■イルメリア専制公国 領都マリポリ
中央暦一六三八年五月末
領主館
イルメリアの領都、マリポリにある領主館。
その会議室のテーブルを、今日もユリア・テオドラと五人の政務官、そして領軍幹部が囲んでいた。
「姫様のお話は分かりましたが……」
「いくら要請があったとはいえ……」
「……これは砲艦外交に当たるのでは?」
会議が進まないのは、もはや恒例であった。
日本側から友好条約締結の打診があったのだが、それに伴う要望が、あまりにも国際常識から掛け離れていたためである。
朝から続いた議論の後、ユリアは会議の取りまとめを行った。
「では、代表はわたくしが務めます。旗艦はコンタキオン。第一警備隊、トロパリオン、補給艦二隻を随伴させなさい。トーパ王国にも参加を要請します」
「第一警備隊……主力の半数、ですか?」
警備隊を統括するマグヌス司令が聞き返した。
「通例と異なることは承知しております。ですが、これは日本側の要望です」
重臣たちを前に、ユリアは続けた。
「これくらいでなければ格好がつきませんし、先方もそれを望んでおります。それと――」
手元の資料に目を落とす。
「沿岸第二警備隊は東方海域を中心に、EEZ(排他的経済水域)内へ展開。港湾警備隊はトーパ王国領海内の警備に当たりなさい」
「東方……承知いたしました。準備を進めます」
今日も正午を前に会議は終わった。
――お昼は、十八日ぶりのトラチャナス。
ユリアは昼食を抜くのが何より嫌いだった。
彼女は、毎月の献立を完璧に記憶していた。
■日本国 銚子沖二百海里
千葉県銚子沖東方上空を、「保安隊海上部」と描かれた銀色の双発機が飛んでいた。
一式陸上攻撃機である。
先日公表された国際情勢を受けて、急遽組織されたのが「保安隊陸上部」「保安隊海上部」であった。
もっとも、その中身は復員庁の組織がそのまま移行したものであり、暫定的な組織であることは否めなかったが。
葉巻のような太い胴体に大きな尾翼を持つ一式陸攻三四型は、戦争末期に投入された最終型で、生産数もわずか六十機ほどに留まっていた。
ようやく燃料供給の目途が立ったこの世界の日本では、四千キロにも及ぶ長大な航続距離を生かし、これらを外洋哨戒用に充てていた。
一般にこの機種は被弾時に発火しやすく、「ワンショットライター」と呼ばれたとの話が有名だが、実際には頑丈な機体だったようである。
米軍パイロットからは、十二・七ミリ機銃では撃墜するのは難しいとの報告があり、また、撃墜の瞬間を記録したガンカメラの映像でも、炎上した機体は少なかったそうである。
「機長、二時方向に船団確認。進路、本土方面」
一式陸攻の副偵察員が報告した。
主偵察員を兼ねる機長が双眼鏡を覗き込むと、報告通り複縦陣で航行する船団があった。
先頭に白い巡洋艦が一隻。
その周囲を六隻の小型艦が固め、後方には前衛の艦艇よりはるかに大きな大型艦が三隻続いている。
全十隻。
艦隊は等間隔を保ったまま、日本本土へ向けて航行していた。
「艦旗確認、赤地に黄の十字。資料にあったイルメリア国旗です」
「なるほど、時間通りだな。艦隊の練度もなかなかのものだ」
イルメリア艦隊見ゆの情報は、機長の指示で直ちに東京保安本部へ報告された。
〝発 哨戒三十二号 宛 東京保安本部
ワレ 目標ヲ 発見セリ〟
■日本国 横浜港
中央暦一六三八年六月八日
戦前は日本を代表する国際貿易港だった横浜港に、日本の海防艦に先導された、イルメリア、トーパ両国の外交団を乗せた艦隊が入港した。
それは、北海の霧を思わせる灰白色の艦隊。
古めかしい白亜の防護巡洋艦を先頭に、その両脇には通報艦めいた小型艦。
高い乾舷と角張った艦橋を持つ、灰白色の駆逐艦級が四隻。
そして、その後方には前衛の艦艇を圧するような巨艦が三隻続いていた。
甲板全体を箱型構造物で覆った異形の大型艦と、補給艦二隻である。
全十隻。
戦闘艦だけを見れば大規模とは言えないが、大型の補助艦艇まで揃えたその艦隊は、十分な威容を備えていた。
その日は日曜日ということもあり、この世界で初めて接触する文明国からの使者を一目見ようと、横浜港には大勢の見物人が訪れていた。
見物人のひとり、日傘をさした少女が、傍らの祖父に話しかけた。
「お爺様、軍艦というのはもっと厳めしいものと思っておりましたけれど、こうして見ると綺麗なものなのですね」
少女は戦時中、横浜や横須賀に出入りする日本の軍艦を何度も目にしていた。
