天岩戸神社から車で十分ほど行くと、田んぼの多い長閑な風景が見られる。その中に、ポツンと鳥居が立っているのが見えた。
「あれが次の目的地、八大竜王水神社です」
助手席に座った天治が教えてくれた。
「八大竜王? どこかで聞いたわね……」
「こないだ行ったじゃないですか。幣立神宮の東御手洗社の神様ですよ」
そう言われて、確かに思い出す。深緑の中に佇む神秘的な社のことを。あの時はそういえば、八大竜王については何も聞かなかったような気がする。後で天治に聞いてみるとしよう。勝手に説明を始める可能性も十分にあるが。
境内の隣の駐車場に車を止める。
天岩戸神社や幣立神宮のように大きな神社ではないため、参拝者の姿は見えなかった。それどころか作務所を見ても神職の人すらいなかった。
拝殿は作務所の丁度真正面に当たる。飛鳥が振り返って見てみると、大木に包まれるようにして建っている社を見ることが出来た。確かにここならば昔の人が神様がいると考えるのも納得できる。そんな風に飛鳥は思った。
「八大竜王は━━」
どうやら解説が始まるようだ。声の方へと視線を向ける。
「元々はインドのナーガという蛇の神様になるんですが、仏教の中へと取り込まれます。法華経の名前ぐらいはわかりますよね? この中で釈迦の教えを受けたことで仏教を守護する護法善神になったとされています」
「龍と蛇……ねぇ。また似ていると言えば似てるのかしら?」
「龍に九似あり、と言いまして。角は鹿、頭は駱駝、目は兎又は鬼━━この場合の鬼は死者の意味ですが━━体は蛇、腹は蜃━━ミズチという龍の一種ですね━━鱗は鯉、爪は鷹、掌は虎、耳は牛である、とされています。要は色んな動物が混ざり合った生き物というわけですが、どう考えても一番目立つのは体の蛇の部分ですから。それで蛇が龍に変化したわけですね」
喋りながら境内へと進み、参拝する。拝殿には『龍神祝詞』が額に入れて飾られていた。
「日本においては水を司る神様とされています。そのため各地で雨乞いのために祀られたとされています。しかし、この『龍神祝詞』を見ると、なんというか途轍もなく巨大な力を持った神様に見えてきますね。仏教の影響もあるんでしょうけど……」
天治が読み上げるのを隣で聞く。と真剣な顔で厳かに唱えるその姿は、この神秘的な雰囲気にとても似合っていた。
祝詞の最後には、八大竜王の名前がそれぞれ書かれている。
「実は僕も初めてこの龍神祝詞を見たんですが、いくつか気になる事があります」
「一つ目はさっき言ってた雨乞いの神様にしては祝詞が大仰すぎる、ってことね?」
「ええ、その通りです。中国では確かに皇帝のシンボルでもありますから分からなくもないんですが……二つ目が十種の御寶の部分です。どう考えてもこれは
またまた、聞きなれない言葉が聞こえた。
「十種神宝は、
そんな由緒のある神宝が変じただというのであれば、確かに雨乞いどころの話ではないだろう。
「この神宝はそれぞれに効力があると思われるんですが、全て揃うと死者を蘇らせることが出来ると言われています。ええと、その祝詞が……これですね」
スマートフォンを操作して、飛鳥へと祝詞を見せる。
「
数字の数え方に多少の違いがあるものの、明らかに『龍神祝詞』に似ている。
「また、饒速日という神様は神武天皇━━初代天皇より先に大和を治めていた神様だとされています。竜王とどんな関係があるのか、とても興味深いですね」
「興味深いってことは今は分からないのね?」
「残念ながら。色々と確かめてみたいことはありますけど」
そう答えた天治の目は、キラキラと輝いているように見えた。
「あと、もう一つ。気になるというか気づいたというか……これは偶然なのかもしれないですけれど」
そう前置きした天治の顔は先ほどまでとうってかわって、悪戯を思いついたかのようにな少年のそれだった。
「この祝詞、
そう言われて、何かが記憶に引っかかる。天岩戸神社ではない。ということは……
「幣立神宮の祭神!」
「ええ、あそこには
確か大宇宙大和神は幣立神宮でしか祀っていない神様だと聞いた記憶がある。そして、八大竜王も幣立神宮の一角で祀られている以上、単なる偶然とも思えない。
古代の人々が一体どこまで考えて神を祀っていたのか、そしてそれを遙かな時を経た現代に解き明かしていく。天治があちこちの神社に行きたがる理由がなんとなく飛鳥には理解できた。
え、鯰の話をしてないって? いやいやちゃんとそれらしき話をしてますって。
次のお話でもそれとなく鯰の話をするつもりですが、詳しくはたぶん四話ぐらい後になるかと。