■神聖ミリシアル帝国
カルトアルパス西方 カルアリス地方
マグドラ群島
無人島が大半を占めるマグドラ群島は、霧が多く乱流が発生しやすいことで知られている。
第零式魔導艦隊を構成するミスリル級戦艦「コールブランド」とゴールド級戦艦「ガラティーン」、シルバー級巡洋艦四隻、カッパー級高速艦八隻は、いくつかの部隊に分かれて実戦を想定した訓練を繰り返していた。
その最中、旗艦コールブランドの魔導レーダーが北方に異常な反応を捉えた。
「…これは?」
監視員が表示盤を覗き込む。小さな多数の光点が、まとまって海上を移動していた。このような反応は、仮想敵国ムーの機械動力艦に特有のものである。
レーダー員は反応を確認すると、すぐに報告を上げた。
「北方に反応。機械動力艦と思われます。距離
全員の目が表示盤に集まった。
「所属は分かるか?」
「識別できません。この海域へ進出する友軍艦隊の予定もありません」
直後、監視員が変化に気づいた。
「不明艦隊、増速。二十九ノットに上昇しました」
「大型艦を含めてか?」
「はい。全体が同一速力を維持しています」
ムーの主力艦隊であれば、戦艦級を含んだままこの速力を維持することは難しい。
「まさかグラ・バルカス帝国か…」
艦隊司令バティスタは、北方の海域に視線を移した。不明艦隊は針路を変えず、そのまま訓練海域へ向かっている。
「訓練中止。全艦、第一戦闘配置。不明艦隊との接触に備えよ」
命令はすぐに各艦へ伝えられ、「コールブランド」と「ガラティーン」を中心に艦艇が集結を始める。シルバー級巡洋艦は戦列へ戻り、カッパー級高速艦も散開していた位置から本隊に向かった。
訓練中止から約一時間後。第零式魔導艦隊はミスリル級戦艦「コールブランド」とゴールド級戦艦「ガラティーン」を先頭に、シルバー級巡洋艦四隻、カッパー級高速艦八隻からなる単縦陣を組み、接近する艦隊に向けて進んでいた。
「不明艦隊、的進的速変わらず」
報告を聞いた艦隊司令バティスタは、艦橋の窓から水平線を見た。晴れた空の下には、すでに何本もの黒煙が立ち上っている。
「ムーではないな」
「該当する艦隊はありません。通信がない以上、西方で活動しているグラ・バルカス帝国と見るべきでしょう」
副長インフィールの返答に、バティスタは僅かに口元を歪めた。
「レイフォルを破った機械文明国か。戦艦を含む艦隊で二十九ノットとは大したものだ」
「ムー艦隊より高速です。砲力についても相応に警戒する必要があるかと」
「構わん。機械で艦を動かすところはムーと同じだ。遠距離から撃つことはできても、魔導艦隊の相手になるとは思えん」
この世界では、高度な技術とは魔導技術を意味する。機械文明についての知識がないわけではなかったが、それを魔力に恵まれない民族が用いる代替手段と見る認識は、帝国軍の内部に根強く残っていた。
「群島航空隊の状況は?」
「ジグラントⅡ、二十五機が発進済みです。そのまま先行して攻撃するとのことです」
「よろしい。空から一当てすれば、敵の防空能力も分かるだろう」
バティスタの命令を受け、第零式魔導艦隊は速力を上げた。前方では四隻のシルバー級が戦列を離れて左右に広がり、その外側を八隻のカッパー級が進んでいる。
艦長クロムウェルは各部署から上がる報告を確認した後、前方の海を見た。
■グラ・バルカス帝国
東征艦隊
「敵艦隊、十四隻。戦艦級二、巡洋艦級四、駆逐艦八。針路をこちらに合わせています」
オリオン級高速戦艦「ベテルギウス」の艦橋に報告が上がった。
東征艦隊はベテルギウスと同型艦「プロキオン」を前面に置き、その後方に巡洋艦四隻、駆逐艦六隻を配した十二隻の艦隊である。
艦隊司令アルカイドは海図を確認すると、傍らに立つ艦長バーダンに視線を向けた。
「十四隻か。数だけは向こうの方が多いか」
「我が方の任務は威力偵察です。司令部からは、可能な限り敵の能力を確認せよとの指示が出ています」
「無論だ。戦艦二隻を前に出しての威力偵察とは、少々贅沢だがな」
副長ビーグルが海図に目を落としたまま答えた。
「命令です。戦果と損害を持ち帰れば、目的は達成されます」
「そうだな。損害が大きければ、その理由も添えてやろう」
ほどなく、対空レーダーが南東から接近する航空目標を捉えた。
「航空機二十五、
