太陽と正十字 ~日本国召喚異聞~   作:ありさかいずも

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世界会議

■神聖ミリシアル帝国

 港町カルトアルパス

 帝国文化館

 

 その日の午後、各国の使節団は港からほど近い帝国文化館に案内された。

 

 大理石を多用した外壁には金色の装飾を施した高い列柱が並び、正面階段の左右には歴代皇帝や神話上の英雄を表した石像が立っている。内部も広く、吹き抜けになった天井から大型の魔導照明が淡い光を落としていた。

 

 日本国外務省の近藤と井上は、会議場で自分たちの席を確認した後、開会までの時間を利用してロビーに出ていた。

 

 近藤はテーブルに置かれた紅茶を一口飲み、各国の代表が行き交う広間を眺めた。

 

「いよいよだな。先方の説明では、かなり自由に意見を出す会議らしいが、実際にどこまで話がまとまるのやら」

 

「事前調整がほとんどありませんからね。議題そのものは受け取っていますが、各国が何を言い出すのかまでは分かりません」

 

 井上の返答に、近藤は軽くうなずいた。

 

「我々とは、国際会議に対する考え方が違うのかもしれん。その場で話を決められるだけの権限を持った者を送り込んでいるなら、それはそれで合理的だ」

 

 今回、五国連盟から出席したのは日本とイルメリアの二国である。日本側が近藤ら外交実務を担う官僚を中心としているのに対し、イルメリアからは元首である専制公ユリア本人が参加していた。

 

 すでにユリアは側近とともに文化館に入り、日本代表席の隣に用意された席で資料に目を通している。

 

「日本国の方ですか?」

 

 声を掛けられ、近藤が振り返った。

 

 三人の男が立っていた。いずれも日本では見慣れない衣装をまとっている。

 

「はい。日本国外務省の近藤です」

 

「私はアガルタ法国外交庁のマギと申します。お会いできて光栄です」

 

 差し出された右手を、近藤も握り返した。

 

「こちらこそ、よろしくお願いいたします」

 

「日本国については、中央世界でも随分と話を聞くようになりました。魔法にほとんど頼らず、高度な文明を築いている国だそうですな」

 

「その点については、間違ってはいません」

 

 近藤が答えると、マギは興味深そうに笑った。

 

「パーパルディア皇国による侵攻を退けたことも聞いております。我々の常識では、魔法をほとんど使わずに高度な文明を築くということ自体が珍しいものですから」

 

 マギはそこで、日本代表席の隣に目を向けた。

 

「そして、そのパーパルディア皇国を下したのが、あちらのイルメリア専制公国ですか」

 

「同じ五国連盟の加盟国です。詳しいことは、本人たちに尋ねられた方がよいでしょう」

 

「なるほど。そうさせていただきましょう」

 

 開会直前に他国の元首へ話し掛けることは控えたらしく、マギはユリアに軽く視線を向けるだけに留めた。

 

「それにしても、一度日本国にも伺ってみたいものです」

 

「歓迎いたします。機会がありましたら、ぜひお越しください」

 

 その時、館内放送が流れた。

 

「間もなく先進十一か国会議を開会いたします。関係者の方は、所定の席へお戻りください」

 

 マギと挨拶を交わして別れ、近藤と井上も会議場へ戻った。

 

「これより、先進十一か国会議を開会いたします」

 

 議長の宣言とともに、会場の扉が閉じられた。

 

 近藤は改めて周囲を見回した。

 

 席についているのは、人間だけではない。頭部に角を持つ者や、人間とは明らかに異なる肌や目を持つ者までが、一国の外交を担う代表として当然のように並んでいる。日本であれば神話や伝承に属する姿も、この世界では珍しいものではなかった。

 

 最初に発言を求めたのは、エモール王国代表のモーリアウルである。

 

