太陽と正十字 ~日本国召喚異聞~   作:ありさかいずも

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第九章 Κεφάλαιο 9
地図


■第二文明圏列強レイフォル

 首都レイフォリア跡地

 

 グラ・バルカス帝国の戦艦グレードアトラクターの艦砲射撃を受け、レイフォリアは灰燼に帰した。

 レイフォルは国王の死によって、驚くほどあっけなく降伏したのである。

 

 その後、レイフォルはグラ・バルカス帝国領レイフォル地区と改称され、王都レイフォリアの跡地には、帝国式の建造物がいくつも建設されていた。

 

 その光景を、ため息交じりに眺める一団があった。

 西部担当外交部長シワルフ、武官パーシャ、ゴルメス技術士官、そして情報局員ザマスである。

 

 彼らは先進十一か国会議について説明するため、海路はるばるやって来たのである。

 

 本当ならグラ・バルカス帝国の首都に赴きたいところであったが、グラ・バルカス側の意向によって、会談の場所は旧レイフォル首都に指定されていた。

 

 上空を飛ぶ戦闘機を見上げながら、武官パーシャが真剣な面持ちで言った。

 

「速いな。もしかすると、我が国の戦闘タイプの天の浮舟より速いかもしれない」

 

「確かに。沖合に見える戦艦も、我が国の魔導艦隊が保有する戦艦に匹敵する大きさだ。レイフォルでは、あれを相手にするのは無理だったろう」

 

 しばらくして、誰ともなく口にした。

 

「グラ・バルカス帝国との、最初の接触か」

 

 外交団は緊張した面持ちのまま、案内された建物へ入った。

 

 それは神聖ミリシアル帝国の美意識とはまるで異なる建築であった。

 しかし、異質であるからといって醜いわけではない。そこにはミリシアルとは別種の美しさがあった。

 

 応接室に通された一行は、ソファーに腰を下ろし、グラ・バルカス帝国の外交官を待った。

 

 やがて現れたのは、グラ・バルカス帝国外交官ダラスであった。

 

 使節団は立ち上がり、シワルフが代表して口を開く。

 

「初めまして。私は中央世界にある神聖ミリシアル帝国、西部担当外交部長のシワルフと申します。貴国から打診のあった先進十一か国会議について、返答を伝えに参りました」

 

 すると、ダラスの口もとに冷笑が浮かんだ。

 

「あなた方現地人の技術でここまで来るのは、さぞ大変だったでしょう。まずは、その労をねぎらいましょう」

 

 そこで彼は小さく鼻を鳴らした。

 

「中央世界、ですか。たいそうな名前ですな。それで、返答とは?」

 

 あからさまな嫌味であったが、シワルフは表情を変えなかった。

 

「列強レイフォルに代わり、貴国、グラ・バルカス帝国の参加を認めることとなりました。開催要綱は、その書類に記載してあります」

 

 ダラスは書類に目を落とすと、堪え切れなくなったように笑い出した。

 

「クックック。いや、失礼」

 

 そう言いつつも、ダラスの笑みは消えない。

 

「我が国の戦艦一隻に降伏したレイフォルが列強とは。この地の基準の低さは笑わずにはいられませんな」

 

 室内の空気が変わる。

 

 沈黙の中、シワルフがゆっくりと口を開いた。

 

「国家間の会談で、そのような物言いをされるとは」

 

 静かな声音ではあった。

 

「文明圏の国家を前に、弱小国が虚勢を張る場面ならば、私もこれまで幾度となく見て参りました。しかし、中央世界の神聖ミリシアル帝国、その外交官を相手に、そこまで言った者はあなたが初めてです。その勇気だけは認めましょう」

 

 シワルフはそこで言葉を切り、ダラスを正面から見据えた。

 

「しかし、はっきり申し上げて、不愉快です」

 

 ダラスの笑みがわずかに薄れた。

 

「五大列強国とは言っても、国力には大きな差があります。列強最弱のレイフォルを破った程度で、貴国は少々鼻が高くなっておられるようだ。しかし、気を付けられた方がよいでしょうな。我が国やムーをレイフォルと同じように扱えば、大きな損害を受けることになりますぞ」

 

 淡々とシワルフは続ける。

 