「敵航空隊だろう。全艦第一戦速、対空戦闘用意。隊形はそのままだ」
アルカイドの命令を受け、各艦の対空兵装が旋回し、五七ミリ砲も接近する編隊へ照準を向けた。
■神聖ミリシアル帝国
西方群島上空
二十五機のジグラントⅡは、編隊を組んだまま敵艦隊に向かっていた。
四角い胴体に翼と操縦席を取り付けたような大型機で、機首には八連装ロケット発射口が並んでいる。機体は重く空中戦には不向きだったが、長い航続距離と大きな搭載量を持つため、帝国では重戦闘攻撃機として広く使用されていた。
部隊長オメガは前方に立ち上る黒煙を目印に進み、やがて海上を進む敵艦隊を確認した。先頭には二隻の大型艦が並び、その後方を四隻の巡洋艦と六隻の駆逐艦が続いている。
「大型艦を優先する。第一、第二中隊は先頭艦、第三、第四中隊は二番艦。残余は巡洋艦を狙え。攻撃後は東に離脱する」
編隊が高度を落とし始めた直後、敵艦隊の数隻から幾筋もの白煙が立ち上った。発射された飛翔体は急速に高度を上げ、空中で進路を変えると、そのままジグラントⅡの編隊へ向かってきた。
「誘導弾だと!? 敵は誘導兵器を実用化しているのか!」
遥か古代に君臨した古の魔法帝国が
神聖ミリシアル帝国も誘導魔光弾の再現を進めていたが、高度な誘導術式が障害となり、対空型、対艦型とも実用化には至っていない。近年では機械文明国ムーが先に実用兵器を完成させており、それだけでも帝国の技術者には面白くない話だった。
その誘導兵器を、文明圏外から現れた国家が艦隊規模で使用している。オメガが驚くのも無理はなかった。
「散開、散開!」
オメガは操縦桿を倒したが、ジグラントⅡは急激な回避には向かない。最初の
敵は一機ずつ丁寧に狙っているわけではなかった。複数の艦から続けて
残ったジグラントⅡは左右に散りながら低空へ降りたが、そこへ五七ミリ砲の砲火が重なった。進路上に黒い爆発が連続して生じ、誘導弾を避けて高度を落とした機体から次々と撃墜されていく。
「全機、海面高度で突貫! 射程に入り次第、ロケット弾を撃て!」
オメガはなお敵戦艦を照準器に捉え続けたが、ロケット弾の射程まで残り僅かとなったところで周囲の僚機はほとんど姿を消していた。右前方の一機が砲弾を受けて爆発し、その直後、オメガの機体にも五七ミリ砲弾が命中した。
数分後には、グラ・バルカス艦隊上空からジグラントⅡの姿は消えていた。
攻撃隊二十五機は、有効な攻撃を行えないまま全機を喪失した。
■神聖ミリシアル帝国
第零式魔導艦隊
「群島航空隊との通信途絶」
報告を受けたバティスタは、しばらく黙った。
「二十五機すべてか」
「そのようです。最後の通信では、敵艦隊が対空誘導弾を使用したとあります」
インフィールの返答を聞き、バティスタは北方に立つ黒煙へ目を向けた。
「魔帝の誘導魔光弾を満足に再現することすらできんというのに、ムーに続いて文明圏外の国家まで実用化したか」
「少なくとも、ムーのものより完成度は高そうです。航空隊を正面から入れるのは難しいでしょう」
クロムウェルがそう言うと、バティスタは僅かに眉を寄せた。
「気に入らんな。だが、空が駄目なら海上で叩けばよい。艦隊戦では同じようにはいくまい」
ほどなく水平線の向こうで砲煙が上がり、遠雷のような音が届いた。最初の斉射は艦隊から遠かったが、続く砲撃では着弾地点が左右から狭まり、三度目の斉射で一発がガラティーンの右舷前部へ命中した。
命中の瞬間、金色の船体表面に青白い閃光が走った。
ミリシアルの主力艦には特殊な表面処理が施されており、大量の魔力を流すことで装甲を一時的に強化できる。ただし、その間は兵装へ回せる魔力が不足し、主砲をはじめとする大出力兵器の使用が制限される欠点があった。
それも万全とは言えなかった。
三〇・五センチ砲弾が強化された装甲を貫き、艦内で炸裂する。
「ガラティーン被弾。右舷前部に破口、浸水発生。拡散
コールブランドの艦橋にも緊張が走った。
「アルテマ艦長より、戦闘続行可能との報告。装甲強化を解除し、速力回復中です」
インフィールの報告に、バティスタは険しい顔で双眼鏡を上げた。
「防いでも貫くか。
「装甲強化によって損傷は軽減できますが、砲力と速度が低下します」
「それでは相手の思うつぼだ。全艦最大戦速、装甲強化は必要時に限れ。魔導戦艦の間合いに持ち込む」