 二メートル近い長身に二本の角を持ち、赤い髪と目がよく目立つ。竜人族を主体とするエモール王国は、人口こそ百万人ほどに過ぎなかったが、中央世界では列強の一角に数えられていた。

 

「エモール王国代表、モーリアウルである。本日は、各国に伝えておくべき重要な事柄がある。先日、我が国は国家規模の空間占術を実施した」

 

 会場が静まった。

 

 エモール王国の空間占術について、日本側は原理をほとんど理解していない。ただし、神聖ミリシアル帝国から渡された過去の記録を見る限り、その予測が現実となった例は少なくなかった。

 

「その結果、古の魔法帝国、ラヴァーナル帝国が、近い将来この世界に再び現れる可能性が高いとの結論に達した」

 

 会場の空気が変わった。

 

 近藤が隣を見ると、井上も資料から顔を上げている。ユリアも一度だけモーリアウルを見たが、すぐに手元の資料へ視線を戻した。

 

「正確な場所と時期については、空間位相の乱れが大きく断定できない。ただし、我々の計算では、今後四年から十七年以内に出現する可能性が高い」

 

 代表席の間にざわめきが広がった。

 

 ユリアは資料を見たまま、近くにいた者にだけ聞こえる声で呟いた。

 

「……占い、と呼ぶには説明が足りませんわね」

 

 近藤は一瞬そちらを見たが、ユリアはそれ以上何も言わなかった。

 

 モーリアウルはざわめきが収まるのを待って続けた。

 

「伝承がどこまで正確なのかは分からぬ。しかし、彼らが残した遺跡を見れば、その技術が現在の諸国を遥かに上回っていたことは疑いようがない。各国は無用な争いを避け、軍備を整え、必要なら互いに協力するべきだ。ラヴァーナル帝国が本当に戻るのであれば、一国だけの問題では済まない」

 

 各国の代表は真剣な表情で聞いていたが、グラ・バルカス帝国代表席から短い笑い声が聞こえた。

 

 二十代後半ほどの女性が、口元に薄い笑みを浮かべている。

 

「失礼。グラ・バルカス帝国外務省、東部方面異界担当課長シエリアだ」

 

 議長が発言を許可すると、シエリアは席を立った。

 

「少々驚いてしまった。この世界の有力国が集まる会議だと聞いていたが、占いの結果を国家政策の根拠として扱っているとは思わなかったのでね。古代帝国が戻るという話も結構だが、過去の遺物を恐れて軍備を整えよと言われても、我が国としては判断のしようがない」

 

 モーリアウルはゆっくりと彼女に顔を向けた。

 

「グラ・バルカス帝国。魔法を持たぬ人族の国だったな。魔力の低い人族に空間占術を理解しろとは言わぬ。もとより、貴国に期待もしていない」

 

 シエリアの笑みが消えた。

 

「科学を理解できぬ者から、随分なことを言われたものだな」

 

「我ら竜人族を、人族と同列に語るな」

 

「その考え方こそ、我々には理解できんよ」

 

 双方の代表席から声が上がり、会場が騒がしくなったため、議長が鐘を鳴らした。

 

「静粛に願います。ここは外交の場です。両代表とも、これ以上の応酬は控えてください」

 

 両者が不満を隠さないまま席へ戻るのを見て、近藤は小声で井上に言った。

 

「すごい会議だな。始まって早々、ここまで正面から言い合うとは思わなかった」

 

「前の世界では、なかなか見られませんね。議事録を作る方は大変そうです」

 

「こんなものが珍しいのですか?」

 

 資料から目を上げたユリアに尋ねられ、近藤は少し考えた。

 

「少なくとも、日本の外交会議では、もう少し遠回しに言うことが多いですね」

 

「そうですか」

 

 ユリアはそれだけ言うと、また資料に目を戻した。先ほどの応酬には、それほど驚いていないらしい。

 

 会場が静まると、今度はムー代表が発言を求めた。

 

