設定と少し異なっているのですが、これ以上は無理だと諦めました。
■神聖ミリシアル帝国
中央暦一六四二年四月
港町カルトアルパス
港湾管理責任者ブロンズは、この先進十一か国会議が好きだった。
もちろん、港務局の責任者として考えれば、歓迎すべき行事とは言い難い。普段なら数日単位で入港予定を調整する大型艦が、わずか数時間のうちに次々とやって来るうえ、乗せているのは各国の軍人と外交官である。岸壁の割り当て一つを誤れば外交問題になりかねず、給水、燃料、曳船、水先案内、警備区域の設定まで、通常の商船とは比較にならないほど手間がかかった。
それでも、ブロンズはこの会議を嫌いになれなかった。何せ、各国が自慢の軍艦を連れてくるのである。
「第一文明圏、トルキア王国艦隊。戦列艦七、使節船一、計八隻。港外に到着しました」
「予定通りだな。第一文明圏区画へ誘導してくれ」
「了解しました」
管制卓の向こうで担当官が魔導通信機を操作し始める。その作業が一段落する前に、別の監視員から新たな報告が入った。
「アガルタ法国船団を確認。魔導船六、民間船二です」
「第三埠頭へ回してくれ。使節船を内側に入れて、軍艦は岸壁から少し離せ。また見物人が集まる」
「了解」
ブロンズはそう指示しながら、窓の外へ目を向けた。
港内には、すでに各国の艦艇が並び始めている。帆柱を何本も立てた戦列艦の隣には、魔導推進器を備えたアガルタ法国の魔法船が停泊し、そのさらに沖では、中央世界諸国の大小さまざまな軍艦が入港の順番を待っていた。
これだけでも、普通なら十分に見応えがある。だが、今年は別だった。ブロンズが特に待っている勢力が、まだ二つ残っている。
一つは、第二文明圏西方に突如として現れ、列強レイフォルを滅ぼしたグラ・バルカス帝国。もう一つは、東方諸国によって構成された五国連盟である。
今回、五国連盟からは日本国とイルメリア専制公国が共同代表として参加することになっていた。
日本国は、パーパルディア皇国による沖縄侵攻を撃退し、その後も皇国軍と交戦した科学文明国である。そしてイルメリア専制公国は、そのパーパルディア皇国主力を打ち破り、最終的には皇帝ルディアスを降伏へ追い込んだ国だった。
もっとも、ブロンズにとって重要なのは、その二国が会議で何を言うのかではない。
何に乗って来るのかである。
「所長、また外を見ているんですか」
部下の一人が呆れたように言った。
「仕事だ。入港艦を確認している」
「双眼鏡まで使ってですか」
「目視確認は大事だぞ」
ブロンズは平然と答えた。
嘘ではない。ただし、仕事のためだけでもなかった。
カルトアルパス近郊を母港としている第零式魔導艦隊は、この時期になると西方群島へ訓練に出るのが慣例となっていた。外国艦がひしめく港内に帝国の主力艦隊まで残せば泊地の余裕がなくなり、各国の外交使節が集まる時期に、自軍の最新鋭艦を間近で観察させる理由もない。
理屈は分かるが、軍艦好きとしては少し惜しかった。
「第零式魔導艦隊まで並べれば、もっと壮観なんだがな」
「それをやったら、所長が仕事をしなくなるでしょう」
「馬鹿を言え」
即座に返したものの、ブロンズ自身、完全には否定できなかった。
その時だった。
「大型艦、北西方向に視認!」
管制室の空気が変わった。
ブロンズは誰よりも早く双眼鏡を構え、水平線上に現れた黒い点へ焦点を合わせた。最初は小さかったそれは、近づくにつれて予想以上の速さで輪郭を大きくしていった。
「…でかいな」
自然と声が出た。
高い艦首に、厚い船体。その前部には巨大な三連装砲塔が二基並び、さらに後甲板にも同じ砲塔が一基見える。神聖ミリシアル帝国にも大型戦艦は存在する。ブロンズ自身、ゴールド級やシルバー級を何度も見てきたし、港務責任者という立場上、軍艦の大きさだけで驚くような人間でもない。