「我が国は、あなた方の国を先進十一か国会議への参加に足る国家と判断した。それだけのことです。貴国が辺境において、いかに強大であろうとも、中央世界で通用するとは限りません」

 

 そして最後に、静かに付け加えた。

 

「一国だけでは、世界の中で生きてゆくことはできませぬぞ」

 

 ダラスは表情を消した。

 

「その言葉、そのまま我が皇帝陛下へお伝えしましょう」

 

 シワルフはこの件について、それ以上語ろうとはしなかった。

 

「では、会議について話を進めましょう。その前に、一つ確認しておきたいのですが、貴国の本国の位置と、首都の名を教えていただきたい」

 

 ダラスは首を横に振った。

 

「本国の位置は極秘事項です。首都の位置についても、お教えすることはできません。連絡事項があれば、ここレイフォル地区で承ります」

 

 シワルフが眉をひそめる。

 

「国家間のやり取りでそれでは、話になりませんな。今後、会議参加について不明な点が生じた場合には、神聖ミリシアル帝国まで直接お越しいただきたい」

 

 本国の位置すら明かそうとしないグラ・バルカス帝国に、誰もが強い不信と嫌悪を覚えた。

 

 

■神聖ミリシアル帝国

 帝都ルーンポリス 情報局

 

 情報局長室では、局長アルネウスを中心に、二人の局員が報告会を行っていた。

 

 一人は日本国へ派遣されていたライドルカ。もう一人はグラ・バルカス帝国領レイフォルへ赴いていたザマスである。

 

 三人は、それぞれが得た情報を持ち寄っていた。

 

「というわけで、先進十一か国会議の概要については伝達しました。しかし、帝国側は終始そっけない態度で、本国の位置はおろか、首都の名さえ明らかにしませんでした」

 

 ザマスは手もとの資料に目を落とした。

 

「今後の外交窓口は、旧レイフォルの王都レイフォリアに置くとのことです。会議に参加するのかどうかも怪しいでしょう。グラ・バルカスは、間違いなく要注意国家です」

 

 アルネウスは黙って聞いていた。

 

「また、レイフォリア上空を飛行していた飛行機械は、ムーのものより明らかに高速でした。我が国の制空型天の浮舟(エルペシオ3)以上の速度を出していたと思われます。国力の全容については、依然として何も分かりませんが、少なくとも技術力は侮れません」

 

 報告を聞き終えたアルネウスは、しばらく考え込んだ。

 

「では、グラ・バルカス帝国の位置は、依然として謎のままか」

 

 その様子を見ていたライドルカが、遠慮がちに口を開いた。

 

「局長。日本国についてご報告する前に、一つよろしいでしょうか」

 

「何だ?」

 

「実は、これを見ていただきたいのです」

 

 ライドルカはそう言うと、机の上に地図を広げた。

 

 アルネウスの目が止まった。

 

「な」

 

 隣にいたザマスも、机へ身を寄せた。

 

「こ、これは」

 

 二人の前に広げられていたのは、異様なほど精密な世界地図であった。

 

 アルネウスは席を立つと、書棚の一角から地図帳を取り出した。

 情報局が極秘資料として保管している、自国領の詳細地図である。

 

 二枚の地図に描かれた神聖ミリシアル帝国の地形をしばらく見比べる。

 

 驚くことに、それらはほとんど違わぬ形で描かれていた。

 

「我が国まで精巧に描かれていることは驚くべきことですが、見ていただきたいのはこちらです」

 

 ライドルカは地図の西側を指差した。

 

「グラ・バルカス帝国は、ここです」

 

 二人の視線がその指先を追う。

 

 ムー大陸の西、およそ五千キロ。

 そこに、島と呼ぶには大きく、大陸と呼ぶにはやや小さな陸地が描かれていた。

 

 アルネウスは地図から顔を上げた。

 

「これは、どうしたのだ」

 

「日本国と先進十一か国会議について協議した際、日本側から提供されたものです」

 

「日本が?」

 

「正確には、日本国が作った地図ではありません」

 

 ライドルカは地図の端へ手を伸ばした。

 

「日本側の説明では、イルメリアから提供されたものだそうです」

 

 アルネウスの視線が、再び地図に戻った。

 

「イルメリアが、これを?」

 