「我が国は、グラ・バルカス帝国に対する非難声明と、一定期間の交易制限を提案いたします。理由は、第二文明圏における一連の軍事行動です」

 

 再び会場が静かになった。

 

「国家間の戦争そのものを否定するつもりはありません。しかし、都市への攻撃を含む現在の侵攻は明らかに度を越しており、このまま放置すれば、第二文明圏全体の秩序が崩れる可能性があります」

 

 ムー代表が席へ戻ると、続いて神聖ミリシアル帝国代表が発言を求めた。

 

「我が国も、ムーの提案を支持します。グラ・バルカス帝国に対し、第二文明圏におけるこれ以上の軍事侵攻を停止するよう要求します。状況によっては、我が帝国も対応を検討せざるを得ません」

 

 この世界で最強国と見なされてきた神聖ミリシアル帝国が介入を示唆したことで、各国代表の視線は自然とグラ・バルカス帝国の席に集まった。

 

 シエリアはしばらく黙っていたが、やがて静かに立ち上がった。先ほどまで浮かべていた薄い笑みは、すでに消えている。

 

「一つ、最初に伝えておこう。我が国は、この会議で諸君と議論するために来たのではない」

 

 会場が静まり返った。

 

「この地域の主要国が一堂に集まると聞いたので、通告するには都合がよいと判断しただけだ。グラ・バルカス帝国帝王、グラルークス陛下の名において、ここにいる諸国へ通告する」

 

 ユリアは興味深げにシエリアを見ていた。

 

「我が帝国に従え。帝国に忠誠を誓う国には、その地位と繁栄を保証する。しかし拒むのであれば、我々は敵対国として扱う。今、この場で我が国への忠誠を表明する国があれば申し出てもらおう」

 

【挿絵表示】

 

 しばらく誰も声を発しなかった。

 

 やがて、その沈黙を破るように各国の代表席から怒声が上がった。

 

「何を言っている!」

 

「ここをどこだと思っている!」

 

「無礼にも程があるぞ!」

 

 議長が何度も鐘を鳴らしたが、容易には収まらなかった。シエリアは各国の反応を眺め、僅かに肩をすくめた。

 

「やはり、今すぐ従う国はないか。それでも構わない。我が帝国の力を理解してからでも遅くはない。その時は、レイフォル地区の帝国行政庁まで来るがよい」

 

 そう言って席を離れた。

 

「我が帝国からの通告は以上だ」

 

 他のグラ・バルカス帝国代表団も続いて立ち上がり、そのまま会議場の出口へ向かった。

 

 その背中を見送っていたユリアが、小さく呟いた。

 

「兵器が似ていると、頭の中まで似ていますのね」

 

「何か仰いましたか?」

 

 近藤が聞き返したが、ユリアは首を横に振った。

 

「いいえ」

 

 ほどなく扉が閉まり、先ほどまで怒号の飛び交っていた広間に、奇妙な静けさが戻った。

 

 近藤は冷めかけた紅茶に手を伸ばした。

 

「…本当に帰ったな」

 

「帰りましたね。あれで外交上の用件を済ませたつもりなのでしょうか」

 

「本人たちは、そのつもりなんだろう」

 

 近藤は井上と言葉を交わした後、隣に目を向けた。ユリアは何事もなかったように、自分の席に置かれた資料を閉じている。

 

「殿下は、どうご覧になります?」

 

 尋ねられたユリアは少し考えた。

 

「宣戦布告と見なされますわね」

 

「やはり、そう見えますか」

 

「従属しなければ敵であると明言していましたから」

 

 会議を続けられる状態ではなかったため、議長は各国代表の意見を確認したうえで、会議初日の終了を宣言した。

 

「イルメリア専制公国」の国号を「北方ローマ専制公国」に変更することについて、皆さんはどう思われますか?改称した場合も「イルメリア」の名称は地名などで継続使用します。

  • 現行 今のまま。
  • 改称 第九話で北方ローマ専制公国に改称
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