それでも、これは大きかった。
「艦影照合します。グラ・バルカス帝国、戦艦〈グレートアトラクター〉。予定通りです」
「随伴艦は?」
「確認できません。単艦です」
「本当に一隻で来たのか」
ブロンズは少し笑った。外交使節を乗せた大型戦艦を、護衛も付けず遠方へ送り出す。普通なら無謀だが、あれほどの艦なら護衛など必要ないと考えているのかもしれない。
双眼鏡の倍率を少し上げる。巨大な艦橋の周囲には、用途を判断できるレーダーが幾つも見えた。その一方で、見慣れない箱形の装置や筒状構造物も多く、単なる巨艦ではないことだけは分かる。
「なるほどな。レイフォルが負けるのも分かる」
「そんなにすごいですか?」
若い監視員が尋ねた。
「見れば分かるだろう。あの主砲だけでも、まともに受けたくはない」
「我が国の戦艦なら、どうでしょう」
「それを考えるのは海軍の仕事だ。私は港の心配をする」
そう答えながらも、ブロンズはまだ双眼鏡を下ろさなかった。主砲塔、艦橋、レーダー、そして旋回半径。趣味と仕事が、ちょうど半分ずつ混じった観察だった。
「所長、五国連盟艦隊も見えました」
「聞こえている。どこだ?」
「東寄りです。艦数十。日本七、イルメリア三で照合しました」
その言葉で、ようやくブロンズは〈グレートアトラクター〉から双眼鏡を外し、指示された方角へ向けた。先頭に大型巡洋艦、その後方に飛行甲板を持つ艦が続き、さらに小型艦が並んでいる。
「先頭が〈八雲〉か」
「そのようです」
事前資料で写真は見ていたが、実物はやはり印象が違った。まず目につくのは、高く聳えるマストである。黒い船体に白い上部構造物。二本のマストと煙突を持つ艦影は、機械文明国ムーの旧式装甲巡洋艦にも似ていた。
ところが、双眼鏡を合わせれば、その印象はすぐに崩れた。
「妙だな。古そうに見えるのに、載っている物は新しい」
前甲板には二〇・三センチ連装砲が一基据えられているが、その形は巨大な箱形砲塔ではなく、もとの防盾式主砲を思わせる低い形にまとめられていた。艦橋周辺にはレーダーが見え、その周囲には速射砲や誘導兵器らしい装備も確認できる。
さらに艦尾へ目を移すと、後部主砲塔に代えて格納庫が設けられていた。
「あそこは飛行機械の格納庫か?」
「資料では、回転翼機を搭載するとあります」
「回転翼機か。面白いことをするな」
ブロンズは目を細めた。
〈八雲〉の後方では、航空海防艦〈鳳翔〉が続いている。こちらは長い飛行甲板を持つため用途が分かりやすく、その後ろには改松型海防艦〈竹〉〈桐〉〈杉〉〈槙〉が続き、艦列の最後を補給艦〈聖川丸〉が占めていた。
「日本は分かりやすいな」
「分かりやすい、ですか?」
「用途が形に出ている。大きい艦は大きい艦の仕事をし、小さい艦は小さい艦の仕事をする。少なくとも、そういうふうには見える」
実際の能力までは分からない。それでも、見ただけでおおよその役割を想像できるという点では、ブロンズにとって親しみやすい艦隊だった。
彼は、隣を進むイルメリア艦隊に双眼鏡を向けた。
ブロンズは先頭を進む〈コンタキオン〉を見て拍子抜けした。
〈八雲〉よりもさらに古い時代のムーの軍艦に似ていたのだ。
「…予想していたのとは違うな」
白い船体の上端に、細い金色の線が引かれている。中央部に煙突があり、その前後に帆船のような二本マストが立っている。艦首と艦尾には砲を配置し、前部砲塔のすぐ後ろには小型の艦橋があった。
少なくとも、港務局へ事前に届いていた「五国連盟で最も高度な技術を持つ国」という説明から、ブロンズが想像していた姿ではなかった。もっと奇妙な形をしていると思っていたのである。
「巡察艦〈コンタキオン〉か。大きさも、それほどではないな」