傍らに立つ日に焼けた初老の男性は、太平洋戦争が始まる前に退役した元海軍軍人であった。
「日本の軍艦とは、ずいぶん趣が違うな」
老人は目を細め、ゆっくりと入港してくる灰白色の艦隊を眺めた。
「日本の軍艦の濃い灰色は、日本近海で目立ちにくい色だった。あの淡い色合いは、北の海に合わせたものだろう」
「海の色に合わせて、船の色まで変えるのですね」
「ああ。それに、どの艦も乾舷が高い」
「乾舷?」
「水面から甲板までの高さだよ。日本の駆逐艦などと比べると、ずいぶん高く造ってある。波の高い海を前提にした船なのかもしれんな」
少女は改めて艦隊を眺めた。
「それにしても、いろいろな形がありますのね」
「わしも見たことのない艦が多い。だが、妙な形をしていても、無駄にそうしているようには見えん。どれも、それなりの理由があってあの形になっているのだろう」
老人は、さらに艦上へ目を移した。
「それに、見たところ武装はそう多くない」
「弱いのですか?」
「いや、そうとも限らん。我が国の軍艦は、限られた船体に砲や魚雷を詰め込む傾向があったが、あちらは少し違うようだな」
「違うのですか?」
「速さや武装より、荒れた海でも確実に働けることを重んじているんだろう。英国の船に、少し似た考え方かもしれん」
かつて軍艦に乗っていた老人は、孫娘とは少し違った目で、初めて見る異国の艦隊を眺めていた。
多くの人々が見守る中、白い軍艦から降り立った軍楽隊が各国の国歌を演奏した。
次いで、箱型構造物を載せた異形の軍艦の側面が開き、かつてのローマ兵を思わせる、鎧姿に大盾を構えた一団が現れた。
彼らは整然と方陣を組んだまま行進し、横浜港に整列した。
その様子を見た見物人たちは、驚くと同時に沸いた。
いまだ海外の文物に触れることが少なかった時代性と、歴史物の映画や文物を好む国民性ゆえである。
整然と並ぶ鎧姿のイルメリア儀仗兵は、チタン系合金と特殊繊維を用いた鎧で銃弾をも防ぐ、最強の護衛部隊でもあった。
もっとも、元の世界では色物扱いされてはいたが。
次いで、礼服姿の使節団を伴って降り立ったのは、まだ若い女性。
深緋色の長衣には幾何学的な金糸の刺繍が施され、胸元には、瑠璃を嵌め込んだ十字架型の
その姿はまさに、彼らが初めて目にした外国のお姫様であった。
儀仗兵を従えた彼女は、出迎えた武田総理や数多の報道陣を前に、何ら臆することなくマイクの前に立った。
そして――
「初めまして、日本の皆さま。イルメリア専制公、ユリア・テオドラでございます。どうぞよしなに」
そう伝えた。
深緋色の衣装を纏ったユリア・テオドラの姿に、集まった見物人たちは、たちまち魅了された。
やがて、その場にいなかった多くの国民も、新聞やニュース映画などで当日の様子を幾度も目にすることとなる。
そして、誰言うとなく、ユリア・テオドラは「
来訪したイルメリア艦隊を、新聞各社は「現代の黒船」と称して報道した。
連合国からの支援を失って途方に暮れていた日本国民は、この「黒船」の来航に、大いに勇気づけられた。
―解説
〇儀仗兵
ビザンチン帝国時代の甲冑を模した装甲を纏い、大盾を携えた儀仗兵。甲冑は特殊繊維製の上衣の上に、チタン系合金の金属片を合わせた、所謂ラメラーアーマー。
見た目のインパクトは絶大、特にお子様に大人気。
〇コンタキオン
白亜の防護巡洋艦で、ユリアの乗艦。
帆船を思わせる二本マストと、白地に金ラインの船体が特徴。
幾度もの大改装で船体の大部分を最新のものに更新した「最強の骨董品」
〇ヘルバリア級海防艦
小型海防艦。
今回はイーリス、カレウム、サルブス、セリノンが来航。
〇海防輸送艦トロパリオン
強襲揚陸艦。
最上甲板全体を覆う全通箱型天蓋が特徴。
外観は某超時空要塞の右腕。
〇補給艦
イングリア級イングリア、カレリア。
自衛能力を持った艦隊随伴型の高速補給艦。
米軍のウィチタ級に相当する。
「イルメリア専制公国」の国号を「北方ローマ専制公国」に変更することについて、皆さんはどう思われますか?改称した場合も「イルメリア」の名称は地名などで継続使用します。
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現行 今のまま。
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改称 第九話で北方ローマ専制公国に改称