■神聖ミリシアル帝国
帝都ルーンポリス
中央暦一六四一年十一月。
先進十一か国会議を半年後に控えたある日、技官ゴルメスは外務府から急な呼び出しを受け、帝都ルーンポリスの官庁街を歩いていた。
大通りには自動車が絶えず行き交い、交差点では魔導信号機が交通を整理している。建物の一角に据えられた大型魔導モニターから昼のニュースが流れ、その下を、地面からわずかに浮いた一人乗りの小型移動具が音もなく通り過ぎていった。
帝都では、いずれも珍しいものではない。
各家庭に薄型の魔導モニターが普及し、官庁や大企業では文書や資料を整理する
外務府の一室へ通されると、西部担当外交部長シワルフと、情報局の職員が待っていた。
机の上には
石造建築の街並みと城壁、円蓋を持つ聖堂の前を行き交う長衣姿の人々。そこだけを見れば、何百年も姿を変えていない古都のように見える。ところが、その街路には見慣れない自動車が走り、遠くの港には灰色の軍艦が停泊していた。
「今回、君にはイルメリア専制公国へ向かう外交艦隊に同行してもらいたい」
シワルフの言葉に、ゴルメスは画面から目を離した。
「技術顧問としてでしょうか?」
「それもある。ただ、もう一つ見てもらいたいものがある。先方の工業と技術だ」
情報局員が次の画像に切り替えた。今度は飛行場らしく、低い建物の前に小型の戦闘機が何機も並んでいる。
「五国連盟の中では、最も進んだ技術を持つ国だと聞いておりますが」
「日本側はそう説明している。しかし、何がどの程度進んでいるのかとなると、どうにも曖昧になる。イルメリア自身も、自国の技術について必要以上には語らない」
「この飛行機械も、魔導機関ではないのですね」
「我々が知る意味での魔導機関ではないらしい。少なくとも、魔力を動力源にはしていない」
それだけなら、理解できない話ではなかった。ムーも日本も、魔力に頼らない機械文明を築いている。ただ、イルメリアから入ってくる資料には、妙な共通点があった。石造りの聖堂と軍艦が同じ写真に収まり、古風な長衣を着た官吏の背後に自動車が写っている。
ゴルメスには、それが昔の写真と未来の写真を一枚に重ねたように見えた。
「何を見ればよいのでしょう」
「相手の技術を盗んでこい、という話ではない。外交使節として見聞きできる範囲で構わん」
シワルフはそこで一度言葉を切った。
「むしろ、我々があの国をどう評価すべきなのか、尺度を作ってほしい。日本については多少分かってきた。民生工業と軍事技術の発達が、ひどく釣り合っていない。だが、イルメリアは少し違うらしい」
■イルメリア専制公国
領都マリポリ沖
神聖ミリシアル帝国の外交艦隊は、二隻のゴールド級魔導艦から成っていた。
帝国人にとって、威厳ある大型軍艦である。厚い艦体に主砲を備え、巨大な魔導機関によって海上を進む。列強諸国の港に入れば、その姿をひと目見ようと見物人が集まることも珍しくなかった。
ところが、その艦影を最初に捉えたマリポリ港務局では、少し違った反応が起きていた。
モニターに映し出された二隻を前に、当直士官と技術官はしばし黙り込んだ。
船体は水を切るには妙に厚く、艦尾には巨大な機関区画が集中していた。上部構造物の配置を見ても、洋上艦として復原性を最優先した形には見えない。
やがて、当直士官が困ったように口を開いた。
「……日本のアニメに出てくる宇宙戦艦に似ているな」
「私も同じことを考えていました」
技術官もそれを否定しなかった。二人が笑えなかったのは、転移前の世界で見た作品の宇宙艦に、あまりにも似ていたからである。
「先方は、これを洋上艦として使っているのですよね」
「ええ。ゴールド級魔導艦。分類は戦艦だそうです」
「最初から船として設計したのでしょうか?」
「それを私に聞かれても困ります。ただ、普通の造船技師なら、こういう形にはしないでしょうね」
二人はそれ以上の推測をやめ、入港許可を求める信号が届いたことを告げられると、予定どおり先導艇を出すよう指示した。
午後二時を少し回った頃、ゴルメスはゴールド級の甲板から、初めてマリポリの街を眺めていた。
冬の太陽は低かった。
まだ午後の早い時間だというのに、西の空はすでに淡い橙色を帯び始めており、三時を過ぎれば街は夕暮れに近い暗さになるという。
気温は零度前後で、海から吹いてくる風は鋭かった。甲板の手摺に触れれば、手袋越しにも冷えが伝わってくる。
岸へ目を向けたゴルメスは、少し意外に思った。
石造建築ばかりの都市を想像していたが、聖堂や一部の城館を除けば、市街地の大半を占めるのは五階ほどの煉瓦や漆喰塗りの建物がほとんどだった。
急な勾配の屋根や石畳の街路、狭い間口の商店と張り出し窓。色彩を抑えた建物が連なる街並みは、彼の知識にある、モータリゼーション以前の北方諸国の都市に近い。
自動車のために街そのものを造り替えた形跡は少なく、古くからある街路をそのまま使っているように見えた。
歩道を行く人々は、膝下まで届く外套に身を包み、耳まで覆う帽子を深く被っている。襟元に厚いマフラーを巻き、革手袋を着けた者も多い。
ところが、港に視線を移すと、その印象は簡単に崩れた。