「大型艦ではありませんが、イルメリア専制公御本人が乗艦されています」
部下が付け加えると、ブロンズは一度だけ双眼鏡から目を離した。
「元首本人が、あの船に?」
「はい。〈コンタキオン〉は専制公の乗艦だそうです」
「なるほど。それなら〈コンタキオン〉が来るのも当然か」
再び艦首へ目を向けると、妙に小さな主砲らしきものが見えた。
ムーの同程度の巡洋艦であれば、もっと大きな砲を載せるはずである。
「あの砲は何センチだ?」
「資料には口径の記載がありません。兵装については、ほとんど非公開です」
「口径すら分からんのか」
ブロンズは眉を寄せ、もう一度砲塔を見た。形はムーの速射砲に近いが、艦の大きさに比べると、どうにも控えめだった。
「ずいぶん小さな砲を積んでいるんだな」
「そう見えますね」
さらに後方に〈ビブリオン〉と〈クロニコン〉
こちらは〈コンタキオン〉よりも小さく古風にだった。細長い船体に高いマストを備え、上部構造物は低くまとめられている。帆こそ張っていないが、帆走軍艦から機械動力艦へ移り変わる時代の小型艦を思わせる姿だった。
「こっちは、また随分と古い形だな」
「随伴艦〈ビブリオン〉、〈クロニコン〉です」
「昔のムーの小型艦みたいだ」
ブロンズは舷側に小さな砲塔らしきものを見つけた。左右に一基ずつ。
リボルバーカノン式の二五ミリ機関砲であったが、遠目には小型砲塔にしか見えない。
「あれは?」
「近接防御用火器とだけあります」
「なるほど。小さいが防御火器はちゃんと積んでいるわけか」
ブロンズは、しばらく三隻を見比べた。白い船体は港内でもよく目立つ。もっとも、神聖ミリシアル帝国の軍艦も、ゴールド級は黄土色、シルバー級は灰白色、ミスリル級は銀色に近い塗装である。軍艦は灰色でなければならないという考え方自体、ブロンズにはない。それでも、白地に細い金線を引いた〈コンタキオン〉は、周囲の艦艇の中でひと際目立っていた。
「イルメリアの船は、揃って白いんだな」
「そのようです」
「綺麗ではあるが、やっぱり砲は小さいな」
ブロンズがもう一度〈コンタキオン〉の砲に視線を戻すと、部下が少し呆れたように笑った。
「五国連盟艦隊、日本七隻、イルメリア三隻。入港許可を求めています」
部下の声が仕事の調子へ戻った。
ブロンズも双眼鏡を下ろした。
「許可する。予定区画へ誘導してくれ。〈八雲〉は船体が長いから、曳船を二隻付けろ。〈コンタキオン〉も、念のためアドバンスを確認してから岸壁に着けろ」
「了解しました」
担当官は、それぞれの管制卓に向かった。
ブロンズはその様子を確認してから、再び窓の外に目を向けた。
※アドバンス(前進距): 舵を切ってから船首が90度横に向くまでに進む距離。
グレートアトラクター級
グラ・バルカス帝国海軍工廠が製造した同国最大の戦艦。
FRAM改装が施されており、ミサイルプラットホームを兼用する。
基準排水量:59,150t
満載排水量:64,121t
全長:271.5m
最大幅:38.92m
機関:高圧型水管缶3基6缶+タービン発電機・電動モーター3基3軸
出力:210,000hp
最大速力:28kt
兵装:B37 50口径40.6cm三連装砲×3基、P-35 SSM連装発射筒×6基、
9K33 6連装短距離防空ミサイルシステム×6基、AK-630 30mm多銃身機関砲×10基
装甲:舷側最大420mm、水線下最大155mm、甲板最大170mm、砲塔最大495mm、司令塔 最大425mm
「イルメリア専制公国」の国号を「北方ローマ専制公国」に変更することについて、皆さんはどう思われますか?改称した場合も「イルメリア」の名称は地名などで継続使用します。
-
現行 今のまま。
-
改称 第九話で北方ローマ専制公国に改称