれた、というわけですね。三つ目が日食によるものという説です。更に四つ目、素戔嗚が嵐の神であることや素戔嗚のやった事が農耕に係わることから台風による災害を示す説などがあります」

 

 「色々な説があるのはわかったけど、あんたはどれが正しいと思ってるの?」

 

 なんとなく飛鳥は天治に聞いてみる。

 

 「そうですね……個人的にはさっき挙げたものは全て違うと思っています。少なくとも、ここ高千穂では」

 

 どうにも引っかかる言い方だった。そう思ったのが天治にも伝わったのか、天治はそのまましゃべり続けた。

 

 「先ほども少し話しましたが岩戸伝説は三重や京都、果ては沖縄まで各地に存在しています。これら全てが同じ伝説を示したものとは考えにくいでしょう? たぶん、いくつかの似た伝説が混じり合った結果が岩戸伝説なんだと思います。日本書紀でも岩戸の話は四パターンほどありますし。さっき挙げた説だってもしかしたら全部が正しいのかもしれませんよ」

 

 そういった話をしているうちに河原へと出た。川の近くであるためか、冷気に満ちており神秘的な雰囲気を感じることができる。

 

 飛鳥の目を引いたのは、積み上げられた小石だった。

 

 「河原で石を積むなんて……まるで賽の河原ね」

 

 正直に縁起が悪い、と飛鳥は思った。

 

 「あれ、賽の河原なんてよく知ってますね」

 

 「子供の頃、遊んでたら大怪我しちゃったのよね。その時に親からその話を聞かされたの」

 

 母親が泣きながら話してくれた事を飛鳥は鮮明に覚えていた。子供心に心配をかけまい、と心に誓ったことも覚えている。まぁ、子供の好奇心の前にはその誓いもあっけなかったが……

 

 「ちなみにここで石を積むと何でも願いが叶うらしいですよ。といっても、そんなに古くない習俗ですけどね」

 

 石の塔を横目に進むと、洞窟のような空間へと出た。その中には小さな社が建てられている。

 

 「この洞窟は仰慕ヶ窟(ぎょうぼがいわや)と言います。仰慕というのは偉大な人物を尊敬するという意味ですね。まさしく、天照の事を考えた場所ですね」

 

 洞窟の中には立て札があり、そこに御祭神や御由緒が書かれている。ご祭神は思兼神、そして八百萬神(やおよろずのかみ)と書いてある。

 

 参拝した後にまた来た道を引き返す。ふと天治の方を見ると何やらスマホを操作していた。

 

 「今、少し気になって仰慕について調べてみたんですが、この慕うという漢字は莫と心でできてますが莫は草むらに()()()()()様子を示したものみたいですね。まぁ、似た漢字に暮れる、という漢字もありますし」

 

 「……なんていうか、ぴったりね」

 

 偶然、なのだろうか。それにしてはあまりにも出来過ぎている。そう飛鳥は思った。

 

 「ああ、そういえば墓も似た形でぼ、と読みますね。それにここからなら丁度、岩戸を仰ぐ形になりますね」

 

 「墓ってあんた━━」

 

 「でもそう考えたら石を積むことにも理由がつきますよ? もしかしたら僕と同じことを考えた人が天照を供養するためにやったのかもしれませんね。黄泉の国は別名根の国━━明らかに地底の国です。洞窟なんてまさに地底へつながる場所ですよね。それに思金の神な一説によれば常世━━あの世の神ですし、鳴かせたのも常世の長が鳴き鳥。思金自身、ここでは窟の中に祀られていますからね。どう考えてもここはあの世ですよ」

 

 「でも、天照は岩戸から出てくるんでしょ? つまり天照はこの時死んでないってことなんあないの?」

 

 「確かに出てきたのは天照ですね」

 

 天治の言葉はそれだけで、あとは微笑んでいるだけだった。たぶん、この話は後で、ということだろう。

 

 一端、作務所まで戻り御朱印をもらうのに合わせて、岩戸を見せてもらうようお願いする。五分ほど待つ必要があるとのことだったので、近くの待機所でジュースを買って休憩する。

 

 「さっき岩戸のお話にはいくつかパターンがあるって話をしましたよね?」

 

 問われて飛鳥は記憶を掘り返してみる。長々とうんちくを聞いていたため、思い出すのに少々時間がかかった。

 

 「なんか聞いた……ような気がする」

 

 喋りすぎた自覚があるのか、天治は苦笑いした。

 

