神社探求伝   作:一日

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生存報告


第七話 阿蘇神社編

 朝早くに熊本を出発して高千穂の神社を回ったが、ようやく熊本の地━━肥後国一宮たる阿蘇神社へと戻ってきた。流石の飛鳥でも、この神社には以前初詣に来たことがある。といっても、祭神の名前すらも覚えていないが。

 

 駐車場に車を止めてから、神社へと向かう。以前来た時には気にも留めなかったが、散々神社を回った後の今日はあることに気が付いた。

 

 「鳥居がない?」

 

 何気なく口を出た言葉だったが、天治は耳聡く聞きとめていた。

 

 「ええ、この神社では鳥居の代わりに楼門があるんですよ。鳥居の役割は神域との境目を示すことなんですが、ここの神社は鳥居の代わりに楼門がその役割を担っています。ちなみに、この楼門は日本三大楼門らしいですよ」

 

 そう言われてみれば、確かに立派な楼門が目前にそびえたっていた。楼門を潜った先には、横参道が開けている。

 

 「この神社は非常に珍しいことに、参道が本殿に対して並行にはしっているんですよね。ちなみに、この参道を南北に真っ直ぐ伸ばすと何があると思いますか?」

 

 手水舎で手を洗いながら熊本の地図を脳内で広げてみると答えが見えてきた。

 

 「ここから南に行くと阿蘇山があるわね」

 

 どうやら正解だったようで、にっこりと天治が微笑んだ。

 

 「正解です。この参道を南に行った先に、阿蘇の火口があるとされています。逆に北に行けば、国造(こくぞう)神社があります。こことは祭神が違いますけど、同じ系譜に繋がる神様です。この神社の神様の本質は阿蘇山━━火山なんですよ。その証拠にここの祭神である健磐龍命(たけいわたつのみこと)にはこんなエピソードがあります。大昔の阿蘇の外輪山は湖だったそうですが、健磐龍命はそこに水田を作るために外輪山の一部をけ破ったそうです。このエピソードは阿蘇山の噴火によって地形が変わったことが神話に取り込まれた結果によるものでしょうね」

 

 本殿でお参りした後、天治が毎度のように御朱印をもらうために作務所に朱印帖を預け、待っている間に周囲を見て回る。

 

 「先ほどここには健磐龍命が祀られていると言いましたが、正確には左右それぞれ五柱、計十柱の神が祀られてまして、左側に健磐龍命をはじめとしてその妃の父や健磐龍命の孫などの男神が、右側に健磐龍命の妃や孫の妃などの女神が祀られています。更に奥にあった諸神殿には健磐龍の息子と健磐龍の伯父が祀られています」

 

 更に歩きまわると、古めかしい小さな社を見つけた。鳥居の額には、山王社・庚申社と書いてある。

 

 「山王というのは、比叡山は日枝神社から発生した信仰なんですが、そこでは猿が神の使いだとされています。庚申の方も同じですね。庚申の申は(さる)ですし、やはり猿が神使とされています。見ざる言わざる聞かざるの三猿も庚申と関係がありますし。この社のキーワードは猿で間違いないでしょうね」

 

 「このパターンは大体わかってきたわよ。どうせ、猿田彦が出てくるんでしょ?」

 

 ピタリと天治の動きが止まった。やはり当たりだったようだ。

 

 「ええ、庚申信仰は確かに猿田彦と関係があるとされています。理由は先ほど言った通り猿の繋がりと猿田彦との別名、幸神(さいのかみ)がこうしんと読めることからだとされています。詳しくはとても長くなるので省きますけど」

 

 作務所で御朱印帖を受け取ると、老齢の神職の人から声をかけられた。

 

 「お若いのに珍しいですねぇ。今日はどちらから来られたんですか?」

 

 「ええ、神話に興味がありまして。今日は高千穂の方から巡ってます。鬼八の足跡を追って」

 

 「なるほど。でしたらここは確かに欠かせないですね」

 

 天治と老人が二人して盛り上がっていく。このままだとおいて行かれそうだったので、疑問を素直に口に出してみた。

 

 「ここも鬼八と関わりがあるの?」

 

 今の所、天治から聞いた話に鬼八は出てきていないはずだ。

 

 疑問に答えたのは、天治ではなく老人の方だった。

 

 「高千穂から巡ってこられたのであれば、鬼八さまが三毛入野命(みけぬのみこと)さまに退治された話は聞かれたでしょう? 不思議なことに、ここ阿蘇にも同じ話が残っているのです。ただし、三毛入野命さまではなく健磐龍命さま━━当社の祭神が退治したことになっておりますが」

 

 高千穂で退治されたはずの鬼八が阿蘇でも退治される。単純に同じ話が変化したのだろう、と飛鳥は考えた。だが、その考えはすぐさま天治によって否定された。

 

 「単純に同じ話という可能性もありますが、鬼八が複数いた━━というよりは鬼八という一族がいたのでしょう。そう考えれば、高千穂と阿蘇の両方で退治されることも可能ですし、バラバラになっても復活することが出来ますから」

 

 老人がにっこりと笑みを深めた。

 

 「実に論理的な話ですな。確かに高千穂、幣立、阿蘇と神々は移動しておられるようですから、高千穂からこちらまで鬼八の一族は追い立てられてきたとすれば筋が通りますな。高千穂では神武天皇の兄弟に、ここ阿蘇では天王の孫に退治されておりますからな」

 

 「健磐龍と鬼八は当初主従関係にあったとされていますが、僕からすれば健磐龍の鬼八に対する態度は家来に対するそれではなく、奴隷に対するそれに見えます。なんといっても、射た矢を百回も取りにいかせたのですから。きっと、神々は鬼八の一族を使って阿蘇の山を切り開かせたのでしょうね……すみません、ここの祭神をけなすような事を言ってしまいました」

 

 神職に聞かせるには不適切な内容だと思ったのか、天治が謝罪する。老人は大して気にしていないのか、笑顔のままだった。

 

 「ほほ……最近歳のせいか、耳が遠くなりましてのう。何かおっしゃられましたかな?」

 

 天治は申し訳なさそうにありがとうございますと言ってから、その場を後にした。

 

 しばらく無言のまま歩いた後、天治が不意に呟いた。

 

 「ちょっとしゃべり過ぎちゃいました」

 

 重苦しい雰囲気を払拭するためか、天治は舌を出しておどけてみせた。飛鳥もつられて笑った。

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