岸壁では大型貨物車が行き交い、起重機が絶え間なく荷を移している。それ自体は神聖ミリシアル帝国と変わらない。
違うのは、人間が作業する様子がほとんど見られないことである。
貨物車は互いの進路を調整し、起重機は荷の位置を読み取りながら作業を続けている。大規模な魔力反応は検出されず、それらすべてを統括する制御施設も見当たらない。
「自動制御でしょうか?」
ゴルメスは双眼鏡を下ろさずに答えた。
「自動制御自体は珍しくないが、あの数を同時に動かしながら、制御系統が分からないことが気になる」
やがて水先案内人を乗せた小型艇が接近し、その後を追うように曳船がゴールド級の左右に付いた。
ゴルメスは、そこで双眼鏡を下ろした。
「乗員が見えないな」
曳船は正確に巨艦に接舷し、互いの位置を調整しながら、岸壁に向けて押し始めた。船には操舵室らしい構造物はあったが、人影は見えなかった。
外交艦隊が接岸する頃には、日差しはいっそう弱くなっていた。
岸壁では正式な歓迎の一団が待っており、長衣姿の外務官僚や濃紺の礼装を着た士官、儀礼用の武器を携えた儀仗兵が整然と並んでいる。
ゴルメスたちもまた、帝国式の正装で上陸した。
身体に密着する濃色の軍服に、目元には小型の仮面を着けている。神聖ミリシアル帝国では珍しくもない服装であり、軍人や役人の中には、肌に密着する黒い面覆いを常用する者もいた。
イルメリア側から見れば、かなり奇異な格好であったらしい。出迎えた若い官吏が、ほんの一瞬だけゴルメスの仮面へ視線を止めた。
服装が珍しいのであろう。イルメリアの官僚の一部も古風な長衣を着ており、その点はお互い様であった。
使節団は、岸壁に用意された大型バスに案内された。
車体には八つの車輪があり、武骨な外見は軍用車両にも見える。ところが車内は暖房がよく効いており、座り心地は驚くほど快適だった。
「これは軍用輸送車ですか?」
ゴルメスが案内役の女性士官へ尋ねると、彼女は首を横に振った。
「軍でも使いますが、こちらは民間仕様です。大型輸送車としては、ごく普通のものです」
ゴルメスは窓の外へ目を向け、それ以上は聞かなかった。
車列が港を離れると、マリポリの市街が間近に見えるようになった。
道の両側には煉瓦や漆喰塗りの商店と住宅が隙間なく並び、石畳の歩道を冬装束の人々が行き交っている。軒先には小さな看板が吊られ、パン屋や衣料品店の窓には暖かな灯りがともっていた。
それでも、街路を走る車は多く、信号は交通量に応じて切り替わる。建物の壁面には薄い情報表示器が埋め込まれ、狭い路地では無人の機械が雪と泥を片付けていた。
映像装置も、自動制御も、神聖ミリシアル帝国には存在する。だからこそ、ゴルメスは次第に別のところが気になり始めていた。
「妙ですね」
隣に座っていたシワルフが、窓の外を見ながら言った。
「ええ」
ゴルメスも同じ方向へ目を向けた。
「技術が進んでいることが妙なのではありません。この国は、技術が進んだからといって、古い街を捨てていない」
シワルフは答えず、しばらく外を眺めていた。
午後三時を過ぎる頃には、街は急速に暗くなり始めた。まだ夜という時間ではないのに、西の空には最後の明るさが残るだけとなり、街路灯と商店の灯りが一つずつ目立ち始めている。
領主館に近づくにつれ、周囲には古い城館や聖堂が増えていった。その様子を眺めていると、シワルフが尋ねた。
「さっきから考え込んでいるな」
「報告書をどう書けばよいのかと思いまして」
「もう書くことに困っているのか?」
ゴルメスは少し笑った。
「先進国である、と書くだけなら簡単です。しかし、それでは何も説明したことになりません」
窓の外には、何世代も前からそこにあるような建物が並び、それを現代的な街灯が照らしていた。
その風景は、どこか郷愁を掻き立てられるものだった。
■ミリシアル艦艇
神聖ミリシアル帝国の艦艇は、古代魔導文明の遺跡から発掘した船体や艤装を組み合わせて復元したものである。それらは洋上艦としては少々無理のある艦形が多かったため、大出力の魔導機関で強引に航行させているのが実情である。一部では、原型は航宙艦だったのではないかとの噂さがある。
■ゴールド級魔導戦艦
同型艦:ガラティーン、ティソン等
全長:二三五メートル
全高:九九・四メートル
全幅:一一三・二メートル
全備重量:一万六千トン
推進機関:魔導機関
神聖ミリシアル帝国が比較的早い時期に復元した魔導艦。艦橋前後に三連装魔導砲を備え、舷側に多数の対空魔光砲を配置。艦体は黄土色を基調に金色の魔導バリアラインが走る。旧式とされるのは、原型そのものが古いからではない。発掘と復元の時期が早かったためである。
「イルメリア専制公国」の国号を「北方ローマ専制公国」に変更することについて、皆さんはどう思われますか?改称した場合も「イルメリア」の名称は地名などで継続使用します。
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現行 今のまま。
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改称 第九話で北方ローマ専制公国に改称