第零式魔導艦隊は被弾覚悟で前進を続けた。
■グラ・バルカス帝国
東征艦隊
「第三射、命中弾一。敵二番艦、速度低下。その後回復」
ビーグルが射撃結果を確認しながら報告した。
「命中直前に船体表面が発光しました。何らかの防御機構を作動させたものと思われますが、砲弾は貫通しています」
「防御するたびに脚が鈍るのかも知れん。砲撃を続けろ」
アルカイドが命じた直後、敵旗艦の前部が青白く発光した。
光線が海上を走り、最初の一条は手前の海面へ消えたが、次の一条はプロキオンの艦首付近へ達した。距離が遠いため装甲を破るほどではなく、表面を赤熱させるに留まった。
「光線兵器か!」
アルカイドは双眼鏡を下ろした。
「映画でなら見たことがあるが、実物を見ることになるとはな」
バーダンは被害報告を確認してから答えた。
「距離による減衰が大きいようです。この距離では脅威にはなりません」
「接近を許すな。ベテルギウス、プロキオンとも射撃を継続する」
二隻のオリオン級は三〇・五センチ砲を撃ち続け、ミリシアル側も
■神聖ミリシアル帝国
第零式魔導艦隊
コールブランドの主砲がプロキオンの艦首を薙ぎ、装甲表面を焼いた。ガラティーンも装甲強化を解除して射撃に復帰したが、その直後、再び三〇・五センチ砲弾が飛来した。
「ガラティーン、被弾!」
金色の船体を一瞬の閃光が包み、直後に一発が上部構造物に命中した。
強化された装甲が衝撃を幾分和らげたものの、砲弾そのものを止めるには至らず、艦橋後方で大きな爆発が起こった。
「ガラティーン、後部区画で火災。速力低下」
インフィールの報告を聞いたバティスタは、戦況図に目を落とした。
「シルバー級四隻を前へ出す。敵二番艦に火力を集中、カッパー級を側面から回り込ませろ」
「プロキオンを狙いますか」
「そうだ。まず一隻を潰す。敵の砲塔が追随できない距離に入り込めば、こちらのものだ」
命令を受けた四隻のシルバー級が戦列から抜け出し、艦首をプロキオンに向けて加速した。同時に八隻のカッパー級が艦尾両舷の大型魔導ジェットエンジンを全開にして、強い光を噴き出しながら両翼に散開する。
カッパー級高速艦は長い波を引きながら、六十ノット超の速力で突撃を開始した。
■グラ・バルカス帝国
東征艦隊
「敵駆逐艦、急速接近。推定六十ノット以上。巡洋艦四隻もプロキオンへ向かっています」
報告を受けたアルカイドは双眼鏡を右舷前方へ向けた。
赤銅色の小型艦が想定外の速度で距離を詰める。その中央には、船体後部が二股に分かれた銀灰色の艦があった。
「魚雷艇ではなさそうだな」
ビーグルは敵艦の動きを追った。
「雷撃の兆候はありません。巡洋艦、駆逐艦とも、砲主体のようです」
直後、シルバー級から青白い光線が伸びた。
一条がプロキオンの艦橋下部を焼き、続く光束が射撃指揮装置付近を横切ってアンテナの一部を破壊する。
「やはり近距離では威力が違うか」
「プロキオンに後退を指示します。本艦は援護射撃、敵駆逐艦は五七ミリ砲と機関砲で排除します」
バーダンの命令に従ってプロキオンは転舵を始めたが、ミリシアルの艦艇はさらに距離を詰める。
三〇・五センチ砲弾が先頭のシルバー級ゲイジャルグの艦尾に命中し、片側の推進機関を破壊した。それでもゲイジャルグは進路を変えず、残る三隻とともに
近距離から放たれた光束は、レーダー、通信設備、露天の対空火器など、装甲の薄い部分を次々に損傷させた。左右から入り込んだカッパー級も、駆逐艦砲程度の威力を持つ
カッパー級が直撃弾を受けて爆散した。それでも残る艦は攻撃を止めない。
シルバー級から放たれた光束がプロキオンの舷側を捉えた。火災が周囲から急速に広がり、やがて大爆発を起こした。
黒煙がプロキオンの艦中央部を覆い、右舷側の推進系も損傷したため、急速に速力が低下する。
「プロキオン、弾庫で爆発。機関損傷、速力十二ノット」
ビーグルの報告に、アルカイドは短く舌打ちした。
「砲撃を敵巡洋艦に集中。あれを引き剥がさなければ、プロキオンは持たん」
援護射撃によってゲイジャルグはさらに被弾して速度を落としたものの、すでにプロキオンは回避運動を行える状態ではなかった。シルバー級とカッパー級の射撃が集中し、艦中央部と艦尾で新たな火災が生じた。
