道路沿いに建つ白い鳥居をくぐってから真っ直ぐ進むと二の鳥居が見えてくる。そのまま道沿いに行くとと山の麓に小さな社があるのが見える。猿田彦と
「猿田彦は天孫━━つまり天照の孫にあたる
そしてすでにおなじみとなりつつある天治の解説が始まる。
「この神様にはいろいろと謎がありまして……
いつも通り旅の無事を祈願してから、境内を見て回る。まず目に入ったのは木の板だった。その横に小さな立て札があった。その文字を読んだ飛鳥は思わず口に出してしまった。
「
「ええ、何の偶然か幣立神宮と同じですね。少し場所は離れてますけど、
神漏岐山と書かれたその横には、七福徳寿板木と書かれている。どうやら、隣の木の板を七回叩くと願いが叶うということらしい。
「これって七福神の御利益と一緒だったりしないわよね?」
天治が板の前でぶつぶつと考え事を始める。漏れ聞こえる声から察するに、御利益に七福神を当てはめていっているようだ。
「……御利益を見る限り違うみたいですね。まぁ日本人は五と七が大好きですからね。七福神以外にも、七草粥だったり七夕だったり、和歌だって五と七ですし。そういえば寿老人は白髭明神と入れ替わることがあるんですが、白髭明神は猿田彦の事だから繋がりがないわけではないですね」
「つまり偶然ということね。板を叩くなんてまるで
「……え?」
天治は何故かキョトンとした表情をしていた。
「もしかして知らないの? 恵比寿神社じゃほら、神様が高齢で耳が聞こえないからって板を叩くでしょ?」
「え、ええ。行ったことはないですけどその話は知っています」
うつむいたまま、どこか上の空で天治が答える。また、考え事をしているようだ。しばらく待つと考えがまとまったのか、飛鳥の方を向いた。
「恵比寿の耳が聞こえないのは高齢だから、ではなくて海━━水に纏わる神様だからです」
「……水の中にいると音が聞こえないから、とか言わないわよね?」
思いついたことを天治に質問する。
「大元はそうかもしれません。ええと、昔から龍━━言うまでもなく水神ですね━━は耳が聞こえないとされているんですよ。ほら、『聾』は龍の耳と書いて聞こえないという意味でしょう? つまり、龍は耳が聞こえない。だから、同じ水神の恵比寿も耳が聞こえない、というわけですね」
いつの間にか、周りの参拝者までが天治の話に耳を傾けていた。注目を浴びているため、少々恥ずかしくなる。天治はそれを知ってか知らずかさらにヒートアップしていく。
「後は飛鳥さんの言った通りですね。猿田彦は恵比寿と似た神様だから同じように耳が聞こえないんですよ。恐らくですがこの七福徳寿板木は恵比寿との繋がりを暗に示しているんでしょうね」
「え?」
珍しいことに自分の発言は正鵠を得ていたようだ。ただし、その意味するところはいまだ理解しかねているが。
「恵比寿もまた正体がよく分からない神様なんですが、よく言われるのは
恵比寿と言えば飛鳥でも知っている福の神だ。それが海に沈められたとは、
「蛭子は
無理やりに海へと流された蛭子と脅迫された事代主では少し状況が違うが、他人の手によって
「猿田彦が瓊瓊杵尊を先導したあと、宇受売によって伊勢へと送られます。この時瓊瓊杵は宇受売に対して猿田彦を送り、仕えなさいと命じたとされています。その後、猿田彦は漁をしている際に
「でも、それは猿田彦が死んでしまったからなんじゃ……」
「その上、古事記にはその後宇受売は猿田彦を送り届けたとだけ書いてあって、溺れたなどという話は一切ありません。普通なら瓊瓊杵に報告ぐらいするはずです。それをしなかったのはつまり、猿田彦が溺れたのは報告するまでもないこと、予定調和だったからに他ならないでしょう?」
天治の言うことが本当ならば、納得のいく話だ。飛鳥は今度自分の目で記紀を読んで、確かめてみることを決意した。
「ちなみにですが、伊勢は元々伊蘇━━『磯』だったと言います。つまりは海の事ですね。そして海は古来からあの世の世界でもあります。また、伊勢は日本書紀には『常世の浪の
飛鳥の脳内に様々な疑問が渦巻くが、それが形になるより先に天治が口を開いた。
「そう考えるとこの神社の名前の由来にも納得できますね」
そう聞いて、まだここの由緒書きを見ていないことを思い出す。周りを見渡して探してみるとすぐに見つかった。そこには荒立(建)宮と大きく書かれ、その後には猿田彦や宇受売に関する説明が書かれている。その途中にここの名前の由来も記載されていた。
曰く、猿田彦等は切り出したばかりの荒木を使って家を建てた。後世、猿田彦を祀る社を建てる際に荒木で白木造りとしたことからその名がついた、とのことだ。
「荒木を使った理由は一般に猿田彦と宇受売の結婚が急に決まったせいで、急いで家を作る必要があったためとされています。疑問でならないのは、普通いくら急いでいるからってそんな手抜きの家を建てるのか、という点です。これが仮の住まいで、後々にちゃんと作った家に住んだというのならまだ納得できますがそんな話は全くありません。瓊瓊杵から見れば猿田彦は先導してくれた恩人です。そんな人物が粗末な家に住もうとしたのであれば、普通止めるでしょう? 部下に命じてちゃんと家を作ってやれば今後の協力だって期待できる。それでもそうしなかったのはつまり、彼らは知っていたんでしょうね。ちゃんとした家を作ったところで猿田彦がその家に住むことは出来ない━━近々死ぬであろうことを、ね」
天治の視線が由緒書きから飛鳥へと移る。雰囲気から察するにまだ、話す内容があるようだ。
「そして、だからこそ
「━━送るって、何の変哲もない日本語じゃない。それにどんな意味があるっていうのよ?」
「そのままの意味ですよ」
飛鳥はしばし黙考したが、答えは出なかった。仕方なく、目で教えてくれるように天治に頼む。
「古事記によれば、瓊瓊杵は宇受売に対して猿田彦を送って仕えなさいと命じたとされています。ほら、何かおおかしくないですか?」
数秒ほど考えて、飛鳥はお手上げのポーズを取った。天治は苦笑しながら、答えを告げる。
「『送る』という言葉の意味はある所まで一緒に行くことですし、他に別れを告げるなんて意味もあります。つまり送るという言葉は途中までは一緒でも最後は別行動ということになります。猿田彦と共にあって仕えなさいというのであれば、一緒に
「言われてみるとその通りとしか思えないわね」
「それに『送る』には、遺体と共に墓地に行って葬るなんて意味もありますからね。最初から瓊瓊杵は猿田彦を海に葬ってこいと命令したと明記してあったという事です」
全てが首尾一貫している。昔の人々が残そうとした歴史は今も連綿と続いて私達の目の前にある。私達がそれを知らないのは、それを見ようとしていないからではないか。そんな風に飛鳥は思った。
え、鯰の話を(以下略)