「はい」

 

 ライドルカが続ける。

 

「日本側はこの地図を広げ、どの海域を通過して神聖ミリシアル帝国に向かえばよいかと尋ねてきました。他国の領海や、聖地として指定されている海域などを避けて航行したい、とのことでした」

 

 アルネウスの指先がミリシアルの海岸線をなぞった。

 

「つまり、イルメリアは我が国の地形を、ここまで把握しているということか?」

 

「そう考えるほかありません」

 

「それだけではないだろうな」

 

 ザマスは地図から目を離さぬまま言った。

 

「グラ・バルカス帝国まで載っている」

 

 ライドルカもうなずいた。

 

「この地図を初めて見たときには驚きました。領海などを確認して回答する必要がありますので、持ち帰ってよいかと尋ねたところ、日本側はすぐに了承しました」

 

「これをか?」

 

「はい」

 

 アルネウスの指先が机の縁を叩いた。

 

「通常ならば、国家の最高機密になっていてもおかしくない資料だぞ」

 

「私もそう思いました。しかし、日本側の担当者は特に気にしていない様子でした」

 

「なぜだ?」

 

「イルメリアから航路確認のために提供された地図であり、必要に応じて他国に提供しても構わない、と」

 

 ザマスは椅子に座り直した。

 

 その目は、なおも地図から離れなかった。

 

 アルネウスは、西方の大陸からイルメリアの位置に視線を移した。

 

 問題は、この地図が正確であることだけではなかった。

 

 イルメリアは、どこまで世界を知っているのか。

 そして、その情報を日本国とどこまで共有しているのか。

 

「正直、私にも分かりません」

 

 ライドルカはそう言って、肩をわずかにすくめた。

 

 しばらくして、アルネウスは椅子の背に体を預けた。

 

「何と言えばよいのか、分からんな」

 

 それが、情報局長として口にできた唯一の言葉であった。

 

 もう一度、机の上の地図を見る。

 

 イルメリアについても、改めて調べ直す必要がある。

 

 アルネウスは地図を畳まず、そのまま机の脇に寄せた。

 

「まずは、日本国について聞かせてもらおう」

 

「はい」

 

 ライドルカは、日本国についての報告を始めた。

 

 

■イルネティア王国

 ムー大陸西方約千キロ 王都キルクルス

 

 ムー大陸から西へ、およそ千キロ。

 そこに、イルネティアという島国があった。

 

 北海道ほどの大きさのその国は、滅亡の淵にあった。

 王国軍参謀本部には、絶望的な戦況報告が次々と届けられていた。

 

「西部方面諸侯軍、全滅。牽引式魔導砲は敵の鉄車には効果がありません。敵部隊は、王都キルクルス西方約三十キロまで進出しています」

 

 別の伝令が続ける。

 

「王下直轄海軍三十八隻、敵艦十隻との交戦により全艦喪失。敵の砲は威力、射程ともに我が軍をはるかに凌駕しています」

 

 さらに報告が入った。

 

「東部方面竜騎士団および王下直轄竜騎士団、壊滅」

 

 国王イルティス十三世は、黙ってそれを聞いていた。

 

 やがて王は、力なくつぶやいた。

 

「もはや、残存戦力は無いに等しいか」

 

 それには誰も答えられなかった。

 

 

 突如現れた、グラ・バルカス帝国を名乗る強国。

 

 千年の歴史を誇るイルネティア王国は、グラ・バルカスの侵略によって歴史の幕を閉じようとしていた。

 

 王都キルクルスの上空を、グラ・バルカス帝国のアンタレス型艦上戦闘機が我が物顔で飛び回る。

 

 飛行機械が発する、腹に響くような音。

 それが迫るたび、甲高い笛のような響きが轟音に混じる。

 

【挿絵表示】

 

 

 王都のどこかで爆発が起こった。

 イルティス十三世が、窓の外に目を向けた瞬間、猛烈な爆風が室内を満たした。

 

 

 第二文明圏文明国イルネティア王国は、グラ・バルカス帝国によって滅ぼされた。

 

 侵略を繰り返し、版図を広げ続けるグラ・バルカス帝国。

 事態を重く見た第二文明圏列強国ムーは、各国共同で非難声明を出すよう求めた。

 

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