■アルーニ北西
北西に延びる街道を、食料と物資を積んだ荷馬車の列が進んでいた。
急進派軍の
街道の両側には林が続いていた。
荷馬車の列がその中ほどに差し掛かった時、先頭を進んでいた騎兵が、不意に馬上から崩れ落ちた。
「どうした!?」
近くにいた兵士が慌てて駆け寄った。
だが、騎兵は既に事切れていた。
鎧を貫いた矢が、深々と心臓に突き立っていたのである。
「敵だ!」
声が上がり、荷馬車の列が止まった。
護衛の兵士たちは街道の左右へ向き直ったが、木々の間に人影は見えない。
「どこだ! どこにいる!?」
兵士たちは
街道を挟んだ反対側では、小柄な傭兵が茂みに身を潜めていた。
傭兵は馬上の指揮官らしき男を射ると、ほとんど間を置かず次の矢を番える。
「隊列を立て直せ! 荷車を―」
二射目が指揮を執ろうとした下士官の頭を射抜いた。
「逃げろ! 襲撃だ!」
誰かが叫んだ。
指揮官を相次いで失い、護衛兵の統制はたちまち崩れた。
敵の姿が見えないことが、混乱をさらに大きくした。
兵士たちは荷馬車を捨て、街道を来た方向へ散り散りに敗走した。
■アルーニ
急進派軍陣営
「これで何度目だ!」
ミーゴが机を叩いた。
机上にはアルーニ周辺の地図と、各部隊から届いた報告書が広げられていた。
「現在までに、五つの荷駄隊がやられたことを確認しています」
カルマが答えた。
散発的なものではなく、明らかに組織だった襲撃。
明らかにアルーニへ通じる補給路が狙われている。
「カルマ殿、ワイバーンを出して、空から狩り立てて貰えぬか?」
ミーゴは街道の位置を指した。
「敵の所在が分からない以上、貴重な戦力は出せません」
「何を悠長に。すでに何度も物資を奪われておるのだ!」
「ワイバーンを飛ばしたところで、森の中へ隠れられては見つけられません」
カルマの返答には、まるで取り合う様子がなかった。
ミーゴは窓の外へ目を向けた。
陣地の兵には以前ほどの活気はなかった。
荷駄隊が襲われるたび、食料だけでなく武器や嗜好品までも失われている。
「このままでは、戦う前に兵が逃げ出すぞ」
「ならば、なおさら勝つしかありませんな」
カルマは、さも当たり前のように答えた。
それでも、急進派はアルーニを捨てられなかった。
撤退を口にすれば、自分たちこそ正しいと叫んで集めた者たちが敵に回る怖れがあった。
何より、ミーゴ自身が、膨れ上がった軍勢をまとめきれなくなっていたのである。
■パーパルディア軍陣地
アルーニ周辺の地図を、パーパルディア王国軍の士官と傭兵アルニ・ヨーティが囲んでいた。
地図には街道と周辺の地形が書き込まれ、急進派軍の配置が赤線で示されている。
「敵正面には王国軍が当たる」
リスカの副官が念を押す。
「承知している」
当然のようにアルニが答えた。
「貴殿らはどう動くのだ?」
問われたアルニは、地図の西側を指した。
「我らは西から奇襲を掛けるとしよう」
リスカは地図を確認した。
急進派軍の主力はアルーニ南面に展開している。
問題の盾車と弓兵も、戦闘正面に集められているはずであった。
「盾車を先に破壊して弓兵を封じる」
「北側はどうするのだ?」
アルニが尋ねると、リスカはしばらく地図を眺めた。
「完全には塞がぬ方が良いな」
「承知した」
アルニが頷く。
「それと、鹵獲した物資だが」
「ああ」
話が終わったと思っていたアルニが顔を上げた。
「またこちらへ持ってきてくれぬか?」
「我らが使わぬ物は融通しよう」
「それで構わん。持ってきてくれ」
「承知した」
リスカの副官が、立ち去るアルニを横目に言う。
「傭兵風情が、ずいぶんと無礼な物言いではありませぬか」
「傭兵……傭兵か。貴官には、あれが傭兵に見えるのだな」
リスカは、憤る副官を興味なさそうに見つめ、そう言葉を返した。