 「素戔嗚の横暴にいくつか耐えたあと、天照は機織りの邪魔をされたことでついに我慢の限界となって岩戸へと閉じこもります。このとき、機織りをしていた女性が怪我をして死んでしまうんですが……実は天照が傷つくパターンもあるんですよ。この場合はあくまで怪我だけで死にはしないんですけど。また、稚日女(わかひるめ)という神様が死ぬパターンがあるんですけども、この神様は天照自身だとかその妹だとか言われています。ここの由緒書きにもある通り、天照の別名は大日孁(おおひるめ)ですから何らかの関係があったのは間違いないでしょうね」

 

 「つまり、岩戸隠れの時に天照が実は死んでいたっていうこと?」

 

 「その可能性は十分にあります」

 

 確かにそうなれば、ここが墓だという考えも現実味を帯びてくる。

 

 「ああ、そういえばこんな話もあります。伊弉諾(いざなぎ)が妻である伊弉冉(いざなみ)を亡くした際、黄泉の国まで追いかけていくんですが、この時黄泉の国の入り口をふさぐ戸を介して話をするんですよね」

 

 「戸を介してってまさにここと同じじゃない!」

 

 ええ、と天治は頷く。

 

 そこまで話したところで、神職の方から声をかけられたのでついていく。拝殿の横へ着くと、お祓いをしてもらってから、拝殿の裏へと回る。確かに洞窟のようなものが見えたが、既に崩れてしまっているとのことだった。

 

 「続いて東本宮に行きましょうか」

 

 そう遠くはないが、次の目的地の方向でもあるため車で移動する。先ほどの西本宮と違い、ほとんど人の姿が見当たらない。だが、その分西本宮よりも厳かな雰囲気を感じることが出来た。

 

 「こちらは天岩戸から出てこられた天照が住まわれた場所だとされています。つまり先ほどの西()本宮で沈んで、()本宮へ戻ってきたというわけですね」

 

 鳥居をくぐって階段を昇る。深緑に包まれた空間は人もいないこともあいまって静謐な空気を醸し出している。

 

 「そういえば西本宮の入口に看板があったんですけど、見られました?」

 

 首を横に振って答える。

 

 「そこには興味深いことに西本宮の御祭神は大日孁、東本宮の御祭神は天照と書いてありました。ああ、ちなみに神職の方にも確認しましたけどこれで間違いないとのことでした。そもそも、東本宮と西本宮はかつて別の神社だったので祭神が違っても何もおかしくはないんですけど」

 

 何気なく告げられた言葉に混乱する。岩戸に入った神様を祀っているのが西本宮で東本宮はその神様が出てきた後に住まわれた場所。だというのに、なぜ名前が変わるのか━━

 

 「僕の個人的な考えとしては、単純に別の神様、というより人物だったんでしょうね。ただ役割が同じだっただけで」

 

 ふと、天安河原から戻るときに聞いた言葉を思い出す。あの時、天治は岩戸から戻ってきたのは天照だと言った。。つまり、岩戸に入ったのは別の人物だと言いたいのだろう。

 

 「岩戸隠れのお話は、実は卑弥呼にまつわるものだという説があります。これは、卑弥呼イコール日の巫女である、ということですね。そして岩戸隠れは卑弥呼が亡くなった時の話でもあると」

 

 天治の顔は先日幣立神社で見たものと同じ、とても真剣なものだった。

 

 「卑弥呼が亡くなった後、男の王が後を継ぎましたが国はとても混乱し千人余りが死んだとされています。そして、その後に壹與(いよ)が後を継ぐことでようやく国は鎮まったとされています。ちなみに卑弥呼が死んだ時には実際に()()が起きたようですね」

 

 天治の言いたいことがなんとなく分かってきた。確かに流れとしては岩戸隠れの話と同じだ。太陽にまつわる神様━━人物が亡くなることで、世界は闇に包まれ国に混乱が起きる。そして、新たな女王によって騒ぎが鎮まる。これならば、名前が変わったことについても説明がつく。

 

 「この時の男の王が壹與に位を譲った後にどうなったのか僕は知らないんですが、追放されたんじゃないかなと思います。きっと素戔嗚のように」

 

 ま、真実かどうかはわからないですね、と言って、天治はにこやかに笑った。




 序盤は書いてて胸やけがした。 爆発しろ、このバカップル

 ちなみに次回も高千穂周辺の神社の予定。テーマは、鯰。

 投稿時期は未定ですが。
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