プロキオン艦長は二度目の爆発で復旧不能と判断、総員退艦を命じた。数分後、オリオン級高速戦艦プロキオンは艦尾から沈み始めた。
■神聖ミリシアル帝国
第零式魔導艦隊
「敵戦艦撃沈!」
報告とともに、コールブランドの艦橋に歓声が上がった。
ガラティーンは二度の被弾で損傷し、ゲイジャルグも中破。カッパー級の半分が失われていたが、それでも敵の大型戦艦一隻を撃沈したという事実は大きかった。
バティスタはしばらく部下の歓声を止めず、満足気に敵艦隊を見た。
「機械文明の巨砲も、こちらの間合いでは万能ではないということだ。あれほどの艦を造っておきながら、近づかれた時の備えが足りん」
インフィールは敵艦隊の動きを観察しながら眉を寄せた。
「敵戦艦後退、敵巡洋艦、小型艦、位置そのまま」
「まだやるつもりか」
バティスタが双眼鏡を上げると、遠方の艦上から幾筋もの白煙が立ち上った。
■グラ・バルカス帝国
東征艦隊旗艦「ベテルギウス」
「プロキオン沈没」
アルカイドは報告を聞き終えると、レーダーに映る敵艦隊を見つめた。
「戦艦一隻喪失か。威力偵察としては十分すぎる結果だな」
「通常戦闘要領へ移行しますか?」
バーダンの問いに、アルカイドはすぐに頷いた。
「ああ。敵は近接戦に強い。光線兵器は距離が縮まるほど威力が増大するようだ。何らかの防御機構があるようだが、作動中は火力と速度が落ちる。必要な資料は取れた。これ以上、司令部の実験に付き合う理由はない」
ビーグルが通信員に向き直った。
「巡洋艦四、駆逐艦六に
グラ・バルカス帝国海軍本来の戦術、敵の処理能力を超える飽和攻撃である。
巡洋艦と駆逐艦の発射機が相次いで旋回し、P-1
「最初からこうなら、プロキオンを失わずに済んだのだがな」
アルカイドは嘆息したが、ビーグルは表情を変えなかった。
「その点も報告書に記載しておきます」
「頼む。数字を添えてな」
■神聖ミリシアル帝国
第零式魔導艦隊
「敵艦より飛翔体多数。こちらに向かっています!」
見張員の報告を受け、レーダー員が表示盤を確認したが、新たな反応は現れていない。
「魔導レーダー反応なし!」
「各艦、目視警戒を強化。飛翔体を確認し次第、直ちに迎撃せよ」
バティスタの命令が伝えられて間もなく、見張員が海面近くを飛ぶ誘導弾を発見した。
魔光砲と拡散
コールブランドに向かう一発を見たクロムウェルは、直ちに装甲強化を命じた。
船体表面に魔力が流れ、命中の瞬間に青白い閃光が走った。爆発によって前甲板が大きく揺れ、装甲板の一部が破られたものの、艦内への被害は幾分抑えられた。
「前部区画に浸水。主砲一基射撃不能。機関異常なし」
「装甲強化を解除。速力戻せ」
クロムウェルの命令が伝わる間にも、別の誘導弾がシルバー級の中央部に命中、カッパー級一隻も船体中央に直撃を受けて爆散した。
攻撃第一波が過ぎたところで、インフィールは魔導レーダーを見ながら言った。
「誘導兵器なのは間違いありません。しかし、飛翔体から魔力反応が出ていないため、目視するまで接近を知ることができません」
「厄介だな」
バティスタは海上に残る白煙を見た。ムーの誘導兵器の性能が限定的だったため、ミリシアル海軍は本格的な対策を行っていなかったのである。
「上層部に対策を具申しなければなりませんな」
インフィールの言葉にバティスタは苦笑した。
「帰れれば、だがな」
直後、魔導レーダーが新たな反応を捉えた。
「北方上空に多数の小型反応。広範囲に分散しつつ接近」
インフィールが表示盤を覗き込むと、先ほどの飛翔体とは異なり、一つ一つに明瞭な反応があった。
「数は?」
「まだ増えています。少なくとも二〇、さらに後続があります」
バティスタは艦橋の窓から北の空を見上げた。肉眼ではまだ何も見えなかったが、ほどなく見張員が双眼鏡を下ろし、敵編隊の接近の報を上げた。
「イルメリア専制公国」の国号を「北方ローマ専制公国」に変更することについて、皆さんはどう思われますか?改称した場合も「イルメリア」の名称は地名などで継続使用します。
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現行 今のまま。
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改称 第九話で北方ローマ専制公国に改称