■アルーニ南方
翌朝
「前進!」
号令とともに、パーパルディアの銃兵隊が動き出した。
パーパルディア軍は魔導砲も地竜も、緒戦で失っていた。
この戦いで頼れるのは、歩兵だけである。
「敵戦列接近、盾車前へ!」
「弓兵隊、射撃用意!」
急進派側もそれに応じる。
盾車が前へ押し出され、その後方で弓兵が備える。
「弓兵を近づけるな!」
銃声が続けざまに響いた。
パーパルディア軍は、敵を引きつけようとはせず、盾車の隙間から姿を見せた弓兵に射撃を浴びせた。
「怯むな! 銃兵の装填の隙を狙え!」
急進派の指揮官が叫んだ。
射撃の間隙を狙い、矢を番えた弓兵が盾車の陰から飛び出した。
だが、その矢が放たれる前に、次の銃声が響いた。
「何だ? もう撃った―」
弓兵が倒れた。
その後ろから出ようとした兵にも、すぐに次の弾丸が飛んでくる。
眼の良い弓兵が、ようやく異変に気付いた。
「奴らの銃、マスケットじゃない!?」
パーパルディア王国兵が手にしていたのは、従来の魔導マスケットに比べ、輪郭のすっきりした長銃であった。
銃床の中央に鋼鉄の機関部が収まり、その右側には
日本が提供した村田式猟銃である。
距離があるため命中率は高くなかったが、射撃速度は魔導マスケットの三倍。
銃兵一人が、三人分の弾丸を撃ち込んでくるようなものである。
「弓兵を前進させろ!」
急進派側の指揮官が叫んだ。
「盾車から出られません!」
「構わん、進め!」
弓兵が盾車の左右から走り出したが、数歩も進まないうちに一人が倒れ、その後ろの兵も地面へ伏せた。
別の場所からも弓兵が飛び出したが、そこにも銃弾が飛んできた。
「銃兵、前へ!」
パーパルディア兵は、射撃を繰り返しながら少しずつ距離を詰める。
急進派も矢を放ったが、散発的に放たれる矢ではパーパルディア軍を止められない。
「撃て!」
また銃声が続いた。
盾車の隙間から覗いた兵が倒れた。
同じ頃、戦場から少し離れた草原から、小型のワイバーンが次々と飛び立った。
「何だ、あれは?」
「小型のワイバーン!?」
フィルアデス大陸のものより一回りほど小柄な、ロウリアのワイバーンである。
「こちらもワイバーンを出せ!崩されるぞ!」
ロウリア傭兵のワイバーンはわずかな助走で飛翔すると、縦陣を組んで急進派のワイバーンに向かった。
「敵の竜騎兵だ! 迎え撃て!」
急進派側のワイバーン隊は、一斉に身体を硬直させ、導力火炎弾の発射体勢を取った。
ロウリア竜騎兵は、そこに全速力で突撃した。
と、鞍上のロウリア兵が村田式猟銃を構える。
銃弾を受けた急進派の竜騎兵が崩れた。
ロウリアの竜騎兵は、そのまま敵の脇を駆け抜ける。
「追え!」
急進派のワイバーンが追おうとしたが、導力火炎弾の準備中は、咄嗟には動けない。
そこに、銃を構えたロウリア隊が次々と飛び込んだ。
追撃を受けた騎兵は鞍上で振り返ると、追ってくる敵に射撃を加えた。
敵が射程から外れるまで射撃を続け、そのまま離脱する。
十分に離れたところで、ロウリアのワイバーンは大きく反転した。
そして再び、急進派の竜騎兵に向かって飛翔する。
「何だ、あの戦法は!」
斜め一列になって突撃するロウリア隊は、先頭から順に発砲し、急進派軍の脇を駆け抜けていった。
ロウリア兵は日本に雇われた後、射撃訓練を受けていた。
そこで彼らが身に付けたのは、騎兵が用いていた射撃術である。
急進派の竜騎兵隊は、ロウリア隊の波状攻撃を受け、陣形を崩していった。
別のロウリア竜騎兵の一隊は、急進派の戦列に低空から肉薄した。
「来るぞ!」
低空を飛ぶワイバーンの炎が盾車を覆った。
「散開、散開!」
恐怖に駆られて逃げ惑う敵兵。
急進派の戦列は次第に崩壊ていった。
■アルーニ西方
「西側の部隊より連絡、急襲を受けています!」
伝令が駆け込んできた。
「何だと!?」
急進派の指揮官が地図へ向き直った。
「どこの部隊だ!?」
「分かりません! 敵の所在もはっきりしません!」
指揮官は首を傾げた。
急襲を受けたというのに、敵の姿が見当たらないというのである。
そこに別の魔信が入った。
「北西の農道も使えません!」
「なぜだ!?」
「敵はいつの間にか先回りしております!」
「西にいた連中ではないのか?」
「分かりません!」
ラティ戦士団である。
彼らはスクーターと荷車で農道を走り、適当な所に車体を隠すと、徒歩で狙撃や待ち伏せを行った。
反撃を受けると素早く後退し、次の地点に移動する。
応援に駆け付けた急進派の一隊にも、続けざまに矢が飛来した。
「伏せろ!」
兵の動きが止まる。
「正面だ!」
「違う、右だ!」
射手を探している間に、今度は側面から矢が飛来した。
そのうちの一本が兵士の鎧を貫通する。
「森を抜けて回りこめ!」
森に近づいた一隊は、雨のような矢を受けて次々と倒れていった。
「森も駄目です!」
「一体敵は何人いるんだ!」
アルーニの西側は、猟兵の狩場と化していた
■急進派軍陣営
陣営の向こう側では、なおも銃声が続いていた。
西側に出した部隊との連絡は途切れ、戦線正面からの報告も悪化の一方である。
「まだ戦えるのでは?」
カルマが他人事のように言う。
ミーゴは報告書を机に叩きつけた。
「これで勝てると思ってるのか!?」
「さて、結果次第では?」
「その結果が見えておるから聞いている!」
カルマは答えなかった。
「なら、なぜ続ける!?」
「ここで退けば、パーパルディアは立ち直りましょう」
ミーゴが投げつけたインク瓶が、カルマの額を打った。
「我々の国に攻め込まないのなら、勝手に立ち直ればいい!」
ミーゴは額から流血したカルマを睨みつけた。
「貴様らはパーパルディアを弱らせたい。だから我々を焚きつけた」
ミーゴが言い放つ。
「リーム王に言っておけ!我々は貴様のために死んでいるのではないと!」
「ミーゴ殿、それは―」
「もうよい」
彼は立ち上がった。
天幕の入口では、伝令が次の命令を待っている。
「全軍に伝令。退却する」
「ミーゴ殿!」
「南の部隊から順に後退。負傷兵と荷駄を先に出せ」
「しかし、まだ戦線は―」
「黙れ、小賢しい!」
ミーゴは彼の言葉を遮った。
「今すぐ出て行け。斬られたくなければな」
カルマは顔を歪めてミーゴを睨むと、無言で天幕を出て行った。
■トーパ王国軍
ラティ猟兵小隊
「第五分隊、欠員無し」
「第三分隊、欠員無し」
暗緑色の集団が、アルーニを望む丘の麓に整列していた。
「ヨーティ大尉、ラティ小隊、総員帰還!」
アルニ・ヨーティは全員を見回し、満足げに頷いた。
「よし、撤収!」
アルニはそれだけ言うと、アルーニの方へ目を向けた。
丘の向こうからは、時折銃声が聞こえていた。
だが、それも先ほどまでに比べれば、ずいぶん疎らになっている。
「我々の仕事は終わりだ。総員乗車!」
「了解!」
猟兵は弓や荷物を抱え、それぞれの荷車に向う。
「やっと帰れるな」
一人が荷台に腰を下ろしながら言った。
「俺は早く船に帰りたい」
「何だ、もう戦に飽きたのか?」
「違う。腹が減った」
近くにいた猟兵が笑った。
「イルメリアの軍艦の飯はうまいからな」
「今日は肉が出るといいが」
「来るときも食っただろう?」
「この前も食ったが、今日食うのも悪くないだろ?」
周囲から笑い声が上がった。
「酒も欲しいな」
「船に帰ったら
アルニは最後にもう一度全員を確認すると、先頭の荷車に腰掛けた。
「全隊、出発」
よく通る声とともに、車列が動き出した。
精兵として名高い、トーパ猟兵大隊。
ラティ猟兵小隊は、その中にでも最強と謳われる部隊である。